【別にいいわよ、時間には間に合ってるんだし】

 

【……沢山教えて、色んな事を】の続きです。

 

 

 

温泉旅行から帰宅して、あたしは日記をつけるや否やベッドに倒れこんだ。すっごく充実した心地良い疲れ。即座に夢の世界へと直行したわ。

次の日の朝。すっごく快適な目覚め。あたしは何時もよりもかなり早く起きたの。温泉饅頭を部室の冷蔵庫に仕舞おうと思ったから。うん、体調もバッチリ気分も爽快。温泉旅行&御主人様々ね!!

手早く準備を済まし、御主人様が御呪いを掛けてくれたネックレスを身に付け、元気よく玄関を飛び出す。きちんと皆に謝ろうと考えながら。うん、勿論、キョンにもね。じゃないと団長として失格だもん。

と、その勢いが門扉の手前で止まった。見慣れたシャギーカットの女の子が静かに佇んでいたから。

「有希っ!? ど、どうしてこんな所に?」

「迎えに来た」

「……迎えにって? あたしを? どうして?」

沢山の疑問符が頭の中を飛び回る。そんなあたしの疑問を全て無視して、有希は淡々と喋るの。

「全て無事に終了。何も心配しなくていい」

「無事に終了? 何が? ……御免、有希の言ってる事ちょっと判らないわ」

あたしの疑問に答える事無く、有希は大きく頷いたの。この子にしては珍しい位大きくはっきりと。「いつも通り」と呟き、そしてあたしをジッと見つめる普段通りの落ち着いた黒い瞳。

「……うん、判ったわ。有希がそう言うなら安心ね」

と訳も判らず、でも、安心してるあたし。何となくだけど、大丈夫だって気がしてきたわ。

「あ、そうだ!! 週末……御免ね、色々心配かけたでしょ?」

これまたコクリと頷く有希。あたしは少し照れ臭くなり、めちゃくちゃ早口で、

「でね、お詫びの品って言ったら変なんだけど、おみあげ買ってきたから、部室で食べましょ?」

と言って紙袋を持ち上げた。一瞬だけど確かに有希の瞳が輝いた。うん、興味を持ってくれたみたい。

「何?」

「ふふっ、それは部室に着いてからのお楽しみ!! だから早く行きましょ!!」

 

一方的にあたしが話し、有希が短く返答する今までと何ら変わらない会話パターン。長い坂を上りながら、有希に語りかける。

「……と言う訳で、温泉に行って気分転換してきたって訳なの」

「そう」

「うん……御免ね、心配させちゃって。ホントに団長失格だわ」

「団長は貴方にしか出来ない事。自信を持つべき」

「ふふっ、有希は優しいわね」

あらっ、有希に励まされるなんて、朝から縁起がいいわね!! それに、有希の変わらない態度にも安心しちゃった。

誰も居ない校内を抜けて部室へ。なんだか、久しぶりな気がするわ。時計を見ると始業まで1時間近くある。こんな時間に部室にいるのって文化祭以来かも。当然の様に有希が窓際の席に腰掛る。変わらない風景に思わず笑みが零れた。

「やっぱり有希が部室で読書をしてると、落ち着くわね」

有希が小さく頷いて読書を開始し、そして、あたしが鞄と紙袋を団長机に置くのと同時に、扉がバンッと大きな音を立てて開く。こんな時間に誰かしらと伺うと、何とみくるちゃんだった。

「あ、みくるちゃん!! おは……よ……う?」

珍しく荒っぽいご登場ね、って思いつつ挨拶しようとしたあたしに向かって、みくるちゃんは見た事も無い位キツイ表情を浮かべ、突進してくる。柳眉を逆立てるって今のみくるちゃんのためにある言葉じゃないかしら? えっと、本気で怖いんですけど……。  

そして、戸惑い怯えるあたしの目の前で急停止。声を掛け様とした矢先、ペチとあたしは叩かれた。みくるちゃんに。右頬を。唖然としてみくるちゃんを見返すと、目に涙を一杯溜めて、

「涼宮さん!! どうして連絡してくれなかったんですか!? すっごくすっごく心配したんですからぁ……何かあったらどうしようかと!!」

あたしに縋りついて幼子の如く泣き出してしまったみくるちゃん。小さな声であたしの名前を幾度も呟いている。

「御免ね」「心配かけちゃったね」って何とか落ち着かせて椅子に座らせていると、今度は古泉君が駆け込んで来た。こちらも大きな音を立てて扉が開かれたわ。

あ、有希は当然、平然と窓際で読書。ホント、この子は変わらないわ。因みに有希が全員に連絡をしたらしい。何時の間に?って思ったけど、有希なら有り得るわねって納得。

あたしは、これまた心底安心したって安堵の見本例みたいな笑みを浮かべて入り口に佇む古泉君に声を掛けた。

「あ、お早う、古泉君。御免ね、心配かけたみたいで」

「……いえ、本当にご無事で安心しました。もし涼宮さんに万が一の事があれば、副団長として申し開きが出来ないところでしたので。ですが、出来ましたら、何処で何をされていたかは教えて頂きたいものです」

古泉君が片脚を引きずりながら、パイプ椅子に座る。ちょっと辛そう……。

「ん? 古泉君、脚どうしたの? 何か怪我?」

「あぁ、御見苦しい所をお見せしました。バイト先で少々無茶をしまして。いえ、軽い捻挫ですのでご心配には及びません」

何故か、凄く古泉君に悪い事をしてる気がして、あたしは「御免、無理しないでね」って優しく声を掛けていた。古泉君はびっくりしたらしい。暫く絶句してから「ありがとうございます」って頭を下げてきたの。何故か嬉しそう。

うーん、気のせいかもしれないけど、多分、謝らなきゃいけないのはあたしだと思うんだけど……。

古泉君に対し更に言葉を重ねようとして、皆があたしを見ている事に気が付いた。その視線の意味に思い当たり、あの日、勢いに任せて泊まりで温泉に行ってしまった事、連絡しようにも携帯が壊れてしまっていた事を大まかに説明。あんまり細かく言うとボロが出ちゃうからね。

「そこで思いっきり発散してきたから大丈夫よ」

と満面の笑みを浮かべ宣言する。

みくるちゃんは「携帯、壊れちゃったんですかぁ。だから連絡できなかったんですね」って頷いてるし、古泉君も「成る程、旅行ですか……それで……」って妙に納得してる。

聞けば、あの大雨の中、皆であたしを探して街中駆け回ったらしい。それを聞いてホントに申し訳なく感じて、あたしがもう一言何か言おうとしたその時、「ハルヒ!!」って大声で人の名前を叫びながら、キョンが息を切らして飛び込んできた。またまた扉はドカンと大きな音をたてる。

