高校生活初日。不安に苛まれつつも新しい生活に期待を込め、しかしながら早朝ハイキングを毎日こなさなければと暗澹な気分に陥った入学式。
 その入学式を終え、始めてのホームルームで後ろの席のトンでもない発言に辟易しながらソイツと出会った俺は、どうやら今後の人生を左右しかねないフラグを立ててしまったらしい。
 事実、それからの生活は山アリ谷アリ等という浮薄且つ陳腐な言い回しでは到底及ぶべくも無い、SFファンタジー創作話に匹敵する体験を深々と体の刻み込んできた……もとい、ソイツによって刻み込まれたと言う方が正解なのかもしれない。
 しかし、慣れというものは恐ろしいものである。いや、慣れようなんて微塵も思っていなかったのだが、全方位、オールレンジに渡ってあんなことやそんなことが起きれば自ずと耐性がつくようになってくるものである。
 そんな耐性のせいなのか、はたまたそんな生活を楽しんでいたのかは知らないが、俺の意図せぬところで地球は太陽の周りを二周と九割以上を周り終えており……つまり、俺たちは高校を卒業するという人生の節目に差し掛かっていたのだ。
 俺は進学を目指していたのだが、首尾よく希望の大学へと進学することが決まり、波乱万丈という大しけを乗り越えた俺はようやく一般人並みのさざなみに身を窶すことができると思っていたのだが――現実はそう甘くはなかった。
 つまり、俺は俺の人生を一変させたソイツ――涼宮ハルヒ――と、同じ大学へと進学することになったのだ。
 しかも、ハルヒだけではない。
 ハルヒによって集められた宇宙人未来人超能力者、つまり他のSOS団の面子も同じ大学へと進学を果たし、あまつさえ中学時代の同朋であった佐々木もまた俺たちと同じ大学へと進学の道を決めたのだった。
 言うまでも無いが、この六名のうち、学力が抜きん出て低いのは間違いなく俺であり、同じ大学へ進学するためにどれほど苦労したか。説明が面倒なので省略するが是非に察して欲しいものである。
 しかし、全員が同じ大学か。もう、何ていうか、ここまで来ると偶然とは考えにくいね。何かしら外因的要素があったに違いない。
「仰るとおりです」
 パチン、と手持ちの歩を前に進めた古泉が穏やかな口調で唇を動かした。
「何度も申し上げていますが、これは涼宮さんの力が成せる賜物でしょう。偶然を必然に変えてしまうほどの、ね」
「……そうだな」
 今度は俺が手駒を動かした。
「正直、それほど労せずとも希望の大学へ進学できたと思うのですがね、僕は」
 そうかもしれないが、全く勉強しないわけにもいかないだろう。それに受験勉強は終わっても、今後は大学で学ぶわけだ。高校の知識がある前提で授業をやる以上、今までの勉強は決して無駄なものじゃないさ。
 自分の運命は、自分で切り開く。それこそヒトがヒトとして生きるための大前提である。何が起こるか分からないからこそ面白いんじゃないか。
「お前もそう思ったからこそ過去や未来の自分と決別したんだろ?」
 心の中でそう呟きながら、俺は窓際で一人椅子に腰掛けいる少女に目線を送り――
「あなたにしては前向きな解答で痛み入ります」
 紙の擦れるような音は、軽快に響き渡る古泉の喉音によって掻き消された。 


 新生活まで、あと数日と迫った三月の下旬。俺と古泉、そして長門の三人は部室の整理をしていた。高校を卒業したら、もうここを使用することは不可能になるからな。
 正直ハルヒは『SOS団の部室はここしか考えられないわ!』なんて言い出すんじゃないかと危惧していたんだが、意外にもあっさりとその主旨を放棄し、別の場所にSOS団の新部室を立てることを決めたようだ。
 本人曰く、『SOS団が世界に進出するための戦略的撤退』だとか何とか。まだ世界進出を諦めてなかったんだな、お前は。
 因みにハルヒはこの場所に姿をあらわしていない。本人の言う『新部室』とやらを探すために市内を駆けずり回っているためである。怪しい占い師に模した朝比奈さんと、三年ぶりに新団員となる佐々木を引き連れて。
 ハルヒと佐々木が最初の対面を果たしたのはもう既に二年前のことになる。当初は本人同士の仲で何やら葛藤が生まれたようにも感じたのだが、それはいつの間にか杞憂となって俺の心に風穴を開けていた。
 今じゃハルヒが部室で見せる本気の笑顔を知る、数少ない貴重な人物にまでなっているのだ。
 馬が合うのか、はたまた勝手に神と祭り上げたことに対する共感からくるものなのか、そこまでは分からないが……ともかく、ハルヒの都合の良いコメンテーターであることには変わりない。
 やれやれ。朝比奈さんだけでなく、佐々木まであいつの言い様にこき使われるのかね。佐々木の性格からして心身薄弱になるとは考えにくいが、一応ハルヒに関わるの者としての心得を伝授した方がいいかもしれないな。
 朝比奈さんも朝比奈さんだ。大学のサークルとかバイトとか、キャンパスライフの方も沢山あるだろうにわざわざハルヒに付き合ってやる必要性がどこにあるのだろうかね。もう少し先輩としての威厳があってもいいんじゃないかな。
 しかし、何の変化もなさそうに見えた朝比奈さんも僅かながら成長が見られるようで、mikuruフォルダに貯蔵された高校二年当時の朝比奈さんのデジカメ写真と比べればより視覚に通じてくるものがあった。特にム……いや、敢えて言うまい。
 ともかく、俺の知っている朝比奈さんは、徐々にあの大人の朝比奈さんへと向かっているのだろう。
 いやはや、なんとも複雑な心境だ。今のままの朝比奈さんでいて欲しい気持ちもあるし、しかし大人の朝比奈さん出なければ数々の事件を解決することはできないだろうし……。
 ハルヒはハルヒで相変わらずなんだが――だが何か少し物足りないような気がしている。それは俺の勘違いなのか、彼女の性格の変化のせいなのか、そこまでは分からないが、或いは……。
 っと、閑話休題。この場にいない三人へのボヤキはこれまで。そろそろ話の本筋へと戻ろうか。
 そんなわけでこの部屋の荷物を片付けている俺たちだったが、実は殆どの私物は既に片付けられており、後は団内司書官である長門有希所蔵の図書をどうにかするだけである。
 どうにかするだけなのだが――いつも通り本の虫と化している長門は、いつも通りの場所でいつも通りハードカバーのページを一定間隔で捲っている。片付ける気はないのだろうか。
「そのうち」
 そうかい。
 動く気になったら動くだろう。俺も古泉も彼女の許可無く本を動かすのは憚られるからな。ハルヒだってここに必要以上の私物を溜め込んでいたわけだし、長門のことを強く言える立場でもない。
 と言うわけで、それまでの間特に何をするでもない俺たちがとった行動は将棋でも指して長門が動くまで待つことにし、色々と考えつつ言葉にしたのが先の会話である。


