「真冬のハイキング大会。イン鶴屋山、プレゼンテッドバイSOS団!」
 それは藤原に未来人達の事を聞いてから一週間ほど過ぎたころだった。もう二月も近付き始め、寒波がいよいよ、最後の本気を出そうと猛威を奮っている。
 暖冬だったとは言え、ここは既に山の麓。天気は良くとも、やはり寒い。今はまだ昼前であるが、これが夕方にでもなれば、ここまで原チャリでやって来た俺としては、辛い帰宅になりそうだ。
「くぉら太陽!余所見した上にあくびしてんな!せっかく特別枠で参加させてあげてるんだから、真面目にあたしの開会宣言を聞きなさい!」
 一段ほど高くなっている岩盤の上で、ネズミを狩る鷹の用に鋭く狙いを定めて俺を叱責するや否や、勝ち誇り、涼宮ハルヒは笑みを浮かべた。
 そんな俺の足元には、古泉一樹がどっかから持って来た新品のバーベキューセットが置かれている。
 今回「真冬のハイキング大会。イン鶴屋山、プレゼンテッドバイSOS団」と言う長い名前の催し物だが、読んで字の如く、二年生である鶴屋先輩が実家で所有するここ鶴屋山で、SOS団でバーベキュー大会をする。と、先日、涼宮ハルヒから宣言された。
 なぜSOS団でも何でも無い俺が参加しているかだが、なんて事は無い。ただの荷物持ちだ。
 鶴屋先輩曰く、頂上にはこの街を一望できる場所があるらしいが、そこまでは結構距離があるようだ。
 普段なら平団員であるキョンあたりが荷物持ちをする流れであるが、さすがのキョン1人では持ちきれないほどの荷物や遊び道具を持ち込むため、それならと、肉を喰わせる代わりに手伝えと言って来たのが涼宮ハルヒだった。
 まぁ、体力にはかなりの自信があるわけであり、涼宮ハルヒの誘いを無下にはしたくなかった俺は、二・三話し合ってから了承した。
 もっともSOS団以外の参加者も他におり、
「にっしっし、ハルにゃんの話は真面目に聞かないとダメっさ。サンくん」
 愉快そうに笑いかけて来たのは二年生である鶴屋先輩だ。
 ちなみに「サンくん」とは俺のあだ名らしい。「太陽」の「sun」から「サンくん」と命名された。
 ちなみにちなみに、俺と鶴屋先輩は今日が初対面であり、一目見た瞬間から、鶴屋先輩にサンくんと呼ばれた。鶴屋先輩のことは噂では聞いていたが、こんなにも気さくな人とは思っていなかっただけに、多少は戸惑ってしまっている。じきに慣れるだろうが。
「なんで西野がここに居るんだよ……」
「まぁまぁ、谷口。西野くんだって、同じこと考えてるかもしれないけど、あまり邪険にはしないであげなよ」
 同じクラスの生徒であると言うのに、谷口も国木田も、あまり俺の参加を快く思っていないようだ。仕方ないけどな。
 谷口と国木田も、俺と同じく肉で釣った荷物持ち係のようだ。なお、2人は遊び道具担当であり、釣り竿やバドミントンのラケット等を携えている。
 二人は俺の参加を知らなかったらしく、(つーか、知っていたのは涼宮ハルヒ本人だけだった)俺を見た瞬間に、2人揃ってコーラスみたく驚きの声を上げた。
 SOS団全員に、俺と鶴屋先輩と谷口に国木田をプラスした計九人による、「真冬のハイキング大会。イン鶴屋山、プレゼンテッドバイSOS団」である。
 楽しみではあるが、どうなるかは予想もつかない。勘弁してくれ。
「と言うわけで、何か質問がある人はいるかしら?聞くだけ聞いてあげるわ」
 涼宮ハルヒのその問いに、一番前で話を聞いていたキョンは「どうせなにを言っても無駄だ」と言いたげに、頭を押さえて溜息を吐いた。
 他のSOS団メンバーも、読書を続けたり、ニコニコと頬を歪めたり、足を小刻みに震わせて、寒さを和らげたりしている。
「はーい、質問がありまーす」
 誰も何も言わなかったために、とりあえず、挙手をして、ありきたりな事を聞こうと思った。
「む、あたしに意見とは良い度胸ね、太陽」
「質問を受け付けたのはお前だろうが」
「そうだったわね。何?なんでみんな北高ジャージで参加させたかってこと?」
「それも確かに気になる」
 俺たちは、学年性別の違いはあれど、全員揃って同じ仕様のジャージである。社会科見学じゃあるまいし、何故だ?
「そんなの決まってるじゃない!」
 そう言って、涼宮ハルヒは寒さで震えている朝比奈みくるを抱き寄せた。
 いきなりの出来事に、朝比奈みくるは小さな叫び声を上げ、その声が想定外に華やかであったからか、キョンと谷口がニヤけ面を浮かべていた。
「みくるちゃんの至高の私服を、おいそれと見せるわけがないじゃない!拝観料払わすわよ!」
「新たな疑問も生まれたから、この際聞いておくわ。ちなみにいくらだ?」
「五百億万円」
「そんな単位は無ぇ」
「つーか、拝観料って。朝比奈さんは京都の大仏じゃないから。確かにそこらの偶像なんかより、よっぽど神々しく、かつ慈愛に満ちた聖母マリアに等しい、いやそれ以上の女神様と言っても過言ではないが」
「過言だ」
「過言よ」
 キョンの朝比奈みくる評は、予想以上に気持ち悪かった。確かに朝比奈みくるは、文句無しに美少女だが、そこまで来ると狂信じみてて怖ーよ。
「いい、みくるちゃん?男はみんな、可愛い可愛いみくるちゃんの身体を狙ってるんだからね。そんなけだものからあたしが守ってあげるから、安心しなさい。うりゃ」
「ほにゃぁぁーー!」
 守る宣言した本人が、率先して汚してんじゃねーか。
 ジャージと言う、身体のラインが出やすい衣類に包まれた、豊かな大山を揉みしだかれ、朝比奈みくるは頬に朱色を灯しながらも、声を聞かれまいと、必死に抑えてる。
「へやぁっ……しゅ、しゅじゅみゃしゃん……ら、らめぇ……」
「こら!暴れないの!ブラが取れないでしょ!」
「取るなよ」
 つーかジャージの襟から手を突っ込んで、生で揉むな。女同士だからって、罪になる時はなるんだよ。
「……何よ太陽。羨ましいでしょ」
「あたりめーだ。羨ましすぎるわ痴女」
「つーか誰か止めろよ!」
 俺の失言を聞いて、やっとキョンが顔をにやけた面を強張らせ、怒声を上げた。ちっ、良いところだったのに。
「朝比奈さん!大丈夫ですか!?」
「きょ、キョンくん……あたし……」
「朝比奈さぁぁぁぁん!」
 無駄に壮大な小芝居を挟むキョンだった。いや、本人は大真面目なつもりかもしれないけど。
「で、太陽。聞きたいことって何?」
「なんか、もうどうでもよくなったんだが」
 つーか、何聞こうとしたんだっけか。
「質問しようとして、それは無いでしょ。あたしが聞いてるんだから、答えなさい」
「えーと、何だったかな……あぁ、なんで冬にハイキング何かなと思ってさ」
 ハイキング……どちらかと言えば春や秋にやる印象があるから、なのに冬では、先取りだし乗り遅れすぎだと思っていた。
「ふ、甘いわね太陽。だからあんたは太陽なのよ」
「生まれた瞬間から、死ぬまで太陽だよ」
 おはようからおやすみまで、西野太陽の提供でお送りしています。
「あたしが答えるまでもない愚問ね。古泉くん。答えてあげなさい」
「……申し訳ございません、涼宮さん。僕の思考力では、涼宮さんの尊きお考えを察しする事は難しいようです」
 こいつはこいつで怖いよ。キョンの場合は自分の好意から朝比奈みくるを絶賛しているだろうが、古泉一樹の場合は、私情「以外」の要素も少なからず含んでいるはずだし。
 女子高生一人に左右される世界なんて、一度滅んだ方がいいんじゃないのか?
「じゃあ有希!……は無理よね。仕方無い。無知なあんたに、あたしが答えてやるわ」
 胸を張って自慢気に言ったが、一体どんな荒唐無稽な理屈を述べてくれるのだろうか。けっこう楽しみだ。
「太陽、あんたコンビニとかで真冬にアイス買ったりしない?」
「たまにはな」
 時々だが、冬になってもコンビニのアイスケースを覗くくらいはするさ。買うかどうかは気分次第だが。
「美味しいのよね。冬に食べるアイスクリームって。夏とは違う美味さがあるわ。まさにあれこそ「侘び寂び」の世界よ」
「確かに美味いが、アイスクリームって言った時点で、侘びも寂びも感じねーよ」
 そこはせめて餡蜜かかき氷って言えよ。横文字つかうな。
「夏にやる事をあえて冬にやる。それこそが、冬の楽しみ方よ!」
「その理屈で行くと、夏に寄せ鍋大会でもするのか?激辛チゲ鍋とかさ」
「……それはおもしろそうね。企画案に入れておくわ。そうよね。古泉くん」
「それは大変良い考えかと」
「さすが古泉くん。わかってるじゃない」
「いえいえ、僕には勿体無い言葉です」
 とか何とか言ってるが、同意を促された古泉一樹は、一瞬だが、呪いの武器を標準装備しているような微笑み男には珍しく、眉を吊り上げて、涼宮ハルヒの発言に引いてたぞ。
「立案者として、太陽も特別に参加させてあげるわ。黒グラビよりも立派な熱戦を吐かせてあげる」
「誰か、龍殺しの実を持って来てくれ。その我慢大会みたいな企画が通る前に、こいつの腹ぶっ壊して滅龍弾ブチ込んでやるから」
 黒グラビは一人じゃ大変なんだよな。金も時間も集中力もかかるし。
「それじゃあ他に質問は無いし、そろそろ行くわよ!頂上に来るのが一番遅かった人は、罰ゲームだからね」
 涼宮ハルヒの指が木々を貫いて山頂の方角を指し示し、皆が目をやる中、女子メンバー全員を連れて、山道を駆け出して行った。
「待てよハルヒ!荷物持ちの俺たちの方が遅いに決まって……言っちまいやがった」
 つーか、手ぶらで行っても楽しめるのか?まぁ、鶴屋先輩もいるし、大丈夫だろ。

