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【時のパズル~迷いこんだ少女~】
第6章 『攻略の金曜、準備の月曜』


前方から迫り来る車体、あたしはそれを認識した。
激突までもうほんの数瞬もない……このままじゃ……
(ぶつかるっ―――――!!)
次の瞬間、あたしの体は横に投げ出されていた。

しかし、バイクが衝突した割には衝撃が少ない……。バイクじゃない……?
あたしは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。キョンの顔があった。
「キョ… 「長門っ! 頼むっ!!」
キョンが大声を張り上げる。有希? 有希もここにいるの? あたしは自分の置かれた状況を混乱した頭で、考える事にした。
さっきまで、あたしはベッドの中にいた筈だ。しかし、今は制服姿に変わっている。
ということは、再びリープしたのだろう。おそらく金曜日に……。
見れば、ここは道路の上ではなかった。土手沿いの中程であった。キョンに抱き寄せるように押され、体中に草葉がついているが、痛みはどこにもない。
助かった……? そうか……キョンは約束どおり助けてくれたんだ……!
「怪我はないな? すまんハルヒ、離すぞ」
「え?」
その時、今まであたしに覆いかぶさっていたキョンが離れ、土手を駆け上っていった。

「どうだった長門?」
「駄目、ナンバーは確認できなかった。今の犯人は故意にナンバーを隠していた」
「……やはりか。……これで決まりだな」

二人は上でなにか話している。まったく、今まで危険な事に晒されていた少女を放ってなにをしてるのよ。
あたしは憮然としながらも二人のところに登っていった。
「まったく危ないわよね……ぶつからなかったからこそ良かったけど、もう少しで大惨事になるところよ」
「「…………」」
二人は、黙ったままだった。
「……どうしたのよ? あ、キョン。助けてくれてありがとうね」
「何を呑気な事を言ってるんだ?」
キョンの声が震えている。これは怒りによるものだ。でも、どうして……?
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよキョン。確かに危なかったけど無事だっ…「そんな問題じゃないっ!」
「キャッ」
突然のキョンの大声にびっくりしてしまった。なんなのよ、もう……。
「そんな問題ってなによ……?」
「いいか? ハルヒ……。昨日の想像は間違いじゃなかったんだ。明らかにハルヒを狙っている奴がいるんだ」
「え? なに言ってるのよ? それは一つの想像だったんでしょ……」
「あのバイクはプレートを隠していた、故意に。つまり、あなたを撥ねようとしたのは偶然じゃない。狙ってやったもの」
有希が淡々と、横からあたしの言葉を否定してきた。
「それ……じゃ……あ……?」
「ああ、確定だ。水曜日の植木鉢もそうだ。お前は間違いなく命を狙われている」
「…………」
あたしは声が出なかった。嘘よ……嘘……。そう自分に言い聞かせながらも、また一方でそれを認め震えているあたしもいる。
その犯人とは学校の中でさえ、あたしを狙う事のできる人物だ。
「嘘でしょ……? ねえ、嘘って言ってよ……?」
震えながら懇願するあたしに、二人は黙ると言う事でその返事をした。

「昨日に続いて、またお邪魔してすいません」
「いいのよ。だけど……ハルヒどうしたの? なにかおかしいわよ?」
母さんは、キョンの腕にしがみ付いたまま下を向いているあたしの様子を見て、訊いてきた。
「それが……下校中に乱暴な運転をするバイクがいたんですよ。危うくぶつかるところで―――――」
キョンが母さんに説明している。
「まあ、それで大丈夫だったの?」
「はい、なんとか接触はしなかったんですが……この有様で」
「そう……わざわざごめんなさいね。キョン君」
「いえ」
あたしは水曜日の保健室でのやり取りを思い出していた。

「少しは落ち着けたか?」
あたしの部屋に到着し、再びキョンは帰るまでにも何度か口にしていた台詞を言った。
「……ええ、でもあたしを狙ってる人がいたなんて……」
あたしはそれを口にして、また震えだした。
「落ち着けハルヒ、ここなら大丈夫だ」
キョンがあたしの手を握ってくる。ただそれだけのことだけど、あたしは落ち着くことができた。

