小泉曰く、涼宮ハルヒは『神』であると。

この世界は誰かが見ている夢のようなもの。

この世界そのものが、その誰かにとって『夢』にすぎない代物であるのではないか。

世界を自らの意思で創り、壊す。そんなことが出来る存在。人間はそれを『神』と定義する。

その『誰か』とは、涼宮ハルヒである。

もし、全人類がそれまでの記憶を持ったまま、ある日突然世界に生まれた、…もとい、生み出されたとしたら。

それが、三年前に実際に起きたのだとしたら。

我々に、それを否定する術はない。

「涼宮さんにとって、この世界を滅ぼすことは造作もないことなんです」

軽く凄いことを言うな。エライことだぞ。

「ええ。ですから『機関』の者は戦々恐々としているんです。僕もその中に含まれますよ。万が一にも、この世界が神の不興を買ったら。今までの全てをリセットし、また一から世界を構築し直そうとするかも知れませんからね」

話の規模がでかくなってはいるが、朝比奈さんの言っていたことと似たような内容だ。

「涼宮さんが望んだことが実際に起きる」。つまり、ハルヒが「世界が滅びればいいのに」と思えばそうなるってことだ。

無茶苦茶な話である。

「もちろん、涼宮さんは自分がそのような存在であることは無自覚です。もし自覚していたとしたら……考えるだけでゾッとします」

そう言って肩を竦めてみせる。

「どうするんだよ」

「当然、涼宮さんには一生そのことに気づかないまま平穏無事な人生を送ってもらえるように努力します。そのための『機関』ですからね」

笑みを浮かべ、下を行き交う車を眺めながら言う。

「言うならば、涼宮さんは未完成の神ですよ。自在に世界を操るまでにはなっていない。当然ですね、自覚していないのですから。ただ、未発達ながらもその片鱗はすでに見えているんですよ?」

朝比奈さんと小泉がSOS団に入部したことか。

「ええ…。そうですが」

横目でチラッと見てくる。

「それでは道理が合いませんよね。涼宮さんは『宇宙人、未来人、超能力者』の存在を望んでいました。覚えておいでですか?僕が初めて部室に行った日の話です」

忘れるはずがない。

「『未来人』朝比奈みくる。『超能力者』小泉一樹。さて、『宇宙人』はどこへ行ったのでしょうね?」

コラ、待て待て。

「俺はどうなるんだ?除け者か?」

「それが一番の謎なんです。失礼ながら、あなたについて色々と調べさせてもらいました。保証します。あなたは特別な力を持たない、全くもって普通の人間でした」

でした、って。当たり前だ。お前に保証されるまでもないよ。

それよりも…だ。

「お前は長門が…。『宇宙人』だとでも言う気か?」

俺の真剣な目を一瞥し、フッと微笑む。

「あなたも。うすうす感ずいているのでしょう?」

「…」

「最近のあなたを見ていれば解りますよ。ふと見れば、あなたは長門さんに目を向けていますからね」

微笑をたたえたまま俺の顔をのぞき込んでくる。

「長門のことも調べたのか?」

小泉の視線を払うように首を背け、聞く。

「ええ。あなたと同じようにね」

それで、何か見つかったのかよ。

「決定的なモノは見つかりませんでしたが、ところどころ気になるところが…。詳しくは言えませんがね」

…。

朝比奈さんも言っていた。「長門の正体」。

やっぱりあいつは……。

「上司からこのこと…、つまり今話した『話』のことですが。話すタイミングを指示されていました」

小泉が手すりに寄りかかる体勢で言った。

「そのタイミングというのが、『他の勢力が動きを見せるまで待て』というものでして」

他の勢力?

「ええ。涼宮さんが言うところの『未来人』と『宇宙人』です」

つまり…、朝比奈さんと…。

「あなたはあの日、SOS団に僕が来た日です、長門さんとコンタクトをとりましたね」

俺が栞を見つけて、長門のマンションに行ったことか。

「我々は、長門さんがあなたに『話』を打ち明けたのだと思っていました。ところが…」

そう言うと肩を竦めるようにして、続ける。

「次の日からも、あなたの様子に変化は見られなかった。まるで何も聞かされていないかのように」

事実、俺は何も聞かされていない。

「それどころか、長門さんからも『動き』は見られなかった」

お前等の見当違いだったんじゃないか?

「それはありませんよ。我々『機関』の情報収集力はかなりのものですし、上の者も『確実』という意見です。それに、未来人も同じ考えのようですよ」

朝比奈さんの顔が脳裏をよぎる。

「どうやら『未来人』も、それで迂闊に動くことができなくなったのでしょう。涼宮さんを除いた、一番の謎とされるあなたが長門さんと接触して何もなかったのですからね。長門さんが無意味にそんなことをするとは考えられませんでしたから」

「予定が狂った」と朝比奈さんは言っていた…。そのことなのか?

「僕たちは、長門さんが何らかの理由で事実を隠しているのではないかと考えています」

隠す?何故だ。

「解りかねます。なにせ…」

「宇宙人」ですから、と続けることなく、小泉は微笑んだ。

今日の長門を思い出す。

図書館で見せた、動揺するような表情。

時々見せる、ぼんやりとした目。

俺が空を見上げながら考えていると、

「ひょっとしたら、あなたがこの世界の命運を握っているのかもしれませんよ」

唐突に言う。

「あん?」

「あなたの行動が、少なからず涼宮さんに影響を与えているということです」

朝比奈さんからも言われたな。

「今日の遅刻。戴けませんよ。涼宮さんの機嫌を著しく損ねてしまいました」

そんなことで世界が破滅することはねえだろ。

「『塵も積もれば山となる』です。油断は禁物、いつ何がトリガーとなるかは解りません。小さなイライラが募り募って…なんてことになりかねませんからね。これは我々からのお願いです。どうか涼宮さんがこの世界に絶望してしまわないように注意してください」

頼まれてもなあ…。

空は夕焼けから夜空に移行する中間地点くらいの、なんとも言えない色を放っている。

空を眺めたまま、聞いてみる。

「ここまで話を聞いたが、お前が超能力者だという証拠はないのか?」

「証拠ですか」

困ったように笑う。

「たとえばさ」

ポケットを探り、十円玉を取り出す。

「こいつを手に触れずに曲げてみてくれ」

「無理です」

即答かよ。

小泉は愉快そうに笑っている。

「そういう解りやすい能力とは違うんですよ。それに、硬貨を変形させるのは犯罪です」

じゃあ信じられん。

「困りましたねえ」

さほど困ったように見えない顔だ。

「力を使うにはいくつかの条件があるんです。お見せする機会が都合良く来れば良いのですが……っと、ちょっと失礼」

ポケットから端末らしきものを取り出す。

しばらくその端末を操作すると、フッと笑い、顔をあげた。

「あなたは運がいいですね。証拠をお見せすることができそうです」

そう言うと、歩道橋の下を指さす。

「ご招待しましょう」

小泉が指さした先には『空車』を示すタクシーが止まっている。

おい。タイミング良すぎるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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