『第1章』
 
 
 涼宮はどうせ俺のことなんて知らないんだろう。
 隣のクラスで、廊下ですれ違っても目も合わせないどころか肩がぶつかりそうでも避けよう
ともしない。そんな行為は可愛い面した女子にはよくあると言えばそんな気もするけど、あい
つの場合は他のそれとは少々違うような気がしたんだ。
 
 存在を知ったのは高校入学から少し時間がたってのことだった。
 始めは存在を知ったと言っても涼宮と言う名前のみを小耳に挟んだと言うか小耳を一度風が
撫でたほどの事で、それ以外は顔も知らなければその涼宮って名前さえも聞いては忘れると言
う感じで、当時の俺にはどうでも良いことだった。
そんな事より何故俺は高校に通っているのか、この高校でよかったのだろうかと将来の夢や
希望も持てないままで流されるままにココにいる自分が不愉快でしかたがなく、俺はどちらか
と言えば孤独を愛する人間だし、と言えば聞こえは良いが、実は入学前にこの地域に引っ越し
て来たばかりであったので中学時代の友人はおろか、地理にも疎く、最近ようやくまともに話
をするようになった相手と言えば、下宿先のおばさんぐらいのものだった。そこで、暇な俺は
先の青春真っ只中のような自問をいつも持ち歩くことになっていたわけだ。
 かと言って、地元に帰れば中学時代の友人達がわんさか押し寄せるなどと言うことは決して
ないと言い切れる所に俺と孤独との愛の絆の深さを連想していただけたら幸いである。
 
 俺の学校生活と言えば始業のチャイムギリギリに教室に入り、終業のチャイムと同時に帰宅
に向かうのが日常であり常識。それは中学時代から変わらない。高校に入って変わったことと
言えば、授業の合間の休み時間もお昼休みも放課後も、と、俺が要求する以上に愛する孤独と
イチャつく時間が十分過ぎるほど出来てしまった、と言う実家の親から見たら涙を瞳に溜めて
くれそうな学園ライフが待っていたことぐらいだろうか。
入学始め数日こそは真面目に始業15分前には登校し、そのころは見知らぬ俺に興味を持っ
た猛者が話しかけて来たが、何がいけなかったのか、俺と孤独のラブパワーに恐れをなしてか、
一人きりの時間を邪魔されることがなくなるまではそう時間がかからなかったように思う。
ポケットに手をつっこみイスにもたれながら窓の外を眺めたり、壁の端を眺めたりする行為
はとても心落ち着くひと時ではあるが、他人様からはかなりとっつきずらい奴に見えているの
だろうことは、当事者である俺でも最近は想像できると言うもの。
そんな俺の孤独ライフ全開の学校での楽しみと言えば、休み時間となれば否応無しに入って
くるクラスの連中の馬鹿話しだったりするわけで、これは言わば聞き耳を立てていると言う事
にもなるが、俺にも耳と言うものはある。拒絶しても聞こえてくるものは仕方がない。
 その話題のほとんどはどうでも良い話で、聞いていてもついていて行けないと言うか、テレ
ビもあまり見ない俺には知るはずも無いことばかりなので記憶に残ることもめったにないのだ
が、さすがにあの事件だけは聞き逃す訳にはいかなかった。それは入学してまだ間もないころ
の話だ。
 
 
 バニーガール姿でビラ配りをして職員室に連行された女子生徒がいる。
 
 だいたいクラスの雰囲気も出来上がり、それぞれがそれぞれのポジションを各自わきまえつ
つあるような、言ってみたらビックバンの勃発から銀河系がやっと形作られた時期と言った所
だろうか。クラスが銀河系なら俺たちはさしずめ銀河を構成するその星の一つ一つである。
 と、それは例えが綺麗すぎるが、言うなればそんな感じだろう。そんなある意味不安定な時
期に先のバニーガール事件は起きたのだ。まさに、誰を蹴落とすか心の隅で競い合っているよ
うな時期でもあったためかその事件の噂は瞬く間に広がっていった。当然、俺のクラスの事件
記者とも呼ぶべき噂好きな奴らには格好のネタだったらしく、その噂好きたちの下品な感性の
おかげでボケッと一人で学園ライフを送る俺の耳にもバニーネタが入り込んで来たわけだ。
だが、なんと言うか、オヒレハヒレを付けすぎたお昼のワイドショーの如くで、学校でバニ
ーなんていささか話が大袈裟すぎるだろう。と俺には"ある女子生徒の小さな失態"をニヤケ
顔で話している印象しかなかったね。
が、実際には、これがお昼のワイドショーネタでも嘘でも拡張した噂話でもないことを俺も
知ることとなるのだが、それはまだまだ先の話だ。一般常識から言えば学校で生徒がバニース
タイルに自ずからなるなんてことは考えないだろう。その当時は俺もそう思っていた。
これって普通だよな。
 