「あんた、ドアを開ける時は静かにって教わらなかったのかしら?」

「そっくり、その、言葉は、お前に、返す……じゃなくて、ハルヒッ!! 無事かっ!? 大丈夫かっ!? 怪我はないかっ!? それにっ……」

「……少し落ち着きなさい。その目は節穴なの? ちゃんと2本足は付いてるし、怪我なんてしてないし、別に変わった事は……まぁ、うん、ないわ」

って呆れ顔で呟いたあたしの言葉を遮り、キョンは土下座せんばかりの勢いで謝罪しだした。

「すまん!! あの時の俺はどうかしていた。女の子を叩くなんざ何て最低な事をしでかしたのか、自分でも理解できん。全く弁明の余地は無い。

罰金でも罰ゲームでも私刑でも何でもいい、全部甘んじて受けるつもりだ。ホントにすまん!!」

その台詞を無言で聞きその表情を眺め、金曜日の別れ方から、酷く気まずい雰囲気になる事を覚悟していたあたしは戸惑っていた。

気のせいか何時ものキョンに戻ってるって気がするんだけど? あの突き放した様な拒絶する様な心の壁の存在を感じないわ。この週末、あたしにも転機があったように、キョンにも何かあったのかしら? どこからどう見ても何時ものキョンよね。

あたしがマジマジとその顔を眺めていると、キョンに両肩を掴まれた。瞳を覗き込まれる。

……ちょ、ちょっと、か、顔が近いわよ!! バカキョン!!

慌てて顔を背けるあたしに対し、力を込めて肩を握るキョン。前後に揺すられるあたし。

「ホントにすまなかった!! お前の消息が掴めないって古泉から聞かされた時、マジで焦った。一気に夢から醒める感じがした。俺は何をやってるんだって、もう色々と……」

目の前でキョンが辛くて泣き出しそうな顔をしてるの。あたしの心がキュンとときめく。鼓動も早まり、忘れていた忘れようとしていた情動がムクムクと頭を擡げようとしたその時……。

唐突に、チェーンネックレスがその存在感をアピールするが如く、チャリリと大きな音をたてたの。まるで「あんたは誰のものなのかしら!?」って叱責されたみたい。脳裏に御主人様の笑顔が浮かび、奴隷の文字が踊る。一気に頭が冷えた。

さり気無く、その手から身体を開放し距離を取る。序に団長席に腰掛け大きく深呼吸。そして、怪訝そうなキョンの顔へと、何時もの様にズビシと指を付きつけた。

「わ、判ればいいのよ……まぁ、あたしも、ホンの少しだけ酷い事を言っちゃったかなって思わなくも無い事も無いしね……。

ふんっ、許してあげるわ。でも、これからはもっと団長を敬う事!! いいわね!!」

あからさまにホッとしたキョンが、「いや、ホントに済まなかった」と謝罪の言葉と共に、あたしに近づいてくる。

だから、あんたが近寄ってくると……離れた意味が無いじゃない!! バカキョン!!

キョンはあたしの心の呟きを気にも留めず、佐々木さんの事で弁明を続けている。何でも彼女とは別に恋愛感情がある訳ではなく頼れる親友だって。因みに中学時代も付き合っていた訳ではないって豪く力説されたの。何だか凄く必死……。

で、ここ暫く、悩みのあった佐々木さんの相談に乗っていたけど、それも無事片がついたから、またSOS団の活動に専念できるって。その悩みに関しては言葉を濁されたけど……。

「まぁ、ハルヒだけじゃなく、長門や朝比奈さんにも、序に古泉にも迷惑掛けっぱなしだったがな」

「これは手厳しい。僕は序……ですか?」

「あぁ。お前は序だ」

「ふーん、何だか大変だったのね……だったら、何であたしに相談してくれなかったのよ?」

「……あー、それはだな……そう、あんまり、団長に頼ってばかりじゃ、うん、俺も成長しないだろ? 

そうそう、もし、俺の手に余るようなら、最後の手段としてハルヒに頼ろうと思ってたんだ」

「……中々殊勝な考え方じゃない」

って口では呟きつつも、あたしは内心呆れていた。……どうして、男の人って判りやすい嘘をつくのかしら? キョン、あんたは嘘をつく時、一瞬目が右に流れるし、唇は舐めるし、少し早口になるの。判ってないんでしょうけど……。まぁ、あたしに話したくない事なんだろうから、黙って聞いてあげるけどさ。

「まぁ、それは置いておくとして。……で、ハルヒは、その、この週末は、一体?」

って、強引に話題転換を図るキョン。あたしもそれにさり気無く乗ってあげるわ。キョンからすれば、当然の疑問だろうしね。

あたしは、さっきと全く同じ説明を繰り返した。一字一句同じ文言で。その説明が終わるや否や、幾分呆れ顔でキョンが血相を変えて叫んだ。

「温泉!? 一人旅だと!? そんな危ない事を? 万が一何かあったらどうするつもりだ!? ってそれをさせたのは俺か……済まん、ホントに済まん」

「もう、いいわよ。あんたが反省してるのは十分伝わったから。許してあげ無い事も無くは無いんだから」

「ホントに済まん」

「だから、いいって……うん、反省してるんだったら、今までの10倍は団活に精を出しなさい。これは団長命令なんだからね!!」

「あぁ、努力するよ」

よぉし、これで何時もの様に団活が出来るわ!! 全員揃っての団活が!! 何時もの様に!!

湧き上がる嬉しさを内心感じながら、あたしは無意識にネックレスを弄っていた。チャリチャリと言う金属音があたしには心地良い。

「涼宮さん……銀のネックレスですかぁ? それ、旅行先で?」

あたしとキョンの会話を微笑ましそうに聞いていたみくるちゃんが、興味深げに尋ねてきた。

「えっ、あ……うん。おみあげ屋でみつけてさ、気に入って衝動買いしたの」

興味津々のみくるちゃんに、首から外したネックレスを見せびらかしていると、何時の間にやら有希までもがあたしの手元を見ていた。ってあなた、気配も感じさせずに何時の間に来たのよ? 