 

 


「ひぃ、ひぃ、涼宮の野郎ぉ……だー!ちくしょう!」
 谷口は今にも出産する妊婦の呼吸を実践しながら、一歩一歩緩やかな坂を登っている。
 見た感じ、谷口の荷物はそれほど重そうには見えないのだが……いや、俺の基準でかんがえるのはかわいそうか。あそこまで辛そうだと、助けてやれるなら助けてやりたいが、
「どうですかね。僕達が用意したバーベキューセットは」
「思ったほど軽くて持ちやすいな。ただ、これ以上荷物を持つ気にはならねーよ」
 だから一番辛そうな谷口を助ける事はできそうにない。
 この機材はリュックサック状に背負えるよう、バンドがくっついており、それが肩の肉を締め付け、一歩一歩進む度に、体力を奪っていく。
「まぁ、辛いのはみんな一緒だしな。根を上げるのはもう少し後にするさ。……それで?なんか用か?」
「やけに機嫌が悪そうですね。先ほどの朝礼では、あれほど楽しそうにしていたのに」
 古泉一樹が変わらぬ微笑みを絶やさずにいる。
「おまえと違って、感情を押し隠すことには慣れてないんだよ。別にお前か気にいらないからってわけじゃないさ」
 考えるべきことが、多くなっちまったからな。いらん心配なのかもしれないが、そこまで楽天的にもなれない。知っちまった以上、脳汁垂れ流して悩むよ。
「それで?何を尋問したいんだ?」
「尋問などとんでもない。僕はただ、あなたが心配で……まぁ嘘ですけど」
「うん、正直者が正しいとは限らないが、俺としてはお前のそう言う態度は大好きだぞ」
 上っ面な心肺を笠に被った腹の探り合いよりかは、ガチンコ討論の方が、まだ気分がいい。
「そうですか。それではお聞きします。あなたが橘京子と面識を持ってから一週間。もう既に二月です。あれから何かございましたか?」
「特に何も。サキの方にも変化は無いみたいだが……多分どっかで監視してるんだろうね」
 こうやって駄弁ってる時だって、実は背後に……マジでありそうだから勘弁してくれ。
 それを言ったら古泉一樹だって似たような事してるはずだが、そんなの今更どうでもいい。
 ……ただ、エロビデオ系のメディアを意識的に借りにくくなったのは残念だが。
「監視されるのが嫌でしたら、僕達機関からボディーガードをお貸しますが。橘京子の組織が近づいた時などに、彼らを排除しますよ」
「そしたら今度はそいつらが俺を監視するんだろ?つーかもうしてるはずだ」
「バレていましたか。ならば彼には、もう少し距離を取って監視するように言いつけておきます」
「そうしてくれ。せめて俺に視線を感じさせないくらいにな。どこから見てるかまではわからんが、それだけに気分が悪い」
 見られる事に快感を覚えるマゾ嗜好など持った憶えは無ぇ。
「大体、橘の「組織」っつーのはなんだ?お前らと似たようなものってくらいしかわからねーよ」
「あなたが望むのであれば、事細かに説明しますが。そうですね……まずは僕達「機関」の歴史から始まり」
「いや、やっぱいい」
 話が長くなりそうなのは明白である。それだったら家でデモンズソウルの純粋刃石を集めながら、片手間に聞きたいが、今は疲れそうだ。
「あれだろ?お前らがキリスト教で、あいつらがユダヤ教ってところか?」
「う~ん、少し違う気もしますが、それでいいでしょう」
 似てるけど違う。違うけど同じ。どっちも大して違わないが、どっちがオリジナルかわかった時、その差は歴然である。
 どっかの宗教戦争とは比べ物にならない程に、強大で恐ろしい戦争の始まりになるのかもしれない。
「なんでお前らが戦うんだよ。戦うのは構わないが、理由は無いだろ?」
 信じる神様のために。そんなものは理由にはならない。なってたまるか。神様のために戦って、くたばって、それで本望とでも?
 俺だったらごめんだ。誰かのために戦うなんてバカバカしい。死ぬ理由も戦う理由も人のせいにしたくない。

 

 

 だけど、こんなこと思う俺こそが馬鹿げているのかもしれない。

 

 

 だって「絶対的」に正しい価値観なんて、この世界には存在しないのだから。
 正義も悪も、正しいも間違いも決めるのは、時代であり世界だ。
「……あなたにはわからないでしょうね。僕はこれしか生き方を知りません。知っていましたが、涼宮さんが神になった時に忘れました」
 選択肢の無い苦しみ。
 俺もあの改変世界で感じたが、俺の答えはたまたま世界と同じであった。しかし古泉一樹と橘京子はどうだったんだろうか。
「古泉、だからお前は苦労人なんだ。そのままじゃ二十歳には白髪になんぞ。そんでじじいになる頃には、砂漠になんじゃねーの」
「あなただってつい最近までダメージヘヤーでしたよね。この歳で脱色は危険ですよ」
「どっちが先に禿げるか賭けるか?」
「考えておきます」
 賭朗立会人の出番か。こえー。めっちゃこえー。
「なぁ、ところで古泉」
「どうされました?」
 先頭で呼吸を荒げながら、山道を一歩一歩進んでいるキョンを一瞬だけ注視してから聞いてみた。
「キョンは俺が関係者だってことを知ってるのか?」
「いえ、要らぬ心労を募らすだけだと判断したので、僕達からは、まだ伏せています。ただ、長門さんや朝比奈さんの組織が彼に証言した可能性もありますから……どうでしょうね」
「あー、その心配は大丈夫だろ」
 朝比奈みくるはガチで知らないだろうが、長門有希は黙ってる気がする。
「俺、そこまで重要視されて無ぇしな。言わなくても良い事は、言わないね。長門なら」
 改変世界での出来事を思い返す限り、長門有希は最後まで沈黙を守っていた。
 あの時、もし長門有希がSOS団メンバーに助けを請うことができたら、あの事件は起きなかった。
 そんな口数の少ないストイックな長門有希が、概略しかしらない俺の事をキョンに伝えるとは思えない。
「正直、キョンとはどう接していいかわからない。だからキョンが苦手って言えば苦手なのかもな」
 距離感を決めあぐねている。という表現が正しいかな。
「あなたでも、苦手な人間がいたのですね。少々驚きました」
「当たり前だろ。俺はどこにでもいる普通の人間なんだからさ」
 度を越えた良い奴なのは間違いないが、その性質とは別の所で、俺はキョンを苦手にしている。触れにくいというか、弄りにくいというか。
「……それにしても、ハル達はどこまで行ったんだ?」
 女子だけで登ることに飽きて、途中で待ってることを期待していたが、この分じゃマジで頂上まで制覇したんじゃないのか?勘弁してくれ。
「先頭を歩く彼らに気付かれないよう、かつ少しずつペースを上げて行きましょう。僕に着いて来れますか?」
「舐めんな。今まではお前らに合わせて牛歩してただけだ」
「それは楽しみですね。それではあなたと僕で三人を挟みましょう。あなたが前、僕が後ろ。よろしいですね」
「りょーかい」

 

 

 

「遅い!罰金!」
 俺と古泉一樹で他の男子メンバー全員の登山ペースを少しずつ上げていったが、それでも先に頂上で待機していやがった涼宮ハルヒは不機嫌だった。
「無茶言うなハルヒ。手ブラのお前らとは違うんだよ」
「ちょっとキョン。あんたは一番の下っ端なんだから、団長や他の団員を退屈にさせてんじゃないわよ」
「この上まだ役目を要求する気かよ」
「当たり前でしょ。あんたはSOS団にはまるで貢献してないんだから。TUTAYAポイントカードで言ったら、まだCDも借りれないから」
「俺、いまだに100ポイント以下!?最古参メンバーなのに!?」
「あんたなんかより部室のパソコンの方が、まだ貢献してるわ」
「おま!それは言い過……いや、なんでもない」
 どうやらキョンは部室のパソコンについて、なにか思い入れがあるようだ。
 そんな涼宮ハルヒとキョンだが、お互い疲労はしていたからか、いつものノリで始めた口論を少しずつヒートアップさせてるようだ。
 おいおいキョン。まだ口げんかする体力あんなら、そこでカブトムシのさなぎみてーに丸まってる谷口の荷物くらい持ってやったら良かったんじゃないのか?冬眠直後のクワガタの方が、谷口よりまだ元気に活動しそうだぞ。
「古泉、止めなくていいのか?」
「イエスマンの僕にどうしろと?」
 古泉一樹の発言に溜息を吐きつつ、その口論を観察していると、徐々にだが確実に空気が悪くなっていくのがわかる。
「す、涼宮さん……」
 勇気を振り絞り、意を決して涼宮ハルヒを押さえようとした朝比奈みくるだが、
「みくるちゃんは黙ってなさい!いいキョン?大体あんたはねぇ」
 それを意図も簡単に一蹴し、改めてキョンを叱りつける涼宮ハルヒだった。
 長門有希は我関せずを貫き、手近な小岩に腰を下ろしてどこからか取り出したポケット文庫本を眺めているし、鶴屋先輩に至っては、サッカー中継を観戦するサッカー部員のような目で、二人の口喧嘩を楽しんでいる節すらある。
 谷口は立ち上がる気力すら無さそうだし、国木田は黙々と遊び道具を物色するだけだ。
 SOS団において、いかにキョンが重要な存在かがわかる絵面である。ブレーキの無い車など、安心して乗れるか。しかもエンジンブレーキなんて概念も無い車だし。

