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休み明けの教室。あたしの先に来ていた生徒も後から来た生徒も、皆一様にあたしを見てからそそくさと自分の席に鞄を置いてそれぞれの集団を作り、何やら話を繰り広げているようだ。それも女子の集団が話しているのはどうやらあたしの事らしい。
そんな中で「うっ…」と呻き声をあげて教室の入り口で固まったのは、キョンが「アホの谷口」と呼んでいる生徒だ。その隣には相方の国木田も居る。二人とも一様に教室に入ろうとはせず、入り口で固まったまま「な、なんじゃこの空気……」等と言いつつ、教室を見回している。……分かっている。あたしが朝一番からこんなに笑顔でいるなんて恐らく初めてだろうから、きっとそれが原因なのだろう。

 

「よ、よぉ涼宮…えらくご機嫌だな…」

 

ようやく席に着いた谷口が話し掛けてくる。国木田も鞄を置いて谷口と合流した。「別に…」などと言ってはみるが、どうしても顔の緩みが消えてはくれない。

「そうかな?どう見ても気分上々って感じだけど」

 

国木田が煽るように言う。

「キョンと何かあったのかな?」

 

その言葉に思わず胸が鳴った。いずれは知れ渡ることとはいえ、ましてキョンが真っ先に打ち明けるであろう相手だとはいえ、その言葉が出たのはやはり動揺する。

「ああ、やっぱり!」

 

国木田はそう言うと谷口の前の席へ座る。我が団の副団長ばりの笑みを携えたその顔へは何故か何の反論も出来ず、頭の中ではただ素数を数えるばかりだ。

「土曜日は果物狩りに行くってメールで言ってたから、やっぱりその時に何かあったのかな?」

「知らないわよ。キョンから聞きなさい」

そういうのが精一杯で、だけどそれが回答になってしまった事に気付いたのは言葉が全部口から出て行った後だった。


数十秒後、「あ……あのキョンに彼女が……。おまけに……相手は……!!」と言って頭を抱える谷口は「抜け駆け…抜け駆け…」という読経のような声を上げ続けていた。国木田は「よかったよかった!」と小さく拍手をしながら微笑んでいる。

何がよかったのやら…と悪態を付きそうだったが、残念ながら何も出てこない。だがさすがに「涼宮と…キョンと……恋人で…夫婦で………驚天動地だ…」という言葉が耳に入った瞬間には机の中から一番分厚い教科書を選んで投げつけていたのだが。何が驚天動地だ。
とにもかくにもそれがヒットした瞬間に丁度教室のドアが開き、ハンドボール馬鹿の担任が教室に入って来たのだった。


壁掛け時計の針を見ると確かにHRの開始時刻だ。しかし、肝心の前の席が空のままである。

 

「(遅刻か…珍しいわね)」

 

比較的この時間に教室に入ってくることが多いが遅刻自体は滅多にすることがなく、むしろ記憶に無いと言ってもいい。

「(さっさと来なさいよ…)」と思いながらHRを完全無視して短い文章のメールを前の席の主に送る。頭の中で思った事をそのまま文章を打った為たった一行で済んでしまったが、どうせすぐ来るのだからと考えると長い文書を打つのが憚られたというのもある。これくらいで丁度いい。

 

しかし…HRが終わり、本日最初の授業が始まっても前の席が埋まることは無かった。メールの返事もなく、しかし単純に欠席とも思えない。よく考えれば遅刻だけではなく欠席をしたのも見たことが無いような気がするが、それはさすがに自分が覚えていないだけだろう。

 

「(何よもう……)」

授業開始から数分。早速机に突っ伏したあたしだったが、次に目を覚ましたのは何故か陽も傾きかけた放課後の事だった。

 

 

 

 

「涼宮、キョンから何も聞いてないのか?」

 

教室を出た所で朝の二人組が話し掛けてきた。いつもならそんなに絡まないくせに、今日はどうしたことか。……いや、概ねの理由は分かってはいるのだが。

 

