俺は目を覚ました。

ん?ここは…

俺の部屋だ。

携帯で時刻を確認する。

……14時20分…

なんと、俺はこれほどまでに爆睡してたというのか。いや、違うな…昨夜はファミレスでSOS団メンバーと
ずっと話してたんだっけか。そして寝たのが朝の6時くらいだったことを考慮すると、然しておかしなことでもないな。

…そういや、俺は先ほどまで船上にいたんだよな。そして、ハルヒからいろいろと悩みを打ち明けられたんだ。

いつもの俺なら【あれは夢だ】と断じてそれで終わりだろう。が、今の俺には到底そうは思えない。
おそらくあれは実際に起こったことなんだ。あの世界の【俺】が最後に泣きこぼしてた言葉が…
鮮明に頭に残ってる。転生…即ち生まれ変わるって意味だが、一般常識で捉えた際に、まず前世の記憶は
なくなるというのは間違っていない。つまり、本来なら2012年という時代に生きる俺が過去の【俺】の記憶を
取り戻すなんてことは絶対にありえないのだ。そのありえないことが現に起こってしまっている。

言わずもがな、ハルヒの能力があってのことだろう。連日俺が見た夢…いや、正しくは
実際に未来で起こりうる最悪のケース、そして世界が崩壊する様…それらをハルヒは無意識の内に
俺に見せてくれた。ならば、俺がさっきまで見ていたあの世界の記憶も…造作ないことなのであろう。

『普通の一人間として生きたいから、神に通じる能力は全て消し去りたい』そんな趣旨のことを
ハルヒは言っていた。だが、ヤツのそういうとんでもパワーがなかったら、そもそも俺は過去の【俺】と…
いや、俺だけじゃない。過去のハルヒのこともそうだが、一生知らぬまま生きていったに違いない。
そう、何も真相を知らぬまま…

だから、俺は深く感謝したい。過去の記憶を垣間見ることができたハルヒの能力に。

……

ん?電話だ…古泉からか。何の用だろうか…まさか…!?

「もしもし!」
「おや、さすがにこの時間帯となると起きてらっしゃったみたいですね。ぐっすり眠れましたか?」
「俺のことはどうでもいい!それより何の用だ?ハルヒに何かあったのか!?」
「いえいえ、別にそういうわけではないですよ。とりあえず落ち着いてください。」

取り乱すような由々しき事態ではなかったらしい。とりあえず腰を下ろす俺。

「少々あなたとお話したいことがありましてね…急で申し訳ないのですが、
今から学校近くの公園に来てはいただけませんか?すでに長門さんもいらっしゃってます。」
「ん?昨日のことで何か話し足りないことでもあったか?」
「まあ…そんなところですね。」

今電話で話せよ…と言いたくもなったが、長門もいるとなると話は別だ。
おおよそ専門的なことでも話すのだろうから、みんなとしたほうが都合が良いって流れだな。
三人寄れば文殊の知恵…いや、ちょっと意味が違うか。

「そうそう、俺のほうでもお前らに話したいことがあったんだよ。だからちょうどいい。」
「そうなのですか?それは楽しみです。」

もちろん話すこととは、【あの世界の記憶】である。
真相を語ってやるのは、これから協力していく仲間にとっては当然のことであろう。

「じゃ、すぐ行くから待ってろよな。」

電話をきって、ただちに着替える俺。腹ごしらえに朝飯…いや、今は昼だから昼飯と言うべきか。
昼飯でも食ってから行こうと思ってたが、いかんせん目覚め時なんでいまいち食欲が沸かん。
まあ、後回しにしてしまっても大丈夫だろう。死ぬわけじゃないしな。

洗顔、歯磨き、髪の手入れ…とりあえず、最低限の身だしなみを整えた俺は
自転車に跨り、公園へと走るのであった。













「よう、待たせたな。」
「いえいえ、むしろ急に呼び出したこちらが悪いんですから。」
「……」

とりあえず、ベンチに座る俺たち三人。

「…昨日は眠れた?」
「え?」
「昨日は眠れた?」

なんと、長門さんが人間味ある暖かい言葉を俺に投げかけてくれているではないか。

「ああ、大体8時間睡眠ってところだな。ぐっすり眠れたぜ。」
「そう…よかった。」
「それで、そんときに見た内容なんだがな…。」

俺は記憶の一部始終を話した。



……



「「……」」

長門はともかく、古泉まで黙ってしまっている。あまりの内容に面喰ってしまったのだろうか。

「これは…素晴らしいですよキョン君。涼宮さんのお気持ちがこれでようやくわかったのですから…
自称涼宮さんの専門家としては、情けないことこの上ないですけどね。」
「…私もここまでは把握していなかった。
涼宮ハルヒのカギたるあなただからこそできた所以。感謝する。」
「いやいや、感謝とかそんな大袈裟な。」

