静まり返ったホール。
 既に冷めてしまった、最高級料理の数々。
 無常な表情で佇む、金の女神像。
 あたしたち……生徒会長さんを始め、『機関』の皆さん、そして喜緑さんも含めた全員が、事件の現場となったこのホールへと集まり、今から一体何が始まるのか、不安げな表情を浮かべていました。
 事の発端はですね、まあ簡単に申し上げますと、会長さんが喜緑さんに贈呈するはずだった宝石(名前は忘れました)が、いつの間にかなくなってしまったのです。
 会長さんは大激怒。盗んだ犯人を絶対に許さないと息巻き、名探偵として名高い人物に真相解明を依頼したのです。
 その人物こそ――そう、あたし。橘京子です。
 あたしの推理力は小五郎やホームズ、いいえ、左文字さんや右京さんすら尻尾を巻いて逃げるに違いありません。嘘じゃありません。
 ……え? 信じられないですって? ふっ、これだから素人は。
 そりゃあ、キュートで可憐で、しかも箸より重いものを持った事も無いような深窓の令嬢たるこのあたしが、世間様もビックリ仰天な特技があるなんて思っても見ないでしょうけど。
 でもね、天は二物を与えてるんです。このあたしにはね。
 信じられないのならそれもいいでしょう。
 しかし。
「真実は一つ、なのです」
 心の中でそう呟き、そしてほくそ笑みました。
 ふふふふふ、今からあたしのオンステージ。皆があたしの推理に驚愕し、絶賛する様を、とくとご覧なさい。


 パーティで使用していた長机の一つを綺麗に片付けた後。
 入り口で突っ立っている九曜さんと、あたしの傍でアシスタントをしているポンジーくんを除いた都合八人が、机の長辺部へと納まったのを確認した後、短辺部――つまり、議長席に居たあたしはすくっと立ち上がりました。
「今から、事件の真相をお話したいと思います」
 あたしの地声は、今風の女子高生と同じく(と言うか女子高生そのものですから)キャピキャピとしたものなのですが、こう言った真剣な場面では非常に使い辛いものなのです。
 ですからなるべく声を押し殺して、それなりに場の空気を読んでのイントネーションとなります。
 あたしが空気読めないなんてタダの迷信です。お願い信じて。
 ……と、内心の願望をおくびにも出さず、努めて冷静な口調で推理を始めます。
「事の成り行きはもう説明する事もないでしょうが、念のため説明します。ここ、会長さん宅の大ホールで、金の女神像に据えつけられていたアンモナイトとか言う宝石が忽然と姿を消しました」
「アレキサンドライトだ」
 あれ? そうだったけ? でもせっかくクールに決めてるんですからキョンくんの茶々は無視します。
「事件が発生した時間帯は、会長さんが現場から姿を消してから再びこの会場へと戻ってくるまでの時間。つまり十五時半から十七時半までの二時間の間に発生したと思われます。さて、」
 一旦息をついて、
「今後の推理を説く上で、事件のポイントをおさらいしていきましょう。ポンジーくん、お願い」
 あたしがそう言うと、彼は入り口近くに置いてあったホワイトボード(先程まであたし達が使ってたやつです。ここまで運んできました)を皆さんの席の前まで持ってきました。
 そして何も書かれていないボードの一面に、『ポイント』と書き込みました。
「先ず一つ目ですが、犯人はどうやってあの女神像から指輪を盗んだか、ということです」
 再び言葉を区切り、フローリングにコツコツと足音を立てながら女神像の前へとやってきて、彼の像をコンコンと触りました。
「この女神像。見てのとおり、かなりのデカブツです。あたしが手を伸ばしたところで、指輪が嵌められていた女神像の掌には到底及びません。もちろん、あたしよりである男性陣の皆様でも同じ事が言えるでしょう」
「ああ、そのとおりだ」と会長さん。「インパクトの大きさも去ることながら、指輪を盗もうと言う考えをもった不埒な輩にも一定の効果を見込んで作製したものだからな」
「なるほど。ではあの時白い布を被せたのもそんな理由があったのですね?」
「ご名答。外部の人間ならばそんなところに宝石があるとは思わないだろうし、縦しんば布を外したところでセンサーが感知し警報音が鳴るように仕向けられている」
「へ? そんなことしてたんですか?」
「ああ」
「それは初耳でした。ならば外部の犯行の可能性はまずないと考えてもいいですね?」
「センサーの電源を切ったのはパーティ直前だったからな。まず以て外部の犯行は考えにくい。となると……」
 ギロリ、と突き刺すような視線が主に『機関』の方達に浴びせられました。
「……この中の誰か、ってことになるな」
「会長。ですがまだ犯人が我々と決まった訳じゃ……」
「ほう、古泉。ならお前の知り合いのそいつらが犯人だというのか? あるいはお前自身が犯人でしたとでもいいたいのか?」
「…………」
「下手なかばい立てをするんじゃねーよ。自分の首を絞めることになりかねんからな。それが嫌ならさっさと自首しやがれってんだ。あの宝石の価値を――本当の意味を分かってない奴らに、良いようにされるのは俺の気が済まん!」
 言われて絶句する面々。会長さんの『機関』の人たちに対する懐疑心は相当なものですね。
 しかし、困りました。会長さんの絶叫で気まずい空気が流れています。何事も無かったかのように話し始めてもいいんですが、会長さん興奮してますし、私情で犯人を決め付けては元も子もありません。
 何とかして気を鎮めてもらわなきゃ……。
「会長……どうか落ち着いてください」
 その空気を読んだのか、ドレス姿のままの被求婚者――喜緑さんが柔らかい口調で語りかけました。
「わたしは、会長のお気持ちだけでとても嬉しいです。宝石がなくても、女神様が祝福してくれなくても、会長が愛してくださっているだけで十分です」
「喜緑くん……そ、それじゃあ、お……私の……その……ぷ、プロポー……ズは……」
 しどろもどろでカミカミの言葉に、喜緑さんは慈母溢れる笑顔で、
「はい。喜んで。これからも宜しくお願いいたします」
 頬を朱に染めながら見つめ合い、そして手を取る二人。
 ――パチパチパチ――
 そして、どこからともなく拍手が舞い起こりました。人数が少ないので少々疎らですが、逆にしみじみとした二人の愛が見て取れるようです。……ふっ、悔しいですけどサマになってます。
「おめでとうございます。犯人の目的がパーティを台無しにすることであれば、当てが外れたといってもいいかもしれません。結果オーライといったところでしょうか」
 目を細めた古泉さんが、賛辞なのかどうかわからない賛辞を送り、
「それで、宝石泥棒の件はどうなったのでしょうか?」
 おお。すっかり忘れてた。
「……おい」
 冗談ですよ。いくらなんでも。
「冗談と言うのはユーモアあっての冗談だ。お前の主張する『冗談』ってのは、単なるKYな行動にしか過ぎんぞ」
 KYKYって五月蝿いですね。あたしだってたまには……っと、こんなことで目くじら立てててはそれこそKYの骨頂なのです。
 今すべきことは、あたしがKYかどうかを立証するのではなく、誰が宝石を盗んだ犯人で、どうやって宝石を盗んだのかを解明し、そして――
 ……いえ、これ以上は申し上げられません。
 ですが、これだけは言っておきます。
「お二人のためにも、必ず宝石は元の鞘に収めてあげます」



