第六章

 虹色に輝くオーパーツ。その光がやみ終える。
 「変な気分だ」
 「ええ、無理も無いでしょう」

 部室を出て、二人は長門の住むマンションにと向かった。ここ数日分のの記憶が二つ存在している。むこうの世界の俺がそう判断したんだからしょうがない。こうなることが分かっていたら、俺はどうしていただろう。くだらないことしか思いつかない。同時刻にチェスと将棋で古泉を打ち負かしてやるってのはどうだ。
 こっちの世界・・・正規の世界では俺は無様にも何もすることが出来なかった。長門が倒れている中で古泉や喜緑さんに頼りっぱなしだった。しかし向こうの世界では少しは貢献できただろう。しかも今回は長門と古泉が毎度のように奔走する中、あの朝比奈さんが許可なしでは禁止されている時間移動をしてみんなを助けに来た。そしてSOS団に対する俺の気持ちが分かったような気がする。そう考えると同じ記憶を持つってのも悪くない。

 オートロックを開けてもらい、長門の部屋の前に着いた。玄関のドアを開けると、奥から話し声が聞こえる。どうやらいつも通りの会話が聞こえる。にぎやかな話し声だ。
 部屋に行こうとすると向こうからハルヒがやってきた。
 「ちょっと遅いわよ。それよりも早く・・・」
 分かっている。それ以上は言わなくてもいいんだ。俺は体験して確認できているんだからな。
 扉を開けると、寝ていたそいつはこう言った。おいおい逆じゃないか?お前は俺の妹みたいなことを言うな。

 「・・・ただいま」

 長門は体を半分起こしている。
 「ちょっと有希、まだ無理しちゃダメよ。まだ治ってないでしょ」
 ハルヒは言葉では心配しているが、心では安心しているのだろう。長門の顔をみる限り寝込んでいたのが嘘だったようにケロッとしている。それを見れば気づくのだろう。もう無事だと。古泉と朝比奈さんも良かったとつぶやいている。
 長門が無事と分かればハルヒはあれやこれやと話し始める。
 「本当に心配してたんだから」
 とか、
 「体調を崩し始めたらすぐあたしに言いなさい。団長命令よ」
 とか。長門はそれをただ聞いている。ハルヒは早速作ったおかゆをたべさせようとする。普通の病人ならそう簡単に食えやしないだろうが。がっつきすぎだぞ、長門。

 喜緑さんは長門の無事を確認できたからなのか、
 「少し用事がありますのでお暇させていただきます。今晩の看病は引き続きお任せください」
 と言って出て行った。情報統合思念体に報告でもするのだろう。
 その後俺たちはしばらく長門の部屋にいた。何をしていたかと言うと、珍しくハルヒと長門が会話をしていた。とはいってもハルヒが長門に一方的に話しかけているだけで、数分おきに長門が
 「・・・そう」
 「・・・分かった」
 とつぶやき、はたまた、
 「・・・・・・・・・」
 無言で会話をしているように見えた。心なしか長門は嬉しそうだった。古泉や朝比奈さん、喜緑さんは黙ってそれを見守っている。
 俺はというと・・・これからやることを整理していた。まだまだやらなくちゃいけないことがある。だけど少しくらい先延ばしてもいいよな。今日くらい久しぶりのSOS団を満喫してもいいじゃないか。

 「やばい、忘れてた」
 「何言ってるの、キョン」
 「ちょっとレンタルDVDを返し忘れてた。悪い、今日は先に帰る」
 ハルヒのギャーギャーいう声が聞こえる中、部屋を出た。早くオーパーツを鶴屋さんに返さないとな。またどこかに忘れたりなどしたらまずい。玄関に行くと喜緑さんが立っていた。
 「お薬をお持ちいたしました。特効薬です」
 いかん。こいつも忘れてたな。そのフォロー助かります。