だが、長門と古泉の言いたいこともわかる。確かに俺たちは昨日涼宮ハルヒの軌跡を辿っていたわけだが、
あくまでそれは史実…つまり単なる事実に過ぎなかった。その過程の中でハルヒがどんな思いで
神の代行者として奔走していたのか…それを無視して結果論にしがみつくだけでは、
事実こそわかれど真実には到底辿り着けないだろう。

「それにしても驚きです。まさかあなたの前世がノアの一族の一人だったとは…。」
「なあ古泉、まさかとは思うが…もしかしてこれはアレか、
いわゆる世間一般で知られてる【ノアの方舟】ってやつなのか??」
「その通りです。旧約聖書の『創世記』、6章-9章に出てくるかの有名な洪水伝説のことですね。」
「あの洪水がまさか第三世界崩壊時のそれだったとはな…って、ちょっと待て。そういやノアの方舟って…
あれは神話じゃなかったのか??もっとも、記憶を確かめた今となっては今更な疑問かもしれねえが…。」
「確かに、神話と捉える説が学会では有力です。しかし実際は…、長門さんお願いします。」
「【ノアの方舟】で知られている大洪水は…約3000年周期で地球を訪れる地球とほぼ同じ大きさの氷で
組成された彗星天体Mによるもの。地球軌道に近づくにつれ、天体Mは水の天体となり、地球に接近した時には
大音響と共に地球に約600京トンの水をもたらした。その津波は直撃地点付近で8750メートルとなり、
地球全域を覆い、地球上の海面を100メートル以上上昇させた。」

……

実際にありえたってことかよ…

「3000年周期で地球を訪れる…これ自体は単なる自然現象であって涼宮さんの力とは
何ら関係なのでしょうが…問題は、それが地球軌道に大接近してしまったということでしょうか。」
「つまり、それが涼宮ハルヒこと、神の力によるものだと。」
「そういうことですね。それと、その話を聞いて2つ、わかったことがありますよ。」

…新たな情報を入手した途端にこれか。相変わらず、その理解力には脱帽と言っておこうか。
ヤツがわかったということは、おそらく長門も気付いてるんだろう。

「1つはフォトンベルトの正体…といったところでしょうか。」
「正体?どういうことだ??」

それについては散々昨日お前たちが説明してくれたじゃないか?まさか、またあのバカ長い&理解不能な
難解講座を受けるハメになるんじゃなかろうな…?それだけは勘弁してもらいたい…

「まあまあ、そう陰鬱そうな顔をなさらないでください。さすがに一から
フォトンベルトの定義をしようなどとは思っていませんよ。話はごく単純です。ねえ?長門さん。」
「そう。」

まるで答えが決まってたかのごとく、長門は即答した。古泉もそれを確信していたようだし、なんとも凄まじい
ツーカーの仲だな…頭の回転が速い者同士、ゆえの結果なのだが…そういう意思疎通能力が羨ましくもあった。
ちょっとでいいから俺とハルヒにも分けてほしいもんだな。というか、とりあえず話は単純そうで安心した。

「昨日長門さんがおっしゃったように、本来フォトンベルトというのは涼宮さんの力無しでは物理的には
存在しえない…しかし、そんな涼宮さんの意志とは別にフォトンベルトに近しい何かが接近している、
というのもまた事実でした。」

そういやそんな話だったな。

「僕が言いたいのはこの『近しい何か』の部分です。これについて、僕も長門さんも予兆こそできていましたが…
ただ一つ、肝心な涼宮さんとの関連性が…どうしても見いだすことができなかったのです。なぜこんな得体の
知れないものが涼宮さんの意志とは別に存在しているのか?最大の謎でもありましたし、同時に戦慄さえも
感じていました。しかしここで大切なのは…涼宮さんは神というよりはむしろ、その代行者的性格のほうが
強かったということです。特に、あなたと出会ったときがそのピークだったといえるでしょう…精神的な意味でもね。
彼女自体は世界崩壊を望まないどころか神そのものに嫌悪さえ感じてたわけですし、
なれば涼宮さんと神は全く別の、独立した存在だと考えても差し支えはないわけですよね?」

古泉が確認をとるように聞いてくる。まあ…そうなんだろうな。というか、間違いない。
ハルヒと神が全くの別々の個体だということはまさに、俺がハルヒに対し説いた言葉そのものなのであるから。

