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「飲んで」

そう言って出される熱い緑茶。湯気を伴ったそれで少し両の掌を温め、一気に喉の奥へと流し込む。

「おいしい?」
正直味など分からなかった。キョンの家から全力で走って来てもなお震えるほど身体が冷えていたからだ。それは体温を上昇させる暇すら与えてくれない程の冷気が次々とコートの中に潜り込み、あたしの汗腺を黙らせたと言い換えても何ら差し支えのない程。





数分前、息切れ交じりで立った駅前分譲マンション708号室の中から出てきた読書少女は「入って」と小さく呟き、あたしの歩を促した。

「有希っ!!」

言いたいも聞きたい事も山程あったはずのに、何故か次の言葉が出てこない。

「時間が無い」

そう呟いた読書少女の声はいつもと変わらず、だが、間違いなく普通では無い何かを含んでいた。その静かな叫びに気圧され、あたしはドアノブを持ったまま待機している読書少女から目を逸らす。何だこの威圧感は?

「……分かったわよ。とにかくお邪魔するわね」

音を立ててズカズカと上がり込む。読書少女はそれを咎めようとも諭そうともせず、代わりに後方はであたしが今しがた脱ぎ捨てた靴を揃える音だけが響いていた。





ズカズカと上がり込み、熱々のお茶を飲み干して思う。相変わらず飾り気のない部屋だ。そうとしか言いようがない。以前より物が増えたような気がしないでもないが、きっと毛が生えた程度の量でしかないだろう。そんな年頃の女の子らしさのまるで垣間見えない、しかし目の前の人物ならば妙に納得できるセンスで固められたここに最後に来たのはいつだったか……。

「涼宮ハルヒ」

その声にハッとして正面に座った読書少女に目をやる。

『悲哀』

その言葉が何よりも似合う瞳だった。

「もう時間が無い」

さっきも聞いた。

「あなたに教えておく」

何を……?


「わたしのこと」




 

普段は呼吸をしているのかも分からないような無音を好み貫く読書少女だったが、今は違う。目の前にあるこの華奢な体の中では間違いなく最重要と位置付けされる臓器がテンポとアタック感を上げているはずだ。それが手に取るように分かってしまう。何故なら去る最近の土曜日、これと全く同じ表情をあたしは見ていたからだ。何かを打ち明けようとする人間の顔を、だ。


「朝比奈みくる、古泉一樹、そしてわたしは普通の人間ではない」

いきなり妙な事を言い出した。あたしがSOS団に引っ張って来た時点でその三人が普通じゃないのはとっくに分かっている。

「そうではない」

膝の上で揃えた指先を見ながら有希。

「だが、そうでもある」

……はぁ?

「私達三人はそれぞれ違う組織、機関、集合体に属し、ある存在を共通の対象として観察・調査をしていた。その存在は朝比奈みくるの所属する組織曰く『時間の歪み』、古泉一樹の所属する機関曰く『神』、そしてわたしを作った集合体からすれば『進化の可能性』だった」

「……有希を…作った?」
「そう」

自らが入れた緑茶を少し飲み、柄も色も一般的な湯飲みを手にしたまま有希は次の一言を続けた。




「わたしは通俗的な用語を使用すると、宇宙人に該当する存在」



 

「………」

「朝比奈みくるはこの時代よりも遥か後世からやってきた人間。そして古泉一樹は普通の人間には無い特殊な能力を持った人間。それぞれ通俗的な用語を使用するならば『未来人』と『超能力者』に該当する」

「………」

嘘の成分など微塵も感じさせない口調で、しかし至極まっとうでは無い事を口にする小柄な読書少女は、そこで湯飲みをテーブルに置き、手を膝の上に戻した。

「それって……映画のはn」
「違う」

小さく、そして強い呟きで素早く否定する読書少女。だが、否定された所でその話の何処をどうやって何を根拠に信じればいいのか。

「信じて」

……心が読めるのか?

