なんなんだろうね、この状況は。
 

 いつものように俺の惰眠を貪るのを阻止するように、もはや定期的な行事といっても差し支えないだろう不思議探索なんて物に参加している俺は、また訪れたメンドクサイ状況に溜息と若干のイラつきを隠せないでいた。
 ゆっくり事態を解説する暇も根気もないので端的にまとめちまうかね。
 要は、さぁこれから無駄に休日を浪費するぞ、と最下位で奢りが確定した俺を引き連れてハルヒが先陣切ってご贔屓させていただいているファミレスに向おうとした時に、謎の集団にエンカウントしたことから発端になっている。
 惜しむらくはその謎の集団は、謎は謎でも我らの団長様が望む不思議の塊なんてものではなく、俗に言うガラの悪い男共ってことなんだろう。
 しかも俺にとっては見知らぬ奴らだったのだが、涼宮ハルヒは向こうとは顔見知りだったみたいだね。中学時代の同級生か何かか? 年齢は俺らと同じぐらいぽいしな。
「よぉ、涼宮じゃねぇか。こんなところでなにしてんだよ?」
 ガラの悪い男共のリーダー格なのだろうか。舌なめずりしそうな下品な笑みを浮かべている。
「アンタには関係ないことよ。気持ち悪いから半径百メートル以内に近づかないでくれない?」
 おーおー。のっけから戦闘体制万端。こりゃ相当な不機嫌なのは誰だって分かるだろうよ。そして知り合いなのは間違っていなかったらしい。
「高校に行ってもその態度は相変わらずかよ」
「っていうかこいつ誰よ? 俺ら全然知らないだけど」
「結構いい面してんじゃん。どうよ、今から俺達と良いとこいかねぇ?」
「おっ、それいいなっ! 後ろの二人もどうよ? 楽しませてやるぜ。そんな冴えない男共よりもきっちりエスコートしてやるからよ」
 ぎゃははははははっ、と耳に耐えない馬鹿笑い。決定、こいつらは下衆共だ。
 ハルヒは兎も角として、長門や朝比奈さんにまでちょっかいを掛けるとは、こいつら人生を舐めているとしか思えん。一度、痛い目に合わしてやろうか? 
 あぁ、朝比奈さん、そんな怯えた目をしないでください。こいつらが手を出そうものなら、きっちり俺が守ってあげますから。
 長門は相変わらず無表情だが、お前はこの状況をどう思ってるのだろうね。ついでに付け足せば、俺の横で相変わらずのエセスマイルを貼り付けた野郎もだが。


「私の団員達に手を出さないで貰えないかしら? その厭らしい視線を向けるだけで死刑もんよ」
 珍しくハルヒと同意見だ。
 それにしてもこいつも成長したもんだね。昔のコイツなら口よりも手が先に飛び出ていただろうに。
「団員? 団員ってとうとう何かの組織でも結成しちまったのかよ!」
「はぁ、どういう意味なんだ、それ?」
「いやよー。こいつ頭おかしいんだわ。お前らも聞いたことねぇ? 中学時代に宇宙人や超能力者や未来人を探してる変人の話をさ」
「聞いたことあるある。なんでも深夜の学校に忍び込んで運動場にヘンテコな文字書いてたりした都市伝説だろ?」
「俺は遠くからきてるからしらねー。っでこいつがその張本人なのかよ?」
 ハルヒが築き上げた伝説街道の一ページを面白おかしく語りながら、こちらに嘲笑を含んだ表情を向けてくる。
 別に憤ることじゃない。
 俺だって他人からこんな奇想天外なエピソードを聞かされりゃそう思うし、SOS団に出会った当時は信じてさえいなかったしな。
 だけど理性と感情ってのは別個の意思みたいで、沈静化していた火山のマグマが活性化していくのを抑えるのに苦労していた。