「一方は世界の崩壊を望み、一方はそれを望まない。相殺されてるように見えますが…
しかし、どう考えても力は神本体のほうが強いはず。すると、どうなりますか?」
「!」

ようやく気付いた。というか、なぜあのハルヒとの夢を見てこれに気付けなかった?
それもそのはずなんだ、だってハルヒがそれを望まなくたって…

「宇宙のどっかにいる神が、勝手にフォトンベルトを作っちまうってことかよ??」
「その通りです。」

…なんてハタ迷惑な話なんだ…。

「しかし、かといって神の思い通りになる…というわけでもない。」

ここで長門が口を挟む。

「どういうことだ?」
「確かに、数値的にも総合的にも神の能力が涼宮ハルヒのそれを上回るのは明白。だからといって、
涼宮ハルヒの力そのものがゼロになったというわけではない。少しながらでも神に影響を与える。
その過程が、結果として不完全な疑似フォトンベルトを作り上げるのに至ったのだと、私はそう考えている。」
「…それが『近しい何か』の正体だと?」
「そう。」

なるほど、聞いてみれば確かに単純だった。しかし…神からしてみればそれは計算外だったんだろうな。
ハルヒの能力だって、元々は神がハルヒを代行者として縛りつけるための代物だったはずだ。それが、
まさかめぐりめぐって自分の首を絞めることになろうとは。滑稽とは、こういうときに使う言葉なのかもしれん。

「それと、これは憶測ですが…佐々木さんのことです。」

……

古泉よ…急に話題を変えるのは無しだぜ?予想外の人物の名前に、
思わず心臓が跳ね上がりそうになったじゃないか!!?

「おいおい…どうしてそこで佐々木の名前が出てくる??」
「あなたは一連の話を聞いてみて思わなかったのですか?彼女のことを。」
「いや、だから俺には意味が…。」

…そういえば。なぜあいつがハルヒと類似した能力を有しているのか、それについて俺は今まで考えたことが
あったろうか?ハルヒの能力、いや、ハルヒの正体が明らかになった今、当然ともいえる疑問が佐々木に向かう。
ヤツは一体何者なのか?という問い…どういうことだ?あいつも代行者なのか??いや…ハルヒから
自分以外にそういうのがいるなんて話は聞いたことがない。じゃあ何なんだ??まさか…

「まさかとは思うが…神が自分の言うことを聞かないハルヒを見限って、別の新たなる
代行者的存在として佐々木を選んだとか、そういうオチじゃねーだろうな!?」

そんなことになったらどうする…??佐々木がハルヒの前に立ちふさがることになるのか!?
当然、ヤツが全面に出てくれば橘、周防、藤原たちとも衝突せざるをえなくなる。ちょっと待て、
まさか藤原はこのために暗躍を…などと、底なし沼のごとくどんどんネガティブな方へと
発想をめぐらしていた俺を…古泉・長門の一言が現実に引き戻す。

「ははは、それは考えすぎというものです。」
「そこまで思いつめる必要はない。」
「……」

脱力する俺。しかし、次の瞬間にはこう言っていた。

「よかった…。」






当然だろう?最悪ともいえるケースが否定されたんだ。歓喜の一言も言いたくなるさ。

「というか、それまたどうして?なぜ2人はそう思うんだ?」
「落ち着いて考えてみればわかると思いますが…誰かを自分の傀儡に仕立て上げ、それを操るというのは
まさに人間の発想ですよ。長門さんの話を聞く限り、神には創造・維持・破壊の3概念しかないように思われます。
大方、細かいことは全て涼宮さんに一任していた、と言ったところでしょうかね。いや、そもそも概念なる存在が
あるのかどうかも疑わしい。生き物というよりは、一種のプログラムだと見なしたほうがいいのかもしれません。」

そう言われればそうだが…少し抽象的なような気もするぞ?

「長門はどう思うんだ?」
「人間的行為の是非は私にはよくわからない。しかし、古泉一樹のそれとは別に、私には考えうる理由がある。
内面的にも外見的にも涼宮ハルヒと神は互いに独立した存在とはいえ、それはあくまで最近の話。
元々は、双方は一つの存在だったはず。客観的役割で見れば彼女は代行者といえるが、
実質はもう一人の神、分身といってもいい。裏を返せば、それこそが代行者たる資格だといえる。」
「つまり、神の代行者というのは涼宮さん以外には存在不可能というわけですよ。
彼女の記憶から自分以外のそういった存在がなかったことからも、それは明らかです。
もちろん、佐々木さんがその縁者というわけでもありません。彼女はごく普通の一般人ですから。」

