6, 新しい世界、新しい名前
「うぁぁぁっ!」
目覚めの気分は最悪である。汗を吸いこんで湿っぽい服が肌に張り付いて不快感を倍増させてくれる。
「……畜生」
またしても、二日連続であの悪夢である。たまったもんじゃない。心地よい眠りと目覚めはいつになったら得られるのか。
ため息をついて部屋を見回す。既に隣の布団に長門の姿はなった。朝食の支度をしているのだろう。
ここでの生活が始まって3日目になるのか。
まだここが生活の場であるという実感が無い。自宅でなく、まだ他人の家である感覚なのだ。
まあ、これはしばらくすればなれることだろうから、そこまで深刻に悩むことではあるまい。
居間に行くと、既に長門は制服に着替えていた。もういつ出発しても大丈夫といった様子だ。
「おはよう」
「おはよ」
昨日朝倉が言っていた通り、長門の口からパトロンへの報告の件について聞くことはなかった。
それは長門なりの気遣いであるという判断なのだが、朝倉が伝えてきた意図が分からない。
朝倉は、一体何がしたいのだろうか。ただ弄んでいるだけというようにも捉えられるが、だとしたら大きな嘘をついて動揺させることだってできたはずだ。
「…………」
長門の視線が、「どうかした?」とでも言っているようであった。
「あ、いや、すまん、まだ寝ぼけてるらしい」
そう言ってごまかして目を擦った。
長門は小さく頷いたが、どうも様子がおかしいとオレは思った。表情には殆ど(というか全く)現れないのだが、何か引っかかる。
これを指摘したらどうなるか。オレと同じような返事が返ってくる可能性が高いが……。
「もう一度だけ伝える」
オレが何か言う前に、長門が口を開いた。
「涼宮ハルヒとの接触は可能か限り避けて」
初日に釘を刺されたことだ。俺も承知しているのだが、どうしても会いたいという気持ちは残る。それを我慢しているのだが……。
「もし向こうから来た場合はどうすればいいんだ」
「貴方が思う、最も影響の出ない接し方を心がけて」
む、難しいことを。確かに、ハルヒに対して何か影響があれば、事態は悪化してしまう。だが、心がけると言っても、ハルヒ相手にどうすれば……。
「気をつけて」
「ん? 何にだ」
すると、長門は黙ってしまった。具体例を出すのに迷ったのだろうか。
「……」
「長門?」
「古泉一樹や朝比奈みくるの属する組織も秘密裏に動いている可能性がある、だから」
「そ、そうか」
さっきの間は何だったのだろうか。
オレが校内で注意すべき人物がハルヒ以外に古泉と朝比奈さんも追加されてしまったわけだが、状況が変わったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら午前の授業をこなし、昼休みになった。
廊下を一人で歩いていた時に、オレは後ろから誰かに呼び止められた。
「あの……、メアリーさん、ですよね?」
オレは驚いて勢いよく振り返った。メアリーという名を知っている人物は限られているからだ。しかし、その声から判断すると長門でもジョンでもない。
誰だ。
「ひゃうっ……」
そこには腰の引けた姿勢で、若干緊張の面持ちでこちらを見上げる子犬のような、
「朝比奈さん……?」
「mメメメアリーさんであってますよね、間違いじゃないですよね」
「合ってますので怯えないでください、ちょっと驚いただけですから」
「はい、すみません……」
まさか、朝比奈さんの方からオレを呼ぶなんて思ってなかった。
流石に廊下で話すのはよくないと判断し、人通りの少ない中庭の一角に移動していた。
立ち止まるや否や、朝比奈さんは笑っていた。
「どうしたんですか」
「ずっと見てて、やっぱり、キョン君に似ているなぁと思ったんです」
朝比奈さんにも言われてしまった……。初対面からケンカ寸前だったあの男とそっくりとは、オレはあまり嬉しいことではないのだけども。
「そうなんですか? 長門にもそっくりと言われましたけど、自分では納得いかないんですよ」
そう答えると、朝比奈さんはまた笑っている。
「たぶん、キョン君も同じことを言いうかもしれないですよ」
「ま、まじですか」
―――
長門さんからも少し聞きましたが、やっぱりキョン君とそっくりでした。あ、でも異世界でのキョン君に当たる人物なんだから似てて当然かもしれませんね。
「でも、メアリーさんて呼ぶのはまずいですよね」
「ですよね、だからって長門が新しい名前を付けるとか言って決めちゃったんですよ」
長門さんが? 一緒に生活していると言っていましたが、結構うまくいっているんでしょうか。
「どんな名前になったんですか?」
「杉浦桔梗って名前になりました。まだ自分でも慣れてないので、呼ばれてもたまに自分だってことを忘れてたりするんですよ」