「知らないわよ」

言い放ってその勢いのまま歩き出す。後ろからは「いつもの涼宮だ…」という声が聞こえた気がしたが、別に気にもならずサークル棟へと向かう足に力が入った。

 

「バカキョン…!」

小声で今呼んだ名前の主に罵声を飛ばす。正直目が覚めたばかりで脳はあまり動いていなかったが、どうやら悪態だけはつけるようだ。

 

勢いよくドアを開けた先に見た物は笑顔の副団長がボードゲームの用意をしているという何とも変わり映えのしないいつもの光景だった。

 

「古泉君だけ?」

 

簡潔に訊ねる。

「はい」

 

これまた簡潔に返ってくる答え。進路の関係で忙しい三年のSOS団専用マスコットはともかく、窓辺に読書中毒の少女が居ないのには些か驚かされた。いつもならほぼ例外なく一番乗りで定位置に着いているはずなのだが。

「僕も驚きました。まさかこの部室の鍵が空いていないなんて入団以来一度も無かったので」

 

あたしの視線に気付いたのだろう。副団長が困ったようにそう言った。

「ふぅん……」

 

ふと副団長が持つボードゲームが目に入る。今日はどうやらオセロらしい。

 

「古泉君、今日は私が相手をするわ」
「涼宮さんが?」

 

笑顔は崩さないまま、けれどその中に少しだけ驚きのエッセンスを入れた表情をした副団長の正面、つまりキョンの指定席に腰掛ける。

 

「アホキョンがね、学校に来なかったの。きっとサボりよサボり。だから今日はあたしが相手をしてあげる」
「おや……」

副団長は意外ですね、と続けて席を立つ。意外とはあたしがゲームの相手をすると宣言したのを指すのか、はたまたキョンが学校に来なかった事を指すのか。

 

「お茶でも入れましょう。朝比奈さんには遠く及ばないと思いますが、ゲームの間にはいらっしゃると思いますので」

私は頷くと白黒の駒を一つ取り出し、コイントスの様に親指で跳ね上げた。それを逆の手の甲で受け、駒を跳ねた
手で蓋をする。

 

「黒で」

ヤカンに冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注ぎながら言う副団長。駒を跳ね上げる前から背中はこちらを向いていたというのに。……超能力?

 

「じゃあ私は白ね」

手を退ける。残念…副団長は一般人だったようだ。

 

「あたしが先攻!」

これがSOS団流の号砲。黒が先攻だとか決定方法が違うとかそんな事はどうでもいい。シンプル・イズ・ベスト、だ。

 

 

 

ゲームが中盤に差し掛かった時、机の上の携帯が鳴った。鳴ったと言ってもマナーモードだからランプが光っただけなのだが…。それに気が付き急いで手に取るが、ディスプレイに映し出されたのは携帯会社からのインフォメーションを告げるマーク。どうでもいい情報が羅列され、此方の事情に関係なく押しつけられたというただそれだけの事なのだが……何故かどうしようもなく気が滅入る。

 

「今日はやけに携帯を気にしていらっしゃいますね」

 

お世辞にも勝機を見いだせないような敗戦まっしぐらの黒軍総大将の声でハッとなる。

「そ、そんな事無いわよ……」

「そうですか、それは失礼を。ですが先程から携帯をチラチラと何度もご覧になっていらっしゃいますので」
「うっ…」

そんなに言われる程あたしは携帯を見ていたのだろうか? いや、ただ単にこの副団長の洞察力が人並み外れているだけかもしれない。その能力を少しだけでもゲームに回す事ができればキョンにもあんなに負けないのであろうが…。

 

「敵わないわね……さすが副団長だわ」
「恐れ入ります」

そう言って私の駒を幾つかひっくり返す黒軍総大将。だがすぐに焼け石に水という言葉が脳裏を過る。その音の出るような笑顔を見て、あたしは何故か一昨日の夜の事を思い出していた。


いつもの笑顔から視線を落とし、白で九割が占められた戦場の真ん中辺りを注視する。

 

 

「古泉君……」

 

