「お。ソフトクリーム。食います?」
「ソフト……?どんなクリームですか?」
どんなクリームて、朝比奈さん。
アレですよ。
俺は通りの向こう側にある『まちのアイス屋さん』を指さす。
「あ、アイスですかぁ。へえ~。あれがソフトクリーム」
……未来にはないんですか?
「禁則です」
さほど気にも留めず、アイス屋の車に駆け寄ると、アイスをとぐろ巻きにするおっちゃんの手元に見入っている。
「わぁ~。すごい」
子供のように歓声をあげた。
…仮に俺が未来人だったらこんな迂闊な言動しないだろうな。
いまどきソフトクリームを珍しがる高校生なんて、ど田舎探したって見つかろうはずがない。
現に、おっちゃんが訝しがる目を朝比奈さんに向けている。
本当に未来人としての自覚が有るのだろうか……。
まあ、そこが朝比奈さんの魅力なのだ。かわいいですよ。朝比奈さん。
「食べたことないんすか?」
「うん。見たことはあるけど…」
貧しい青春なんだ。
「おごりますよ」
ポケットからサイフを取り出し、おっちゃんにオーダーする。
「あ、そんな、いいですよぅ」
いえいえ。遠慮なさらずに。ソフトクリームの一本や二本、安いもんだ。特に朝比奈さんならもう全然。
「ありがとう」
ソフトクリームを受け取ると、遠慮がちにペロペロとなめる。
「わぁ。おいしい」
それはなによりで。
公園を後にした俺たちは、特にすることもないので(不思議探しは別)、街をブラブラしている。
アクセサリーや小物・雑貨を見てまわりながら、まるっきりデート気分だった。
これが「SOS団市内探索」という名目の上に成り立ったものでなかったらどれほど幸せか…。
ソフトクリームを食い終わって一息つく。
朝比奈さんはまだ食事中。
食べ進めるのが遅いため、溶け始め垂れるアイスに苦戦している。
「わっ、垂れる。わひっ、こっちからも」
いちいちかわいいな。狙ってできる技じゃない。
俺が朝比奈さんを眺めていると。
携帯が鳴った。
「はい?」
『いったん集合。駅前のさっきの場所ね』
ハルヒだ。
「喫茶か?」
『駅前のあの広場!十二時までに』
プッ
用件言ったらサヨナラかよ。ったく。
時計を見る。
……あと十分じゃねえか!
こうしちゃいられない。
「朝比奈さ…」
横を見ると朝比奈さんは対ソフトに夢中になっていた。
やっとコーンの中盤に挑んでいる。
垂れるアイスとコーンをどう食べ進めるかで手間取っているようだ。
「コレって、食べるの難しいですね」
……こりゃ、間に合わねえな。
「何か見つかった?」
「何も」
遅れたことは咎められなかった。
それよりも「収穫無し」に憤慨しているらしい。
「ほんとに探してた?馬鹿みたいにふらふらしてたんじゃないでしょうね。みくるちゃん?」
朝比奈さんがふるふると首を振る。
「そういうお前等はどうなんだよ。なんか見つかったか?」
ハルヒ沈黙。
後ろで小泉が笑いながら頭をかき、長門はぼんやりしている。
「とりあえずお昼にしましょ。それから午後の部ね」
まだやるのか…。
ハンバーガーショップにてミーティング。
ハルヒがゴチャゴチャと話す横で、俺は朝比奈さんの話を思い出していた。
朝比奈さんの言ったことがすべて真実なら…。
前を見る。
小泉。こいつは「宇宙人」はたまた「超能力者」ってことになる。
小泉とも知り合ってだいぶ(と言っても数週間)経つが、そんな節は見あたらん。
いつも食えない笑みをたたえ、勝負ごとが異様に弱いコイツがそんな特異な存在とは思えない。
…だが昨日の小泉の話。
『普通』とは思えなかった。
「朝比奈さんか長門から『話』はされたか」と訊かれ、次の日(今日)、朝比奈さんから『話』を切り出された。
ハルヒのこともある。
朝比奈さんの話。「ハルヒには望んだことを実現させる能力がある」。小泉もハルヒのことを気にしていた。
コイツも朝比奈さんと同じようにハルヒを監視しているのか…?
