「で、何なのよ話って」
 俺達、というか俺とハルヒと古泉の三人は、駅近くのファミレスまで来ていた。いつもの喫茶店はとっくに閉店時間を過ぎている。
 コーヒーが三つ並んでいるテーブルの向こう側に座るのは微妙な笑顔を浮かべる古泉と、腕を組んで俺をねめつけるハルヒ。これまたあの冬を思い出す構図だ。
 とにかく、言わなくては。これは賭けだ。朝倉が提示してくれたチャンスを、逃すわけにはいかない。意を決して俺は口を開いた。
「ハルヒ………俺は、ジョン・スミスだ」
 それきり流れる沈黙。ハルヒは不機嫌顔のまま動かない。
「……何それ。冗談のつもりで言ってんの? あたしにはあんたは立派な日本人にしか見えないけど。それとも日系? 学校で名乗ってるのは偽名なわけ?」
 憮然としてそう聞いてくる。
「……四年前の七夕。お前は落書きしなかったか? 中学校の校庭に、でかでかとけったいな絵文字を」
「そんなことしてないわ。確かに、あたしは中学のときに宇宙人に会おうと色々試したわよ。机をだして教室を空にしてみたり、屋上に星のマークをペンキで大きく描いてみたり。お札を作って貼ってみたこともあったわ。それぐらいあんたもあたしと同じ中学の奴から聞いてるでしょ?
 でも校庭に落書きなんてしてない。第一、中学生のあたし一人でそんなこと出来るわけないわ」
 それを聞いて俺は固まった。
 ……なんてこった。ここまで改変の影響が及んでいるとは思わなかった。こいつはジョン・スミスを知らない。それはつまり、ハルヒにここは改変された世界だと証明できないということだ。
 だが絶望するにはまだ早い。確かにハルヒに改変への決定的な確信を与えることは出来ないだろう。だが俺はやれることは全てやろうと決めたんだ。ここで引き下がるわけにはいかない。
「ならハルヒ、確かSOS団は『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』の略、だったよな」
「そうだけど……古泉くん、もしかしてこいつに教えた?」
「いえ、記憶に無いですが……もしかしたら長門さんか朝比奈さんが教えたのかもしれません」
 古泉が即座に答える。なんだかハルヒの秘書みたいだな。
「……で、それがなんなのよ」
「その言葉は、お前が考えたものじゃ無かったはずだ。誰かに言われた言葉……じゃないのか?」
 ハルヒは俺に送り続けていた険しい視線を外すと、眉をひそめた。
「うーん……? 確かに誰かに言われたような……でも…違うわ。確か転校してきた古泉くんをみんなに紹介したときに何となく思いついたのよ。後付けだけど」
 やはりこれぐらいじゃ駄目か。だがまだ手が無い訳じゃないんだ。
「じゃあこれはどうだ。お前は入学してきて一ヵ月ぐらいの間、いろんな部活に仮入部しまくってたよな」
「そんなこと、誰でも知ってることじゃない」
「お前は言ってたよな。面白い部活が全然ないって。普通な部活ばっかりで、変なクラブなんて一つも無い、ってな」
「だからなによ」
 ハルヒはイラつきを隠そうともせずに再び俺を睨みつけた。
「そこで設立したのがSOS団。だがそれを思いつくのにきっかけがあったはずだ。多分お前は覚えていないだろうが」
 ハルヒが再び考え込んだ。
「……そうだわ。あたし、なんにも面白い部活が無くって、北高に入ったのを後悔して……そこで、SOS団を………あー何よもう! たった一年前の出来事のはずなのに頭がもやもやするわ」
 やっぱり。
 この改変は、四年前というえらい過去まで影響を及ぼしているはずなのに、色々と甘い。"設定"と記憶を書き変えただけの、いい加減な改変としか言いようがない。この違和感。ずっと前にも感じたことがある。
 ハルヒの瞳が真剣な色に変わった。
「……前から思ってたんだけど、あんた、時々変なこと言ってたわよね。あたしのことを前から知ってるみたいに言ったり。……いい加減、その真意を教えてくれないかしら」
 ハルヒがニヤリと笑った。まるで、とんでもなく面倒くさいことを思いついた時みたいに。


 それから俺はハルヒに入学からこれまであったほぼ全てを語った。流石に二度目ともなれば俺の説明も随分要領を得たもんだ。といってもあの冬から半年以上たって、これまでに未来人からの謎の指令をこなしたり敵対組織が現れたりと色々あったわけで、俺が全て話し終える頃にはまだ制服姿でいる目の前の二人を訝しげに見るサラリーマンやらカップルやらが多くなっていた。
「……で、今あんたは誰かに変えられた世界を元に戻すために走り回ってるわけ?」
「ああ、そうなるな」
 ふーん、と空になったコーヒーカップの中身を覗くハルヒ。
「有希が宇宙人で、みくるちゃんが未来人、古泉くんが超能力者、かあ……」
 そしてお前が、自由に環境情報を操作できる、機関で言うところの神に近い存在、というのは流石にぼかさせてもらったが。
「なんだか、あたしの空想をそのまま現実にしたような世界ね。その世界を取り戻すために、うちの団員に妙な質問をしたり何度も教室を飛び出したりしてたってことなの?」
「そうだ。色々と迷惑かけてすまなかったな」
 ハルヒは考え込むようにカップの底を睨みつけると、
「うん、でも、繋がったわ。今まであんたが見せた変な態度。全部意味があったのね。納得いったわ」
「……信じてくれるのか?」
 この世界にはジョン・スミスがいない。決定打の欠ける説明には違いなかった。
「まあ、確かに信じられないっていう思いの方が強いけど……でも」
 ハルヒは顔を輝かせて、
「そっちのほうが断然面白いに決まってるじゃないの!」
 と、大輪の花を咲かすような笑顔を見せてくれた。ああ、やっぱりな。
 お前ならそう言ってくれると思ってたよ。


