【時のパズル~迷いこんだ少女~】
第2章 『最初の水曜、そして木曜へ』


水曜日の朝、学校へと向かうあたしの足は最高速に近いスピードでその行程を制覇していた。
遅刻しそうだったからではない、気が急いていたからだ。
キョンを問い詰める。あたしはそう決意していた。

あの日記……。いや、むしろ『手紙』というべきかしらね。
その謎があたしの中に強く渦巻いていた。
内容もそうだが、なによりその存在自体が。
あたしの日記帳に、あたしの字で書かれた『手紙』……。それも、あたし宛てに書かれた『手紙』である。
誓っていい。あたしはあんな『手紙』書いてやいないし覚えもない。
だけど、確かに『手紙』はある。しかもその文章を書いた『ハルヒ』は、あたしが月曜日の記憶を失くしていることを知っているのだ。
記憶喪失の類ではない事は明らかだった。
だけど……けど……

「なんなのよ!一体なにが起こってるってのよっ!」

鍵を握るのはただ一人、キョンだ。人様の夢に勝手に出てきた挙句、そしてキスしていった大馬鹿者だ。……しかも二回目。
そして『手紙』に相談相手として唯一指定されていた人物。
一体キョンはなにを知っているのだろうか?
それを確かめるため、あたしは更に速度を上げていった。

学校に着いたあたしの決意は堅かった。堅かったが、即実行というわけにはいかなかった。
それは話しかける内容が内容であったし、『手紙』によるとキョン以外には知られてはいけないということがわかっていたからだ。
そしてなにより…
「あんの~アホンダラゲェ~!!! さっさと来いってのよっ!!」
あの馬鹿が学校にまだ来ていないからだ。……あたしが出るのが早すぎた気がしないでもないが、そんな事は関係ない。
どのような事情があろうと、団員が団長を待たすようなことがあっていい筈ないのである。
結局キョンが来たのは、始業のチャイムぎりぎりだった…。
「ふぅ~危ねえ危ねえ、遅刻するとこだったぜ」
なにを呑気な! あたしがこんな悩んでるってのにぃ~~~~!!!
いましめにシャーペンで10突つきしてやったわ。

結局これといった機会も見つけられないまま、ずるずると時は過ぎ昼休みになってしまった。
キョンはいつも通りアホの谷口と国木田と弁当を食べている。
ここを逃してしまうと後は、放課後しかないわね。しばらく悩んだあたしはいい加減に覚悟を決め、キョンに話を聞かせることにした。
「キョ… 「よっしゃ!ご馳走様! いくぞ国木田」
「うん」
……出鼻を挫かれた。アホ谷口めぇ……覚えてないさいよ!

「なんだ? 谷口国木田そんな急いで、なにか用事でもあるのか?」
キョンは二人の行動に疑問に持ったようだ。そういえば、昼休みが始まってまだ10分も経っていない。少し急ぎ過ぎなんじゃないかしら。
「なにって……」
谷口はなぜか話しかけようとして、キョンに話しかけようとして静止したままのあたしを見つめてきた。
なによ? 気持ち悪いわね。
「ほらほら谷口。忘れちゃ駄目だよ」
国木田が笑いながら、たしなめる様に谷口に言った。
「あ、ああ……そうだったな。悪いなキョン、ちょっと急いでるからよ!」
「おいっ!」
「なんでもないよキョン、ちょっとした野暮用だから」
首を傾げるキョンにそういい残して、二人は教室を出て行った。そして、更に……
「わたしも行かなくちゃいけないのね」
そう後ろから声が聞こえると、あたしをすり抜けて二人の後を次いで阪中さんまで出て行った。本当になんなのかしら?
まあちょっと気になるけど、今はこっちが先ね。

「キョン」
「んぁ?」
あたしは二人を見送った後、弁当をつついているキョンに話しかけた。
「話があるの。付いて来て」
そう言い放つと同時に、あたしはキョンの腕を取り引きずっていた。
「お、おい! まだ食ってる最中だぞ!」
「いいから!」
あたしの声に驚いたのか、キョンは渋々ながらも黙って付いてきた。
早足で廊下を駆けていき角を曲がろうとしたところで、あたしはなにかと突き当たった。

「うわっ」
と声を上げ立ち止まったのは古泉君だった。そういえば昨日は見なかったわね。風邪でも引いてたのかしら?