「しかし、何か忘れている気がするんだよな」
 古泉の櫓を崩すべく、手持ちの桂馬を敵陣一歩手前に差しながら俺は呟いた。
「何をですか? まさか入学手続きをまだ済ませてないとか。或いは入学金納付をお忘れになられたとか」
 だが古泉の表情には余裕が見られる。それまで自分の陣地にい角将をはらりとつかみ、そして俺の陣地まで移動させてきたのだ。
「いや、さすがにそれはない」
 まさかの切り込み隊に内心動揺しつつも、冷静に飛車を前に動かし、角将……もとい、龍馬の動きをブロック。
「もっとどうでもいいことだった気がするが……」
「どうでも良いことであれば気になさる必要は無いのではありませんか?」
 しかし古泉はもっと冷静だ。持ち駒から歩を取り出し、俺の飛車の前に指したのだ。
「く……」
 しまった。このままでは俺の飛車は取られてしまう。そんなことになれば大打撃だ。
「何故か頭の隅にこびりついて取れないんだ、そのことが」
 せっかく桂馬がもったいないが、ここは大人しく引くしかあるまい。飛車に人差し指を置き、そのまま手前に引く。
「ですが、余計な事は記憶から消し去るのが一番です。姑息的な憂慮に心を奪われると、大局的な見識が出来なくなってしまうものです。例えば……」
 ニヤリ。
 そうとしか形容の出来ない笑みが古泉の顔からこぼれる。
「このように」
 パチン、と軽快な音が響き渡った。古泉は俺の飛車がいた場所に金将を置いたのだ。
「な……なにぃ!」
「王手飛車取りです。さて、どうしますか? 公式戦に則って、三十秒だけあげましょう」
 言う古泉の顔がヤケに嫌味たらしい。くそ、古泉。いつもは弱いくせに今日に限って強いじゃねーか。
「新川さんとの特訓が成果として現れた証拠でしょう。基礎的な戦法ですが、大局的に物事を捉えられない今のあなたには十分だったようです。あと二十秒」
 む、余計な話をするんじゃなかった。しかし余計な話をやめたところで状況が一変するわけでもない。こうなったら飛車を諦めるより他はない。だが何れ俺の陣形は崩れるのは必死であり、それを解決する方法がこの窮地を打開する方法になるわけで……。
 だめだ、考えが纏まらねえ。
「あと十秒。九、八、七……」
 くそ、もうどうにでもなりやがれ。
「待って」
 その時。音もなく将棋盤の前に現れた一人の少女が俺の腕を掴んだ。
「な、長門……?」
「どうしましたか、長門さん。最初に申し上げておきますが、アドバイスは無しですからね」
「アドバイスではない」
 ゆっくりと俺の手を放し、「古泉一樹」とフルネームで読み上げ、今度はそのニヒルな顔の少年を見据えて喋りだした。
「大局的な展望を望めないのはあなたも同じ。画一的な戦法ではイレギュラー因子が組み込まれた場合、成す術も無く崩れ去ってしまうもの」
「僕の戦法に誤りがあると?」
「ここと、ここ」
 余裕の表情で答える古泉に、長門は静かに指を差し――
「二歩」
『……あ』