しばらく盤面を見つめた後、視線は上げないまま副団長に改まって話しかけた。

「はい」

 

落ち着いた声だ。同級生とは本当に思えない。

「あたしね……」

 

数瞬の間を置き、やはり顔を上げないまま告白をする。

 

「キョンと付き合う事になったの」

 

 

鼓動が仄かに速く、強くなるのが分かる。返事が返ってくるまでじっとそのままの体勢でいようとも思ったのだが、あまりにも長い時間何の音もしなかったので思い切って顔を上げた。

「古泉君…?」

 

……初めて見る表情かもしれない。いや、間違いなくそうだ。副団長の顔にはこれまで一度として見た事のない驚愕一色に染まった表情が貼りついてあった。

「え……あ、ああ…本当ですか?」

 

あたしは小さく首を縦に振った。

「そう…ですか…。そうですか!」

 

同じ言葉を二回繰り返す副団長。一回目は驚愕の表情のまま、そして二回目には本当に満面の笑みを浮かべて。

「そうか……そうか………!」

 

何だか感慨深い様子で笑う副団長。しかし、次の瞬間には私あたし方が驚愕の表情を浮かべる事となる。

 

「………………ぐっ……うっ………」

 

 

数瞬前まで満面の笑みだったはずのその顔に、今度は大量の涙が零れていた。

 

「……よかった……本当に………」

そう言いながらもう嗚咽で喋ることもままならない副団長。涙を拭わず、隠そうともせず。せっかくの男前な顔が台無しと言っても差支えが無い程クシャクシャになっている。あたしがその様子を「えっ…」とか「あ……」等と言いながら見ていると、今度は入り口のドアが勢い良く開いた。

 

「すすすす、涼宮さぁ~ん!!!」

 

物凄い勢いと声で問いかけてくる我が団のマスコット。普段ならこちらから勢いよく飛びつく所なのだが、副団長の様子に気を取られていたあたしは「は、はい?!」という何とも間の抜けた返事を返してしまう。

 

「あああああああの、ひょ、ひょっとしてですけど! キョン君と…、キョン君と…!!」

一体何処からそれを嗅ぎつけたのか。まだ副団長含めその事実を知っているのは片手の指で収まるはずなのだが。

 

「え……っと…。うん」

息を短く吸って吐く。

「付き合う事になったわ。一昨日…からね」

 

先程と同じ旨の事を言うだけなのだが、またしても鼓動が激しくなる。するとマスコットはその言葉を聞くなりその場にへたり込んで、何故か副団長と同様のリアクションを取りだした。

「ふえぇ~………えぐっ……えぐっ………」
「ちょ、ちょっと! みくるちゃん?!」

 

ドアの前で顔を抑えるマスコットを慌てて部室に引き摺り込み、急いでドアを閉める。二人分の泣き声が廊下中に筒抜けだ。

「二人ともどうして泣くのよ! 驚くじゃない!」

 

副団長があたしの問いかけに答えようとするが、どうにもこうにも嗚咽交じりで何が何だか分からない。正直、昔中学校の校庭に描いた宇宙語よりも難解な気がする。それに困惑して視線を移せばマスコットはマスコットで地べたに座り込んだままだ。いい加減立たせないと制服と細くて綺麗な脚が埃まみれになってしまう。何というか……やれやれだ。

 

 

 

「そっかぁ……キョン君から…」

 

二人が落ち着いたのは結局数十分後だった。泣き崩れるマスコットを何とか副団長の隣に座らせ、とにかく落ち着かせようと入れたことも無いお茶を必死に振る舞ったのも虚しく、延々と泣き続けた二人がそれに手とつけることは無い。そして先程ようやくそれが収まり、あたし達はすっかり冷たくなったお茶を飲みながら話し始めたのだった。

「帰り道でね、キョンが言ってくれたの」

 

思い出すだけでも顔が熱くなる。

「好きだ……って」

 

あたしはどんな顔をしているだろうか。視界に姿見や手鏡が無くてよかったと心から思う。

「ふええぇ~……」

 

顔を真っ赤に染めて少し下を向くマスコット。何でみくるちゃんが照れるのよ?

