「…ルヒ…ハ…」

……

「ハルヒ!!」

……

俺は、気がつくと自分の部屋のベッドにいた。

「一体これはどういうことだ…?」

冷静に辺りを見渡してみる。確かにここは俺の部屋だ。
はて、部屋とか以前に俺の家は地震によって倒壊したはずなのだが。

……

着ている服も確認してみる…どうやらこれは私服ではなく寝間着らしい。
携帯も確認してみた。何々、今日は11月29日、時刻は午前7時10分。

「…夢?あれは全部夢…?」

…よくよく考えてりゃ、おかしなことだらけだった気はする。
冬にもかかわらずの酷暑、大地震、暗黒、そして大寒波…まるで世界の終わりを告げるかのごとき夢。
ここまで支離滅裂では、さすがに夢だと考えたほうが合理的なのは誰もが納得するところだろう。
何より、人が死にすぎて…

……

…死?

「妹…妹は…?!」

俺は思い出してしまった。全身から血を流し、倒れている妹の姿を…!
そして、ついに帰らぬ人となってしまったことを。

考えるよりも先に体が動いていた。気付くと、俺は自分の部屋を出て廊下へと立っていた。
目的はもちろん…妹の安否の確認である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「あ、キョン君だ!」

ふと、後ろから声をかけられた。

「今日は私が起こしに来なくても自分から起きたんだね!偉い偉い!」

…妹である。確かに妹である。

「お前…生きてたんだな…。」
「?キョン君何言ってるの?」
「ああ、すまんすまん、なんでもないぜ。」
「?とりあえず私は先行ってるね。お母さんがもう朝ごはんできたって言ってたよ!」

階段を下りてリビングへと走っていく妹。ったく、家の中で走るなっての。転ぶぞ。

……

「よかった…本当によかった。」

妹の話しぶりからして、どうやら親父もオフクロも健在のようである。

……

当たり前のようで気付かなかったが、家族がいるということがどれほど幸福なことなのか…
今更ながらそれを実感する。真に大切なものは無くして初めて気づくとは…まさにこのことか。

俺は部屋へと戻った。とりあえず、学校へ行くための準備をするためだ。

「しまった…宿題やってくんの忘れた。」

さすが、俺である。いつもいつも期待を裏切らない。

……

今から忌まわしき【それ】をやり遂げようと、一瞬考えた俺であったが…
どうやら時間的にそれは不可能のようである。

「学校行ってハルヒか国木田に見させてもらう他ないな…。」

頼るべきは友である。あ、いや、前者が果たして言葉通りの友なのかどうかは承服しかねるが…
しかも冷静に考えてみれば、ハルヒが俺に宿題を見せてくれるなど、とてもではないがありそうにない。
おそらく、『あたしに頼るくらいなら自分でやれ!』の一蹴りでこの会話は終了だろう。

「…そういやハルヒ、随分と消沈してたな…。」

再び夢のことを思い出す俺。おかしなことと言えば、
ハルヒの様子も十二分にそれに該当するものであったからだ。

…俺は回想していた。ハルヒによって、閉鎖空間に呼ばれたあのときを。

 

 

 

 



ハルヒは新世界を構築する際に俺を閉鎖空間に呼び出した。なぜ俺が呼ばれたのかは古泉曰く、
『あなたが涼宮さんに選ばれた人だからです。』だそうだが。そこで俺が…まあ、あまり
思い出したくはないが…。とにかく、結果的に世界は元に戻り、事なきを得たわけだ。

まさか、今回俺が見たあの夢も、実はハルヒの能力に関したものだったのだろうか…?
もしそうであるなら、夢の中でのハルヒの様子がおかしかった理由も説明がつくが…。

しかし、それではどうも俺には腑に落ちない点が多い。仮に、あれがハルヒによって
引き起こされたものだとしよう。ならば、あの世界はまず閉鎖空間のはずである。ご存じの通り、
この空間には本来古泉のような超能力者しか出入りができないはずだが、あの夢の中で
確かに俺は見たのである…この現実世界とほぼ差し支えのない、いや、現実世界そのものと言っても
過言ではないくらいの数の人間を。デパートで買い物をする客、地震で死んでいった住民、
校舎の瓦礫の下敷きとなって死んでいった生徒たち等…。

確かに、超能力者と全く関係のない第三者が閉鎖空間に呼びだされるという稀なケースもあるにはある。
俺が世界改変時ハルヒによって閉鎖空間に呼ばれたあのときのように。しかし、あれはあくまでハルヒに
呼ばれたがゆえの結果。閉鎖空間に一般人が呼び出される場合、まずハルヒ本人がそれを願ったかどうか、
それが最も重要なのである。

しかし、今回の夢に出てきた多くの一般人をハルヒ自ら願って呼び出したとは…俺にはとても思えない。

なぜか?

ハルヒが人を死ぬことを望むはずないからだ。

承知の通り、あの夢の中では多くの人が命を落とした。

あの世界で起こる事象は無意識ながらもハルヒの深層心理と深く結び付いており、
つまりその理屈でいくと、ハルヒは天変地異による人間の大量死を願望として抱いていたことになる。

しかし、それがありえないことを俺は知っている。ハルヒ自身が自分の周りにいる宇宙人、未来人、超能力者に
気づかないことが何よりの証拠だ。ご察しの通り、これら3者はハルヒの願望によって出現したものであり、
にもかかわらず、ハルヒはそれらの存在を認知していないという矛盾した二重構造を成している。
これは一体どういうことか?ハルヒは願望としてはいてほしいと願っていても、それらが現実に
存在しうるわけがないという、いわゆる常識的かつ理性的な感情を密かに抱いている…
というのが事の真相だ。分かりやすくいえば、ハルヒは【常識人】なのである。

例えば去年の夏、孤島での出来事。ハルヒが何かしらの事件が起こることを熱望していた最中に
起こった殺人事件。結果として古泉ら機関による自作自演劇だったわけだが、つまりはハルヒは、
事件は事件でも人が死ぬといった常軌を逸したものは望んではいなかったというわけである。

さて、いい加減納得してもらえただろうか。つまりハルヒは根本からして破壊願望など
抱くことはありえず、よって今回の事態もハルヒ本人が引き起こした可能性はゼロに近いのである。

……

問題は解決したはずなのに、喉に何かがひっかかったかのようなモヤモヤ感…これは一体何だろう?

……

単なる夢…ハルヒのせいでないのなら、あれは単なる夢だったということになるが、
それにしては妙に感覚が生々しかったのはなぜだろうか?