「あら? 有希もアクセサリーに興味あるの? そうよね、女の子だもんね!!」

有希はあたしを見て微かに頷き、そしてゆっくりとキョンへと顔を向けた。

「なんだ、長門もそう言うのに興味があるのか?」

そんなキョンの戸惑いがちな問い掛けに、小さく頷いた有希。

「精査したい事がある。許可を」

「ん? そうか……。すまんが、ハルヒ。長門にネックレスを見せて遣ってくれないか?」

なんで態々キョンに断わりを入れるのかしら?と素朴な疑問を感じつつ、ネックレスを渡す。それを無言でジッと見つめる有希。

「有希? 豪く真剣なんだけど……えっと、何か気になるのかしら?」

「そう」

有希は小さく呟き、ゆっくりと中空に視線を泳がせ、そして小首を傾げた。土曜日にも見せた仕草。見えない誰かと会話を交わしてる感じのアレだ。気のせいか古泉君やキョン、みくるちゃんまでも緊張してるわ。部屋の空気が重い……。

有希はネックレスを見つめながら小さく何かを呟いていた。ホントに真剣……。みくるちゃんがその雰囲気に耐えられなくなったのか真っ青な顔をして震えてる。あたしも我慢できなくなって口を開こうとしたその瞬間、有希がネックレスを静かにあたしの手に乗せたの。何故か少し悲しそうだ……。

「え? もういいの、有希?」

「……そう」

「えっと、気になる事でもあった?」

有希は小首を傾げ、キョン、そしてあたしを見てから、小さく首を振り何事も無かった様に窓際に移動。本を取り上げた。再び、視線を本に落とし読書へと復帰する。

その有希らしい行動にホッとするあたし。でも、この重い空気を消さなきゃ!! だから、元気一杯腰に手を当て宣言するの。

「ホント、御免ね、心配かけちゃって。あたしはもう大丈夫だから!!」

「安心しました。やはり団長たる涼宮さんあってのSOS団ですからね」

「ありがと、古泉君!! でね、その御詫びって訳じゃないんだけど……温泉饅頭買ってきたから、食べましょ!!」

「お饅頭ですかぁ? あ、今、お茶を入れますねぇ」

みくるちゃんが条件反射の様にイソイソとお茶の用意を始めた。有希も何時の間にやらチョコンとキョンの横に腰掛け、じっと温泉饅頭の入った紙袋を見つめているわ。

その後、あたしの買って来た温泉饅頭をお茶請けにみくるちゃん特製の日本茶を頂く。思った通り、良い雰囲気になってきた。

皆気を遣ってくれてるのかあんまり週末の事を話題にはしない。あぁ、例外は古泉君。興味があるのか「何処の温泉に行ったのか」としきりと尋ねてきたの。正直に言うわけにもいかず、

「いい、古泉君? 女の子には秘密が沢山あるモノなの。……それを聞き出そうとするなんて、らしくないわよ」

ってウィンクしながら誤魔化しちゃった。古泉君は、何か思い当たる事でもあるのか、恐縮しながら、謝ってくれたの。

「それもそうですね。申し訳ありません。少し神経質になっていた様です」

その恐縮ぶりに罪悪感を感じたあたしは、さもこれは名案!!って感じで思い付きを口にした。

「そうだっ、SOS団恒例の慰安旅行、今度は温泉に行きましょう!! どうかしら、古泉君? このアイデア!?」

「流石は涼宮さんです。大変宜しいかと」

「皆はどうかしら?」

と、ホンワカムードの部室を見渡し返答を促す。

「何時から恒例になったんだか知らんが、温泉はいいな。ハルヒにしては珍しく常識的建設的な意見だ」

「ユニーク」

「ふ、ふぇ……お、温泉? え、えっと、確か、お猿さんとかと一緒にお湯に浸かるんですよね? ……それは楽しみですぅ」

と、それぞれから返事が返ってきたわ。皆乗り気で結構な事。でも……。

「……それはいいんだけど、みくるちゃん? 何よお猿さんって?」

「あ、あれ? この時代の温泉って、た、確か、お猿さんや熊さん、鹿さんと一緒にお風呂、入るんですよね? ……ち、違いましたっけ?」

この子は何を言い出すのやら……。年上のみくるちゃんに対してあたしは素でそんな失礼な事を考えてしまったわ。その想いが声に出る。

「……この時代?」

「ああ!! あのな、ハルヒ!! 朝比奈さんの言ってるのは、えっとな、受験の願掛けの事だ!! そう、願掛け!! うん、猿と温泉に入ると希望校に入れるらしいぞ!! ですよね、朝比奈さん!?」

「ふぇ? 願掛け? ……あ、そそそうです願掛け、です。はいそうなんです!!」

何やら、キョンが大騒ぎし、それにつられてみくるちゃんまでもアワアワしている。結構珍しい光景かも。でも、猿と一緒に温泉入ると受験に成功? ホントかしら? ちょっと半信半疑……こういう時は、物知り有希に聞くのが1番ね。

「へぇ、願掛け? ……ホントなの、有希?」

「……そう」

「ふーん、あたしは初めて聞いたんだけど、でも、面白そうね!!……じゃあ、古泉君、猿と温泉がセットになってる場所探しておいて。みくるちゃん断っての希望なんだから!!」

「中々難しい注文ですが……畏まりました。良さそうな所を幾つかピックアップしましょう」

あたし発案の温泉旅行は夏休み突入直後に行く事になった。みくるちゃんもそれなら大丈夫だって話だし。皆が乗り気になってくれたので、あたしはウキウキしていたわ。あ、でも、混浴はダメよ、混浴は。公序良俗に反するからね!!

正直、あたしは安心していた。あんな事があったせいで雰囲気がボロボロになってるんじゃないかと心配だったから。まぁ、原因はあたしにあるんだけどさ……。

和気藹々とお茶を嗜んでいると、みくるちゃんが「そうだ、実はタルトを買ってあるんですよ」と言い出した。確かに温泉饅頭は既に無い……大半は有希のお腹の中。って相変わらず凄い食欲ねぇ。

「日本茶にはどうかなって思うんですけど……」

「いいんじゃない、そんな組み合わせも中々不思議っぽくてさ」

「流石は涼宮さん、その探究心、僕も是非見習いたい所ですね」

「それ、探究心か? ……あぁ、俺は朝比奈さんのお茶があれば問題無しですよ」

「ふーん。じゃあ、あんたはお茶だけね」

「何でそうなる!?」

って好き勝手な事を言い合うこの雰囲気。あぁ、やっぱりSOS団って良いわね。で、みくるちゃんが冷蔵庫から取り出したのはリンゴと蜂蜜のタルト。うん、おいしそう!!