 

「小学生じゃないんだから、二人ともそこらへんにしとけ」

 

 仕方なく、俺が二人の間に割って入る形になったが、
「太陽、あんたこそ黙ってなさい。SOS団でも無いくせにどの口が」
 今度は俺にまで噛み付く始末である。
「確かにSOS団じゃないが、『真冬のハイキング大会。イン鶴屋山、プレゼンテッドバイSOS団!』に参加している以上、スタッフでもあり客だ。意見ぐらいさせろ」
 喧嘩から始まるハイキング大会なんて参加したく無ぇ。スタッフとしてなら雰囲気の悪化は防ぎたいし、客としてなら純粋に楽しみたいんだよ。
「キョン、お前もだ。じゃれ合いなら好きにしてくれてもいいが、喧嘩にしてまで欲しいもんでもあるのか?」
 プライドとツッコミ気質を守ることは悪いことじゃないさ。守ることで得た物が、代償と同等ならな。
「それでも引けないってなら、好きにしろ。そこの木陰で寝てるから、終わったら起こしてくれ」
 それだけ言って、さっきまで背負っていた新品のバーベキューセットを置いた地面まで戻り、一息つくことにした。
「…………」
「…………」
 無言。無言のまま、二人は頭を冷やすためか、お互いが顔を背けて、自身の視界から遠ざけた。
 正直、もっと上手い方法もあった気がするが、今の俺にはこれしかできなかった。
 勘弁してくれ。と最近は口癖になりつつある言葉が思わず漏れた。

 


 数分後、やっと頭が冷えたのか、キョンが黙々とバーベキューセットを組み立てた事を合図に、『真冬のハイキング大会。イン鶴屋山、プレゼンテッドバイSOS団!』が開始された。
 ただ悪くなった雰囲気までは回復せず、食材をあらかた片付け終わってからは、みんなテンションが上がらずのいたからか、そこでハイキングは終了となった。
「みんな、当然ゴミは持ち帰りなさい。鶴屋さんの庭を汚すんじゃないわよ」
 涼宮ハルヒは、さすがに出したゴミまで全部俺達に持ち帰らせるなんてことはせず、各自の体力に合わせてゴミ袋を分担させていた。
 まあ、唯一、鶴屋先輩だけはは会場提供者であるので、手ぶらだが。
「……涼宮さん、空が曇り出しましたね。これは早く下山した方がよろしいかと」
「……最悪」
 そして下山をしている最中に、ダメ押しの一撃で、今にも雨が降りそうな天気となった。
 つまらなさそうに曇り空を睨みつける涼宮ハルヒの横顔は、どこか悔しげで、まるで改変世界での涼宮ハルヒを思い出させる雰囲気だった。
 あの顔を見ていると、どうしても憂鬱になるねぇ。

 


 なんとか本格的に雨が降る前に下山を終えることができ、俺の背中で体力を奪い続けていたバーベキューセットを古泉にやっと突き帰せた。
「あー……それじゃ俺はこっちに原チャリ置いてあるから。また明日な」
 原チャリを置いた駐輪場の方角を指差し、SOS団及び準団員にさよならの挨拶を済ませた。とっとと帰って身体を休めよう。
 修験者の苦行じゃないんだし、風雨を全身に浴びてバイク運転なんてしてたまるか。明日、風邪引くに決まってる。
「太陽」
 睨むような、すがるような、表現しにくいチョコボのくちばし面をしながら、涼宮ハルヒが俺の袖を引っ張ってきた。
「なんだ?」
「雨が降りそうだし、あたしも早く帰りたいのよ。どうせあんた駅の近くを通るんなら、あたしを乗せてきなさい」
 その瞬間、キョンの顔が一気に強張ったのを確認できた。
「……ハルヒ。あまり西野を困らすなよ。だいたい原チャリの二人乗りは法律で禁」
「うるさい。それに夏休みに自転車三人乗りしたあんたが言う?」
「それさせたのはお前だろ!?」
 お前らほんとに仲良いよな。絶対お前達一緒の自転車に乗っただろ。
「そう言えばキョン。キョンは中学の時に毎日あの変な子と二人乗」
「国木ぃ田ぁくぅん!?それは今、この場で発表することですかねぇ!?」
 どうやらキョンは中学でもヤリ○ンだったらしい。爆発しろ。マジで。
「ちょっと国木田!そこの部分を詳しく話しなさい!怒らないから!」
「いや、もう怒ってるよね。ちょっと恐いよ。面白そうだからもちろん話すけど」
「国木田!?今もちろんって言った!?俺達本当に中学時代からの友達!?」
 国木田ではなく黒木田だった。出席番号が一つ二つしか変わらんような小さな違いだが、大きな違いだ。
「……失礼、涼宮さん。急にバイトが入りましたので」
 古泉一樹さんはSOS団からログアウトしました。そのまんま人生までログアウトしないことを祈る。頑張れヒーロー。
「そんなことは休み開けの月曜日にでも追求してくれ」
 勘弁してくれ。と言う口癖を飲み込み、俺は国木田に詰め寄る涼宮ハルヒの手を引っ張る。
 キョンの中学時代は気になるが、今にも雨が降りそうな曇り空の下で聞きたいとは思わん。それはまた今度でいいさ。
「……ふん。キョン、絶対に逃さないから首を洗って待ってなさい。行くわよ太陽」
「ハルヒ!」
 まぁあれだ。ハルのお守りは今日くらい俺に任せておけってことだろ。お前より上手く手綱を捌けるとは思えないけど。
 この世の終わりみたいな呆然自失なキョンの顔を背中で見ながら、涼宮ハルヒと共に駐輪場まで歩いていった。

 


 しかし、涼宮ハルヒは一体どういうつもりだ?

 


「いっけいけぇ~!もっとふかしなさい!」
「バカ!揺らすんじゃねーよ!ただでさえ曇って視界悪いんだからな!コケるわ!」
 涼宮ハルヒは原チャリの狭いシートに跨って、俺の背中をバンバン叩きながらハシャギまくっている。
「原チャリはデパート屋上のミニ遊園地にある飛行機の乗り物じゃねーよ。ハンドル操作してるこっちの身にもなれや」
「あ、懐かしいこと言ってくれるじゃない。百円で一分間ぐらいでさ。最後に乗ったのはいつだったかしら」
 小学二年生くらいには卒業してた気がする。
「そうそう。乗るのやめるきっかけになったのはあれだったわ。親父とデパート行った時、そのミニ飛行機の筐体に「故障中」ってタグが貼ってあって、なんか冷めちゃったのが理由かしら」
「あ~、なんとなく分かる気がする」
「うん、あれはきっと「俺の背中から卒業しろ」って筐体が語ってたのよ」
「やけに男前な遊具だな。つーか両親と仲良かったなんて初耳だぞ」
 この発言は失言だった。しかしそれは後悔でしかない。
「……太陽。あんたはあたしが親と上手くいってないの知ってたの?」
 もちろん知っていた。ちゃんと自身の口から語ってくいたからな。しかしそれには頭に「改変世界で」という言葉が付加されるが。
 なにやってるんだ。あんなにあっちの記憶とこっちの記憶をミックスしないように気をつけていたというのに。
「ちょっと考えれば気付くか。原因は……まぁあたしなんだけどね。小学生の時くらいまでは優等生で通ってたあたしが、中学に上がった途端、奇妙奇天烈な行動ばかり起こしたからね」
 どんな理由や思いがあれ、涼宮ハルヒの行なってきた行動は、傍から見たら悪ふざけの何物でもない、単なる奇行だ。
 それが涼宮ハルヒの両親の目にどう映ったかは……あまり考えたくない。
 良い解釈には取られなかったのだろう。俺も似たようなことしてたし、よく分かる。
「……太陽。あんたの時は、お母さん何も言わなかったの?」
「あぁ。何も言わなかった」
 俺が顔面腫らして帰って来た時も、自分の部屋で煙草吸ってるのを見られた時も、先輩から買ったバイクを無免許で乗った時も、何も言わなかった。
「……言えなかったんだと思う。俺がグレ始めたのは父親が死んですぐ後だったから、家計を支えるだけで手一杯だったみたいだし」
 気が付けばお互いブレーキが利かないほどにこじれてしまい、どうすることも出来なくなっていた。
 それでもバイク事故(ということになっていた)で入院した時は、しっかりと看病してくれた。
 それを見たことで、悪ぶってガキみたいなことはやめようと思ったのも、俺が更生する要因の一つでもあった。
「あたしの親はうるさかったわ。それもただうるさいだけ。二人の説教には何の中身も無くて、「市立にいけなかったらどうするんだ!」とか「お前は優秀なんだから馬鹿なことはやめろ!」とか、聞いててムカつくことしか言わなくてね」
「多分、驚いただけなんじゃないのか?お前は俺と違って優等生だったみたいだし、いきなり変わればそりゃぁ……」
「そんなのわかってるわよ。それに自分達でも中身が無い事くらいわかったたんでしょうね。でも……本音でもあったと思う。うちは普通の家庭だったし、期待も大きかっただろうから」
 万能の天才であるが故の苦悩か。俺にはよくわからんが、プレッシャーも大きかったのかもしれない。
 案外、涼宮ハルヒが行なっていた奇行の数々は、そういうプレッシャーへの反抗心が起爆剤になっていたのかもな。不思議探しとかは抜きで。
 ここにきて「SOS団」と言う名称に、別の意味を考えさせられた。
 「SOS」。俺の頭で思いつく限り、それが意味する略語は……救難信号だ。

 

 

『私を助けて!』

 

 

 涼宮ハルヒは、助けを待っていた。
 そう考えることも、できるのではないか?
「……あ!太陽!あんた何抜かせられてるの!あのデカイ車追い抜きなさい!」
「バカ言うな!あれはシルビアって言って、サーキットじゃ今でも現役バリバリなレーシングカーだぞ!?しかもめっちゃスピード仕様に改造されてたし!絶対走り屋だよ!二人乗り原チャリで適うか!」
「挑戦する前から弱腰になってんじゃないわよ!」
「挑戦する前から勝負が分かりきってんだよ!小学校の陸上クラブがインターハイ常連高校に勝てるか!」
「つべこべ言わずに爆走しなさい!うりゃ!」
「バカ!アクセルから手を離せ!止めろ!いや止めて!止めてくださいお願いします!つーか降りろ!もういやだ!一人で帰れ!」
「あー!前見なさいバカ!」
「バカなのはお前だ!」
 真面目に思考したらすぐこれだ!メリハリつきすぎなんだよ!バンジージャンプか!