 さっそく鶴屋家へと走る。ほんと走ってばっかりだな。
 何度見ても荘厳といえる家だ。インターホンを鳴らす。鶴屋さんが門まで来てくれた。
 「やあ、それはもう必要ないのかいっ」
 「ええ、助かりました。ありがとうございます」
 今回はこの人だけでなく、鶴屋家のご先祖様にまで助けられたな。
 「じゃあこれはまたうちで保管させていただくよっ。それよりもキョンくん。答えは分かったのかなっ」
 このお方は何かが起きたって分かっているんだな。
 「まあキミの顔を見れば分かるっさっ。少年、大使を持つにょろよ~」

 ええ。既に大使は身につけてきましたよ。
 家に帰ると妹が玄関にやってきた。
 「ただいまー」
 おう、おかえり。今日は間違えずにすんだな。
 夕飯を食べ、自分の部屋へいった。ベットに寝ころがりながら考える。明日やるべきことを・・・


 翌日、水曜日。

 自分のクラスに入るとハルヒがすでに来ていたようだ。
 「昨日は悪かったな」
 「悪いも何も、あんたはもっと部員を心配しなさいよ」
 「分かってるって」
 どうも昨日俺が帰った事で不機嫌らしい。
 「有希、今日は学校に来ているわ。熱も下がってすっかり治ったみたい」
 「会って来たのか」
 「そうよ。きっと喜緑さんの特効薬が効いたんだわ」
 まあそれだけではないだろう。お前が昨日ずっと居座って長門と話をしてたんだからな。長門も安心したんだろう、自分の居場所を確認できて。

 昼休み。弁当を即効で食い終え、部室へと行く。そろそろこの不摂生が何かの病気にならなければいいが。
 「どうぞ」
 「お待ちしておりましたよ」
 部室には古泉と朝比奈さんががいた。珍しく長門がいない。
 「あなたはどこまでご存知ですか」
 「さあな、さっぱりだ」
 「それでは僕が」
 またこいつの仮説を聞かなくちゃいかんのか。できれば長門に聞きたかったんだが。いや、二人いた方が分かりやすいか。
 「僕が二つの記憶を持ち合わせていること、またあなたや長門さん、朝比奈さんの話を思い出すと、先週の土曜夜に世界は分裂してしまいました」
 ああ、そうだったな。
 「我々の記憶上で残っている世界をα、結果として存在していた世界をβとします。長門さんや喜緑さんが分裂した事を気づけなかったのは、九曜と言う宇宙人の仕業でしょう。α、βの両世界において妨害していたようです」
 結局、九曜というやつのもよく分からなかったな。
 「ええ。いくつかの能力において、長門さんよりも上位にあるようです。ただし意思というものがないのでしょうね。今後なにをするのか予想がつかないのは脅威ですが、恐らく単独で行動することは無いと思います。涼宮さんの能力に興味を持っているのですが、どうしたらよいか分からないといった感じでないでしょうか」
 現に長門は倒れてしまったんだ。脅威だろ。
 「そうとも限りません。喜緑さんがいますでしょう。今回のことで喜緑さんはよりいっそう警戒しているようです。僕が直接聞きました。二人がそれぞれ補っている限り、攻撃してもその時は回避できるはずです。九曜さんが長門さんに直接攻撃してきたのはβの世界です」
 「じゃあαの世界の敵は藤原ってやつなんだな」
 「その通り。彼があなたを利用して涼宮さんから佐々木さんへ能力を移し変えようとしたようです。もっとも移し変えようとしたのではなく、涼宮さんの能力をもともとなくそうとしたのではないかと。朝比奈さんの未来とβ世界の長門さんを人質にとって」
 そこで朝比奈さん、あなたのおかげで助かったんです。
 「またいつかお願いしたいものですね」
 古泉ちゃかすな。朝比奈さんが困っているだろ。そういや勝手に時間移動してよかったんですか?
 「あのう、わたしどちらの世界でも未来と連絡を取れなくて。古泉くんの言うβっていう世界ではあきらめてたんです。でもαって世界ではダメもとでやってみたんです。そしたらできちゃって・・・今は、禁則なんですけど未来と連絡取れるんです。そしたら禁則ですけど・・・処分待ちだって・・・」
 やっぱりいけないことだったのか。どうしたらいいんだ。すると部室のドアが開いた。長門がやってきた。
 「心配する必要は無い」
 その言い草は何だ。俺たちの会話はお前に筒抜けだったのか。それにしてもやけにおそかったな。どこいってたんだ?
 「涼宮ハルヒの作成した弁当を共に摂取していた」
 そこまでハルヒは面倒見ているのか。で、朝比奈さんはどうなるんだ?しばらく黙った後、長門はこう言った。
 「大丈夫。いずれ分かる」
 だからどう大丈夫なのか言ってくれよ。それとも言わなくてもすぐ分かるってことなのか?朝比奈さんが縮こまっているじゃないか。それでもその怪訝を気にする必要はないと言わんばかりに違う説明をした。
 「世界を分裂させたのは涼宮ハルヒ。九曜と呼称される個体により、発見が遅れた。彼女は我々情報統合思念体と発祥が異なるため、攻撃方法も分析できなかった。また分裂の原因はあなたの友人である佐々木と呼称される人物。涼宮ハルヒは嫉妬と呼称される感情を持ち、佐々木と呼称される人物を消去した」
 そういえばハルヒがやったんだよな。よりによって俺の友人に手を出すなんて。
 「それは気になりますね。今後涼宮さんが同じようなことを起こすかもしれません。もちろん、あなたと涼宮さんが結ばれてしまえば気にかけることはないでしょうが」
 だから古泉、その発言はよせよ。
 しかし俺はハルヒがまた同じ事をするなんて思っていなかった。今朝ハルヒとした会話の続きを思い出す。