「これはこれは、僕としたことが。どうやら反則負けのようです」
 言う古泉の顔は若干ながらも引きつっていた。
「これであなたとの成績は十二勝百八十八敗。この部室最後の、そして二百戦目という節目の勝負。白星で飾れなかったのが残念でなりません」
 よく覚えているな。というか勝敗の数まで数えていたのか。
「これも性分でして」
「そうかい」と声をかけつつ、崩れ掛けの陣形を更に崩した。古泉の言うとおり、今日の勝負はこれで終わり。いい加減片付けをしないと怒られるぜ。ハルヒじゃなくて、先生方にな。
「…………」
 今の今まで俺たちの横にいたはずだった長門は、いつの間にか定位置へと戻り、再び黙読を繰り返していた。
「おい、長門」
「大丈夫。まだ整理整頓する必要はない」
 とは言ってもな……
「虫の知らせ」
 は?
「嵐の前の静けさ、と言ってもいい」
「つまり……どういうことだ?」
 俺がそう問い掛けると、今度は俺の顔をじっと見つめそして沈黙した。長門なりに言葉を選び、俺にも分かりやすく解説するための動作である。
「もしかして、これから一波乱あると仰りたいのでしょうか?」
 古泉の発言に、長門は三度ハードカバーに目線を落とした。
「不正解を、撤回」
ん? どこかで聞いたことのある解答だが……はて。どこだったかかね。
 ……等と脳内の回想に想いを馳せていた、その時。


 バァァァァァァン!!!!!

 けたたましいほどの音を立てて、部室のドアが爆発的に開いた。


『――――!?』
 例えではなく本気で白煙を纏わせながら姿を現したのは――まさかっ!?
「ケホッ、ケホッ、ケホ……ふう、九曜さん、勢いが強すぎです。ドアが壊れちゃったじゃないですか」
「――――――力の…………――――――加減を…………間違えた――――――」
「もう。ちゃんと直してくださいよ。そうじゃないとあたしが怒られるんですから。今までの流れから言って」
「――――ざっつ―――――…………おーらい…………――――」
「それに本棚まで爆発しちゃって、どうするんですか。長門さんに怒られますよ。ほら、ちゃんと謝って下さい」
「――――あいむ――――――――そーりー…………――――」
「……ま、良しとしましょう。気を取り直して、皆さ「いきなり何の前触れも無く現れるなこのスカポンタァーーーーン!!!」」
 反射的に去年の機関紙を丸め、渾身と言う渾身の力を込めてソイツのドタマ目掛けて振り下ろす!
「ぴゃん!!」
「せっかく卒業間近の不安と期待が入り混じった早春の一コマを語ってたのに台無しにしやがってこの腐れツインテール!!」」
「を゛を゛を゛を゛…………効いたぁぁぁ…………ひ、久しぶりの衝撃……く、クセになりそう…………」
 栗色の頭を抑えながらも、『少女』は妙に艶かしい声を上げた。
「マゾかお前は?」
「そ、そんなことありません! ……って言えないのも事実なんです、これがまた。てへっ☆」
「なら、もう二、三発喰らってみるか?」
「ちょ、冗談ですって! 険悪になりそうだった場の空気を戻すためのちょっとした愛嬌で」「問・答・無・用・!」

「ぴぃえええ~!!」

横向きにスイングした機関紙が見事顔面に命中し、今度こそ自称マゾ――橘京子は、沈黙を果たした。


 心の奥底にしまいかけた記憶が蘇る。
 ――そうだった。コイツはこう言う奴だった。
 期待をすれば空回り。そのくせどうでもいいことに対しては途端に能力を発揮する。
『場の空気を読まないコンテスト』を開いたら間違いなく殿堂入りを果たすであろう、その道のプロフェッショナル。
 勝気でツンデレな性格が多いツインテールの中で、見事期待を裏切ったことでも有名だ。
 困ったことに、コイツも俺達と同じ大学へと進学を果たし、来年度からは同じキャンパスライフを過ごすこととなったのだ。
 一人進学を喜ぶ中、俺にも祝えって言ってきたから心底ウザそうに『あーよかったよかった』と祝杯をあげたのが気に喰わなかったらしく、ここ暫くは身を潜めていたように思えたのだが……また復活しやがったか。ゴキブリかはしかのような生命力である。
 腐れ縁、ここに極まれりである。
 人が至って平穏に過ごそうとしている時に現れて、和を乱しては収集をつかなくする天性は神レベルだ。今日も絶対必ず天地神明に誓ってアホなことをやりに来たに違いない。
「そんなわけないでしょ!」
 あ、気がついた。
「もう大分叩かれなれてますから。あの程度じゃ数秒気を失う程度で済みます」
 やっぱりマゾって言うのは本当だったのか……いや、どうでもいいけど。
「それより、何の用があってここに来たんだ?」
「決まってるじゃないですか。引越しの手伝いに来たのです」
 邪魔しに、の間違いじゃないのか?
「そんなつれないこと言わないで下さい。あたしは本気です」
 なら今この状態をどう思っている?
「この状態って……いや、その……ごめんなさい」
 本棚が崩れ、長門所蔵の本類が辺りに散らばり、且つ塵芥が飛び散る中、橘は申し訳なさそうに呟いた。
「でもこれ、九曜さんがやったことで、あたしには何の責任も無いわけでして」
「――――あなたが――――急がせて――――…………超光速移動をしなければ…………――――このような――――――不祥事は…………――――発生しなかった――――」
「う……」
「――さらに言うなら…………――――スイーツの――――食べすぎで…………トイレに篭ってたのは――――――――あなたの責任…………」
 ほほう。
「つまり、喰い過ぎでハラ壊したってわけだ」
「男の子がデリケートな話に突っ込まないでくださいっ!!」
 デリケートな話をしたくなければその大飯喰らいの性格を直しやがれ。
「前向きに検討します! それより!」
 と、話題を変えようと必死な橘は、「あたしは『急いでください』と言っただけで方法までは指定しませんでしたよ!?」
「超光速移動を…………行う際のデメリットは――――――最初から話した――――――物質が――――エネルギーへと…………――――遷移するため…………物質世界に影響を及ぼす――――お勧めできないと――」
 なんだ、つまり、
「橘さんが九曜さんの説明をちゃんと聞いていらっしゃらなかったのが根源というわけですね?」
「いや、あの……ははは、やだなあ。皆さん。目がマジですよ」
「大丈夫だ」ほへ、としている橘に向かって俺は言ってやった。
「俺のガン飛ばしなんてあいつらに比べたら可愛いもんだぜ」
「あいつら?」
「お帰り、ハルヒ、佐々木」
「ふふふふ…………橘さん。あなたは片付けに来たの? 邪魔しに来たの?」
「ひえっ! い、いつの間に帰ってきたんですか?」
「くくくく…………恩を仇で返すとは、まさしくこのことだね、橘さん」
「さ、佐々木さん……いえ、ちょっとした手違いがあっただけで……」
『問・答・無・用・!!』
「ひぃぃぃぃーーーーーーえぇぇぇぇーーーーーーー」