 
 
 
― 学校でバニーガールって。そんな噂されたらその女、学校辞めちまうぞ。
 
 顔も知らない噂の対象者にそんな同情をしつつも、健康な男子生徒ならこの話に興味を持た
ないわけがない。俺もいたって自然で健康な青春を持て余す男子高校生であるわけで、どうせ
何かの間違いには決まっていると思いつつも、話の内容はスジが通っておりそれはそれで疑う
余地が無いどころかその証拠のチラシまであると言う手の込んだ話だった。
 チラシはあってもバニーはないだろう、人気を得たいならもう少しマシな嘘をつけよ。
 そう思い窓の外を眺めながらも耳は奴らの話に釘付けだった。どうやら奴らの話では校内バ
ニーガールは二人いたらしく、一人は上級生でキュートなお顔に似合わぬエロバディーの持ち
主、もう一人は同学年でこれまた素敵なスタイルの超美形って話だ。その同学年で超美形って
のは涼宮って名前で、どうやら隣クラスにいるらしい。
このとき俺は始めて涼宮と言う名を聞くことになったわけだが……。
 
 俺もついつい興味にかられて次の休み時間になると隣クラスに、なんとなく、それとなく、
怪しまれない程度に、きっとスケベ顔で教室前まで行って中を覗いたりしてみたが、どうやら
それらしい女はいなかった。
 
 
 超美形と言えば髪の長い女が居たが、涼宮と言う超美形の女は肩にかかる程度のボブカット
だと言う情報だった。それに、髪の長い女は女子に囲まれて笑顔を振りまいていて、その仕草
はどう考えてもバニーガールとは結びつかない。確かに、きっと学年内でも飛びぬけた美形で
はあるだろうが、いかにも優等生的な雰囲気をかもし出していた。
これは違う。直感と言うやつだ。俺のエロセンサーが彼女には反応していない。と言うこと。
つまりは、それ以外の別の誰かと言うことになるのだが、俺は勝手に該当者なしの決断を下し、
噂は噂でしかないと思い込むにいたった。事実無根と言うわけだ。バニー事件など初めから無
かったんだ。
だが、その反面、心のどこかではきっと変な噂を出されてしまったその美少女は、可憐な心
が凄まじく傷つき、実際はどんな格好をしていたのかは知らないが、あの日にあんな格好をし
なければ! と涙に暮れ塞ぎ込み休学しているのかも知れない。と思い込むに至っていた。
それもすべてスケベの仕業だろう。スケベとは抑えられないからこそスケベであるのだから
これは正しいスケベ的な結論であると確信していた。
 それからは気が向いた時に、ってことにしておくが、他の男子生徒よろしく俺も少々淫猥な
妄想に憑依されて校内ツインバニーの正体を確かめようと、休み時間のたびにフラフラと廊下
などに出たりして、その話をしている奴がいたら立ち止まって聞き耳を立てるなどなどの行為
を試みていたが、ある日を境に急速にバニー事件の話は誰の口からも聞こえなくなっていった。
 
 
 
 その"ある日"とは、
 
入学当初と言う手作りアイスが固まっているのかいないのか、持ち手の棒を引っこ抜いてみ
るまではわからないような時期だけに破壊力も倍増されたと思われるが、実は、我が学年には
それ以外にも別の事件が立て続けに2件も起きていた。
 
