図書館は意外に大きく、立派な見て呉れをしていた。

そういや最近できたんだっけな、ココ。

中に入るとこれまた意外に人が多い。せっかくの休日に図書館とは、気が知れん。

長門がフラッと歩き出したので、後に続く。

なかなかに広い館内を迷うことなく進んで行き、隅っこに追いやられた感が漂うやたら分厚くて誰も読まなそうな本が並んだ棚の前で止まった。

厚物好きだな…。俺には一生縁が無いだろうと思われる。

長門が本を物色する横で、俺はまたあの話のことを考えていた。

イカンな。頭から離れない。

いくら考えたって、解らないことは解ろうはずがない。

朝比奈さんの言っていたこと、ハルヒ、小泉、そして長門のこと。

俺には確かめようがないではないか。

考えたって無駄だ。

そう考えるように自身を説き伏せようとするのだが、頭に浮かぶのはあの話だ。

とにかく、帰りに小泉を問い詰めよう。

あいつは絶対になにかを隠している。いや、隠しているわけではないのだろうが、あいつが俺の知らないことを知っていることは確かだ。

………長門は…。

長門に…聞いてみるか…?

なんて聞きゃいいんだ?「お前は何者だ」とでも聞くか?いや、まさかな…。そういうわけにもいかんだろ。

…それとなく話を振ってみるか。

最近の長門の様子がおかしいのは事実だ。

部室でふと長門を見ると、膝の上で本を開いたまま窓の外を眺めてぼんやりしていたりする。

今日もそうだ。いつもとは違う、「どこも見ていない目」で空を見つめる。ほんのわずかな間だけだが、そんな姿を俺は見ていた。

……もしかしたら、長門も俺に…話すべきことがあるのだろうか。

なにか悩んでいるのか、隠していることがあるのか…。

「長門」

長門は本を読むのを中断し、顔をあげた。

淡泊な無表情が俺を見上げる。

「お前は俺に何か話すことがないか?」

「……ない」

「そうか。ならいいんだ」

長門の表情がわずかに変わったのを俺は見逃さなかった。

俺の話を聞き、長門は動揺した。そう見えた。

話したくないのか…話せないのか…、それとも本当に話すことはないのか。

なんにしろ長門が話さないのならそれでいい。

これ以上、長門を問い詰める気は毛頭無かった。

俺は厚物コーナーを離れ、文庫本が並ぶ本棚付近をブラブラした。

最近はまったく活字を追わなくなった。

久しぶりに読んでみるか。

目についた本を抜き出し、パラパラとめくってはまた戻す。

そんなことを繰り返しながら、適当な一冊を選び、受付前のソファに腰掛ける。

さて、読書を嗜むとするか。

ブブブブッブブブブッ

「おわっ」

飛び起きる。

ケツポケットのケータイバイブが振動したのだ。

周りの迷惑そうな視線に気づき、正面玄関に移動する。

どうやら俺は寝ていたらしい。

本の内容をまるで覚えていないのは、寝ていて読んでいないからだろう。

待ち受けを見ると、4:30。

認めたくないものだな…。

無視するわけにもいかないので、応答する。

「はい」

『なにやってんのこのバカ!』

耳が死ぬ。

『今何時だと思ってんの!?』

「すまん。今起きたとこだ」

『ハァ!?こんのアホンダラゲェ!』

「アホ」か。お前だけには言われたくなかったぞ。

『とっとと戻りなさいよ!三十秒以内!』

無理だろ。

勢いよく切られた携帯をポケットに戻し、長門を探す。

さっきの場所だろ。そう思って行ったが、いない。

どこだ?

探し回っていると、見つけた。

長門は児童文学のコーナーにいた。

長門が児童文学?

「長門」

声をかけると、本を読む体勢のままこちらに顔を向ける。

「不覚にも集合時間過ぎちまった。行くぞ」

「…」

反応なし。

「ハルヒが怒り狂ってるから、急がないと…」

「…まだ読み終わってない」

手に持った本を持ち替え、胸の前で抱きしめるようにする。

いや、まだ読み終わってないって…。

「…」

訴えかけるような目。

…こりゃあ梃子でも動かなそうだ。

「じゃあ、借りればいい。ここは図書館だしな」

カードは…。

「持ってない」

だろうな。

長門を受付まで連れて行き、カードをつくり、本を借りるまでの時間、ケータイのバイブ鳴りまくり。俺焦りまくりだ。

借りた本を大切そうに抱える長門を急かしながら駅前の広場に着くと、ハルヒからのプレッシャーが凄まじいことになっていた。

朝比奈さんは疲れ切った顔で微笑み、小泉はおどけたように両手を挙げ笑っている。

ハルヒは、視線で俺を刺し殺さんとする目で、

「遅刻。罰金」

と言った。

またおごるのかよ。

 