「お片づけお疲れさまです。はい、お茶です」
 ハルヒと佐々木が橘を追い掛け回す中、朝比奈さんはいつも通りのスマイルで、
「お茶道具はもう運んじゃったから、缶で失礼しますね」
「や、これはどうも」
「恐れ入ります」
 俺たち二人にお茶を渡してきた。
 プシュ、とプルタブを開けて渡してくれる細やかさがいいものだ。


「待ちなさ~い!!」
「止まりなさ~い!」」
「いやですぅ~!! お仕置きはいやですぅ~!!」

「はい、長門さんも」
 あれだけの被害とこれだけ騒然としているにも関わらず、長門は自席でルーチンワークを繰り返していた。
 今更な感はあるが、長門の肝っ玉の強靭さにに戦々恐々とするしかない。
 まあ、後者に関しては皆もう慣れっこなんだが。

「今ならドラゴンスープレックス三連発のところを変形シャイニングウィザード五連発で我慢してあげるわ!」
「或いはフランケンシュタイナーからDDTへの流れるようなコンボでも構わない!」
「『我慢』とか『構わない』ってレベルじゃありませ~ん!!」

「あ、九曜さんの分もありますから」
「――――――せん――――…………きゅう――――そー――――――――まっち…………――――」
 しかし、九曜も饒舌になったものだ。過去にコミュニケーションが取れないとか言ってたのが嘘みたいだな。

「五月蝿い! とりゃあ~!!」
「うわぁあ!!」
「ナイスッ! 涼宮さん!!!」
「ごめんなさいごめんなさいっ! 謝りますから! 場外乱闘だけはっ! パイプ椅子アタックだけはっ!!」

「まあ、しかし……」
「どうされました?」
「今日は部室の整理整頓に来たんだよな?」
「ええ。そのように伺っていますが」
「どう見ても部屋を散らかしているようにしか見えないんだが。あいつら、やる気あるのか?」
「さて、どうでしょうね。あまり無いのかもしれませんね」
「おいおい、まるで人事だな。散らかした後の片付け、誰がやると思ってるんだ?」
「良いではありませんか。涼宮さんの気晴らしが部室内で治まってくれるならば、それに勝るものなしです」

 お前はそれで良いかも知れんがな。
「橘京子も、そういった意味では役に立ってくれています。現状維持。これが我々『機関』の望みです」
 ……そうだな。

 確かに、ここ暫くはハルヒの意識下的ストレスも感じられないし、古泉曰く閉鎖空間が発生する率も殆どなくなったという。
 大学受験と言う精神的ストレスから開放されたこともあるだろうが、ハルヒ自身(そして佐々木自身)がベストなストレス解消の手段を見つけたのも大きなウェイトを占めているだろう。
 色々と問題のあるヤツだが、二人のスタビライザーとして能力を発揮してくれるのならそれもまた良し。佐々木に手足を拘束され、油性マーカーを持ったハルヒに対して涙目で許しを請う橘京子を見て、ふとそんなことを思った。
 幾分橘が可愛そうな気がしないでもないのだが、アイツは以前朝比奈さんを誘拐したと言う前科がある。その大罪を償却するには、それ相応のことをしてもらわんといけな、
「きょ、キョンくん助けて~」
 ガバッ
「うおわっ! いきなり抱きつきなっ! 苦し……」
「こらーっ! 離れなさーい!!」
「ドサクサに紛れてキョンに抱きつくとは、この不埒者!! こうなったら額に肉だけじゃなくてお尻にKINマークも書いてやるっ!!」
「ふええぇぇ!! それだけは勘弁してくださぁい!!!」