「これ、さっぱりとした甘さがお勧めなんですよ」と解説しながら、みくるちゃんはテキパキとタルトを切り分けてくれたわ。

あたしは、ちょっと皆の反応が気になって手を付けずに見守る事にしたの。古泉君がべた褒めしているのも、有希が無言でパクつくのも、みくるちゃんがそれをニコニコと眺めてるのも何時もの光景。何時もと違うのは……キョンね。さっきからあたしを気にしている。チラチラとこちらを伺ってるのが丸判りなの。

「何よ、キョン? 言いたい事があるなら言いなさいよ。我慢するのは精神に悪いんだからね!!」

「……あぁ、いや、別に他意はないんだがな。何時もの団活だなぁってさ」

って、ソッポを向いてモゴモゴと喋るキョン。やっぱり何時ものキョンだ。ちょっと安心。

「当然でしょ、全員が揃ってるんだし」

「いえ、涼宮さん。彼はですね……やはり、涼宮さんがいないとダメだと言いたいのですよ。それも太陽の様に晴れやかな笑顔のね」

「なっ!? 古泉!! 勝手に決め付けるな!! 俺は一言もそんな事を……」

「おや? 週末のあなたの動揺ぶり、様々な発言をお忘れになったとでも? 是非とも涼宮さんに……」

「ま、待て!! おい、まさか、お前……まだ根に持ってるのか?」

「はて、何の事でしょう? 僕には何の事だか判りかねますが?」

ちょっぴり邪悪な笑みを浮かべつつ、古泉君があたしへと向き直り口を開いた。

「涼宮さん、実はですね……」

「判った!! 古泉、判った、俺が悪かった!!」

古泉君の発言を必死に遮ろうとするキョン。古泉君はあたしをチラリと見た。その視線の意味を瞬時に悟りあたしは元気に命令。

「古泉君、発言を許すわ!! 言っちゃいなさい、団長命令!! ……それで、キョンは何と言ったのかしら? あたしの悪口?」

「ま、待ってくれ、考え直せ、ハルヒッ!! 嬉しそうな顔するな、古泉っ!!」

「いえ、残念ですが、団長命令では逆らえません」

大騒ぎしているキョンを尻目に、「では」と1つ咳をしてから口を開いたの。それも、キョンの口真似付きでね。

「『ハルヒに何かあったら、俺は生きていけない!! 古泉、俺に何が出来る!? いや、俺にも何かさせてくれ!! あいつのためなら何でもする!!』」

……部室内は静かになった。キョンは呻き声を上げつつ頭を抱えて机にうつ伏せ。みくるちゃんは真っ赤な顔で口元を隠して硬直中。有希は冷たい視線でジッとキョンを見つめ、古泉君はしてやったりとニコニコ。肝心のあたしは……絶句状態。

キョンが「古泉、覚えていろ」って小声で呟き、顔をそっと上げチラリとあたしを伺う。バッチリと視線が交差。一気に顔が熱くなり、キョン共々茹蛸の如く真っ赤になる。それを誤魔化すべく、大きな声でキョンを糾弾。

「ああああんた、バッ、バッカじゃないのっ!! バカキョン!! エロキョン!! あんた、そ、そんな恥ずかしい事考えてたの!? い、言ったの!? 」

「ち、違うっ、古泉が勝手に言ってるだけで……」

「僕のせいにされるのは心外ですね。でしたら、それ以外にも僕の記憶に残っている発言を披露しましょうか?」

「古泉、お、お前……な、こん……」

「あ、あんた……一体どんだけ、は、恥かしい事言ったのよ!?」

「ま、待て、ハルヒ!? お、落ち着けっ」

あたしとキョンの言葉の応酬が始まる、正にそのタイミングで、みくるちゃんのフンワリとした台詞が2人を直撃する。

「ふふっ、キョン君も涼宮さんも真っ赤ですぅ」

「…………」

「…………」

こんな普段通りの掛け合いが堪らなく嬉しいけど、でも、その恥かしい内容に物凄く動揺しちゃったわ。それを誤魔化すべく、深呼吸を1つした後で、キョンをジト目で睨み付け呟く。

「あんたの恥かしい考えと発言に関しては後で厳重なる処罰を与えるとして……すっかり忘れてたけど、団活を重視するのは当然だとしても、あんた、勉強はどうするのよ? 正直、あたしはそっちの方が心配だわ」

「あぁ、それなんだが、虫が良いかもしれないが、もう1度だけ勉強を教えてくれ。スパルタでも何でも付いていくから」

「し、仕方が無いわね。ビシビシいくから、音を上げたって許してあげないんだから!! いい? これから団活の時間は勉学の時間だと思いなさい」

「お手柔らかに程々で頼む」

そんな口調も普段のキョン。すっごく安心してキョンに笑顔を向けながら、あたしはどうしてあんなにすれ違ったのかと疑問を感じたの。内心小首を傾げて、あたしも1口タルトを頬張った。口に広がるパイ生地とリンゴのハーモニー。

そして蜂蜜の甘味が口一杯に広がるのと同時に、キョンと視線が交わる。慌ててキョンは視線をそらしたわ。その挙動にドキリと心臓が跳ね上がった。嬉しくなって更にキョンに声を掛けようとしたその時、まるで警告するかの様に、ネックレスがはっきりと音をたてた。チャリリと。……それを耳にした瞬間、目の前のタルトが御主人様の暴れん棒君へと変貌した。何時も以上に充血している暴れん棒君。それは当然蜂蜜塗れ。あたしがおしゃぶりする前の状態。一気に口内に唾液が溢れ、身体の芯がジュクンと疼き、乳首が固まり腰が熱を帯びた。ゾクリと背筋を歓喜の波動が立ち上り、股間が一気に濡れていく。

「んっんん……あっ、うくっ」

自然と艶っぽい声が漏れた。慌てて口元を押さえ、声を押し殺す。

う、うそっ!? ……え、あたし、何で?  ちょっと!! これ、ホントにおしゃぶりする直前みたい……や、やだ……どうして!? ここ、学校なのよ!? タルト食べてるだけなのに!!

「あれ? 涼宮さん、どうしました? も、若しかしてタルト、お口に合わなかったですかぁ?」

「えっ、んっ……ち、違うわ……」

「何だか顔が赤いな、ハルヒ? ……まさか体調でも悪いのか? 大丈夫か? 保健室でも行くか?」

気がつけば、皆があたしを見つめている。心配そうに……。キョンはあたしに視線を固定させたまま、立ち上がりかけている。

ダメ、来ないで、キョン!! こ、こんなの知られたくない!! こ、ここはダメ!! は、早く……何処かへ!! ここ以外の場所!!

「えっ、あ、いや。大丈夫。でも、御免。ちょっと席外すわね……」

って言い残し、部室を飛び出した。チャリリチャリリとネックレスが事の他大きな音をたてる。それに急き立てられるかの様にトイレへ、空いているブースへと駆け込む。体内から湧き上がる強烈な欲求。  

「ど、土曜日に……んっ、あれだけ、くぅっ……だ、抱かれたのに……何で!?」

今弄ればきっと気持ちが良い……。それは本能が告げていた。

でも!! それは!! 御主人様に!! 禁止されてるの!! だから、耐えなきゃ!!