「途中で話が逸れてしまいましたが、この女神像の大きさについてはおわかりになったと思います。そして、布を外すとセンサーが感知することもわかりました」
 再びペンをとり、今申し上げたトラップを書き込んだ後、
「しかし、外部犯ならいざ知らず、内部犯の可能性が色濃い今回の事件。どのお方もトラップについてはご存じだった可能性があります。事実、センサーが反応しなかったのに宝石だけは姿を消していますから」
「つまり、犯行はやはり内部の人間と言うことになるのか?」
「ええ、」と若干俯き加減に肯定の返事をするあたし。遺憾ながらもその通りです。
「で、結局誰なんだよ」
「まあまあ、あわてないで。今からじっくり説明しますから」
 うざったそうな口調でせかすキョンくんを軽く流した後、
「では次。犯人が犯行に及んだ動機についてです」
 ペンを片手にし、ホワイトボードにその旨を記入しました。
「まず最初に考えられるのは、金銭目的の犯行です。しかし外部の犯行が実質不可能である上、内部は潤沢な資金を持つ『機関』を始め、そもそもお金に価値を見出せない人物ばかりですからそのセンはありえないでしょう。つまり、」
「会長に対する嫌がらせだと仰りたいのですね。橘さん」
「そのとおりです。古泉さん。宝石を隠し、パーティを台無しにしようとするのが犯人の狙いなのです」
 いやらしい笑みを浮かべたままの彼に、ペン先を突きつけました。
「幸か不幸か、『機関』の方達には会長に対する恨みが多かれ少なかれあるようです。それが何かはわかりませんが……少なくとも、それが原因で犯行に及んだと考えることが出来ます」
 あたしの発言に、グッと息を呑む『機関』の皆々様。
「で、誰なんだよ、その犯人は。ちゃっちゃと説明してくれよ」
「だから慌てないでください。今から一人一人の行動について考察していきますので」
 再びホワイトボードの方へと振り返り、ボードをひっくり返します。そこには先ほど書かれた『機関』の皆様のタイムテーブル。
 違うのは、赤いペンで彼らの行動を書き加えてある点。
「先の事情聴取で、犯行可能時間内におけるこの四方の行動は把握しました。それはここに書かれてあるとおりになります」
 あたしの言葉に、一斉に立ち上がってボードを凝視する面々。各々の行動を確認するべく、舐めまわすように見つめつづけています。
「先ずは新川さん。基本的に厨房に篭っており、女神像へと近づいた形跡はありませんでした。パーティ間近となった際には配膳等で女神像の前を横切ったかも知れませんが、それも一瞬のこと。何より、他の人が見ている中で大胆な犯行は出来ないでしょう」
 あたしの言葉に、新川さんはほっとしたような表情をみせました。
「続いて多丸さん達。十六時過ぎに天窓の修理のため、天井へと向かったそうですが、その際窓を押さえるという名目で、兄の圭一さんはホールの中から脚立を使い、天窓までアクセスしました」
「おい。あの天窓の下には例の女神像があるんだぞ。まさか脚立で登る際に指輪を掠め取ったんじゃ……」
「いいえ、会長。それは違います。たしかに脚立を持ってきた彼らには犯行は可能ですが、しかしその一部始終を見届けた人がいるのです。ね、ポンジーくん」
 ウィンク一つ、ポンジーくんに説明を促します。
「あ……ああ……。彼らは……うん、彼らは純粋に天窓の修理を……してた、だけで、女神像に触れるような、事は、一切無かった」
 何故か赤い顔でどもりながら答えてくれました。自分に振られるとは思ってなかったのかしら?
「ま、そう言うわけなので。この時犯行を行うのは到底無理だったということです」
「む……」と会長。やや残念そうです。対照的に安堵の笑みをこぼす多丸さんご兄弟。
「ただし、彼らにはもう一度女神像へと接近する機会がありました。それはパーティ直前、女神像をホールから地下へと隠す際のことです」
「そうか!」
 あたしの言葉に、会長さんは何かを思い出したかのように大きなリアクションを取りました。
「エレベーターを使って女神像を下げてしまえば、高い場所にあった指輪にも手が届くようになる。つまり宝石を盗んだのはやっぱりこいつらか!」
「いいえ、残念ながら」
 エキサイテッド中の会長さんに対し、努めてクールに返します。
「これも先ほどと同じです。ポンジーくんが監視の目を光らせていました。加えて配膳に来ていた新川さん、森さんの目もあったとなれば容易に手を出す訳には行かないでしょう」
「ふむ……なら、地下に降り切った段階で、ゆっくり宝石を外すというのは……?」
「いえ、それも不可能です」
 宝石が容易に取れるのは、『女神像を若干下げて、上の階であるホールから』外そうとした場合に限ります。『完全に下りて』しまった場合、ホールと地下室は完全に遮断され、ホールから女神像に手を伸ばすのは不可能となってしまいます。
 その場合、地下室の床からアクセスしなければいけませんが、高さが三メートルあるのは変わりありません。ホールの上にあった状態でもアクセスに困難だった指輪なのに、申し訳程度の光しかないあの地下室では不可能と言っても過言じゃありません。
 もちろん何かしらの道具を使えば或いは可能かもしれませんが、それにしてもあの暗がりで容易に宝石のみを盗むことはできるでしょうか?
 それに電話のないあの部屋では、何かしらの連絡を伝えに誰かがやってくる可能性だってあったはず。そんなところを見られたら言い訳は出来ないでしょう。
「彼らに犯行は可能だったかもしれません。しかし『完全』な犯行ができなかった以上、そこまでのリスクを背負って犯行をやってのけるほどメリットがあったとも思えません。ですから彼らに犯行はできないのです!」
 一瞬、いいえ、二瞬とも十瞬とも思えるほどの、長いようで短いような沈黙が続いた後、口を動かしたのはやはりこの方でした。
「すると……残ったのは……まさか……」
 スッと目を細め、残る容疑者――メイド姿の森さんを睨みつけました。
「お前が、盗んだのか?」
 森さんは何も答えません。
「おい、聞いてるのか!?」
 それでもやはり口を噤んだまま。
「何か言えって言ってるだろうが!」
「……ふっ」
「――っ!!?」
 会長さんの激が止まりました。例の――あの恐怖と言う恐怖を詰め込んだ、おぞましき視線によって。
 あたしは視線を合わせないように顔を反らしたから無事でしたが、会長さんはまともにあの視線を浴びています。蛇に睨まれた蛙状態です。
 他の皆さんも努めて……と言うか、あからさまに視線を外しています。うん、だってそうしないと死んじゃうもん。
 平気なのは――相変わらず突っ立っている九曜さんと、こちらも変わらず愛嬌のある笑みを見せる喜緑さん。ただの二人のみ。
 さすが感情の起伏が無いに等しい宇宙人だわ。あの喜緑さんって人も感情があるように振舞っていますが、本心がつかめないですからねえ。
 さて、当の森さんですが、暫く会長を睨みつけ沈黙させた後、普段の優しい表情へと戻り、
「わたしは、何もしてません。誓ってあの女神像にあった宝石を取るなんてことはしていません」
「そ、そうか……いや、そうだったな」
 途端に弱気になる会長さん。気持ちは分からんでもないですけど、アレは絶対尻に敷かれるタイプですね。彼女との生活、上手くやっていけるのかしら?
 とまあ他人の情事に関しては突っ込んでも腹が立つだけなのでこの際無視し、と言うよりも話を元に戻すためにあたしから言葉をかけました。
「その森さんですが、十七時前にホールへとやってきて、最後のチェックと称して女神像の前で見て回ったそうですね」
「ええ。そのとおりですが」
「その時、あなたは確認していましたよね。宝石を宛がった指輪を」
「そうね。確かにあったわ。指輪と宝石は」
「おい、ちょっと待て。ならこの時まで誰も盗んでなかったことになるじゃないか」
「確かに。少なくとも会長さんがホールを離れた十五時半から、パーティの準備をし始めた十七時まで、ずっと宝石はそこのあったように思われます」
「それ以降に宝石がなくなったのであれば、掃除と称して近づいた森が一番怪しいじゃないか。……そうか、『掃除をするからセンサーを切ってくれ』と頼んだのはそのためか!」
「いいえ、違います。わたしは本当に掃除のために……」
「違うも何もあるもんか! これだけの証拠が集まってるんだ。いくらお前とて言い逃れは出来んぞ! それとも何か? 誰か証言でもあるのか?」
「……いえ……」
「ほら見ろ。馬脚を表しやがって。犯人なら犯人らしく、潔く自首したらどうなんだ!?」
「…………」
 熱くなる会長さんに、どうやって言いつくろうか悩む森さん。彼女にはアリバイがないのですから仕方ありません。
 ふう、困ってますね。森さん。仕方ない。貸し一つですからね。
「残念ながら、森さんも犯人じゃありません」
 あたしの言葉に、年増の若作りメイドはホッと安堵の息を洩らしました。
「なっ……どうして!? 証拠は十分あるじゃないか!」
 対照的にこちらは驚愕の声。
「正確には、『アリバイがない』だけです」
 森さんは多丸さん達と同じく、犯行可能な状態にあったのは言うまでもありません。ですが彼らとは異なり、彼女の仕事の様子――ありていに申し上げれば、彼女がどうやって犯行に及んだのかが分からないのです。
「分からない……と言ったところで、彼女しか疑う人間がいなければ彼女が犯人だろうが!」
「会長さん。あなたは『疑わしきは罰せず』と言う言葉を存しておりますか?」
「あ? ……ああ。法律の専門用語だな。疑わしいと言うだけで犯人を決め付けてはいけない。冤罪を防ぐための慣例みたいなやつだな」
「そう、良くご存知ですね」
 あたしはニコッと微笑み、
「森さんについても同じ事が言えるんじゃないでしょうか?」
「……ぐっ」
「確かに、森さんは誰一人として気づかれず宝石を盗むことが可能だった立場にあることは否めません。しかし、だからといって森さんを犯人だと決め付けてしまうのは早計ではないでしょうか?」
 そうなのです。森さんは怪しさナンバーワンの立場ながら、確たる証拠が見つかっていないのです。
 動機、犯行方法、宝石の隠し場所。そのどれを取っても、森さんが犯行を起こしたとは言い切れないのです。結果、『疑わしきは罰せず』の法則に則ることとなり、彼女は晴れて無罪となってしまうのです。
 ……ま、結果論から言いますと、犯人は別にいますから当然なんですけどね。
「なら……犯人は一体誰なんだ?」
 縋るように、会長さんは細々と声をあげました。
 ふふふふ。そうそう。その言葉を待ってました。いよいよあたしの推理の見せ場ですね!
 自然にこみ上げてくる笑みを何とか押し殺し、険しい顔を前面に出しながらクールに言い放ちました。