 どうしてだろうね? 
 元々はハルヒの日頃の行ないが祟ったのだから、俺が怒りを感じる必要性はどこを探しても皆無なはずだが……あぁ、わかった。例に出されたが運動場云々は俺にも関わりがあったからだね。納得だ。
 そもそもこいつら(知り合いなのはリーダー格のみらしいが)はどうしてこっちに絡んでくるのだろうか。触らぬ神に祟りなし、を知らぬわけでもあるまい。ギラギラと光る眼には恨み節たっぷりだし。
 そんな疑問を氷解してくれたのはハルヒの一声だった。
「いい加減にうっとおしいわね。耳鼻科にでも行ったら? ついでに脳も見て貰うこともお勧めするけど。それとも――私にカップラーメンが出来る時間で振られちゃったのがそんなに悔しかった?」
 ハルヒの恋愛精神病に対する被害者だったのか、この下衆リーダーは。そりゃ恨みたくもなるのかもな、一切の同情はしないが。喜べ谷口。お前よりも記録を更新していた奴がいたみたいだぞ。
「て、てめぇ!」
 羞恥と怒りで顔をどす黒く染めた下衆リーダーは歯を剥き出しにして怒鳴った。
 面子を潰されたとでも思ったのだろうか。事実、下衆A~Dは暴露ショーに腹を抱えて爆笑している。俺も満干全席の嘲弄で嗤っているに違いない。
「お、覚えてやがれよっ! お前らも笑ってんじぇねぇ、殴られてぇのか!?」
 形勢が不利に傾いた瞬間に、余裕を振り撒いていた様を殴り捨て、地を剥き出しにして仲間達に苛立ちをぶつけている下衆リーダー。
 痛快なハルヒの言葉に、俺は溜飲を下げつつ、去っていく下衆集団を背中に語りかける。良い選択だったな。無様な姿をこれ以上晒すようだったらハルヒの鉄拳が飛んでいただろうぜ。
「さて、ではそろそろ僕たちも行きましょうか。予定よりも大分時間を取られてしまいましたが、午後はこれからなのですから」
 内心を悟らせない古泉が頷きながらファミレスの方向を手で示してくる。
 副団長の言葉に、団長としてハルヒは答えた。
「そうね、私達も行くわよっ」
 ズンズン、と不機嫌を隠そうともせずに大股で歩き始める。どうやら俺と違い、ハルヒは溜飲を下げることに失敗しているようだ。気持ちはわからんでもない。
 俺だって一発殴ってやりたい気持ちは残っているのだから、気性激しいハルヒに至っては考えるまでもないのだろう。
「やれやれ」
 お決まりの台詞を漏らしつつ、俺達も後に続いて歩き始めた。