そう言っているメアリーさ……じゃなくて杉浦さんは、明るい表情をしていました。
「名付け親が長門だってこと、内緒ですよ」
消えてしまった世界の唯一の生存者だと長門さんからは聞いていたのですが、私にはそのようには見えませんでした。
「みくるちゃんに何の用かしら?」
その声が聞こえた瞬間、私は固まってしまいました。
「すす涼宮しゃん!?」
「涼宮……ハルヒ?」
恐る恐る声の下方向を向くと、涼宮さんが仁王立ちしてこちらを見ていました……・。
ビシッという音がしそうなほど右腕をまっすぐ伸ばすと、メア、じゃなくって杉浦さんでした、杉浦さんを指さしました。
「アンタが噂の転校生?」
「こら、人を指でさすんじゃない」
杉浦さんはそう答えると涼宮さんに近づいて行きました。
キョン君と一緒くらいの身長なので、涼宮さんと比べると結構な身長差です。背の高い人が近付いて来たからでしょうか、涼宮さんが一歩後退しました。
でも、それ以上下がるまいと踏みとどまって、逆に近づいてきた杉浦さんに迫りました。
「な、何よ、何か用?」
「あんたが涼宮ハルヒなんだな、」
「そ、そうよ、だからどうしたっていうのよ!」
涼宮さんの方がちょっと押され気味です。杉浦さん、やけに強気です、どうしたんでしょうか……。
「ちょくちょく話は聞いたことがあるが……」
そう呟くと、涼宮さんの頭に手を載せました。
「……可愛いな」
どう言ったらいいんでしょうか……。私がこういうのはおかしいかもしれないんですけど、なんだか積極的です。
「なっ、なっなな何なのよ!」
一瞬で顔が真っ赤になったのが見えました。
杉浦さんの手を振り払うと、二歩三歩と下がっていきます。
「とととにかく、そんな調子であたしの団員に手出しすることは絶対に絶対に許さないんだからね!」
「どういう意味だそれは、オレにそんな趣味があるとでも言いたいのか?」
「うるさーい! 絶対に手出ししないこと! 分かったわね!」
「ああ、そんなことしないから安心してくれ」
怒鳴り続けたせいか、一旦呼吸をすると、こちらを思いっきり睨んでます……。
「それとみくるちゃん!!」
「は、はいい」
「何でこうなったかは知らないけど、変な人について言っちゃダメだからね!」
なんだか子供に「誘拐犯に注意しろ」って注意しているみたいです……。
「わ、わかりました」
私に注意を済ませると、杉浦さんの方を見ることなく背を向けて歩いて行きました。
「……何だったんだ」
なんだか変な疑いを掛けられてしまった杉浦さんは、あきれた表情でため息をついていました。
「あの、あんなのでいいんですか?」
「ん? 何がですか」
こんなこと、言わなければ良かったのかもしれませんが、気になってしまったのでつい言ってしまいました。
「だって、涼宮さんとは……」
杉浦さんだって、別の世界では涼宮さんと一緒にいたはずなのですから。
「いいんですよ、オレはこの世界のSOS団には入れませんから」
「あ、そうなんです、か……」
笑顔であることは変わりませんでしたが、涼宮さんが歩いて行った方向を見つめている杉浦さんはなんだか寂しそうでした。
「ごめんなさい、なんだか余計なこと言っちゃったみたいで……」
「いいんですよ、SOS団じゃなくったって朝比奈さんやみんなに会えないわけではないんですから」
7,Hi,KILLER
―――
今日も部室へ足を運ぶ。扉を開けると、朝比奈さんはお茶を入れる用意をし、古泉は碁盤とにらめっこをし、長門は読書にいそしみ、ハルヒは団長席で……
「ん、ハルヒ、今日は来たのか」
その声に反応し、こちらを向いたハルヒの顔は明らかに不機嫌と読み取れるものであった。
「何よ、いちゃ悪いって言うの?」
「いや、そう言うわけじゃなくてだな。二日も顔を出してなかったからな」
教室ではもちろんハルヒと会っているので、その時にもどうして部室に来ないのかは尋ねたのだが、「後で話すから」などという返答しかなかった。
で、二日ぶりには部室に来たハルヒであったが、団長席に座って何やら書かれたメモを睨んだまま動かない。
時折うなり声をあげながら、真剣な表情を浮かべてそのメモに書き足したりといった動作が続いているのだが、一体何を企んでいるのだろうか。
俺は古泉の向かいに座り、一つ石を置いてから(古泉の「ああっ」という悲鳴のような声が聞こえた)団長席に向かって質問を投げかけた。
「おい、そりゃあ何だ」
すると、ハルヒは全く聞こえていないようにさらりと俺の質問を流すと、俺にこう尋ねた。
「ねえ、アンタはどう思う?」
俺は座ったまま団長席を向いたその不自然な姿勢のまま固まった。
疑問分に疑問分で返されて焦っているわけではない。ハルヒの発したその疑問文に欠けている目的語は、まさか。
「……あの転校生よ」
