あたしは後藤君が好き。
言葉では表現できないほど大好き。
後藤君の顔が見れるだけでうれしい。
そのために、学校に行ってるといっても過言ではない。
なのに、今日は後藤君とあえない。

というのも今日は学校休みだからだ。
そんなあたしは今、市内の室内プールにいる。
どうやら、水泳部は4月の平日は筋トレばかりなんだけれども、休日はたまに、市内の室内プールを貸しきって、2時間ほど練習を行うみたい。
それは、部員募集のポスターにも書いてあったこと。
多分、今日から入るという人もいるんじゃないかな?
で、その中の一人が、あたしと同じクラスの女の子。

涼宮ハルヒ

聞くところによると、いろんなところに仮入部していってるとか。
きっとここもその一つなんだろうな。
まあ、平日に来るよりは、今日みたいな日に来るほうがよっぽどかいいよね。
平日に仮入部したら、筋トレだけで終わりだし。

「はい、じゃあ今から新入部生の実力を見せてもらうから、二列に並んで」
部長さんがストップウォッチを持ちながら言う。
どうやら、順番に二人同時で泳がせるらしい。
泳げないということはないだろうけど、久々だから、ちょっと不安かな。
そんなことを思いながら、あたしはストレッチし、列に並んだ。

ピッ

笛の音が鳴って、最初の二人が泳ぐ。
どうやら、半往復の25メートルだけみたい。
どうせなら、50メートルぐらいいっぺんに泳ぎたいんだけどなー。
まあ、時間もないししかたないか。

で、2組目が泳ぎだしたときに分かったんだけど、どうやらあたしと涼宮さんは一緒に泳ぐことになるらしい。
真横を見てみると、そこに涼宮さんがいるから。
それにしても、あんなに長い髪を器用に水泳帽にまとめられたなー。
と思いながら、涼宮さんを見ていると、

「あんたなんでいっつもあたしのほう、見てくるの?」
と、涼宮さんが聞いてきた。
えっ?あたしが涼宮さんを意識して見たのは、入学式の自己紹介のときと今ぐらいなんだけど・・・
と思いながら、思い出した。
涼宮さんが今座ってる席を。
あたしの席の右の右の席が涼宮さんで、その右隣が後藤君なんだ。
あたしが後藤君を意識的にしろ無意識的にしろ見てることを、涼宮さんは自分のこと見てるを勘違いしたみたい。
「何?もしかして、あんたもあのアイドル研究部員の仲間?」
なんのこと言ってるか分からないけど、事情は説明しておいたほうがよさそう・・・
「実はあたし・・・」

「コラ、そこの二人、何ボーっとしてんの。あんたらの番だよ」
あたしが、事情を説明しようとすると、どうやらあたし達が泳ぐ番になったみたい。
あたしと涼宮さんはいったんプールの中に入り、笛の音とともに、泳ぎだした。
手をせいいっぱいにかき、足をバタ足させる。
何秒かたって、涼宮さんの足が見えた。
速い!
運動神経いいのは知ってたけど、ここまでとは!
そして、なんとか必死の思いで泳いで、壁に手をつけた。

「涼宮さん16秒7、葉山さん20秒6。なかなかのタイムだね」
なかなかどころか速すぎだよ、涼宮さん。

「ハァハァハァ」
あー、ダメしんどい。
あたしはそのまま床に座り込んだ。
先に泳いだ人も、その辺りで休んでるみたいだしね。

「で、実は何よ?」
涼宮さんが聞いてくる。
涼宮さんも疲れてるようだけど、あたしほどではなさそう。
とりあえず、呼吸が落ち着いてからあたしは話し始めた。

「実はね、あたし、あなたの隣の席の後藤君が好きで・・・ついつい後藤君のほう見ちゃうんだよね。だから、あたしが見てたのはあなたじゃなくて後藤君のほう」
そう言ってから、一度、涼宮さんの顔を見てみた。
先ほどとかなり表情が変わっている。
聞いたことが期待はずれだった上に、むかつくことを言われたような・・・そんな感じ。

「だから、今日みたいな後藤君とあえない日はちょっと残念で・・・」
「うるさい!」
なぜか、反抗的になる。
その性格、直したほうがいいよ。

「恋愛感情なんて、精神病よ」
そうかもしれない、だって加藤君のことを考えると、胸が苦しくなるから。
でも、
「それは、悪いことじゃないよ」
そう言ってみる。
すると、涼宮さんは一度、けなしたように笑い、トタトタとどこかへ行こうとした。

あたしは、少しだけ涼宮さんの後をつけ、
「どこ行くの?」
聞いてみた。
「帰るのよ」
「でも、まだ部活終わってないよ」
「いいのよ別に、どうせ普通の部活だし、やめるわ」
怒ってるような声で言いながら、涼宮さんは更衣室に向かっていった。
なんだか、嫌な感じ。なんか分かんないけど、悔しい。

「あなたには分からないの?」
無意識的に、あたしは涼宮さんの背中にそう叫んでいた。
「あなたには人を好きになるという気もちが分からないの?」
一瞬後悔。でも、今はしていない。
涼宮さんは一度立ち止まり、そして、ゆっくりとこちらを振り向き、言った。
「分かるわよ」・・・と。
普段より、小さい声で。

「あたしだってね、好きな人ができたことぐらいあるわよ!」
今度は叫ぶように言っている。
「でも、あんたと違って、あたしはそいつの本名を知らない。あいつが今どこで何をしているか知らない。それに、いるはずの場所に・・・あいつはいなかった」
怒っているような、悲しんでいるような口調。
正直、ビックリした。
意外だった。そんな過去があったなんて・・・。
「あんたみたいに、好きな人の顔を毎日見れるようなことを、あたしはできなかった」
あたしは、何も言えなかった。
まだ、「分かるわけないじゃない!」と言われたほうがマシだった。
というより、そういう言葉を予想していた。
しばしの沈黙・・・

それから、涼宮さんは今言った言葉を後悔したような顔をし、
「誰にも言うんじゃないわよ」
とだけ言い残して、更衣室にむかった。

その途中、涼宮さんは水泳帽を取った。
いくつも、髪をくくっているよう。
1、2、3・・・6つだ。
涼宮さんが毎日髪型を変えてるのは知っている。
多分、あたしの予想があっていれば、毎日一つずつ結ぶ箇所が増えているんじゃないかな?
どうして、そんなことをしているかあたしは知らない。
何かのメッセージなのかも知れない。
それとも、とくに意味はないのかもしれない。

ふとあたしは、もし後藤君が急に転校したら・・・そんなことを考えた。
きっと、考えられないくらい悲しくなる。辛くなる。
もしかしたら、涼宮さんはずっとその気もちを抱えているのかもしれない。
涼宮さんが好きな人がどんな人かあたしは知らない。
さっきの言葉からして、クラスメートではなかったのは分かる。
喫茶店で働いていたボーイさんを好きになって、いつの間にかやめていた。とかそんな感じだろう。
気づくとあたしは、涼宮さんがいなくなってもずっと立ちっぱなしでいた。
目線も先ほど涼宮さんがいたところから離れていない。
なんだか、悪いことを言ってしまったような気がする。
でも、後悔はしていない。
あたしが、後藤君の近くにいることが幸せな気がしてきたから。

「あたしは後藤君のことが好き」
この気持ち、できるだけ早く伝えようと思う。

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最終更新:2020年03月12日 14:48