 


「ゆ、有希……あのね、あたしもSOS団の団長だし有希には全幅の信頼を寄せてるつもりよ。大親友と呼んでもいいわ。でもね、ちょっと話が突拍子もないというか……現実味が無いというか……」

その声を口から飛ばした後、何故か申し訳ないと思う心の声と、咄嗟に二・三年前の自分から飛んできた戒めの視線が全身を締め上げてややダーク気味のブルーな気持ちになった。大親友の言葉なのに信じられないなんて、絶対に何でも貫ける矛と絶対に何も通さない盾で強さ比べをするようなものだ。

「確かに現実味は無い」と、有希。

「だがこの世の現実など皮を一枚捲ってしまえば無いも同然」

今度彼と古泉一樹に聞いてみるといい、と続く。……キョンと古泉君?

「しかし、それよりも前にあなたは現実を知る。いかに儚く、いかに脆く、非現実的と称されるものと相性が悪いかを」


有希…………あんた……何て顔してんのよ…?







―――私はもうすぐ消える。






その言葉でハッとなる。と、同時に団専用メイド兼マスコット・憔悴しきった名誉顧問と副団長のビジョンがスライドの様に下から浮かんでは上へと出て行った。

「消え……?」

そう、と有希。

「文字通り、消える」





「あ……あんた何言ってんの!!?」

そして

「ふざけないで!!!」

そう言って立ち上がり読書少女にしがみ付くあたし。

「何処に消えるっていうのよ!?冗談じゃないわ!!あんたが消えるなんて何の冗談よ!?誰が信じると思ってるの!!!みくるちゃんもあんたも本当に何考えてんのよ!!!!」

「もう時間が無い。私は消える。消される。そう判断が下された」

嫌に決まっている。

「誰よ!?誰があんたを消すなんて言ってんの!!?そんな奴あたしが消してやるわよ!!!!」
「不可能」

声色も変えずにそういう言う読書少女。

「だがあなたにはそれが出来た。あなたが望めば宇宙はその通りに動いた。あなたが望んだから、望んでくれたから」


わたしはここにいる。


「何よそれ…!!意味分かんないわよ!!」
「分からなくていい」

いずれ彼と古泉一樹が説明してくr

「今ここで説明しなさいよ!!!」
「………」




 

観察は終わった。


自律進化の可能性を秘めたたった一つの力が消えたから。本人は持っていた事も失った事も気付いていないが、それはそれを知る者全てにおいての希望であり、畏怖の対象であり、中心だった。だがそれは消えた。私の役目はその力の持ち主を観察する事。その為に、その為だけに作られた存在。


だから消える。役目が終わったから。


決定権はわたしには無い。決定権を持つのはこの銀河を統括する情報統合思念体。対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースであるわたしを作り、私を通して力の持ち主を観察していた情報生命体。それが命令を下した。


パーソナルネーム長門有希を廃棄処分とする、と。


本来接触する予定では無かった観察対象であるその力の持ち主と長きに渡り行動を共にした事により、わたしの中には情報統合思念体にとってジャンク情報にしか過ぎないバグが蓄積された。それが原因で一般的に暴走と呼ばれる行為を犯してしまった前科がわたしにはあり、未だにそのジャンク情報はわたしの中にある。そのジャンク情報を全て破棄することを条件に情報統合思念体への帰属が許可されたが、


わたしはそれを拒否した。


これは断じてジャンク情報やバグ等では無い。わたしは何度もそう説明したが、情報統合思念体にとってはその行為すらもバグよるエラーだと解析された。だからわたしは、わたしから情報統合思念体への帰属を拒否した。
わたしが今持っている物を失うくらいなら、わたしは情報統合思念体であることを拒否する。

この報告により、情報統合思念体から本日二十一時をもってパーソナルネーム長門有希の廃棄を施行するという判断が下された。わたしにはもう抵抗できない。しても意味がない。したところでどうにもならない。

だが、それと同時にわたしは、今、こうも思っている。






「……涼宮ハルヒ」
「………何?……有希」



 

叶うなら…………いつか生まれ変われる日が来るのなら………







 

わたしは……人間になりたい…………。









赤色エピローグ 5章-3

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