『彼女はごく普通の一般人』それをすぐさま確かめたかったのか、俺は長門に食いかかっていた。

「長門!それは本当か!?あいつは… 一般人でいいんだよな??」
「彼女は一般人。涼宮ハルヒと似た能力こそ持ち合わせているが、
私たちのような特異的存在とは明らかに異なる。」
「…そうか。」

…安心した。ひどく安心した。どうやら、佐々木は本格的にこの事件には関わっていないらしい。
これだけでも、俺の中で1つの不安材料が消えた。あいつをこんな得体の知れない事件に、
巻き込みたくはなかったからだ。しかし、そういうわけで結局話はふりだしに戻ってしまう。

「じゃあ、一般人なのなら、あの能力は一体どこからやってきたんだ??
まさか、自らそれを習得したわけでもあるまいし…。」

滝に打たれ、四書五経を丸覚えし、断食をし、仏道修行に励み等…様々な苦行を重ねたところで、
とてもではないが閉鎖空間構築といったトンデモ能力が開花するとは思えん…ましてや佐々木が
そんなことをしてたなんて話聞いたことない、というか、個人的願望としてそんな佐々木は見たくない。

「結論から申しますと、彼女の能力は涼宮さんにより分け与えられたものなのではないか、僕はそう考えてます。」
「は??」

過程をすっとばして結論だけ聞く、その恐ろしさをまじまじと体感できた瞬間だった。
『ウサギとカメが競走しました、結果カメが勝ちました、めでたしめでたし。』
と、先生に二言で昔話をしめられた幼稚園児のごとく心境だったと言っておこうか?

「おっと、少し誤解があったようです。正確に言えば、涼宮さんにその意図はないわけです。
分け与えたという表現も不適切でしたね。水平面下で望んでいたというのが正しいです。」
「いや、訂正されても意味わからんが…というか、ますますわからなくなったんだが!?」

長門ーッ!助けてくれーッ!!と、期待をこめ彼女を見てみる。しかし

「心理的領分というのは私にとって専門外。残念ながらあなたに助け舟を出すことはできない。」

と一蹴されてしまった。まさか長門でもわからないことがあったとは…って、ちょっと待てよ?心理的領分??

「もしかして古泉、お前は憶測だけで佐々木のことを言ってるんじゃあるまいな?」
「だから最初に断っておいたじゃないですか。これは憶測ですが…と。」

確かにそんな記憶がある。しまった、やられた…

「まあまあ、そんなに悲観しないでください。僕だって何も無責任にこの持論を展開しているわけではありません。
確固とした根拠こそありませんが、この推論でいくならば佐々木さんの能力についてもすんなり説明が
通りそうなのですよ。もちろん、証拠がないので可能性の1つとしてしか成りえないのもまた事実ですが。
とりあえず、非難されるのは聞いてからでも遅くないと思います。」

…そこまで言うからには聞いてやろうじゃないか。
やれやれといった表情で、とりあえず俺は首を縦に振ってやった。

「ありがとうございます。では、お話ししますね。まずは…いつから佐々木さんにその症状が現れ始めたのか
という点について。それは4年前、あなたが過去へ時間遡行し中学時代の涼宮さんと会われたときだと
考えてます。そして、そのとき彼女の意識に何らかの変革が起こった。」

ああ、例の七夕の日か。そういや、あのときからハルヒはすでに団長様だったな。
俺を不審者だと罵ったり、白線引くのにコキ使ったりだとか…とにかく忙しかった印象しかない。

「で、ハルヒの意識がどうしたって?っていうか佐々木との関連性が見えんぞ。」
「あの世界の夢を見て、まだお気付きになりませんか?彼女からすれば、あの出会いは
一種のターニングポイントです。いかにそれが重要で衝撃的なものだったか…あなたにはわかるはずですよ。」
「……」

鈍感な俺でも、さすがに古泉の言わんとしてることはわかる。

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「言葉通りの意味よ。あんたも転生できれば…!」
「ちょ…ちょっと待て。それは神と縁あるお前だから成せる技であって俺みたいな人間なんか…」
「そうね…でも、やってみる価値はあると思うの。…まあ、どれほど無謀な行いかってのはわかってる。
仮にあんたをあたしと同時代に転生できたとしても世界は広い…会えなきゃそれで終わりよ…だから、
そういった意味では可能性はゼロに近いのかもしれない。でも、あたしは諦めない。神の束縛に甘んじて
自身の意志で生きることを諦めていたあたしに…勇気をくれたキョンのことを、あたしは絶対諦めたくない!」





「言わんとしていることはわかるさ、そこまで俺も鈍くない。それでもし
何か悪いことが起こったって…そんときはその世界の俺がきっとハルヒを助けに来るはずだ…
だからさ、お前は安心して転生に専念してりゃいいんだよ。」
「キョン…ありがとう。」