 「長門が俺たちに寝込んでいることを言わなかったのは、長門なりに心配かけたくないってことだったんじゃないか。長門にも言いにくいことはあるだろうさ」
 「まあ・・・それも分からなくもないわ」
 「誰にだって言い難いことはある。そういうお前も俺たちに言えないでいることはあるんじゃないのか?」
 そう言うと、しばらく窓の外を見てハルヒはこう返答した。
 「そうかもね」
 そして口ごもるようにこう続けた。
 「・・・・・・あんたあたしに隠し事していない?例えば誰かと付き合っているとか。この前会った佐々木さんとか怪しいわね。例えばの話よ」
 「お前、残念ながら俺がどれだけもてないのか分かるだろ。いる訳ない。佐々木と俺との間に恋愛感情などない。異性同士でも親友という関係が成り立つってのが俺の持論だ。仮に少しでも気になる異性がいたらだ。真っ先にお前に相談するよ」
 同性の国木田とかに相談するより、異性のお前たちに聞いたほうが少しはためになるだろう。ましてナンパ成功率0.00・・・1%の谷口に相談するなんぞもっての外だ。
 「それもそうね」 
 何か勝ち誇ったようにハルヒは俺に笑顔を見せている。
 「そういうお前はどうなんだ。入学して一年たつんだ。彼氏を作る気はないのか」
 「あんたには関係ないわよ」
 「おいおい、お前は俺に隠し事するのかよ」
 「・・・・・・あたしはそんなことよりSOS団のみんなと遊んでいる方が楽しいわ」
 「それには俺も同意見だ」
 はっきりと遊んでると言い切ったな。本来の活動内容はどこへいったんだ。
 「ならハルヒ、悩み事があるなら俺たちに相談しろよ。もっともいえる範囲での内容でいい。俺だったら何でも言うさ。まして恋愛ごとに関していったら、SOS団には女性が三人もいるんだから。悔しいがこの学校ではトップクラスで異性にモテている古泉もいるんだ。俺たちに隠し事などない方がいいだろ」
 「当たり前よ。SOS団に隠し事なんて不必要だわ」
 もっとも、隠しておかなければならないことは隠し通すべきだ。いきなりあの三人が本性を語り始めたりすることはないだろう。それ以外のことだったら何でもいい。幸か不幸か、SOS団のみんなは一年間毎日同じ時間を過ごしてそんな間柄になっているに違いない。担任の岡部が教室に入ってきたところで、会話はそこで終了した。