「あの道であたしを尾けてたのは、二人だったの?」
「そうだ」
そう言って、キョンは笑った。
「いきなり走り出すから驚いたぞ」
「……ありがとね」
「構わないさ。ハルヒを護る。昨日約束しただろ?それより、ハルヒはいつから来たんだ?」
「『木曜日』からよ……。昨日、あんたたちと別れた後、木曜日もすべて終わらせてきたわ」
「そうか……なら……よし、やってみよう」
「……なにをよ?」
訊ねたあたしに向かって、キョンは悪戯に笑って見せた。

「まず、これを見て……」
有希が手に持っていた紙袋を渡してくる。中に入ってるのは……
「割れた植木鉢……かしら?」
「そう。水曜日にあなたの上に落ちてきた植木鉢の破片」
「……水曜日」
また、あたしはあの時の事を思い出した。
「それを回収したかったから。遅くなったんだ」
キョンが言う。
「それにしても……こんな物どうするのよ? 指紋鑑識でもするつもりなの?」
「そんなところだ、証拠品にでもなればいいと思ってな。まあ、犯人も対策してるだろうし、あんま期待はしていないけどな。」
「だけど、なんでよ? バイクはわざとかもしれないけど、植木鉢は偶然ってことも……」
「ありえない」
「……有希」
「各教室には、ベランダがついている。例え、教室から植木鉢が落ちたとしても、それは必ずベランダの上で止まる筈。中庭まで落ちる事は有り得ない」
「……でも」
「そう、落ちてきた。つまり、あなたにぶつけようと故意に落とした人物がいる筈」
「それに気付いてたな。昼休みの勉強会の後、俺たちは各教室を回って確認してたんだ。授業に出れなかったのは、そのせいだ」
「……どうだったの?」
「駄目だ。音楽室や美術室も確認してみたが、どの教室も植木鉢に不足はなかった。恐らく後で怪しまれないように補充したんだろう」
「じゃあ、結局誰が落としたかも、どこから落としたのかもわからなかったのね……」

「そう、『何故』かはわからない。けれど、『誰』と『どこから』かは突き止められる」
有希が言う。
「どうやって?」
「あなたに落とした植木鉢の位置から推測すると、その位置は、二階の教室、三階の美術室、四階の音楽室、屋上に絞られる。
 そこに昼休み出入りした人物を探ればいい。でも、二階教室は有り得ない、そんな目立つ事をすれば、もう問題になっている。つまり、他の三つのどこか」
「探るって……訊きこみでもするの? いえ、もうしたの?」
「いや、していない。犯人は北高の関係者かもしれない。聞き込みをして、犯人の耳に入らないとも限らないからな。それは避けたい」
「じゃあ、どうするのよ?」
「見張りを立てる」
再び有希に代わる。もう……喋るならどっちかに統一しなさいよ。
「水曜日の昼休みの音楽室と美術室と屋上に。誰が出入りしたのかを確認するための見張りを」
あたしは疑問に思った。なにを言ってるのだろう? 水曜日はもう全部済ませてしまったではないか? これから見張りを立てるなんて不可能だ。
有希はあたしの疑問など、予測していたのだろう。続けて言った。
「あなたは、月曜日の残りをまだ残している。月曜日に行った時に手配してもらう。三ヶ所必要」
「……でも、誰に?」
「あまり目立ちたくない。わたしたちSOS団の人員を使うのは避けるべき。それに、わたしと彼もそんなことをした覚えがない」
「そうだな。谷口と国木田あたりでどうだ? あいつらなら頼めばやってくれる筈だ。後、一人は……クラスメートがいいな……連絡がすぐ取れるように……阪中あたりに頼んだらどうだ?」
「それは……いいけど……それは、過去を改変することじゃないの? 今ここにいる『あんたたち』が消えたらどうするのよ?」
キョンはにやりと笑った。

「そこで、昨日気付いたことが役に立つのさ」
「??」
「大丈夫、消えたりしないさ。なぜなら、俺たちは水曜日にそんなことがあったなんて知らなかったんだからな」
「????」
「なにを言ってんのよ?」
あたしにはまるで、ちんぷんかんぷんだった。
「だろうな。だが、確かな筈なんだ。長門とも煮詰めてみた」
「説明してくれるのよね?」
勿論だ。そう言ってキョンは、説明を始めた。