……

「神の代行者としての最期にあなたのような人間に出会えて
あたしは幸せだったわ…!次の世界でも会えるといいわね…いや、会いましょう!」

------------------------------------------------------------------------------

気が遠くなるような悠久の時を経て、俺とハルヒは七夕の日再び出会った。同じ世界、同じ時間平面上で。
俺はともかく、ハルヒからすれば…まさに【初めての再会】だったといえる。これも因果ってやつか?
なぜあの日が七夕だったのか…なんとなくわかったような気がした。偶然っちゃ偶然なんだけどな。

「…ああ、そうだな。さぞかし感動的な場面だったろうよ。けどな、当の本人であるハルヒには
第三世界時の記憶がない。意識に変革も何もあったもんじゃねーだろ?」

結局これに尽きる。現に、昨日ハルヒがぶっ倒れるまでそんな予兆は一切なかったんだからな。

「ところが、本人は気付いてなくとも眠っていた記憶が呼応した可能性はあります。あなたにもさっき話したように、
例の不完全なフォトンベルト等がそうですよ。意識せずとも力を行使できる、それが涼宮さんです。
元々神の分身だったということも手伝って、やはりその能力は伊達ではありませんね。」

…古泉の言う通りだ。あいつの力は生半可なものじゃない。神に抗ってまでも転生した…証拠ならそれで十分だ。
『やっぱり物事ってのはやってみるに越したことはないと思ったわ…あたしの潜在能力って案外凄かったみたい。』
何より、自分の口からそう言ってるのを確かに聞いたんだ…俺は。

「僕が言いたいのは、4年前の七夕、涼宮さんがあなたに出会ったことで…
呼応した深層心理が佐々木さんに何らかの影響を及ぼしたのではないか?ということです。」




話が1つとんだような気がする。




「いや、だから…なぜそこで佐々木が出てくるのかと??あの時点じゃまだハルヒはヤツのことを
知ってもいなかったはずだし、それに今だって佐々木の名前こそ知ってるが…ほとんど接点がない
といってもいい、それくらい互いの関係は希薄なものなはずだぞ??」
「すみません、言葉が足りませんでしたね。つまり、これから佐々木さんについて話すこと。
それこそが僕がさっき言っていた『憶測』の該当範囲です。その証拠に…長門さん。
今まで僕が彼に話していたことに、何か矛盾はありましたか?」
「ない。理にかなっていた。」
「というわけです。これまでの部分は、憶測という名の非論理的なものではなかった…
ということがおわかりいただけましたでしょうか?」

まるで示し合わせてたと言わんばかりに即答する長門と古泉。意志疎通か以心伝心かは知らんが
仲良すぎだろ常識的に考えて…超人的な意味でな。って、そんなこと常識的に考察してる場合じゃなかった。

「長門の保証付きならば、俺から言うことは何もないさ。話を続けてくれ。」
「では。結論から申しますと」

また結論からか!

「涼宮さんは、あなたと過去の自分との関係に、あなたと佐々木さんとのそれを
重ね合わせたのではないか?僕はそう見てます。」

案の定、意味はわからなかった。古泉よ…お前は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだ…!?

「あのな、だからっさっきの俺の質問に答えろっての!!どうしてそこで佐々木の名前が出てくるよ??」
「別に、涼宮さんは『佐々木さん』という特定の個人を敢えて選んだ、
というわけではありませんよ。偶然そうなったと言うべきか。なぜなら当時…
あなたが中学生だったとき、一番仲の良かった異性が佐々木さんだったからです。違いますか?」
「な!?」

つい間抜けな顔をしてしまったかもしれない。ここにハルヒがいなくてよかった…二重の意味で。

「なんてことを聞くんだお前は??誤解ないように言っておくが…決して俺と佐々木はそんな関係じゃねーぞ!?」
「とりあえず落ち着いてください。誰も、付き合ってるなどとは言ってないではないですか。」
「むしろ動揺するほうが…変。何もやましいことがないのなら、あなたは毅然としているべき。」
「……」

あろうことか長門に諭されてしまった。これを驚かずして何と言う。というか長門…
『心理的領分というのは私にとって専門外』って、あれ嘘だろ?どうみても今のお前は…裁判にて無実の被告が
ついつい検察に熱くなったとこを諌める弁護人そのものだったぜ…!?心理学の『し』の字も知らない人間が
(正確には人間ではないが)どうしてそんなこと言えようか?いや、言えるはずがない…んじゃないか?