 俺の価値観から言えば、バニー事件と比べるとこれが事件と騒ぎ立てて良いのかは分からな
いが、同級生が一人増えたり一人減ってしまうと言う事は俺の周り、と言うか、俺以外の奴ら
にとっては十分に事件だったようで。そう、それは転入生(男)と転校生(女)事件である。
 この2つの事件が盛り上がった理由としては、その事件の当事者達のおフェイスなるものが
多いに関係していたことは否めないだろう。
聞きたくもないかも知れないが、その2つの事件の一つ目はと言うと、なんて言うか古泉だ。
 
古泉とは男子生徒で、この時期に同じ学年に突然転入して来た怪しい奴だ。俺が言うこの時
期とはバニー事件の直後にってことだ。そのおかげでバニーガールズの足取り情報も急激に減
ってしまったわけさ。俺にとっては何処までもマイナスな存在だとも言える。
 なんせ奴はさわやかな笑顔、しかも成績優秀でスポーツもそつなくこなせスタイルも良い。
育ちもなんだか良さそうで俺とは真逆と言うわけだ。これでは女子のみならず男子にも注視さ
れるのがわかる。
 
「なんだ?こいつは俺と同じ人類か?」
 
 そう思った男子生徒は多いだろう。劣等感とか嫉妬心とかそんなもんじゃない。
 同学年男子の間では『一緒に並んで歩きたくない男子投票』などしたら間違いなくベスト3
には入るイケメン要素を惜しむことなく取り入れた奴、それが古泉だ。
 しかも突然の転入だ。
 アイドルが突然学園に来たのと同じぐらいの注目度と関心が注がれたわけだからな。しかも、
その期待を裏切らないあの立ち居振る舞い。正直ムカつく。
 ムカつくがきっと何も適わないので俺は無視を決め込んでいると言うわけ。
 
 
 
 さて、もう一つの俺のバニー捜査の妨げとなった不幸な事件はと言うと、第一弾の古泉転入
事件により大多数を失ってしまったバニー捜査官だが、その後も公には姿を現さずスパイのご
とく情報を追い求めていた強靭なエロスを持つであろう同士までもが、この日を最後に消息を
絶ってしまったあの事件。
 それは、隣クラスのこれまた可愛い女子で成績優秀、スタイル抜群で清楚な感じのお嬢様っ
て言うのかな。そんな学年で女子にも男子にも人気のあった彼女が突然転校してしまったこと
だ。俺が涼宮って言う女を探しに行った時に見つけた髪の長い超美少女がそれだ。悲しい、と
ても悲しいことだよね。
 こっちの場合は貴重な美女が学年から一人減ってしまった、と言う男子生徒には悔やんでも
悔やみきれない重大ニュースであり、こんなことならダメモトで告白しておけば良かったと思
った奴が何人いたことかわからない。このことからも古泉の転入騒動よりも事件性と言うか話
題性は遥かに高いと思われるが、問題はその転校の仕方にもあった。仲の良かった奴にもお別
れの挨拶一つ無しで、先生も当日知ったと言う事実。俺の周りでは北朝鮮拉致説や親の事業が
失敗しての失踪説やアイドル学校への編入説などが流れた。俺好みの話題で言えばAV出演が
ばれて退学説ってのもあったが、そうであればいずれ俺のエロ情報網に引っかかってくるはず
なのでエロサイトはこれまで以上に要注意だ。これはあくまでも個人的な俺の山として処理す
るが。
 
 
 
 しかし、当然ながらそんな話題に、誰が転入しようが誰が転校しようが俺にはバニーを忘れ
るほどのインパクトはなかった。何故なら、俺の中では学校内で生徒がバニーガールの衣装で
チラシを配るなんてことは、それが本当なら末代まで語り継がれて良い話じゃないのか? と
さえ思えたからだ。もちろん、その度胸をエロい意味で尊敬しますと言うことだが。
それに比べ転校なんて話はあることだ。常識の範囲内だ。来る者拒まず去るもの追わず。そ
れに何よりバニー事件は俺の中ではまだ謎のままだったし、その中身、中身と言っても裸体の
ことではなく、美女って所に大いに執着したい気分でもあったんだ。
 もっとも、バニー事件が大勢の話題から急速に消えていった理由には転入・転校の2件の事
件の他にも、部活動に入ったり友達同士での共通の趣味とやらの話題に花を咲かせたりするの
に忙しい時期を向かえ始めていたからでもあり。つまり、いつまでも真実かどうかも解からな
い他人の珍事に構ってる暇人は俺ぐらいだったのかも。なんせクラスでの俺はめっきり孤独キ
ャラが定着しつつあったからな。
 だけど人間暇な時ってどうしてこう余計なことをしたくなるのか。俺も俺以外のその他大勢
のごとく、噂が消えて行くのと同時に、追いかけても掴めやしない雲の陰にこだわるのはやめ
て大人しくしてたら良いものを、他人からの情報が得られないのであれば自分で探すしかない。
と思ってしまったから馬鹿としか言いようがない。
 足で探すのは捜査の基本だと昔テレビで見たベテラン刑事のセリフを思い出さなくても良
いのに思い出し……。
 