あたしは右手人差し指の第二関節を口に咥えて思いっきり噛み、左手で壁に爪を立てる。腰から力が抜け便座にへたり込んだ。唾液が溢れ情動が強まる気配。ビクリビクリと身体が痙攣する。頭を壁に押し付けそれに耐えた。自然と内股になるあたし。甘い呻き声が漏れるのを必死で我慢。爪が壁にギリリと食い込む。

こんなとこ、皆に知られたくない!! こんな!!  どうして、学校で!? 蜂蜜をちょっと口にしただけなのに!? なんで!? ……ホントに、変!!

頭の動きに合わせてネックレスが自己主張する。チャリリチャリリ。その音に乗って頭の中に内なる声が響く。「あんたは誰のものなのかしら?」と。

「んんっ!!……むぐっ!!」

「それを忘れたあんたへの罰よ。甘んじて受け止めなさい」と冷徹に告げる内なる声。罰と言う単語が怒った御主人様を髣髴とさせ、あたしを酷く動揺させたの。

「もし許して欲しければ、御主人様に……」と内なる声は囁く様に淡々と告げた。

ば、罰!? ……若しかして、あたしが、キョンと楽しく会話したからなの? 喜んだからなの? 胸踊らされたからなの? そうなの、御主人様? これ、御主人様からの罰なの!? ……あぁ、ゆ、許して!! 御主人様。あたしは御、御主人様だけだから!! だから……お願い、助けて!!

内なる声に導かれるまま、心の中で、必死に許しを請い、血が滲むほど指を噛み締めたあたし。気が付けばあの疼きは嘘の様にすっかり消えていたわ。でも、気だるげな身体と溢れる蜜があれは事実だよと告げているわ。

溢れた蜜を極力淫裂を刺激しないようサッと拭い、あたしは蹌踉めく様にブースを後にした。湿ったショーツが気持ち悪い。内心、ナプキンでも持ってくれば良かったと思いながら、洗面所で何度も何度も顔を洗った。欲求と記憶と恥辱が薄れるまで。何度も何度も……。

気が付けばネックレスは微かな音すらたてなくなった。アレほどあたしを非難する様に絶え間なくチャリリチャリリと鳴っていたのに……。ホントに御主人様に監視されてるのかしら? そんな事は有りえないのに……。

そして、何事も無かった様に部室に入るまでかなりの時間が必要だったの。身体が疼いていたなんて知られたくないもん……。

心配しつつもいつも通りに出迎えてくれる皆。

「ハルヒ、大丈夫なのか? 保健室とかは?」

「あ、うん。大丈夫、何にも問題はないから」

この様子では、気が付かれて無いみたいね。あたしはホッと一安心。でも、どれだけ御主人様の影響下にあるのかを否が応でも悟らされてたあたし。団活を愉しんでる皆が遠い……。ホントに、御主人様無しじゃ生きていけなくなってるのかも……。ショックだった半面、それが霞む位誇らしげに感じているのも事実だったの。もう逃げられない、でも、それでもいいわ。そんな思いも頭を過ぎる。何て不思議な感覚かしら……。

 

そして、表面上は至って平穏に時間は過ぎていく。今週の団活は終始キョンの勉強会。まぁ、コイツ以外の団員は成績優秀だから、何の心配も要らないんだけど……しっかし、コイツは頭は悪くないはずなのに、何でこんなに物覚えが悪いのかしら?

「だから!! それは昨日やった数式の応用で……」

「ん? ……こうか?」

「バッカバカバカ!! どうして応用だって言ってるのに、元の数式からして違う物を使おうとするのよ!? バカキョン!!」

余りに的外れな公式の使い方に、あたしは我慢できなくなった。問題を横から奪い取り、その眼前で実際に数式を書き殴る。

「ちょっと、貸しなさい!! だから……こうしてこうして、ここでコイツを挿入して……」

「あぁ……なるほどな。確かに応用だ」

「……感心してないで、いい加減覚えなさい!!」

「済まん。どうも数学だけは苦手でな」

「数学だけ? 今、数学だけって言ったの、あんた?……数学“も”でしょ!? あぁ、もう!! 今日は理系繋がりで物理にも手を付けたかったのに!!」

「いや、しかし、流石はハルヒだ。授業よりも判りやすいぞ」

まるで他人事の様に批評しているキョン。そのノンビリとした口調が更にあたしを苛立たせる。

全くあんたのために貴重な団活潰してまで勉強会をしてるのに!!

「ほ、褒めたってダメなんだからねっ!! 仕方が無いから、今日はこのページまでやりなさい!! それで今日は終了!!」

「……昨日もそうだったが、この後、勉強に付き合ってはくれないのか?」

「あ、あたしにだってね……用事の1つや2つはあるの!? その位察しなさい!!」

「あぁ、そうか、そうだよな。済まん、我侭を言って」

ここ数日、団活終了後にも勉強を教えてくれって言うキョンを振り切って、あたしは御主人様の所へと押し掛けている。キョンも大切だけど、でも、優先順位は御主人様の方が上。

御主人様に相談すれば、「俺の事はいいから、彼の勉強見てあげて」って言われるのも目に見えてるから、黙ってるの。

それに、気のせいか、キョンが……何て言うのかな、事有る毎に一緒に居たがるって言うか、甘えてくるって言うか、あたしばかり気にしてるって言うか。うん、兎に角、何時ものコイツじゃないの。ちょっと違和感があって怖いのよね。って別に逃げてるわけじゃないんだからね!! か、勘違いしないでよねっ!!

 

勉強会ばかりだった今週。折角だからと週末、久しぶりに不思議探索を決行する事となった。本当に何時以来になるのかしら? ……指折り数えてみると何と今月初だった。まぁ、GW明けから色々あったしね。

そして週末の土曜日の今日、5月も終わろうかと言う時期にしては暑い。真夏日にでもなってるんじゃないかしら。

「遅いッ!! ホントに何で何時も何時もあんたが最後なのよ!!」

あたしは腰に手を当てズビシとキョンを指差した。こいつってば何時もの通りラストに到着。

「悪いな。でも集合時間には十分間に合ってるだろ?……あぁ、すいません、朝比奈さん、お待たせしちゃって」

「いえ、わたしも今来た所ですから……」

何時もながら、あたしを無視してみくるちゃんにだけは優しい言葉をかけるキョン。以前ほど腹は立たないけど、やっぱり良い気分じゃないわ。

「全く、団長に対する敬意が感じられないのよ、あんたからは!! 皆あたしよりも先に来てるって言うのに!!」

「やれやれ……判ってるよ、罰金なんだろ、早く喫茶店に行こうぜ。それで怒りを鎮めてくれ」

「……別にいいわよ、時間には間に合ってるんだし。但し、次回はあたしよりも先に来なさいっ、判ったわね!?」

キョンを怒鳴りつけながら、あたしは内心、「御主人様に感謝しなさいよ」と呟いていた。だって玄関まで見送りに来てくれた御主人様に念を押されたの。可哀想だから遅刻して無い限り罰金を課しちゃダメだよって。それも甘いキスつき……。あたしに断われるわけ無いじゃない!!