 …
 ……
 ………

 ドタドタと足音を立て、部室から外へ出て行く足音、その数三つ。
 後に残った図書の数々は、百花繚乱と言えば聞こえが良いがむしろ落花狼藉と言ったほうがより正解に近い。
 三人の喚き声が部室から外へと切り替わるのを機に、それまで指しか動かしていなかった長門が突然立ち上がった。
「本、片付ける」
「――――手伝う…………――――」
「わわ、ちょっと待ってください。今お茶碗片付けますね」
「さ、僕らも」
 ……やれやれ。



 結局のところ。
 気温自体は低いものの、窓から差し込む木漏れ日が春の伊吹を感じさせる候が俺には心地よく感じられた。
 つまり、世界は(一部を除いて)平和だったのである。

 ――そう、この時までは。

 しかし、俺はすっかり失念していた。
 色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。
 諸行無常、是生滅法、生滅減己、寂滅為楽。
 世の中の全ての物事には、全て終わりが来る。
 即ち。

 ――この平和で安定した世界にも、終わりが来るのだと。



 この日の引越し作業及び荒れた部屋のお片づけを大体済まし、俺たちは早々に帰宅の途についた。新生活に向けて準備しなければいけない事は沢山あるからな。
 何と言っても時間がない。今日を除いて大学の入学式までずっとSOS団の活動がビッチリと予定に組み込まれており、その僅かな時間を縫ってキャンパスライフを快適に過ごす段取りを整えなければいけないのである。
 よくよく考えればこのくそ忙しい時期にSOS団としての活動を行うってのもどうかと思うんだが、ハルヒの脳内では新天地での準備よりもSOS団の団活の方が大きなウェイトを占めているので、俺がとやかく言ったところで聞く耳なんて持つとは思えない。
 それどころか、自分の入学する大学でSOS団の名を知らしめる方が先決と踏んでいるのだろう。ハルヒはその目的の為に、入学式前にやっておくべき事があると宣言したのだ。
 即ち、自主製作映画第二弾の撮影である。
 入学式の折、サークル勧誘の先輩方に紛れて勧誘を行うつもりなんだろう、多分……というか、絶対。高校の時もそうだったが、ちゃんと新サークル設立の許可を取ったのだろうかね。
 ま、それはさておき、今回ハルヒが撮影しようとしている映画のストーリーだが、戦うウェイトレス未来人の話は前回で一応の完結が見られたので(ハルヒ談。俺的に言えば中途半端も甚だしい)、今回からは新ストーリーを考えているのだと言う。
 大まかな内容としては、犯罪の温床となっているある一男子高校に転校生として乗り込んだ特殊工作員、「M.アサヒナ」と「Y.ナガト」の名コンビが次々と事件を解決していく学園刑事ドラマものらしい。
 ハルヒにしてはなかなか面白そうなストーリーなのだが、しかし人物像に無理があるのも団長の得意技である。
 よくよく考えて頂きたい。とりもなおさず二人は女性、れっきとしたガールである。その二人が男子高校に転校生として入学するに当たってしなければいけないのが、そう。男装である。二人は学園内では男性として振舞うことになる。
 長門は……元々無表情が売りのキャラクターだから、男装したところで中性的イメージと相まってそれほど違和感はなかった。
 問題なのは、朝比奈さんだ。
 セミロングの髪はカツラを被ること誤魔化し、おっとりしたロリ顔も学年に一人はいそうなショタキャラとして何とか解決したのだが……実はそれ以上に難儀な問題が待ち構えていた。
 言うまでもない。あの顔に似合わないほどの大きな胸をどう隠すか、である。
 悲鳴を上げたくなるほどギュウギュウに巻いたサラシのおかげで起伏は目立たなくなったが、胸部全体が膨らんだ様はどう見ても異常発達の鳩胸状態である。幼い顔つきも相まって違和感バリバリ。どう見たって怪しい。
 ハルヒは「なんとかなるでしょ」と気にしている様子は無かったが、果てさてどうなるものやら。
 収録機関は残り約一週間。その間はとんでもなく振り回されそうな気がする。それまでに大学の準備を終わらせたいものだ。
 等と妄想しながら、机の上の参考書を整理していたその時である。バイブレーションにしたままの俺の携帯電話が音声着信を知らせた。
 作業を中断し、ベッドの上にあった携帯電話を取り、着信先を確認。
『公衆電話』
 この時分に公衆電話からかけてくること自体珍しい。誰だろうね? 
「もしもし」
 しかし、相手は答えなかった。
「もしもし、聞こえてますか? 聞こえてないなら切りますよ、忙しいんで」
「……あ、キョンくん。お久しぶりです」
 声の主は、聞いたことのある人物からだった。
「朝比奈さん……ですか?」
「はい。朝比奈みくるですけど、あの……」
「分かってますよ。あちらの朝比奈さんですよね」
「あ……分かってもらえましたか? よかった」
 あちらの朝比奈さん――つまり、朝比奈さん(大)である。この時間の朝比奈さんと比べて口調が異なるので直ぐに分かった。最も、朝比奈さん(大)は気付いてなかったようだが。この喋り方はあの朝比奈さん独自のものである。
 ただ……口調が違うとは言え、俺の知る朝比奈さんの声とは少し異なることにも気付いた。トーンが低いと言うか、どもっていると言うか……風邪でもひいたのか?
「電話からなんて、珍しいですね」
 しばしの沈黙の後、
「……直接会うわけにはいきませんでしたから。ごめんなさい。今回だけは許して」
 電話越しに『許して』と冀う朝比奈さんの表情を妄想し、いろんな意味で反省した。
「それで、今日はどんな用件ですか?」
「用件、って程じゃないけど……キョンくんにちょっとしたお願いがあって」
 それを用件と言うんじゃないか、と心の中でツッコんだ後、
「キョンくん」
 朝比奈さん(大)は決意したかのように喋りだした。
「今後、何があっても動じないで下さい」
 ……はあ?
「笑顔で受け止めるだけの気概を持ってください。お願いします」
「それだけ……ですか?」
「はい……」
 肯定の返答が、何故だかもの悲しげに聞こえた。
「それで、今回はヒントみたいなものは無いんですか? 『白雪姫』みたいな」
「ありません。本当にそれだけです」
 そうですか。
「分かりました。何があるか分かりませんが、大船に乗ったつもりで待ち構えていればいいんですね」
「はい。その通りです。ではよろしくお願いします。それじゃッ――」
「あ、ちょっと待っ――」
 ツー。ツー。ツー。
 俺の制止空しく、次に聞こえたのはビジートーンだった。とりもなおさず、相手の通話が切れたことを示すものである。
「何だったんだ、一体……?」
 俺は朝比奈さん(大)からのミッションに軽く舌打ちをした。そりゃあ彼女からの指令は意味不明なものが多かったし、理由を聞いても答えてくれないものもかなりあった。俺が彼女に対して苛立つのは、まさにそうした事情があったからである。
 しかし、その苛立ちすらキャンセルしてしまう、魔法のような仕草がスピーカーを通して聞こえてきた。
「朝比奈さん、泣いていたよな……」