なので、それとなく、やんわりと、人格が疑われない程度で聞き込みをしたのだ。始めは職
員室の先生、やがてそのチラシを受け取ったと言う俺からしてみれば宝くじの3等に当選した
ようなラッキーな生徒への尋問。だが、返る答えは、
 
「・・・いや、なんの話だか。噂だよ、噂。」
 
 ああ、そうね。噂だよね、噂。クソッ、まるでのれんに手押し、ヌカに釘のような曖昧な返
答ばかり。まったくいけ好かない。初めから無かったことのように時間が過ぎるのがもどかし
い。いや、本当に無かったことなのかも知れないが。
 でも、あれだけ騒いだじゃないか。学校にバニーガールで美女だぞ? 火の無いところに煙
は立たないと言うではないか。この学校には健全な男子高校生はもういないのか? いや、違
う。うん、そう、あえて俺は言う、エロスには興味が無いのかとっ!
 
 しかし、火山の噴火により大量に噴出した灼熱のマグマもやがては冷めて行くもの。時の流
れの強固な姿勢にはさすがの俺の青春エロスも勝ち目はなく、やがて俺の休み時間は当初のよ
うにイスに座り孤独とイチャつく日々へと戻って行った。良質な生の情報を得るには月日が結
構たっていたこともあったが、校内バニーガールズ事件への俺の執拗な捜査状況に対して不本
意なニックネームが影で囁かれていたことが俺の捜査官魂をヘコませたと言えなくもない。
忘れたい記憶だ。その名もストーカー君。
 その時期は流石に女子の俺を見る目がまるで痴漢でも見るような目と言うか、明らかに会話
や住んでいる家の住所やメルアドなどを聞かれないように警戒してたように思えた。
 確かに俺のバニーに執着する精神状況は変態のレッテルを貼られても仕方ないとは思うが、
ストーカー君とは。さすがに少しグレたぜ。
 
 
 とにかく、
 
 俺の価値観とまったく違う価値観を持つ奴らが集う学校に入ってしまったのは間違いだった
と嘆きながらも、バニー捜査で聞き込みまでもしてしまう自分を押さえられなかったのは若さ
の行ったり来たりと言うか俺には当然だったのだが、どうやらこの学校の連中にはそうでも無
いらしいことを悟り、いつまでもストーカー君なんて呼ばれては彼女も出来ないだろうと。
彼女どころか俺の触った紙切れさえばっちいものでも扱うような仕草をあからさまにする女
子まで現れていた状況を考えると捜索は断念どころか、俺自身消えてしまいたい状況にまで追
い詰められていたのは否定出来なかったね。女は残酷な生き物さ。
 
 その後は、いくら聞き耳を立てようと聞こえて来るのは相変わらずの他愛の無いテレビや趣
味の話題。少し変わった事と言えば可愛い女子、イケメンな男子、ヤバイ先輩、怖い教師、賢
い奴やら馬鹿な奴やらの噂話が噂話ではなく真実に近い情報になっていったことだろうか。
 俺は、あのバニー事件以外では深入りは身の破滅とばかりに大人しく過ごすことに徹しなが
らも、多少この手の甲の感じと言うか指かな? その辺りがセクシーな感じであると誰かが言
っていないかな? なんて妄想し、毎朝下駄箱の中にラブレターが入っていないかな? など
と言う一昔前のエロ丸出しストーリーを想像しながらも多分、他人様からは大多数の一人的な
存在だろうと思われるので嫌われてもなけりゃ好かれてもいない、そんな感じで俺のことは気
にしないでいてくれ! と誰にでもなくいつしか願うような毎日でもあった。
 
