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 あれから――俺たちは、表面上では普段と変わりなくいた……と思う。

 佐々木も、そして俺も、ハルヒも、みんなも、ニブル山を淡々と――本当に淡々と、言葉を必要以上に交わすことなく――越えて行った。モンスターとは、何回か遭遇したものの、それ程の窮地に陥ることも無く、佐々木もいつもの佐々木のままだった。だから「その事」から、みんな目を背けていられたのだろう。

 山を抜けると、そこからはだだっ広い平原になる。この地域には、前回も述べたと思うが、神羅が宇宙開発の前線基地として建設したロケット村があり、それがそのまま、「ロケットポートエリア」という地域名になっている。神羅が宇宙開発――と聞くと多少奇異に思えるかもしれんが、かつての神羅は魔晄エネルギーの採掘を主力事業としながら、その陰で宇宙進出も目指して

いた。朝比奈さんの教会にあったロケットの残骸もその名残だと彼女から聞いている。恐らく、他の星の魔晄エネルギーも我が物にしようとかいう腹積もりだったんだろうが、その計画もいつしか頓挫したらしく、今ではそんな話は一向に聞かない。どうしてそうなったのか、例によって情報統制が敷かれていて、よく分からない。

 ともかく、山を降りてしばらく歩くと、小さな村落が見えてきた。間違いなく、ここがその「ロケット村」だと、俺たち全員確信した。何故って?

「あれは……!?」



 ――村のど真ん中から天に向かって、巨大なロケットが錆び付いたまま、天に向かって聳え立っているのを目の当たりにしちゃあ、な。



「錆び付いたロケット……?」

 よくよく見ると、そのロケットは斜めに倒れ掛かっており、発射台に支えられて辛うじて立っている状態だった。このままではどう考えても、使い道は無い。それなのに、どうしてこんなデカブツが撤去されることなく、放置されたままになっているのだろうか。――んな事を考えていると、ハルヒが突如俺の前で仁王立ちになって言った。

「そんな事より、キョン。さっさと村に入るわよ! いい加減おなかペコペコなのよね。――さあ、ミクルちゃん! キョンの奢りの海産物フルコースが待ってるわよっ!!」

「ふわっ! す、涼宮さ~ん! ひ、引っ張らないでぇぇぇぇ!!」

 朝比奈さんの手を引いたまま、半ば――ていうか、完全に引きずった状態で村へ向かって爆走するハルヒ。あっという間には朝比奈さんの悲鳴は遠くなっていく。そして、俺が全額払うのか、オイ。俺は朝比奈さんに心の中で合掌しつつ、いつものように溜め息を吐いた。やれやれ。

「……ともかく、我々も参りましょう」

 苦笑いしつつ古泉はそう言って、二人の後を追い始める。仕方ない、俺たちも行くぞ。

「くくっ、そうだね。早くしないとお姫様の機嫌を損ねそうだ」
「……了解した」
「早く行きましょう! あたしもおなかペコペコなのです」
「――ここは―――――非常に、……退屈」

 俺含む残りのメンバーも、暴走団長の後を追って、ロケット村へと駆け出す。この時、みんな一見して変わりない様に思えた。――本当はそんな事、ある筈がないのに。






『HARUHI FANTASY Ⅶ -THE NIGHT PEOPLE-』

第17章 Fuck you (God bless, please)





 ハルヒを先頭にロケット村に怒涛のように乗り込んだ(?)俺たちが真っ先に向かったのは、村に入ってすぐの所にある『上海亭』という宿屋だった。どっかのローカルタレント2人とディレクター2人の4人組の教訓じゃないけど「メシより宿」って言うだろ? なんせ佐々木が入って、SOS団も8人と1匹の大所帯。これだけが一度に泊まる宿なんて早めに確保しておかないと、それこそ寒風吹きずさむ中、全員野宿という事になりかねないからな。俺はまだ凍死はしたくない。

 宿との交渉は意外に早くまとまった。そりゃそうだろう。この村にはあの傾いたまま錆付いたロケット以外に見るべきものなんてなさそうだし、観光客もそんなには来ないからな。それでも、3部屋も、しかも団体格安料金で取ることが出来たのは幸運と言えよう。