 時は流れ、四月。
 入学式はまだ済んでないものの、めでたく大学生になって二日目の朝。
 事件は、何の前触れも無く唐突にやって来た。


 この日もまた映画撮影のため、いつもの集合場所――駅前の喫茶店に集まることになっている。
 寝坊した俺は慌てて家を飛び出し、ケイデンス100を保ちつつでマイ自転車を漕ぎ出した。
 現在時刻は七時五十分。集合時刻である九時には余裕過ぎるくらい時間が余っているのだが、急いでいるには訳がある。
 撮影のために必要な機器を電器店の店主からレンタルしているのだが、店主の都合で夜に使用するから毎回返却を頼まれている。だから毎回朝借りて夜に返すということを繰り返しており、その仕事は当番制で交代しつつ行っている。
 もうお分かりだろうか。つまり本日は俺の当番の日である。今から急いで機材を借り、そして駅前に戻ると時間的余裕はそれほどないのだ。
 無論、九時に間に合わないと言うわけではない。このペースで首尾よく事を済ませられれば八時半頃には目的地に到着し、自転車を停めて喫茶店に入る時間を差し引いても十分お釣が来るはずである。
 しかし、ハルヒお得意の『一番ビリの人はみんなにオゴること』なんて言う今時流行らない責任転嫁論が吹聴するこの団体ではそうも言ってられない。何かと物入りな時でもある。無駄な出費は抑えたいものだ。
 そんな俺の願いを聞き入れてくれたのか、果たして予定通りに機材を受け取り、順調に飛ばすこと数十分。いつもの喫茶店が視界に入ってきた。現時刻は八時二十分。
「よし、想像以上の高ペースだ」
 内心ほくそ笑みながら、俺は自転車をいつもの駐輪場へと停め――そして、
「…………」
 物静かな三点リーダと合間見えた。ただ、この三点リーダは長門のものじゃない。
「橘……か。早いな」
「…………」
「こんなところで何してんだ。さっさと喫茶店に入るぞ」
「…………」
 先ほどから一言も発せず、俯いて黙り込んだままである。一体どうしたのだろうか。いつもならとことん空気を読まず騒ぎ立てて俺に一発殴られるところなのだが。
「もしかしてまた何かあったのか? しょうがないな、言ってみろよ」
 こんなセリフが出る辺り、俺も寛容になったものだな――なんて考えた自分がバカだった。この後のコイツの行動は、後々俺自身を苦しめることとなったのだ。
「俺に出来ることだったら何でもしてやるぜ」
「…………」
「ま、最近色々苦労しているみたいだし、その辺の功績を買ってのことだ」
「…………」
「これからずっと世話になるんだし、たまにはいいだろ」
「……うあ」
 うあ?
「うあぁぁぁぁぁああぁぁぁあん!!」
 突如橘は大声で泣きだし、俺にしがみついてきたのだ。
「な……こらっ! 落ち着けって!」
「うぁぁああぁあっぁぁぁぁぁん!! うぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁん!!」
 長期休暇中のとは言え、今日は平日。学生の姿こそ無いものの、駅前には通勤のため沢山の人が集まっている。そんなシチュエーションでギャアギャア泣かれたら間違いなく注目の的である。
 俺は仕方無しに鼻を紅くした橘を連れ、いつも利用している喫茶店へと入り込んだ。