「犯人は――――あなたですっ!!」



『なっ…………』

 ビシッと指差した向こう。
 あたしが犯人と断定したその人は、畏敬だか恐怖の念だかをありありと見せつけてくれました。
 もちろん、その人の回りにいる人間も、また。
「お、おい……橘……」
 キョンくんがしどろもどろな口調で声をかけます。彼にとって、『その人』が犯人だったとは露にも思わなかったのでしょうか。
「ど、どうして……いいえ、まさか、そんな……」
 いつもは目を細めている古泉さんも、今や一般人と同じ大きさになるまで見開き、恐る恐る刮目していました。
 よくよく見れば、会長さんも喜緑さんも、そして『機関』の皆様もまた、同じような表情で『その人』を凝視しています。
 ――そう。『その人』だけを除いて。

「ぼ、僕が…………犯人だと…………!?」

 ――あたしのすぐ横。ずっとアシスタントをしてくれていた彼――ポンジー藤原くんは、まるで信じられないと言った表情のまま、額から流れる汗を拭おうとはしませんでした。




「先に申し上げたとおり、新川さんを始め、この屋敷の使用人となっている『機関』の皆様方は、物理的に犯行が不可能、或いは犯行をする動機がないということで実質容疑者から外れました」
 あたしはコツ、コツ、と彼の元へと歩き、蹲ったまま身動き一つしないその肩に、優しく手を置きました。
「ホールに入ることが無かったキョンくんや古泉さんは論外。また会長さんや喜緑さんには、わざわざ事件を発生させて事を荒立てるように仕向ける理由が見当たりません。単純に消去法でいくと……あなたになるのです」
 肩がワナワナと振るえているのが分かります……しかし、彼はその怒りだか悲しみだかの感情をぶつける事はしませんでした。
 代わりに、「ま、待ってくれ」と会長さんが声をかけました。衝撃の事実に驚倒しながらも、真実を知りたいのでしょう、彼のトーンが若干高くなっているのが分かりました。
「消去法って言ったって……彼こそ犯行を行う動機が見当たらないじゃないか。『疑わしきは罰せず』に則れば、それこそ無罪だ」
「残念ながら、会長さんの仰ることには間違いがあります」
「間違い?」
「確かに、疑うだけであれば彼も無罪と同様の措置を取らざるを得ません。しかし、彼にはあの宝石を盗んだと言う確たる証拠があるのです」
『……!!』
 あたしの言葉に皆が一斉に声にならない声をあげました。
「証拠……だと……?」
 ここでようやくポンジーくんの声。
「くくく……面白い。なら見せてもらおうか。僕が盗んだという、決定的な証拠をな!」
 肩に当ててた手を払い、あたしに向かってビシッと指差すポンジーくん。
「ふふふ……、言われなくても分かっているわ」
 対するあたしは、余裕の表情で笑い返してやりました。それが癪に障ったのでしょうか、
「確かに僕はパーティが始まるまでこの会場にいたさ。しかし僕が一人になる時間帯など殆ど無かった。『機関』の人間に対する監視というのは、逆に言えば『機関』の連中によって監視されていたことになる。これがどういう意味か、分かるよな?」
「ええ。あなたが宝石を盗む暇など無かった。そう仰りたいのですね」
「そうだ。監視だけでなく、パーティの準備もこなし、あくせく働いてた僕に、どうして犯行ができると言うんだ?」
 彼の言い分――アリバイと言うやつですが――は、恐らく正しいでしょう。狙ったのか偶然なのかわかりませんが、会長さんは違う勢力同士を牽制しあうことで、宝石泥棒を未然に防いでいたのです。
「そして、十七時近くまで宝石が女神像の掌に納まっていることがそっちのメイドの証言で明らかになっている。それ以降僕はずっと給仕手伝いをしていたから、宝石に近づこうとも近づけなかったわけだ」
「なるほど、ポンジーくんのアリバイは完璧だったと言うわけですね?」
「当然だ」
 ふふふっ、と余裕の表情で見下すポンジーくん。余程自分のアリバイに自身があるようですね。
 しかし――
「果たして、本当にそうでしょうか?」
「何?」
「本当に、森さんが女神像を確認した際、本当に宝石がそこにあったのでしょうか?」
「どういう意味だ!? 彼女の証言が信じられないとでもいうのか?」
 むー。言い訳がましい人ですね。仕方ない。言い方を変えましょう。
 あたしは「もう一度言います。よーく聞いてください」と注釈した後、声を大にして朗々と言い切りました。