正直なところ、正解であってほしくなかった。このサイトがどうとか、最近開店した店がどうとか、そういうのだったらどれだけ有難かったことか。
転校生、そのたった一単語がハルヒから発せられたがために、古泉、朝比奈さんの表情が急変した。長門は表情こそ変えなかったものの、ページをめくる手が止まっていた。
「今日の昼休みにみくるちゃんに絡んでるのを見たから注意したんだけど、なーんか不思議なのよね、初対面なのに全くそれを感じさせないの」
メモとボールペンを手に、その時のことを思い出すように天井を見上げながら「只者じゃないわ」と呟いていた。
碁盤を挟んで俺と向き合っている古泉は、こちらに時折鋭利な視線を向ける。
その視線に文字通り刺された俺は、今この瞬間から穏やかではいられなくなったことをその視線で刻み込まれた。
「ねえ、キョンはどう思う?」
長門が最も避けるべきと言っていた、ハルヒとの接触をしてしまった。しかも、ハルヒがメアリーに対して興味を持ってしまった。
「どうって言われてもな……、俺は廊下でちょっと見かけただけだから特に大きな印象はないぞ」
ただ話しただけなら良かっただろうけども、ハルヒに対して何らかの影響が出てしまうということになれば、機関や未来人達は何かしらの対策をとることになる。
「みくるちゃんは? あの時絡まれてたけど」
一体どういったことになるのか。最も起こってほしくないことを考えるならば、メアリーを殺しにかかるということだが、長門がそばについていればそう簡単なことではないだろう。
「え、私ですか……?」
問題は、一番規模の大きなことをするであろう長門のパトロンだ。いまだにどういった立場なのか分からない朝倉が何か仕掛けてくる可能性もある。
回答に迫られた朝比奈さんはしどろもどろになっていた。ハルヒは更に質問攻めを重ね、俺に質問が来ることはもうなかった。
朝比奈さんからのとてもあやふやな答えもしっかりとメモに取っていた時、長門が本を閉じた。
その音に顔を上げ、窓の外を見た。もう空は暗くなっていた。
「あれ、もうこんな時間。ちょっと考え込みすぎたわね、じゃあ今日はこれで解散ってことで」
そう言うとメモを押し込んだ鞄を手にすると風のように部室から出て行ってしまった。
「まずいことになりましたね」
ハルヒの足音が聞こえなくなったことを確認してから、古泉が俺に対して言う。
「再三注意した。彼女がそれを怠ったと考えにくい」
しかし真っ先に返事をしたのは長門であった。
「涼宮ハルヒへの接触は避けるようにと、今朝も言ってある。自ら話しかけたわけでは無いと判断する」
「あの……ごめんなさい!」
突然、朝比奈さんが頭を下げた。
「私が話しかけたのがいけなかったんです……それを涼宮さんが見つけt」
「何故」
長門が詰め寄る。
「はひっ、あの……どんな人なのかなぁって……」
「状況は分かっている?」
「えうう……すれ違った時にどうしても……」
「事態が悪化s」
「おい、長門」
俺は半ばあきれたような口調で間に入った。朝比奈さんはすっかり怯えていて、今にも泣きそうだ。
長門はもう一度だけ朝比奈さんを見つめると、こう言った。
「……今後も私達の邪魔をするのなら、排除する」
返す言葉も浮かばず、部室から出て行こうとするのを止めることも出来ず、ただ棒のように立っているだけだった。
扉が閉まる音がしてようやく、身体が動いた。遅いんだよ、今更。
「驚きましたね」
古泉も、それだけの短い感想だけしか言わなかった。
「ああ」
まさか、長門が捨て台詞を吐くとは、予想だにしなかった。
苛立っているのか? 何か困っていることがあるのなら相談してくれればいいというのに、何か抱えているのか。
しょんぼりと、下を向いたままの朝比奈さんに話しかける。
「朝比奈さん、深く気にしちゃダメですよ」
とはいえ、これが少なくとも良い方向には向かわないことは周知であった。気が利かないな、俺。
「ごめんなさい……私のせいで……」
床に、ぽつぽつと水滴が落ちた。
―――
「長門さん、こちらへ来て下さい」
「拒否する」
「もう一度言います、こちらへ来て下さい」
「私ももう一度言う。拒否する」
「あまり勝手なことばかりされていてはいけませんよ」
「喜緑江美里、貴方は彼女の存在を認めない?」
「私の意見ではありません。これは総意です」
―――
いつもは長門が待っているのに、今日は姿を見せない。
「まずいな……」
ハルヒと話してしまったのが、事態を悪化させてしまったのか。あの言動はまずかったのだろうか。
段々と空は暗くなっていく。そろそろ帰らないと、ハルヒとまた会ってしまったら……。
後で長門には連絡をすることにし、一人で帰ることにした。もう道は覚えたのだが、一人で帰るのはこれが初めてだ。