あたしはキョンを横目に、何時もの喫茶店へと脚を向けようとして立ち止まった。皆が何か言いたげにあたしを見ている。特にキョンは生き別れた兄弟に街中でばったりと出会ったかの様な表情だ。

「……何よ、皆、変な顔してるわよ? さぁ、早く喫茶店に行きましょう。さっさと籤引きして班分けするんだからね!!」

「……いや、ハルヒ? ホントに罰金はいいのか?」

「何? あんた、払いたい訳? ……だったら、止めないけど?」

「あー、そう言う訳じゃないんだがな。何と言うか、落ち着かないって言うか……」

「馬鹿な事、言ってないでさっさと喫茶店に行くわよ。時間は有限なんだからね!!」

その後、古泉君とキョンがヒソヒソ話をしているのを尻目に、女性陣を引き連れさっさと喫茶店へと向かう。

あっと、今日のあたしは、ライトグレーの可愛いチュニックにオフホワイトの長袖カーディガンを羽織り、ベージュのストッキングにダークブラウンのパンプスってスタイル。

夏真っ盛りの様な日差しの中、あたしは長袖にストッキングを穿いている。みくるちゃんですら、半袖なのに……。でも、これには理由があるの。人には言えない理由がね。御主人様にも言ってないわ。だって絶対、雨に打たれてる捨てられた子犬みたいにションボリするのが予想できるから。そんな御主人様を見たくはないもん。

何時もの喫茶店で、適当な軽食を注文し雑談。その最中、古泉君が罰金刑を免除した理由を妙に知りたがった。何時も物分りが良い副団長にしては拘るわね。

「いえ、涼宮さんの心境の変化を把握しておく事は副団長の重要な役目ですので」

「流石は古泉君!! キョンも見習いなさい。この常に団長を把握しておこうと言う使命感を!!」

「そんな事したら折角覚えた数式、英単語が消し飛んじまう。副団長の役目は副団長に任すさ。俺は団員その1兼雑用でいい……」

「全く仕方の無い。あ、古泉君、別に大した事じゃ無いのよ。ただ、責任者は鷹揚であるべきって悟ったからなの。だらしの無い部下の行いも笑って許せなきゃってね」

「流石は涼宮さんです」

「待て待て。誰がだらしの無い部下だ? 謂れの無い誹謗中傷には断固抗議させて貰おう」

「何言ってるのよ? あんた以外の誰がいるのかしら? 何なら罰金刑を復活させてもいいのよ?」

「……くっ、諭吉を人質にするとは卑怯だぞ、ハルヒ!!」

「まぁまぁ、御二方とも。ここは穏便にですね……」

「そ、そうですよぅ。久しぶりの探索なんですから」

「早急な班分けを提唱する」

と皆の絶妙なタイミングでの和睦勧告もあり、あたしとキョンは互いにソッポを向いてこの不毛な言い争いを終了させたの。 

そして、爪楊枝に印を付けて恒例となった籤引きを実施。何時もより緊張はしない。誰と一緒になっても問題ないしって考えが頭を過ぎる……。

珍しく有希がいの一番に引いたわ。続いて古泉君、キョンの順番。その結果、あたしとみくるちゃんは籤を引くまでも無くペアとなった。

「あら、あっさりと決まっちゃったわね……。あたしはみくるちゃんとペアね」

「あ、そ、そうですね……よろしくお願いします、涼宮さん」

先に引いた3人はと見ると、キョンがホッとしながら、有希をチラリと眺めた気がするんだけど、思い過ごしかしら?

班分けも無事終了し、あたしはみくるちゃんの手を取り「アイラインの上手な選び方教えて欲しいの」ってレジへと向かう。 何せみくるちゃんはあたしのお化粧の先生なんだもん。

「アイラインですかぁ? そんなに難しいものでもないですよぉ……涼宮さんなら直ぐにコツ掴めますから」

「うーん、でもね、ほら実際にしてみないと判らない事ってあるじゃない? ネットで見ても今一ピンとこないしさ」

「ふふっ……じゃあ、化粧品売り場に直行ですね」

「勿論、寄り道せずに向かうわよ!!」

 

代金は全員で均等に割り勘。結構珍しいパターンかも。あたしはキョンへと向き直り、ニヤリと笑う。

「あんたの奢りじゃないパターンって珍しいわね? 雨でも降るんじゃないかしら?」

「……ん、あぁ、そ、そう言われると……そうだな」

「ちょっとは寂しいんじゃない?」

「んな訳あるか……あー、偶には財布にも休息させてやらんと過労死しちまう。休日出勤に深夜残業ばかりだったからな」

キョンは変な喩えを持ち出して、割り勘を歓迎している様に見える。まぁ、以前納得できないって谷口に言ってたもんね。ふん、ホントに御主人様に感謝しなさいよ、あんた。

「不思議なモノがあったら速攻で連絡する事」ってお願いしてあたし達は別れたの。キョン達は何か深刻そうな表情でヒソヒソ話をしてたみたい。でも、あたしはそれほど気にもせずにデパートへとみくるちゃんを引っ張っていった。当然、目的地は化粧品売り場。

化粧品を手にとっては試し、試しては別の品に目が向く。そんな楽しい一時を過ごす。

「そういえば、涼宮さん。……今日の服、暑くないんですかぁ?」

「え、あ、うん。ちょっと着てみたい気分だったの」

「あぁ。そういう気分の日ってありますよねぇ。そういえば、そのチュニック初めて見ますね……凄く、可愛いです」

あたしは内心の動揺を悟られない様、殊更笑顔でみくるちゃんにお礼を言うの。

長袖にした理由、それは、あたしの手首に麻縄で付いてしまった痣が残ってるから。……実は、あたし、今週ずっと麻縄で縛られて可愛がられてるの。所謂SMってヤツ。あ、全然嫌じゃなくて凄く気持ちが良いのよ? 何て言うのかな……不自由な自由? 束縛される開放感? うーん、良い言葉が見つからないわ。縛られただけで、キュンってくるし、御主人様への依存度も高まるの。だってホントに抵抗できないのよ。だからあたしは唯々諾々と、そして嬉々として御主人様の責めを受け止める。更にそのまま暴れん棒君が入ってくるとホントに堪らないの……癖になりそう。