「森さんが女神像を確認した際、『本物の』宝石がそこにあったのでしょうか?」

「……っな…………」
「ポンジーくん、覚えてますね。あの宝石と同じ形、同じ色、そして同じ輝きの、偽者があることを」
「そ、それがどうしたんだ……?」
「イミテーションとはいえ非常に良く出来た一物であり、素人目では判断できないくらい精巧なものでした」
 ここで一旦区切り、別の人の方へと向きます。
「森さん。失礼ですが、あなたは宝石に対しての知識はおありでしょうか? 本物と贋作を見分ける鑑定士レベルの知識と言う意味で」
「宝石は好きな方だけど、さすがにそこまで見分ける能力はないわ。それに掃除の最中だったから、そこまでまじまじと宝石ばかりを見ていたわけじゃないし」
「ありがとうございます」
 再びポンジーくんの方を向き、
「つまり、そう言うわけです。あの時、既に宝石は本物から偽者へと切り替わっていたのです!」
 あたしの推理に、一同沈黙……いえ、キョンくんが手を挙げました。
「だが待て、橘。もしその時宝石が偽者に摩り替わっていたとしたら、いつ本物の宝石を摩り替えたことになるんだ?」
「それは今から順を追って説明しましょう」
 ホワイトボードの前に立ち、カパっとボードを半回転。先ほど書いたタイムテーブルが姿を現しました。
「これは使用人たる『機関』の皆様の行動を時間順に書き示したものですが、今回は『機関』の方々の行動ではなく、ポンジーくんの行動を追ってみることにします」
 指示棒の代わりに黒のマーカーで指し示しながら、
「まずですが、十五時半から十六時までの間、新川さんがやってきました。この際ポンジーくんは厨房とホールの入り口までの荷物運びをしていたとのことです。新川さんも、その姿は確認していますよね?」
「ええ。確かに」
「その際、彼は女神像に近づいていましたか?」
「いや、その様な記憶はございませんが」
 ホールの入り口と厨房の入り口はほぼ直線であり、部屋の中央にある女神像へと近づくのは余りにも不自然です。それに近づいたところで、彼には宝石を取る手段がありません。
 そう、この時は。
「では続いて、多丸さんご兄弟に伺います。あなた達は十六時過ぎからこちらにやってきて、天窓の修理をなさっていました。ではその際、ポンジーくんが何をしていたのかご存知でしょうか?」
 あたしの質問に、圭一さんが答えました。
「ああ、確か脚立を押さえてもらっていたんだったけな」
「一つお聞きしたいのですが、それは本当のことですか?」
「え?」
「あなた自身が、自分の目でポンジーくんが脚立を押さえていると確認したのですか?」
「あ……いや、あの時は窓の修理で気が回らなかったからね。よくよく考えてみれば、脚立を押さえていると言ったのも彼だったし」
「おい……ってことは……」
「まさか……」
 圭一さんの言葉に、辺りがざわつき始めました。そうなのです。ポンジーくが脚立を押さえていたというのは彼自身の証言であり、確たる証拠はないのです。それはつまり、こうとも考えられるのです。
「ポンジーくん、あなた本当は押さえていたのではなく、脚立を登って女神像へと近づいてたんじゃないのかしら?」
「……ば、馬鹿なことを言うな!」
 あたしの推理に、ポンジーくんは声を荒げました。
「圭一氏は窓の上を眺めていたのだから僕の姿が見えなくて当然だ! しかし、屋根に上っていた裕氏ならば僕の姿を確認していたはずだ!」
「いいえ。それもあり得ません」とあたし。「お忘れですか? 裕さんは先ほどの聴取で仰ってたことを」
「なに……?」
「裕さん。あなたは先ほど、『外から中の様子を確認するのは困難だ』と仰っていましたね」
「……あ、ああ。照りつける光ってのは冬でも結構強烈でね。中の様子は暗くて解らなかったんだ。藤原くんがそこにいると気付いたのも、実はあの時の聴取で始めて知ったんだ」
『……なっ!!』
「ポンジーくん。これであなたのアリバイが崩れましたね。圭一さんも裕さんも、あなたが脚立を押さえていたという事実を知らなかったことになります」
 あたしの言葉に、無言を貫き通すポンジーくん。
「それだけならばまだ可愛いものですが……彼の大罪はここから始まります」
「つまり……何か? あいつは圭一さん裕さんがいるにも関わらず、大胆にも女神像へと近づいたと言いたいのか?」
「ええ、その通りです。彼らが仕事に熱中していることをいいことに、或いは瞳の錯覚を利用して、二人に気付かせぬまま女神像にあった宝石を奪い取ったのです」
「ふむ……そう言うことだったのですか。あの時、圭一さんも裕さんもそこそこの作業音を響かせていましたし、宝石を抜き取る際に多少のきしみ音がしたところでかき消されてしまうでしょう」
 あたしの主張したいことをサッと言葉にする古泉さん。少し悔しいですけどガマンして次の話へと切り替えます。
「そして自分が手にしていたダミーの宝石を入れ替え、傍から気付かないように仕向けたのです。先にも言いましたが、この宝石はちょっとやそっとじゃ分からないくらい精巧にできています」
 森さんの素人目には気付かれないでしょう、と心の中で付け加えます。本当のことなんだけど、あのババア本気でキレそうですから。
「そしてそのまま……つまり、ダミーの宝石を用いてパーティに望もうとしたのでしょう」
 そう、偽者の宝石でパーティを進行しようと画策したのです。その目的は定かではありませんが……恐らく、宝石が偽者と気付かない一同をせせら笑うためだったと考えます。
「しかし、ここに来て大きな誤算があったのです」
「誤算……?」
「思い出してください。パーティが始まり、いよいよ指輪を贈呈する時となった、あの時を。会長が布を剥ぎ取った際、足元の落ちてきたのは一体何だったですか?」
「宝石が外された、指輪だが……」
「そうでしたね。確かに。でもおかしいとは思いませんか?」
「何がだ?」
「先ず一つ目。指輪をはめ込んでいた台座は結構しっかりとした造りで、ちょっとやそっとの振動じゃ外れて落ちてくるなんて事はありません。ですが実際は布を外しただけで台座から外れて落ちてきたのです」
「……確かに。違和感ありありだな」
 難しい顔をして、会長さんは考えこみ始めました。
「これは恐らく、慌てて宝石を嵌め換えたためきちんと台座に当てはまってなかったことが原因と考えます。そりゃそうですよね。二人の目を盗んでそんな工作をするんですから、どうしても雑な作業になりがちです」
 指輪を外すのにはそれほど時間はかからないでしょう。力任せに抜き取ればいいんですから。しかし、抜き取った指輪をもう一度はめ込む場合にはそうはいきません。布が被さったままでは、どこに指輪を挿す穴があるか解りませんからね。
 布を剥いで穴を確認すればいいのだが、そんなことをすればすぐにバレてしまう。しかし、ぐずぐずしている時間はない。指輪から宝石を外して偽者の宝石をはめ込むのだって結構時間を取られたし、何より天窓の修理が終わりそうだ。
「内心焦りながらも、布の中に隠れた指輪をはめ込む窪みを探し出し、何とか探り当ててはめ込んだようですが……完全ではなかったようです。その結果、布を外した際に宝石が外れてしまうと言うハプニングがあったのです」
「なるほど、それであの時指輪が落ちてきたのか……」
 キョンくんは何故かしみじみと考え込みながら、
「だが、宝石まで無くなっていたのはどういうことだ? 仮にあの時、床に落ちた衝撃で宝石が外れたとしても、見つからないと言うのはおかしいじゃないか」
「はい、そう来ると思っていました。当然のことですもんね」
「お前に当然とか言われると腹立たしいな」
 何か仰いましたか?
「いや、妄言だ。気にしないでくれ」
「そうですか。ならそう言うことにしときましょう」
 内心悔しいけど、ここで我慢すればキョンくんの悔しがる顔がもっと面白く……って、そんなことをしてる場合じゃないわね。
「確かに、キョンくんの言う事ももっともです。あたしが言おうとした疑問点その2も、実はそれだったのです。果たして宝石はどこに行ってしまったのか。それを探る鍵となるのは……これです!」
 言ってあたしは自分の足元――女神像に程近い、床を指差しました。
「このエレベーターの振動。それこそ宝石をロストさせた根源だったのです!」
『――――!?』
 驚きの表情と訝しげな表情を同時にする一同。どうやら意味がわかってないようですね。仕方ありません。一から説明することにしましょう。
「このエレベーター。結構振動が大きかったのはご存知だと思います。実際あたしは立ってるのがやっとだと感じていました。そんな振動の中、ちゃんと固定していない宝石があのまま掌にずっと納まっているとお思いですか?」
「あ……」
「あの時間、エレベーターを動かしたのはただの一回。森さんの命令で地下まで降ろした時がありましたね」
「まさか……その時に外れたなんていうんじゃないだろうな?」
「その通り!」
「……っな、ちょっと待て!」
 キョンくんのツッコミは無視。
「外れた宝石は恐らく地下室のどこかにあると思います。あそこは暗いですから、ちょっと辺りを見渡しただけじゃわかんなかったと思います。ですがちゃんと探せば見つかるはずです。宜しかったら今から探しに行きましょうか?」
 もし見つかれば――あたしの推理が正しかったことが証明されることになり――
「つまり、ポンジーくんが犯人であることが証明されるのです」
 くるりと踵を返し、先ほどから黙っているポンジーくんに対して一言。
「どうしますか? まだ弁明すべきことはありますか?」
「…………そうだな、言いたいことは色々あるが……」
 女神像にもたれかかりながら、彼はやけに落ち着いた口調でゆっくりと語り掛けました。