「まず、昨日のミスについておさらいする。いいな?」
「ええ」
「『木曜日に水にかけられる』のが、『元々の過去』だ。それを俺は水曜日に知ってしまった。つまり、予備知識を持ったことになる。
 時間を再構成させないためには、俺は『ハルヒを水浸しになる』これを黙って見ていなければ、いけなかった。それが、ミスだったな?」
「……ええ」
あたしは昨日の会話を思い出しながら頷いた。確かに、それがミスになる筈だ。
「だが、それはミスではなかった。俺たちはもっと深く細かく考えるべきだったんだ」
「?」
「ハルヒは『なにかが飛んできた』。だから、『どこかに負傷を負った』。そう考えたんだろ?」
「……ええ」
「そのことこそが、ミスだったんだ」
「どういう事よ?」
「いいか? ハルヒは木曜日になにかが飛んできた直後にリープした。ぶつかってからじゃない。『ハルヒの過去』は『ぶつかる直前』までだった。
 そして、俺は『その過去』を変えてはいない。何故なら、俺は『ぶつかった後』を知らなかったからだ。もちろん、お前もだ。
 つまり、俺は『ぶつかった後』の予備知識は、持っていなかったんだ」
「…………」
「『予備知識』がなかった俺の行動は、『改変されない過去』と同じなんだ。同じ状況にいて同じ行動をしたんだ」
「……という事は……『水が飛んできたけど、キョンに助けられる』っていうのが『もともとの過去』って事なの?」
「そうだ。俺もハルヒもそれを知らないまま行動して、結果として『正しい行動』を取っていたんだ」

「ここから話を展開するとこうなる」
キョンの理論から少しして、黙ったままのあたしをよそに有希が話し始めた。
「『予備知識』を得る前の行動なら、それがどんなことであっても時間を再構成することはない」
「ちょっと強引なんじゃない?」
「理論を組み立てるとそうなる。矛盾もない」
「そうなの?」
「そう。つまり、見張りを置くことも可能。あなたも彼も、『見張り』があった事も、なかった事も知らなかった。『予備知識』がない以上そうなる」
「ちょっと待ちなさいよ? じゃあ、例えばさ……今からさっきの三人に電話かなんかで、確認したらどうなるのよ? そんな事知らないって言われたら?」
「そう言うと思うか?」
キョンが否定してくる。
「え?」
「多分そう答えない筈だぜ。お前にも心当たりがある筈だ。水曜日の昼休みを思い出してみろ」
あたしはキョンの言う通りに水曜日の記憶を遡って思い出してみた。水曜日……昼休み……。
「……あ」
「思い出したか」
キョンがにやりと笑う。
そうだ……そうだった。確かに、あの日あの時間、谷口、国木田、阪中さんの三人は早々と教室から出て行ってしまっていた。あれは、『見張り』をするためだったんだ。
パズルの一片がまた一つ埋まった。

「やっぱり正しかったようだな」
キョンが息を吐く。二人の理論は正しかったんだ。
「それなら今度はなんとしても、それを実行しないとな。失敗したらまた時間が再構成されてしまうからな。頼むぞハルヒ」
「分かったわ。三人に見張りを頼めばいいのね?えっと、誰にも見つからないように水曜日の音楽室と美術室、屋上を見張ってって……」
「そう。それに付け加える事がもう二つある」
有希が言う。
「なによそれ?」
「一つは、金曜日までわたしたちにその結果を知らせない事。これは予備知識を今の『時点』まで持たないようにするため。
 もう一つは、見張りの結果をわたしと彼の元に持ってこさせる事」
「キョンと有希に? あたしじゃなくて?」
有希は頷いた。
「あなたには知らせられない。『予備知識』により束縛する事になる。ならば、当事者よりも危険性が少ないわたしたちが持つべき」
なるほど、確かに有希の言う通りだ。
「でも、そんな事どうやって教えてもらうのよ?」
「手紙。水曜日の見張りの結果を郵送で送ってもらう。でも、市内では一日で届いてしまうかもしれない。
 だから、その手紙は別の人宛に出してもらう。そして、手紙が必要になる時まで保管してもらう」
ほんとに大したものだ。有希の頭の中には、すべての事項とその起こり得る結果が入ってるのだろう。
「それで、その保管してくれる人は誰にするのよ? 心当たりはあるの」
「あるさ。秘密を守り、詮索をせず、手紙を保管してくれる人物がな」
キョンが自信たっぷりに言った。
「誰よそれ?」
「鶴屋さんだ」
「鶴屋さん?」
……鶴屋さん。みくるちゃんと同じ一学年上の先輩で、我がSOS団の名誉顧問でもある人物だ。
「そうだ鶴屋さんだ。あの人なら余計な事をせず、詮索もせず、ただ約束を守ってくれる」
なぜ、そこまで断言出来るのかはわからないけど、そうなのだろう。ここまで来ればもう二人を信じるしかない。