 平穏に過ごしたい。ただそれだけ。
 
 その願いが誰かに通じたのか、バニー事件により起きた俺の不幸な船出の学園生活を皆の記
憶からほぼ完全に忘却の彼方へと吹き飛ばしてくれたのは、俺にとって退屈を極めるような夏
休みで、それが終わった後の新学期は小川のせせらぎのごとく静かに流れてバニー騒動も転入
生・転校生騒動もすべては過去の思い出にもならない昔話のような風に皆が吹かれていた。
 
 そんな安らかな季節の到来を妨げたのは体育祭だ。
 
 
 俺はこう言った強制的な学校行事と言うのは苦手、いや、大嫌いだった。
 夏休みの間に再編成されたであろう仲良しグループや部活で頭角を現し始めたスター達は忙
しくも充実を感じているかのようだったが、船出をしくじった後悔と天性の不精から来る俺の
性格的な問題もあるのか、部活にも参加しないまま孤独を愛するスタンスを貫く俺は言ってし
まえばクラスでは腫れ物的な扱いを受ける存在にまでなっており、ストーカー君から比べたら
ずいぶんと昇格したものだ、と自分では満足していた。……が、実は空気と言ったほうが良い
かもしれない。それでもストーカー君よりはマシだ。少なくとも犯罪者ではないからな。
そんな位置に存在する奴が仲良し大会のようなイベントに参加する際の悲惨な状況は想像
しなくとも理解できると言うもの。ましてや、運動部の連中の実力を校内に見せ付けるために
あるようなこの体育祭とか言うものに俺が、この俺が身の程も知らずに興味を示すはずもなく、
当日はお約束道り欠席の予定だった。
しかし、どうやらこの高校にはクラブ対抗リレーとやらの変り種協議もあるらしい。
学校行事は嫌いだが、それをパロッたような逸脱感には興味をそそられた。さすがに高校の
祭りは違うなぁ、と頬を多少緩めたのはその部活がその部活の格好でリレー等をすると言う、
言わばコスプレリレーのような追加情報を知った時だった。
 
 目的は女子の参加している運動系の部活。
 チラ見だが、そう言えばあの先輩もあの先輩も可愛いかったもんなぁ。
 あの先輩も捨てがたい。
 そんなヨコシマな理由全開で参加はしないが当日の欠席は取りやめたのだった。
 
 
 
 
― で、当日。
 
 
 何とも、運動部こそもゴボウ抜きする奴らがいるリレーを見た。
 ただハレンチな気持ちでしか見ていなかった各競技であったが、さすがの俺のエロパワーも
その光景の前ではぐんにゃりとナリを潜めた。それはまさに別格だったと言えた。
 格好はなんとも形容しがたく、ハッピにノボリを背中に背負っての登場だ。誰もが意表を突
かれたに違いない。唖然とその間抜けなハッピ姿でノボリを背負う連中を俺は見ていたわけだ
が、少々冷静になってお顔を拝見していると遠目からで自信はなかったが知ってる様な顔の奴
がいた。あれは同学年では女子の人気ベスト3に入る古泉じゃないのか?
 頭に巻いてる鉢巻には何か書いてある。なんだあれ? 遠目でよく見えないが四文字熟語ら
しい。何やってんだアイツ、なんと言うピエロ、古泉!
 意味も無く憤慨する俺の視界の中には有名人古泉の他にナイズバデイーで少々トロそうな
感じをかもし出すロングヘヤーの女と、ひょろっとした何処かで見た覚えのあるような男。そ
して、ショートカットで大人しそうだが身体バランスが良いのか背筋の伸びた割と可愛い系の
女と、肩までの黒髪で気が強そうな雰囲気と言うか単に威張った感じと言うか区別のつきにく
い目立つ感じの女がいた。
背中に背負ったノボリには『SOS団』と書いてある。
 