「地下に落ちていった宝石は、捜す必要はあるまい。元々アレは皆の目を眩ませる為の偽者に過ぎないのだからな」

「おい……」
「まさか……」
「本当に……彼が……?」

 驚天動地の形相で言葉を洩らす一同。
「本来ならば宝石が偽者とわかった時点で皆にドッキリ企画だったと告げようと思ったんだ」
「ドッキリ企画……ですか?」
「ああ。偽者と気付かず宝石を授与する間抜けな男と、本物とイミテーションの区別もつかない浅はかな女を周囲に見せ占めることで、人間としての価値のあり方を若い二人に知らしめるつもりだったんだ」
 言ってポンジーくんは懐を弄り、小柄なケースを取り出した。
「こっちが本物の宝石だ。確認してくれ」
 ご丁寧にもスポットライトを用意していたポンジーくんは、強烈に光る真っ白な光を宝石に当てました。
 その光を受け燦々と輝く様は、名匠の刀鍛冶によって鍛えぬかれた翠玉の玉鋼とも言うべきでしょうか。
「確認した。では返してもらおう」
 蓋を閉じ、スポットライトを消した後、ケースを渡そうとして、
「宝石の輝きは、確かに美しい」
 受け取ろうとする会長に言葉を投げかけました。
「だが、人間の魂の輝きはそれ以上に優麗な様を見せるものだ。宝石にかまけて、魂の美しさを磨かないようではあんた達の生活も先が知れている。僕はそれに警鐘を鳴らすために、敢えて宝石を摩り替えたんだ」
『…………』
「宝石が盗まれたと騒ぎ、しかも身内の誰かが盗んだと騒ぐようでは、家宝の宝石を受け継ぐ資格なんてない。偽者の宝石がお似合いだ。それに宝石よりも大切なものがあるだろう」
 ちら、と横を――喜緑さんを見て、再び会長へと目を向けました。
「騙したことは悪いと思っている。一時的とは言え、混乱させた事も申し訳なかったと思う」
「いや……こちらこそすまない。宝石が盗まれたと取り乱したのは、確かに大人気ない行為だった。本当に大切な存在が――喜緑くんがいるというのに」
「会長……」
「必要なのは、『魂の輝き』か。重要なことだな。この宝石以上に魂を輝かせるよう、努力してみるよ、私も」
 会長さんが、右手を差し出しました。
「……ああ、その時こそ本物の宝石で祝おうじゃないか」
 ポンジーくんも右手を差し出し、お互いギュっと握り締めました。
 パチ……パチ……パチ……
 そして、再び拍手の喝采。拍手する人数に変わりは無いのですが、何故だかより大きく聞こえるのはあたしの気のせいではないと信じています。
「そして、ありがとう。お嬢さん」
 ポンジーくんとの熱い握手を交わした後、会長さんはあたしの方を振り返りました。
「確かに私の中では、犯人はあの連中だと決め付け、懐疑心で凝り固まっていたようだ。そしてその動機が私に対する嫌がらせであると信じて疑わなかった。それを目覚めさせてくれた彼と、そしてお嬢さんに感謝するよ」
 いいえ、あたしはただ真実を突き止めただけです。あなたを目覚めさせようとしたのはポンジーくんで、どちらかと言うとあたしは余計なことしかしてない気がします。
「いや、謙遜しなくていい。新年を……そして、新しい家族を迎えるに当たって、大切なことを学んだよ。ありがとう」
 そして、ポンジーくん同様、あたしに握手を求めてきました。へへ、照れますね。
 恥ずかしながらも手を差し出し、彼の想いに答えることにしました。

