『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』
栞に導かれて、今、長門のマンションの一室にいる。
学校では話せないことがあるらしいのだが……長門はなかなか話を切り出そうとしない。
部屋に通され最初の茶に手をつけてから、長門はずっと俺を見ている。なんだか観察されている気分だ…。
興味深そうに向けられる長門の視線に耐えきれず、俺から「学校では話せない話」とやらを引き出すことにした。
「お茶はいいから、俺をここまで連れてきた理由を教えてくれないか」
………答えない。
「学校ではできないような話って何だ?」
水を向ける。ようやく長門は薄い唇を開いた。
「あなたのこと」
俺?
「あなたの正体」
俺の…正体…?何が言いたいんだ?
「あなたは普通の人間じゃない」
…いきなり失礼だな。
「そういう意味じゃない。性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、あなたはわたしのような大多数の人間と同じとは言えない」
意味が解らん。
「あなたは宇宙人」
「…」
「だとわたしは踏んでいる」
「…」
「正確には『宇宙人』ではない」
そう言うと長門は「ちょっと待ってて」と、隣の部屋へ入っていった。ゴソゴソと押し入れを探る音が聞こえる。
…というか、なんだ今の話は。俺が宇宙人…?からかっているのか?だが長門の目はいたって本気で、嘘を言っているようには思えなかった。これはかなりの境地に達した電波娘のようだ。やばいんじゃないか?
とにかく早くここから立ち去らねばなるまいと決心を固めていると、長門がぬいぐるみを抱えて戻ってきた。
「あなた達に『宇宙人』として認知されているのはおそらくこのようなモノ」
そう言いながら俺の目の前に、額に赤い星のついた黄色いキャップをかぶる緑色のカエルらしきキャラクターを突き出す。
「…あの。そろそろおいとまさせていただ」
「話はまだ終わってない。聞いて」
「いや、ほら、もう遅いし。親も心配して…」
「聞いて」
静かに、だが語気が強い三文字に思わずあげた腰を下ろしてしまった。
長門は俺があきらめて正座から足を崩し、あぐらへと移行する様を見届けると、満足したかのように(全くの無表情だが)ケロ○を膝のうえに乗せ、話を続けた。
「一般的、普遍的人間が『宇宙人』という単語を聞いた場合、このような有機生命体を連想する人間が大多数を占める」
まあそうだな。生命力がない物を宇宙人と連想するヤツがいれば、そいつにとっては流れ星も宇宙人だ。
「でもわたしは違う。わたしの想像する『宇宙人』は実体のある有機生命体ではない」
はぁ。
「肉体を持たず、生死という概念は存在しないが、自分の意志を持ったモノ」
ほぉ。
「情報統合思念体」
…ん?
「情報統合思念体」
じょうほう…?
「そう。情報統合思念体。わたしはそう呼んでいる」
呼んでいる、て……お前が考え出したんだろ。存在するのかわかったもんじゃない。
「存在する。そう確信する」
いや、どこが提示した確定情報だそれは。
「…勘」
自分の頭を指さしながら、誇らしげに(これまた無表情なのだが)そう言い放った。
眼鏡属性でありながら論理的に見えて論理的じゃないのか?よくわからないな。
不思議そうに長門の顔を眺めていると、「情報統合思念体」とやらのレクチャーが始まった。
情報統合思念体。
銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の(ry
電波でやたらと難しい話を長々と聴かされ、頭がパンクし始めた。
「早い話が…情報だけで存在してるってことか」
「その表現ではあまりにも不十分。でもいい」
そりゃよかった。
「…」
「…」
いや待て。よくないだろ。それと『俺が宇宙人』って話はどう繋がるんだ?
「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それがあなた」
え~…ひゅーまのい、何だって?
「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」
「すまん。解らん」
「…」
「…」
「あなたは情報統合思念体の子供」
…子供?
