日曜日。

朝っぱらから俺は駅前へ出かけていた。

昨日も「SOS団市内探索」で行ったのに、何故また?と思うだろう。

理由は一つ。自転車だ。

「ただいま…」

遠く駅前から歩いてきて、死にそうになっている俺を出迎えたのは妹だった。

「また一人でおでかけしてずる~い。どこ行ってたのぉ?」

駅前だよ。

「ええ。昨日も行ったのに、何しに?あれ?それ何?おみやげぇ?」

五月蠅い。いちいち相手していると埒が開かないのでテキトーにあしらい、自分の部屋に籠もることにする。

「あ~。クソッ」

ベッドに倒れ込む。

普段から出不精な俺には酷すぎた。足が瀕死状態である。

忌々しい微笑を思い出して舌打ちをする。

こうなったのも小泉のせいだ…。

天井を見上げながら、昨日の奇跡体験擬きを思い出す。

 

昨日。

タクシーに揺られること十数分。

目的地に着くまでの間、俺と小泉はハルヒ談義に花を咲かせていた。

と言っても、一方的に花を咲かせていたのは小泉であり、「あそこがカワイイ」「ツンデレ萌えるわ」とかそういう内容では全く無く、「人間原理」だ「粒子の質量比」だ「熱力学の第二法則」だという、胡散臭い科学宗教団体のような話だったが。

早い話、ハルヒは願望を実現させることができる。だが、今の世界の現状は、一部除いて、至って普通。エキセントリックなハルヒを中心として回っている世界が常識(我々の知るところの常識)で満ちあふれているのは何故か?

「涼宮さんの中で、願望と常識論がせめぎ合っているのですよ。例をあげれば…、『超能力者』がいて欲しい。でもそんなものがいるはずない。というふうにね。ですが、このとおり僕は存在しているわけです。『常識論』に『願望』が勝ったのでしょう。その結果、『超能力者』である僕が存在するにも関わらず、涼宮さん自身はそれに気づかないという矛盾が出てきたわけです」

ハルヒが常識人ねえ。まあ、テストの点数を見る限り、俺の数倍頭がいいのは認めるがな。

「一般的な思考形態を持つ、至って普通の女子校生ですよ。特別な能力を有しているということを除けばですが…。先月頭までは割と落ち着いていましたしね。ところが、ここ最近で、また荒れ始めているんです」

昨日もハルヒの機嫌を気にしてたな。何なんだ、その『荒れる』ってのは。

「それを今からお見せするんです。さあ、着きました」

タクシーが止まり、俺と小泉が降りたのは、オフィス街まっただ中のスクランブル交差点だった。

土曜日の夕方とあって、会社員の姿はあまり見あたらないが、それでも沢山の人がせわしなく動いている。

こんな人通りの多い場所で、超能力とやらを見せてくれるのか?

小泉が歩き出したので、後を追う。

ゆっくりと横断歩道を渡りつつ、小泉が言った。

「ここまで来てなんですが、今なら引き返せますよ」

「いまさらだな」

すぐ横を歩いていた小泉が、突然俺の手を握る。

気持ち悪い。なんだ?

「すみませんが、少しの間、目を閉じていただけませんか?」

…。いきなりキスとかしてきたらキレるぞ。マジで。

「とんでもない。すぐすみます、ほんの数秒で」

いいだろう。

俺は目を閉じた。

耳が冴え、辺りの喧噪が頭を取り巻く。

小泉に手を引かれ歩き出す。

一歩、二歩、三歩、ストップ。

「もうけっこうです」

目を開ける。

灰色の世界。誰もいない。周囲が黒い影で覆われた世界。

言葉を発せないでいる俺に、小泉は言った。

「次元断層の隙間、我々の知る世界とは隔絶された、『閉鎖空間』。我々はそう呼んでいます」

 