その古泉君の方はというと、いきなり胸元に飛び込んだあたしたちによほど驚いたのか、口をあけたまま立ちつくしていた。
「あ、ごめんね古泉君」
慌てて謝罪する。
「い、いえこちらこそぼうっとしていましたから、気にしないで下さい」
「そう?」
「古泉久しぶりだな。二日も学校休んでどうしたんだ?」
キョンが古泉君に質問している。そうか、昨日だけかと思ったけど月曜日にも休んでたのね。
そういえば鼻頭が少し赤いわね。鼻のかみ過ぎかしらね?整った顔が台無しになっている。少し心配になってきたわね。
「体はもう大丈夫なの?」
「……え?」
古泉君は心なしか引きつったような表情を見せた。
「だって鼻が赤いじゃない。風邪引いてたんでしょ?」
「………」
古泉君はしまったというように片手で鼻を覆った。どうやら自分でも気にしているらしい。悪いことしちゃったかしらね?
ごまかすように空堰をして、古泉君はあたしたちに質問してきた。
「ところで、お二人はそんなに急がれてどちらに行かれるのですか?」
「部室よ」
あたしはすぐにそう答えて、すぐに後悔した。しまった! キョンと二人っきりで話さなきゃいけないんだから適当にごまかすべきだったわ。
「部室ですか……。今日は会合でもあるのですか?」
案の定、古泉君も突っ込んできたわね。
「な、なんでもないのよ。ちょっとした野暮用だから。古泉君は自分の用事をすませちゃって」
慌てて変なことをいってしまった。しかし、一瞬怪訝な顔を向けたものの古泉君は苦笑を浮かべ去っていった。
あたしは追及されなかったことに安堵し、ぼけっと突っ立ってるキョンの腕を再び掴み部室に走った。

渡り廊下を抜け、あたしたちは我がSOS団の部室の中に入った。
もしかしたら、有希やみくるちゃんがいるかもしれないとも思ったけど、幸いな事に部室には誰も居なかった。
あたしは掴んでいたキョンの腕を放し、キョンに向き直った。
キョンは怪訝そうな顔をしながらも、黙ってあたしを見ていた。
いざ話す時になると緊張するわね……ええい、ままよっ!
「あのねキョン……えっと訊きたい事があるんだけど……」
「なんだ」
「あのね……その……」
ここまで来たものの流石に言い出しづらい。そんなあたしに向かってキョンは、「早く言えよ」なんて言いやがったわ。
少し頭にきて、あたしはとうとう覚悟を決めた。

「一昨日、あたしあんたの家に行かなかった?」
「なんだって?」
キョンは聞き返してきた。
「だから、一昨日あたしあんたの家に行かなかった?」
あたしはもう一度繰り返した。
「……来なかったぞ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。嘘付いてどうすんだ。大体、自分のことなんだから自分で分かるだろ」
「それが分かんないから聞いてんのよ!」
いけない、つい怒鳴ってしまった。キョンも面食らってる。