 回想終了。俺は確かめるべく、まず古泉に聞いた。
 「そういうお前はどうなんだ。新学期になって早速下駄箱にラブレターなんてもの入ってたりしないのか?」
 「いきなりどうしたんですか?・・・新一年生から何通かそのようなものを受け取りましたよ。でも今の僕にはそんなことをしている時間はないんです」
 うまく紛らわそうとする古泉に、拍車をかけるように質問を続ける。
 「じゃあ逆に気になる子とかいないのか?告白を断り続けているのも、既に意中の人がいるとかはないのか」
 「・・・・・・そうですね、僕は機関の仕事で忙しいのでそのようなことを気にする時間はないんですよ。もっともプライベートの時間はこの部室や週末の野外活動で、あなたたちと過ごすことで満足してしまっているようです」
 古泉はシロか。そう思いながら今度は女性に目を向ける。
 「朝比奈さんはどうですか?あなたもたくさん告白を受けているのでしょう。この時代で恋愛してはいけないんでしたっけ?でも一つ禁則事項を破っているんですからもう一つくらいかまわないでしょう」
 「いきなりなんてこというんですかぁ~。あっキョンくん、その顔はだまそうとしたんですね。いじわるです。好きな人がいるかどうかは・・・、禁則事項です」
 やはりこの人は分かりやすい。残念そうな顔をしている朝比奈さんを見れば、そのようなことはないだろう。
 「長門、お前はどうなんだ」
 目を見開いてこちらを見ているように見える。なんてことを聞くんだって顔か?
 「・・・・・・ヒ・ミ・ツ」
 そりゃないだろう。少しくらいお前のプライベートを聞きたいもんだ。お前も中河以外から告白を受けたりしなかったのか?
 「・・・・・・そのようなものを受けた場合、今の私だけで判断することは出来ない。情報統合思念体の見解が必要。またあなたたちにも見解を求める可能性もある」
 ようするに親や俺たちに相談するって事か。
 「お前たちのことは分かったよ。ハルヒにも今朝同じ事を聞いた。釘刺しておいたよ。あいつは俺に遠慮していたみたいだな。嫉妬かどうか分からないが、俺なんかを心配していたんだろう。これからはお互い隠し事はなしだって約束したさ」
 俺はそのとき一つ見過ごしていた。さっきの俺の発言に対して反撃してくる可能性があるということを。よりによって古泉ではなく、朝比奈さんが反撃してきた。
 「それで、キョンくんはなんて告白したんですかぁ?それとも涼宮さんに告白されたのかな。教えてくださぁ~い」
 どう答えていいか考えているうちに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。助かった、と思いきや三人が近づいてくる。くそっ、教室までダッシュだ。
 「おや、逃げ足だけは速いんですね」
 そう言う古泉を後ろにして、何とか教室へと戻ってこれた。

 放課後、部室へと向かった。既に一人部室にいた。二日ぶりに、休みを入れると三日ぶりに五人揃って部室で活動できるんだな。長門が椅子に座り本を読んでいた。そういえばこいつに聞きたいことがまだあったな。
 「そういや、俺が電話をかけただのかけてないだのってこと分かった気がするぜ」
 「そう」
 俺は確かに一方の世界では長門に電話をし、もう一方の世界ではしなかった。こいつの言ってたことと同じだな。しかし何だってそんなことになったと思っていると、それを見かねたのか、長門が説明してくれた。
 「あの時間、あなたからの電話の電波情報が別の世界の私に発せられた。その原因も恐らく九曜と推定される」
 「だから俺はお前が倒れていることに気づけなかったんだな。ひょっとして九曜は、言いにくいんだが、お前より強かったりするのか?」
 「・・・情報統合思念体は未だ解析できていない。しかし今回のことからその可能性は否定できない。もしくは我々と九曜が持つ能力が別々に存在している可能性もある。お互い意思伝達が出来ないのもそれが原因とも思える」
 後者の方がいいんだがな。また襲ってくるなんてこともあるだろ。
 「私がさせない」
 「私たちが、だろ。お前も今回のことで分かっただろ。一人で解決できなくともみんなの力で解決できることがあるって。少しは俺たちのことも信用しろよな。古泉の機関や朝比奈さんの未来勢力にとっかかりはあるかもしれないが、お前個人が危ないって分かったらみんな助けに来ただろ。古泉や朝比奈さん、それにハルヒのことも信頼してくれよ」
 長門は沈黙の後、何かを確信したかのように言った。
 「・・・・・・分かった」