「となればまずはあんたの言う元の世界に戻るための手掛かり探しね! ちょうどいいわ。明日は不思議探索の日だし、キョン。あんたも来なさい」
 一応聞いておこう。どこにだ?
「駅前よ! 明日の朝九時、北口駅前に集合ね。言っとくけど、ただそこら辺をぶらぶらするだけのお遊びのつもりで集まってるんじゃないんだから。遅れたら承知しないわよ」
 なんと驚きだ。今までの不思議探索はただそこら辺をぶらぶらするだけのお遊びじゃなかったのか。
「じゃああたしは帰るから! じゃあね!」
 そう言ってハルヒは台風のようにその場から去って行った。残されたのは俺とゆるゆると手を振るニヤケ面。


「よく、あそこまでの話が作れましたね。こんなところにいるより、小説家でも志した方がよろしいんじゃないんですか?」
 今までずっと黙って俺とハルヒの様子を眺めていただけの古泉がようやく口を開いたのは、会計を済ませて店の外へ出てからだった。ちなみに俺はちゃんと自分のコーヒー代は支払ったぞ。ハルヒの分は当然のごとく古泉持ちだったが。
「嘘なんかじゃないさ。まさか信じてもらえるとも思わなかったが」
「あそこまで自分の体を使って伏線を張りまわっていれば、信じたくもなるでしょう。それに、涼宮さんはずっとそんな不思議な出来事を望んでいましたから」
 古泉は表情だけは笑みを形作っている。ああ、確かに俺が取り乱しまくっていたこともあるだろうな。思わぬところで事がうまく運んだみたいだ。
「それにですね、僕にはあなたが涼宮さんの考えていることを聞き出し、それに合わせて話を創作したようにしか思えないんですよ。あまりにも、あなたの話は涼宮さんにとって理想を体現しすぎている。
 そこまでしてSOS団に入ろうとする理由をお聞かせ願いたいものです」
 古泉の目は何処までも厳しいものだった。確かに俺の話を創作だと疑う気持ちも分かるが、いくらなんでも酷すぎないか? 昨日のアホみたいなことを質問されてもとりあえずニコニコしながら丁寧に答えてくれていた古泉は何処へ行ったんだ。
「とにかく、今度の不思議探索が終わったら涼宮さんに近づかないでください。いいですね」
「……ああ、分かった」
 古泉が背を向ける。
「お前、嫉妬してるんだろ」
 足が止まった。振り返る動作が無駄に絵になっていていちいち癪に障る野郎だ。
「……ええ、そうですよ。僕は嫉妬しているんです。涼宮さんと同じクラスとは言え、いきなり僕達の目の前に現れて涼宮さんをそそのかしているあなたにね。目的は何なんですか?」
 いかがわしいとはなんて言い草だ。俺は別にやましい理由があってハルヒにこの話をしたわけじゃない……とは思ったが、俺が驚いたのはそこじゃなかった。
 まさかお前、本当に俺に嫉妬してんのか? 正直冗談のつもりだったんだが。
「……なんでそんなにニヤけているんですか」
 古泉が顔をしかめる。ああ、この改変世界に来てから意外な奴の意外な表情を何度も見る機会があったが、その豊富さではお前が一等賞だぞ古泉。
 まさかそこまでお前が感情をあらわにすることがあるとは思わなくてな。普段から笑ってばかりで、長門の無表情をそのまま笑顔にしたようないまいち何を思ってんのか読めない奴だとは思っていたんだが、やっぱりお前も俺や長門と同じくハルヒとの出会いで変わっていたというわけだな。まさかここまでとは思わなかったが。常に感情を隠すこともしないハルヒに知らぬ間に毒されたのか?
 しかしそれと同時に、その感情が誰かによって作り出されたものだというのが複雑でもあった。
「何でもねえよ。ハルヒには手出しするつもりはないし出したくもないさ。それより、明日の不思議探索。よろしく頼むな」
 そんな俺の表情をどう思ったのか古泉は訝しげに俺を見遣ると、
「……分かりました。それでは、おやすみなさい」
 そう言って駅の中に吸い込まれていった。
 やれやれ、これでとりあえずやれることは全部やったつもりだ。これで駄目だったら……まあ、その時考えればいいさ。悪い方向へと考えても仕方ない。
 その場で一つ溜め息をついて、俺はそこを後にした。
 家に着いた後、こんな時間までどこに行ってたのかと親にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。





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