で、昨日も縛られたんだけど……その後、お風呂でのマッサージが少なかったらしく、ちょっと跡が消えてなかったの。手を抜いたつもりはなかったんだけどな。

「こんな事言うと怒られちゃうかもしれないですけど……温泉から帰ってきてからの涼宮さん、何だか素敵です。落ち着いてるっていうか、女性的って言うか……憧れちゃいます」

「あはっ、みくるちゃんにそう言われると、自信が湧いてくるわね」

「はい……キョン君とも仲直りできたみたいだし、ホント良かったです。勉強会もすごく熱心ですし」

「え、あ、うん……ありがと、心配してくれて。で、でさ、アイラインって……」

キョンの話題から離れたくて、あたしはアイラインの事を質問。身近な商品を手に取りみくるちゃんへと手渡す。それを受け取り、みくるちゃんは嬉しそうにコツを説明してくれる。

あたしはソレを聞きつつ、キョンの事を思い出していた。表面上は以前と同様に振舞う様、気をつけてるつもり。キョンはSOS団の大切な仲間だし、あのギスギスした関係に戻りたくは無いの。だから話題や仕草、その他色々と気を遣う。近すぎず遠すぎず……。じゃないと、又ネックレスのお叱りを受けちゃうから。

「そいうえば、最近のキョン君って何時も涼宮さんの事気にしてますよね?」

「え!? そ、そうなの?」

「はい、部室で涼宮さんがいない時は、今何をしてるのかな?とか、まだ来ないとか……凄く気にしてますよ?」

「そ、それは……あれでしょ? あたしが早く来ないと勉強がって事じゃ無いかしら?」

「そうですよね」と口では言いながらも、みくるちゃんは、もう判ってますよ的な笑みを浮かべて、次の商品へと手を伸ばした。

「これなんか、涼宮さんに合いそうな色ですね?」

「え? そう? あ、でも好きな色かも……」

「はい、最近、涼宮さん、暖色系の柔らかいメイクが多いですから。もっと映えると思います」

あ、確かに最近は、御主人様の好みに合わせて暖色系メイクが多いわね。流石はみくるちゃん、しっかりとチェック入れてるんだ。

「そ、そうかな? うん、みくるちゃんのお勧めならこれ買っちゃおうっと!!」

「じゃあ、わたしは……これとこれを」

2人で厳選した化粧品を購入し、店員さんに「これなら、お客様の可愛らしさを十分引き出してくれますよ」と太鼓判を押され、意気揚々とお店を後にする。

「お世辞って判ってても、魅力的って褒められると悪い気はしないわね。……あ、でも、同じ様な褒められ方でも、ナンパだけは勘弁して欲しいわ」

「ですよねぇ、正直、引いちゃいます。皆さん、下心が丸見えで……」

みくるちゃんと、如何にナンパされる事が気分を害するかについて議論しながら、お昼のために集合場所へと向かったわ。

 

お昼は少し駅から離れた場所に佇むインドカレー専門店をチョイス。有希が微動だにせずジッとその看板を見つめていたわ。

「何だ、長門、あそこがいいのか?」

「是非ともあの店にすべき」

「そ、そっか……あー、ハルヒ? 長門がだな……カレーを食いたいらしい、今日はあそこの店って事でどうだ?」

「いいわよ、本格インドカレーって面白そうね。あたしも興味があるわ」

と、お店に突撃、勢い込んで注文したあたし達。勿論、辛さはマックス!!

そして、食事開始から20分程度が経過した。 ……あたしは結構辛い物には耐性があるつもりだったんだけど、残念ながら激辛野菜カレーの前に敗北。悔しいけど、日本の方には少し刺激が強いかもって言う店員さんの助言を聞いておけば良かったわ。有希以外のメンバーも汗だくになってギブアップ。残り物は全て有希のお腹の中へ。

「有希、あなた、凄いわね……。全然汗かいてないじゃない? 辛くないの?」

「カレーとはかく有るべき」

「流石は長門だな。俺にはこの辛さは拷問だ……」

キョンの呻く様な意見に全面的に賛同するわ。有希以外のメンバーも内心同意見っぽい。みくるちゃんは涙目で水をチビリチビリと口にしながら、

「わ、わたしも、キョン君と同じですね……口の中がヒリヒリしてて大変ですぅ」

と呟き、珍しく古泉君も固い笑顔で「いえ、これは何と申し上げるべきか……貴重な体験をしましたね」ってキョンに語ってるし。

皆でお水を飲みつつ、午後の班分け。有希古泉君みくるちゃんと連続して印無し。午前の部に続いてあたしは籤を引いてない。ちょっと寂しいかも。……って事は今回はキョンと2人。

あー、以前ならこうなって欲しいけど、でも恥かしいからダメって感じだったのに、別に何の感慨も湧かない。いえ、湧かせちゃいけないの。

あ、でも籤引きでキョンとペアって初めてかもね……これも不思議現象の1つかしら?

古泉君が意味有りげな微笑を浮かべて、キョンを見てるわ。キョンはそれを知りつつそっぽを向いてるって感じ。今日の男性陣、何だかちょっと変。

「さっ、早速午後の捜索に取り掛かるわよ!!」

あたしはその微妙な空気を無視して、元気よく立ち上がったわ。

古泉君たちと別れて、キョンに何処に行こうかって聞いてみると、「お前の行きたい所でいい」ってやる気の無い返事。何でソッポ向いて答えるのかしら、コイツは。そのくせ、何故か何時もよりも近くにいるのよね。

ふぅ、比べるのも可哀想だけど、御主人様なら、あたしの行きたい所を把握した上でスマートにエスコートしてくれるのに……。

「あんたには自分の意見ってモノが無いのかしら? 団長が珍しく雑用の意見を聞いてあげようって温情を示してるのよ?」

「……ゴホン、あー、そのな、だ、だったら、映画でも見に行かないか? あ、新作映画らしいんだがな」

「映画? 別にいいわよ……って内容にもよるわね」

チラリとキョンの顔を伺うと、戸惑いと躊躇い、そこに何かを加えた微妙な表情を浮かべている。仕方が無い、あたしが背中を押してあげるわよ。

「キョン、何時も言ってるでしょ。言いたい事、我慢してるのは精神に悪いわよって。既に映画に誘ったんだから、思い切って内容を言いなさい」

「そ、そうだな……あー、その、恋愛モノらしいんだが……すまん、俺も詳しい内容を知らないんだ。あ、お前が嫌だって言うなら無理にとは……」

「あら、恋愛モノ? キョンにしては珍しいわね。あたしは別にいいわよ」

心底驚いたって顔で、2度も「いいのか?」って聞き返すキョン。そんなに可笑しい事かしら?