  ●


 午前の探索。
 クジ引き結果は、
 俺、古泉。
 ハルヒ、朝比奈さん、長門。
 になったのだった。
 そしてお決まりのハルヒによる不思議を見つけないと私刑って宣告と共に開始になったのだが、
「なんでお前なのかね、古泉くん?」
「それはクジ引きの結果だから仕方ないのではないかと」
 はぁ……。
 せっかくの休日に財布は軽くなるわ、野郎と二人で暢気に散歩とは踏んだり蹴ったりだな。
「そんなに邪険にしなくてもいいではないですか」
「うるせぇ。今の俺は午後の部に賭けるために鋭気を養ってるんだ。邪魔するんじゃねぇ」
「それは別に構わないんですけどね。あなたは気にならないんですか?」
「……ん? なにがだよ?」
 相変わらず回りくどい言い方をしてきて、俺の集中力を妨害してくる古泉だが、確かにこのまま無言で居るのも疲れるので付き合ってやることにする。
 どうせ下らない話なんだろうけどな。
「朝の一件のこと。そして涼宮さんのことにですよ」
「あの下衆共のことか?」
「そうですよ。それ以外に何かありますか?」
「分かってる。聞いただけだ。っで何か気になるんだよ?」
 あの下衆共のことならお前に言われて思い出したとこだよ。
「何でも恋人関係にあったとか」
 M87星雲のヒーローが地球に居られる間しか続かなかったがな。
「まぁ彼らの事は置いとくとして、涼宮さんのことですよ」
「あいつなら普段通りじゃねぇか」
「どこに目をつけてるのですか。物凄く不機嫌ではなかったですか」
「あいつはいつも似たようなもんだろう。実際、ファミレスに入ってからは上機嫌に注文しやがって。俺の財政状況は圧迫されまくりだぞ」
「貴方も少しは素直になってくださいよ。身近に居る我々ならば彼女の微妙な変化に気付かないとは言わせませんよ」
 声音こそ柔らかな感じだが、いつもより押しが強い、というのだろうか。妙にしつこく食い下がってくる古泉。
 俺は適当に聞き流すのを止め、少しだけ真面目に答えることにした。
「俺だってそこまで鈍感じゃないさ。あいつが何でかは知らんが、不安定なのも気付いてる」
 だけどな。
「自業自得だろう。あの下衆共を庇うわけじゃないが、ハルヒにだって反省点があるんだからな」
 それともお前は一方的にハルヒが被害者だとでも頷くか、イエスマン?
「そこまでは言いません。僕としては貴方が涼宮さんの態度に気付いているか確認したかっただけです。言質も取れましたし安心できましたよ」
 なんだそりゃ、気色悪い奴だ。
「これは手厳しい。それにしても……ふふっ」
 俺は古泉から二歩ほど距離を離した。
 突然笑い出しやがって、頭でもやられたか?
「いえいえ、僕は正常ですよ。ただ、あの時の貴方の表情を思い出すと、ね」
「ハッキリ物は言え。いや、やっぱり言うな」
「では、はっきり申しましょう」
 人の話を聞いちゃいねぇ。お前こそ耳鼻科に行ったらどうだ? 
「涼宮さんが馬鹿にされたとき、貴方は自分のことのように怒りの表情を浮かべていましたよ。冷静な貴方らしくもなくね」
「気のせいだろう」
 仮に真実だとしても、朝比奈さんや長門にまで手を出そうとしたことについてだよ。見当違いも甚だしい。
「そういうことにしておきましょうか」
 勝手に人の意見を曲解するんじゃねぇぞ。
 俺の睨みつけに、エセポーカースマイルで受け流した古泉は何も言わず俺の前を歩いていく。
 狐に包まれた釈然としない気分になりつつも、俺も後に続く事にした。

 

 


      ●

 

 

 さて、午後の部開始というわけなのだが。
 クジ引き結果には悪意を感じるとしか言い様がない。
 俺、ハルヒ。
 古泉、長門、朝比奈さん。
 なんだこの結果は。
 古泉が憎たらしい。両手に花状態じゃねぇか。だってのに俺の方はマタドールすら制御不能な馬力を発揮する奴が相方とは、今日は厄日か何かか。
「こら、バカキョン! ボォーっとしてるんじゃないわよ! そんな暇があるなら三百六十度、必死に目を凝らして不思議を見つけなさい!」
 回想する暇すら与えちゃくれねぇ。
 不思議を見つける前に、気苦労で倒れる哀れな男子高校生の遺体が発見されるかもな。
「へいへい、わかってますよ」
「そのオッサンみたいな返事は止めなさい。若いんだから気合入れて返事しなさいよねっ。これだから不思議が見つからないのよ」
 どんな言い掛かりだ、どんな。
 まぁ慣れた俺は適当に流しておく。立派な社会の処世術だ。間違ってもSOS団の活動を社会活動と発言しようものなら、全国のサラリーマン達に謝罪が必要になってしまうが。
「まったく。これだからバカキョンは……」
 俺の悪口を呟いているようだったが、触れずに聞き流しておく。君子、危うきに近寄らずってな。
 そのまま俺は、ズカズカと先行くハルヒの背中を追いかけながら商店街や人気の無い裏道などを探索しまわった。時たま、喉が渇いた時は問答無用で俺の奢りでジュースを購入したりして時間を過ごしていく。
 時に会話を繰り広げたり、時には無言になったり、時には意味もなく駆け出すハルヒを追いかけて走る破目になったり、いつも通りだった。
 

 