そもそも夢の中というのは本来痛みを伴わないはずである。漫画やアニメ等で
夢か否かを判断するために頬をつねったりする光景はもはや誰もが知るところであるだろうし、
まあ別に、漫画アニメに限らずともそれが通説であることはまず間違いない。
だが、俺は地震によって体を地面に強打している際 確かに痛みを感じているのである。
そうでなければ…夢の中で数時間にわたって気絶することなどありえない。

さらに言うべきは、俺が夢の内容を一部始終はっきりと…まるで本当に体験したのではないか?
と言っても差支えないくらい鮮明に覚えているということ。たいてい、夢というのは見ていても
忘れる場合がほとんどだし、仮に覚えていたってそれを事細かに記憶しているケースはまずない。

そして、極めつけはハルヒの尋常ではない様子。
『助けて!』『あたし自身が怖い』『あたしを守って…』等の言動

……

どう客観的に捉えたって、あれは俺に助けを求めていたとしか考えられない。
もしかしたら、ハルヒはそれを伝えるために俺の夢に何らかの干渉を…
いや、さすがにこれは考えすぎか。痛みはともかくとして、この場合は【単なる夢】でも説明がつく話だろうし…。

……

いかん、考えれば考えるほどわけがわからんくなってきた。
もうこの夢に関しては考えるのはよそう、いくら考えたって明確な結論など出やしないさ。

ただ、念のために一応話しとく必要はあるかもな…。




「もしもし、俺だ。」
「何か…用?」

俺は電話をかけた。ありとあらゆる方法でこれまで異常事態解決に尽力してきてくれた…
そう、長門有希に。SOS団員に助けを求めるとなれば、思いつくのはまずこのお方であろう。

「昨日の夜、ハルヒに何かおかしなことはなかったか?」
「…通常の閉鎖空間に限っては昨日は発生していない。」
「通常のって…それはどういうことだ?」
「昨日の夜から深夜にかけてごく小規模な閉鎖空間が発生するのを一度だけ観測した。ただし、
それは通常の閉鎖空間とは異なり、空間形成を司る中核体が脆弱だったため内部組織を維持できず、
発生してわずか2.63秒で消滅した。ただそれだけのこと。」
「そうなのか…でも、小規模でも閉鎖空間ってのは、やっぱハルヒはストレスか何かを貯め込んでるってことか?」
「そのへんについては深く考える必要はない。そもそも昨日の閉鎖空間のレベルではストレス、
いわゆる欲求不満自体があったかどうかすら判別不可。単に涼宮ハルヒが無意識下に引き起こした、
あくまで誤差の範囲内での反応と見なすのが現状では一番。」

…?

「わかりやすく例えるならば、ある人間が喉が渇いたという理由で、
自身の一日における平均水分補給量にプラスしてコップ一杯分、その日は多く水分を摂取したようなもの。」

これは長門にしてはわかりやすい例え…なのか?

「ということはあれか、昨日の閉鎖空間はあってもなくてもどうでもいいくらい、
気にしなくてもいいものだったってことか?」
「端的に言えばそういうこと。」

なるほど、ならハルヒに何かあったわけじゃなさそうだな。俺の考えすぎか…。

「ありがとう長門!いつもいつもすまないな。」
「別にいい。しかし、なぜこのような質問を?」
「いや、なんでもないんだ。俺の気のせいってやつだな。」
「そう。」
「じゃ、また学校でな!」
「また、学校で。」

そう言って俺は長門との電話を終えた。あの万物万能の長門先生から太鼓判を押されたんだ、
ハルヒのことは特に気にする必要はなかろう。

…まだ時間はあるな。一応閉鎖空間の専門家古泉にも電話しておくとするか。もちろん、長門の言ったことは
信じてるさ。ただ、実際あの空間に出入りするやつが…昨日のあの空間をどう認識したかってのが
気になってるだけで、ようは単に感想を聞きたいだけだ。それだけのために電話をかけるのもアホみたいだが…
まあ相手が古泉だし別にいいだろう。あ、いや、決して古泉をバカにしてるわけではないぞ?たぶん。


……


「もしもし、俺だ。」
「おやおや、あなたですか。おはようございます。朝っぱらから
僕なんかに電話をかけてくださるとは、一体どういう風の吹きまわしでしょう?」
「いちいち長文句を言うな、電話きるぞ。」
「ははは、すみません。で、どういうご要件で?」
「長門から聞いたんだ。昨日小規模だが閉鎖空間が出たんだってな。」
「その通りです。まあ、現れてから数秒もしないうちに消滅してしまわれたので、
僕たち超能力者が入る余地などありませんでしたけどね。もちろんそんなわけですから、
神人も一切現れておりません。あなたが心配するようなことはないと思いますよ。」

やっぱ古泉からみても、あの閉鎖空間はほとんど害をなすもんじゃなかったんだな。

「そうか。ところであーいう現象は頻繁に起こってたりするのか?」
「いいえ、滅多に起こりませんね。とはいえ、現在の涼宮さんの精神状態には
ほとんど問題はないわけですから、特に考えるべき事態でもないことだけは確かでしょう。」

そうか、それだけ聞けりゃ満足だ。

「ご丁寧に説明どうもな。じゃ電話きるぞ。」
「お役に立てて光栄です。しかしこのような質問をなさるとは、
何か涼宮さんの異変に心当たりがあるようなことでもお有りですか?」

おお、古泉なかなかお前も鋭いじゃないか。まあ、別に語らずともいいだろう…俺の杞憂で終わりっぽいしな。

「いや、なんでもないんだ。気にしないでくれ。」
「そうですか。それではまた学校で会いましょう。」
「おう、じゃあな。」

電話終了っと。これで悩みはほぼ解消したってわけだ。一件落着だな。とはいえ内容が内容なだけに、
夢の中での凄惨な光景はしばらく忘れられないだろうとは思うが…。そんなことより、
今は目の前にある宿題だ…むしろ、こっちのが死活問題だッ!!早く朝飯食って学校行くとするか。

 

 

 

 

 





この段階では俺にはまだ気付きようがなかった。
あの夢が、これから起こる恐ろしい事件の序章でしかなかったということに。

 









飯を食い終わり、学校へと向かう俺。

「しっかし…。」

いっつもいっつも登校時に立ちふさがるこのなっがい坂は、いい加減どうにかならないのかね?
今日はまだいい。遅刻を免れるため走っていく日などは、もはやただの死神コースへと成り果てるのだから、
正直たまったものではない。学校側も学校側だ、こんな丘の上に学校を建てるなど
一体何を考えているのだろう?生徒の身にもなってほしいもんだね。切実にそう思う。

「あ、キョン君!おはようございます!」

ふと声をかけられる。この可愛らしいスイートボイスは…もはやあの方しかいないであろう。

「朝比奈さんじゃないですか。おはようございます!」

そう、まごうことなき、我らがSOS団随一のマスコットキャラクター、朝比奈みくるさんである。

「こんな所で会うなんて奇遇ですね。」
「ふふ、私もちょうど今来たところなの。…どうせだから学校まで一緒に歩いて行きませんか?」
「もちろん構いませんよ。」

いやはや、まさか登校途中に朝比奈さんに会えるとは夢にも思わなかった。さっきまで
坂がどうのこうの愚痴を吐いていた自分がきれいさっぱり消滅してしまっていたのは言うまでもないだろう。
それにしてもラッキーな日である…朝比奈さん効果で、今日も一日なんとか乗り切れそうな自分がいる。

