機械知性体たちの即興曲 メニュー

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□第五日目/深夜

七〇八号室・寝室

キョン        「……がー」
みくる        「すぅ……すぅ……」
あちゃくら  「むにゃ……」
ちみどり    「……くー」

にゃがと    「…………」(モゾモゾ)(キョンの顔のところまで這いずる)
キョン        「がー……」
にゃがと    「(ヒソヒソ)……起きて」(ペチペチ)
キョン        「……ん?」
にゃがと    「(ヒソヒソ)静かに」
キョン        「(ヒソヒソ)……なんだ?」
にゃがと    「(ヒソヒソ)話がある」

 

 

七〇八号室・居間

キョン        「……あれだけ寝たのに、まだ眠いとは」(にゃがとを頭の上に乗せながら居間へ)
にゃがと    「無理もない。そうとう神経を使っていたはず」
キョン        「そうだな。うん。意外と繊細なんだよ、俺」
にゃがと    「……そうは思えないが」(頭の上から覗き込むように)
キョン        「……けなすのか、慰めるのか、どっちかにしてくれるか」

キョン        「……今日は来ないのかな。周防の奴は」
にゃがと    「わからない。しかし、来ないような気がする」
キョン        「気、ねぇ」(にゃがとを頭から下ろして、あぐら座り)

にゃがと    「そう。周辺環境からの推測される確率ではなく、そういう気がする、と感じる」
キョン        「やっぱり、少し違うのか。いつものおまえとは」
にゃがと    「違う。認知レベルは、おそらくあなたたちヒトとほぼ同レベルに低下している。
                    通常使用する、さまざまなセンサ、または計測プログラムは使用できない」
キョン        「不便だと思うか」
にゃがと    「感覚が制限されている現状を、不便とは感じない。

          ただ、すこしだけ戸惑っている。慣れてないから」
キョン        「ふむ」


 しばしふたりで並んで座り、暗い部屋の部屋の中から月夜を見上げている。

 
にゃがと    「(キョンを見上げて)……だっこして」
キョン        「……ああ」(にゃがとを抱きかかえ、あぐらの上に)
にゃがと    「にゃう」
キョン        「……その声も、もう慣れたな」
にゃがと    「つかまれると自然と出る。意識はしていない」
キョン        「朝倉だったか。本性が出るとかいってたな。それがおまえのほんとうの姿ってことか」
にゃがと    「……さあ」

キョン        「それで。話ってなんだ」
にゃがと    「……これからのわたしたちのこと」
キョン        「ああ。聞きたいことだった」
にゃがと    「……幼児化は、ある程度のところで進行は止まると思う。そう診断されたらしい」
キョン        「それはいい話なんだろ?」
にゃがと    「たぶん」

にゃがと    「幼児進行化がここまで進んだのは、ウイルスの除去が結局万全ではなかったということなのか。
          それとももうひとつの力の影響なのか。それは思念体でも不明と説明された」
キョン        「今日、会ったおまえの仲間の話か」
にゃがと    「そう」

キョン        「もうひとつの力の影響ってのは……やっぱりあいつか」
にゃがと    「そう。涼宮ハルヒの世界改変能力」
キョン        「判断ができないのか。どっちのせいなのか」
にゃがと    「天蓋領域の情報操作の原理は、いまだに理解できていない。
          同様に、涼宮ハルヒの力の解明も進んでいない。
          つまり、どちらの力も、我々ではどのように影響しているのか判別がつきにくい」

 

キョン        「とにかく、これ以上お子様にはならないってことなんだろ? いいことには違いない」
にゃがと    「そう」

キョン        「……で? 周防の目的はおまえたちの――」
にゃがと    「コア、と”この世界の我々”は呼んでいる。我々端末たち一体ずつが、それぞれ保有している。それが目的」
キョン        「それって、どんなもんなんだ?」
にゃがと    「言葉で説明するのは難しい」
キョン        「なんでもいい。俺でもなんとなーくわかる程度に噛み砕いて教えてくれ」

にゃがと    「……本来なら、それは、我々インターフェイス……つまり、翻訳機としての中枢を司るものだった。
          普通なら解りあえない、あなたたちヒトと、我々の主ともいえる情報生命体。
          その両者をつなぐために、少しずつ手探りで求め続け、永い時間をかけて形作られたもの」
キョン        「……よくわからんな」
にゃがと    「情動受感システム、とも呼ばれているものもそのひとつ。
          つまり……(しばらく考えこんで)……相手の感じていること、思っていること、考えていることを、推論するシステムのこと」
キョン        「相手の考えを理解するのか」

にゃがと    「たとえば……たとえは悪いが、あなたからするととても気になるアリがいたとする」
キョン        「アリ、ねぇ」
にゃがと    「これは、ひとつのたとえ。あなたは、アリのことを理解したいと思い、アリそっくりのロボットを作り、彼らの中にそれを投入する」
キョン        「……ふむ」
にゃがと    「アリの世界の中で、あなたの作ったロボットは、最初はうまく機能しない。
          それは姿形もそうだが、彼らの行動や、その意味が、あなたもそのロボットにもよくわからないから。
          何度も何度も失敗し、しかし観察を続けていくことで、アリたちの行動様式の意味を少しずつ理解できるようになる」
キョン        「……そういうことを、おまえたちも繰り返してきたってことなのか」