 午後の探索も終了に近づきつつある中、二人してどこを歩いてきたのか、小さな公園で小休止をしている時に、ハルヒからいつも通りではない言葉を掛けられたのだった。
「……あんたも何も聞かないわけ」
「なにをだよ?」
「朝に会ったあいつらのことよ」
 不機嫌でいながら、しおらしいという、なんとも微妙な雰囲気を纏っているハルヒ。
「なんだよ、聞いて欲しかったのか?」
「別に……。ただみくるちゃんも有希も気になってるだろうに、聞いてくる素振りがなかったから気になっただけ」
 “も”と言っていたもんな。
「らしくないな」
「そうね……確かにらしくないかも」
 おいおい、本当にらしくないぞハルヒ。
 お前が何に悩んでるか分からんが、お前があれぐらいのことで気にする玉かよ。
「ふんっ。私も中学時代のことを反省するつもりもないし、あんな下らない連中の言い分なんて全て的外れなんだから気にも留めないわ」
 世界の真理、とばかりに強く頷いている。
「だけどね、それは自分の事だけだったらの場合。神聖な部活動である不思議探索なのに、私の一件で朝から滅茶苦茶になっちゃうし。みくるちゃんや有希、古泉くんも私が巻き込んで連れてきたからさ」
 神聖と思ってるのはハルヒだけだろうし、巻き込んだって自覚はあったんだな。そして俺の名前が入ってないのは嫌がらせか?
 なんて普段なら茶化していたかもしれないが、俺だって空気は読める。
 あの負けず嫌いな、人に弱みを晒すなら舌を噛んで自害を選びそうなハルヒがだ、己の弱みを打ち明けてきているのだ。団員その1なら心して聞いてやるべき場面だろ?
「三人共、良い子だから私と居ると頭のおかしい人って判断されるんじゃないかなぁってさ。……ははっ、本当にらしくないわよね」
 俺はハルヒの台詞を聞きながら、こいつの心理に対するプロフェッショナルを自称する奴の言葉が脳裏にリフレインしていた。

 ――涼宮さんはああ見えて常識的ですから、だったか。

 本当に変なとこで気遣いしやがる奴だよな、お前は。
 でも俺は知っていたはずだよな。涼宮ハルヒは奇想天外な思考形態をしているようで、裏側から覗けば物凄く単純で分かりやすく、仲間想いな奴だってことを。
 じゃなかったら、今ここに俺が居るはずがないのだ。もうずっと前――去年の夏だったか。俺は知っていたし、こいつが望むのならずっと傍で在り続けようと誓っていたはずなのだから。
 さぁ――どうするよ団員その1。
 我らがSOS団の無敵の団長様がお困りなんだ。言うべきことがあるだろう?
「おい、ハルヒ」
 俺はあえて意識しながら軽い口調で語りかけた。
「なによ?」
 儚げな花を連想させるように上目遣いで見上げてくるハルヒ。
 お前にはそんな態度似合わないぜ。
 儚げってのは朝比奈さんみたいなお人の役割だろう。お前は馬鹿みたいに輝く豪華絢爛な太陽みたいに元気一杯の方がベストマッチしてるんだよ。
 

 だから――。
 俺じゃ役不足かもしれんが、それでも多少は足しになるだろうさ。そのグラスハートにちっぽけな着荷剤を投げ込んでやる。それだけで後は事足りるだろう? 後は自身の無駄に漲ってるエネルギーだけで愉快痛快に燃え盛ってくれるさ。それが俺達の知ってる涼宮ハルヒって奴だ。
 だから、俺が伝えてやる。
 耳の穴かっぽじって聞きやがれ。
 なんせ一回しか言うつもりはないからな。これから言う言葉は一回が限度なんだ。理由は俺の精神力とか気力とかが相当に消費しちまうから。
 一回限定のちっぽけな大魔法。
 効果は――これからご覧に入れよう。