「だ、だってぇ~…」

この部屋ではメイド服を着ている時間の方が圧倒的に多いからであろう。制服のままのマスコットの姿は何故か微妙に違和感を覚えた。

 

「あのキョン君の口からそ、そんな言葉が…」

……確かに、と今更思って少し笑えた。ロマンチックさの欠片も無い言葉を羅列し、いつも面倒臭そうに溜息を吐いている唐変木、というのがここに居る全員の共通認識だろう。あんなに溜息を吐いていたらいつか今生分の幸せを全部逃がしてしまいそうだ。今度注意するとしよう。

 

「でも、彼らしい言葉とは思いますよ。実は結構考えていたのではないでしょうか」

確かにそうかもしれない。というかこの副団長が言うのなら間違いないだろう。などと考えた時、マスコットがきょろきょろと辺りを見渡して言葉を発した。

 

「あれ…? そういえば…」
「?」
「キョン君は来てないんですかぁ?」

 

……今更?

 

 

 

「珍しいですねぇ」

事情を簡潔に説明して、代わりに返ってきた言葉がその一言だった。だがそう、その言葉に尽きると思う。

 

「メールも電話も返ってこないし…何やってんのかしら」

ふぅ、と息を吐きだす。ただ、断じて溜息ではない。…そう思いたい。

 

「では一応僕からも連絡を入れてみましょう」

まあ涼宮さんより先に返事が返ってくるとは思いませんが、と続ける副団長。……ひょっとしてからかわれてる?

 

「季節の変わり目ですからねぇ。風邪かなぁ……」

そうかもしれない。それなら返信が来ないことにも納得がいく。それに、もし風邪だとしたら土曜日のイベントで疲れたせいかもしれない。

 

「ま、明日になればひょっこりと顔を出すわよ。夜になればメールくらい返ってくるだろうし」

次の不思議探索の時は喫茶店じゃなくてイタリアンを食べに行きましょう!と声を上げ、何となくだがそれが本日の活動終了の合図となったのだった。

 

 

 


「そういえば……有希はどうしたのかしら?」

 

下校の途中、夕暮れに染まった本屋の看板を見るまで何故かすっかり頭から抜け落ちていた。団長としての自覚が足りないのだろうか。

「そう言われれば…。朝比奈さん、何か聞いていますか?」
「いえ、私は何も…」

 

有希もサボりだったのだろうか? いや、そんな事をする娘ではない。だが、無断欠席とはまた珍しい事もあるものだ。雨が降らなければいいのだが……。「そうですね」と相槌を打つ副団長。マスコットも少しだけ困った様な顔で笑った。よくよく考えれば珍しい三人組だ。不思議探索以外でこの組み合わせになる事はなかなか無い。

 

 

 

 

「じゃあまた明日ね!」

 

いつもと違う分かれ道で「あの…今日はここで……」と申し訳なさそうに切り出したマスコットに向かって叫ぶ。何か買いにでも行くのだろう。「はい!」と返して走り去る背中が黄昏に染まっていた。

「みくるちゃん今日も可愛かったわね。明日はちゃんとメイド服着てもらわなきゃ!」

仰る通りかと、と返ってくる。

 

「ねえ古泉君、今年も映画を撮ろうと思うの! 今回はスピンオフ作品! 題して『長門ユキの復讐~ミクルに向かって撃て~』よ!」
構想一年の長編大作!と付け加えるのも当然忘れない。

「それは大変結構かと」とそれを全肯定してくれる副団長の声。そして、「台本はもう頭の中で出来上がっているのですか?」と続く。

「もちろん!」

 

二割くらいは……なんてとても言えないが。

「楽しみです。今年も僕は出演させて頂けるのでしょうか?」
「そりゃ~もう、準主役なんだから! 胸を張っていいわよ!」

 

大変光栄です。と、頷く副団長にもう一声。

「あっ、レフ板もよろしくねっ!」



赤色エピローグ 3章

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