長門はオレが一人で帰ることを「推奨しない」と言っていた。確かに、警戒はすべきなのだろう。今までは何も問題が無いのはまだ救いが
「まじか」
目の前に、朝倉がいた。その影が朝倉だと分かった瞬間、心拍数は上昇していた。
嫌な予感しかしなかった。オレが一人であるところを狙っているとしか思えなかった。この時になって一人で帰ってきたことを後悔するのであった。
向こうもオレの姿を認めている以上、逃げることは出来ないだろう。しかし……
相手が何かしてくる前に、距離を置こう、そう考え、元来た道を全速力で戻っていく。
重たい鞄を持っているので全力といっても体育の時のような速さではないことは勿論、一般常識がまるで通用しない宇宙人から逃げられる訳が無かった。
朝倉はオレが走るよりも早く、とんでもない速度でこちらに接近していた。それは足音という極めて限定された情報からでも判断は容易いことだった。
一瞬、後ろにいたはずの朝倉の気配が消えた。
後ろにいないなら、前か。
分かったところで、もう逃れることは出来なかった。
長門は姿を見せない。
だが、オレが予想していた展開とは異なっていた。
超高速で正面に回り込んだ朝倉は、オレの腕を掴んで逃れられないようにしているものの、それ以上のことはしない。
一瞬、どうすればいいのか分からなかったが、急いで朝倉を振り払った。
少しだけ距離をとったが、朝倉からすればいとも簡単に手が届く程の距離しかない。
朝倉は終始無言だった。
「どういうことだ」
「……」
答えようとしない。無言を貫くのも奇妙だったが、表情もないに等しかった。全くもって朝倉らしくない。
この世界の朝倉はたまに黙り込んでしまうのだろうか。それが分からないから自分の元居た世界の朝倉を基準にしてしまうのだが、
「昨日っからおかしいとは思ってたんだが、どうしたんだ?」
基準が違っていようが、昨日と比べたらおかしいのは一目瞭然だ。
「昨日貴方に会った後に指示があったのよ」
ようやく話し始めた朝倉であったが、表情は相変わらずといったところだ。
「『排除』と、それだけだったわ」
今日のことは関係なく、それ以前に排除命令が出されていたのか。
「どうすればいいと思う?」
人知を超えた力を持つ宇宙人にしては、あまりにも、稚拙な質問だ。
「はぁ?」
それは刺される側にわざわざ訊くことか。
「そんなの、答えはNo.に決まってるだろ。刺されたいなんて思うわけないだろう」
何故、こんなことを訊くのだろうか。
「お前個人としては、どうしたいんだよ」
答えようとはしないが、視線が下がった事から否定できないのだろうと判断した。
「お前、迷ってるのか?」
そう言うと、ようやく朝倉に表情らしい表情が現われた。しかしそれは、困惑の表情だった。
「これは私が属する一派だけではなくて、多数の派閥の支持を得た結論なのよ。その命令に背いたら、どうなることか……」
「長門みたいに、思い切った行動は出来ないってことか」
すると、「そうね」といって僅かながら笑顔を見せたが、いつものような怪しい微笑みとはまるで違っていた。
「迷ってるってことは、今も答えは出てないんだな?」
一歩、二歩、少しづつ後退しながら尋ねてみる。
答えは、
「…………」
右手に握られたナイフが示していた。
8, プラスチックハート
オレの数歩先を行く長門は、何も言おうとはしない。
エレベータが上昇する間もも、通路を歩いている間も、その場から逃げだしたいような沈黙が支配していた。
移動中に長門が話すことはないのだが、通常のそれとこの沈黙は別物である。
「なあ、長門……助けてくれて、ありがとな」
「……」
怖い。
返事が無いのである。
長門が口を開いた時には、オレの先程の言葉の返答であるとは言えないほどに時間が経過していた。
「何故、涼宮ハルヒとの接触が避けられなかった」
自問のようにも聞こえた。
あの時は、本当にもう駄目だと思った。
迷いつつも、朝倉は決心してしまっていたのだ。
「やっぱりそうなるのか」
「そうね」
オレが後ずさりするのと同じくらいの遅さでじりじりと迫ってきていた。
「長門さんは喜緑さんによって部屋に閉じ込められているの。この邪魔をしないように」
オレがきょろきょろとあたりを見回していたため、長門の姿を探していたのが分かってしまったようであった。
どうするったって、こんな住宅地じゃどうにも……。
足が止まった。まるで泥沼にはまったように足が動かない。
判断に迷っていた。どのみち逃げられそうになかった。
オレが逃げるのを止めているにもかかわらず、朝倉の動きは変わらない。
ゆっくりと確実に、という言い方は不適切なのかもしれない。以前はとんでもない勢いでナイフをふるっていたしな。
まだ迷いが残っているのだろうか。
「待って」