俺の視線に気づいたらしい。
小泉が「なにか?」と言わんばかりに微笑んだ。
おもわず目をそらす。
クソ。何で俺がビビってんだ。
話すべき時がきたら話す……とか言ってたな。
帰り際にちょっと揺すってみるか。
そんなことを考えながらも、俺が一番気になっているのは長門だった。
小泉の横で黙々とメロンソーダを飲んでいる。
朝比奈さんは如何にも長門が普通の人間でないようなことを言っていた。
「長門の正体」。
頭の中でこのワードが強調される。
正体?
長門は「宇宙人」なのか?「超能力者」なのか?
そんなことあるわけない。…と言い切れない。
俺はまだ長門のことを知らなすぎる。
もしかしたら本当に長門は普通じゃないのかもしれない。
そうだとしたら、何故、俺にあんなことを聞いたんだ?あんなことを話したんだ?
長門の電波話。
俺に「あなたは宇宙人?」と聞いてきたまっすぐな、だがどこか不安げな目。
好奇心だけではないと朝倉は言っていた。
関係があるのか?
解らない。
今日の長門、いや、最近の長門は様子がおかしい。
眼鏡を外したとか、そういうことではなく…。
「ちょっとキョン!」
ハルヒが顔を覗きこんできた。そのせいで思考が停止してしまった。
な、なんだよ。
「なにって、わたしの話聞いてなかったの?」
全然聞いてなかった。
「馬鹿!」
目をつり上げ俺を睨み付ける。
「しゃきっとして!」
悪い悪い。なんだって?
「くじで班決め!こんどはわたしからひくから!」
そう言うとさっきの爪楊枝を突き出す。
持ってきたのか。用意いいな。
「ん~……これ!」
印無し。
「ふーん。さ、小泉くん引いて」
小泉が微笑をたたえながら、一本を選び取る。
お前笑ってばっかだな。
「無印ですね」
「はい。みくるちゃん」
「え……と。無印ですね」
早くもグループが決定した。
ハルヒ・小泉・朝比奈さんグループと、俺・長門グループだ。
ハルヒは自分の無印爪楊枝を睨み付け、それから俺を睨む。
な、なんだよ…。
「四時に駅前で落ち合いましょう。今度こそ何か見つけてよね」
そう言い放つと立ち上がり、
「行くわよ!みくるちゃん!小泉くん!」
ズカズカと外へ出て行く。
「では…。ああ、またごちそうになりましたね。ありがとうございます」
皮肉か…?
微笑みが憎たらしい。
「あの、じゃあ。後でね。ごちそうさま」
手を振りハルヒを追いかける朝比奈さん。
惜しむように見送ってから、長門に向く。
「どうする?」
「…」
無言。俺を見上げてくる。
「…どっか行きたいとこ、あるか?」
「…」
「…図書館にでも行くか」
長門と行くとしたらここしか思い浮かばん。
コクッとうなずくのを見て、
「じゃあ行くか」
俺たちも店を出る。
図書館へ向かうため駅前の商店街を歩いていると、
「…ん?」
横を歩いていたはずの長門が消えた。
うおっ!と思って後ろを振り向くと、長門がいた。
驚かすなよ…。
長門はキャラクターショップに目を向け突っ立っていた。
「どうした?」
「…」
無言のまま、その店に向かって歩き出す。
「おい」
しょうがないから俺も続く。
すると、長門は店に入らず、ショーウィンドーの前に来た。
陳列棚には、長門が大ファン(朝倉談)であるケロ○軍○の特設コーナーがあった。
なるほどこれが目当てか。
「…」
凝視している。
食い入るように見つめ、だんだん近づき、やがて窓にコツンと額をぶつける。
「欲しいのか?」
長門の目線の先。
限定のプラモだ。たしかギロ○伍○とかいったな。このキャラ。
「…買うか?」
俺が聞くと、長門は、
「いい」
そう言って歩き出す。
そうか…。凄く欲しそうに見えたけどな。買ってやっても良かったんだが。
長門がプラモを見る目。
純粋に欲しい物を見る目だった。
限定のプラモ。
『限定』とあって多少割高だが、高価なわけではない。
黙々と図書館に歩を進める長門を追いかけながら、俺は自分のサイフ状況を思い出していた。