「……ううう、ううう…………」
「どうだ、落ち着いたか」
「はい、ご迷惑をおかけして、すみません、ううう…………」
 モーニングスイーツセット三人前を平らげ満足したのか、それでも涙を見せながら人の言葉を発し始めた。
 ここで俺の自問自答が始まる。何故俺は今日に限ってこんなに親切なのだろう、と。
 コイツのペースに巻き込まれると十二割の確率で災難しか降りかからないと言うのに。佐々木やハルヒに扱かれるなんて序の口で、世界中の人々に変化をもたらしたり、そもそも世界自身が変わってしまったりと全く良いことはないのだが。
 ……実は、分かっている。
 コイツがこんな風に泣くのは決まって酷い仕打ちをされた時である。ある時はハルヒのイビリ、そしてある時は佐々木の妬み。ついでに俺も調子にのってからかう時があるが、ともかくそんな時にしか見せない涙である。
 いくら俺たちが悪態をつこうが次の日になればケロッと忘れ、そしていつもの能天気さで俺達に絡んでくる。それが橘京子というアイデンティティそのものである。
 さりとて本日俺はコイツと初めて会った訳だし、その他に誰かに会ったとも考えにくい。
 つまり、コイツの身に何かあったのだ。
「とりあえず、理由を話してみろ」
「ううううう…………」
 俺の言葉に、橘は再び涙を瞳に蓄えた。
「実は……あたし……」


「皆さんとお別れです……ううう…………」


 さすがに絶句したね。
 驚いたと言うよりは、「何を言い出すんだコイツは、ハハハ。また電波でも受信しやがったか」っていう感情が先立っているが。
 だが、一応は聞いておくべきだろう。
「何でまた」
「ずずずず……あたしだっていやでず……でも……でも……うううっ!」
 そして再び咽び泣く。ええい、めんどい。このままではいつまで経っても何も聞けないし、それどころか他の客の目線が痛い。
 仕方無いと宥め、彼女のの言い分を聞くことにする。
 そして話の内容を纏め上げたものが以下である。
 注意事項として、涙声の「ううう……」とか「ずずず……」の擬音語は省略しているので、悪しからず。


 ――佐々木さんの精神が、『あの事件』以降、二年前と同じく閉鎖空間内に『神人』が現れることがなくなりました。あたしたち『組織』の人間は佐々木さんの精神が安定したものだと喜んでいました。
 ――しかし、閉鎖空間の変化はそれだけで終わらなかったのです。最初は気付かなかったのですが、『あの事件』以降佐々木さんの閉鎖空間は徐々に収縮をし始め、今や商店街の一角程度の大きさまで縮んでしまったのです。
 ――もしこのまま佐々木さんの閉鎖空間が縮小し、閉鎖空間が消滅した場合、あたし達『組織』は消滅の危機に見舞われます。いえ……
 ――最悪、あたし達自身の存在がなくなってしまいます。
 ――死んでしまうのか、人々の記憶から消去されてしまうのか、そこまでは解りませんが……ともかく、あたし達『組織』の存在は無くなったものとされてしまうのです。
 ――ですから、

「もう……ひぐっ……お別れです……ううっ…………」

 絶句その2。
 しかし今回は笑えなかった。笑えるわけが無い。
「その話、本当なのか……?」
「う、嘘を言ってどうするんですか……うぐぐ…………あたしのパパ……ひぐっ……もとい、ボスから聞かされた…………ひぎゅ……本当の話です……ううう……」
 涙を拭うハンカチは、もはやその意味をなさないくらいじっとりと濡れていた。どうやら、ガチでマジそうである。
「どうすりゃいいんだよ、この場合」
 一人呻き声を上げる少女の傍ら、俺は自問自答を繰り返した。
 ――いくら出会いが最悪だったとは言え、いくら揉め事大好きのKYっ子だとは言え、知り合いの一人が消滅の危機に立ったんだぜ。
 そもそもコイツの悪事は朝比奈さんを誘拐したくらいで、それもどちらかと言えば未来人に唆されて決行したようなもんで、どちらかと言えば被害者みたいなもんだ。
 ――それにコイツが今の今まで俺たちを散々引っ掻き回したのにも関わらず大きなお咎めがなかったのは、コイツに悪意が無いからである。まあ、善意も無かったが。
 ――それなのにこのまま消えてしまうなんて……