オレがどれだけ、それを待っていたことか。
喜緑さんに足止めされているという長門が、朝倉の後方にいた。
何故か、朝倉の表情が変わった。しかし、それを振り払うようにして言った。
「また邪魔をするの? 相変わらずね」
長門は、何も言わなかった。
次の瞬間には、朝倉の姿があった場所に長門がいた。
長門が目にも止まらぬ超スピードで朝倉を蹴飛ばしたのだと理解するのに時間がかかった。
吹き飛ばされた朝倉は、勢いでそばにあった道路標識をへし折ってアスファルトに横たわっていた。
むごい。
痛快とかそんなものは微塵も感じられなかった。
「お、おい」
「貴方も、私の邪魔をする」
そう言いながら、地面に横たわる朝倉に近づいていく。
どうしてだか、このままではまずいと思った。
「長門、まさかお前、イラついてるのか?」
長門が足を止めた。それとほぼ同時に朝倉が起き上がっていた。
しばらくの静寂。何もかもが静止していた。
「貴方を守ると、そう言った筈。だかr」
「言っただろ、無理するなって」
「していない」
「いいや、してるな」
静寂から、突如としての応酬。
その間、朝倉は立ち上がってはいたがその場から動くことはなかった。オレ達の様子を見守っているようでもあった。
「苛立ってないか?」
「無い」
「……そうか」
オレも、下手に口を出すことが出来なかった。今とりあえず出来ることは、この状況を変えるということ。
朝倉に歩み寄り、こう忠告した。
「万一まだ迷っているのなら、オレから一つ提案してみるが、関わらない方がいいかもしれないぞ」
すると、困惑の表情を浮かべた。
「でも、命令には従わないと……」
長門に睨まれ、それ以上を言うことはなかった。
「長門、朝倉が命令に従わなくて済むようにはできないのか」
「本人次第。私が関与できない範疇」
「そうか。まあ、今夜にでも良く考えておいてくれ、今後どうするのか」
オレは立ち尽くしている朝倉を背に歩き始めた。その場からはなれる、現状打破にしては幼稚な手段だ。
一度も振り返らなかったので、その後、朝倉がどうなったのかは分からない。
オレが先に歩いていたはずなのに、途中からは長門がオレの前方にいた。何か考えながら歩いていて、オレの歩くペースを見ていなかったのだろう。
「苛立ち……」
何か呟いていたが、それだけしか聞こえなかった。
で、帰宅した後も何も話そうとはしないのだ。夕食時も、入浴後も、ずっとこの調子だ。
「長門、何かか悩んでることがあるのなら言ってもいいんだぞ。勿論、オレに対する不満でも何でもいい」
躊躇いながらもそう言ってみたものの、返ってきたのはいつになく無機質な返答だけだった。
「ない、おやすみ」
そう言って背を向けて一歩。オレは背後から抱きしめ、動きを止めさせていた。
「放して」
「やだね」
「命令」
「従うもんか」
言葉ではそう言っているものの、動きでは全く抵抗していなかった。
「ごめんな」
「何故謝る」
「お前に頼られっぱなしじゃダメなんだよな、もっと互いに協力しなきゃならないんだよな」
「私は貴方を守r」
「だったら」
意図したわけでもなく、アクセントをつけていた。
「オレもお前を守れるようにならないと」
―――
「あの子はもう寝たの?」
「1時間前に就寝した」
「そう」
「ごめんなさい。あれは過剰だった」
「いいのよ、ちょっと痛かったけど。それより、どうして遅れたのよ、事前に言っておいたのに」
「妨害が想定外の規模だった」
「でも、今回はなんとか最悪の事態は回避できたのね」
「……」
「何かしら」
「貴方はいつまでそれを貫くつもり」
「……」
「形だけでは従っている。でも、貴方がしていることは」
「言わないで」
「統合思念体に反発し独断行動を続ける私への協力」
「……やめて」
「私と同等の処分の可能性も」
「止めてって言ってるじゃない」
「……」
「長門さんも、なかなか容赦ないのね」
「私は警告をしているだけ」
「私も、最初はそのつもりだったんだけどね。私、どうなっちゃったんだろ」
「未遂であっても殺害を試みたことは事実。まだ貴方を信用できない」
「あら、そう?」
――――――
白昼どうどう起こっているこの惨劇に対して、
長門の右手には包丁が握られていた。その刃が外から差し込む光を反射してぎらりと輝いている。
その輝きは、銀色ではなく赤色。
何が起こったのか、理解するのに時間を要した。
「ハルヒ!」
腹部を両手で押さえて苦しんでいた。その両手の指の間から、絶えず血が流れていた。
制服を引き裂き、それを巻きつけて縛り止血を試みる。しかし瞬く間に布切れは真っ赤になり、真っ赤な液体が染み出ていく。
それでも長門は、包丁を握ったままこちらへ近づいてくる。
どうしてこんなことになっているんだ?