「では質問を変えましょう。友達として考えてみてください。そういう意味であるならば、
あなたは佐々木さんと…異性の中ではかなり口数が多かったほうなのではないですか?」
「まあ…否定はしないが。」
「ならば、それだけで十分です。さて…話は戻りますが、もし涼宮さんに記憶があったと仮定した場合、
果たして彼女はあなたと出会ってどういう反応をとると思いますか?彼女の立場になってみて考えてください。」
「記憶があったらだと?そりゃ…まずは喜ぶだろうな。
んで今までどうしてたとか、今何やってるのかとか…互いに質問攻めに遭うんだろう。」
「そうですね。それが常人のリアクションというものでしょう。
しかし…そんな彼女に涼宮さん自身は気付いていないわけです。」

不意に、その言い回しが気になった。

「え…?まさかハルヒの中に過去の自分と今、2つの人格があるってのか??」
「いえいえ、言葉通りの意味で受け取らないでください。今のはあくまで比喩、そういうふうに2人の人物に
分けて考えたほうが理解しやすいと思ったからです。かえってあなたを混乱させてしまったようですね、
すみません。それで話の続きですが…その過去の自分は、即ち傍観することしかできないんですよ。
自らの意志で動くことはできないんです。その場合あなたならどうします?」
「どうします?って…何もできないんじゃどうもこうもねーよ。昔の思い出に馳せるくらいしか」
「ご名答、正解です。さすがですね。」

いや、普通に答えただけで『さすが』って一体どういうことなのかと…それ以前に『正解』の意味もわからん。

「あなた同様、過去の涼宮さんもおそらくは昔を懐かしんだはずです。
懐かしんだ、この時点である意味願望とはいえませんか?」
「…懐かしんだところで何か起きるのか?過去にタイムスリップできるわけでもねえし、
何よりハルヒ本人が気付かんのだから、俺と以前のような関係に戻ることも不可能だ。」

そうだ。ましてやそんな状況でどうして佐々木を…






…待てよ?ようやくだが、関連性が見えてきたかもしれない。ここまでくるのに随分かかったな…。
仮にだが、過去の俺たちの立ち位置を…無理やりにでも現在へと投射したらどうなる?
あの世界の俺とハルヒは…とりあえず、【仲が良かった】のは事実だろう。そして、そのハルヒは
過去の記憶は失ってる。当人がその立ち位置に入れない…だからこそ、その代わりとなる人物に。
時間遡行してハルヒと出会った時点において…つまり、中学時代の俺が最も【仲が良かった】異性、
そんな彼女に偶発的にも影響を及ぼしてしまったのかもしれない。立ち位置を重視するのであれば、
後は佐々木が神の代行者たる機能を具えていれば完璧だ。俺は昔も今も一般人だから
何も影響が出なかったんだろうが…。

「古泉、お前の言いたかったことはわかったよ。ただ、この推論はちょっと苦しくないか?
仮定に仮定を重ねたようで、少し強引なような気がするんだが。」
「だから言ったではないですか。これは憶測だと。」

開き直ったぞこいつ!?いや、確かにお前はそう言ってたが…
これではまるで予防線を張っていたみたいで気分が悪い。

「不完全なフォトンベルト…その生成の過程を見ても、この説はそれなりに良い線いってたとは思うのですけどね。
佐々木さんの能力が涼宮さんのように完成されていないのも、それで説明がつきます。」
「……」

それについては、俺は古泉とは違う見解だった。そりゃ、佐々木の能力が不完全なものだってのは知ってるさ。
橘京子や佐々木本人から散々説明くらったからな。その理由についてだが…俺は知ってんだ。
あいつが…ハルヒが第三世界終焉時、どれだけ自分の境遇、そしてその重圧に打ちのめされてきたのかを。
ならば、その代行者の証ともいえる能力を他の誰かに分け与えたりするだろうか?誰よりもその苦しみを
知ってるハルヒに、果たしてそんな真似ができるのだろうか?佐々木の能力が不完全なものとなったのは、
そんなハルヒの切実な思いが交錯した結果…少なくとも、俺はそうみてる。

「以上で僕の推論は終了なのですが…そんな僕の憶測も、一つだけ証明する手立てがあるのですよ。」
「?どういうことなんだ?」
「即ち、涼宮さんの能力が消滅したときです。それと同時に佐々木さんの能力も完全消滅するのであれば、
この説も、少しは信憑性を帯びるといったものです。」