 ギュ。

 冷え切った会長さんの表情は、少しではありますが春の訪れを感じさせるような暖かみが表れており――。
 あたしはその表情を一生忘れる事はないでしょう。



 その後のことをお話したいと思います。
 会長さんは改めてパーティを開始し、婚約の契りと共に、自分を切磋琢磨することをこの場で誓いました。
 ポンジーくんから受け取った宝石は使いません。『今の自分には過ぎたものだ』と拒んだからです。彼がもっと成長し、一流の人間となった場合に開け、改めて喜緑さんにプレゼントするそうです。
 些細ではありましたが、料理もありました。冷え切った料理を温めなおしたものでしたが、それでも美味しいことには代わりありません。今年一年の食いだめをするかのごとくあたしは箸を光速の勢いで動かしました。
 その姿を見て自然に笑みを零す会長さんや、逆に嘆いているキョンくんを始め、パーティは始終良い雰囲気のまま進行し――そして終わりを迎え、あたし達は解散することになりました。
 パーティの終わり際、『また遊びに来てくれ』といった会長さんの言葉が忘れられません。ご飯をいただけるなら毎日でも行きますよ、あたしは。
 そう言うと流石の会長さんも苦笑いしてましたけど。
 そうそう、会長さんは『機関』の皆様に対する態度にも軟化の兆しを見せ始めていました。完全ではないようですが、至らない自分が他人を叱責する立場に無いと考え始めたのでしょうかね。
 そう言った意味では古泉さんもあたしに感謝しないといけませんね。
「いいえ、前回の件と併せてチャラにしておきましょう」
 前回っていつのことでしょうかね。まあいいですけど。
 いい事をした後は気持ちがいいです。こと新年となるとそれもひとしおです。
「さ! 遅くなりましたし、帰りましょう! 次の事件があたしを待っているかもしれません!」
 先導するあたしの後ろに、やれやれと頭を振るキョンくん、闇と一体化しそうな九曜さん、そして一仕事追えて満足げなポンジーくん。
 色々ありますが、このメンバーなら今年一年も乗り切れそうです。
 今後ともあたしの活躍に期待してくださいね。


 橘京子の動揺(解決編) おわりなのです!


 ………
 ……
 …



 …
 ……
 ………


 漆黒の闇が辺りを支配する。
 昼間は晴れていた空も、今や暗い雲と、そして夜という致命的な光の遮断によって、人間の目で感知できる感覚は役に立たないものとなっている。
 下手に動けば何かにぶつかり、最悪ケガをしてしまうかもしれないこの空間。頼りになるのは視覚以外の感覚――例えば、聴覚。
 その聴覚を研ぎ澄ますため、俺達はその場でじっと耳を欹てる。
 すると――


『………っと……へん……』
『…………ですか……?』
 暗闇の奥から、声が聞こえる。

『……や……っと…………』
『……ふう……暗い……』
 声からして、二人。おそらく男と女だろう。

『……つけた……だろ……』
『……でも…………』
 声を潜めて喋っているため詳細は不明だが、何かを探しているような感じだ。

『…………ん……った!!』
『………よしっ! ………』
 何かを見つけたようだ。

『よし、つぎはホールだ……』
『あの箱って……まだ……』
 人がいるとも知らず、俺たちの傍を横切る二人。

『…………どこ……い……』
『電気……すか……?』
「照明なら、ここだぞ」


『――――!!!?』


 ホールの明かりが一斉に灯され、こそこそと会話をしていた二人が一斉にライトを浴び、その姿を露にする。
 即ち――藤原と、橘京子。


「何をやってんだ? お前ら?」
「きょ、きょ、きょ、キョンくんこそ何やってんですか! 人様のおうちで!」
 お前が言える立場かよ、と突っ込みたいが何とか我慢し、
「いや、なに。種明かしでもしようかと思ってな。今回の事件の真相をな」
「真相……」
「だと……?」
 交互に喋りだす和服姿の男女。
「今回も橘さんにしてやられました。いいえ、橘さんだけではありません。もちろんあなたもです。くっくっくっ……」
 入り口付近の壁にもたれかかった古泉は、目を細めて嘲け笑うかのごとく喉を震わせていた。
「な、なんのことだ……?」
「なに、簡単なことです。あの事件の推理。あなた達二人の狂言だったと言いたいのですよ」
『!!?』
 暖かみのある照明とは裏腹に、古泉の冷笑が二人を包む。
「有体に申し上げて、あなたが宝石を盗むなど考えられません。確かに橘さんはあなたが宝石を盗む方法を教えてくださいましたが、それは可能性の一つであって、実行できたかどうかは甚だ疑問です。……いや、むしろ実行は不可能です」
「藤原、覚えているか。お前が犯行に及んだとされる時のことを。裕さんは『光の加減で中の様子が見えなかった』とは言ってたが、それはあくまで裕さんからの視点だ」
 古泉に続き、俺も二人に声をかけた。先程の推理ショーにケチをつけるかの如く。
「裕さんから、自分の姿が見えていると考えるのが普通だ。いくら見えてないと言っても、自分の方に視線があるならそう思うはずだ。そして自分の姿が目に入っているかもしれないのに、犯行を起こすバカがどこにいるというんだ?」
「エレベーターの説明にも瑕疵がありましたね。あの時橘さんは『地下に移動する際に宝石が落ちた』と説明しましたが、その前に森さんの命令でエレベーターを動かしているんですよ。あなたの説明が正しいならば、その時に宝石が落ちてないといけません」
「だが、森さんはその時宝石は確認したと言っていた。更に付け足すならば、指輪も掌にキッチリ納まっていて、外れるような代物じゃなかったそうだ」
「察するに、森さんが女神像のチェックをなさった後、あなたは言伝を伝えるフリをして宝石を抜き取る工作を行ったのでしょう。森さんの証言を得るため、そして行動を悟られないようにするために、ね」
「な……先ほどから何を言ってるんだ……」
 藤原がなにやら言い出しているが、構わず話を続ける。
「聞けば、女神像に布を被せて地下まで下げるように指示を出したのはお前だったと言うじゃないか。ご丁寧に布にまで細工をして」
 ほら、と二人に布を見せてやる。
「さっきは気付かなかったが、ここにちょっとしたシワがあるだろ。このシワを良く見ると、小さいが穴が空いているんだ。糸を通したような、小さい穴がな」
「女神像の周りを調べましたところ、丁度そのような糸が落ちていました。これは新川さんが所有していたテグスですね。非常に細くて探すのには苦労しましたよ」
「ま、それだけ細い糸なら気付かれないだろうし、引っ張っただけで簡単に切れてしまうからな。それが狙いだったんだろ?」
「指輪を落とす必要はなかったかもしれませんが、これは演出のため。宝石の無い指輪でもインパクトは強いでしょうが、指輪を落とした方がより怒りの矛先を『機関』に向けさせやすいですからね」
「いや、別に『機関』じゃなくてもいい。更に言えば誰でも良かったのさ。例え……自分が犯人扱いされてもな」
「僕達が言いたいことがわかりますか?」
「何だと……いいたいんだ?」
 なに、簡単なことさ。