 レスキュー部隊か何かなのか?
 それにそれぞれが頭に巻いている鉢巻に書かれた四文字熟語みたいなのは何だ?
 変な宗教団体かこれ? 
 何かの特別クラブかな? この体育際のための救護活動専用部隊とか。
 まさかな、救急室は設けてあるしそんなわけの分からない活動はないだろう。
 
 
 
 俺の2メガバイトで1000メガヘルツ程度の思考回路が数多のクエスチョンマークを処
理するのに軽くビジー状態になりそうなことなど奴らには関係なく、クラブ対抗レースは運動
部の連中をあっけなく負かしての堂々1位入賞とは恐れ入った。
 あの格好でよく走れたものだ。特にショートカットの女と動きが高飛車な感じの女2人は別
格の早さだった。あの高飛車な動きの女、髪は肩までのボブか……。まさかな。
 一瞬半年も前のバニー事件の犯人像が脳裏に浮かんで来たが、それよりもこの体育祭、クラ
ブ対抗リレーの正直有り得ない展開に俺の興奮は冷め遣らず、粛々と進行する競技に苛立ちさ
え覚えている自分を抑えるのに必死だった。
何で他の連中は気にならないような態度しているんだ? 注目すべきはあの5人だ! 凄
かっただろうが。
 またも俺の価値判断を他人と比較しその違いに戸惑いを覚える思春期真っ盛りであったが、
やがてその『SOS団』の輪の中からひょろっとした見覚えのある男は運動場の隅へと一人向
かって行った。向かった先には2人、谷口と言う男とキノコ頭の男がいた。
 
 俺は、谷口なら知っていた。
 
 
 
 泣いた笑ったの体育祭の競技日程も時間の経過と共に終わりを向かえつつあったが、暇を持
て余す俺の頭から離れないのはSOS団のことだった。このままではまたバニー事件と同じく、
俺は何も掴めないままこの頭の中を支配している興味の対象を曖昧で、適当な自分なりの結論
をつけて失ってしまうのではないか。行動も起こさず眺めているだけで本当にいいのか。など
など考えた末、一応念のためクラスメートをとっ捕まえて『SOS団』とは何なのかを聞いて
みることにした。が、返る答えは
「良く分からない」
「関わらないほうが良い」
「変態の集団」
「近づくと不幸になる」
 と言った感じで的を得ないと思われるものばかり。
 この数少ない情報と先ほどの彼らの風変わりな格好から連想するにお笑い研究部かな?
 そんな俺なりの推理をしつつも、結局は誰に聞いても反応は先と変わるものではなく、つま
り、どうやら名前自体は誰でも知っているがその活動実態は謎に包まれているらしいことだけ
が判明した。謎だと知れば余計に興味が湧くと言うのが正しい好奇心と言うものだ。
 俺のクラスの連中や気が弱そうな奴らからの話だけではあのお笑いパフォーマー集団と思わ
れる『SOS団』の真実には遠いと判断した俺は、こうなれば仕方ない、一応顔だけは知って
いる程度だが、あの谷口と言う男に直接聞いてみることを思いつき、奴がクラスメートなどか
ら孤立した瞬間を襲撃することにした。
 
 
 
「はぁ、お前知らねぇの?」
 
 第一声がこれ。ムカつく。この谷口と言う男はムカつく。見た目道りのイヤな奴だ。
 お前にお前呼ばわりされる筋合いはねぇぜ。
 確かに俺と谷口はなんとなく生意気そうな奴が隣クラスに居るってことぐらいでその名前を
知っているだけの存在であった。それはお互いそうだろう。いや、奴は俺の顔は知っていても名前までは知らないかも。あぁ、ムカつく。
なんだか「俺はお前よりも格上だ!」と言わんばかりのその態度。
 俺は「SOS団ってなんだ?」って聞いただけじゃねーか。こんな心の汚い奴がこの世に存
在していたなんて。てめぇの下品なナンパ話は噂だぜ! タコ! もう我慢できねぇ。青春な
んてこんなものだ。舐められたら終いなんだよ。こいつの顔面をこのコンクリート製の校舎に
叩きつけて2度とそんな口利けなくして……、
 と、その時、
 そんな俺と谷口の一触即発の空気を察知したのかやんわりとした口調でその場に居合わせた
キノコ頭の男が、喧嘩を始めた園児を見つめるような瞳で俺と谷口を交互に見ると、困惑した
中にも愛情と言う名の微笑みを含んだような表情で口を挟んだ。
 