「何よ、あたしがそう言うの見ちゃいけないって言うの?」

「あ、いや、意外な感じがだな……あ、済まん誘っておいて」

全くだわ。人の事、何だと思ってるのかしら、コイツは? 動揺しているキョンからチケットを奪い取り、映画館の場所を確認する。

「事前にチケット買っておくなんてあんたにしては上出来だわ。……さっ、こっちよ。付いて来なさい」

あたしはキョンに背を向けてさっさと歩き出した。以前なら手首を掴んでいるところ。背後でやれやれって呟きと共に、キョンが歩き出す気配が。

無意識にネックレスを弄っているあたし。以前なら嬉しくて浮かれてただろうに、殆ど内面の変化は無い。いえ無いと思いこむあたし。だってネックレスがそれを許可してくれないのは明白だから。アレを最後に変な事にはなっていないんだけど、正直、こんな街中であんな事になったら……って想像するだけでゾッとするわ。

まぁ、素直に言えば、キョンの心配も判らなくは無いの。だって、あたしも恋愛モノなんてって考えてたんだから。でもね、御主人様とお部屋で往年の名作を鑑賞してそれを改めたわ。「ローマの休日」「カサブランカ」「ティファニーで朝食を」、どれも素敵だったんだから!!

 

その肝心の新作映画を見終わって、あたし達は映画館を後にした。で、その内容なんだけど、んー、もう少し捻って欲しい感じもするけど、まぁ、程ほどかな? 無難なエンディングよねって感想を抱いているあたしの後ろでキョンは大欠伸。コイツってば、開始10分ほどで夢の世界に旅立って行ったわ。自分から誘っておいて信じらんない!! 予めチケットも買っておいて……待って、予め? キョンが? 可笑しいわね、コイツがそんなマメな事をするはずがないわ……とそこまで考えて、あたしにはピンと閃く事があった。古泉君の意味有りげな視線に、ソッポを向くキョン。

……あぁ、成る程、これ、古泉君の仕込みかぁ。うーん、ネタバレしちゃうと結構興ざめするものね。

不満顔のまま集合場所へと早足で歩を進める。背後から付いて来るキョンが恐る恐るって感じで声を掛けてきた。

「なぁ……ハルヒ……その、何だ……」

あたしは歩みを止めずキョンへと顔を向け、その瞳を覗き込んだ。

「何よ、言いたい事があるなら言っちゃいなさい。最近のあんたは口篭るの多すぎ!!」

「あ、あぁ、そうかもな、済まん。……その、まだ、怒ってるのか?」

「はぁ!? ……当然でしょ、映画始まってモノの数分で寝ちゃうなんて!! しかもあんたから誘ったんでしょ!!」

「あー、それに関しては済まんとしか。まぁ、体質的に恋愛モノは合わないって事だな」

あたしは「ふーん、やっぱりね」と呟いてから、キョンを睨み付けた。その視線にキョンはタジタジ。

「……な、何が、えっと、やっぱりなんだ、ハルヒ?」

「この映画を手配したの、古泉君でしょ?」

あたしの容赦ない指摘に、キョンは答えに窮したのか、無言で天を仰ぎ、そして大きく溜息を付く。

そんなキョンの様子を伺いつつ、あたしは淡々と言葉を続けた。

「あんたにしては手回しが良過ぎると思ったのよね。しかも直ぐに寝ちゃって興味ありませんって丸判りだし。ホント、誰かさんじゃないけど、やれやれって感じよ」

「……あー、す、済まんな、ホントに。古泉からも途中で寝るなって念を押されてたんだがな、済まん。

ただ、俺が聞きたいのは、映画の事じゃなく、えっとだな、あー、この前のだな……」

「この前?……あぁ、佐々木さんの事? 別に怒ってなんかいないわ。あんたもあたしも謝ったじゃない。それで全てチャラなんだし。何で怒ってるって思ったのよ?」

「い、いや、最近、素っ気無いと言うか……あ、うん、

怒ってないならいいんだ、俺の気のせいだろ……」

素っ気無いってキョンの一言にあたしは内心動揺してしまった。言動には気をつけているつもりだったのに、キョンにそれを指摘されるとは!! こんな時には強気で押すに限るのよね……。

「……素っ気無い? あたしが? 団活潰してまで毎日、勉強、教えてあげてるのに? あんたがやってる特製参考書やテストは誰が作ってると思ってるのかしら?

ホント、あんた、雑用なんだから団長への畏敬の念をもっと持ちなさい!!」

「あ、あぁ……そ、そうだよな。うん、済まん。色々あって少し神経質になってるみたいだな……」

そんな煮え切らないキョンを従え、駅前広場まで。既にあたし達以外のメンバーは集合していたわ。あたしは有希やみくるちゃんと軽く雑談。特に有希はお目当ての本を購入できたらしく、僅かながら浮かれてる様に感じるわ。その何時もの無表情の中に微かな喜の感情をうっすらと浮かべている有希を見ていると、以前から頼んでみようと思ってた事を思い出した。

「あ、そうだ!! 有希、お願いがあるんだけど?」

「何?」

「えっとね、読みやすい英語の絵本って知ってる?」

小首を傾げその先を促す有希に、明日香ちゃんの事を含めて事情を説明する。

「と言う訳でね、その子に英語を教える教材として絵本を使いたいのよ」

「任せて。近日中に厳選、報告する」

「ん!! お願いね」

その間、キョンと古泉君は何時もの様にヒソヒソ話。でも、その表情は何やら深刻そう。話題はなんなのかしら? ちょっと気になるけど……男同士の友情ってヤツだったら、あたしが首を突っ込むのも気が引けるわ。でも、気のせいかしら、2人の意識があたしに向いてる様な……チラ見されてる気もするし。うーん、自意識過剰なのかしら?

暫く雑談をして、今日は解散しましょうって雰囲気になった。実は、キョンから「この後、暇ならちょっと勉強に付き合って欲しい」って誘われたんだけど……重要な用事のあるあたしはそれを断わったの。

「あ、そ、そうか……無理を言って済まなかったな」

「別に気にしてないわよ。それよりも、数学、昨日までやった範囲でいいから、もう1度復習しておきなさい。月曜日にテストしてあげるから」

「ん、判った。ありがとな、ハルヒ」

「感謝するのは早いわよ!! もし、出来が悪かったら、罰ゲームなんだからね!!」

「ば、罰ゲームか……それは勘弁してもらいたいな」

「そう思うなら、しっかりと復習しておきなさい」

キョンに元気よく指を付きつけ命令する。「じゃあ、本日はこれで解散。週明け、また部室でね!!」ってお決まりの挨拶を残し、あたしは皆と別れた。

んー、気のせいかキョンや古泉君、何かを気にしてるというか、心配してる気がするんだけど……何だろ? ホントに変な2人……。

 

 

ハルヒ、で、きもちよくなって、イってください

 

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最終更新:2020年06月07日 12:54