2月14日の昼休み。屋上へのドアの手前の踊り場へと俺を連れ出したハルヒは、
「はい、チョコレート」
そう言ってチョコを鞄から取り出し俺に手渡しきた。
「え?」
あらかじめ断っておくと別にハルヒがチョコを普通に手渡したから驚いているわけではない。
いや、本来ならそこも驚くべきところなのだが、今はそれ以上に衝撃的な事があるので些細なことだ。
では、何にそんなに驚いているのかというと…
「じゃ、あたしは先に教室に戻ってるから」
驚いたのはハルヒがくれた物の形に対してである。具体的に言うと…、
「お、おい」
なんとこれ、ハートの形をしているのである。
「…これって…やっぱり…あれだよ…な?」
見たところ、これはチョコを直接ラッピングしていったものである。それがハート型をしているということは
つまり中身のチョコもその形であるはずで…。それが義理である可能性は低いのではないだろうか?
「本命?」
いや、待て。相手はあの涼宮ハルヒだぜ。普通を嫌うあいつが休み時間にわざわざ
人気のないところに連れてきて本命チョコを渡すなんてベタなことをするだろうか?
いやいや、落ち着け俺。それ以前にあいつは恋愛なんて精神病の一種なんて言う奴なんだから
そもそも本命チョコなんてありえるわけが……ん?何かさっきと間逆のこと考えてないか?
「ええい、やめた」
下手な考え休むに似たりだ。そんなことをするより直接中身を見たほうが早い。
幸い今は昼休みだ。部室には誰もいないか、いても長門くらいだろう。そこで見てやる。
ここで見てもいいがほこりっぽいところで食べ物を開封するのは衛生上よろしくないというか
こんなもん持って教室に戻ったら谷口あたりに何を言われるかわかったものじゃなく
どの道これをどこかにおいてくる必要があるので、だったら部室の方がいいだろう。
というわけで、俺は部室へと向かうことにした。

 

「誰もいないみたいだな」
珍しい事に部室には誰もいなかった。
長門は今日は教室で昼飯を食ってるんだろうか?部屋に誰もいないのに鍵をかけてないなんて
普通に考えれば無用心だが、この部屋の主こと長門有希が一般人に遅れを取るわけがないので
ノープロブレムだろう。おかげで誰に見つかることもなく中身を確認できるってもんだ。
「どれどれ…」
後で元に戻せるよう丁寧にラッピングを外していくと中から茶色い洋菓子が姿を現す。
「…………」
中身は予想どおりハート型のチョコだった。
「何じゃそりゃ…」
…のだが、チョコレートの表面にはこう書かれていた。義理と。

別にハルヒから本命チョコを貰えると期待していたわけではない、ないのだが…
いざ義理とわかるとなんかこう…心にグサッとくるのはなんでだろう…。
「はあ…」
思わず大きな溜息を吐く。
「たく、ハルヒの奴しょーもないことを考えやがって」
世の中には騙される方が馬鹿という言葉があるが、ハルヒからもらったこれの外見は、
形、ラッピング、共にそれっぽく、どう見ても本命チョコなのである。騙された俺を誰が責められよう。
「ん?」
チョコの下に紙?
「何だ?」
チョコの下敷きにされていた紙を裏返すとそれにはデフォルメタッチのハルヒが赤十字の赤と
白を逆にしたような旗を持ってる絵が描かれていた。因みにLugeと書かれているふきだし付き。
「Luge?」
さっきから疑問符を付けてばかりだな俺。…とかどうでもいいことはおいとくとして、Lugeとは英語か何かか?
「調べてみるか」
ちょうどいいことにこの部室にはITの申し子があるわけだしな。
というわけで知的好奇心に駆られLugeとやら検索サイトで検索してみたのだが…、
「………」
検索に引っ掛かったのはリュージュというソリ競技に関してのことばかりだった。
リュージュは冬季オリンピックの競技にもなってるんだからタイムリーといえないこともないが
今の状況とはあわないよな。となるとやはり絵のハルヒが持っている旗と関連付けないといけないのか…。
って、何真剣に考えてるんだ俺。これを解読できたからってこのチョコが義理から本命に
変わるわけでも変わるわけであるまいに。…いや、別にハルヒから本命チョコを貰いたかった訳じゃないぞ。
ん?何かさっきも同じ事を考えた気が…というか俺は一体誰に言い訳してるんだよ。ばかばかしい。
「さっさとチョコを冷蔵庫にしまって教室に戻るか」