「ハルヒ」
「だから何よ」
「俺は今から大事なことを言うぞ。一回しか言わんからな」
「は、はぁ? なによ突然」
 戸惑ったハルヒはらしくないと思いつつ、そのギャップに可愛いと思っちまった俺は反省するべきだな。
「SOS団を見縊ってるんじゃねぇよ」
「――っ」
「いつ、どこで、だれだ、おまえに、そう言ったのかよ? 古泉か、朝比奈さんか、長門か、それとも俺か?」
「ぇ――ちがっ――!」
「そうだ。そんな事を言う奴は、言える奴なんて俺達の中に誰一人としているはずがない。1+1が2になるように、ポニーテイルの髪型が至高というぐらいにな」
 そうだろう?
「朝比奈さんも長門も古泉も、お前の破茶目茶に心底楽しませて貰ってるんだ。それなのに、どこをどう解釈したら文句なんて飛び出してくるんだよ」
 知ってるか?
「SOS団は五人揃った運命共同体なんだ。誰か一人でも欠けたらその意味を失っちまうんだよ」
 そういう意味では、俺らの出会いさえ運命の糸に引き寄せられたんだろう。
 赤色じゃなくて、カラフルな七色のレインボーによって。
 なんせ派手好きな嗜好の神様なんだ、単色じゃ納得しないのは目に見えてる。
 だからな、ハルヒ。
「そんな詰まらんことを気にしないで信じろよ、お前が選んだ連中をよ」
 もちろん、
「その中には無論、俺も入ってるぜ。世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団――略してSOS団。現在進行形で絶賛活動中だ。こんな場所でくよくよしてる暇があるのかよ」
 なぁ、ハルヒ?
「後は……言うまでもないよな?」
 お前次第だぜ、ハルヒ。
 俺の伝えたいことは終わった。
 さぁ拝ませてくれよ、俺が大枚叩いて生み出したこっぱずかしい、ちっぽけな魔法に。
 ここまでやったんだ。
 それに報いて貰わなきゃ、俺のこの羞恥心はどこにつぶければ良いのか分からなくて途方に暮れちまうじゃねぇか。途方に暮れた挙句に首を吊っちまいそうだがな。
 本当に頼むぜ、ハルヒ。期待に答えてくれよ。
 無言のままで俺の言葉を静聴していたハルヒと視線が合った。
「……」
 視線を逸らされた。
 おい、待て。なんだこの嫌な沈黙は。
「……」
「……」
 言外で三点リーダーの応酬をする俺とハルヒ。
 今更になって背中にねっとりとした脂ぎった汗が滲み出してきやがった。
 トランス状態に覚醒していた脳が、現実世界に突き落とされた際の人間の精神状態とは一言で表現するとどういうのか実感したね。
 死にたい。
 あぁ、さっきまでの俺。お前はなんて妄言を吐いていやがったんだ一発殴らせろコンチクショー!
「……ぷっ」
 何かを堪える我慢声がハルヒから聞こえた。小刻みに肩付近も震えてらっしゃる。
 あぁ、わかっちまうのは嫌になる。
 火山噴火三秒前、はいスタート。
 三。
 二。
 一。
「ぷっあはははははっ! ヒィー! ヒィィー! お、お腹が痛ぃもうムリこれ以上は我慢できなぃっ」
 ……吊るか。
 富士の樹海はどっちの方角だったかね。おっと、その前にロープの用意からか。
「きょ、キョンが似合わない熱血な発言してて……ププッだめやっぱり思い出すとあははっ――!」
 無理しないでいいぞ、気にしないから。
 じゃあ俺は用事が出来たからお暇するわ……あぁ妹にあったら兄貴はもう戻ってこないと伝えておいてくれると嬉しいぞ、じゃあな……。
 煤けた哀愁漂う背中になっちまった俺はフラフラと歩き始めようとしたのだが邪魔をされた。
「こら団長を置いて勝手にどこに行くつもりよキョン!」
 うるせぇ、誰のせいだ誰の。
「ふんっ! アンタが恥ずかしいことを真顔で自信満々に言ってくるのが悪いんじゃないっ! 私じゃなくなって絶対にお腹かかえて悶絶しちゃうこと請負なんだからっ!」