「情報統合思念体の操り人形」
マリオネット?ますます解らなくなったぞ。
「情報統合思念体は有機生命体とコミュニケートできない」
実体が無いからか。
「正確ではないがそう思っていい。情報生命体である彼らは言語をもたない」
なるほど。それで「コンタクト用」ってわけか。
「人と人との間で言葉を持ち得ないコミュニケートは困難」
だからインターフェースをつくったわけか…。って、全部長門の「俺様設定」じゃねえか。なに納得してるんだ俺は。
「妄想ではない。事実」
なんで解るんだよ。
「…勘」
またそれかい。
「勘はいいとして…、なんで俺がそのインターフェースなんだ?そもそもなんでただ(有機)の『宇宙人』じゃなくてわざわざ『情報統合思念体』の『インターフェース』なんだよ」
我ながらなんでこんな馬鹿げた会話をくそまじめにしてるんだと突っ込む気も失せ、疑問をぶつけてみた。
「有機生命体が生命力を保ち繁栄し続けるには『星』が必要」
…星?地球みたいな惑星のことか。
「そう」
でもフ○ーザとかは宇宙空間でも生きられたぞ。
「生きられるのと繁栄するのは違う。それにあれは漫画」
もうすでにコッチの話も漫画の域だがな。
「ノンフィクション」
わかったわかった。続けろよ。
「星には寿命がある。惑星も恒星も同じ。永遠ではない。太陽はあと50億年」
そうらしいな。
「地球の寿命もあと50億年」
そうなるな。
「だが、人類がこの先50億年存続し続けるわけではない」
そりゃあな。まあ世間じゃ2012年に滅びかけたしな。
「それはフィクション」
…。
「46億年の地球の歴史のなかで人類の歴史は1000万年にも満たない。ほんの一瞬。その一瞬で人類は発展し続けてきたがそれも限界」
地球がダメになっちまう前に宇宙船で脱出する。なんて幼稚な考えは通用しないか?
「しない。時間が足りない。太陽とは違う別の恒星まで辿りつける宇宙船をつくるには、人類にとって『星』はあまりに短命」
宇宙船が完成するまでに人類が滅びちまうか?化学の進歩には目まぐるしいものがあるぞ?
「人類の衰退も目まぐるしい。人類が滅びるより先に宇宙船を完成させることができたら奇跡」
じゃあ地球に現れるUFOは奇跡の結晶ってわけだ。
「わたしは未確認飛行物体を有機生命体の宇宙船とは考えていない」
情報統合思念体の何かか?
「おそらく」
はあ。よくそこまで考えるもんだ。
「地球に『宇宙人』が現れるとしたらそれは有機生命体ではなく情報生命体。わたしはそう考えている」
なるほど。で、なんで俺がインターフェースなんだ?
やっと聞きたいことに辿りついたぜ。さあ聞かせてくれ。なんで俺を宇宙人だと思ったか!
「これ」
人差し指で眼鏡をクイっとあげた。
は?
「ダウジング」
眼鏡を机に置き、長門は続けた。
「宇宙人研究仲間(朝倉)から譲ってもらった。『伊達眼鏡式ダウジングマシン』。この眼鏡をかけて宇宙人を見ると眼鏡ずれる」
ここにきてものすごいアイテム登場だな…。もう突っ込む気にもならん。
「昨日、あなたを見ていたら眼鏡がずれた。きわめて弱い反応だったが、あなたが宇宙人であると確信した」
なんで?
「…勘」
「…じゃあ、おいとまするよ」
「待って」
意地でも帰ろうとする姿勢が解ったのか、無理に引き留めようとはしなかったが、これだけは聞いておきたかったらしい。
「あなたは宇宙人?」
無表情だがどこか不安げだ。長門もハルヒと同じで何の変哲もない日々に退屈していたのかもしれない。だからこそ文芸部をSOS団に譲ったのか?文芸部室でSF小説読んでるだけではあきちまったのか…
「そうだ」とは言えない。実際俺はただの人間だ。だが「違う」とも言いたくなかった。
「どうかな」
そう言い残して長門の部屋を出た。
去り際の長門の顔は無表情ながら嬉しそうに見えたのは俺の見間違いだろうか?
翌日。
放課後のSOS団の集まりでハルヒが朝比奈さんのハレンチ写真を撮る手伝い(不本意だけど実は本意)をしていると、
「有希ちゃん、眼鏡貸して」
不意にハルヒが長門の眼鏡を朝比奈さんにかけた。
カメラを構える俺をみている朝比奈さんの眼鏡が盛大にずれているのを見て、長門が目を見張っているのを感じる。
俺は、こりゃまた電波話を聴く羽目になったかなとピントを合わせて愛しの朝比奈さんめがけてシャッターを押した。