 

 


 結論。涼宮ハルヒに自動車免許を取らせてはならない。
 さて、その後、無事に帰宅を果たし、母と藤原の心配の言葉を聞き流してから眠りについた。ハイキングより帰宅の方が疲れるってどういう事よ。
「さてキョン!全部話して貰うわよ!あんたには黙秘権なんか無いんだからね!」

 翌日。いつもの朝より少しだけ寝坊したからか、教室に着くと殆んどの生徒がホームルームを待っており、そんな中で、涼宮ハルヒがキョンに昨日のことを詰問していた。
「何でだよ。俺にだって言いたく無い事の一つや二つあるわけで」
「え?キョン。あの子と言えないようなことをしたの?」
「国ぃ木ぃ田ぁくぅん!?君はバカなの!?俺とあいつはそんなんじゃないことくらいわかってるだろ!」
「いや、むしろあれを付き合ってないなんて言えるキョンが怖いよ」
「キョン。フランケンシュタインになってみたくない?なりたいよね。ならせてあげる。有希に頼んで1.21ジゴワットの落雷が落ちてくる日を予報してもらいに行こっか」
「フランケンシュタインは永遠の命の方でも、死者蘇生の賜物でもねえ!人格と記憶が壊れた別人になるだけだ!」
「なおさら良いじゃない。そしたら少しはあんたのフラクラ癖が治ると思うし。まぁ、ひどくなる事は無いでしょうね。だってこれ以上下は無いし」
「お前にとっての俺って何!?」

 

『ヤリ○ン(笑)』

 

「うお!?今、クラスの心が一つに!?」
「リア充、爆発しろよ……マジで。頼むから!」
 谷口の呪詛めいた嘆願を神様が聞いてくれるかは置いといて、そろそろ本格的に天罰くらい落としてもいいと思うぞ。落雷だけに。
 1.21ジゴワットの落雷が落ちそうも無い快晴が窓の外に広がっており、俺はこのまま天気も崩れずに一日が過ぎてくれる事を願った。
 教室で涼宮ハルヒの行うキョンへの魔女裁判が白熱していた頃、ブレザーの裏地に忍ばせている携帯電話が着信を示した。相手は佐々木のようだ。
 オーバーヒートしているクラスメイトの群れをこっそりと抜け出し、屋上に向かった。あっちだってホームルームが始まるだろうし、こんな時間に何の用だろうか?

 

 


「やあ太陽。ごきげんよう」
「ごきげんようでござんすね、サキ。つーか朝から妙なテンションだな」
「そうかい?僕はいつでもこんな風だよ」
 俺の偏見だけで言えば、佐々木は朝が弱いと思っていたんだが。低血圧そうじゃん?
「僕としては、君こそ朝に弱そうだと思っていたよ。と言うより、就寝が遅く、朝は睡眠不足気味かと」
「中学ん頃はともかく、最近はそうでもねーぞ。早寝早起快食快便さ」
「健康優良児を心がけるのは良いことだね」
「まあ、九時に寝てるからな」
「小学生!?」
「おいおい。バカにすんなよ、朝の九時だ」
 ちなみに現在の時刻は朝八時三十分である。
「じゃあ今の君は何!?」
「知らなかったのかサキ?俺のケータイは時空を超えて電話できるんだよ。そう、今の俺は一時間後の世界から電話をかけている」
「それでも就寝時間は三十分だから。と言うより、かけたのは僕だよね?」
「……まぁどうでもいいか」
「投げた!?今、ボケを投げた!?収集がつかなくなる前な引いたな!」
「で、何か用?」
「コミュニケーションを無視か!ボケを振るなら、少しくらい相手が返せるようなボケにしたまえ!」
「うーん、そう言われるとな。じゃあサキ、現在の民主党政治の問題点について語ろうか」
「今度は絶対ボケるつもり無いだろ!?……まぁ別に構わないけど。そうだね……」
「はい、佐々木さんの大爆笑ターイム。3、2、1!」
「えぇ!?えーと、その、あの……みーんみんみんみんみんみーん……」
「…………え?」
 今のは一体何だ?
「今のはつまり、民主党だから蝉の鳴き声をマネてだね……」
「誰かぁ!救急車を呼んでください!交通事故が!交通事故がおきました!」
「た、た、太陽!むちゃ振りも大概にしろ!」
「まさかここまでテンパるとは思わなかったんだよ!ごめんなさい佐々木さん!俺がやりました!今は反省してます!なんなら慰謝料だって払います!」
「止めて!優しくしないで!優しくされると耐えられない!」
「こんな時に女言葉に戻っても困るわ!やっべぇ!なんだこの罪悪感!」
 反省した。めっちゃ反省した。これからは無茶振りも空気を呼んで振ります。ごめんなさいでした!

 


 仕切り直し完了。民主党政治の問題点?蝉の鳴き声?夢でも見てたんだろ。
「なぁ太陽。僕と君が初めて会ったあの日、僕は君からコートを借りたよね。あの白いコートだ」
「お、そういやわざわざクリーニングまでしてくれたらしいな。ありがとありがとー」
 律儀な女である。別にそこまでしてくれなくても良かったんだが、素直に感謝もしている。そういう所が佐々木の良い所だからさ。
「僕が好きでやったことだから気にしないでくれたまえ。すこし時間がかかってしまったが、それが昨日完了してね。今、僕の自宅にある。届けようか?それとも、自宅まで来るかい?」
「テンション上がって来たぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ブツッと、優しさのかけらも無い無慈悲な切断音が耳元に流れた。
「いやいやいやいやいや!もしもし佐々木さん!?」
 いきなり通話を切られ、俺は焦る気持ちを指で現すかのように、大急ぎでリダイヤルをした。ちょっと調子に乗っただけだ!俺と連んでれば、今ぐらいのおふざけは日常茶飯事だってことはわかってるだろうが!
「このお電話はお客さまの都合によりかかりません」
「かかってんじゃん!無駄に上手いオペレーターの真似してまで拒否すん
なよ!大丈夫だって!何にもしないから!」
「そのセリフ、男の発言の中で、最も信用できない言葉だと広く認知されているが。ケダモノ」
「ケダモノとか言うなや!つーか俺にはそんな経験値も無えから、そんなアドリブまで手広くできねーし!」
へタレでビビりのチキン野郎だから!たとえ誰かとそんな状況になっても、水揚げされた冷凍マグロにしかなりえねー気がするわ!
「ふん、童貞の背伸びほど愚かな見栄はいない」
「最初は誰だって童貞処女だ!お前だってそうだろが!」
「バ、ババババカにひゅるな!僕にだってしょのくらい……」
「言葉噛み噛みで焦る時点で説得力無ーよ」
「うぐっ!……この話は止めようか。このままではお互いの羞恥を披露して疲労するだけになりそうだ」
 そうしよう。女の子にこんな話を振った俺が悪かった。ごめんなさい。
「で、確かまだ僕は君を自宅に呼んだ憶えはないし、恐らく君は僕の自宅を知らないはずだろ?」
女の子の家に遊びに行くのは、あまり慣れていない。どうも触れたら壊れそうなくらいに繊細で神聖な場所の気がしてな。
 俺が佐々木と遊ぶ時も、全部街中だったし、カラオケとかゲーセンと言う高校生らしい普通の遊び場だ。
 ちなみに佐々木はめっちゃ歌が上手い。涼宮ハルヒの歌は文化祭の時に聴いた憶えがあるが、あいつの歌がロック調子の重低音ならば、佐々木の歌声は伸びやかで、さしずめR&Bみたいな澄み切った声だzた。
 ゲーセンでも格闘ゲームとかレーシングゲームなどをテンションバリ高で遊んでおり、ストレスたまってる事が窺い知れる。
 まあ、佐々木が楽しんでるなら良いけどさ。
「どうする?僕としては君の持ち物だし、君の意見に従うべきだと思ってね」
「あー、じゃあ今日の放課後、原チャリでお前の家に行くよ。後で地図でもメールで送ってくれればいいからさ」
 佐々木の学校は片道一時間はかかる市外の進学校だしな。この季節だからその頃には日も落ちてるだろうし、暗い夜道歩かせるのもかわいそうだ。
「そうか。それなら自宅で君の到着を待ってるよ。茶くらいでよければ、もてなしもしよう。コーヒーと紅茶どちらが好みかな?」
「任せる」
「ふむ、了解した。それではまた」
 その日の昼休み、佐々木の自宅付近を航空写真で撮られた地図が、俺のアドレスに送信された。
 意外なほどに北高から近い。これなら一度家に帰ってからでも十分な時間がありそうだ。

 


 そう、十分な時間があったのだ。十分過ぎるほどにな。

 