……

そういや昨晩の夢のことをまだ朝比奈さんには伝えてなかったっけ。いや、夢の話に限っては
まだ長門や古泉にも話してはいないか…あくまでハルヒの容態を確認しただけだったなそういえば。

俺が今朝、ハルヒを除くSOS団の中で朝比奈さんにだけ電話をかけなかったのには理由がある。
まず、朝比奈さんには長門や古泉のようにハルヒの様子を確認すべく技術を持ち合わせていない。
よって、ハルヒのことを尋ねたとしてもそれは野暮というものだろう。

まあ、実際は【変に情報を与えて朝比奈さんを混乱させたくない】ってのが
俺の最もなところの理由であるわけだが。いくらあの夢に異変性・特殊性を感じたところで、
所詮客観視すればただの夢にすぎないのである。あくまで夢である。そんな曖昧かつ抽象的不確定情報を
べらべらしゃべってみようなどとは、俺は思わない。特に朝比奈さんのようなタイプなら尚更である…
状況を把握できずオロオロし、必要以上に心配した挙句、疲弊してしまう彼女の姿を…
俺は容易に想像できる。そういうわけで、俺は朝比奈さんには電話をかけなかった…というわけである。

「キョン君、今日は私いつもとは違うお茶の葉をもってきてるんですよ♪」
「そうなんですか。一体どんな味のお茶なんです?」
「ふふふ、それは秘密です♪放課後つくってあげるからそのときまで楽しみにしていてね。」
「それはそれは、楽しみにしときますとも!」

朝比奈さんのお茶を飲めるというだけでも幸福そのものだというのに、ましてや俺たちSOS団のために
粉骨砕身して新たなお茶を作ってくださるとは、いやはや、もはや感謝しても足りないくらいですよ朝比奈さん。
これでまた、今日一日頑張れそうな俺がいる。

…さっきから朝比奈さんに元気づけてもらってばっかだな俺。
こんなお方に例の夢のような重苦しい話など 本当お門違いというものであろう。

皆も知るように朝比奈さんは未来人なわけであるが、時々そのことを忘れかけてしまう自分がいる。
まあ、仕方ないであろう。未来人にもかかわらず、禁則事項とやらで未来のことは一切話ができないようだし
普通に接していれば、彼女がこの時代の人間ではないなどと… 一体誰がどうやって判別できようか。

未来か…

未来という言葉に何かがひっかかる。俺は何か大事なことを見落としているような…

……

そうだ…俺ははっきりと覚えている。あの惨劇が起こった日は…

12月23日

夢の中に俺が身を置いていた世界での日付である。そして、あの世界の俺には【自分が高校二年生だ】
という確かな自覚をもっていた。今の俺も同じく二年生である。そして今日は11月28日。

つまりこれはどういうことか?






いや、まあ考えすぎだよな。長門や古泉が異常ないと言ってるんだ、別に俺が憂慮すべき事態でも何でもない。
うん、そうだ、あれはただの夢なんだ。そうに決まってる…!とりあえず俺は、そう強く言い聞かせることにした。

「どうしたのキョン君?何か元気がないみたいだけど…大丈夫?」

おっと、いけない…思ってることが顔に出ちまったか。
まあ、あれだけ深刻に長考してりゃ、そう思われても仕方ないよな。

…ふと思ったんだが。朝比奈さんは未来についての情報をある程度把握しているはずである。
未来人なのだから当然と言えば当然なのであるが。どうする、朝比奈さんに何か聞いてみるか?
仮に何か知っていたところで、『禁則事項です。』と返されるのがオチかもしれないが…
しかし何らかのヒントは得られるかもしれない。俺は当初の理念を貫き、あくまで
朝比奈さんを混乱させることだけはないよう、質問に変化球をつけて尋ねてみた。

「朝比奈さん、突然こんなことを聞くのもあれですが、何か最近変わったことは起きませんでしたか?
例えば、未来のほうから何らかの報告を受けたりとか。」

ちょっと足を踏み入れすぎた発言だっただろうか。しかし、今の俺にはこの表現が限界である。

「み、未来からですか?」

突然の思わぬ質問に動揺する朝比奈さん。

「いえ、特に何もないですよ♪」

かと思えば明るくお答えなさる朝比奈さん。内容を問うのではなく、あるかないかという類の質問なら
禁則事項とやらにもひっかからないのではないか…?という俺の読みは当たった。

「最近は何々しろみたいな指令もあまり送られてこないから私としては助かってるんですよ。
その分、時間をおいしいお茶を作ったりとか他のことに回せるわけですから♪」

いやー、なんとも幸せそうな顔をしてらっしゃる。これでは、
さっきまで長考していた自分がまるでバカに感じられる。もはや杞憂の一言に尽きるのであった。
さて、では事態がややこしくならないためにも先手を打っておくとするか。

「それを聞けてよかったです。最近の朝比奈さんは特に明るいんで、
きっとそういう面倒な指令とやらもないのかな…と思ってちょっと確認してみたんですよ。」
「あら、そういうわけだったんですね。そんなに私明るく見えますかぁ?」
「ええ、それはもう。」
「もー、キョン君ったら♪」

よし、うまく話をはぐらかすことができた。なぜ俺がこういう質問をしたのかに対して、朝比奈さんの場合は
長門や古泉のように『ああ、そうなんですか。』のごとく簡単には納得してくれそうにないと思ったのだ。
彼女のことだから、心残りになって引きずることもおおいに有り得る。ならば、先手を打って俺からそのワケを
説明したほうが、彼女もすんなり納得してくれると思ったのである。そして、それは見事に成功した。



…操行しているうちに、俺たちはいつのまにか学校へと着いていた。
これでしばし彼女ともお別れである。なんとも、貴重な時間でしたよ朝比奈さん。

「じゃあ私教室あっちだから、また放課後ねーキョン君!」
「はい、ではまた!」

名残惜しいが、朝比奈さんと別れ教室へと入る俺。そういえば、俺はかばんの中に入っている
忌々しい宿題という名の悪魔を処理しなければならないのであった。早速国木田を探そうとする。

……

「いねーな…。」

もうすぐ朝のHRの時間だというのにあいつはまだ来ていなかった。
優等生なだけあってあいつが遅刻することなど考えられないのだが…。

「よーキョン!なんだ、国木田のやつ探してんのか?あいつなら今日休みだぜ。」

俺は体を硬直させた。

「ん?どうしたキョン?もしかしてお前も体調悪いのかよ?まあ、こんな季節だし仕方ねーっちゃ仕方ねーけど。」

確かに11月末なだけに気候は寒く、風邪をひきやすい時期というのは間違ってはいないだろう。
ただ、俺がさきほど体を硬直させた理由は…それとは別にある。

「そういうお前は元気そうだな谷口。バカは風邪ひかないってのは本当なのかもな。」
「て、てめー!人が心配してりゃいい気になりやがって!」

妹を今朝見たときも同じセリフを言ったが、また敢えて言わせてもらおう。『生きていてくれて本当によかった』と。
夢の中での谷口の死に様が、鮮明に記憶されているだけに…尚更である。