 ちなみに部屋の割り振りは、ハルヒの方針で野郎は女子から隔離されることとなっているので、必然的に俺と古泉が相部屋。そして、女性陣はハルヒ、朝比奈さん、長門と佐々木、橘、周防に分けられた。シャミセンはオスのくせに猫だからという理由で見かけ上飼い主(?)の周防の部屋だ。……別に、羨ましくなんかないぞ。 

「そうですか? かなり羨望の眼差しをシャミセン氏に向けられていたようですが」

 うるさい、黙れ古泉。それより、勘定は済ませたのか?

「ええ、それは滞りなく。しかも、海鮮フルコースの夕食付きで」

 ああ、そうかい。……って、フルコース?! そんな金、どこにあった?

「あれ? あなたの奢りだって涼宮さんが仰ってたような」

「……あいつの言うことを、まともに取るなよ」

「ふふ、冗談ですよ」

 古泉は両の掌を掲げて、微笑みやがった。……この野郎、覚えてやがれ。実際のところは、古泉曰く「これまで節約した分、金が予想以上に貯まったものですから、新団員の歓迎会も兼ねてパーッとやりたい、涼宮さんが仰って」このようになったらしい。見ると、ハルヒは橘なんかと一緒にまだ見ぬ料理に舌鼓を打っているようだ。気が早すぎだろ。……しかしまあ、何だかんだ

言って、ちゃんと佐々木の事を気に掛けているのはハルヒらしいが。

 財布持ちである古泉の交渉が終わるのを見計らって、俺は宿の店員に尋ねた。これだけはやはり怠ってはいけない。

「黒マントの女はいないか?」

 しかし、店員の青年はキョトンと不思議そうな顔を浮かべるばかりだった。

「黒マントの女ッスか? そんな人は泊まって無いっス」

 やはり、そうは上手くはいかないか――と思っていると、

「お客さん、困るっスよ! こっちには台帳や部屋の鍵とかが置いてあるんで、入って来ないで欲しいんすけど……」

 などと言う店員の困惑した声が聞こえてきたので見ると、ハルヒが勝手にカウンターの中に入ってゴソゴソと調べ始めていた。

「おい、ハルヒ! 何やってるんだ?!」

「その台帳を探してるの! 宿泊客名簿にひょっとするとセフィロスの名前があるかもしれないじゃない」

 さも当然そうにふんぞり返りながら言うハルヒ。確かにそうだが、物事には順序というものがある。プライバシーの問題もあるし、了承も得ないで勝手に見ていいもんではないだろうが。

「お兄さん、見てもいいわよね! これには世界の命運が懸かってるんだから!!」

「世界の命運って……あ……あのう、お客さん……?」

 既に台帳を開いて読み始めてから了承を取るんじゃありません! そんな俺の言葉なぞ露知らず、ハルヒは台帳をめくっていく。店員さんも、ここまで来るともうどうしようもなく、実質上黙認状態になってしまった。やれやれだ、と思いつつも結局俺も台帳を一緒に覗いたんだけど。

 ……だって、やっぱり気になるだろ?

 

「無いわね……」

 二度三度台帳をめくって見たが、結局それらしき名前は載っていなかった。ハルヒは瞬時に興味を失ったらしく、台帳を閉じると、「ありがと」と一言店員に告げてそれを返却。そのまま朝比奈さんたちを連れて部屋へ荷物を置きに行った。こういう妙なところで常識的なハルヒだが――店員さん、呆気に取られてるぞ。





 俺も古泉も部屋へ荷物を置き、暫しの間ベッドに横たわって山越えの疲れを癒していると、階段をドタドタと喧しく駆け上がる音で叩き起こされた。

「キョン! 古泉君も何やってんのよ!! 早く降りて来なさい! みんなお腹空かして待ってるんだからねっ」

 ……こいつには『疲れ』って概念が存在しないのか。古泉は苦笑を俺に向け、俺はと言うと両手を挙げつつ「やれやれ」と嘆息するしかない訳で、毎度毎度同じリアクションするのにも飽きたが、涼宮ハルヒと関わるという事は、こういう事なのだから仕方が無かったりする。だったら溜息なんて吐かなければいいのにと思われるかもしれないが、これまた俺の性分だからどうしよ