ここに避難すれば安全などと言ってこの部屋に誘導したのは長門、お前じゃなかったのかよ!!
俺は長門の前に立ちふさがると、そのまま掴みかかった。
「長門! こんなことして良いと思ってんのか!!」
長門は、全く反応してくれない。
遂に、統合思念体の側に堕ちたのか。
指示にのみ従うそれは、さながら、機械だった。
「あれは嘘だったのかよ!!」
肩を掴んでいくら激しく揺さぶっても、長門の表情は一切変わることはなかった。
「答えろよ!! 長t……」
その時、天地が逆転した。オレは吹き飛ばされていたのだった。
肘や膝に痛みを感じながらもすぐに姿勢を立て直したので、何があったのかはすぐに判明した。
ハルヒがオレを突き飛ばし、
再び長門に刺されていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
もう、言葉になっていなかった。裏返ってかすれた叫び声が反響した。
長門は、殺人機械へと変貌したまま戻ることはなかった。
刃がハルヒの身体から抜かれると、そこから血が溢れていた。
崩れるように床に倒れていくハルヒに駆け寄る。
「どうしてだよ……」
さっきまでオレの呼び掛けに応えることも出来なかったはずなのに、
「どうしてそこまでしてオレを守ろうとしたんだよ!!」
オレの両手は真っ赤になっていた。
瀕死になりながらも、ハルヒは手を伸ばしてオレの頬に触れた。オレの顔は血と涙でぐちゃぐちゃだったにもかかわらず、ハルヒは手を離すことはなかった。
それは、オレも全く同じであった。
「アンタ……だけでも……助かってほしいから」
それに対して、オレはどう返したのだったか。もう、覚えていなかった。だが、その後の最期の言葉だけははっきりと、脳髄にまで刻み込まれている。
「生きて!」
――――――
「はぁっ、はぁっ……」
「深呼吸して。そう、ゆっくり」
彼女が胸に手を当てて呼吸を整えている間も、私は彼女に触れることが出来なかった。
「……はぁ、ひっでぇ夢だよ全く。忘れたいところをピンポイントで見せやがる」
心拍数は異常な数値を示している。発汗も異常な量。
彼女の精神は非常に不安定になっている。度合も、毎晩悪化の一途をたどっている。
現時点では学校にいる間は異常は見られない。恐らく、私と二人だけになるこの空間にいる間のみ、精神が不安定になるものと思われる。
私に対する恐怖心は、根幹から取り除くことが出来ていない。
今の彼女に触れることは出来ない。
「いや、いい……大丈夫だ」
そう言って彼女は私が触れることを拒む。私から離れようとする。
「いつになったら、安眠できるんだよ全く……」
心拍数は未だに安定しない。
今の私には、何もできない。
9, 異世界人だろうと何だろうと
俺と古泉は腕を組んだりうなりながら黒板を見つめる。そしてカツカツというチョークで乱暴に書く音がたまに部室に響く(長門の読書の邪魔にならない程度に)。
黒板を使った、フィールド無限の五目並べをしているのだ。
「三三だぞ」
俺がそう言うと、古泉は慌てて先ほど書きこんだ「バツ」を消した。その瞬間、自分が見逃していた箇所を見つけて拍動が大きくなった。
気付くな、そのままだ……。
「おや、こんなところに」
古泉は気付いてしまった。腹が立つほどの笑顔でそこに×印をつけたことによって古泉が四三で勝ってしまったのだ。
「わざとらしい言い方だな。ちくしょう……」
黒板を埋め尽くそうとしていた大量の○と×を消していると、朝比奈さんがやってきた。
「遅れてすm、あれ、涼宮さんはまだでした?」
「そうですね、まだ来ていないですがどうしたのでしょうか」
朝比奈さんが「どうしたのでしょうか」と言った直後、部室に爆音が轟いた。
「っじゃーん!」
威勢のいい声とともに、跳ねるように扉が開いた。
ハルヒはとんでもない土産付きでやって来ていた。
全員の視線が、そこに注目する。ハルヒはそれを興味からだと思っていたかもしれないが、そうではない。
ハルヒが昨日話題にしていた転校生、杉浦桔梗がヘッドロックされた状態で連行されていたのだ。
「ずっと独自に調査してきたんだけど、やっぱり只者じゃないわ!」
独自にって……だからあの二日間部室に来なかったのか。
「だって凄いのよ! 転校してきたばっかりなのに、この学校のことは大体知っているし、何より注目すべきことは、あっという間にクラスのリーダー格にまで上り詰める事の出来たその姉御肌!」
「姉御肌?」
ハルヒはその状態のまま部室中央へと歩きながら、興奮冷めやらぬ様子で調査結果を報告する、ちょっとは落ち着いたらどうだ。未だにヘッドロックされたままのメアリーも呆れた様子でハルヒの熱弁を聞いていた。