……

っと、そんな感傷に浸っている場合ではない。例の宿題をなんとかしないといけないんだったな。
いつものように、俺の後ろ席に座ってるやつに声をかける俺。

「よっハルヒ。おはよ。」
「あ、キョン、おっはよー。相変わらず間抜け面ねー。」

朝っぱらからなんてひどいことを言い出すんだこいつは。まあ、いつものハルヒだし、別に驚くことでもない。
それにしても夢の中で意気消沈してたお前は一体何だったんだろうな。やっぱ単なる夢だったんだな。
もう知ったこっちゃねーや。

「ところでな、ハルヒ…数学の宿題のことなんだが…。」
「へえ~今日は国木田が休みだからあたしのノートを写させてもらおうって、そういう魂胆なのかしら?」

う…!?まずい、ハルヒ様には全てお見通しってわけか…

「ダメに決まってるでしょ。こういうのは自分でやらないと力つかないってのは、あんたもわかってるでしょ。」

うむ、正論である。涼宮ハルヒにしては珍しくまともなことを言ったではないか。
よしよし…と感心している場合ではない。

「頼むハルヒ!これが今日中に提出だってのは知ってるだろ?
俺の学力じゃどう考えたって間に合いそうにないんだ…頼む!力を貸してくれ!」

俺は必死に嘆願してみた。…まあ、徒労に終わりそうだが。

「そうね…ま、考えてやらないこともないわ。」

マジですかハルヒさん。こりゃ意外な返答だ。

「その代わり、それ相応の条件は飲んでもらうけど。」

……

世間は甘くない…しみじみとそれを痛感する。

「わかった…飲めばいいんだろう。で、その条件とやらは一体何なんだ?」
「それはね…。」

ハルヒの言葉に耳を傾ける俺。

「あたしに曲を作って提供することよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 




ザ・ワールド、そして時は動き出す

…え?

曲?作る?提供?

「というわけで、頼んだわよキョン!!じゃ、これ、あたしの数学のノート。大切に使いなさいよ。」

ハルヒからノートを手渡される俺。これで宿題という不安材料は解決したわけだが…
どうやら、それと引き換えに大変な問題を背負っちまったらしい。俺は。

「ハルヒ…とりあえず説明を要求するぜ。曲作りってどういうことだ??」
「イチイチそんなことも説明しなきゃいけないわけ?団員なら黙ってても
団長の心を察せられるくらいの力量はもつべきよ。」

いや、これはあきらかに何の脈絡もなしに作曲の話をだしてきたお前に問題があるだろう。
もしこの状況でハルヒの心中を見抜けたやつがいたのなら、今すぐ俺のところに来い。
洞察力のスーパーエキスパートとして、俺が称えてやる!

「…仕方ないわね。とはいえ、もうすぐ授業も始まるし話す時間はないわ。1時間目が終わったら話してあげる。」

ハルヒにしては珍しく良心的な回答だな。常識人の俺がきちんと理解・納得できるような説明を
どうかそんときは頼みますぜハルヒさんよ。そう切実に思いながら、俺は宿題に手をつけるのであった。

 

 

 

 




さてさて、人間の時間概念というものは随分とまた環境に左右されるものである。TVで延々と
バラエティー番組を観ていたり、はたまたファミレス等で親しい知人と会話をしていたりしたら、気付かない間に
自分の思った以上もの時間が経過していたというのはよくある話だ。人間というのは心理学上、自身が楽しい
と感じている状況においては前述通りの事象が成立する傾向にあるようである。これを逆説的に捉えれば、
つまり自身が嫌だと感じる状況下では、時間の経過は非常に遅く感じてしまうのである。

ま、要は授業が俺には苦痛ってことだ。といっても俺にかかわらず大多数の万人はそう思っているに違いないが。
とりあえず朝の朝比奈さんスマイルを活力にし、俺はこの長々しい時間を乗り越えた。

「さあ、聞かせてもらうぞハルヒ。」
「あんたねえ…そんな急がなくてもあたしは逃げも隠れもしないわよ。」

おいおい、逃走でもされたら 俺はこのモヤモヤとした感情を一日中抱えたまま過ごすことになっちまうぞ。
とりあえず、説明してくれる様子で助かった。何しろ、いきなり『作曲しろ』である。こんな要求を突きつけられ、
作曲の『さ』の字も知らない人間が、一体どうやって平静を装ってられようか?いや、できるわけがないだろう…。

「今年の文化祭、あたしがギターもって歌ってたのは覚えてるわよね?」

覚えてるも何も、忘れられるわけがない。
未だにバニーガール姿のお前が目に焼き付いて離れないぜ。いろんな意味で。

「その後、あたしはENOZのメンバーから彼女たちの作った曲のデモテープとか
いろいろ聞かせてもらったんだけど…改めて思ったんだけど、彼女たち凄いのよ!
とても高校生が作ったとは思えない出来ばかりだったわ!!」

だろうな。音楽的素養のない俺でも、あのときは凄さを感じずにはいられなかったぜ。言うまでもないが、
この『凄さ』とは、ハルヒや長門が纏っていた変な衣装による視覚的衝動を取り除いた、あくまで
曲そのものの純粋な感想だ。メジャーなロックバンドのだす曲と比べても遜色ない出来だったと思う。
あー、ハルヒの言いたいことがわかってきたような気がする…。

「だからさ、あたし感動して!SOS団もそんなふうにオリジナルな曲を作って演奏できたらな~と思ったのよ!!」

やっぱりそうか。要はSOS団もバンドを組んでENOZみたく頑張りましょうってことか…まあ、バンド自体は
面白そうだし 別に反対しようとも思わない。長門みたいな高度なテクを求められるのなら、話は別だがな!

「ハルヒよ、大体の概要はわかった。自作曲をやるのは良いとしてだな、
なぜそれを作るのが俺なのか…そこんとこキチンと説明してもらおうか。」

もはや俺の言いたいことはそれだけだ。オリジナルをやるにしても、なぜよりにもよってこの俺が
作らにゃならんのだ??本来なら言いだしっぺのハルヒ、あるいは何でもこなす万能長門さんが
遂行するお仕事であるはずだろうに。まさかあれか、俺がSOS団の中で雑用係だからとかいう
むちゃくちゃな理由じゃねーだろーな?

「だってあんた雑用でしょ。そのくらい頑張ってもらわなきゃ。」

やっぱりそうですか。団長さんよ、あんたはホント期待を裏切らないな。
悪い意味で。できれば、そういう期待ははずれてほしかった…。

「とは言ったって、別にコード進行から全楽器パートのフレーズまで、みたいな全てを考えてこいって
言ってるんじゃないわ。あんたはボーカルのメロディーライン考えてくるだけでいいの。」

?とりあえず俺の負担は減ったとみていいのだろうか。

「メロディーラインだけ…ってのはどういうことだ?」
「あんた、まさかその意味すらわからないって言うんじゃないんでしょうね!?
そこまでアホキョンだったとは思わなかったわ…心底がっかりね。」

待て待て待て待て、勝手に失望するんじゃない!さすがに意味ぐらいわかるっての!