…なるほど。ハルヒの力に誘発されての結果なのだとしたら、
確かに古泉の言う通り佐々木の能力は消えてしまうことであろう。

「さて、それで2つ目なんですが…」
「は?」

佐々木の話が終わったと思ったら、こいつはいきなり何を言い出すんだ??
これで奴の話は終わったんじゃないのか?さっきの佐々木云々はどうした??
あれは2つ目にはカウントされないのか??まさか、奴は簡単な算数さえできなくなってしまったか??
いや、それか、この歳にしてまさかの痴呆か??お前はそんな奴じゃなかったはずだぞ古泉…
とまぁ、今、俺の頭の中は大量のクエスチョンマークで爆発炎上を繰り返していたのさ。

「すみません。さっきのは厳密に言えば憶測だったわけで、2つ目ではないんです。
すぐ終わる話だと思って軽く切り出したのですが…思ったより長くなってしまいました。」

なんて紛らわしい奴なんだ…と、いつもの俺なら怒りでワナワナ震えているんだろうが…
今日は佐々木の件に免じ、特別に許してやる。憶測には違いないが、可能性を示唆できただけでも…
一歩佐々木に近付けたような気がするからな。あいつのことは…大切な友達として、できる限り
知っておきたかった。何か有事が起こった際、何も知りませんでしたじゃ済まされないからな。
能力的にも立ち位置的にも、事件の当事者となりうる可能性は決して低くはないんだから尚更だ。

「で…だ。2つ目だったか?」

真剣な話の連続だったせいか、少々聞き疲れを起こしてしまってる自分がいる。
いかんな…こんな調子で、果たして奴の話をまともに聞けるのか??

「実はその2つ目とは、あなたのことなんですが…」








一気に目が覚めてしまってる自分がいる。

「あなたって…俺か??俺が一体どうしたと??」
「涼宮さんがこの時代へと転生できたように…あなたも転生できた。それは自覚してますか?」
「…信じられないことではあるが、まあそうなんだろうよ。ハルヒが俺に見せた記憶を…俺は信じてるしな。」
「なら話は早いです。…高校入学時の涼宮さんの自己紹介…あなたは覚えてますか?」
「おいおい、いきなり話が変わりすぎじゃないか??なぜいきなりそんなことを??」
「そう思われるのも無理ありません。しかし、これでも一応話はつなげてるつもりですよ。」

うーむ…そこまで言われては仕方ない。こいつの示唆しようとしてることが
いまいちわからんが…とりあえず思い出すとしようか。自己紹介、自己紹介…

確か…

『東中出身涼宮ハルヒ!ただの人間には興味ありません。
この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい!以上!』

「今ので合ってるか?」
「よくそこまで鮮明に覚えていらっしゃいますね。感服します。」
「そりゃ、あそこまでインパクトある自己紹介はそうそう忘れたりはしないさ…って、お前俺のクラスじゃないのに
何で知ってんだ?いや、それ以前に、そんときはまだ俺の学校にはいなかったよな??」

たまに忘れがちになるが、こいつは一応転校生だった。

「簡単なことです。長門さんに聞いただけですよ。」

長門も同じく俺のクラスではないが…まあ、この長門にかかれば何でもありだ。
なんせ元はと言えばハルヒの監視役としてやってきたようなもんだったし…
ならば、あの席での問題発言を傍聴していたとしても何らおかしくはないだろう。

「で、思い出したのはいいが、一体これが何だってんだ?」
「今の自己紹介…何かひっかかるような所はありませんか?」

何を言ってんだ…確かに常軌を逸した自己紹介なだけに
突っ込みどころは有り余るほどあるんだろうが……ひっかかるトコ?

……

そういや…このハルヒの言葉は一連の流れとつながってるって、さっき古泉は言ってたよな。
一連の流れ…とは俺が二人に話してた【あの世界の記憶】のことだよな。いや、違う…
古泉はその後、転生の話題を出してきたじゃないか。転生…

『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい!』

結果として宇宙人である長門、未来人である朝比奈さん、そして超能力者である古泉がハルヒのもとに集った。
しかし、一つだけ欠けていた…まあ、前々からこれについては疑問に思ってはいたのだが。

異世界人

願望を実現させるハルヒの能力を考えたとき、なぜ異世界人だけハルヒの目の前に
現れなかったのか…それが不思議でならなかった。まあ、特に憂慮すべき問題ってわけでもなかったから
俺自身深く考えようともしなかったが。

そして異世界人たる人物がいないまま今日まで時を迎えてしまったわけだが…

……

もし異世界人がSOS団に実はいたとしたら?

それは誰だ?