「よし」
チョコを元通りにしたし後は教室に戻るだけだ。…勘がいいハルヒに中身を見たことを
ばれないようにしないとな。ばれたら何言われるかわかったもんじゃない。
そのときだった。部室内に来訪者の訪れを知らせるドアのノック音が響いた。
ハルヒや長門はノックをしない。普通の生徒がここに来るわけがない。
なので、本命・対抗馬は朝比奈さんと古泉、大穴で鶴屋さんといったところか。
「どうぞ」
そんなことを考えつつ入室を促した。
すると、ガチャッとドアノブが回る音とともにドアが開き、
「どうも」
愛しのマイエンジェル朝比奈さん…ではなく、常時にやけ面のエスパー少年古泉一樹が部室に入ってきた。
「何だ、お前か」
「おやおや、随分な言いようですね」
そう言いながら古泉は鞄を机に置く。
「昼休み部室に来てどうしたんだ?」
よもや俺に会いに来たとか言わないよな。それは勘弁してくれ。今はお前の話を聞きたい気分じゃない。
「それは僕があなたにしたい質問ですね」
「おい」
「ふふ、冗談です。」
冗談ならもっとウイットに富んだもんに…いや、やっぱいい。どの道ムカツクだけだ。
「頂いたチョコを冷蔵庫に入れに来たんですよ」
そう言って古泉は鞄の中から綺麗にラッピングされた箱を取り出す。
ひの、ふの、みの、よの、ご…随分貰ってるなあ、この野郎。こっちはまだハルヒからの
悪戯チョコ一つだけだと言うのに。ええい、忌々しい。
「ところであなたはどうしてここに?」
「どうしてって…お前と同じ理由だよ」
と言っても、俺はお前はみたいにたくさんチョコを貰ったわけじゃないけどな。
「なるほど」
そう言って俺の返答に対して納得の意を示した古泉はそのままチョコを持って冷蔵庫に向かう。
ん?ちょっとまて。よくよく考えてみると今の状況って不味くないか?
あのチョコを古泉に見られたら要らぬ誤解を招く可能性が高い。…その結果俺の気分を激しく
害するのはめになるのは想像に難くない。くそ、何であのまましまっちまったんだ。
「古泉!」
「何でしょう?」
古泉は不思議そうに俺のほうに振り向く。
「いや…」
呼び止めたのはいいがどうしたものか。いくら時間を稼いだ所で冷蔵庫の中のハルヒチョコが
消えるわけでも古泉が冷蔵庫にチョコをしまうのをやめるわけでもない。
とはいえ時間稼ぎ以外にできることが思い浮かばん。
ええい、ままよ!
「実はお前に聞きたいことがあるんだ」
「おや、珍しいですね。ぜひ、拝聴させてください」
そう急かすな。考えながら喋るのは大変なんだぞ。
「別に大したことじゃないんだが…」
さて、何を聞こう…何かいいネタはないものか…。
そんなことを考えながら何気にポケットに手を入れるとさっきハルヒチョコに同梱されていた紙に手が触れた。
これだ。
「古泉、この旗が何だかわかるか?地理か何かの授業でやったんだが忘れちまって」
団長机の中から紙とマジックを取り出して描いて古泉に見せる。
「これは、中々タイムリーですね」
タイムリー?
「どういう意味だ?」
「今日は何の日かご存知ですよね?」
いつもならさっさと言えとつっこむところだが今は回りくどく話してくれた方が都合がいい。
「バレンタインデーだろ」
だからのってやることにする。
「そのとおりです」
「それで?この旗とバレンタインデーに何の関係があると?」
「バレンタインデーといえば日本ではチョコレートの存在が切っても切り離せませんが…」
ここで古泉は演劇みたいに大げさな感じで間を取る。
「実はこのチョコレート、最初から今のようなものではなかったんです」
この前振りは俺にじゃあどんなのだったのかって聞けってことか。
「じゃあ、どんなのだったんだよ」
「飲み物だったんですよ」
飲み物?
「ええ。それも今のように甘くなく苦いものだったそうです」
ははあーん。こいつの言いたいことが何となくわかった気がするぞ。
「お前の話しぶりから察するにこの旗はチョコレートを現在のような状態にした国の国旗ってわけか」
「ご名答」
成る程、確かにタイムリーだ。
「それで、これはどこの国旗なんだ?」
「スイスですよ」
スイスか…確かあそこで一番使われている公用語はドイツ語だったな。ということは…って考えに
ふけってる場合じゃない。話のネタが終わっちまった。次どうしよ…ん?
よく見ると古泉の奴チョコを机に置きなおしてるじゃねーか。さては解説するのに邪魔だから置いたな。これはチャンスだ。
「そうか、スイスか。教えてくれてありがとよ、古泉」
例を言いつつさりげなく古泉と机の間に割り込む。
「どういたしまして」
さてと、ここからが肝心だ。さりげなーく、さりげなーく。
「だが、解説するならチョコを冷蔵庫にしまってからのほうがいいぞ」
そう言いながらチョコを取り冷蔵庫に向かう。もちろん、古泉から見て冷蔵庫が俺の影に隠れるようにだ。
「おっと、そうでしたね」
よし、うまくいった。この角度なら古泉からは冷蔵庫の中身は見えないはず。
「ほらよっと」
チョコを上手く放り込んだら即座に冷蔵庫のドアを閉める。
ミッションコンプリートだ。
「どうも」
「気にするな」
ふぅ…、一時期はどうなるかと思ったが何とかなったな。