「でも、あたし鶴屋さんの住所なんて知らないわよ」
「大丈夫、これがある」
有希が、一つの分厚い冊子を手に取ってみせた。
「……タウンページ?」
それは、一家に一冊はある。御馴染みの黄色い冊子である。もちろんあたしの家にも置いてある。
「そう。彼女の家は、この辺りの名家。もちろんこれにも、住所と電話番号が載っている」
「そうか。それを月曜日に持っていけば、手紙も書けるってわけね」
「厳密には違う。この冊子はこの時間より後にしか存在しない。だから、あなたは日曜日に帰ったらあなたの家のこれで、住所を確認してもらう」
「あ……そうか。タイムリープでは、あたしの意識以外は移動しないのよね」
カンニングペーパーと同じ時の問答をしてしまった。
「わかったわ。家にもタウンページはあるし、大丈夫よ。レターセットに住所を書き込んで、鞄にでも入れておくわ」
「それにも問題がある」
「なによ? まだあるの?」
「あなたは、既に月曜日を三時間目まで過ごしている。そのままでは手紙を用意する事ができない。だから、その前に『日曜日』に行ってもらわないといけない」
「『日曜日』?」
「そうしないと使えない。そして受取人のところに【連絡するまで、何も聞かずに保管していて下さい『キョン』】と書き込んで。
 そうすれば、彼女は開封したり、詮索はしてこない。」
「わかったわよ。でも、こんな複雑な頼みを阪中さんたちは聞いてくれるのかしら?」
「それには人間心理を利用する」
「人間心理?」
「そう。平たく言えば『おまじない』。人間はこういった物に弱いという」
確かに……それならば、聞いてくれそうだ。そういったものは、手順が複雑なら、複雑なほど信憑性をますように思える。なんだか上手くいくような気がしてきた。
「わかったわ。上手くやってみせるわ」
あたしは自信たっぷりに頷いてみせた。

「それでは、月曜日に行って来てもらう。これを―――」
「…………」
有希が差し出してきたのは、あの電流を流す小箱だ。
「またやるの?」
有希、黙って突きつけてくる。
「はぁ……」
あたしはしょうがなく受け取った。
「持ったわよ……。さあ、いつで…… !!? ぎゃう!?」
「いつでも来なさい」、そうあたしが言おうとした瞬間鋭い痛みが手から伝わった。
やるなら、やるって言ってからしなさいよっ! あたしはそう思いながらも目を閉じた。

「いつから来た?」
「……『行ってない』わよ……」
あたしは憮然とした目付きで、有希を見た。
「やっぱり二度は無理だった……」
って、ちょっと! わかってたんなら先に言いなさいよ! 驚き損じゃない!!
「大丈夫。抜かりはない」
有希が自信ありげに言う。
「……今度は大丈夫なんでしょうね?」
もう、痛い思いだけして跳ばないなんてのは嫌だ。
「大丈夫。でも、少し準備が必要。その間あなたに見られていると不都合。だから、下に降りてお茶でも注いできて」
「わかったわよ……でも、あんまひどいのはなしよ?」
あたしに見られて都合が悪いのは分かる『危険』をあたしが知っていては、意味がない。だから、あたしは黙って階下に降りるために扉を開けた。
……その直後、目の前に素早く『なにか』が飛んできた。
「へ?」
あたしは、その『なにか』を確認する間もなく意識を『手離した』。




あたしは何かに抱きとめられた。頭を上げる、キョンの顔だ。
「ちょっと、有希―――!?」
「長門? なに言ってんだハルヒ?」
? あたしは、キョンの言葉を受け、キョンをまじまじと見てみた。体操服姿だ、あたしも……。ということは
「……うまくいったのね」
無事、『月曜日』に跳ぶ事が出来たのだ。
「なにがだ?」
「キョン~?なに、いつまでもいちゃついてんだよ」
谷口が冷やかしてくる。キョンも気恥ずかしくなったのだろう、あたしを階段の上にちゃんと着地させる。
「で? お前はなにをしとるんだ? いきなり上から落ちてきたりして、危ないだろ?」
「えっと……なんでもないのよ、気にしないで」
あたしはそう言って教室に向かい駆け出した。