うもない事なのだよ、諸君。



 男共より幾分タフに出来ている女性陣は、すでに1階のバー兼食堂で俺たちが降りてくるのを待っていた。見ると、俺たちのために、大きなテーブルが一台用意されていて、そこには海老やら蛸やら鮪に鯛など、この近海で獲れる海の幸が山の様に皿に盛られていた。

「やあキョン、随分寝入っていたようだね。余程疲れていたと見える。しかし、僕たち女性陣を空腹のまま小1時間待たせるのは些か感心しないが」

 ちょっと皮肉をこめた微笑を浮かべ、佐々木が俺たちを迎える。ちょうど空いていたので、俺は佐々木の右隣の席にそのまま座った。にしても、小1時間? うたた寝のつもりが、そんなに寝ていたのか?

「涼宮さんはすぐにでも叩き起こしに行こうとしてたみたいだけど、流石に可哀相だと思ってね。ここまで待っててもらったのさ」

 耳打ちをしながら佐々木が解説してくれる。――あのハルヒが、ねえ。俺たち団員の意見なんてほとんど耳を貸さずに猪突猛進に突っ走る天上天下唯我独尊女が、佐々木の言葉に応じるとは新鮮な驚きだ。一体、どんなマジックを使ったんだ?

「ん? 特に何かしたという訳ではないのだが――」

「何コソコソ話してんの、バカキョン! どうもあんた大遅刻して、レディをこんなにも待たせたという意識が低いようね。本来なら全財産没収ものよっ!……でも、今日は主賓の佐々木さんがどうしてもって言うから――ああっ、もう! とにかく、乾杯よ乾杯!! みんなグラス持って!!!」

 佐々木の話はハルヒの喧しい声にかき消され、俺は「やれやれ」と思いながらワイングラスを持つ。そのグラスには、高そうな赤ワインがなみなみと注がれているが、ホントにそんなもん飲んで大丈夫なのか?

「大丈夫よ。これ、あんたの奢りだから」

 オイ待て。遅刻したのは俺だけじゃなく、古泉も同罪だろが。

「古泉君は、あんたと違ってキチンと反省の態度を示してくれたからいいの」

 などと、いけしゃあしゃあと言うハルヒだが、隣の席に座る橘と談笑している風景を見て、とても反省している様には見えないぞ。「ゴチャゴチャうるさいっ! 」ああ、そうですかそうですか。何となく、いやかなり理不尽な気がするが、ハルヒの中では俺だけがワインを奢るのは規定事項になっているらしい。まあ、全財産没収よりかは遥かにマシだが。

「――オホンッ!! 我が新生SOS団も、佐々木さんが入ってついに8人と1匹の大勢力を誇るようになったわ! 敵は神羅とかセフィロスとか有象無象どもがウヨウヨいるけど、あたしたちの力を持ってすれば、あんな奴らなんかお茶の子さいさいよ! あいつらをぶっ飛ばすまで突っ走るんだから、みんな、最後まであたしについて来なさいっ!! 以上、乾杯!!!」

 まことにハルヒらしい音頭で俺たちはグラスを交わし、この小さな村での一夜の宴の幕が開いたのだった。





「そう言えば、艇長には、もう会ったかい? この村の顔とも言える男だから、一度会っておくといいよ」

 だいたい2時間くらい経っただろうか。宴もたけなわ。みんな、至る所で呑んだり、遊んだり、何故か本を読んだり、話に花を咲かせたりしている。俺は、というと酔い覚ましのお茶を飲みながら、バーのマスターと話していた。ちなみに、このお茶は変な成り行きでバーカウンターで給仕の手伝いをする羽目になった朝比奈さんが淹れてくれたものだ。朝比奈さんはハルヒの用意したメイド服でいそいそとお茶や酒を注いで回っている。――いつも思うが、一体どうやって持ち運んでいるんだ、それ。