 そして今は放課後である。現在の時刻を確認するため、運転中の原チャリを止め、ポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを眺めた。
「まだ四時過ぎか。サキの帰宅時間を考えると、後三十分くらい後か」
 どうせだ、藤原も連れてってやるか。藤原も佐々木の事を心配してたし、佐々木だって気にはしてた。
 携帯電話を再びポケットにネジ込み、ハンドルを捻って発進させる。
 夕日はそろそろ月と入れ変わろうと落ち始め、辺りは橙色から薄闇色にシフトしている。そんな時だった。
「うおっ!?」
 目の前に、進路を遮る両手が唐突に現れ、アスファルトに立ちはだかる。
「ここから先は行かせないのです。西野君」
 手入れの施された茶髪ロングを腰まで垂らした橘京子だった。
 その服装だが、前回出会った時の北高セーラー服ではなく、名前通りシトラス色をしたサロペットに、防寒対策のGジャンを羽織った動きやすい出で立ちだ。
「デートの誘いなら断ったハズだぜ?橘」
「ふざけないでください」
「俺はいつだって大真面目だ。大真面目にふざけてるのさ」
 横倒しになりかけた原チャリの態勢を立て直し、俺は橘京子と向き合って、ハンドルから手を離した。
「よっと。まぁ今日は気分も良いし、話ぐらいは聴いてやるよ。答えはもちろん決まってるがな」
「そうですか。あたし達の答えも決まっているので、好都合なのです」
 その言葉はナイフのように無機質で凶悪な攻撃性を帯びている気がした。
「手短にしてくれよ。こっちは人を待たせてるんだ」
 だけど、決して臆さない。心の弱みを見せてつけ込まれたら、ケンカには勝てない。
 そう。勝負はすでに始まっているのだから。
「あたし達「組織」の見解を述べます。投降し、協力してください。それだけなのです」
「ハッ、嫌だね」
「なら、ケガをするだけなのです」
 橘京子の瞳から、闘い慣れた者のみが発せられる暴力の光が宿った。俺と同じ、粗野で凶暴な光だ。
「俺を蹂躙するわけか。女のお前にできるのか?」
「女だからってバカにしないで欲しいのです。あたしはそう言う男は大っ嫌いなのです」
「良いね良いね。俺はそう言う女は大好きだぜ。かかって来いよ……の前に、ちょいと失礼」
 やけに鼻につくような大仰で嫌味ったらしくポケットから携帯電話を取り出し、起死回生の一手となる相手へ電話をかけた。
「……何のつもりですか?」
「何って。救急車を呼んだんだよ。病院にすぐ搬送できるようにさ」
 こめかみに吸い込まれるような、狙い打ちの蹴りが直撃する。
 携帯を握り締めている手の甲に、電撃が走った。
 橘京子の繰り出した予想以上に切れのある上段蹴りに、思わず携帯を落としかけた。
 おそらく空手だと思うが、間違いないのは相当の達人だと言うことだ。俺じゃなかったら、防ぐ間も無く、今ので昇天しただろう。
 そして橘京子は上段蹴りを下に滑らせ、今度は脛に狙いを定めて、ローキックを叩きつけた。
「ぐがぁっ!」
 無意識に身体を竦めた俺に、さらなる追撃が襲い掛かる。
 しゃがんだ事により、ブレザーの襟首が橘京子の掴みやすい高さまで下がり、そこへ手を伸ばして、
「ハァッ!」
 吐き出された気合とともに、首投げでアスファルトの地面に叩きつけた!
 息がつまり、肺の中の空気が一瞬だけ止まった。
 だが、まだ手を離さない。
 橘京子は俺の利き腕など、とうの昔に見抜いていたらしく、地面に接している左肩に足を置き、
「ヤァッ!」
 捻り、捩り、一瞬で肩の骨を外してしまった。
「一本!勝負ありなのです!」
「バーカ。ケンカに一本なんかねーよ」
 場違いな気合をこめて勝利の余韻に浸っていた橘京子の腹を支点に蹴り上げ、反動で立ち上がった。
「ちぃ、肩が」
 左肩から下に、全く力が入らない。部品の失った壊れた振り子時計のように、無様に孤を描くのみだ。
「その腕じゃ諦めた方がいいですよ。そっちは利き腕でしょう?利き腕無しで勝てるわけが無」
「うるぁぁ!」
 叫び、歯を食いしばり、すぐ側のブロック塀に左肩から思いっきりタックルをした。
「……利き腕が、何だって?」
 外れたなら、はめればいい。
 肩から全身へと、尋常じゃない痛みと衝撃が走ったが、泣きそうになりながらも堪えることができただけ良い。
「知ってるだろうが、暴力は慣れっこなんだよ。こんなの、ちょっとケンカに慣れてれば誰だってできるさ」
「どうやら圧し折るくらいまでしないとならないようですね。本気で行きます!」
 橘京子は一瞬で距離を詰め、今度は心臓に掌底をブチ込む。呼吸を乱し、前屈みになった時、頭を掴まれ、
「ヤァッ!」
 みぞおちに膝蹴りを突き刺す。
「ハッ!舐めんな!」
 俺は頭を押さえられたまま短く跳躍し、橘京子を側のブロック塀に狙いを定めて突撃した。
 叩きつけられ、橘京子の細く絞まった体から鈍い音がなる。
「ハァハァ……武道とケンカは違うぜ。橘」
「……厄介なのです。でも、あたしは負けないのです」
 橘京子は背を預けていたブロック塀から立ち上がり、俺に強い眼光を浴びせて来た。
 結構な一撃であり、決して軽傷では無いはずなのだが、それでも立ち上がった所を見る限り、彼女は相当にタフで、かなり本格的な鍛え方をしている事が容易に想像できる。
 対して俺の方は、最近身体なまってるからな。負けないで済むだろうか。
「やぁぁぁぁぁっ!」
 真っ直ぐに伸びた拳が、俺の頬を捉える。
「ぐがぁっ!」
「まだまだなのです!」
 さらに間合いを詰められ、そこから始まるのは両手から始まる猛攻。重い乱打が全身に降り注ぐ。
 顔を殴られ、胸をえぐられ、腹を貫くその乱打に、俺は成す術も無く受け入れることしかできなかった。
 フラつく視界と、酔っ払いみたいにガタガタのステップを踊るくらいになった頃、猛攻が途切れ、その締めとなったのは、かつて北高昇降口にて喰らった物より何倍も威力が跳ね上がった真空かかと落としだった。
「ちくしょぉ!橘ぁぁぁ!」
 飛びかけた意識を喉を絞って無理矢理吐き出した怒号で取り戻す。マズイ、これはマズイ。橘京子の腕っぷしは、北高の時に何となく気づいていたが、ここまでやるとは予想外だった。
 くそ、情けないな。あんだけ余裕ぶっこいて挑発したのに、正攻法で正面から打ち破られ、このまま雑魚のレッテル張られても反論できない。
 絶対に俺あれだよ。北斗の拳で「ヒャッハー!」とか何とか言って一コマで瞬殺されるモヒカンモブキャラだよ。だっせー!マジだっせー!
だから少しくらい男見せねーとな!
「うるぁぁぁぁ!」
 拳を振りかぶり、決死の覚悟で橘京子の間合いに踏み込んだ。
「ハアッ!」
 その動きを読んでいたのか、橘京子の頬に拳が当たる直前、十分に引きつけたカウンターの膝蹴りが顔面に直撃した。
 夕焼けではわかりづらい鼻血の赤が、空に散る。
 強ぇ……。俺のケンカ歴の中で、ここまでやった奴は、間違いなく橘京子だけだ。ケンカ相手歴代最強は彼女で間違い無い。
 身体が鈍ってるからとか、調子が悪いからなんて言い訳に出来ないほどに完封され、俺はアスファルトの地面に倒れることしか出来なかった。
「ハッ……ハハハ……久しぶりだな、ケンカで負けたのは」
「フン。西野くんの言うケンカは、ただのお遊び。あたしたちのように信念のある決闘とはわけが違うのです」
「信念……ねぇ……。くだらない。神様の出す旨味にありつこうとしてるだけだろ」
 そろそろ日も落ち始め、月が顔を出した空に向けて大きな溜息を吐いて呟いた。
「本当に西野くんは嫌な言い方するのですね。性根が腐ってるのです」
「性格が悪いのは生まれつきだ。ところでよ、橘」
「何ですか?」
 もう勝敗は決してしまったのだ。だからこんぐらい言わせてくれ。

 

 

「お前、やっぱりバカだな」

 そう、俺の勝利と言う絶対的な結末が訪れているのだから。

 