教室は着替えを行っている生徒で溢れていたが、それを無視してあたしは自分の鞄を持って教室を出た。
向かった先は文芸部室。そこで鞄のポケットを開いてみた。
そこにはレターセットが五通分入っていた。あたしはそれに、手紙と一緒に鞄に同封してあったメモに従い鶴屋さん宅の住所を書き込んだ。
キョンに宛てる手紙にするので、女文字にはしないように気を使った。
そして、最後に【連絡するまで、何も聞かずに保管していて下さい『キョン』】と書き込み、便箋の中に二枚紙を入れて、切手を貼り付けた。
「これで、いいわね」
あたしは準備を終え教室に戻り、昼休みが来るのを静かに待った。

昼休みになった。あたしは学食には行かずにじっと三人の食事が終わるのを待っていた。谷口と国木田はキョンと一緒に弁当を食べているからだ。
そして、ようやく食べ終わった時を見計らい。あたしは、三人を教室の外……キョンに気付かれない場所にまで連れて来た。
「なんだよ涼宮? こんなとこに引っ張ってきてよ」
「どうしたの涼宮さん?」
「??」
三者三様の様子で疑問に思っているようだ。早くしなければ。
「えっと……あんたたちにお願いがあるのよ」
「お願い? なんだそりゃ?」
「谷口君。涼宮さんの話をしっかり聞くのね」
阪中さんがフォローしてくれた。ありがとう、助かるわ。
「それでお願いってなんなの?」
「うん……ちょっとしたおまじないなんだけど……手伝って欲しいのよ」
「おまじない? どんな?」
阪中さんが目をきらきらさせて聞いてくる。効果抜群だ。
「幸運のおまじないよ。これをすればあたしの『未来』が開けるのよ」
あたしはそう言ったが、これは別に嘘ではない。これが上手くいかなくては、あたしの『未来』は来ないのだから。
そうして、あたしは三人に手順を説明した。
「そんなことやって効果あるのかよ?」
また、谷口が言ってくる。こいつは、馬鹿の癖に、なんでこういったことには鋭いのよ……。
「無茶を言ってるのは分かってるわ。でも、お願い」
あたしは、頭を下げて三人にお願いした。三人とも驚いているようだ。それは、そうだろう。あたしは人に頭を下げるようなことを滅多にしないからだ。

「分かったのね、引き受けるよ」
「僕もいいよ、ね? 谷口?」
「……あ? まぁ……しょうがねぇーな。涼宮が頭を下げるなんて珍しいものも見れたしな。いっか、やってやるよ」
「……ありがとう三人とも」
あたしは三人が受諾してくれて、ほっとした。
「それじゃあ、音楽室はわたしがするのね。わたしはコーラス部だし、音楽室にいても違和感はないのね」
「じゃあ、僕は美術部をやるよ」
「……てことは、俺は屋上か」
「でも、もう一つ注文があるの……」
「なに?」
「その結果をあたしには教えないで欲しいの。結果はこの手紙に書いてすぐ投函してちょうだい」
そう言って、あたしは三人に一通ずつ手紙を渡した。
「鶴屋さん? あの人も関わってるの?」
国木田が、宛名を読んで訊いてきた。
「ええ。でも、鶴屋さんにも秘密にしておいて、そして、あたしはこの件についてこれから質問されても、とぼけるようにするから。気にしないでね」
「……なるほど分かったのね」
阪中さんが言った。
「何が分かったの?」
「この手紙の裏にキョン君の名前があるでしょ?だから、この手紙をその鶴屋さんが黙って保管してくれたら、付き合えるっていう恋のおまじないだと思うのね」
……何を言ってるのだこの子は? 見れば、三人はあたしの方をじっと見てくる。急に気恥ずかしくなって、あたしは赤くなって俯いてしまった。
「……まじか?」
「うん、そういう事なら納得できるね」
「でしょ! とうとうね。きっと上手くいくのね涼宮さん」
「……あ……ありがと……」
正直、勘違いも甚だしいが、上手く理由付けが出来た。ここは、我慢しておくことにしよう。