「マスターの言うとおりさ、兄ちゃん。この村のことならまず艇長! ここを仕切ってるのはアイツだからな」

 先程のマスターの言葉に、常連客らしい村の男が酔いどれながら相槌を打つ。

「艇長とは、誰のことだ?」

「艇長は神羅カンパニーがまだ宇宙開発に手を出していたころのパイロットさ。世界初の宇宙飛行士になる予定だったのだが、ま、ちょっとした事故があってな。で、まあ、それ以来ここで宇宙に飛び立つ夢を見ながら燻ってるって訳よ」

 話しながら客の男は、少し寂しげな表情をふっと見せつつ、ウヰスキーをあおった。なるほど、事故ね。宇宙開発が頓挫したのもその辺に原因がありそうだ。神羅の秘密主義もこのくらいの田舎になると箍も緩くなってくるらしい――俺の故郷、ニブルヘイムは例外になるんだろうけど。明日にでもその艇長とやらに会ってみるとするか。ちなみに、朝倉のことを二人に尋ねてみた

ものの、芳しい答えは得られなかった。

 話も一段落したところで、他の連中はどうしているかと目を向けてみると――

「ところでぇ~、佐々木さんって、キョンさんとどんな関係だったんですかぁ~~?」

 べろんべろんに酔っ払った橘が、佐々木に半ば抱きつくように絡んでいやがった。コスモキャニオンでも思ったが、こいつ相当酒癖が悪いな。しかも、何て事を話題にしてやがる。その言い方じゃあ、色々と誤解を招くぞ。

 嫌な予感と言うものはよくよく当たるもので、それまで一緒にいた古泉や周防、シャミセンはともかく、朝比奈さんや長門まで寄ってきて、真剣な表情で佐々木の言葉に耳を傾け始めた。――ハルヒは、と言うと。興味なさげな顔をしていたが、耳がピクピクと動いているのが分かる。いつもは「恋愛感情なんて精神病の一種」と言って憚らないお前でも、こういう話に興味あるんだろうか。――じゃ、なくてだな。そんなみんなが期待するような話なんて、実際にはさらっさらに無かったさ。神にだって誓えるね。

 何故なら、佐々木自身がハルヒと全く同じ思想――「恋愛感情なんてのは精神的な病の一種」――の持ち主だったからに他ならない。それに、俺と佐々木はそんなのが無くたって、普通に友人やってられていたから、そんな事を気にしたことも無い。だから――

「もしかしてぇ~、キス、とかしたことあるのですかぁ~~~???」

 って、コラ! 何て事訊きやがるんだ、橘。酔っているからと言って、許される範疇を超えているぞ、それは。そして、どういう文脈でそうなった。見ろ、佐々木もどう答えていいやら困惑しているだろ。

「?……キス? 確か新人研修の頃、人工呼吸の訓練でペアになって唇を交わしたことはあったけど――」


 ブブッッ!!


 ――思わず、飲みかけたお茶を思いっきり吹いてしまった。マスター、掛けちまってスミマセン。今の今まですっかり忘れていたが、確かに佐々木相手に人工呼吸の訓練をしたことはあった……しかしあれはちゃんと口に感染症防止用の保護具をつけて直接接触することなくやってたから、そんな橘や朝比奈さんが顔を真っ赤にするようなロマンチックな展開は無かったぞ。