「お前の行動は、全て『真犯人』を庇っての行動だって言いたいんだ」


『!!?』
 藤原と橘。二人の顔が同時に引きつった。
「上手いこと美談に纏め上げたはいいが、全体を通してみると一貫性がないんだよ。お前の主張は」
「会長に苦言を呈し改心させたいのであれば、皆と相談して段取りを決めるべきでしたね。何の相談もなしに勝手にやられては第三者が戸惑い、見当違いの行動を起こしかねないですからね」
「せめて俺たちに話してくれれば、そっちの都合にあわせられたんだがな。勝手にストーリーを作って推し進めやがって」
「全く、困ったものです」
「ええいっ! さっきから何を言ってるんだ!」
 俺たちの質問攻めに絶えられなくなったのか、藤原が遂に声を荒げた。
「宝石は元の位置に戻った。会長も罪を許してくれたし、いくばくかは心を入れ替えた。いい事尽くめじゃないか。一体あんた達は何を望んでそんな意味不明なことを言い出すんだ!?」
 意味不明、ね。「どっちが意味不明だか」
「こちらは真相を追究しようとしているだけですよ。例えば……」
 古泉はスッと腕を上げ、藤原――正確に言えば彼が大事そうに抱えている包みを指差した。
「どうしてあなたはアレキサンドライトを所有しているのですか?」
「こ、これは……に、偽者だ。ほら、さっき偽者を地下に落としてしまったといっただろう。ソレを取りに行ってたんだ」
「何故偽者を取りに行く必要があったんだ? お前自身言ってたじゃないか『偽者の宝石には用がない』ってな」
「あ、いや……偽者は偽者でも結構綺麗だったからな。何かの記念と思って」
 ったく、やっぱり往生際が悪いやつだ。
「なら、教えてくれ」
 再びその包み――チラリと輝きを見せるその宝石を指差し、
「何でその宝石は紅く輝いているんだ?」
「……!!」
「更に言うとだな、古泉。頼む」
「了解」
 俺の指示に古泉の手が動き、照明の色が変わる。正確には『色温度』が変わる、だったけな。
 ともかく、冬用の暖かみのある照明から、夏用の青白い照明へと切り替わる。
 すると――

「藤原、お前が偽物と主張する宝石、何故色が変わったんだ?」
 ――ルビーのように紅く輝いていたものが、エメラルドの如き緑色の宝石へと変化したのだ。

「偽者の宝石はそんなカラーチェンジはしなかったはずだぜ。お前も昼間、会長と見てたはずだから知らなかったとは言わせないぞ」
「ぐ……」
「あなたが罪を認め、宝石を見せたときに当てたライト。あれがどうしても気になりましてね。決して暗くないはずのホールで、どうしてライトを当てる必要があったのでしょうか」
「会長に渡した宝石こそ偽物の宝石だったんだ。偽物の宝石はカラーチェンジしないから、あの照明の中で紅く輝いてなければいけない。だから白色のスポットライトを当て、いかにも本物であるように仕向けたってわけだ」
「その宝石は、間違いなく本物のアレキサンドライトです。そして、地下室に落ちていったのは偽者ではなく、そちらこそ本物だったのです。違いますか?」
「ば、バカな……」
 最早いいのがれ出来ないのに、それでも虚勢を張る藤原。元々素直じゃない奴だし、仕方ない。
 ならばと、別の人間――さっきから涙目でプルプル震えているツインテールに声をかけた。
「橘。本当の事を言え。さもなければ正月三が日、ここで森さんと二人っきりで過ごしてもらうからな」
「ひええええ! ごめんなさいごめんなさい! 悪気があってやったわけじゃないんですごめんなさい!」
「こ、こらっ!」

 ――というわけで。
 藤原の詭弁は、空気を読まない橘の平謝りのせいで最早無用の長物となってしまった。



 事の発端は、藤原がホールを離れ、橘が警備兼女神像の掃除をしていた時まで遡る。
 森さんのいいつけどおり、橘は女神像の清掃を行っていたのだが、掌に納まっていた宝石がどうしても気になる。ちょっとくらいなら手にしてもいいかなと指輪を外そうとして際、悲劇は起こった。
 ドジッ子属性が付与しまくりの彼女は、ここでも例に洩れずドジッ子振りを発揮したのだ。
 つまり、手を滑らせて宝石を落としてしまうと言う失態を。
 これだけならまだ取り返しがつく。宝石を広い、元の指輪に納めればいいだけだからな。
 しかし、ここから先が橘京子の本領発揮となった。
 床に下り、宝石を拾おうとして近づいたまでは良かったのだが、タイミングが悪いことに、地下でエレベーターの動作確認を称した上下運動がはじまったのだ。
 それに驚いた橘は宝石を蹴っ飛ばしてしまい、床とエレベーターの隙間から地下へと落っことしてしまったのだ。
 慌てて取りに行こうと思ったが、そこで踏みとどまった。
 事故とは言え、会長家の家宝である宝石に対し、ぞんざいな扱いをしてしまったことがもし森さんにばれたらあたしは半殺しの目に遭ってしまう。
 ここは何とかして偽装しなければ……はっ! そうだ! 会長さんから貰ったイミテーションがあるじゃない。一時的にこれを嵌めておけば何とかなるかも!
 足りない脳みそを何とかフル回転し、実行したまでは良かったのだが……丁度そのとき、トイレから戻ってきた藤原がその現場を目撃したのだ。
 例えではなく本気で泣き顔になった橘は藤原に『黙っててくださいお願いします。何でもしますから」と懇願し、藤原は藤原でこんな橘京子の願いをフイにすることが出来ずはずもなく……何とか話の辻褄を合わせようと画策したのだ。
 とりあえずはイミテーションの宝石で誤魔化せるが、何時まで騙せるかは甚だ疑問である。加えて本物にはあってイミテーションには無い厄介な特性――カラーチェンジがある。
 パーティの開始は暗くなった折。しかもライトの色が電球色に近いことからアレキサンドライトの色は赤色となってなければいけない。しかし偽者の宝石は緑色。しかもイミテーションと分かれば所有していた橘が一番怪しまれる。
 このままでは誤魔化しがきかない。ならばどうすればいいか――
『盗まれたことにすればいいじゃないか』
 考えに考えぬいた末に出た結論がそれだった。自分にも容疑を掛けられる不安定要素もあったものの、偽者の宝石をつけたままの現状よりはよっぽどマシになるはず。
 しかし、ここでも問題があった。
 この後、森さんが清掃をちゃんとやっているかチェックしに来ると言うのだ。
 まずい。今この現状で宝石が無いのが見つかれば、その前に女神像に近づいていた橘が疑われる。それでは意味が無い。
 宝石を外すのは、森さんのチェックが終わってからにすべきだ。
 そう思って藤原は森さんのチェックが終わるまで宝石を外すのを躊躇い、終わった後に自ら進んで女神像に布を被せ、そして移動を命じたのだ。
 あとは――俺たちの知るとおりの展開である。