そうして、あたしは無事目的を果たす事出来た。

その後、あたしは時間が過ぎるのはまだか、まだかと念じながら授業を受けていた。
キョンや有希から月曜日の話も聞いていたので、逸る気持ちを押さえ、部活もして帰った。古泉君は休みだった。

帰宅したあたしは、食事、入浴などを手早く済ませて、ベッドに潜った。
まだ、眠るには早すぎる時間だったが、早くリープして月曜日の結果を二人に話したかったからだ。
そうして、何度か寝返りを打つうちにあたしは、不意に思い出した。
「…………日記」
そうだ……! 忘れるところだった。あたしは、『火曜日のあたし』に向けて、手紙を『月曜日』に書かないといけなかったんだ。
ベッドから飛び起き、照明を付け机に着く。

しかし……
「どんな文章だったっけ?」
思い出せない……いや、内容は覚えているけど、一字一句間違えずにと言うほどではない。
「とりあえず書いてみようかしら……」
あたしは日記にシャーペンを走らせた。

『あなたは今、混乱しているわ。あなたの身になにが起き、これから起きるのかはまだ教えられない。
 何故かというと、今のあなたが未来を知ってしまうと、過去が変わってしまうから。だから、教えられないわ。』

そこまで書いて、あたしは消しゴムを取った。未来や過去がどうこう言っても、火曜日の『あたし』を混乱させるだけだ。
そう思い直し、あたしは『何故かというと』の後の文章をすべて消した。

『だけど、記憶喪失でもないし、気が狂ったわけでもないから、安心して頂戴。だけど、他人には、その事を話してはいけないわ。
 あなたが相談してもいいのは、キョンだけよ。キョンだけに相談しなさい。』

しかし、そのキョンも最初は信用してくれず、あたしの勘違いだなんて言った。しっかりと書いておかないと、途中で諦めてしまうかもしれない。
そう思いあたしは、もう一行付け足した。

『最初は中々信用してくれないかもしれないけど、キョンなら必ず力になってくれるから。』

こんなものよね……? あたしはシャーペンを置いた。見たところ大きな間違いはない筈だ。
そして、あたしは日記を引き出しに戻し『火曜日』の時間割通りの準備を鞄に詰め込んで、ベッドに入った。
「やり残しはないわよね……」





あたしは明かりのついた部屋に仰向けで倒れていた。……おでこがひりひりする。
「大丈夫?」
有希が覗き込んでいる。
「あんた……よくもやったわね……」
あたしは起き上がり、睨み殺すように有希を見た。あたしの横には、吸盤つきの矢が転がっていた。これがおでこにぶつかったんだろう……。
「謝る、ごめんなさい。でも、月曜日には行けたの?」
「……ええ、お陰さまでね」
「それで、どうだったんだ? 無事に事は運んだんだろうな?」
「ええ、三人にはしっかりと頼んでおいたわ」
……いらない誤解までされちゃったけどねと、心の中だけで呟いた。
「そうか、なら……」
キョンは携帯電話を取り出した。
「どこにかけるの?」
「鶴屋さんにだ。この時間なら家にいる筈だしな。月曜日は全部済ませたんだろう?」
「ええ」
「すると残りは、日曜日の夜だけだな……おっと、あ、もしもし鶴屋さんですか? ……キョンですが、ええ、ちょっと訊ねたい事がありまして……。
 はい、そうです……。手紙が三通届いてると思うんですが……そうですか……」
そして、キョンは電話から口を離し、小声で言った。
「届いてるそうだ」
ここまで上手くいくとは正直怖いぐらいだけど、無事成功してよかった……。
「それで鶴屋さん……申し訳ないんですけど、これから持って来て貰えませんか? ……はい、ありがとうございます。では……はい……」
そして、キョンは電話を切った。