「そういうことじゃなくてだな、それ以外の作業…例えばお前がさっき言ってた…
コード進行とかいうやつか。それは一体誰がやるんだ?」
「あー、そういうことね。それはあたしがやるから、あんたが出る幕じゃないわ。」

いや、むしろ出なくてホッとしましたよハルヒさん。

……

まあ、こいつがコード進行を担当するっていう理由はなんとなくわかる。ハルヒのことだ、
このSOS団バンドにおいても、ENOZ同様ギターボーカルでコードバッキングに徹するつもりなのだろう。
最もコードが絡む役柄なだけに、本人がそれをやったほうが良いっていうのはあるんだろうな。

「他作業の分担具合はどうなってるんだ?」
「他はそうね、有希はギターフレーズ、みくるちゃんはキーボードフレーズ、
古泉君にはドラムとベースのフレーズを作ってもらうつもりよっ!そうそう、歌詞はあたしが作る予定。」

おお古泉よ、お前は二つも楽器フレーズを作らにゃならんのか。どういうわけかは知らんが、
これも副団長の務めと思ってせいぜい頑張ってくれ。

…ん?待てよ

「今のフレーズ担当を聞いてまさかとは思ったんだが、
誰がどの楽器を担当するかってのはもう決まってたりするのか?」
「あったりまえじゃない!あたしはギタボ、有希はギター、みくるちゃんはキーボード、古泉君はドラム。
…そしてキョン!あんたはベースよ!」

どうやら俺はベースをマスターせにゃならんらしい。

「それはどうやって決めたんだ?」
「イメージよ!」
「……」

まあ、正直ベースでよかったと密かに思ってはいる。少なくともギターだけは絶対嫌だったからな…
こいつが求めてそうな高等テクは長門にしかできそうにないし。ベースならそこまで目立つわけでもないし、
何より俺自身が低音好きな人種だからな。他メンバーの楽器具合にも大体納得だ。
特に長門がギターなのは…もはや誰もが賛同するところであろう。

「最初みくるちゃんにはタンバリンでもやらせようかって思ってたんだけどねー、
実際それするとドラムの音にかき消されちゃうじゃない?同じ打楽器だから役割かぶっちゃうし。」

いや、それ以前の問題だろう…そもそもバンドでタンバリンなんて聞いたことないのだが…
まあ、ハルヒのその判断は適切だろうよ。ギターやベースの横で必死にタンバリンを叩く不憫な朝比奈さんなど
見たくないからな。光景自体には萌えたりするかもしれんが、それとこれとは別問題だ。

「大体のところはわかった。で、俺はメロディーに専念するわけだが、まずは曲作りの土台ともなる
コードを知る必要があるぜ。長調なのか短調なのか、みたいに曲調がわからなけりゃ作りようがないからな。
というわけで、そこは任せたぞハルヒ。」
「何言ってんの?あんたがまずメロディーを作るのよ!」

何やらハルヒは意味不明なことを言ってきた。

「ちょっと待て。そりゃ一体どういうことだ?」
「だから、あんたのメロディーをもとにあたしがコードを作るってことよ。」

…とりあえず、俺はこの言葉を言わせてもらおう。

「順序が逆じゃないか?」
「つべこべ言わない!とにかく作ってくること!いいわね!?特に期間は設けないけど、
あんたが作らなきゃこっちも作りようがないんだから!なるべく早くお願いね!!」

もうここまで来ると手のつけようがない。わけがわからないが、
とりあえずここは同意しておこう…それが賢明ってもんだ。

さてさて、操行するうちに2時間目が始まってしまった。
とりあえずさっきからのモヤモヤ感が解消したって点でさっきよりは快適な授業を送れそうだ。
まあ、それでも、俺にとって授業が苦痛であることには変わりないわけだが。


 

 

 

午前の部を経て、時は昼休み。ところで、ここで俺はある深刻なことに気付いたんだが…。

「どうやってメロディー作りゃいいんだ…??」

やり方がわかっていても、そのために必要な設備を俺は持ち合わせてはいないではないか。
ピアノやギター等の楽器で音を鳴らさない限りメロディーが把握できないのは自明であるが、
残念ながらこれらは家にない。つまり実行不可というわけである。

「詰んだな…。」

とりあえずハルヒに話してみるか。もしかしたら何か貸してくれるかもしれん…という淡い期待を抱き、
教室を見渡すが、すでにハルヒの姿は見当たらなかった。もう食堂へ向かったというのか…相変わらず
行動の速い奴だ。とはいえ、別に焦る必要もないだろう。どうせ放課後になれば否応にも例の部室で
ハルヒと顔を合わせにゃならんくなるんだし、そのときにまた事のあらましを聞けばいいだけだ。
ってなわけで、ひとまず落ち着いた俺は用を足しにトイレへと向かった。

……

「おや?こんなところで会うとは奇遇ですね。」

学校のトイレで他クラスのやつと対面する、この状況の一体どこが奇遇だと言うんだ??
完璧に奇遇の使い方間違ってるぞ。

「それもそうですね、失礼しました。ところでどうされたのです?何か浮かない顔をしてますが。」

どうやら古泉から見て、俺は浮かない顔とやらをしていたらしい。ハルヒの例の命令で、俺は無意識のうちに
若干鬱ってたのか、それとも古泉の洞察力が鋭かったのか?まあそんなことはどうでもいい。

「実はだな…」

俺は事の詳細を簡潔に説明した。

「なるほど、そういうことですか。実はその話については僕も聞き及んではいましたよ。」

何、そうなのか。

「それについてもっと込み合った話をしたいところですが、さすがにここで立ち話はなんですね…。」

確かに、トイレの手洗い場で長話を延々とするわけにもいくまい。

「どうせですし、部室へでも行って話をしませんか?昼ごはんもそこで食べればいいでしょう。
もしかしたら長門さんもいるかもしれませんし、悪い提案ではないと思うのですが。」

長門か…あいつならいろいろ知ってそうだな。というか、あいつが知らないことなんて
ほとんどないような気もするが。とりあえず俺達はトイレを後にし、部室へと向かった。

 

 

 

 




「あ、キョン君に古泉君!どうしたんです?」

なんと、朝比奈さんまで部室にいらっしゃった。ちなみに隣には長門が顕在である。

「いえ、ハルヒの思いつきで始まった作曲云々の話でも古泉としようと思って
ここに来たわけですね。朝比奈さんはどうしてここに?」
「私も同じなんです。どうしたらいいかわからずに…とりあえず、長門さんに聞けば何かわかるかなあと思って。」