 


「では、お先に」
「ああ」
あれから少し雑談した後、古泉は先に退出した。
「ふぅ」
さてと、邪魔者が消えたことだしさっさと調べ物をするか。
さっきシャットダウンしたばかりの団長様愛用パソコンに手を伸ばし電源ボタンを押すと、待つこと数秒で立ち上がった。
「検索ワードは、独和辞典、無料、くらいでいいかな」
絵のハルヒがスイスの旗を持っていたってことはLugeとやらはスイスの主な公用語ドイツ語の可能性が高い。
検索サイトからとある独和辞典のサイトへと飛び、Lugeと入力する…前に一呼吸。
さて、これは何て書かれてるんだろうね。単語一つだけだからそこまで酷いことは書かれてない…よな。
「いくぞ」
どうせ俺を馬鹿にするような言葉が書かれてるだろうと思っているのに調べずにはいられないのは何故だろうね。
人間が知的好奇心旺盛な生き物だからか?…とかどうでもいいことが頭をかすめたが気にせず左クリック。
するとLü・geという単語が検索結果の一番上にきた。
おそらくこいつだろう。さて、Lü・geとやらの意味はいかに?
Lü・geと書かれた部分にカーソルを合わせまたも左クリック。
その結果は…。
「なんじゃそりゃ」
単語の意味を見て思わず溜息を吐く。
Lü・ge。読みはリューゲで日本語に約すと嘘の意。これがとんだ先のページに書かれていた全てだった。
つまり、あの紙はチョコに書かれていた”義理”の字は嘘だといことを指していることになるのである。
「ふぅ…。」
謎が解けたら急に体の力が抜けた気がした。
「…たく、ひやひやさせやがって」
ん?今、俺は何と言った?ひやひやだと…。何で俺がハルヒのチョコくらいでひやひやせねばならんのだ。
しかし、今感じている脱力感は呆れたときのものよりは安堵したときのもの近い気がするのも
否定できないわけで…ということは何だかんだでやはりそういうことなのだろうか…。
「やれやれ」
なんてこった。気付かぬ間に随分とハルヒに毒されてしまっていたらしい。
「…ほんと、やれやれだ」

それにしてもハルヒの奴もこんな回りくどいことせずに普通にやってくれればよかったのに。
つっても普通をこよなく嫌うあいつがそんなことするわけないか。
でも、まあ…暗号を解かないと伝わらないようなメッセージを送られるってことは
俺がちゃんと解けるって信頼されてるからこそ…だよな。…多分。
そんなことを考えていると、昼休み終了が近いことを告げる予鈴が耳に届いた。
「もう昼休みは終わりか」
ということで、教室に帰らなくてはならないわけだが、俺の後ろの席にはあれを渡した張本人がいるわけで、
一体俺はどんな顔をして教室に入ればいいんだろうね?
何事もなかったようにいつもどおりにするのが1番無難な気がするが、酷く落ち込んでる感じで
戻ってみると案外ハルヒの反応が面白そうな気がする。いや、まてよ。それより…。

…とまあ、どんな顔で教室に戻るかを考えつつ、ハルヒが待っているであろう教室に帰る事にした。

 

終わり


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