「……道理で。ジュノンで吉村ミヨコさんに人工呼吸をした時、いやに手馴れているなと思ってたんですよ」

 余計なことを言うな、古泉。しまいに殴るぞ。そしてハルヒ、口をアヒルみたいに尖らせて俺を睨むのはやめてくれ。長門も。その視線で人を軽く凍らせられるぞ。 

「キョンさん!!」

 いつの間にか橘が俺の目の前に立って、腕をがっしりと掴んだ。どうでもいいが、酒臭いな。

「ホントにそんな事どーでもいいのです! 今日の今日こそはっきりさせるのです!! ――キョンさんは、本当は一体誰が好きなんですか?」



 その瞬間、場の空気が一挙に張り詰め、四方から強烈な眼差しが俺を刺すように向けられた気がした。――どうしてなんだろうね。



「涼宮さんですか? 佐々木さんですか? 朝比奈さん? 長門さん? ――それとも、あたし?キャッ……そそそ、それはちょっと困るのです~うふふ」

 それだけは決して無いから安心しろ。

「むー。何かとってもしつれーな言い草なのです~! とにかく、実際のところどーなのか、こっちでキチンと吐いてもらうのですっ!!」

 おい、ちょ、引っ張るな!!――俺の抵抗も酔っている所為か微々たるもので空しく、逆にどこにそんな力があるのか、橘は強引に俺をカウンターから引き摺り下ろして、古泉たちの待つ『尋問場』へと連行していく。

「ようこそ、キョン。たっぷり飲んでくれたまえ。その話には、僕もいささか興味がある」

 席に着くや否や、バーボンを俺のコップに注ぐ佐々木。――お前がそういうのに興味を示してどうする。すると佐々木はくくっと笑って言った。

「僕は確かに『恋愛感情は精神病の一種』と言ったけど、だからと言ってこの手の話題に全く興味が無いと言った覚えは無いよ。――特にキョン、キミの恋愛観は一度是非聞いてみたいと思っていたのさ」

「キョン君。ひっく……もう逃げられませんよぅ~」

「……有機情報連結の解除を申請する」



 もう、勝手にしてくれ。





 ――で、この後どうなったのか実は俺もよく覚えていない。気がついたら、テーブルの上でグラスを片手に眠りこけていたからだ。見ると、橘も古泉も周防もシャミセンも、朝比奈さんや長門、それにハルヒまでいびきを立てて寝ている。店も閉まったらしく、部屋の明かりも消えている。それぞれに毛布が掛けられていたが、多分マスターの心遣いであろう。俺は心の中で感謝したが、その時佐々木の姿が見えない事に気がついた。

 その時にはもう完全に目が冴えてしまったが、取り立ててすることも無く手持ち無沙汰だったから、俺は佐々木の姿を探し始めた。宿屋の中にはいなかったが、その姿は意外に早く、玄関先の庭で見つかった。俺は普通に近づいて声を掛けた。

「よう、佐々木。起きていたのか」

「……キョン?」

 佐々木は両の眼を軽く見開いて俺を見た。まるで俺の登場を予期せず驚いたかのように。こいつにしては珍しい表情だった。

 ――見ると、佐々木は深紅のマントを羽織って旅支度を終えた格好をしていた。

「佐々木! お前、一体――」

 どういうつもりだ? と問い掛けようとしたが、佐々木は研修時代にいつもしていた与太話を話すような声で遮った。

「キョン。今日は、本当に楽しかった。こんなに素晴らしい時間を過ごせたのは……キミと一緒にいた頃以来だよ」

「佐々木……」

 佐々木はそこで軽く微笑った。

「……涼宮さん。思った以上に素敵な人だった。朝比奈さんも、長門さんも、みんな。SOS団はキミにとって最高の居場所になっているみたいだね。数日間行動を共にしただけでもそれがよくわかる――でも、そこは……僕の居場所じゃ、ないんだ」



 ――とても、虚ろな笑顔で。



「何言ってるんだ、お前!」

「そこにいると春の陽だまりのように本当に心地が良い。心地良いからこそ、思うんだ。そこは僕がいて良い場所じゃない。――ああ、キョン。心配しないでくれたまえ。これでも僕は元タークスだよ。セーフハウスや協力者など、一時の当てくらいなら幾らでもあるから」

 そんな訳無いだろ。お前、言ってたじゃないか。5年も行方不明になった奴に、もう居場所なんて何処にも無いって――

「お前、自分がモンスターになった事を気にしているのか?」

「…………」

 佐々木は黙ったまま俺に背を向け、空を見上げた。――丁度、今宵は満月。天から降り注ぐその光が、佐々木を妖しげに照らし出す。その情景に俺はドキッとした。お伽噺よろしく、狼男ならぬ狼女に変わり果てて、二度とこいつは戻ってこないんじゃないか……って。