結局。収穫と呼べるものは無かった。

SOS団にとって無駄以外のなにものでもない。

「疲れたァ…。涼宮さん凄く歩くの速くて、ついて行くがやっと」

溜息をつく。

「お疲れです」

「キョンくんも」

背伸びして、俺の耳元に唇を近づける。

「今日は話聞いてくれてありがとう」

い、い息が、耳に…。

「じゃ」

そう言って笑うと、頭を下げ去っていく。

と、そうだ。小泉。

後ろでハルヒに別れを告げている小泉をみつけ、肩を叩く。

「小泉」

「はい?何でしょう」

変わらぬ笑みで返してくる。

なるべくハルヒに聞こえないように声を細め、

「お前も俺に話があるんじゃないか?」

ピクッと反応する。

ビンゴだな。

小泉がスッと顔を近づけた。

「ここでは…少し。涼宮さんに聞かれても困りますから。後ほど、あそこのコンビニで落ち合いましょう」

顔が近い。顔が。

フっと微笑むと、一歩下がり、爽やかスマイルで会釈し去っていった。

周りを見て長門がいないことに気づく。

なんだ帰っちまったのか。

残った俺とハルヒ。

「あんた、今日一日なにしてたの?」

「さあ。いったい何をしていたんだろうな」

おどけると、ハルヒがキッと睨んできた。

「そんなことじゃダメじゃない!」

本気で怒っている。

「…そういうお前はどうなんだ?なんか見つけられたのかよ」

ウグッ、と下唇を噛む。

「まあな。一日やそこらで見つかるほど、向こうも無防備じゃないだろ。今日一日まるっきり無駄だったこともないさ」

フォローを入れる俺を横目でジロリと一瞥すると、つんと横を向く。

「明後日、反省会しなきゃね」

そう言うとさっさと踵を返し、あっという間に人混みに紛れていった。

 

ハルヒを見送り、そのまま駅前通りのコンビニに向かう。

コンビニの前には、既に小泉が待っていた。

「どうも」

憎たらしい笑みで手を挙げる。

「ここじゃなんですから…静かに話せる場所に行きましょう」

連れてこられたのは歩道橋の上だった。

「ここって…静かに話せる場所なのか?」

人と話す場所に「歩道橋」を思い浮かべる人は少ないだろう。

「落ち着くじゃありませんか。僕などは好きですよ」

そうか。まあそんなことどうでもいい。

「お前も俺に話すことがあるんだろ?」

「お前も…と言うからには、お二方からアプローチを受けているんですね」

さも今知ったみたいな言い方するが、お前がほのめかしたんだろうが。

「すいません。いろいろありまして」

「だが、「二人」ではない。『話』をされたのは朝比奈さんからだけだ」

「おや?そうですか」

ちょっと驚いたような顔を見せ、またいつものスマイルに戻る。

「どこまでご存じですか?」

「いろいろ聞いたがな、ハルヒが普通じゃないとか」

「それなら話は簡単です。そのとおりなのでね」

そのとおり…か。

「お前は何者だ?」

ずばり聞きたかったことだ。

「宇宙人か?」

「いいえ」

「じゃあ超能力者か」

「はい。まあちょっと違う気もしますが…。超能力者が言い得て妙ですかね。そうです。僕が超能力者です」

変なオジサンみたいなノリで言われてもな。

「本当はもっと遅くに転校するはずでしたが、予定が狂いまして」

予定?

「僕はもう少し距離を置いて、外部から涼宮ハルヒを観察する予定だったんです」

ハルヒを虫か何かみたいな言うな。朝比奈さんはもう少し気にかけてたぞ。

「気を悪くなさらないでください。我々も必死でして。彼女を危機から守るのも我々の仕事です」

我々って、他にもいるのか。

「ええ。たくさん…というわけではありませんが、一桁以上はいるはずです。末端の僕には正確にはわかりませんがね。皆が『機関』に所属しています」

『機関』…。またいかにも怪しいな。

「実体は不明です。どのぐらいの規模・人員で構成されているのか。トップにいる人たちが全てを統括している…もっぱらの噂ですがね」

「…それで、その『機関』とやらの目的はなんだ?」

まあだいたい見当はつく。

「あなたの想像どおり。『機関』は涼宮ハルヒを監視・観察するためだけに、三年前発足されました。涼宮さんの監視が目的ですよ」

ハルヒのねえ…。学校に入り込んでいるのはお前一人か?

「するどいですね。仰せのとおり。既に何人ものエージェントが侵入済みです。僕は追加要員」

ふと谷口の顔が脳裏をよぎったが、一瞬で消えた。あいつにはエージェントって言葉が似合わなすぎる。

それにしても…。

「またハルヒか…。それに、また三年前か…」

溜息をつく。

「今から三年前になにがあったか知りませんし、解りません。僕に解るのは三年前のあの日、突然僕の身体に超能力としか言いようのない能力が備わった…ということだけです。最初はパニックでした。怖い思いもずいぶんしましたよ。すぐに『機関』からお迎えが来て救われましたが。もしあのままだったら、きっと頭がおかしくなって自殺していたかもわかりません」

笑いながら話すような話じゃないな。

「ハハ。そうですね。ですが重要な『話』はここからなのですよ」

嬉しそうに微笑む。

重要なのはこっから?

お前の正体以外にまだ話すことがあるのか。

「涼宮さんについてです」

ハルヒか…。

「何故我々『機関』が涼宮さんを重要視しているのか…」

人差し指を立て、鼻筋をなぞる。

そして唐突に、こう切り出した。

「あなたは、世界がいつから存在していると思いますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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