「おい!廊下を走るな!」

「すんません!」

そう言って走り抜ける。

今は何よりも『アホ』クッキーだ。

あのクッキーが全ての希望である。いや、冗談じゃなく。

「まだ残っているでしょうか?」

小泉が息を切らせながら聞いてくる。

「知るか!とにかく谷口を捕らえる」

滑りそうになりながら角を曲がり、階段を駆け上がる。

「ひぃ…ひぃ…待って…くださぁ~い」

振り返ると、朝比奈さんがヨタヨタと階段にさしかかるところだった。

すぐに駆け寄り負ぶってさし上げたいが、今は先を急ぐ。

二段飛ばしで登っていると、前方に見知った後ろ姿。ハルヒだ。

「ん…?うえ!?」

振り向くと、猛然と駆け上がるSOS団員+αに驚愕した。

「ちょ、ちょっと!なにして」

「悪い!後でな!」

スルーする。

今は構ってられない。

「あ!コラァー!」

追いかけてきた。

運動神経をフルに発揮し、すぐに俺と併走する。

「ちょっと、説明しなさいよ!キョン!」

「クッキーだ!クッキー!」

「はあ!?」

「クッキーを食べたいんだよ!」

「だって、あげたじゃない!あんなにたくさん!」

「足りねえんだよ!」

がむしゃらに答える。

「た、足りないって…」

階段を駆け上がると、教室の前に目当ての野郎がいた。

廊下でボーッと窓の外を眺めている。

どうせ部活をしている女子生徒にうつつをぬかしているのだろう。

「たにぐちぃぃ!!」

俺の声に気付きこっちを向くと、驚いた顔を見せる。

「んあ?なんだァ?」

俺とハルヒ、小泉、朝比奈さん、長門、朝倉に囲まれ、訳がわからんという様子だ。

「谷口!」

「なんだよ」

「クッキーあるか!?」

「はあ?」

「クッキーだ!昨日の調理実習でつくったクッキーだよ!」

「ああ、それなら…」

「あるのか!」「あるんですね?」「あるんですか!?」「あるの?」

「…」

ハルヒ以外の全員が谷口に詰め寄った。

「ちょ、ちょっと、みんなどうしたの?そんなにクッキーおいしかったの?」

ハルヒは唖然として、蚊帳の外だ。

「あ、ああ。まだ大量に残ってるぜ。アレがまた絶品でなァ」

谷口が壁にへばりつきながら言う。

「アレを食った後だと不思議と飯がうまいんだよな。書かれてる文字は癪だが、まあこれから毎日大切に食い進めようと…」

「谷口ぃ!」

襟首を掴み、締め上げる。

「おわっ!な、なんだよ!」

「そのクッキーを俺たちにくれ!」

「はあ?さっきから意味わかんねえことを…」

谷口が俺の手を払いのけようとすると、

「お、お、おねがいですぅ!」

朝比奈さんが谷口の足にすがりついた。

「あのクッキーを…クッキーを…!くださァ~い」

「え?ちょ、ちょっと…」

谷口はどうしたらいいか解らないという表情で困惑する。

「是非、お願いできませんか?」

小泉も谷口の肩を掴み、顔を大接近させた。

「おい、ちょっと、待て」

「こんなに頼んでるんだから、いいじゃない」

朝倉が睨む。

「なんかわけ分かんないけど、谷口!クッキーよこしなさい!」

ハルヒも詰め寄る。

「…」

長門は無言で谷口の足を踏む。

「オイ、てめえオラァ。朝比奈さん泣かしてんじゃねえぞ?クッキーよこせ?ああ?」

俺も谷口をさらに締め上げた。

端から見れば、あからさまなリンチだ。

もし俺が第三者だったら、見て見ぬふりをするか、「必死だなw」と傍観を決め込むかなのだが。残念ながら当事者である。

とにかくクッキーで頭がいっぱいだった。

許せ谷口。

「わかった!わかったよ!」

谷口が俺の腕をタップした。

「教室の俺のカバンの中だ!好きなだけ持ってけ!」

その言葉を聞くや否や、締め上げた手を緩め、教室に飛び込む。

「わあ。どうしたの」

国木田がさほど驚いたように見えない顔で驚いた。

「谷口のカバンは?」

「あれだよ」

国木田が示したカバンを引っ掴んで、チャックを乱暴にこじ開ける。

ジャージを放り投げ、ノート、プリントを退かし、ついに目当てのものを見つけた。

「あった!こいつだ」

クッキーの袋を引っ張り出す。

「やったァ」

朝比奈さんが歓喜の声をあげた。

「これで間違いありませんか?」

小泉が聞くと、長門はしゃがみ込んでクッキーを凝視し、それから一囓りした。

そして、

「間違いない」

と静かに伝える。

「はァ…」

「よかったですぅ~」

「間に合ってよかったですね」

「ほんと」

それぞれ、安堵の表情を浮かべた。

「なにが?」

ただ1人、事情を知らないハルヒが興味深そうにクッキーを覗き込む。

とりあえず後回しにし、クッキーを袋から取り出した。

それにならって、朝比奈さんも小泉も、今度は朝倉もクッキーを手にする。

「…よし」

これで、あの味覚障害から抜け出すんだ…。

『アホ』と書かれた文字と、周りを飛び交う渦巻きを凝視し…。

パクリ。

一斉にクッキーを口に入れた。

「…」

「…」

「…」

「…」

「うめえ!」

「おいひぃ~」

「ええ。とてもおいしいです」

「おいしいわァ」

4人が同時に声をあげる。

そのクッキーはうまかった。

否、あり得ないほどのうまさだった。

身体中に鳥肌がたつ。

クッキーってこんなにうまいものなのか?

小泉は何度も頷き。朝比奈さんは涙を浮かべながら食べている。

朝倉は長門と一緒にクッキーを食べながら笑っている。

そんな謎の光景をハルヒは訝しげに見つめていた。

「うまい…うまいよ!ハルヒ!」

薬を打ったのではないかというほどのハイテンション。

俺はおもわずハルヒの肩を掴んだ。

「ちょ、ちょっと」

「ありがとな。ハルヒ」

「え?」

何故だか礼を言いたくなった。そもそもの発端はすべてコイツなのに。今はそんな考えが微塵も浮かばない。

「このクッキー、最高にうまかったよ」

「…」

しばらく不審な目を俺に向けていたが、すぐに表情を明るくさせると、俺の手を払いのけ、「ニッ」と笑い胸を張った。

「あったりまえよ!」

ふははは、と高笑いをする。

「うまいなあ」

「おしいですねえ」

「ほんとに、何個でも食べれそう」

クラスメイトの不審な目も、他生徒の視線も気にしないで、俺たちはクッキーに酔いしれ続けた。

 

続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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