「どういうことだ?」
「何故かわかんないけど、あたし……月曜日の事をまったく覚えてないのよ」
「おいおい……なんの冗談だ?」
キョンは笑った。どうやら冗談や悪戯だと思っているようだ。
「嘘じゃないの。本当に全然覚えてないの。月曜日の記憶が丸一日ないのよ。
 だから、キョンに訊けばなにか分かるんじゃないかと思って……」
「ちょっと待て」
キョンはあたしの言葉を遮ってきた。
「覚えてないなら、なぜそんな事を俺に訊くんだ?」
「え?」
「だからさお前が覚えてないってのに、どうしてそこで俺の家に来たなんて発想が生まれるんだ?」
確かにその通りだ。
「だって……」
あたしは夢の事をキョンに話そうとしたが止めた。とても恥ずかしくて話せるような内容ではないからだ。
「日記に……そう書いてあったんだもん」
「日記? お前のか?」
あたしはコクンと頷いた。
ますますキョンは訳が分からないという表情になった。
「……で? なんて書いてあったんだ?」
「あんたに相談しろって」
「なにをだ」
「それが分からないからこうして訊いてるんじゃない」
キョンは脱力感に襲われたらしい。一際大きな溜息を吐いた。
「なにを相談したいのか分からないのに相談したいのか?」
「だから月曜のことだと思うのよ……」
「だから、一昨日ハルヒは家に来なかったぞ」
その顔には明らかに疲れが浮かんでいた。
「話が終わりなら、もう帰っていいか?まだ昼飯も途中だったからな」
「……な」
「いいかハルヒ。お前は疲れてたんだよ。な? 今日は部活も休みにしてゆっくり休めって」
キョンはまるで子供を諭すようにあたしに言い聞かせてくる。言外に、この話はこれで終わりだと言っている。

「………」
あたしは唇を噛んで怒りに震えた。そりゃあ訳の分からない事をいっているのは十二分に承知している。
だけど、実際に訳が分からないんだから仕方がないじゃない! 訳がわからないから相談に乗って欲しいのにその態度はなんなのよ!?
『必ず力になってくれる』ですって? あたしはキョンを睨みつけ部室から飛び出していった。

冷血漢、理屈屋、役立たず、鈍感男、キョンをけなす言葉をいくつも思い浮かべながら、あたしは渡り廊下を抜け教室に向かおうとした。
それにしてもキョンなんかを頼れとは、あの日記を書いた『ハルヒ』もいい加減ね。まったく頭にくるわ!

そういえば、お昼ご飯もまだだったわね。あたしは校舎に戻るのを中断して、中庭を横切り学食に向かっていった。
だけど、これからどうしたらいいのだろうか。
一日分の記憶ぐらいなくても困らないし、実際一度は納得もした。
だけど、あの日記の謎だけはなんとかはっきりさせないと気が済まない。気味が悪くて仕方がない。

「おい、ハルヒ」
キョンの呼ぶ声が聞こえる。追いかけてきたようだ。少しは悪いと思ったのだろうか。
あたしは立ち止まり振り返った。
「なんの用よ?」
あたしのそのいかにも怒ってますというような態度に、キョンは苦笑を浮かべた。
「いや、ちょっと気になってな。もう少し説明して欲し……」
そう言いかけたキョンの表情が、その時一変した。
「ハルヒ! 上だっっ!!」
その言葉に反射的に頭上を仰いだ。
黒い影だった。なにかがあたしの頭上に向かって落ちてきている。
逃げなければ。そう思うけれど体が動いてくれない。

ぶつかる!

目を閉じたあたしは、体に強い衝撃を感じた。




「ッッ!!??」
あたしは思わず飛び起きた。全身に冷や汗をかいていた。心臓がばくばくしている。
あたしは胸元を押さえ、そして自分の目を疑った。
見覚えのある家具たち、見覚えのある外の景色、そして………自分の体を見下ろす。
パジャマだ……あたしはパジャマ姿でベッドの中に横たわっていたのである。
まさか……また夢……?
「嘘でしょ……」
あたしは呆然とした。内心混乱していることがわかる。
時計を確認する。朝だ、もうすぐ登校時間だ。
さっきまでのことはとても夢と思えなかった。
朝走って登校した事、古泉君とぶつかった事、キョンと部室で会話した事、そして……あの頭上から落ちてきたなにか。
あたしは意識を失っていたのだろうか? 取りあえず体をあちこち擦ってみたが、別に怪我をした様子はない。
「……やっぱり夢だったの……?」
あたしは呟きすぐに首を振った。別に怪我をしなかったからといって、気絶していないとは限らない。
「……確かめなきゃ」
あたしはパジャマ姿のままで階段を降りた。