そりゃそうだ。いきなり曲を作れと言われ取り乱さない人間などどこにもいない。
つくづくSOS団員はハルヒに振り回されてんだなと実感する。

「まあ、とりあえずご飯でも食べながら会話といきませんか?」

古泉が言う。言われなくてもそうするさ。

……

さて、一体何から話せばいいのやら。

「あなたは確かメロディーラインの作成でしたよね?それについて何かわからないことでもお有りですか?」

なんだ、俺の役割もすでに把握してんのか。

「いや、別にそれ自体には問題ないんだが…作曲の手順というかな、メロディーの後に
ハルヒがそれにコードをつけると言ってたんだが、順序が逆のように思えてな。
コードとかで曲の雰囲気がわからなけりゃ、普通メロディーも作れねーんじゃねえかと思ってな。」
「なるほど、確かにメロディーは曲の中核なだけに、材料もなしにゼロから作り出すというのは
かなり難しい作業ですね。しかし、逆もありですよ。涼宮さんの立場になったとして、
いきなりゼロからコードを作りだすことも難しいとは思いませんか?」
「それはそうなんだろうが…少なくとも前者よりは容易いだろう?コードは基本CDEFGABの
7通りとその派生しかないが、メロディーなんか無限大に作れるじゃねーか…。」
「おっしゃる通りです。コード進行にはパターンが限られてますからね…現に最近の邦楽がその証拠ですよ。
有線やラジオから流れてくる音楽を聴いて、どこかで聴いた覚えがあるようだと錯覚したことはないですか?」

確かに…あるな。もしかして俺が最近の音楽をあまり聴かない理由はそれか?
まあ、単に俺が流行に疎いって可能性もあるが、90年代のJ-POPで満足してる感はあるような気はする。

「あの山下達郎さんや坂本龍一さんですら、そのことについては言及していますからね。
今の曲が過去曲の焼き直しのように感じるのは決して気のせいではないでしょう。」
「おいおい…なら、なおさらメロディーから作り出すってのは理不尽すぎんじゃねーのか?
やっぱこれに関してはハルヒを説得する必要があるように思えるぜ。」
「それが好ましいやり方だとは僕は思いませんね…。」

好ましくないってのはどういうことだ古泉?お前は、俺が苦しむ姿を見たいってか?

「まさか、滅相もないです。そうではなく、もしこれが涼宮さんが望んでいることなのだとしたら、
あなたはそれを叶えてあげなくてはいけないのではないですか?」

…いや、何を当たり前のことを言っとるんだお前は。
ハルヒが俺に命令してる時点で、つまり望んでるってことじゃねーか。

「そういうことではなく、涼宮さんはあなたが何事にも縛られず、
純粋に感じたままのメロディーを一から作り出してくれることに期待しているのですよ。
簡潔に言えば、涼宮さんはあなたのメロディーをもとにコードや歌詞を付けたいと思っているわけです。」
「俺に期待されてもな…そもそもなぜそれが俺なんだ。」
「まさか、あなたはそんなことも理解していなかったのですか?涼宮さんはあなたのことが…
いいえ、言うのはよしておきましょう。正直あなたがここまで鈍感だったとは思いませんでした。」
「涼宮さんが可哀相です…。」
「…鈍感。」

な、何だ何だ??先程まで二人っきりで会話を交えていた長門や朝比奈さんまでもが
いきなり古泉との会話に割って入ってきたぞ??しかも全員そろって俺を非難ときた。
いや、いくら俺でも言わんとしていることはわかる。わかるが…ハルヒがそういった感情を俺に抱くとは、
正直考えられねーんだけどな…この3人の考えすぎなのではないかと思う。

「落ち着いてくれ3人とも。とりあえず、メロディーから作らにゃならんって状況だけは理解したさ。」

しかしゼロからの出発…か。ハルヒも酷なことを求めるものだ…。

「まあまあ、気を落とさないでください。」

気を落とさないで一体どうしろと言うんだ古泉よ。

「あなたからすれば、【メロディーからコード】の順番は、いつもの涼宮さんのごとく
荒唐無稽な手法に思えるのかもしれませんが、実はそうでもないんですよ。
この作成法はプロの作曲家やアーティストも普通にやっていることなんですから。」

何、そうなのか??

「本当です。というのも、そっちのほうが想像が膨らみやすいという方も世の中にはいるらしく。
つまり、メロディーから作るのかコードから作るのかは本人の資質しだいだということですよ。」

そりゃ驚いた。もっとも、俺がどっちの資質かはわかりようもないが…とりあえず安心はした。
ハルヒの勅令から来る特例的なやり方ではないとわかっただけでも、不安材料が一つ解消したようなもんだ。

「しかし古泉、お前妙に音楽に詳しいな。」
「実は自分、中学時代バンドをしていた経験があるんですよ。そういうわけで、知ってるところもある、
といった感じでしょうか。もっとも、僕の場合は一時的なものでしたので、継続的にライブ活動している
人達からすれば、僕の知識や経験など取るに足らないものでしょうけどね。」

そうだったのか…そりゃ初耳だ。まあ、こいつが自分の過去を語るなど
今までほとんどなかったからな。今度機会あったらいろいろ聞いてみるとしよう。

「つまり、お前はそのときドラムをやっていたというわけだ。」
「おやおや、バンドパートのこともすでに涼宮さんから聞いていたというわけですね。ご明察です。」
「俺はベースみたいなんだが…果たして大丈夫なんだろうか。やったこともいらったこともないんだが。」
「大丈夫ですよ、楽器は慣れですから。今度僕が教えてあげます。」

こいつはベースもわかるのか。万能だな。

「いえいえ、単に【ベースがドラムと同じリズム隊だから】に過ぎませんよ。バンドにおける
この二つの楽器は役割が似てるんです…ゆえに詳しくなるのも必然といったところでしょうか。
リズムは演奏する上での絶対条件ですからね。極論を言えば リズムさえ合っていれば
ギターやキーボードがどうであれ、グダグダには聴こえないというわけです。」

ベースは地味なもんだと思ってたが、結構重要な役割担ってんだな…まあ、よくよく考えてみりゃ
重要じゃない楽器なんてあるはずない…か。そんな楽器は、そもそもバンドポジションとして定着していない
はずだしな。しかしあれか、もしかして楽器初心者は俺だけという構図か?それなら、尚更プレッシャーも
かかるというものだが…。隣にいる女子二人の会話も落ち着いてきたみたいなんで、ちょっと尋ねてみるとする。

「朝比奈さんはキーボードやったことはあるんですか?」
「キーボードはないんですけど、ピアノなら何年か習っていたんですよ。」

朝比奈さんにピアノ…可憐な彼女にはなんとも相応しい楽器だ。

「それなら何を長門に聞いていたんです?弾けるのなら特に問題はないように感じますが。」
「えっとですね…私が言ってるのはそういう技術的な問題じゃなくて機能的な問題なんです。」

機能?キーボードのことか。そういやあれってボタンがたくさんあるよな…
やっぱいろいろと多彩な機能がついているんだろうか。

「ひとえに鍵盤楽器といっても、キーボードはピアノと違ってストリングス、シンセリードみたいな
独特な音を使い分けなきゃいけないの。エフェクトのかけ方だって知らなきゃいけないみたいで…。」

なるほど…キーボードもいろいろと大変のようだ。

「つまり、そのあたりを長門に聞いたり確認していたというわけですね。」
「その通りです♪あと、長門さんに聞いていたのはそれだけじゃないの。
さっき古泉君がキョン君に【ベースとドラムのバンド的役割は似ている】って言ってましたよね?」