 残りの三人がやってきていつものように放課後を過ごした。いや、いつも通りではなかったな。俺と古泉がボードゲームをし、ハルヒはパソコンをいじり、長門が窓辺で本を読み、朝比奈さんがそれらを見守るようにお茶を汲んだりしていた訳ではなかった。古泉が持ってきた人生ゲームを五人みんなでやっていた。しかしまたしても奇妙なことが起きた。それぞれの職業が、ハルヒは総理大臣、古泉はマジック芸人、長門はNASA、朝比奈さんはタイムマシーン製造業なんてのにつきやがった。こんなゲームどこで作ったんだ。かくいう俺は、言わずとも分かるだろ、雑務係の万年平社員だった。
 ゲームをしながらハルヒは不満げに呟いていた。
 「なんで入団希望者が来ないのかしら。今年の一年はみんな腰抜けばかりね。もっと歯ごたえのあるのが来ると思ってたのに」
 「まあまあそうあせるなって。そう簡単にお前の目にかなうやつは見つからないだろ」
 「やっぱり去年のうちに目ぼしいのを探しておくべきだったわ」

 下校の時間になり、五人は早々と部室を出た。
 「あのゲームはなんだ、お前らの機関が作ったものか?」
 「いえ、新発売の人生ゲームですよ。あの手この手やりつくして、奇抜な内容になってしまったようですね。まさかあんな結果になるとは思っていませんでしたよ」
 古泉と下らん会話をしながら前を見ると、長門はハルヒと朝比奈さんに挟まれながら歩いていた。ハルヒと朝比奈さんだけ会話をしているように思えたが、時折、
 「・・・・・・そう」
 「・・・・・・うかつ」
 という長門の声が聞こえた。よかったな、長門。