「太陽!」
 待ち望んでいた勝利の女神の声がやっと届き、俺は寝転びながら高らかにガッツポーズをして、彼女を迎えた。
「な、なぜ佐々木さんが……ここに」
 顔面から血の気を失い、それでも今の状況を理解しようと努力している橘京子だった。
「ま、まさか西野くん!?」
「やっとわかったか。だからお前は微妙女なんだよ」
 俺は、アスファルトに転がっている自分の携帯電話を指差して、勝利の笑みを見せつけてやった。
 闘いを始める前、俺はあらかじめ救急車を呼んでやったと言ったが、あれは大嘘。
 呼んだのは救急車ではなく、橘京子が心酔している女神佐々木である。ケンカ中はずっと通話中にしていたために通話料が心配になるが、多分無料通話分に入ってると思うからゼロ円だろう。
「に、西野くん!あなた自分のしでかしたことをわかってるのですか!?」
「わかってるさ。これでもう、お前たちはサキに近づけない。違うか?」
 橘京子達にとっての勝利が佐々木の懐柔なら、俺にとっての勝利は何か?
 答えは一つ。佐々木と橘京子達を引き合わせないことだ。
 そのためにはどうすれば良いか?洗いざらい話してやれば良い。もっとも手っ取り早く、もっとも簡単な解決方法である。涼宮ハルヒとは違い、今のところは安全らしいからな。
「お前は俺に勝っちゃいけなかったんだよ。俺が謎の美少女にボコられるなんてシチュエーションに協力しちまったお前の負けだ。橘」
「反則なのです!この卑怯者!」
「何でもありの勝負を俺に持ちかけたお前がバカだったんだよ。それより良いのか?……おーい、こっちだサキ」
 しんどい身体を起こすことができず、寝転びながら手だけで居場所を示した。
「くっ!覚えてろなのです!」
 雑魚敵が命からがら逃げる時に発するお決まりのセリフを吐き出しなが ら、橘京子は俺の前から去って行った。
「太陽!どうしたんだい!?あぁ!そんなにボロボロで!」
 入れ替わりに佐々木が到着してくれた。あの電話を聞いて大急ぎでかけつけたからか、制服の襟や袖から露出している肌には、汗がびっしりと付着している。
「ご覧の通りだ。とりあえず肩を貸してくれ。全身が鉛みたいに重くて立てねぇ」
「……一体何があったんだい?それにさっきの女子は……君の友人かい?」
「ここまでボコボコにされるって、どんなに怒らせたんだよ。んなわけないだろうが」
「そうだろうね。ちょっと待ってくれたまえ」
 後でいくらでも聞くつもりでいるからか、佐々木は大して追及せずに俺を起こそうと肩に手を回してくれた。
「……あ、サキ。もうチョイ右に動いてくれ」
「ん?体重をかけづらいかい?」
「いや、かけづらいつーか、見えづらい」
 佐々木はブレザーの制服を着ている。優等生で通っている彼女だが、そのスカートだけは、ポリシーだか信念だか知らないが、異様に短い。
 丸みを帯びたヒップラインと太ももへの流れが非常識なくらいに扇情的である。その健康的な太ももがスカートから伸び、チラチラとチラついている。
 しかも本当に大急ぎで駆けつけてくれたからか、腿は仄かな赤みがさしており、汗ばむ事でフェチ心をくすぐっている。
 それは男の目線を引き込むには十分すぎる。
 はい、正直な話エロ過ぎます。桃と大根のフレッシュネスサラダ一丁お届けにきましたぁ!
「……ここまで傷ついてる君を、これ以上罰する事は僕にはできない。かと言って容認する気もサラサラ無い。だから、何か言う事があるよね?」
「えーと……ありがとう?」
「……本当、何で僕は、この変態猿を助けに来たんだろうか」
 彼女の好感度が著しくマイナスしたが、後悔は無い。
「後悔しろ!もう嫌だ!やっぱり帰る!一人で帰れ!」
 寝転ぶ俺の肩から手を放し、スカートを押さえつけながら睨みつけてくる佐々木の顔には、落胆と激怒が込められている。
「何で俺の考えが読めたんだよ……あ、それとサキ」
 どうやら佐々木は完璧にヘソを曲げたようだ。うんともすんとも言わずにそっぽを向いている。

 

「助けに来てくれてありがとう」

 

 その後、佐々木は一言二言「なんで君はそうやって」とか「ちゃんと言えるなら最初から言え」など呟いてから、肩を貸してくれた。捻くれてるのも生まれつきなんだよ。

 

 

「あんたが男連れて来るのは初めてじゃないけど、そこまでボロボロのボ ロ雑巾みたいな子を連れて来るのは初めてね。なんて事してんのよ」
「母さん、そろそろ老眼鏡が必要じゃないの?私にこんな事できるわけないじゃない」
 傷だらけの俺に肩を貸して帰宅した佐々木を出迎えたのは、佐々木の母親だった。
 佐々木は美人だ。俺の出会って来た女の子の中で、文句無しにナンバーワンだ。
 櫛をかける必要の無いと断言できる錦のようにきめ細かい髪。
 瞳は、覗けば吸い込まれそうになる不思議な引力を感じるブラックダイヤモンド。
 化粧っ気が殆ど無い事で、素材の良さを極限まで引き出しているのか、赤ちゃんも憧れるような肌だ。
 ボディラインもメリハリが効いており、完成されているように見えるが、この歳ならもちろん成長もするわけで、三年後にはモデルにだってなれそうなスタイルである。
 さっきから佐々木と密着している俺だが、佐々木のか弱さと言うか、温もりと言うか、女性特有の柔らかさと匂いを全身に浴びている。
 白状するが、役得と思っている。
 そんな彼女を産んだ母親が美人で無いわけがあろうか?いや、無い。できるなら遺伝子の過剰労働を労いたい。
 佐々木をこのまま十年くらい成長させ、そこにお姉さん的な美貌を追加したような容姿だ。
 『十年くらい』と『お姉さん』と言う言葉を使用したが、佐々木の母親である以上、四十を越えている筈だ。
 しかしその歳月を全く感じられない。本当に三十歳前で老化がストップしたのでは?と言う事を当たり前に納得できる。お婆あさんになっても、この容姿で縁側に座り、天寿を全うしそうだ。
「あんたも言うようになったじゃない。ところでそっちの君、何て名前なの?」
「初めまして。西野太陽って言います」
 佐々木の感触を名残惜しく思ったが、さすがに肩を借りたまま挨拶するのは失礼だ。
 佐々木の肩から手を放し、身体が痛いのを我慢して、佐々木母と挨拶を交わした
「西野太陽……なるほど、バカボンね。西から昇ったお日様が~って」
「それ、前にサキ本人に言われました」
 やはり親子だ。容姿だけでなく、発想まで同じとは。しかも名前を聴いた第一声の時にだ。あれは佐々木にフルネーム名乗った時だったからな。
「サキ?あぁ、うちの娘の事ね。サキかぁ……確かあんた中学ん時にササッキーって呼ばれて」
「う、うるさい!そんなことはどうだっていいの!」
 おお、佐々木も母親に弱かったんだな。
「カッカッカッ!そっかそっか、最近娘が明るくなったのは太陽君のおかげね」
 さすが母親。娘の事に関して察しが良過ぎる。まぁ、お互いが助け合った関係だから、ちょっと違うが。
「母さん。私は太陽と部屋にいるから、絶対に入ってこないでね」
「そう、救急箱も持ってきなさいよ」
「わかってるよ」
「それとあんたまだ高校生だからね」
「……わかってるよ?」
「……よし。大丈夫だ」
 佐々木母は佐々木からは見えないように小さくガッツポーズしてから、リビングがあると思われる部屋に入って行った。とても嬉しそうに。
「サキ。お前と同じく面白いお母さんだな」
「愉快なのは認めるけど、僕と母さんはそんなに似てるかい?確かに容姿は瓜二つだと思うが」
「いや、そっくりだよ。中も外も。言動以外全てな」

 


「そこの階段を上がって右手にある部屋が僕の部屋だ」
 佐々木が指で示した先に、他の部屋とは違う雰囲気を醸し出している扉が見えた。
 ドアノブには花柄のカバーが付けられており、それが佐々木の持つ女性の部分を表してるように感じる。
「それじゃぁ失礼しまぁ」
「まっ、待った太陽!」
「何だよサキ。俺はとにかく休みたいんだ。散らかさないから部屋に上げてくれよ」
 あまり表に出してないが、本当はしんどいんだよ。立ってるのも結構辛い。
「実は、今朝少し寝坊をしてね。おそらく部屋の中はヒドく散らかっていると思う」
「座れれば何でも良いよ」
「君が良くても僕が気にするのだ。考えても見たまえ。僕の下着や寝間着が散乱している様を見て、君は気まずくならないかい?」
 まぁ、反応に困るのは間違いないか。
「と言うわけだ太陽。五分で良いから僕に時間をくれ。そこで待っててくれたまえ」
 佐々木は慌てるように部屋に入り、俺は仕方無く壁を背にもたれかかり、佐々木の出迎えを待つ事にした。
 それにしても、意外に佐々木は片づけが苦手だったのか。あいつからドンドン優等生の匂いが薄れて来る気が……ん?
「なぁ、サキ」
「なんだい?」
「今気づいたんだが、片付け中の割には、なんか布とは思えないくらいに重い音が響いてるけど」
 プラスチック製品がぶつかり合うような鈍い音が部屋から漏れている。
「それはきっと下着の金具だね」
「お前のブラジャーは悟空の道着みたく重りがついてるのか?」
「そうなんだよ。動きを制限し、鍛えるためにね」
 ノーブラになった時は通常時の三倍早く動けるからか。何で!?
「少し黙ってくれ。これには精密な作業が肝心なのだ」
「服を片づけるだけだよな!?」
「女性の衣類は繊細なんだ。少し力加減を間違うだけでほつれてしまうのだよ」
「それだと服としての機能に問題が出るだろ。お前の服の主成分はティッシュか」
「例えるなら天女の羽衣だ」
 なんか明らかにしどろもどろなので、これ以上ツッコんで聞いてもまともな返事が返ってこない気がする。仕方ないから怪しいけど追及はやめておこう。
「ふぅ、しかしもっと小型化をして欲しいね。片づけるだけで一苦労だ」
「お前が片づけてるのは本当に服!?」
 ごめん。やっぱ無理だった。
「えーと、あれだ。縮んで欲しいって意味だ」
「ケータイとかパソコンじゃないんだから、衣料品は小型化したらマズイだろ」
 女の露出度が上がったら嬉しいが、男の露出度が上がったら気持ち悪いだけだ。
「いきなりなんだい!?ま、まさか覗いてるわけじゃ無いだろうね!?」
「なんだよ急に。さすがにそこまで礼儀知らずじゃねーよ」
「そ、そうだったね……よし、太陽。もういいよ」
 かかった時間はキッチリと五分だった。

 