ええ、言ってましたね。

「同じように実はキーボードとギターも役割が似ているの。音をリードしていったり
飾り気をつけていくようなところがね。そのへんの調節具合を彼女と話していたの。」
「ギターとキーボードの関係上、どちらかが目立ちすぎると片方の音を殺してしまったりといった
あまり好ましくない事態に発展しますからね。いつ、どちらがメインになるかやサポートに回るかなど、
そのへんの折り合いをつけていたというわけですね。」
「古泉君の言うとおりです。」

なるほど、なかなか的確でわかりやすい説明だったぞ古泉。やっぱ経験者は違うな。

「もっとも、そのへんもまずは曲のメロディーやコードがわからないことには何もできませんから…
曲調によって使う音やメインな楽器も違ってきますからね。というわけで、頑張ってね!キョン君!」

朝比奈さんに頑張れと言われて頑張らない男などまずいるのだろうか?
いたら今すぐ俺のところに連れてこい!俺が一刀両断してやろう!

……

さてさて、ところで俺は何か根本的なことを忘れているような気がするんだが…
そもそも俺は当初ハルヒに何を聞こうとしてたんだっけ…。

そうだ、思い出した。なぜこんな大切なことを今まで忘れていた?

「古泉よ、俺がメロディーを作るってのはさっき言ったが、それをするための楽器や設備を
俺は持ち合わせていないんだ。そのへんハルヒは何か言ってなかったか?」

こればかりはいくらやる気があってもどうしようもない。

「そのへんは心配無用です。ENOZさん達との縁もあってか、軽音楽部の皆さんが楽器や作曲用ソフトを
貸してくれるみたいですよ。ここでいう楽器とは、あなたで言うならベースのことですね。」

マジか、なんて親切な人たちなんだ…ベースに作曲用ソフトか…ありがたく使わせてもらおう。
これでひとまず問題は全て片付いたというわけだ。まさか放課後までに解決できるとは思ってもいなかった…
これもSOS団みんなのおかげだな。感謝するぜ古泉、朝比奈さん、長門。

キリのいいところで昼休み終了を告げるチャイムが聞こえる。弁当も食べ終わった俺たちは
それぞれの教室へと戻り、再び忌々しい午後の授業へと励むのであった。

 

 

 


時は放課後。ようやく今日の授業から解放された俺は、後ろの席に座っている団長様に声をかけた。

「ハルヒ、今日は数学の宿題見せてくれて本当にありがとな。なんとか放課後の提出までに間に合ったぜ。」
「お礼は別にいいわ。それにしたってねえ…あたしだって本当はこんなことしたくなかったのよ。
他人のノートを写すだけなんて、朝にも言ったと思うけど一時しのぎにしかならないのよ!
テストの時とか困るのはあんたなんだからね。次はないと思いなさいよ!」
「お前の言うとおりだ。以後気を付けるさ。」
「その代わり例のバンドのやつ、頑張ってよね!!あたしに合った最高のメロディーを考えてくるのよ!!」
「おいおい、俺はお前じゃないんだからさ…お前に合った最高のメロディーとか言われてもな、
抽象的すぎて把握しかねるぞ。」
「頭を捻りだしてでも考えるのが団員の務めってものでしょう!?
大体、音楽に具体性なんかないわ。あんた、そのへんわかってないみたいね。」

むむむ…確かにこいつの言ってることも一理ありそうだ。

「否定はしない。だがな、ならせめて曲調だけでも言ってはもらえないか。
お前に合った音楽をやりたいのなら、まず俺はお前の感性を問う必要があるぞ。」
「じゃ逆に聞くわ。あんたから見たら、あたしはどんな感じの曲が合ってそうに見えるの?」

そうくるとはな。ここはバカ正直に言っておくか。

「ありえないほど明るい曲だ。」

……

ん、なぜ黙るんだ?何か俺変なことでも言ったか??

「あ、いや、あんたにしては珍しくストレートに言い切ったなあ…って感心してたのよ。
いつも何かと回りくどい言い方をするしね。」 

回りくどくて悪かったな。

「それに、さっき音楽に具体性がないって言ってたのはお前だろ?
なら、俺も理屈だの何だのそういうものは要らないと思ったんだよ。」
「ふーん…なかなか飲みこみが早いじゃないの!」

笑顔を輝かせるハルヒ。ようやく俺も臨機応変な対応をとれるまでに成長できたってことか…
いや、慢心はいけないな。これからも気をぬかず頑張るとするか。

「で、結局俺がさっき言った曲調はお前的にどうなんだ?」
「いいんじゃない?あたしそういうの好きだし。にしても、どうしてあんたはそう思ったわけ?」
「単刀直入に言おう。イメージだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

本当に単刀直入に言ってしまった。まあ、別にいいだろう。ちょうどお前が俺をイメージという理由で
ベースを割り当てたのと同じ理由さ。理屈じゃないってのはまさにそういうことなんだなと、しみじみ感じる。

「イメージか…あたしってあんたにそこまでプラスに思われてたのね。」

プラス?ああ、そうか、こいつは明るいってのを良い意味でとっているというわけか。どちらかというと、お前の
【明るい】ってのはクレイジーに近いんだが…もっとも、それを言うのはやめておく。大惨事を引き起こしかねん。

「じゃあ、そういう曲調で作ってきてよね!これで話はオシマイね。」
「おいおいちょっと待て。他に何か追加注文とかはないのか?Aメロやサビはこんな感じにしたいとか。」
「そのくらい自分で考えなさい!それに、あたしのイメージ像を捉えられたあんたならきっと作れるわよ!」

おや、ハルヒに太鼓判を押されたようだぞ。その言葉、ありがたく受け取っておくとしますよ団長様。

「あ、いや、一応伝えておくべきことはあったわね。あたしの音域についてよ。」

音域…そうか、すっかり忘れていた。どこまで高い声や低い声が出るかというのは、人間それぞれ
十人十色のはずである。危ないところだった…もし俺がハルヒが歌えないキーの低さや高さで作っていたら、
一体何と言われたことか。特に前者においては注意せねばなるまい。男と女で音域が違うのは当たり前、
ゆえに、男の俺が無自覚のまま作っていたらキーが低音によりがちという事態になりかねない。

「高さの限界は高いD♯、低音は低いB…と言ったところかしら。」

…D♯だと??確かDでも女性にしては高いほうだったはずだが。
それからさらに半音上げとはな…歌手レベルじゃねーか。すげえなお前。

「わかった、把握したぜ。その枠内に収まったメロディーラインを作ってくるとしよう。」
「お願いね!ちなみに、特にこれといった期限は設けないわ。今のところバンドで何かに出れるような
イベントもないしね。でも、早いのに越したことはないから、そのへんは胆に命じときなさいよ!」