 五人が解散した後、俺は一人喫茶店に来ていた。数分後、もう一人やってきた。
 「待たせたね。宿題を先に済ませておこうと思ってね」
 向こうの世界で顔をあわせた後、一度もあっていない佐々木が来た。昨日のうちに待ち合わせをしておいたのだ。
 「キョン、すまなかった。先に謝らせてくれないか」
 「謝るのはこっちだ。お前は散々な目に会っただけだ」
 「一時の迷いがあったとはいえ、本当に悪かった。橘さんたちとはもう会わないことにするよ。少なくとも僕から会うことはない」
 佐々木が席に着くなり、二人とも頭を上げ下げしていた。こうしてはおれん。コーヒーを注文してひとまず落ち着くことにした。
 「ハルヒがあんなことをしないように確認しておいたから。安心して大丈夫だ。あいつに謝らせることはできなかったから、俺の方から謝るよ。本当にすまなかった。今後、九曜や藤原がお前襲ってきてもSOS団で助ける。だから心配するな」
 「そうしてもらえると助かるよ、ありがとう。それにしても藤原さんがあんなことをするとは君も思わなかったんじゃないかな。さぞかし意表をつかれただろう。今回の作戦を提案したのは橘さんさ。彼女もなかなか策士だね」
 やけに絡んでこないと思ったら、考えたのは橘だって訳か。確かに彼女の能力は佐々木の閉鎖空間に入ることだから、襲ってくるとは思わなかったが。
 「僕が思うに、九曜さんは能力を移し変えることなんてできないんじゃないかな。もしくはやりたくないとか。彼女は最後まで理解できなかったよ。だから橘さんは藤原くんにお願いしたと言うわけだ。彼が未来人なら世界が分裂したことなどあらかじめ知っていてもおかしくはないだろうし」
 確かに何も知らない向こうの世界で、いきなり藤原が襲ってきたときはビックリした。あの七夕に連れ去られるとは。かろうじて長門が反応して一緒に来れたことが救いだった。あそこに一人連れ去られていたら、朝比奈さんがくる前に精神が参っていただろう。
 「一つだけ謎を推理したんだが聞いてくれないか」
 「おや、めずらしいね。君の論説も久しぶりに聞いてみたいよ」
 「佐々木、お前にも閉鎖空間があるって言っていたが、それは橘の嘘なんじゃないか?日曜お前の閉鎖空間に入ったんだが、十秒くらいで出てこれただろ。ハルヒのそれに入った経験からすると、閉鎖空間の時間は実際の時間と共に進行するか、それか時間はたたずに出てこれるんじゃないかって思って。あの時のは九曜に魅せられた幻なんじゃないか。だからお前にはハルヒの持つような力は存在しないと思う。でないと藤原のやつがした行動も矛盾することになる」
 「なるほど、そうだとありがたい。君の推理も一理ある。何しろ僕がそのような力を持っていたくはないんだ。平穏な生活を望むよ」
 「俺だってそうさ。それにハルヒはお前を消そうとだけしてたとは思えない。向こうの世界にだけ、SOS団にお前を含め入団希望者がやってきただろ。いくら藤原の時間移動で来れたとしても、それだけじゃハルヒによって拒まれるんじゃないか。お前を消そうとしたことに罪悪感を持ったんじゃないかって。だからお前は向こうの世界に異世界人としてくることができた。どうだ?」
 「くっくっ、涼宮さんにおける君の信頼は厚いね。うらやましいよ。まあ君がそういってくれるだけでも僕は安心することができる」
 ああ、そうに違いない。ハルヒが一時の迷いで人を消してしまおうなんざするはずがない。
 「何はともあれ、今後ともあいつの行動には気をつけるよ。この前話してた同窓会の件だが、俺と佐々木で決めちまわないか。二人をお互い窓口にして。会うことはハルヒにも言っておくさ」
 「そうしてくれると助かる。早く決めてしまいたいしね。何より息抜きになりそうだ。相変わらず僕の学校はみんな勉学に気を張り詰めてばかりだからね」
 その後、俺は佐々木の話に耳を傾けつつ相槌をつくように会話した。久しぶりだなこの感覚。

 「では同窓会の件は僕からみんなに連絡しておく。展開があったらこちらから連絡するよ。君の学校の人たちにも伝えておいてくれないか」
 「ああ分かった。じゃあばた今度な」
 二人は喫茶店をでて別れようとしている時だった。俺たちの背後にいやな気配がする。授業中にも感じる、あの刺々しい気配だ。
 「あらキョン、こんなところで何してるの?」
 なんだってんだ。この状況をこいつに見られたら、振り出しに戻ってしまうじゃないか。どうする俺。最悪だ。修羅場だ。女の修羅場が始まるぞ・・・こんな時に発せられる男の第一声ってのはなんとも情けなく聞こえるのだろう。
 「あのな・・・お前なんか誤解していること言っただろ。この前佐々木と俺たちが会った時、お前つれない態度だったじゃないか。だから佐々木も気にしているみたいでな。だから今しがた、その誤解を解いてこいつにも理由を話していたわけだ。はははっ・・・」
 ああ、俺の人生はここで終焉を迎えようとしている。せっかくあの場から戻ってこれたって言うのに。しかしその時、神の声が降り注いだ。
 「なんだってキョン、君ってやつは。今日のことを説明してなかったのかい?涼宮さん、これを機に新たな誤解を生む必要はないよ。先日あなたに対してあまり良くない印象を与えてしまったみたいで気になっていたんだ。せっかくの出会いも第一印象が悪かったら人生を損すると思える。僕はあなたに対してそのような印象を持っていないんだ。しかもこれがいい出会いになることを望んでいる。それに彼と会うことは、中学の同窓会のことで話そうと僕から提案したことなんだ。どうか、気にかけないで頂きたい」
 佐々木よ、お前に力がないなんて言って悪かった。お前は神だ。
 「ふうん・・・・・・そう・・・・・・。ならいいけど」
 「そうなんだよ。ハルヒ。じゃ、じゃあまた明日な」
 ここ一週間で最も早く俺の脚が動いたのが、まさかこの時だなんて。情けないったらありゃしない。一刻も早くあの場を立ち去りたかったからだ。しかし、俺が逃げるようにその場を立ち去った後、二人が何か話していることに気づくべきだった。