……

転生…

「古泉よ、お前の言いたいことを当てていいか?違うのなら思いっきり笑いとばしてくれ」
「もう察しがついたのですか?さすがキョン君ですね。」
「…言うぞ」

……

「俺は異世界人だったのか…?」



……



俺はこれまで自分をごく平凡な人間だと思ってた。どこか変わったところはあったかもしれないが、
それでも自分は長門や古泉、朝比奈さんとは違うごくごく普通の人間だと思っていた。
この時代に生きうる普通の人間としてな。だが…もう、そうも言ってられないだろう。あの記憶を見た
今となってしまっては。俺という人間が…あのときの【俺】の生まれ変わりだとしたら。転生だとしたら。

俺は間接的ではあるが、別世界から来た人間ということになる。つまり、言葉通りの異世界人だ。

古泉は静かに口を開く。

「それがわかったとき、どんな気分でしたか?」
「別にどうもこうもねえさ。ああ、やっぱりな…って思っただけだ。」

どうやら、俺は古泉の言いたいことを当ててのけてやったらしい。

「いつからお気付きで?」
「さあな…微々たる気配とかでもOKなら、それは俺が朝倉に襲われたときだろうか。とはいっても、
それ自体は別にどうでもいいんだ。あの一件以来、俺はあのとんでも話を信じるようになった…
マンションに呼び出されて聞かされた…そう、お前の話をな。」

俺は長門の方を見つめる。

「長門よ、涼宮ハルヒには願望を実現させる能力があるって…以前そう言ってたよな?
改めて、お前に確認しときたい。その能力ってのは…実は、この世界に限ったものだったんじゃないか?」
「…そう。」

まさかの当たりか。…なるほど、これで全てに合点がいった。

「となれば、この世界の住人ではないもの…即ち
異世界からの人間は、その影響下には入らないって認識でいいんだよな?」
「…そう。」
「わかった、ありがとな。今まで何か抱いていた…モヤモヤが消し飛んだぜ。」

……

涼宮ハルヒという人間が願望実現という特異的な能力を有してる時点で、自身の意志でハルヒを
どうこうできていた俺の存在そのものがそもそも規格外だったのだ。…まあ、おかしいとは思ってたんだが。
ただの凡人である俺が涼宮ハルヒに選ばれた人間だとか、涼宮ハルヒのカギだとか…
後、唯一ハルヒに意見や口出しできる人間が俺だったってのも…、今となっては納得できる。
俺がハルヒの能力を受け付けない、異世界人だったのだとしたらな。

……

「おやおや、大丈夫ですか?どうか気落ちしないでください。」

なんと、今の俺は古泉から見て…どうやら気落ちしてるように見えたらしい。

「あなたが涼宮ハルヒの影響下に内包されなかったのは、決して【異世界人だから】という理由だけではない。」

長門が意味深なことを言ってきた。

「そうですよ、考えてもみてください。もしそれだけの理由であれば、極論かもしれませんが…
あなたは涼宮さんの単なる他人という独立した存在でも全然問題なかったわけです。
そうである場合、決して涼宮さんのカギたる存在には成り得ません。」
「しかし、あなたは過去の世界で誓った。涼宮ハルヒと再び会うことを。」

そうだ…あの世界の俺はあんなにもハルヒに会いたがってたじゃねえか。ハルヒも同様に…。

「それも当然ですよ。なぜなら、あの世界のあなたが
涼宮さんに対して思っていたように、涼宮さんもまたあなたのことが…」



「いえ、ここは言葉を濁しておくとしましょう。とにかく、あなたと涼宮さんの関係には
論理や理屈では説明できないこともある…どうか、そのことを忘れないでください。」

いつもの俺なら、古泉の言いかけた言葉などわからず仕舞いだったんだろうがな…。あの記憶の中の…
【俺】が遂げられなかった思いを克明に覚えている今の俺には…。容易く予測がつく。

……

なぜだろう?急にハルヒに会いたくなってきた自分がいる。

「…俺は」
「もう僕たちのことはほっといて、涼宮さんの所に行ってあげてはどうですか?あなたもそんな気分でしょう。」

俺が言はんとしてたことを先に言いやがった。洞察力が鋭いってレベルじゃねえぞ…。

「だがな…俺はまだ、お前らの要件を聞いちゃいねえわけで…。」
「そんなことはどうでもいい。今はあなた自身の思いに従うのが賢明。私はそう考える。」

長門…

「わかった。二人とも、どうもありがとな!行ってくる!」

俺は自転車をこぎ出した。







……







おっと、急がば回れと言うじゃないか。
俺は発進していた自転車を一旦ストップさせ、携帯電話を片手にメールを打ち始めた。

「さすがにいきなり来られても迷惑だろうからな…行くってのは一応前もってメールで知らせとかねえと…。」





よし、送信完了。じゃあ再びこぐとしよう。


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