長門のマンション。
リビングでDVDを見ていると、朝倉が声をあげた。
「ちょっと手伝ってー」
長門が立ち上がった。
「おお」
俺も立とうとすると長門は「お客さん」とだけ言って、俺の肩を押し返す。
「悪いな」
何もしないのもなんなので、運ばれてきた食器等を机の上に並べ、席に着く。
「はいはいはい」
朝倉がスリッパをぱたぱたと鳴らしながらおでんを運んできた。
「おでんか」
「私の得意料理。長門さん大好きですよね~」
朝倉が長門に笑いかける。
「好き」
長門がうなずく。
ホントに好きなのか?抑揚の無い「好き」はシュールだな。
「さ。食べましょ。いただきまーす」
「いただきます」
真っ先に鍋へと箸をのばしたのは長門だった。朝倉の「さ。食べm」の時点で既に箸を構えていたからな。
インターフェースは食欲旺盛らしい。
俺も鍋に箸を突っ込み、ちくわを取る。
「なんか今日は練り物ばっか食ってるな」
俺の言葉に朝倉は頬をふくらませた。
「文句あるなら食べなくていいんですよー」
「いや、食う」
そそくさと口へ運ぶ。
おでんは好きだ。ちくわとか大根とか、定番は特に美味である。
ただだし汁で煮るだけなのに、こんなにうまくなるんだからな。
おでん立案者はたいしたもんだ。
そんなことを考えながらちくわを舌に乗せた瞬間。
「ぶはっ!…おえっ、うっ……」
おもわず咽せた。
口の中が腐ったかんじ、とにかく気持ち悪い。
これは不味いなんてレベルじゃねえぞ。頭がクラクラする。吐き気が……。
咳き込みながら前を見る。
「エホッ…ケホケホッ」
朝倉もOTL状態でぐったりし、長門に背中をさすられている。
「やっぱり……ケホッ、あれは…」
朝倉が呟いた。
「ちょ、おま、どんな味付けだ!」
俺は非難の言葉をあげる。
「舌がパージするかと思ったぞ。毒見しなかったのか?」
「してないわよ。っていうより、原因はこのおでんじゃない。そうでしょ?長門さん」
朝倉が長門を見上げる。
「おそらく」
長門は机の横に置かれたクッキーの袋に目を向けた。
クッキーがどうかしたのか?…と聞こうとして、溜息をつく。
なるほど。またハルヒか。
「このクッキーに描かれた図柄が原因」
「図柄って……この『えすおーえす』か?」
「そう。この図柄は、『コードを感覚に変換し受容器を通し脳に働きかけること』・『身体と同化させること』の2つの段階で構成、発動される一種のプログラム」
「つまり……なんだ?」
俺が頭の上で『?』を飛ばしていると、朝倉が補足した。
「簡単に言えば、目でこのマークを見て、食べることでかかっちゃう魔法みたいなもの」
魔法て、ハルヒがそんなもの仕掛けたのか?
「意識してやったものではないと思われる。おそらく偶然」
偶然でこんなもの書きやがったのかハルヒは…。
「初めて見たときは『もしかして』と思ったんだけど…、涼宮さんを甘く見ていたわ。やっぱりバックアップね」
朝倉が髪をかき上げ溜息をつく。
すると長門が首を振った。
「気に病むことはない。私も気づけなかった」
「長門さん…」
「…」
「そうですね。気に病むことないですね」
アハハと笑っている。
いやいやいや。
「笑ってる場合じゃないだろ。マークを見て、食ったら俺たちと同じような症状が出るんだろ?」
ってことは、だ。朝比奈さんも小泉も…。
ブブブブッ
携帯が鳴る。
発信者に「朝比奈みくる」の文字。
噂をすればだ。
「はい」
『キョンく~ん』
さっそく泣きそうな声だ。
『ご飯が…ご飯がぁ~』
やっぱり。
「えーと…おいしくない……ですか」
『そうなのぉ~。ふええ』
大袈裟かもしれないが、泣きたくなる気持ちも解る。不味いなんてレヴェルの話じゃない。あれは体験した人しか解らない苦しみだ。
「え…と、すいません」
謝る。クッキーを進めたのは俺だ。まずいことした。
『やっぱりキョンくん…あのクッキー』
「ええ。そのことで話がありますから、長門のマンションに来て下さい」
『わかりました…』
プッ
…はぁ。小泉も呼ぶか。
電話帳で『小泉一樹』を選び、電話をかける。
プルルル…プルルル…
『はい?』
「小泉か?」
『ええ、何の用でしょう』
「お前、今日帰ってからなんか食ったか?」
『いえ、まだなにも。仕事やらなにやらで忙しくて』
「なんか食え」
『…何故ですか?僕の身体を心配して…ではなさそうですね』
「いいから何か摂食してみろ」
『じゃあ…ガムでも』
「おお。一息に口に放り込んでみろ」
『ええ』
「…」
『…』
「…」
『ウグッ』
「おいしいか?」
『ゲッホ!ゲホゲホッ、これは…どうい』
「答えは長門のマンションで」
プッ
一方的に切る。
さてと……腹が減ったな。
目の前におでんが有るのに食えない。
文字通り指をくわえ、俺と朝倉は黙々とおでんを食い進める長門を眺めていた。
続く。