八月十五日。
北半球に存在する日本国において、その日は真夏。
そしてその国では、全国戦没者追悼式が行われる日でもあります。
二十世紀前半、世界の多くの国や地域を巻き込んだ戦争がありました。
第二次世界大戦。
その戦争の最後の交戦国となった日本が降伏を公にした日が、この日なのです。
本当に戦争が終結したのは、もっと後になりますが……
真夏の暑い正午。一分間のサイレンが鳴り響きます。
SOS団の根城となっている文芸部の部室で、五人の団員達は黙祷を捧げました。
黙祷を終えて、涼宮ハルヒはぽつりと言いました。
「人間の歴史って、戦争の歴史よね」
「人間は、戦争を捨てることができるのかしら?」
キョンは答えて言いました。
「できるさ」
「人間が本気でそう願えばな」
「……ふうん」
ハルヒは、気がなさそうに答えました。
その夜ハルヒは願いました。
「たった一日くらい、この世から戦争が消えればいいのに……」
翌日、世界のニュースは伝えました。
『爆弾テロが相次ぐイラクでは今日……』
『イスラエルのガザ地区では……』
『アフガニスタンでは……』
『分離独立問題を抱えるスペインのバスク地方では……』
世界各地の紛争地域で。ずっと戦闘が続く戦場で。
銃声が。爆音が。
『まるで、この世から戦争が消えたかのようです』
世界中から、戦闘行為がなくなりました。
まるで人々が、戦うことを忘れてしまったかのように。
ハルヒは、部室に持ち込んだラジオから流れるニュースを聞いて言いました。
「まるで夢でも見てるみたいね。戦争がなくなるなんて」
「……どうせ、一日しか持たないんだろうけど」
それを聞いた古泉一樹は、少し悲しそうに言いました。
「たとえ夢でも、それがとても幸せな夢で、ずっと醒めないなら、それはそれでアリかとも思います」
ハルヒは腕組みをして言いました。
「あたしは、そんな夢はごめんだわ。いつ醒めやしないかとビクビクしながら過ごすなんてまっぴらよ」
その時、じっと話を聞いていた朝比奈みくるが、ハルヒの両手を掴み、真剣な表情で言いました。
「あの、えっと……うまく言えませんけど、その……とにかく! 信じてみてください! 戦争や紛争が、本当になくなる日が来るって! いつか、きっと……人類はそれを成し遂げられるって!!」
いつになく真剣な、そして力のこもった彼女の言葉に、みんなはとても驚きました。
「ちょ、ちょっと、みくるちゃん! 分かった、分かったから、落ち着いて?」
「はっ……!? す、すいません、あたしったら、取り乱して……」
ハルヒの両手を掴んでいた手を離し、少し気まずそうにみくるは俯きました。
そんな彼女の様子を見ながら、ハルヒはいつもの元気な声で言いました。
「まあ、確かに、みくるちゃんの言うことも、もっともね。できると信じなくちゃ、できるものもできなくなるわ」
「確かに今日のこの状態は、夢かもしれない。でも、一度はそんな状態を見てるんだから、実現のビジョンは見えたはずよね」
その日の部活終了後、キョンとみくるを残して、団員達はそれぞれ帰宅の途に就きました。
「お待たせしました、どうぞ」
部室の中から聞こえる声に従い、キョンは再び部室に入りました。
「朝比奈さん、何ですか? 俺に話って」
制服に着替えたみくるが、少し真剣な表情で立っていることに、キョンは軽く緊張します。
みくるはキョンに告げました。
「キョンくんには、どうやら禁則事項に掛からないようなので、お話ししますね。昨日、八月十五日はどんな日だか、知ってますか?」
「終戦記念日、じゃないですか」
キョンの答えに、みくるはこう言いました。
「実は未来では違うんです。いつからそうなったのか、なぜそうなったのか。はっきりとは分からなかったんですけど。今日のことで確信しました」
「未来では、ある伝説が語り継がれているんです。由来や、いつのことか、事実だったのか、すべては謎だったんですけど」
みくるは軽く息を吸い、続けました。
「かつて、一日だけ。この世から、戦争や紛争が消えた日があったと」
「な、それって……」
キョンは息を呑みました。
「もしかして、今日のことですか!?」
みくるは少し悲しそうに言いました。
「それは一日限りの夢。次の日からは、またそれまでのように戦争や紛争が続きました」
「でも、いつか、きっと。そんな日がずっと続く時が来てほしい。そんな願いを込めた記念日なんです」
みくるの目には、少し涙が溜まっていました。
「伝説は本当だったんですね。涼宮さんが見せてくれた夢。戦争や紛争がない、幸せな一日」
「未来に帰れば、あたしもその時代を生きる現代人です。そこからもっと未来に、いつか、きっと。この夢が叶うように、あたしは、あたし達は、努力するべきなのかもしれません」
みくる達の未来で、語り継がれている伝説とは、このようなお話です。
『戦争が消えればいいのに』と少女が願ったから八月十五日は廃戦記念日