 
にゃがと    「そう。とても、長い時間をかけて。少しずつ、あなたたちの行動の意味を理解していった」
キョン        「長い時間、ね」
にゃがと    「最初に、この部屋であなたに説明したときにも、そういったと思う。
          ”人類が誕生して以来、我々はあなたたちを観測していた”と。
          今日、出会った仲間、思索派端末は最初期に作られた最後の一機」
キョン        「気の遠くなる話だな」
にゃがと    「同期システムは確かに存在するが、しかし、それをするためには”最初の行動”を起こした存在がいなければならない。
          結果だけを都合よく得ることは、パラドクスの関係上、不可能」
キョン        「……それで?」
にゃがと    「そのように、あなたたち地球人類に対する観測と観察は続けられた。
          あなたたちが笑う。そのたったひとつの表情の意味を、我々は真剣に考えた。
          あなたたちが泣く。その涙の意味を、我々は不可解に思った。
          あなたたちが怒る。その激しい表現に、我々は戸惑った。
          そして……」(ひざの上から振り返り、キョンを見上げる)

にゃがと    「人が、人を愛する、という行為の意味を――ずっと、ずっと知りたいと願っていた」

キョン        「愛……」
にゃがと    「こういうことをいうと、あなたは照れ隠しでごまかそうとする傾向がある。間違ってはいないと思うが」
キョン        「その姿でそういうことをいわれてもだな」
にゃがと    「別に、男女間の恋愛関係だけをいっているのではない」
キョン        「……まぁ、いろいろあるだろうけどさ」
にゃがと    「人が、他者に対してなにかを、それこそ自分の身を投げ出すようなことすらしてでも、与えたいと考える。
          動物にもそのような行動様式が見られることもわかっているが、やはり人は……人間は違う。
          家族や、友人や、いや人以外にさえも、同様のことを為し得るケースがあることを、我々は知ってる。
          時には、機械や道具といった無機物にさえも」
キョン        「…………」
 

 

にゃがと    「とても、不思議に思う。その根本的な解析は無理ではないかとさえ思われていた。
          それでも、我々はあなたたちを知りたいと考え続けてもいた。
          あきらめず、ただひたすら求め続けた、このような考察の蓄積。その末にようやく生まれたもの。
          それが宿るものこそが、コアと呼ばれる我々端末の中枢。それは我々にとって、とても大切なもの」

キョン        「(しばらく考えこんで)……それって、もしかすると」
にゃがと    「なに?」

キョン        「いや。思ったんだが、もしかしたらそれは……心とか、魂とか、そういうもんじゃないのか」

にゃがと    「……よくは、わからない」
キョン        「それを知りたい、と願ったそのものだ。それこそが心じゃないのか」
にゃがと    「……心」
キョン        「この国はな。万物に魂宿るという考え方があるんだとさ。おまえたちにだって、俺たちと同じもんが生まれても、俺は驚かん」

                  (にゃがとの頭をくしゃくしゃに撫でる)
にゃがと    「……にゃう」
キョン        「……こういう反応をするのも、心があるからとかじゃないのか」
にゃがと    「これは……違うと思う」

 
キョン        「で、その天蓋さんとやらは、おまえたちの大切なものを、どんな手段を使っても欲しいと」
にゃがと    「おそらく。彼らは、人類、または有機生命体という存在に対しての理解度は我々よりはるかに劣る。
          この世界にアクセスした時期が、我々よりも相当遅れたから、というのが理由のひとつ」
キョン        「……ふーむ。要するに、シェア独占状態の業界トップが開発研究してきた技術を、横から掠め取ろうとしている、
            新規参入企業の産業スパイという感じなのか」
にゃがと    「……あなたのたとえには情緒がない」
キョン        「……正直、申し訳ない」

キョン        「もし、それを渡したらどうなる?」
にゃがと    「わからない。ただ――」
キョン        「……ただ?」
にゃがと    「わたしという個体は、完全に消滅してしまうと考えられる」
キョン        「……そりゃ、どんなことをしても渡すわけにはいかんな」
にゃがと    「……思念体は必ずしもそうは考えていないかもしれない」
キョン        「どうしてそう思う」

にゃがと    「……わたしは、数多く作られた端末の一機に過ぎないから」

 

 

キョン        「そんなことは俺がさせん

にゃがと    「?」

キョン        「周防にはなにもできんかもしれん。おまえたちにだって本気を出されたら、俺でなくても、人間は相手にはならんだろうさ。

                    でもな。おまえたちを作った親、思念体たちがおまえたちを見捨てるようなことは絶対に許さん」

にゃがと    「……親」

キョン        「そうだ。形はどうあれ、生んだものと、生み出されたものの関係は確かにあるんだ。それが、どんな理由だろうと見捨てるなんてのは……。

                    それに、俺は一度、おまえたちの親玉に伝えたことがあったよな。長門。おまえに託した伝言のことだ。覚えてるか」

にゃがと    「……覚えてる」

キョン        「それを、実行するぞ。もちろん向こうは覚えてるだろうよ。だから、おまえを見放すようなことなど、できないはずだ」

にゃがと    「…………ありがとう」

 