 そんなこんなで家に着き、夕飯を食った後、また外へ出た。
 「どこに行くのー?お散歩?それとも彼女?」
 「そんなんじゃありません。ちょっとコンビニにな」
 「えー、いいなあ。キョンくんおみやげ買ってきてねー」
 今日はやることが多いな。しかしそれを見逃すわけにも行かなかった。今朝下駄箱に手紙が入っていたからだ。
 『今日の夜九時、いつもの公園で待っています   朝比奈みくる』
 そうだ、今回の事件で何も絡んでこなかった、しかも小さい朝比奈さんに対しても何も連絡しなかったのであろう、もっと未来にいる朝比奈さんの呼び出しがあったのだ。

 公園に着くと、朝比奈みくる(大)がベンチに座って待っていた。
 「急に呼び出したりしてごめんなさい」
 いや、いいんです。俺も聞きたいことが山ほどあるんです。あなたがどこまで話してくれるかどうかは分かりませんが。まず一番聞きたいことはこれだ。
 「今回のことも規定事項だったんですか?」
 そう尋ねると、言葉が詰まっているように見える。目に涙も浮かべているようだ。
 「いえ・・・今回のことは私たちもあなたに委ねようとしていました。あの時、あなたがどの未来を選択しても納得するようにしました。それまでは干渉しないように決めていたのです。あなたにとって酷な選択でした。でもあなたのおかげで今、私や長門さんがこうして生きていられるのです。そしてこれだけは分かって欲しいです。そうすることしかできなかったの・・・」
 酷だ、酷過ぎたさ。でもあなたはヒントをくれた。
 「では今俺たちと時間を共にしている朝比奈さんについてはどうなんです?それにあのオーパーツはあなたのヒントだったのでしょう?」
 「・・・禁則に関わってしまいますが、あの時の私に判断させることしかできなかったの。おかげで今私がいる未来では飛躍的に変わったことがあるの。時間平面移動について・・・それまでは許可なしにすることは禁止されていたけど、身の危険が迫った時はやむを得ず移動してもいいと決められました。他にも色んな制約はありますが、おかげで緩和されるきっかけになったの。あのオーパーツに関しては今回の事項においてどんな形であれあなたが思いだすことが必要でした。あの後すぐに発見するとは思いませんでしたが・・・」
 朝比奈さんがあの場で時間移動したことが、この朝比奈さん(大)にとっての規定事項だったのだろう。ともすれば、これがきっかけで朝比奈さんの地位が上がるってことになるんだな。早く伝えてあげないと。・・・これも恐らく禁則事項なんでしょうね。そう言って彼女を見ると、頷いている。
 「それで、藤原というあの未来人のことなんですが・・・」
 「それ以上は禁則事項なのです。・・・ごめんなさい」
 そう言って彼女は立ち上がり、
 「そろそろ時間なの。でも最後にこれだけ言わせて。キョンくん、あなたのおかげでみんな助かることができたの。本当に感謝しています」
 そして草薮の方へ消えていった。
 俺の頭に二つの懸念がよぎる。恐らくあの藤原と言うやつは朝比奈さんのおかげで自由に時間移動することができたのだろう。それができなければ朝比奈さん(大)たちの手によって囚われの身になってしまう。そしてオーパーツ。あれは朝比奈さん(大)たちが作り出したものなのであろう。宇宙人が作ったとも考えられるが、長門や九曜を見る限り、わざわざ三百年前の人に渡して、それをこの時代まで見つからないようにするなんて手の込んだ事しないだろう。未来人が置き忘れたか、この時のために埋めさせたと考える方が納得いく。ともすると、朝比奈さん(大)のいる時代は四年前の時間振動など消滅しているのだろう。あなたのいる未来はすでにハルヒの力がなんなのか分かっているのですか?

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最終更新:2010年02月17日 04:11