 
 
「SOS団ってのは、うちのクラスの涼宮さんが作ったクラブだよ」
 
 涼宮? 聞いたことがあるような名前だが……。俺はすっかりその名前を忘れていて、バニ
ー事件に結びつけるどころかさっきの連中の中のどれが涼宮なんだ? と心の中で小首を捻
った。谷口は「なんでこんな奴に教えるんだ!」と言う形相でチラリとキノコ頭を睨んでいる。
まったく心から下品な発想を持つ奴だ。カスめっ!
 しかし、キノコ頭の男はそんな谷口の視線を知ってか知らずか話を続けた。ひょっとしたら
谷口のアイコンタクトなど気付いて無いのかもしれない。
 
「さっきのクラブ対抗レースは見たかい?」
谷口の熱視線は軽く頷いた俺に向けられている。
「あそこにいたのが団員の皆さ。5人居たでしょ。女子3人、男子は2名。男子は9組の古泉
君と僕達と一緒のクラスのキョンさ。女子は小柄で可愛い感じの髪の長い女性が1学年先輩の
朝比奈さん。そして、凄かったね、あの運動部をゴボウ抜きしたのが文芸部の長門さんだよ。
最後、元気一杯レース後もその輪の中心で偉そうにしていたのが涼宮さんってわけ」
 
 その後もご丁寧にキノコ頭は涼宮とは同じクラス、長門は文芸部だがすでにSOS団団員で
もあって、同学年だが無口だから話をしたことは無いだとかを教えてくれた。
 このキノコ頭の男の口調はなんだか柔らかで聞きやすいな。
 と、俺の心が天使の微笑みを復活させそうな暖かさで包まれていると言うのに、そのキノコ
頭の隣でますます今にも噛み付きそうな野良犬の目つきを剥き出しにしてこっちを睨みつけ
ている谷口のアホ面は臨戦態勢そのものだ。
俺がもし、その『SOS団』に対してくだらない事を一言でも言おうものなら、即ぶん殴っ
てやる! と言わんばかりの迫力が滲み出ている。
 
……まったくアホだ。俺もアホならお前はもっとアホだ。
 
 
 
 なんだか馬鹿馬鹿しくなった俺はまだまだ聞き足りないことがあったのだが「ありがとな」
とキノコ頭に礼を言い帰ることにした。
 正体は先輩が一人混じった同級生の集団で、少々遠目からの目視であったからそのお顔まで
はハッきり確認出来なかったけど、あの雰囲気から受けた印象は美女揃いであることは間違い
ないだろう。名前も聞けた。収穫は十分だ。でも、それだけのことだ。
俺は自分に言い聞かせた。それより谷口の馬鹿の挑発が内心イラついてイラついて仕方なか
った。
 しかし何だ? 谷口って奴は。自分が所属しているわけでもない部活の事で怒っているよう
に思えたが何かあるのか? それは考えすぎだろうか。いや、待て。
エロでは定評のある奴のことだ、SOS団とやらに好きな女でもいるのか? と言う事は、
雰囲気だけの美女揃いではなく間違いなく美女揃いではないのか? しかもあの谷口が牙を
見せるほどだとすると超美女に違いない。ハハァ~ン、やはり小者だな谷口よ。俺には今知っ
たばかりのSOS団とやらを馬鹿にする理由はない。つまり谷口はあの中の女子を別の男に取
られることを警戒していたってわけだ。なるほどな。理解したぜ。そう言うことならそうだな、
あの一学年先輩の朝比奈さんとか言ったっけ、彼女を狙わせてもらうかな。
 クックックッ、谷口ィ、先を越させてもらうぞ。俺は年上萌えなんだ。
 と、そんなことを考えながら俺は学校を出ることにした。捜査は明日からだ。
 歩を進めるごとに学内の歓声は街の喧騒がかき消していった。
 

~第1章終わり。第2章へ。

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最終更新:2009年11月26日 01:08