へいへい、命じておきますとも団長様。

さてさて、いつもの通り部室へと向かった後、俺たちSOS団員は団長ハルヒによる一連の音楽活動の
布告を正式に受け…かといってそこから何か具体的な活動ができるかというとそうでもなく、とりあえず俺は
古泉とボードゲームを、朝比奈さんは編み物を、長門は読書を、ハルヒはネットサーフィンをという
毎度お馴染みの団活を過ごした後、今日のところは解散となった。

 

 





玄関へと着いた俺は自分の下駄箱を開けてみたわけだが、なんと中に手紙が入っているではないか。

…今回は一体誰からのどういう要件なのだろうか。ごく普通の男子高校生なら、下駄箱に手紙という
シチュエーションにトキメキを隠さずにはいられないのであろうが…残念ながら、俺はごく普通の男子高校生
などではない。ハルヒと出会ってからというもの、俺はあまりに非日常的経験をしすぎてしまった。ゆえに、
俺はこういう手紙に対し、一般認識を持ち出すことができない思考回路へと変質してしまっているのである…。
手紙をもらって朝比奈さん大(ここで言う朝比奈さん大とは、未来からやって来た大人朝比奈さんのことである)
に会ったこともあったし、今は亡き朝倉涼子に呼び出され殺されかけたこともあった。
せめて面倒ごとだけにでも巻き込んでほしくはないものである…そう願いながら、俺はその手紙を開封した。

その内容は以下のようなものだった。

『こんにちは!お元気にしていますでしょうか?いきなりこういう突然の手紙をよこしたことをお許しください。
キョン君の身の回りで近いうちに不穏な動きがあります。どうか、未来にはお気をつけください。
では、幸運を祈ってます 朝比奈みくるより』

……

なるほど、差出人は朝比奈さん大のようだ。しかも先ほどの願いも虚しく、
どうやらこれは…俺にとって良い知らせとは言えないようである。

「不穏な動き…ねえ…。」

朝倉の俺への殺人未遂、ハルヒや長門による世界改変、藤原&橘一派による朝比奈みちる誘拐事件、
天涯領域による雪山遭難事件に匹敵するような何かでも…これから起きるということなのだろうか?
そして気になるべき点は、この『未来にはお気をつけください。』の文章である。
『未来』というのが一体何を指しているのか…?

…ええい、考えていても一向にわからない。とりあえず、『未来』というワードを
心の奥底にしまっておくとしよう。何か、事態を打開できる重要なヒントなのかもしれない。

しかし…

「変だな…。」

こういう重大な案件ともなると、手紙よりも本人が出向いて直接口頭で説明してくれたほうが
効率的なのではないか?一応周りを見渡してみるが、人の気配はない。

っ!足音がする…誰か来る…!


……


「部室のカギ返してきたわよー、ってキョン何つったんてんの?」

かと思えばハルヒだった。いかん、少し朝比奈さんの手紙で過敏になりすぎてたな。

「あ、いや、ちょっとぼーっとしてしまってな。」
「もう、しっかりしなさいよね。そんなんじゃ年寄りになっちゃう前に痴呆になっちゃうわよ。」

相変わらずひどい言い草だな…まあ、ハルヒは置いとくとして、この件については長門に相談するのが
一番だろう。もっとも、今日はすでに帰っちまってるようだが。…よく見りゃ古泉と朝比奈さんもいないのな。

「何してんのキョン、帰るわよー。」

考えてもラチがあかないのでハルヒと一緒に帰ることにした。

「ところでキョン、何か最近変なこととか起こったりした?」

一瞬ビクンとなる。変なことと言われさっきの手紙のことを思い出す俺。
まさか、ハルヒに何か心当たりでもあったりするのか…?

「特にねえな…ハルヒは何かあったりしたのか?」
「無いからあんたに聞いてんじゃない!SOS団が発足してからというもの、あたしたちは力の限り
不思議探索に努めてきたわ!けどね、いまだ何かしらそういう大それたものは見つかってないじゃない!?
そんな状況にあたしは憤りさえ感じてるのよ!!こんなに懸命に探してるっていうのに!!」

いつものハルヒだ。心清いほどにいつものハルヒだった。

 

 

 

 

 



そんなこんなで奴とも別れ、自宅へと着こうとしていたとき…玄関の前に誰かがいることに気がついた。
あれは…もしかして大人朝比奈さんか??

「あ、キョン君!お久しぶりです!」

やはり朝比奈さん大であった。まあ、あのグラマーすぎる体型に
栗色に輝いた髪を見れば…遠くからでも認識可能というものであろう。

「ど、どうしたんです?こんな場所で?」
「えっと、キョン君に伝えたいことがあって…落ち着いて聞いてください。
これからキョン君は大変なことに巻き込まれていくんですけど…」

嗚呼…やはり、また何かの渦中に俺は置かれてしまうというわけなんですね…
まあ覚悟はしていたんで、別にそこまでのショックはないというものです。あきらめる的な意味で。

「特に藤原くん達の勢力には気を付けてください。それを心得ていれば、きっと未来は良い方向へと
好転するはずです…じゃあ時間がないんでもう行きますね。どうか気をつけてねキョン君!」
「え、あの、ちょっと…!?」

……

颯爽と立ち去っていく朝比奈さん大。もう少し話がしたかったところだが、
何か彼女も急いでいたようだったし…仕方がないというものだろう。それにしても

「あの手紙の『未来』ってのは藤原のことだったんだな…。」

藤原は以前朝比奈みちる誘拐事件に関わっていたメンバーの一人である。
そしてヤツは朝比奈さんと同じ未来人でもある。『未来』ってのが藤原一派の未来人集団だと考えれば、
確かに合点もいく。…なるほど、これで不安は解消したというわけだ。後は藤原たちの動向に気を付ける…
それさえ徹していればOKということだろう。

俺は帰宅し、疲れた体を風呂で癒した後、夕食を食べた。
明日の準備をし終えてベッドに横になった。これで後は、明日に備えて寝るだけである。

…それにしても、何か違和感があるのは気のせいだろうか…?

……

そうだ…あの手紙は一体何だったのだろうか?
朝比奈さん大が直接俺に出向いて『藤原』という特定の個人名を出してきた時点で、
あの手紙に意義はなくなった。言うまでもないが、あの手紙の差出人は朝比奈さん大である。
(執筆的に以前のと字体が似ていたことから、あれを書いたのは朝比奈さん大で間違いないとは思うのだが…)
にもかかわらず、なぜ彼女は手紙で未来に注意を促すよう喚起した後、再び俺に会って
直接伝えるといった二重行為をしてしまっているのか…俺に会うつもりでいたのなら、
そもそもあの手紙自体に意味はなかったはずなのであるが…。

まあ、とりあえずは藤原たちの動向を警戒するに越したことはないだろう。そう結論を下すことにする。

いろんなことを一日中考えすぎてしまっていたせいか、睡魔が予想より早く襲ってきた。
今日はもう寝るとするか…俺は静かに目を閉じた。








まさか、このとき下した結論がどれだけ迂闊で軽率なものだったか
…近いうちに、俺はそれを痛感させられることになる

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最終更新:2010年10月26日 19:12