「できたァ!」
ハルヒが馬鹿でかい声を張り上げる。
調理実習室中の視線が痛い。
「完成よ!ごらんなさいキョン!」
椀に汁をよそっていた俺の手を引く。
「ちょ、まて」
調理台の前まで俺を引っ張ると、腰に手を当てた。
「ふふ~ん。なかなかいい出来でしょ」
「ん」
素っ気なく返事をし、眺める。
クッキーは3種。
「4人分つくってあげたわ!」
4人分て、この量なら10人分以上ありそうだが。よくこんなに焼けたな。
ここのオーブンを総動員させただけある。
他の班に頭を下げたのは俺だが。
「これあたしの」
左端に積まれたクッキーには、縦にでっかく『団長』と書かれている。
「団長仕様ね…」
「で、これがアンタと朝倉の」
真ん中に積まれたクッキーには、『えすおーえす』とつなげ文字で書かれ、周りに花だか星だか分らんようなペンタゴンが散りばめられている。
「へぇ~」
盛り付け等をしていた朝倉が覗き込んでくる。
すると、
「………」
クッキーに描かれた模様を見た朝倉がわずかに眉をひそめた。
「…どうした?」
「ん?ああ、別に。おいしそうね」
「でしょ~」
ハルヒがうれしそうにうなずく。
「この奇怪な模様がなけりゃな」
俺が毒づくとハルヒは首を振った。
「わかってないわね~。これが芸術なの」
どうだかな。
俺がえすおーえすクッキーに訝しげな眼を向けていると。
「おい」
朝倉に調理器具洗いを命ぜられていた谷口が不平を言う。
「俺のは?」
「ああ。アンタのはコレ」
ハルヒが指差した右端に積まれたクッキーの山。
「お、多いな」
谷口が苦笑いを浮かべる。
「うん。一番楽なデザインだったから。いっぱいつくっちゃった。あと失敗作込みで」
よく見れば砕けた物もある。
クッキーには『アホ』と書かれ、四隅には芋虫のような渦巻きが舞っている。
ハハハ。
「そりゃねえよな」と呟く谷口の肩に手を置き、席につく。
「はーい。じゃあみんな席ついた?」
朝倉がイタズラっぽく笑いながら音頭をとった。
「いただきまーす」
「いただきます」
こんなの小学生以来だな。懐かしい気がする。
「ん。うまい」
ハルヒがイワシバーグを頬張る。
「でしょ?」
朝倉が首をかしげながら微笑んだ。そのまま俺に顔を向ける。
「キョンくんは」
「へ?」
「感想」
「あ、ああ。うん。普通にうまい」
それ以外言いようがない。うまいもの食って『うまい』以外言うことなんて無いだろ。
「俺が握ったんだぜ」
谷口が自慢げに言ってきた。
気持ち悪い表現するんじゃねえ。不味くなる。
「朝倉は普段から料理してるの?」
つみれ汁を啜っていたハルヒが何気なしに聞いた。
「ええ。一人暮らしだから、毎日」
「へぇ~」
さほど興味なさそうにうなずくと、俺のほうを向く。
「味薄い」
「悪かったな。俺は前時代主義でな。料理しない男なんだ」
「そんなんじゃモテないわよ」
余計な御世話だ。
「料理上手な嫁さんもらうさ」
俺が冗談交じりに言うと、ハルヒはそっぽを向いた。
「見つかるといいわね」
そう言うと、また黙々とバーグを解体する。
料理か。
小泉とか国木田とかやりそうだよな。あいつらはモテるのか?
「俺も料理始めようかな」
谷口がほざく。
「お前、どうせ女目当てだろ」
「へへ」
「でも、料理できる男の人は素敵よね」
朝倉が言うと、谷口が大きくうなずいた。
「だよな」
なにが「だよな」だ。不純の塊りめ。お前はコッチ側だ。
飯を食い終わって一息ついていると、ハルヒがクッキーを四等分して袋に入れ持ってきた。
「はい。惜しみながら一粒ずつ丁寧に、大切に食べて!」
「ありがとう」
朝倉が受け取って、クッキーを眺める。というより模様を見ている。
「キョン。いっきに食べちゃ毒だからね」
俺は孫か。
婆さん染みたセリフを吐きながら俺に袋を手渡す。
「ほら。谷口、ありがたく受け取りなさい」
「お、おお。多いな…」
ひときわデカイ袋を受け取る。
「食べてみて!」
ハルヒが眼を輝かせながら催促してきた。
俺が先陣きって一粒取り出す。
それにしても奇怪なマークだよなァ~…。
まじまじと見つめ、一口食べる。
ポリポリポリ………。
「どう?」
ハルヒが乗り出してくる。
「ん…。うまいぞ」
「ほんとに?」
「ああ」
「でしょ~!」
ハルヒは満足したようにうなずいた。
「……」
正直。あまりおいしく感じなかった。
ってか、たぶん不味い。
クッキーってこんな味だっけ?
「朝倉も食べてみて!」
考えるようにクッキーを眺めていた朝倉がハッと顔を上げる。
「え?」
「クッキー」
「ああ。うん」
おどおどとクッキーを一枚取り出すと、しばらくマークを眺め、それから一口食べた。
「……」
「どう?」
俺に聞く時と同じように、顔を覗き込むような仕草を見せる。
「うん。おいしいわ。とっても」
笑いながらうなずく。
「俺も食うかな」
それを見て、谷口もクッキーを口に入れた。
「……うめえ!」
顔を輝かせ、叫んだ。
「うまいぞこれは!」
オイ、嘘だろ。朝倉はお世辞だろうが、谷口にそんなエチケットがあるとは思えない。
俺はてっきり、谷口が「不味い」と即答して、怒り狂うハルヒを取り押さえねばなるまいと思っていたのだが。
なるほど。谷口、お前は極度の味覚馬鹿らしいな。
俺が憐れむ眼を谷口に向けていると、ハルヒは満足そうにうなずいた。
「でっしょ~。フハハハハ」
特撮の女怪人のような高笑いをする。
その横で、朝倉はまた浮かない顔をしていた。
「なあ」
俺が小声でたずねる。
「なに?」
「クッキーうまかったか?」
すると少し考え、苦笑する。
「あんまり」
「だよな」
袋の中の大量のクッキーに目を向け、溜息をつく。
「さっきから何考えてるんだ?」
「え。別に、今夜の献立…かな」
そんなふうには見えなかったがな。
「そうだ、今日長門さん家に来ない?久しぶりに」
話題変えたな。
「長門さん。さびしがってるの」
「ん~…。まあ、一向に構わんが」
「じゃ決まりね」
そう言うとさっさと立ち上がり、「片づけないと」と言ってエプロンをしめ直した。
続く。