お前、リーダー格なのか? 一方の俺は何とも普通なんだが。
「面倒臭そうな態度をしながらもしっかり世話を焼く『姐さん』なのよ! SOS団に吸収すべき新ジャンル! その名もダルデレよ!」
なんだそれは。恐らく、メアリーも俺と同様の感想だったのではないだろうか。
一人称が「オレ」であることも、今や絶滅危惧種となっている「俺っ子」だとかいって絶賛していた。
俺はハルヒの熱弁に呆れているだけであったが、他の三人はそんなことでは済まされないだろう。
機関や長門のパトロンにとって最も起こってほしくない方向へとさらに進んでいったことになる。
メアリーがハルヒと接触することだけは避けたいとしていた機関、過去を修正するかもしれない未来人組織。この二つの勢力が大きく動いてくる可能性が出てきたのだ。
メアリーがこの世界で生きるために新たにつけられた名前、杉浦桔梗というのを知ったのはつい先日だったから、まだメアリーと呼ぶ方がしっくりくる。
あの名前はメアリー自身が決めたのだろうか、もしや長門が……? まさか。
長門は今になって共同生活をしていることをハルヒに言った。ハルヒはようやくヘッドロックをやめ、長門の話に聞き入っていた。
「えーっ!?」
ハルヒが大声で言う。耳元で大声を出されても長門は一切動じない。
「有希と一緒の部屋で生活してるの!? 何で言ってくれなかったのよ!」
「彼女は両親とは離れて暮らしている。ここは彼女にとって全く未知の場所。だからしばらくは自分のクラスに慣れてから紹介するつもりだった」
ハルヒから解放されたメアリーは俺達を見ている。
その視線は、『これからどうすればいいか』と尋ねているようにも見えた。
―――
何故だか知らんが、出来るだけ早く帰宅するようにと長門に言われた。
なので今日は放課後すぐに一人で帰ることになったのだが、まさか二日連続で宇宙人の襲撃はあるまい。
上履きを仕舞った時、そこにメモ用紙があるのを見つけた。ぐしゃぐしゃに丸められてはいないからゴミではなさそうだ。
何が書いてあるのか、興味半分でそれを手に取ると、それはオレに宛てられたものであった。
この世界の未来人は、こうやって「オレ」に連絡をしていたのか、そう感心してしまった。
『あの時はごめんなさい。
でも、そうしなかったら涼宮さん自らが杉浦さんに接近して、もっと大変なことになっていたかもしれなかったんです。
だから、偶然見かけて接触したという形に持ち込むためにあの方法を取らざるをえませんでした。
でも、事態が大きく動いてしまったことには変わらないですよね。昨日は大変だったと聞きました、本当にごめんなさい。
未来で何か問題が見つかって対応しなければいけなくなっても、私が直接関わることは難しくなってしまったので、今後もこのような方法になるかもしれません。
この手紙のこと、長門さんにはナイショにしてくださいね。』
その紙の一番下に、こう書いてあった。
『なにか隠し事、ありませんか?』
未来人からのアドバイスであろう。朝比奈さん、結構鋭いですね……。
何だろうか、この隠し事やらのせいで何か未来で良くないことがあるのだろうか。
ずっと昇降口で立っていてはまずい、早く帰らなければ。そう思って手紙を鞄に仕舞い、靴を履こうとしたその時だった。
背後から、何か迫っていた。
「ちょっといいかしら」
……これのことか。すまん、長門。
ハルヒに拉致されたオレは、そのまま部室に連れて行かれ、この世界のSOS団の面々に紹介されることとなったのであった。
オレがクラスのリーダー格だとか、新ジャンルとか、絶滅危惧種だというのにはいまいち納得できなかった。
嬉しいと言えば嬉しい。別世界とはいえ、ハルヒとまた部室で一緒にいられたのだから。
だが、長門はこれだけは許さないだろう。実際、まだ解散していないのに長門はオレを引っ張って先に部室を出てきてしまったのだ。
「長門、本当にすまん。ちょうど昇降口でh」
「起きてしまったことは仕方ない。しかし、良いことではない」
意外な答えだった。もっと起こっているかと思っていたから。オレは恐る恐る尋ねた。
「なあ、これから、どうなっちまう?」
「恐らく、機関が真っ先に動く。まだ大丈夫、想定の範囲内」
まだ、という言葉が、オレを不安にさせる。だが、それを口に出してはいけない。
「止まって」
いつもより早足で歩いていた長門が突然立ち止った。
「貴方はここから、一人で帰って」
「だ、大丈夫なのか? ただでさえあんなことがあった直後だというのに」
「これから起こる可能性のある事態の悪化を最小限のものにするために、朝比奈みくるから頼まれた」
朝比奈さんが……?