 しおらしいハルヒはどこに消失しちまったのか、誰か俺にわかるように説明してくれ。お礼は憤死しそうな気持ちが籠められた右ストレートだ、お買い得だろう?
「なに頭抱えながら座り込んで地面見てるのよ。何か不思議でも発見した?」
 発見した。
「人が真剣に悩みにつきあってやったのに、それを笑い飛ばす極悪非道な性悪女」
「むっ。腹立つわね」
「それは俺の台詞だと返しておくよ」
 むぅ~と両頬をリスみたいに膨らますハルヒ。
 別に可愛くもなんとも感じないからな。むしろ可愛さ余って憎さ百万倍だ。
「でも面白かった。うん、愉快ね。悩んでるのが馬鹿らしくなったわ」
 そうかい。
「ほら、行くわよ! グズグズしてると集合時間に遅れちゃうんだからね」
 一人で行けばいいだろう。
 本格的に拗ねた子供みたいな態度に見兼ねたのかハルヒは溜息を付きながら近づいてくる。
 座り込んだ陰に、伸びた影が重なったかと思った時、
「……とぅ」
「いま、なんて――」
 幻聴かと問いただそうとした口を開いた時に首が引っこ抜けるじゃないかと疑う衝撃と大声が走った。
「ふんりゃああぁぁ! ボサボサしてたら遅れるって言ってんでしょうがぁぁぁ!」
 痛いいたいイタイ!
 襟首を掴み上げると強引に立ち上がらせようとしやがる。酸素不足になる前に急いで立ち上がった。
「なにしやがる! お前は俺を殺す気か!」
「あんたが悪いっ! 団長が行くって言ってるんだから、雑用係りは命令に従わなくちゃ私刑なんだから」
 どこの法律だ。突っ込むだけ無駄なんだろうけどな。
 だが、やられっぱなしなのは性に合わない。
 俺は厭らしく口元を歪ませながら指摘してやった。
「……顔、真っ赤」
「っ――!? ……意味不明な事言ってるんじゃないわよバカキョン! 私は行くから勝手にしなさいよね!」
 逃げるように背中を向けたハルヒに若干の笑みを堪えながら嘯いた。
「団長様の命令は絶対ってね。お供させていただきますよ」
ズンズンと進行していく背中に、付き人よろしく引っ付いていく。
 ……やれやれ。
 先行く背中を見ながら思う。
 大人気なく拗ねたりもしたが、結果オーライなんだろう。
 期待とは違ったが、悪くない結果だ。
 あいつがああいう態度を取ったのも、あの言葉が幻聴じゃなければ照れ隠しと判断しても罰は当たるまい。
「分かりづらい奴」
 だけどそれが俺とハルヒのらしい関係なんだろう。
 俺だって色々な事件に巻き込まれては心が揺れるし、ハルヒだって今回みたいなときには心が揺れるんだ。だけど俺達のこの関係だけは軸がブレることはない。
 どんな障害がこようが、どんな試練が立ちはだかろうが、心は揺れようと軸だけは乱されずにな。
 良いか悪いかは別として、今はこの心地良い関係を享受しておきたいのさ、俺は。
 無くすのは惜しいだろう?
 いずれは変わるかもしれんが、今じゃなくなって許してくれるさ。
 取りあえずは最優先事項として、考え事をしていたらどんどん距離を離されている背中に追いつくとこから始めよう。
 あいつ足速すぎ。時間はまだ少しだが余裕あるんだけどな。
 その後は別段変わった会話もなくいつも通りだった。
 雑談したり、無言になったり、途中で帰り道順を間違って俺のせいにされたり。俺は認めんが。
 最終的な結論は、今度下衆共に出会ったら出会いがしらに鼻っ面に鉄拳をぶち込み、倒れ付した奴らの写メールを撮ることになっていた。どういう会話の方向性でなったかは覚えてないが、異論はなかったので合意したのを追記しておく。
 

 

 本当に俺達らしいよな、そう思わないか?


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