 女の子の部屋。俺が生活している部屋と大して面積は変わらないはずだが、雰囲気やムードが違うだけで、こうも受ける印象が違うのが不思議だ。
 しかし俺たちは緊張してドギマギする関係でもないので、とりあえず佐々木が毎日使用しているはずの学習机に背を預けてカーペットの上に腰を下ろした。
「……ん?なぁ、サキ」
「どうかしたかい?」
「お前のベッドの下から、何かのコードが見え」
 そう言い終わる前に、佐々木が足を伸ばして謎のコードを隠した。
「……サキ、ちょっと足をどかしてくれるか?」
「君の趣味は家捜しか?家捜しが許されるのは、ドラゴンクエストの勇者様だけだよ」
「勇者と泥棒は紙一重だよな。じゃあ「しらべる」はしないから、それが何なのか教えてくれ」
「女性の秘密を探るのは、あまり関心しないな」
「まぁ、言いたくないってならいいけどさ。それじゃぁこっちの本棚の二段目「だけ」にミニカーテンで覆い隠してあるのは何でだ?」
「それもノーコメントだ」
「ふーん。でもカーテンの盛り上がりで、何となく察しが付くんだが」
「ああ、きっとそれは妄想だね」
「いや、もうわかったから良いよ。サキ、お前ゲーマーだったんだな」
 これでさっきの鈍い音の正体が判明した。あれは散らかった衣類を片づける音ではなくて、部屋にあるゲームハードを必死に収納する音だった。
「何を言ってるか全く理解できないね。僕がゲーマー?僕が思い浮かぶゲームハードと言えばMSXくらいしか思いつかないよ」
「MSX!?俺は形すら思い浮かばねーよ」
 メタルギアが遊べたんだっけか?
「とにかく。僕はゲームなどを嗜まない。君が見たのはきっと他の家電製品のコードだよ。絶対」
 あくまでも認めないらしい。俺は別に恥ずかしい趣味だとは思わないんだが。
「まぁ良いけどさ」
「そう。良いんだ」
「ところでサキ、実は俺、専用コントローラーって言葉を聞くと、すっごく嬉しくなるんだ」
「ああ。その気持ちはすごく良くわかるよ。僕も格闘ゲームはデフォルトのコントローラーではなく、別売りのジョイスティックの方が勝率は良い……と、学校の友達が言っていたね」
「…………」
「…………」
「さてと。とりあえず傷の手当を手伝ってくれ。サキ」
「つっこまないと言う斬新な技法だね……何?ゲームしちゃいけないのかい?」
「ついに開き直りやがった!」
「ああそうさ!僕は学校と塾以外のほとんどをゲームに勤しむ廃人だよ!ゲームしたって良いだろ別に!」
 佐々木には似合わないいきなり激昂だった。
「まぁ少し落ち着けよ」
「……本当に男はズルいよな。君たちがいくらゲームしても特に何も言われないのに、女の子がゲームしてると「腐女子」と言うレッテルを貼るよね」
 今まで俺と遊ぶ時は、佐々木は中立な意見を心がけていたが、今回は珍しく偏見で物事を語っている。
自宅だから少し自分の「我」を無意識に出しているのかもしれない。
「教室で僕が嗜んでいるゲームの話が聞こえた時、どんなに話に入りたかったか!でも教室のクラスメイトは僕のイメージに「深窓の令嬢」とかわけのわからない物を押しつけてくるし!気軽に「なら今度対戦しよう」
と言いたいけど言えないこのジレンマがわかるか!」
「もっと楽に生きろよ」
 そしてこうやって声を荒げてゲーマーの定義を話す女子高生を深窓の令嬢とは誰も思わない。
「わかったわかった。お前のゲーム欲は、また今度、俺が小出し小出しに発散させてやるから、とりあえず救急箱を」
「よし、わかった。すぐに済ませよう。すぐにだ」
「どんだけゲームしたいんだよ!」

 

 

「完了だ。しかしボロ雑巾とは今の君のことを言うのだろうね」
「ここまでボコボコにされたのは久しぶりだよ。あーぁ、やっぱケンカは嫌いだー」
 腕に巻かれた包帯のズレが無いか確認したり、鼻血を止めるために詰めたティッシュを抜いてみたりしながら、ケガの酷さを改めて実感した。
 橘京子。初対面の時は残念で微妙な美少女だと思ったが、その皮一枚裏には、とんだ暴力を隠していた。俺の嗅覚も鈍ったもんだ。
「それでは聞こうか。まさか君が彼女に襲いかかって返り討ちに遭ったなんて、今すぐ110しなければならないオチはつかないよね?」
 そんなオチはダサ過ぎる。ただでさえ雑魚敵Aとしか映らなかったんだから、これ以上カッコ悪いマネができるか。
「どっから話したもんかな」
「全てだ。ありのままを話したまえ」
 ありのまま……か。又聞きの上に、俺自身良くわかってないってのもあるんだが。
「サキはバックトゥーザフューチャーは好きか?」
「あれは名作だね。エンターティーメントとはまさにあの作品のことを言うね」
「E.T.は?」
「うーん、そう言えば観た事は無かったな。今度TSUTAYAに借りてくるよ」
「マトリックスは?」
「ラストは、もはやドラゴンボールだね。監督が親日家なだけはある」
「それじゃあ」
「太陽。これは何かの伏線なのか?それとも時間稼ぎかい?」
 うーん、両方正解なんだよな。前段階でもあって、先延ばしにもしてる。
 自分が異常な存在だと知った時、佐々木はどんな反応をするか。そしてそれを告げる役も嫌なもんだと思う。
 自分勝手だよな。それでも煩わしい小蝿軍団を払うには、それくらいしか思いつかなかった。
「前振りはこれで最後だ。サキ、お前は涼宮ハルヒって知ってるか?」
 発言した瞬間、佐々木の顔が梅雨空よりも淀んで曇った事を見逃さなかった。
知っているようだが、あまり良い印象を持っていないのか?
「……あぁ、彼女はこの界隈では有名だからね。そう言えば彼女も太陽と同じ北高生徒か」
「つーか同じクラスだし」
「ふむ。それで?彼女がどうかしたのか?」
 そして俺は、かつて灰色の文芸部室で長門有希に聞いた世界の真実と、俺が知り得る全ての情報を佐々木に話した。
 佐々木は最初こそ俺のいつものふざけた与太話だと思って、まともに取り合わなかった。
 しかし話の筋が通っている事と、何より俺が真剣に話していることを認識したのか、最後にはしっかり耳を傾けてくれた。
「……にわかには信じ難い話だね」
「俺だって今だに実感湧いてねーよ」
 本来なら事故って死んでるわけだが。俺が生きてることが証拠だと言っても、証拠は「無くなった」わけだし。
「そして僕には涼宮ハルヒさんと同じ力が備わっている可能性があり、先ほどの彼女が、僕を監視するエージェントか……まるでライトノベルかアニメーションのストーリーみたいだね」
 しかもこれがライトノベルなら、間違いなく佐々木はメインヒロイン枠だ。
 俺は……何枠だろね。ヒーローなんて柄じゃないし、精々、読者視点枠として配置される何も知らない第三者くらいの扱いかな。
「……君は、僕のために傷ついてくれたんだね。損な役ばかりさせてすまない。太陽」
「ダチと遊ぶだけなのに、毎回監視されたくなかったんだよ。しかしまぁ、これで大丈夫だろ。基本、あいつらはお前に認識されたくなかったみたいだしな」
 佐々木が「組織」の存在を知った以上、「組織」は更に距離を開けるはずだ。藪を突いて佐々木の平穏を崩したら元も子も無い。
「しかし、一つ良いかな。太陽」
「どうかしたか?」
「僕がどんな存在かと言うのは理解したし、この世界がライトノベルのような荒唐無稽な世界だと言うことも認めよう。でもね、そんなことはどうだっていい。君は僕が「異常」だと知って接近したのか?」
 佐々木の瞳に力が篭り、それは返答次第では友情をリセットすることも厭わないと語っているようだった。
「……例え、俺が嘘もしくは真実を言っても、それには証明する解は無いよな」
「そんなことは重要じゃない。僕が聞いているのだから、答えてくれ」
「……知らなかった。お前と出会った次の日に、橘が話してきたんだ。それに関しちゃ証拠は無いから、信じてもらうしかないけどさ」
 いくらなんでも出来過ぎた展開だとは思った。
 しかしそれは、それだけ橘京子達が佐々木を真剣にマークしていた証明となる。
 マークをしていた上で、いつでも手が出せるように、ギリギリの距離感を保ちながら着かず離れずいたのだろう。あの対応の早さが物語っている。
 狂ってるとしか思えない。
 佐々木はただの女子高生であり、世界の命運を背負うほど成熟した価値観を持ち合わせているわけがない。
 主役から始まり、舞台上のほぼ全ての人間が少年少女だ。
 勘弁してくれ。俺達は世界なんかより優先すべきことがたくさんある年頃だってのに。

 


……俺のやりたいことってのは何だ?