あの置手紙といい、長門との連携といい、そんなに大事なことがあるのか。
「健闘を祈る」
「え、ちょ、どういうことだ長門、おい」
長門は返事することなく、そのまま歩いて行ってしまった。
何をどうすればいいのか、それも、未来にかかわる重要なことを……。
その場で立ったまま、どうすべきか考えていると、呼びかけられた。
「メアリーさん、ですね」
振り返ったその時、大体の理由が分かってしまった気がした。
「それとも、杉浦さんとお呼びした方が良かったですね」
その笑顔をみて、オレは表情が緩みそうになったのを抑えていた。
「ああ、どうしたんだ?」
「古泉一樹」
わざとらしいその呼び方に対し、古泉は黙っていた。
「わざわざフルネームで呼んでやっているのに、何驚いてんだ」
一瞬だけ引き締まった表情を緩め、再びあの笑顔を見せた。
「いえ、本当に異世界人なのですね」
そう言って両手を上げてみせるその仕草も、あの世界と一緒だった。
「人は初対面の人を前にすると、特徴を押さえようと視線が上下に動くものです。しかし、貴方にはそれが全くありませんでした」
「ほう、それは面白い豆知識だな」
「そう思っていただければ嬉しいです」
「初対面だけど、初対面じゃないんだよな」
自分で言っておいて、自分に突き刺さる。なんたる自爆。
俺はあの手紙のことを思い出していた。
「なあ」
「なんでしょうか」
隠し事、か。確かに、伝えられないままだったから、隠してたも同然だよな。
朝比奈さん、やっぱり、これのことなんですか? これを伝えないと、未来で大変なことになるんですか?
もうここまできたら言うしかない。オレは気を引き締めた。
「どうしてオレのところに来たんだ?」
「朝比奈さんに言われまして。何か重要なことがあるとだけ言っていましたが」
古泉は「困りました」とでも言いたそうだ。オレだって困ってるんだ。どれだけ入念にセッティングされているんだと、呆れつつ感謝しつつ、何でこんなことをしなければならないんだと思いつつ、
「前世で言えなかったことを、お前に伝えても、いいか?」
「何でしょうか、内容にもよりますが僕が出来る範囲内であれば協力いたします」
「最期にでも言っておけば良かったんだろうけど、その前に殺されてな……」
自嘲し始めたオレを見て、古泉は少し表情を歪める。
「一樹」
名前で呼ばれ、古泉は意表を突かれたようだった。これくらいで動揺するなよ、これからもっと大変なんだぞ。
「何でしょうか」
「お前のことが好きだったんだよ!!」
「…………」
ああ、予想通りといえば予想通り。瞬間的に建てられたシナリオ通り、完璧。
朝比奈さん、やっぱりこれ、キツイです……。
もちろん、一樹は困惑一色だった。
「それは、報告された内容には一切ないことですね」
この場でもジョークがいえるのは、流石だよ。
「そりゃそうだろうさ。いつか言わなきゃとは思ってたんだけどな、言う前に古泉は死んで、世界も滅んじまった。そこでオレも死んでたなら、諦めもついただろうさ」
だが、そういって自嘲の句を並べていると、いつのまにやら、羞恥などどこかへ消し飛んでいた。
どうして目の前にいる奴の顔を見ていることが出来ないのだろうか。
もう一度顔を上げて、あいつを見ようとしたが、視界はいつの間にやら溢れていた涙で歪んでいて何も見えなかった。
「だけどな」
袖で乱暴に涙を拭くと、真っ直ぐあいつを見た。でも、数秒しか見られなかった。
「目の前にいられちゃ……やっぱ耐えられん……」
オレはふらふらと歩いていくと、古泉の胸に顔を押し付けていた。古泉は、それを拒むことはなかった。
「初めて会う方に、このようなことをされるのは初めてですね」
「……すまんな。全く知らん奴からいきなりこんなことされて、戸惑うだろ」
「貴方とお話ししたのも先程が初めてですから、正直に言わせて頂くと、まだ完全には理解出来ていないかもしれません」
「それでいいさ」
「本当に、『僕』でよろしいのですか?」
「構わないさ」
しばらく胸を借りた。その間、古泉はオレの肩に手を乗せていた。
「今後会ったとしても、こんなに親密にはならないかもしれないな」
「かもしれませんね」
冷静になると、やっぱりあの時の場面は思い出したくないものであった。
「だーくそ恥ずかしい! いいか、さっきのことは忘れろ! いいな!?」
「残念ながら、強烈な印象を与えていただいたので簡単には忘れられないでしょう」
「誰にも言うなよ、それだけは約束してくれ」
「それなら僕にも出来そうですね」
とはいえ、やっぱりそんな笑顔で見られるのには堪えられん。
「最後に一つだけ言わせて下さい」
呼びとめられて、振り返った。
「まだ会って間もないですが、貴方は綺麗な方だと、そう思いますよ」
「ありがとう」
そして、あの世界の古泉一樹に別れを告げた。
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最終更新:2010年03月14日 23:42