「……どうしてこうなったのか、記憶の無い僕には分からない。けど、あの時、自分でも御しきれない破壊衝動に支配されていたことだけは分かっていたんだ。理性の欠片も無い醜いけだもの――くくっ、皮肉な話だよ。僕が一番軽蔑していた類のモノに、僕がなってしまったんだから」

 そう。あいつは……あいつは独りで復讐する気なんだ。自分をこんな姿に変えてしまった宝条、そして神羅に。そしてその後は、自分をこの世から永遠に消し去ってしまう。――こいつはそんな奴だ。余りにも優しすぎて、自分の気持ちをあの皮肉めいた笑みに押し込めて、独りだけ苦しい思いをしても、それを厭わない。だけど――

「だからこそ、僕はここにいてはいけないんだ。こんなモンスター、傍にいるだけでみんなを怖がらせる。その上、抑えきれない破壊衝動が暴発して、今度はキミたちを襲うかもしれない」

 だけど、そんな事――

「……僕は、……僕はみんなを傷つける。だから――」






「――そんな事、認められる訳ねぇだろがっ!!!」






「キョ……ン……?」

 こんなに大声で怒鳴ったのは久しぶりだ。でもな、佐々木。お前は大きな勘違いをしてるぜ。

「ああ、確かに俺もショックだったさ。正直に言う。怖かった。お前があんな怪物に変わり果てて、暴れ狂って、そりゃ怖くない訳ないだろう? ――けどな。あの時、お前は決して俺たちにその凶暴な牙を向けなかった」

「え……」

 そうだっただろ、忘れたか? モンスター化したお前は、ハルヒを傷つけようとしたモンスターだけを狙って、俺たちになんか目もくれなかったじゃないか。理性が無いなんて言うがな、佐々木。お前は俺たちを守ってくれたんだぜ。だからな、

「どんな姿になろうとも、お前がお前である事に変わりは無いんだ。佐々木は、佐々木。俺の大切な親友だ。……そして、もう俺たちの仲間なんだ。――そうだろ、ハルヒ」

「えっ!?」

 俺の言葉に驚いて佐々木は後ろを振り向く。すると、上海亭の庭の草叢から、ハルヒが頭に葉っぱを載せながらバツの悪そうな顔をして出てきた。

「いつから……気付いてたのよ」

 そりゃ、草叢の中からでも獰猛な視線で睨んでくりゃあ、嫌でも気付くさ。

「あたしは……エロキョンが二人っきりなのをいい事に、佐々木さんに狼藉を働かないように見張ってた――ただそれだけっ!! 文句ある?!」

 何なんだその理屈は。そして、お前の中で俺は一体どういう人間なんだ? 一度じっくり膝突き合わせて話し合う必要があるな。

「その必要なんて無いわよっ! あんたの人間性なんて嫌って言うほど熟知してるんだからっ。エロくてミクルちゃんの胸ばっか見てて、そのくせ朴念仁で、鈍感で、八方美人で、ユキにもミクルちゃんにも優しくして、あたしがどれだけヤキモキしてるか……ブツブツ」

 ちょっとハルヒ。もうちょっと大きな声でゆっくり喋れ。ほとんど聞き取れないだろが。そして、佐々木。何がおかしい。

「いや……くくっ。せっかく人が決心を固めていたというのに、キミたちの夫婦漫才を見てたら、すっかりその気が削がれてしまいそうだよ」

 え……それって――

「め、夫婦漫才って、あたしとキョンは単なる幼馴染っ! キョンとめめめ夫婦だなんて、創造するだけでも虫唾が走るわよ!!!」

 ……突っ込むところ、それかよ。まあ、お前の言う通りハルヒと夫婦にされてはたまったものじゃない。確実に俺が過労死する。しかも、労災は出ないだろうしな。

「けど、そんな事はどうでもいいわっ! 佐々木さん」

「涼宮……さん?」

「あなたはもうSOS団の団員なのっ! そして言ったでしょ。SOS団の団長はあたしで、あたしがルールだって。だから、このあたしの許可無く勝手に辞めようなんて、絶対の絶対に許さないんだからね! モンスターになったからって、そんな理由じゃ認めらんないの!! わかった!?」