 


「いや、君は確かに戯言を吐いてふざける事を好む少年だが、君の誠実さは本物だ。このような時は誰にもまして、誠実で実直な性根を見せる。だから信じるよ」
「過大評価だろ」
「ただデレてみただけさ」
「もったいないな。そう言う所は俺じゃなくて好きな男にでも見せろよ。一発で落ちてくれるぜ?」
 俺じゃなかったら、間違いなく情欲に身体を焦がして押し倒すくらいはしただろうに。
「……そんなことないさ。いや、そんなことにはならなかったと言った方が正しいか。……ハハハ。本当にあいつは。たまに同性愛者かと疑ってしまうくらいに鈍感で、一流のフラグクラッシャーだったよ」
 佐々木の発言に一瞬だけ心臓が跳ね上がったが、佐々木も恋する普通の女の子。片思いくらいするか。
「そいつバカだなー。サキに好かれて気づかないなんて、もったいねー」
「太陽、君もそう思ってくれるか。うん、本当にバカみたいに良い人だったよ。彼は」
「へぇ。ちなみになんて奴だ?」
「僕の中学時代の同級生さ」
 そう言って佐々木は何の感慨もない様子で、彼のフルネームを告げたそれはとても平凡で、しかしどことなく高貴なイメージを受ける独特な名前だった。
 つーかどっかで聞いたことある名前だが、何だっけか?すっげぇ身近に居る気がするんだが、全然思い出せない。橘京子に殴られ過ぎたか?
「やはり同じ高校でも全員は把握してないのか……しかし、あいつは涼宮ハルヒさんのすぐ側に居るから……」
 涼宮ハルヒの側にいる?あいつの側にいる男っつったら、古泉一樹と……
「……キョン?」
「やはり知っていたか!そうだよ!キョンだよ!あぁ、すまない。柄にもなくエキサイトしてしまったね」
 お前のテンションは極々極地的に上がるから、今更驚くことじゃないが。
「まさかキョンだったとはな。そっちの方が驚いたわ」
 出来過ぎている。まるで誰かの掌で踊らされている気さえする。釈迦の掌で踊らされる孫悟空も、こんな気分だったかもな。
「キョンは、キョンは元気にしているかい?」
 まぁ、涼宮ハルヒと一緒に行動してれば、嫌でも元気になるだろう。
 しかし、それを佐々木に告げても良いのか?
 佐々木はキョンが好きみたいだが、キョンの気持ちは、恐らく涼宮ハルヒに傾きつつある。あの稀代のツンデレ野郎が。
 同じ部活で行動を伴にしているくらいなら良いが、そう言った事情が見え隠れしている以上、佐々木には少し酷な話になりやしないだろうか?
「……なら、いっその事、今度キョン誘ってどっか遊びに行くか?」
「えぇっ!?そ、それは良いよ!うん、嫌だ!会いたくない!」
 キョンが聞いたらどう思うか分からない言葉を平然と叫びやがった。ちょっと待て。お前キョンが好きじゃないのか?
「好きとか嫌いとかじゃなくて……だって、だって、会い辛いじゃないか」
「そう言うもんか?俺と遊ぶ時みたく、「やぁ、待ってたよ」くらいで良いじゃねーか」

「一緒にしないでくれ!」

 酷っ。当然ながら酷っ。折れない心は折れないだけであって、傷はつくんだぞ?
「だってさぁ、もしもキョンが僕を忘れていたらと思うと……実際、年賀状だって来なかったし……」
 佐々木のツヤのある前髪が俯くことで目を隠し、その表情は窺い知れない。
 しかし、表情が予想できないから余計に想像を掻き立たせる。
 そんな佐々木が床に小さく「のの字」を書き続ける様は、不謹慎ながら可愛いと思ってしまった。
 何とか助けてやりたい。
 まぁ、涼宮ハルヒのこともあるし、どっちかに傾倒はしたくないが、対等な勝負くらいにはしてやるべきかもな。
 言うならば、二人だけで会わせるとかな。それ以上は責任持たんけどさ。
「なら仕方ないか。よし、サキ。今のは忘れてくれ」
「えぇっ!?ちょ、ちょっと待ちたまえ、太陽」
「なんか面倒になってきたんだよなー。あぁ、もうこんな時間だ。早く帰らないとママが心配する」
「君には似つかわしくない呼称だね!……こう、もうちょっと強く押してくれないのかい?あと一押ししてくれれば、君の提案に乗らないことは無いのだが……」
 チラチラチラチラと、わざとらしく俺の返事を待っている佐々木なのだが、つまり自分からガメつくようになりたくないみたいだ。あくまで俺の世話焼きで、仕方なく乗って上げた形にしたいのか。
「サキ」
「やれやれ、君がそこまで言うなら仕方ないね」
「結婚してください」
 なんだこの可愛い女の子は!やっべぇ!これが萌えと言うものか!佐々木さんマジ半端なく可愛いっす!
「断る!」
「なら同じ墓に入ってください!」
「君だけ入れ!僕は生きる!」
「毎日俺のワイシャツを洗ってください!」
「クリーニング屋でアルバイトを始めたら考えよう」
「ここに婚姻届がありますから!」
「なんで持ってるの!?さてはいつかボケるつもりで準備していたな!」
「お前が結婚してくれなければ、殺して俺だけ生きる!」
「それ君得なだけだよね!?」
「浮気は多分しない!」
「そこは断言しろ!」
「なら絶対する!」
「そっちに断言して受諾する女性がいるわけないだろ!」
「一生の思い出としてスカイダイビング婚にしよう!」
「ただの悪ふざけ!」
「ならスキューバダイビング婚も可!」
「可!じゃない!なんでダイビング縛り!?」
「ならダイビング以外に何があるんだよ!」
「まずはダイビングから離れろ!」
「ならパソコンで文字を打ちながら結婚しよう!」
「活字でしかわからないボケをするな!タイピングしながらって!仕事からも離れろ!」
「なら養ってください!」
「専業主夫!?現代的!」
「家事はゴミ出しすらしません!」
「ただのヒモ!」
「これからもバカやろうぜ。サキ」
「ああ。君となら悪くない」

 

 俺達は恋人じゃない。

 

 家族でもない。

 

 兄妹でもない。

 

 それでも、彼女がいない世界は考えられない。

 

 

 

 それから一時間弱ほど佐々木の家で遊んだ(格ゲー対決。俺のボロ負けだった)。帰り際、佐々木母の夕飯の誘いがあったのだが、丁重に断り、乗り捨てた原チャリの場所まで戻ってから、そいつで帰宅した。
 帰宅した瞬間、母親には驚かれ、怒られ、居候中の藤原には心配をかけてしまい、これからしばらくは暴力は控えようと思った。
 翌日、痛い身体を引きずって学校に行った俺は、昼休みに学食で涼宮ハルヒと昼飯を食べてから、教室に戻り、キョンに声をかけた。
「よお、キョン。ちょっと良いか?」
 キョンは谷口と国木田と談笑をしており、俺が声をかけた瞬間、怪訝そうに顔をしかめた。
「西野か。どうした?」
「ちょっとお前に話があるんだ。少し付き合ってくれ」
「カツアゲなら勘弁してくれ!毎週毎週不思議探索で散財してるってのに!」
「あぁん?いいからサイフ出せよ……って!いい加減俺の認識を改めてくれ!」
 思わず乗っちまったじゃないか!
「大体、こんな衆人環視の中で恐喝なんかするか」
「……それは人目につかなかったら出来たってことか」
「言っとくが、俺はカツアゲなんてした事ないからな」
「……マジで?」
「驚かれたことに驚くわ!」
 KOした相手からサイフ奪ってはいたけど。とは言わないでおいた。いや、やってたのは売られたケンカだけだったからな。それと、基本的に俺はケンカを買うことはあっても、売る事しなかったぞ。
「別に拳で語り合うことなんかねぇよ。ただ、少しお前に用事があるだけだからさ」
「やれやれ。まぁハルヒみたく問答無用で連行するよりはマシか。すまんな谷口国木田。ちょっと言ってくるよ」
 谷口と国木田は渋々ながら承諾し、俺はキョンを連れて、使われなくなった美術用具や壊れた机が置かれている階段室に向かった。

 

 

 カツアゲしているみたいだ。
 場所が場所だけに、これは誤解されとも仕方無ぇよな。本気にされる前に、とっとと用事を済ますか。
「なぁキョン。お前、今週の日曜暇か?」
「なんだよ急に」
「こう聞かれたら、普通は一緒に遊びに行くと察しがつくだろ」
 今週の日曜日、それはバレンタインデーだ。
 俺が考えた佐々木とキョンの再開作戦はこうだ。
 当日、俺がキョンをどこか適当に遊びに連れ出し、そこで佐々木に会わせる。それだけ。短絡的すぎ!
 だが、当日はバレンタインデーだ。そう言うイベント事の日に、下手な小細工をしても無駄に手間を取るだけである。
 だから作戦なんて呼べるほど策を練らず、一番大切な部分である佐々木とキョンの再開にだけ重点を置くべきだ。
 佐々木には「当日のために本気でチョコを作っとけよ」とだけ伝えており、俺自身も他には遊ぶ場所をどこにするかぐらいしか考えてない。
「うーん、こう言うのも悪いが、俺とお前、そこまで仲良かったか?」
 そう来るよね。接点なんて去年の十二月に同時期に入院したってくらいだしな。実際、メチャクチャ絡み合ってるわけだが。正直、「戦友」レベルの関係である。
 ここで嘘を八億ほど並べて、騙して連れ出すなんて事もできるかもしれんが、それが佐々木へのマイナス評価に繋がったら元も子も無いし、理由を考えるのも面倒だ。
「俺もそう思うんだが、実は最近、お前の中学の奴と仲良くなってさ。だからそいつと一緒に遊びに行かないかと思ってね」
 だったら嘘は吐かない。だけど本当の事も話さない。ちなみにこれは詐欺師の常套手段らしい。
「何とか時間は作れないか?いや、そいつも忙しい奴で、その日逃したら、しばらくは会えそうに無いんだ」
 ちなみに俺は佐々木と週三で電話し、週一のペースで遊んでいる。つまり大嘘である。
「……やれやれ、わかった。何時までとかは前日くらいにならないとわからないが、何とか時間は作ってみるよ」
「うぉっしっ!ありがとうキョン!」
 これで後は佐々木の頑張り次第だ。
「ところでなんて言う奴だ?」
「あー、それは禁則だ」
「お前までそれを使うかー!流行ってんのそれ!?」
「北高敷地内限定で、極々極地的ながら流行語大賞にノミネートされてます。ちなみに他のは「やれやれ」と「めがっさにょろにょろ」だ」
「全部俺達関係かよ!」
「SOS団は流行の最先端を行ってるみたいだな」
「ハルヒが聞いたら喜びそうだな。それじゃあ西野。用件は済んだみたいだし、教室に戻るわ」
「おお。手間取らせてすまんな」
 キョンはいつものテンションに戻り、階段を降りて行った。
 今日は月曜日だから、後六日あるのか。よしよし、冷やかしがてら、報告の電話を佐々木にかけてやるか。

 


第四章に続く


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