「おはようハルヒ」
台所には母さんだけいた。親父はもう出社したのだろう。
テーブルには今朝の新聞が置いてある。様々な記事が書いてあるが、そんなものには用はない。今一番確認したいのは、『日付』だ。
木曜日だった。
「………」
やはり木曜日である。とすればやはり気絶だろうか? 気絶して家まで運ばれたとすれば、理由が付く。
「ねぇ……母さん?」
「なぁに?」
こちらに振り返った母さんの顔は、別段普通に見える。娘が気を失って運ばれていたとしたら、もう少し心配していたりするのではないのだろうか?
「ハルヒ?」
いけない、考えすぎたようだ。
「ねえ……昨日あたし……いつ帰ってきたっけ……?」
「なに言ってるのよ?」
母さんは笑っている。
「お願い教えて……」
「いつもより早かったかしらね。多分五時半くらいだったわね」
「それで……」
あたしは一度深呼吸した。
「あたし……ちゃんと、一人で帰ってきた?」
「ハルヒ?」
お母さんは手を止めて、妙な顔付きであたしを見た。
「お願い答えて……」
母さんは心配そうにしながらも答えてくれた。
「……そうよ。一人でちゃんと帰ってきたわよ。部活は休んだようだけど……それがどうしたの?」
「そう……そうなのね」
あたしは両手で額を押さえた。
二度目だ……。二度目が起こってしまったのだ。また別の『ハルヒ』が現れて、この体を勝手に動かしたのだ。
「ハルヒどうしたの? 顔色が悪いわよ?」
これはこれからも起きるのだろうか? 繰り返し起こる現象なのだろうか?
そして繰り返すうち、もう一人の『ハルヒ』がこの体を乗っ取ってしまうのだろうか?
あたしは自分の体を抱くようにして、ぶるぶると震えた。

あたしはベッドで伏せていた。
母さんはあたしのことを心配してくれて、今もドアの外から声をかけてくる。
心配をかけてごめんなさい。でも、今のあたしはそれを気にかける余裕がない。

なぜ、こんな風になってしまたのだろうか? なぜ、こんな目に遭わなくてはいけないのだろうか?
あたしがなにをしたというの?
『二重人格』
自分が自分でなくなってしまう。それは恐ろしい事だった。とても一人で抱えきれる問題じゃない。
母さんや親父にも相談するべきだろうか……いや、娘が精神異常者などと知らせるわけにはいかない。
どれだけ悲しませる事になるだろうか。

『あなたが相談してもいいのは、キョンだけよ。』

不意に、その言葉が思い出された。
何故、もう一人の『ハルヒ』はあんなことを書き残したのだろうか。
文章を読んだ限りでは、もう一人の『ハルヒ』はあたしに敵意をもっていないように思える。
むしろ親切に助言してくれている。ひょっとすると、もう一人の『ハルヒ』もあたしが元に戻る事を願ってくれているのかもしれない。

しかし、なぜキョンなのだろうか。キョンになにがあるというのだろうか。なにを知っているのだろうか。
この不可思議な現象に一役買っているのだろうか。
でも、それにしては昨日のキョンの態度は解せない。知る、知らない以前にあたしの話に呆気に取られていたではないか。
あの顔が芝居だとはとても思えない。
それに、あの馬鹿はあたしの話をまったく取り合ってくれなかったではないか。まあ、気が引けたのかすぐに追いかけてきたが。

「あ!」
あたしはがばっと立ち上がった。
昨日のキョンは何も知らなかったかもしれない。だけど、今日のキョンなら……!
二度目の『記憶喪失』が起きたのは、昨日の昼休みである。そして、その場にキョンは立ち会っていたのだ。
夢だの日記だのという曖昧な根拠ではない。今度は確実になにが起こったのか知っている筈だ。
あの瞬間なにが起きあたしにどんな現象が起きたのか、キョンに訊けば分かる筈なのだ。
もう一度、キョンに会わなくてはいけない。会ってそれを訊き出さねばならない。
あたしはパジャマを脱ぎ捨て、制服に着替えた。