「ちょっと出掛けてくるね」
そう母さんに言って、あたしはキョンたちと共に鶴屋さんとの待ち合わせ場所に行った。待ち合わせ場所は、駅前だった。

駅前に到着すると、まだ鶴屋さんは到着してなかったようだ。
頼んでおいて、待たせるような事がなくてよかった。そう思う反面、早く来てよ。とも思った。
五分ぐらい経っただろう。
「来たみたいだな」
キョンが呟いた。
「え? どこよ?」
あたしは、周りを見回してみたが、鶴屋さんと思わしき人物は影も形もなかった。
「あれだ」
キョンが指差した方向には、ちょうどスロープに入ってきている黒塗りの高級車があった。
「あれ?」
あたしが疑問に思っていると、あたしたちの目の前まで来て車は停まった。そして、中から鶴屋さんとみくるちゃんが出てきた。
「おっまたせーキョン君!! 待たしちゃって、ごめんよ。待ったかい?」
「す、すいませぇんキョン君……。わたしの用意が手間取っちゃって……」
「いえ、今来たばかりですよ。鶴屋さんと朝比奈さん?もわざわざすいません。それにしても朝比奈さんがなんでここに?」
「みくるはあたしと遊んでたんだよ。SOS団も休みだったでしょ? だから、一昨日からあたしの家に泊まってるのさ」
キョンが鶴屋さんとみくるちゃんに挨拶する。そういえば……鶴屋さんっていいトコのお嬢様だったわね。
みくるちゃんが、ここにいる理由もわかった。そして、二人はあたしと有希にも気付いたようだ。
「あれれ? ハルにゃんと有希っこもいたのかいっ。寒かっただろ? ごめんね~」
「いえ、気にしないでいいわ。鶴屋さんとみくるちゃんもこんな寒い中ありがとね」
「そう? そう言ってもらえるとめがっさ助かるよ!」
「ごめんなさい涼宮さん……」
相変わらず元気な人だ。みくるちゃんも……相変わらずなのかしらね?

「鶴屋さん、それで早速で悪いんですけど……」
「わかってるさ! 届いてたよ。これのことでしょ?」
キョンの言葉を受け、鶴屋さんはどこから取り出したのか。見覚えのある三通の封筒を取り出した。
「ええ、それです。もらえますか?」
「もちろんだよ」
そう言って、鶴屋さんはキョンに手紙を渡した。
「で、なんなんだい? これは?」
「すいません……まだ話せないんです」
「……ふぅーん。……なるほどね、またいつものだね?」
「はい、そうです。すいません……」
いつものとは、なんだ? と問い詰めたかったが、今は関係ないので忘れる事にした。

「いいよ、気にしないでよ! まだってことはそのうち話してくれるんだろ? それまでめがっさ楽しみにして待ってるさ!」
「キョン君、その時にはわたしにもお話ししてもらえますよね?」
「はい、信じてもらえるかはわかりませんが必ず。―――長門」
キョンがあたしの横の有希を呼ぶ。手紙を二人で読むためだろう。あたしは黙って二人が読み終えるのを待つことにした。
鶴屋さんとみくるちゃんは、二人の近くにいてはいけないとわかったのだろう。あたしの横に来た。

「ハルにゃんたち随分複雑な事やってるみたいだね?」
鶴屋さんが話しかけてきた。協力してくれた彼女には悪いけど、本当の事はまだ話せない。
「ああ、気にしなくてもいいっさ。ちょろっと気になっただけだからさ」
無言のままのあたしを見て、鶴屋さんは気を使ってくれた。あたしは更に申し訳ない気分になった。

「最近、団活が休みだったのもこれが関係あるんですか?」
みくるちゃんも聞いてくる。
「ええ、詳しくは言えないんだけどね。……ごめんね?」
「……そうですか」
仲間外れにされたと思ったのだろう。みくるちゃんが悲しそうな顔をしている。……本当にごめんね。

その後、しばらく無言の時間が続いた。
「あ、読み終わったみたいですよ」
みくるちゃんの声から二人を窺ってみると、二人とも読み終わったようだ。こちらに向かって来る。

「待たせたな」
戻ってきた二人は。どこかおかしかった。キョンは、眉間に皺を寄せて、顔色も青ざめている。
有希も、この子には珍しくどこか愕然としたような顔付きをしていた。
「どうしたのよ二人とも? なんて書いてあったの?」
あたしは教えてくれないと分かってはいたが、二人の様子がどうしても気になって訊ねた。
キョンはあたしの質問には答えず、再び鶴屋さんの方を向いた。