ひざの上に抱かれて静かになるにゃがと。

だいたい十分後。

 

キョン        「……結局、おまえたちは元には戻れるのか」
にゃがと    「……戻ることは、できる」
キョン        「どうやって」
にゃがと    「結局、天蓋領域にせよ、涼宮ハルヒの力にせよ、その影響力の除去は我々ではできない。
          つまり、今の状態から、この予想されるふたつの力の影響を無効化して修復することはきわめて困難」
キョン        「……それじゃあ」

にゃがと    「……思念体は、我々を再構成することを検討している」
キョン        「? じゃあやっぱり治せるんじゃないか」
にゃがと    「治せる……元のわたしの状態には」
キョン        「あ、ああ……? それなら……?」

キョン        「……それはあとどれくらいかかるんだ?」
にゃがと    「当初の修復完了予想日、つまり一週間後。今が五日目になる。明後日の夜には」
キョン        「それまで、おまえたちを守ってやってればいいんだな?」
にゃがと    「…………」 (ピョコンとひざから降りる)
キョン        「長門?」
にゃがと    「……それでいい」(トテトテ)

 窓際まで歩く長門

 

にゃがと    「もうひとつ。気になることがある」

キョン        「なんだ?」


にゃがと    「……もし。もしも涼宮ハルヒの力が、今のわたしをこのように幼児のような状態で固定化しているとしたら」
キョン        「ああ」
にゃがと    「その理由が知りたい」

 

 

にゃがと    「彼女の中で、わたしたちがどのように捉えられているのか。どう考えられているのか。
          そういう思考の中に、今のわたしはいるのかもしれない」
キョン        「……あいつの考えてることなんて、この地球上にひとりもいないんじゃないかと思うがな」
にゃがと    「彼女が他者のことを思い、考える機会は、初めて出会った頃よりも多くなってきていた」
キョン        「そうか?」
にゃがと    「あなたは照れ隠しで本音を言わないことが多すぎる。反省するべき点」
キョン        「…………」

にゃがと    「昨年の文化祭のときもそう。映画の撮影ではいろいろあったが、しかし、その直後から、
          彼女の思考は緩やかに変調の兆しを見せていた。
          軽音楽部の上演中止の危機に対して、涼宮ハルヒは、負傷した部員たちのために行動を起こした。
          わたしを誘(いざな)って」
キョン        「……ああ。そうだったな」

にゃがと    「そして、今年に入ってから。あなたと、中学生時代の友人。佐々木という女性に対した際の、
          彼女の心理的な動揺は、彼女に対する観測史上、初めての見ることができたパターンだった」
キョン        「あれはな……いや、ほんとに……古泉もなんかいっていたが」
にゃがと    「別にあなたと佐々木という女性の、昔の交友の事実を指していっているのではない。
          彼女が真に動揺したのは、自分以外の人間が、自分とは違う時間を生き、自分とは違う人々とのつながりを持った、
          まったく別の、そして自分と同様の人であると認めた、ということ。これはとても大きなことだった」
キョン        「……そんなの、誰でも……思うことだろう?」

 

 

にゃがと    「それは、人が成長する中で自然と理解していくものなのだが、しかし彼女は違っていた。
                    その力の故なのか、それとも性格の問題なのか、彼女には他者が自分と同等の価値を持つ存在だということを、
          把握する力が弱かったと思う。傍若無人な振る舞いが散見されたのは、そういう影響がとても強い」
キョン        「最近はいくらか丸くなったがな」
にゃがと    「そこ。彼女が、他者に対する考察、配慮、思いやりを獲得していく中で、この事件は起こった」
キョン        「……?」

にゃがと    「ここにきて初めて、涼宮ハルヒはわたしという、嘘で作られた存在に疑問を持ったのではないか、ということ」

キョン        「……一年以上も一緒にいて、今更なぁ」
にゃがと    「高校生の女性が、ひとりきりで暮らしている。あまり普通とはいえない、わたしの環境設定にも無理があったのかもしれない。
          そしてわたしを形作るパーソナリティ。寡黙で、人付き合いのよくない、そういう人格設定。
          その諸々を彼女が意識したとき、彼女の納得のいく世界が少しずつ作られていくとしたら」
キョン        「……おまえのために、一から、作り直してるってのか。今」

にゃがと    「わたしという存在を、幼少期の頃から、想像し、創造している――天蓋領域の介入によって幼児化したこの世界に同期して。
          その可能性が、ある」
キョン        「そんなアホな……」
にゃがと    「そして、弱体化したわたしを守り、育てる存在。親というもの。つまり、あなたと朝比奈みくるが配置された」
キョン        「……ずいぶん手近なところから選んだもんだな」

にゃがと    「……推論でしかない。でも、もしかしたら――
          わたしにこれまでなかったものが、今、この事件の中で、彼女の手で補完されているのかもしれない」


―第六日目/朝につづく―

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