「なるほど」

小泉が納得したようにうなずく。

「それで今日、あなたは朝比奈さんのお茶で悶絶していたわけですね」

「まあな」

頭を掻く。

「しかし、困りましたねえ」

微笑みながら肩を竦める。

笑ってる場合じゃねえぞ。このプログラムが解けない限り、俺たちは腹ぺこ状態だ。

「『腹ぺこ』じゃすまされませんね。摂食行為が出来なければエネルギーの補給ができません。それどころか水分補給すらできないわけですから、これは『息をするな』と言われているようなものですよ」

「水も飲めないのか?」

お茶ならまだしも、水は味がないだろ。無い味を酷くすることはできないと思うが。

「先ほど、ここに来る途中で水道水を飲みましたが…飲めた物ではありませんでした。僅かに含まれる無機塩類、有機物の味に反応するみたいですね」

オイオイ…。

「ふええ……み、水も飲めないんですかぁ…」

朝比奈さんが涙目で見回す。

「長門。蒸留水とかつくれないか?」

「つくれる」

俺の注文を聞き入れると、長門は台所から一杯の水を持ってくる。

蒸留水なら…。

長門はコップに手をかざし、なにか呪文のようなものを唱えた。

「…できた」

俺に差し出してくる。

「…」

なかなか勇気がいるな。

意を決して一気に飲み干す。

ゴクッ。

「………!」

ドサッ。

ぶっ倒れる。

「うああああああああ…」

「キョンくん!」

朝比奈さんが俺の身体を揺する。

「だ、だ、大丈夫…です…ウエ…」

身体中が麻痺するような衝撃。死ぬかと思った。

「やはりダメですか」

小泉がガッカリしたように肩を落した。

「僅かでも不純物が入っていれば効果が現れる。蒸留水を真空で飲まない限り、完全な無味は不可能」

長門が冷静に解説する。

「真空じゃ無理ねェ」

朝倉が笑う。

お前等…。

「どうすんだよ。このままじゃマジでやばいぞ。長門、朝倉、このプログラムとやらを情報統合思念体の力で取り除くことはできんのか?」

「無理ね」

「不可能」

即答する。

「このコードには決まった形が存在しないの。だから私も長門さんもプログラムの存在になかなか確信を持てなかった。つくった人によって効力も反応も様々。解除するには生み出した人の関与が絶対条件ね」

頬杖をつきながら朝倉は首を振る。

「関与って…ハルヒは無意識のうちに生み出したんだろ?」

「だから困ってるんじゃない」

お手上げといったモーションをした。

「効果に制限はないんですか?期限とか…」

小泉が長門に問う。

「ある」

「どのくらいだ?」

制限時間があるならそれまで我慢すりゃあ……。

「約1410年」

はい死亡。

「はうううううう…」

朝比奈さんが机に顔を埋める。

「こりゃあ…まいったな。フヘヘ」

笑うしかない。

………………。

(無言)。

重たい空気が部屋を埋め尽くした頃。

「可能性はある」

長門が呟いた。

全員が一斉に顔をあげる。

「ほ、ほんとか?」

「確信はない。だが可能性は充分にある」

「どのような可能性でしょうか」

「お、おしえてください!」

小泉も朝比奈さんも必死だ。

かく言う俺も必死だったのだが。

全員の視線を浴び、長門はえすおーえすクッキーをかざして話し出した。

「通常、このプログラムは対となって生み出される。今回は極めて異例なケースなため、確信は持てないが、このプログラムにも対となる別のコードとプログラムが存在する可能性がある」

「なるほど」

いや、さっぱり解らん。

「つまり、涼宮さんはもう1つ、別のプログラムをつくりだした可能性が高い…というわけです。涼宮さんの持っていた『団長』と書かれたクッキー…おそらくあれが…」

もう1つのプログラムか?

「そう。このプログラムとは全く異なった、対極の性質をもつ」

つまり…、そのクッキーを食べればもとに戻るのか?

「おそらく」

「キョンくん!」

朝比奈さんと小泉が乗り出し、俺に詰め寄る。

「涼宮さんに連絡を」

「はやくしないとクッキーが!」

「お、おう」

慌てて携帯を取り出し、ハルヒを呼び出す。

『なにキョン?』

出るの早ッ。

「ああ、えーと」

『なーに?今お風呂入ってたんだけど。つまんない用事だったら承知しないわよ』

「…ずばり言う。『団長』と書かれたクッキー。まだ残ってるか?」

『え?私仕様のクッキー?まだあるけど』

「食いたい。明日持ってきてくれないか」

『はぁ?なんで?クッキーあげたでしょ?』

「いや…その、予想以上にうまくてな。もっと食べたいんだ。今度は『団長』って書かれたやつを…」

『…』

「ダメ…か?」

「…しょーがないわね。いいわ。明日持って来たげるから』

予想以上にすんなりだな。

「ありがとな、ハルヒ」

『べ、別に。いっぱいあって食べきれないと思ってたし。そのかわりに部活で扱き使うから。じゃ』

プッ。

不吉な言葉を最後に電話は切れた。

「ど、どうでした」

朝比奈さんが不安げに聞いてくる。

「大丈夫です。明日もってくるって言ってました。明日の昼休みに、部室に持って行きますよ」

「やったぁ」

満面の笑みで胸をなで下ろす。

かわええ。

「でも、まだ安心できません。本当に『団長』のマークがコードとなっていると決まったわけではありませんし」

不吉なこと言うな。

もしそうだったら……考えたくもない。

「じゃあ、そろそろお開きにしないと。もう遅いし」

朝倉が声を上げる。

気づけばもう20時をまわっていた。

「長門さん。まだおでん食べます?」

朝倉の問いかけに、長門はコクッとうなずいた。

小泉と朝比奈さんが来たことにより、長門の食事は中断された。まだ食い足りなかったのだろう。

「いいなぁ…」

そんな姿を羨ましそうに眺める朝比奈さん。

「明日までの辛抱です。頑張りましょう」

俺が励ますと、顔をあげ力なく笑う。

「そうですね…」

対象的に、小泉は元気そうだ。

「お前は空腹が楽しいのか?」

「とんでもない。お腹が空くのは辛いものです」

微笑みながら言われてもな…。

だが、それよりも楽観的なのは朝倉だ。

「お前は腹が減らないのか?」

「私?インターフェースに、愚問ね」

いや、だって長門はバクバク食ってるぞ。

「長門さんは『空腹を満たすため』じゃなくて、『味を楽しむため』に食べてるのよ」

それであんなに余裕だったのか…。

「あら、私もおいしいものを食べられないのは辛いわ」

気楽なもんだ。

これで明日、ハルヒの『団長』クッキーがなんの効力も見せなかったら…。

俺と朝比奈さんと小泉はどうなるんだろうな。

ハハハ。

いやマジで。頼むぞ『団長』。

 

続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最終更新:2010年04月24日 23:08