「鶴屋さん……後一つお願いしたい事が出来たんですが、構いませんか?」
「……いいよ。なんだい? 言ってごらん」
鶴屋さんも二人の変化に気付いたからか、無駄な口は挟まなかった。
「ハルヒに……護身術を教えてやってくれないですか?」
「は?」
と、声をあげたのはあたしだ。鶴屋さんはそんなあたしをちらりと見て行った。
「……変質者にでも狙われているのかい?」
「ええ……似たようなものです」
「それなら警察に頼ったらどうだい? もし駄目なら、あたしの家からボディガードを付けてもいいよ」
「鶴屋さんのお気遣いは嬉しいんですが、これはハルヒが自分でやらないと意味がないんです」
「でも、あたしがやっている合気道は一日やそこらで身に付くようなものじゃないよ?」
「それでいいんです。別に相手と闘って、勝たなくてもいいんです。逃げ出すだけの時間が出来れば―――」
「? …………」
鶴屋さんはキョンの言葉にしばらくなにかを考えていたが、ようやく話し始めた。
「……わかったよ……あたしでよかったら教えるよ。で? いつ? どこで教えるんだい?」
「明日学校が終わってすぐでいいですか? 場所は学校でこっちで用意します」
「いいよ。場所もあたしに任せなよ。武道場の使用許可でももらってあげるからさ」
鶴屋さんも不審感や不満があっただろうが、なにからなにまで引き受けてくれた。
「すいません、ありがとうございます」

鶴屋さんが頷いて返すと、キョンはあたしに振り返った。
「じゃあ、ハルヒ。そういうわけだ、明日は昼ご飯とジャージでも用意してくれ」
「え……うん……いいけど……」
「じゃあ、もう遅いし帰るね。また明日ね」
「はい、お願いします」
「みくる。悪いけど、お泊まりは今日で終わりにしよう。このままみくるも家に送っていくね。なんだか、明日は大変そうだからさ」
「はい……わかりました。わたしもその方がいいと思います」
そう言って、二人は行きと同じ黒塗りの車に乗って去っていった。

「さあ、帰ろう」
二人を見送って、キョンはあたしを振り返った。
「うん……」
あたしは二人の様子を変えた原因であろう手紙の内容が気になったけど、情報管制を引いている今、あたしには教えてくれないと分かっていたので、口には出さなかった。
あたしたちは、揃って駅から帰った。

「でも……どうして護身術なんて習わないといけないのよ?」
「知っていた方がいいからだ。今のハルヒには特に……」
「それって……あたしが誰かに襲われるからって事……?」
不安そうにしながら二人を見るあたしを見て、キョンは頬を緩ませた。
「心配しなくていい。念のためだよ」
「……うん」

そうして、あたしの家に帰った二人はすぐに帰るという。なんでも今日やる事は済んだらしい。
「お邪魔しました」
「いいのよ。それよりもあんまり御持て成しできなくて、ごめんなさいね?」
母さんとの挨拶を終え、キョンが帰ろうとする。あたしは、気になった事があったので慌てて靴を履いた。
「待って、そこまで送っていくわ」

あたしとキョンたちは家を出たすぐのところで立ち止まり、話し始めた。
「ねえ二人とも? 明日のあたしは『何曜日』に跳ぶのかしら……?」
普通は土曜日だけど、寝て起きればそこが土曜日だという保証はなかったからだ。
「明日は『土曜日』。間違いない」
有希が断言する。
「なんでそこまではっきりと言い切れるの?」
「スケジュール表に残された空白は日曜日だけだから。そこでなにがあったのかわからない以上、あなたの無意識が『そこ』に跳ぶ事を拒否する。だから、『そこ』に跳ぶ事はない」
「でも、また明後日や明々後日に飛ぶかも……」
「そうなるには、『土曜日』で新たな『怖い事』が必要。もし、タイムリープすることになっても、まずは土曜日から始まる事になる」
「でも……」
それでも喰らいつくあたしに、キョンが付け加えた。
「今夜『怖い事』があった場合はそれには当てはまらないけどな。頼むから階段から落ちたりしないでくれよ?」
キョンが笑いながら言った。
「そんなヘマしないわよ……」
あたしはむくれる。
「そうだな。でも、一応それだけは注意してくれ。お前を狙っている犯人も家の中までは来ないだろうからな」
「……うん」
「頼んだぞ、そうすれば……」
「そうすれば……?」

「明日で片をつけてやる。……必ずな」
それは、あたしにというよりまるで自分に言い聞かせているような声だった。


第6章 了。