「つまり、こいつがドジなせいで起きた悲劇ってわけか」
「ごめんなさいごめんなさい。森さんだけには言わないでください~」
 ウルウルと涙を零しながら、はた迷惑なツインテールが手を合わせて懇願した。
「まあ……窃盗目的でやったわけではないですし、それに会長も『機関』に対して態度を軟化させていますから、僕もこの状況の方がありがたいのは事実です。僕からの厳重注意ということで、真相は語らないでおきましょう」
「あぢがどお゛…………ごい゛ずみ゛ざ~ん゛……」
 ずるずると鼻水をたらしながら、多分本気で感謝の気持ちを伝えていた。幾分愉快な顔になっているから興ざめだが。
 俺はといえば、「それよりも、全ての罪を被ったコイツに感謝しろよ」と、藤原を指差した。
「美談に仕立て上げたとは言え、目下の悪者はコイツになってるんだからな」
「うん……ありがとう。ポンジーくん」
「ふ、ふん。例をいわれるまでもない」
 傍から見ても分かるくらい顔を紅くしてるツンデレボーイ。
「でも、何であたしのためのここまでやってくれるんですか?」
 うむ。最もな疑問だ。ようやくそこに気がついたか。
「決まってるだろ。お前のことが心配なんだ」
「こ、こらっ!」
 俺の言葉に,藤原が慌てふためき、
「え? 本当?」
 橘が驚きの声をあげる。
「あ……いや、まあ……そんなところだ」
「あたしのこと心配してくれるんだ……嬉しい」
 橘の言葉に、藤原の顔は更に紅くなった。
 なんだ、いい雰囲気じゃないか。もう一押しで橘を藤原に押し付けられ……もとい、藤原の恋を成就できそうじゃないか。
「いい機会じゃないか。言え。言っちまえ」
「……なっ!」
「そうですね。僕らが立会人になって差し上げましょう」
「だ、だが……」
 今言わなければ何時言うんだよ! 最高のチャンスじゃないか! 大丈夫、ほら、結婚の女神様がそこにいるじゃないか!
「……そ、そうだな……よしっ!」
 拳を握り締め、正装で身を固めていた藤原は、これまた正装ちっくな振袖姿のツインテールと向き合った。
「た、橘! 聞いてくれ!」
「は、はい? どうしましたかポンジーくん。あらたまっちゃって」
「ぼ、僕は……僕は……僕は……」
 かなりどもっているのか、次の言葉が出ない。ええい、もどかしい!
「かんばって下さい! 明るい未来はすぐそこです!」
「ああ、僕は……き、キミのことが……」
「?」
「す、す、っす……」
 あとちょっとだ! 行けえ!!
「すっ……「ストー――――――ップ…………――――」」

 ――瞬間、闇の中から闇の申し子が現れた。

「な……九曜! せっかくのいいところなのに!」
「何故邪魔をするんですか!」
「くそう……」
「あれ、九曜さん、どうしたんですか?」
 四者四様の問いかけに、九曜は身動き一つ取らず囁いた。
「事件の――――真相は…………――――把握――――――した――――――」
 最初から最後までを知る彼女とは思えない発言をした。
「ずっと――――――ジャミングによって――――――――真相が……――――理解できなかった――――――――でも……――――これで――――――納得が――――――――いった――――」
 な、納得って何がだ?
「彼女――――が――――異様に…………――――殺気立っている――――――ことを――――」

 彼女って一体……?
 そう問い返そうとして、九曜の方を振り向いた瞬間、俺は見てはいけないものを見てしまった。

「ふふふふ…………せっかく会長が用意してくださった宝石を足蹴にしたのは、あなたでしたか……」

 そこに居たのは、世界中の畏怖と戦慄を人間サイズまでに圧縮したような、負の想念の塊――。
 恐怖のグリーン姉さんこと、喜緑さん……。


「それだけじゃありませんね。わたしに対する会長の想いを踏みにじったのも、あなたですね……」
「はわわわわわ…………」
「会長のように高貴な有機生命体がいる一方、救いの無いほど低俗な有機生命体もいるのですね……」
「はひはひはひ…………」
「早急なる情報断片の改定と、愚体情報残渣のクリーンアップが必要のようですね」
「ひえひえひえ…………」
「さあ、参りましょう。あなたは生まれ変わるべき存在のようです」
「い、いやあああぁぁあぁ……!!!!」

 ………
 ……
 …

 ――そして、二人の女性は一瞬にして姿を消してしまった。
 彼女が手にしていた、アレキサンドライトの宝石だけを残して。


「な、なあ九曜。あの二人、どこに行ったんだ? というか、橘は無事に帰ってこられるのか?」
「大丈夫――――彼女は――――観察対象…………――――消滅することはない――――ただ――――」
「ただ?」
「それ故――――――無限の苦しみを――――背負うことになる――――――」
『………………』



 こうして、全く無駄足だった新年一日目は幕を閉じることになり――
 今年一年もダメダメな一年になりそうな気分で一杯になってしまったのだ。


 なお、会長が『機関』の皆様に対して敵対心バリバリだった理由もお話ししたい。
 去年の暮れ、『機関』主催の忘年会をここ会長宅で行ったときのこと。
 ベロンベロンに酔っぱらっていた新川さんがお鍋のネギが無いことに気づき、同じくベロンベロンに酔っぱらっていた森さんが会長の部屋にあると申し出て、そしてやはりベロン(以下略)の多丸さん達がソレを取ってきて、鍋に放り入れたのだ。
 ――すなわち、初○ミ○のフィギュア付随の、ネギ。
 真相を知った会長は大激怒。『俺の命の次に大切なミ○ちゃんに何をする! ボッコボコにしてやんよ』と大絶叫。
 もちろん酔っぱらっている四人は聞く耳持たず。
 そんなこんなで確執が生まれたのでした。


 ――カンベンしてください。いやホントに。




 (色々と)終わっちゃえ♪

 

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