「橘さん……何……泣いてんの!?」

『!?』
 思わず声のする方を振り返った。
 何時からそこにいたんだろうか。俺達以外の面子……ハルヒ以下、総勢七名が集結。しかも今日に限って藤原までいやがった。
「あう……皆さん……」
「どうしたんだ? まさかソイツにあんなことやそんなことをされたんじゃないだろうな!?」
 違うわい。パンジーからボケの花に名前を変えやがれクソ未来人。
 と突っ込もうとした瞬間、別の麗しき未来人が声をかけてくる。 
「でも、ホントにどうしたんですか? 何か、とっても深刻な話をされていたような……」
「確かに」と古泉。「橘さんが泣いている姿を目撃するのは今日に限ったことじゃありませんが、僕達よりも早く、しかも二人っきりで何を話していたのかはとても興味があります」
「キョン、何をしてたのか、いいなさい」
「まさか僕達に他言できないような内容じゃないよね?」
 そんな訳あるか。
「実は……」
 言いかけて言葉を濁した。佐々木はともかく、ハルヒに本当のことを言うわけにはいかない。何を今更と思うかもしれないが、ハルヒには非日常的な日常をカミングアウトしていないのだ。
 何かしら誤魔化すしかないのだが……。
「何? 言いかけて止める気? そんな中途半端なの、あたしが許すと思って?」
「右に同じく。言を左右にするなんて愚の骨頂だ。男なら男らしく、ハッキリと物申して欲しいものだ」
 ずずい、と詰め寄る二人。俺はつられてずずいと席を後方に押し下げた。
「まさか……あなた本当に変なことしたんじゃないでしょうね?」
「朝からあんなことやそんなことを……くうぅ! 何て羨ま……もとい! 破廉恥なことを!!」
 やべえ。コイツらの思考の方がおかしくなってきた。常識という線路にのっかているもの、一度脱線するととことん暴走するのがこの二人だ。脱線しまくりの橘京子より、ある意味始末が悪い。
 早いこと何とかしないと……。
「じ、実は……」
 何とか言い繕うと言葉を搾り出したその時、トンでもない発言は俺の想定外の場所から飛んできた。


「橘京子が、転校することになった」
「――――もう…………遭えない――――」
「だから、二人はデートすることになった」
「――――最初で…………――――最後の――――思い出…………作り――――――――」

『えええええええっ!!!!!!!???????』

 有機物で構成された俺達七人は、見事なまでに声を調和させた。



「て、転校!? そんな話聞いてないわよ!?」
「昨日の夜、突如決まったこと」
「それにしても急過ぎやしないか?」
「急――――だからこそ…………――――彼女も…………別れを――――惜しんでいる…………」
「で、でも! 何で転校するからってデートなのよっ!?」
「この後彼女は修道僧として、一生その身を神に捧げる。その前に、女性として生まれてきた喜びを感じたい」
「だから――――デートを…………する――――――――思い出…………作る…………――――」
 長門と九曜の解説に、ただただポカーンとなるハルヒと佐々木。おまけに藤原。
 あああああああ。お前らなんて事を言い出すんだ!?
「そ、そうだったんですね……あの、ふつつかものですが、よろしくお願いします、キョンくん」
 そして橘、顔を赤くするんじゃない! 暴走しすぎだ!
「ふ、ふふふふ」「く、くくくく」「は、はははは」
 そして、もっと暴走するキャラ三人。
「ふふふふ…………最後くらいは、花を持たせてあげようじゃあーりませんか」
「くくくく…………故人曰く、『有終の美を飾る』って奴だね」
「はははは…………きょこたんが、遠くにいっちゃうなんて……」
 ハルヒは乾いた笑い声を上げつつ、橘の肩をポン、と叩いた。
「もう会えないのは寂しいけど、最後の思い出くらいはちゃんとしたの欲しいものね。いいわ。キョンを貸してあげる」
「本当ですか涼宮さん!っ?」
「ええ。実のところ嫌悪感バリバリだけど、最後だしね、最後……くくくく……」
「有難うございますっ! 佐々木さん!」
「貸してあげるけど……ただし、あんまりオイタしちゃだめよ」
「昔から言うじゃない。『汚物は消毒だ』ってね。或いは『ただしイケメンに限る』かもしれないが」
「大丈夫です! キョンくんは意外とイケメンですから心配ありませんっ!」
 な、何の心配が無いのだろうか……?
「それじゃあお借りします! ありがとう!」
「ふふふふ…………いってらっしゃい」
「くくくく…………十分気をつけてね」
「はははは…………汚物は消毒だぁぁ」

 こうして。
 俺の意思など関係ないところで話が進み、いつの間にか橘に手を握られた俺は凄まじいまでの勢いでこの場を後にし、橘との(最初で最後)デートを満喫するハメになった。

 ……もちろん、全世界のトラブルを抱えながら。



 お・ま・け
 二人が喫茶店から出て行った直ぐ後の会話――。


「涼宮さん、あの二人のデートを許した理由って……」
「裏から邪魔しまくってやるためよ。あたしだってキョンと満足にデートしたことないのに、遠くに行くからって理由でデートするなんて許せないわ」
「やはりそうですか。ならばわたしも出来る限り協力します」
「ありがとう佐々木さん。SSSSNAP復活よっ!!」
「4SNAPに改名しなかったっけ?」
「あらそうだったかしら。まあいいわ。それよりあんたも行くのよっ!」
「何で僕まで!?」
「あんたあの子の事好きなんでしょ?」
「なっ……どうしてそれを!?」
「どうしてって……モロバレでしょ。どう見ても」
「気付いてないのは本人くらいよ」
「だよなあ……どうしてあんなにニブイんだろ……はあ」
「それはともかく、あのままだとキョンのものになっちゃうわよ」
「なにぃ! そんなことは許さぁぁん!! 」
「ならさっさと尾行開始。そして気を見計らって雰囲気をぶち壊すのよっ!」
『らじゃーっ!!!』

橘京子の憂鬱(前編)に続く

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最終更新:2020年03月12日 09:24