大雑把に言う。

そこで小泉は赤玉になり、『神人』と呼ばれる光の巨人と闘った。

「デタラメだな…」

溜息をつき、仰向けから横向きに体勢を変える。

あの時、目の前で繰り広げられた情景は、素直に受け入れ難いものだった。

夢じゃないだろうか。そう思って頬をつねったが、感覚神経が『痛えよ』と脳に伝えてくるだけだった。

複数の赤玉…もとい、小泉率いる超能力軍団と『神人』の激戦は、超能力軍団の勝利で幕を閉じた。

光の巨人が切り刻まれ、消滅する一部始終を呆然と眺めていただけの俺。

「お待たせしました」

小泉がいつもの笑顔で俺の目の前に降り立つ。

「あ…ああ」

我ながら間抜けな返事だ。

「最後に、もう一つ面白いものが見れますよ」

そう言って、空を指さす。

これ以上何があるんだ。

上を見上げ。また絶句する。

空に亀裂?

灰色がかった空に、蜘蛛の巣状のひび割れが見えた。それが、だんだん広がっていくのが解る。

「あの青い怪物の消滅に伴い、閉鎖空間も消滅します。ちょっとしたスペクタクルですよ」

小泉の説明の最中にも亀裂はどんどん大きくなっていく。

やがて亀裂は世界を覆い尽くし………砕けた。

同時に、日常の喧噪が鼓膜を揺らす。

崩れ去ったビルも、空飛ぶ赤い玉も見あたらない。

俺の知る世界だ。

呆然と辺りを見渡す俺に、小泉が話しかけた。

「信じてもらえたでしょうか?」

…信じるしかないだろ。だが、解らんことが多すぎる。

「そうでしょうね。順を追って説明しましょう」

そう言うと楽しそうに笑いながら、ベンチに腰掛ける。

「まず、あの青い怪物。我々は『神人』と呼んでいますが、アレは先ほど説明したように、涼宮さんの精神活動と連動しています。そして我々も同じなんです。閉鎖空間が生まれ、『神人』が生まれた時に限り、僕は異能の力を発揮できる。それも、閉鎖空間の中限定の話です。今、僕は何の力も発揮できません」

…なんでお前なんだ?お前もハルヒに選ばれたってのか?

「わかりません。おそらく誰でも良かったのでしょう。それこそ、イライラをはらした後始末をしてくれるなら誰でもね。貧乏くじを引いてしまったようなものです。たまたまなんですよ」

苦笑している。

ストレス発散のために超能力者をつくりだすとは、ホント無茶苦茶だな。ハルヒ。

「『神人』の活動を放置するわけにはいきません。アレが暴れれば暴れるほど、閉鎖空間も拡大していきますからね。あなたをご招待したあの空間。あれは小規模なものです。放っておけばどんどん広がり、やがて日本全土が閉鎖空間……なんてことになったら大変ですから」

あまり大変そうな表情に見えないが。

「そうですか?」

微笑みながら肩を竦める。

「ですが、本当に大変なことなんです。閉鎖空間が世界を覆い尽くせば、それは世界の崩壊と同義。なんとしても、防がねばなりません。ですから…」

そう言って、俺の顔を直視する。

「涼宮さんの動向には注意してください。ここしばらく安定していた彼女の精神が、活性化の兆しを見せています。特にここ最近、閉鎖空間の出現頻度が増していますので、僕も不安ですよ」

俺に言って…どうにかなるのか?