「今日は休んだら?」
「大丈夫よ。ちょっとした貧血だから」
心配して引き止める母さんに適当な理由を告げ、あたしは学校に向かった。
教室に入るとちょうど木曜2限の授業中だった。教師に適当な挨拶をしてあたしは席に着いた。
途中にキョンがあたしを見詰めてきた。やっぱり何か見たのね……。あたしは確信した。

二時間目が終わった。真っ先にキョンを問い詰めてやろうとしたら、あっちからやって来た。
「よっ、ハルヒ。いつから来たんだ?」
「……二時間目の途中からよ。見てたでしょ」
キョンは一度訝しそうにしながらも、苦笑した。
「なるほど……そうなるんだよな……」
「そんな事よりキョン。どうしても訊きたい事があるんだけど」
「まだ駄目なんだハルヒ」
キョンは首を捻った。
「それは五時間目が終わってからだ。今のお前にとってもな」
「五時間目?」
あたしは首を捻った。時間がないからという意味ではないのだろう。それならば昼休みにでもするばいいのだから。

何故、昼休みや放課後ではなく五時間目が終わってからなの?
それにあたしにとってもですって?
「なんで五時間目なの?」
「数学の授業がある」
「だから、それがなんだってのよ?」
すると、キョンは苦笑を浮かべながら言った。
「お前関係では色々あったけど、今回も大変そうだな」
「?????」
「とにかく話はそれからだ」
そう言い残して、あたしとキョンの会話は終わった。

三時間目は体育であったが今回は欠席した。体調不良ということで遅刻したので、出るわけにはいかなかったからだ。
なにより五時間目にある『なにか』が気になって、それどころではなかった。
途中で心配してくれた阪中さんが声をかけてくれたりもしたが、適当にあしらった。

そうして、ようやく待ち侘びていた五時間目が始まった。
教室に入ってきた数学教師・吉崎は、片手にプリントを持っていた。
「この間のテストを返すぞ」
開口一番の吉崎の台詞にあたしは首を傾げた。
『この間』っていつよ?
二度目の『記憶喪失』を経て、あたしの時間間隔は少なからず信頼性を欠いていた。

「荒川、六十七点。植松、五十二点―――――」
吉崎はいつものように、点数を読み上げテストを返却していた。まったく陰険な教師だ。
今回のテストは特に難しかったらしく、点数は全体的に低かったらしい。平均点は六十点弱というとこだろう。
そしてキョンの番になった。

「●●●、0点。名前を書き忘れるなんて、随分初歩的な間違いをしたものだな」

キョンのテストの点は0点だったらしい、まったく名前を書き忘れるなんて馬鹿なんだから。
そのキョンを見ると、あたしの方を信じられないといったような目で見ていた。残念ながら現実よ。

その後、男子の分の配布が終わり女子の番になった。
「大野木、五十七点。剣持、七十点―――――」
吉崎の読み上げが続いた。そして……
「涼宮」
あたしは立ち上がって吉崎の前まで答案を受け取りに行った。吉崎は忌々しそうに、プリントを差し出してきた。

「お前はいつも居眠りしてるくせにな……満点だ」

教室にざわめきが起こった。あたしはプリントを見た。間違いなく赤ペンで100という数字が入っていた。
テストで満点を取る事も数回あったが、この問題はぱっと見でも解らない問題がある。
つまり、あたしには満点が取れる筈がないのである。
しかし、答案用紙にはあたしの名前と問題を解いた数式もあたしの筆跡で載っていた。
もちろんこのテストを受けた覚えはあたしにはなかった。
「あの、このテストはいつありましたっけ?」
吉崎はめんどくさそうにしながらも
「月曜日だ」
と答え、そのまま答案用紙返却を再開した。