 まさに一方的に捲し立てると、ハルヒは話はもう終わりとばかりに、背を向けて宿屋へ帰っていく。異論反論は一切受け付けないなんて、本当にお前らしいが、この時ばかりは悔しいが感謝だな――なんて思っていると、ハルヒはおもむろに立ち止まって、振り返らずに言った。

「それからね。ニブル山で助けてくれて……ありがと。それだけ、言いたかったの。おやすみ」

 照れ隠しのようにそのまま宿屋に駆け込むハルヒ。佐々木は虚を突かれたようにポカンとしていたが、やがてくくっと笑い声を立てると、

「……ありがとう、キョン、涼宮さん。キミ達に出会えて本当に――よかった」

 俺でも一瞬惚れてしまいそうな笑顔で佐々木はそう言った。その頬には、きらりと一筋光るものがあったような気がしたが、暗がりに隠れてるからはっきりとは言えないよな。



 ――そして、古泉よ。覗き見とは趣味が悪いな。



「おやおや。ばれてしまいましたか」

 長門に朝比奈さんも橘、周防、シャミセンも。揃いも揃って物好きな奴らだぜ。というか、それだけの人数が隠れる場所なんてあったのか?

「僕も含めてみんなグッスリおやすみになっていたのですが、目が覚めるとあなたと佐々木さんがいない上に、涼宮さんが只ならぬオーラを撒き散らしながら外へ出て行ったものですから、心配になって後を追ってきた次第です。僕としては、あなたか涼宮さんのどちらかが暴発したら止めに入ろうと思っていたのですが……」

「あなたが何か不埒な事をしようとしたら、即座に彼女を抹消する用意は出来ていた」

 長門……なんちゅう物騒な事を。それに俺じゃなく佐々木って、おい――ええと、長門さん?目がマジだが、冗談……だよな?

「あたしだって、もしもの時は……」

 ええと、朝比奈さん。その手で握り締めてるロッドで一体何をするおつもりだったのですか?

「――とまあ、考えることはみな同じという事で、このように全員集合と相成りました。色々予想外の展開はありましたが、丸く収まったようで何よりです。そして――」

 古泉は佐々木の方を向いて、例の0円スマイルを見せる。

「我々も涼宮さんや彼と思いは同じです。あなたは間違いなくSOS団の団員ですよ。それに、風変わりな属性をお持ちなら余計にその資格があると思いますが」
「……勝ち逃げは許さない」
「そうですよ。みんな、佐々木さんの仲間です。あたしも、もっとあなたの事を知りたいです」
「少年たちやお嬢さん方の言う通り。ここはキミの負けだ」
「――――――ずっと、……一緒に―――旅」

 長門も、朝比奈さんも、シャミセンも周防も、それぞれの言葉で佐々木に「ここにいてほしい」と告げていた。――俺は柄にも無く涙が出そうになった。個性的な面々が集まっているこの変ちくりんな団、みんなバラバラに見えてたのに、いつの間にかここまで結束が強くなってたなんてな。「興味ないね」とか言いながらミッドガルでSOS団の傭兵をやっていた頃の俺に教えてやりたいぜ。

 そして、予想だにしていなかった展開にこれまた柄にも無くどぎまぎしている佐々木の手を、橘が掴む。

「さあ佐々木さん。部屋に戻りましょう。今夜はいっぱいのいっぱいお話しするのです」

「えっ、橘さん。眠るんじゃないの……?」

 困惑する佐々木の手を引っ張って、橘は宿屋へと入っていく。この後、多分SOS団一話好きなあいつの与太話に夜明けまで付き合わされて寝不足になるんだろうと思うと、可笑しくって呆れて、古泉と二人でニヤつきながら両手を挙げて例の台詞を呟いた。



 「やれやれ」ってな。……真似すんなよ、おい。

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