「さあ。どうでしょうか。可能性はあると思っていますよ」

なんでだ。

「あなたが涼宮さんに選ばれたからですよ。僕のように無意識にではなく、意識的にです」

朝比奈さんにも言われたが…、俺にはさっぱり見当が無い。

「きっとなにか理由があるはずです。何にせよ、あなたには期待していますから」

そんな爽やかな笑顔で言われてもな…。

「さあ、もう日が暮れてますし。家まで送りますよ」

言うと同時に、俺たちの目の前にタクシーが止まった。

タイミングいいな…。

車内。

特に話すこともないのだろう、小泉は黙り込んでいる。

その横で、俺は窓の外を眺めながら、考えていた。

朝比奈さんが『未来人』。小泉が『超能力者』。もう間違いなさそうだ。

ハルヒが望んだから。朝比奈さんも、小泉も同じ考えである。

では、長門は。

ハルヒは『宇宙人』の存在を望んでいた。

長門が宇宙人…。

信じられなかった。

今日だけで色々なことが起こり、分かり、教えられたにもかかわらず、長門=宇宙人ということだけはどうしても信じられない。

何故か。

長門自身の口から聞いていないからだ。

朝比奈さんも小泉も、自ら打ち明けた。

図書館で、俺が「話はあるか」と聞いても、長門は「ない」と答えた。

何故話さないのか。

わからん。

考えても考えても答えは出ない。

「なあ。小泉」

「はい」

頬杖をついて窓の外を眺めていた小泉が顔を向ける。

「長門は宇宙人なのか?」

聞くと、小泉はとちょっと驚いたような顔をし、

「…なんとも、言えませんね」

と答えた。

なんだ。さっきは如何にも長門を宇宙人だと決めつけている口ぶりだったじゃないか。

「はっきり言いますと、自信がありませんね。あなたは、長門さんからは何も聞いていないのでしょう?」

ああ。

「そこなんですよ。「長門さんが隠している」…と先ほど僕は言いましたが、何の根拠もないわけです。なにせ、『隠す理由』が解りませんから」

困ったような微笑のまま続ける。

「ですが、涼宮さんが望んだことが現実化されないのはあり得ないことです。そうでなければ、僕、そして朝比奈みくるの存在もあり得ないことになりますからね」

実はハルヒが『宇宙人』の存在だけ信じていない…とか。

「その可能性もあります。でも、ほんのわずかな可能性です。それに、一般的に『未来人』と『超能力者』よりも、『宇宙人』のほうが信じやすい存在だと思いますよ。宇宙は広いですからね」

そんなの人次第だと思うが。

「あなたは、長門さんが宇宙人であってほしくないのですか?」

「…」

そういうわけじゃない。ただ、長門が俺にそのことを黙っている理由が知りたいんだ。どうしてあの日。「あなたは宇宙人?」と聞いてきたのか。解らないままは嫌だ。

「フフ」

小泉は黙り込む俺の顔をのぞき込むと、笑った。

なんだよ。

「いえ。別に。どちらにせよ、長門さんが宇宙人でもそうでなくても、我々の対応にさほど変化はありません。未来人がどうかは知りませんが」

そう言うと、またもとの体勢にもどり窓の外を眺める。

「はっきりしない」とか言っていたが、おそらく、小泉たち『機関』は長門=宇宙人と決めつけている。

なんかムシャクシャするな。

なんなんだこの気持ち。

「着きました」

俺が得も言われぬ感情に襲われていると、小泉が声をあげた。

「今日はお付き合いしていただき、ありがとうございました」

微笑みながら軽く会釈する。

「ああ。じゃあな」

ぶっきらぼうに返し車から降りる。

車が去り、家に入ろうとしたところで、気がついた。

「あ。自転車」

 

それで、今日の朝。

わざわざ駅前まで歩き、自転車をとりに行ったのだ。

期待薄だったが、そのままにしておくわけにもいかなかった。

案の定、自転車は回収されていたがな。

小泉に付いて行ったせいだ。

……まあ、話を振ったのも、「証拠見せろ」と言ったのも俺だが。

結局、自業自得かよ。

クソッ。

何もしないで帰るのも癪だったため、俺はそこら辺をぶらついた。

そして、あのキャラクターショップの前に来た。

無意識に足が向いたらしい。

ショーウィンドーを覗く。

…まだあるな。

限定のプラモ。

長門は「いい」と言っていたが。どう見たって欲しがっていた。

「…」

幸い、俺のポケットにはサイフが入っている。

飯をごちそうになった礼もある。

手ぶらで帰るのもなんだしな。

色々理由付けを考え、俺は店に足を踏み入れる。

宇宙人であろうが、そうでなかろうが、どうでもよかった。

なんてことはない。俺は長門の喜ぶ姿を見たかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最終更新:2010年04月16日 20:48