やっぱり……覚えがないのも当然だ。これはあたしがあたしではない時に受けたテストなんだから。
それにしても、もう一人の『ハルヒ』は大した能力の持ち主らしいわね。
このテストを見ても、頭脳だけならあたしよりも上のようだ。
そうして立ち尽くしていたままのあたしは、キョンの視線に気付いた。
確かにキョンは驚いているようだった。だけど、違う。その驚きは単純な驚きとは違った。それがあたしにはわかった。
キョンが言っていたではないか。『五時間目が終わってから』と。
きっとキョンは、この事を予想していたのだろう。
いや……予想してたのなら驚きはしないはず。では、なんらかの示唆をあるいは予言のようなものを与えられていたのだろうか。
それが的中した事に驚いているのかもしれない。

「よし、それじゃあ答えあわせするぞ。みんな問題用紙を出すんだ」
吉崎が言った。

五時間目が終わり、キョンは振り返ってあたしの方を向いた。
「大したもんだな」
そんな事を言われても、覚えてもいないものを褒められても何も感じない。
「……どうだっていいわよ、そんな事」
「……そうだな。確かに昨日の会話からならそういう答え方になるよな」
「昨日の『あたし』?」
その言葉が、あたしの頭に引っかかった。
やはり知ってる。キョンはもう一人の『ハルヒ』の存在を知っている!
「キョンお願い、教えてちょうだい。昨日の昼休みになにがあったの?」
「ちょっと待ってくれハルヒ」
「なによ? 五時間目が終わったら教えてくれるって言ったじゃない」
「確かに言った。でも、もうすぐ六時間目も始まるし他人に聞かせるような話でもないだろ? 放課後話そう」
「でも……」
「それにハルヒから聞かされた話をそのままハルヒに聞かすのも馬鹿馬鹿しい。時間の」
キョンはそこで一度動きを止め、苦笑しながら。
「無駄だ。文字通りの意味だ。ハルヒに聞いたとおりなら、おそらく今日の放課後のハルヒなら俺の言ってる事がわかるはずだ」
「ちょっと待ちなさいよ。あんたの言ってる『ハルヒ』は、あたしじゃない『ハルヒ』でしょ?
 そうじゃなくて、あたしに説明してよ。そうじゃないと頭がおかしくなりそうなのよ」
「同じ事なんだハルヒ。お前も、お前の言うお前じゃない『ハルヒ』も、結局のところ同じハルヒなんだ」
「……は?」
それはどういう意味なんだろう? 同じ体を共有しているという意味にしてはおかしい。あたしは首を傾げた。
「とにかく約束は必ず守る。ハルヒに付き合うよ。お前の疑問はわかるけど、放課後まで待ってくれ。話はそれからだ」
キョンはそう言ったきり黙ってしまった。
それから何度か問い詰めたが、文字通り口を開かない。放課後までは話す気がないということなのだろう。
なにがなんだかさっぱり分からない。ただ一つ確かな事は、キョンがあたしの身に起こった事を、ただ知ってるだけでなく。
かなり明白な形で、把握しているらしいという事だ。
「放課後……か……」
随分と勿体付けられたが、放課後になればなにもかも明らかになるのだろうか?

「それにしても、涼宮さんよかったのね」
阪中さんが、急に話しかけてきた。
「? なにがよ?」
「キョン君と付き合えてだよ。やったのね」
あたしは気付いた。阪中さんは勘違いしてしまったのだ。
キョンは。『あたしに付き合う』と言ったのであって、『あたしと付き合う』と言ったんじゃないんだから。
「……別によくないわよ」
「そんなこと言って」
阪中さんは笑い声を潜めるようにして言った。
「今度詳しい方法教えて欲しいのね」
「??」
「楽しみにしてるのね」
「????」
一体もう一人の『ハルヒ』は、どこでなにをしていたのかしら。お陰で分からない事ばかりが増えていくわ。
早いとこなんとかしなくちゃね。あたしは今一度決意した。

六時間目が終わり、帰りのホームルーム、そして掃除も終わり、ようやく放課後になった。
あたしは早速キョンが待っているであろう文芸部室に向かった。
そして部室棟に行こうかと渡り廊下に出ようとしたその時、なにかがあたしに向かって飛んできた。

(またなの!?)

頭の隅でちらりとそんな事を考えながら、あたしは目をつぶった。


第2章 了。