ハルヒの答え

「あなたのみ、オケから引退しなさい」
ハルヒはクラリネットを佐々木に突きつける。行為と意味が反転する。

「で、予定通りこの場所に残りなさい。

あなた一人のために、オケを壊すわけにはいかない」
この場所…すなわち病院。

「わたしたちには佐々木さんが必要なんです」


橘が奇声を上げる。
「ずっとあこがれてたのに、佐々木さんがいてくれる、

 

やっと一緒に音楽を作ってくれるって思ってたのに」

藤原が狂ったように笑う。
「ふっふっふ、あっはっは、あは、そうだよな、そうなんだよな、神は死んだんだ」

 


九曜は無表情にフルートをハルヒに突きつける。

…もう音楽はできない、という意味。

混乱する、佐々木団を作るはずだった面々に、

ハルヒはしっかりとした声で言い放った。 



「神なしに、神の前に、神とともに生きなさい」


レクイエム

「くっくっ、分かってる。あなたは涼宮さんを選ぶんだよね」
得意の、リスのような鳴き声。

「キョン、ジョンの元々の語源はね。ヘブライ語のヨーハンナーン、『神は慈悲深くあった』という意味なんだよ。 ちなみに、スミスの語源は古典英語のスメイサン、鍛えるとか、鍛錬(たんれん)するとかいう意味なんだ。キミは慈悲深く、僕はずっとがんばってきたけど、もう、終わりさ」

そして、佐々木は胸にかかっていた独立十字をこちらに向ける。※

Mon Dieu, mon Dieu,
pourquoi m'as-tu abandonne

(わたしの神、わたしの神よ。何故わたしを見捨てるの)

悲壮な歌を歌いだす。意味は分からない。
ただ、それを聞いた橘は静かに十字を切る。

深く、悲しく。暗い歌声。
病院の廊下に残酷に響く。

「Et toi, Eternel, ne t'eloigne pas.
 Toi qui es ma force, viens en hate a mon secours…」

そこまで歌うと、クラリネットを取り、歩き出す。

※独立十字  :ロレーヌ十字と呼ばれる十字架。こんな形→(‡)。フランス独立の象徴である。

旧約聖書・詩編22から

(十字架にかけられた断末魔のキリストの絶望)


わたしの神、わたしの神よ。
なぜわたしをお見捨てになるのか。

なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず
呻きも言葉も聞いてくださらないのか。

助けを求めてあなたに叫び、救い出され
あなたに依り頼んで、裏切られたことはない。



犬どもがわたしを取り囲み
さいなむ者が群がりわたしを取り囲み
獅子のようにわたしの手足を砕く。

骨が数えられる程になったわたしのからだを
彼らはさらしものにして眺め
わたしの着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く。

神よ、あなただけは
わたしを遠く離れないでください。

わたしの力となる神よ
今すぐにわたしを助けてください。

あなたと遠く離れたままにしないでください。
苦しみは直ぐ近くに、誰も助ける者はない。


INRI(十字架の罪)


目の前で未来を取り上げられた佐々木は、笑っていた。
重圧から開放される、という気持ちからだろうか。それでも、笑っていた。

「いや、キョン。それでも、キミさえ近くにいてくれれば、僕は幸せさ」
そういって、病院の奥へ歩いていく。

「そう、闇がなければ、光はない。十字架を背負わなければ、罪は償われない」
黒い棺桶(かんおけ)のような、クラリネットを持って。

闇・終


常識


 

「え?橘さん、※もう夕方だけどおはよう。フランスどう…え?今日本?辞めた?オケは?
え、もう募集かけたの?公募で?…え?違う?内部募集?コンマス無しで、四月から有希をバンドマスターに? そこ、ジャズオケじゃないわよね?機関もとうとう急進派が政権を取った? 抗議でジロンドからボルドーワインが無くなっても知らないわよ。じゃあ室内楽団…へ?違うって?え?ねえ、あなたさっきから何言ってるの?」

※プロに近い音楽業界内では挨拶はいつでもグッドモーニングが決まり事。生活が不規則だかららしい。 
 


SOS団結成

病院。点滴。独立十字。うつろな目。微かに聞こえる、奇妙な残語。
二度とは戻らないかも知れない、その目。

「神は必ず復活します。音楽が残っている限り」
橘さんが、ベッドの横のクラリネットを取る。

「わたしたち、全てを失うかも知れない。でも彼女には賭けるだけの価値があるんです」
あの2人も、しっかりと侍っていた。一人は嫌そうに、一人は無表情で。

「ふん、全く愚かだな。どうせキリストに準(なずら)えなくても復活する。

時期なんて僕にはどうでもいい」
「―――時間が…退屈」

…佐々木さんを迎え入れるため、オケから人連れてジャズバンド結成…

この執念深さにはあきれるところがある。 

 

 


 

まあ、あたしだって、そちらの方がいい。

ずっとあの深い音を聞いていたい。でも。


「でも、それじゃあこの人が苦しむの。そんなの、あたしが許さない」

皆に出会ってから、あたしは変わってしまった。あたしはもう、唯我独尊を押し通せない。
その証拠に、あたしはキョンに負けるようになった。常識的で人間的な、ただの揺れる女の子。

三人の反抗の視線をひし、と感じる。

「わたしたちから、音楽を取り上げるのですか?何回も?」


「…ハルヒ」
親友兼ね次期バンマスがわたしの肩を叩く。一言。

「あなたが代わり、やったら」

みくるちゃんが言葉を続ける。

 


「涼宮さん中心のビッグジャズバンド、とってもたのしそうですよぉ」

にこっと笑って

「それで、みんなで待てばいいと思いますぅ。涼宮さんは、佐々木さんに認められたんですから、ええと、きっと大丈夫だと思いますぅ…ええと、みなくる~みなくる~」

おそらくジャズソングらしい、とっても下手な歌を歌う。皆が笑い、空気が明るくなる。床に付している神童でさえ、笑んでいるようにみえる。


「やる?」
え?ええと…もちろんやるわよ!

 

 

『今が、幸せ』

 


あなた、もう満足しちゃったの?本当にバカね。もっともっと、楽しいことしない?
わたしは満足しない。ずっとずっと音で遊んでいこう。だって、そっちのほうが断然面白いじゃないの。

暗闇が無ければ輝きは存在しない。

 

きっと、あなたが復活したら、もっともっとすばらしい音になるはず。
神の復活を、みんなで待つ。そしてそのとき、あたしが、あなたを迎え入れましょう。

じゃあ、あたしは活動内容未定で名称不明のバンド、色々ちゃんとやらなきゃ…?
ええと、何も決まってないけど、名前ぐらい決めたいわね。

「名前ならある」
有無も言わさず、この親友は言葉を続ける。

「『発表会』のもくじに既に書いてある…Suzumiya Orch Session(涼宮のオケセッション)…SOS団」

数人がずっこける。有希らしく、何のひねりもない。 

神なしに、神の前に、神とともに


いつもの風景

曲目:『ブルグミュラー25の練習曲』

オルガンの上に置かれた、先生との面談予定。

進路は理系に決めたらしい。


こいつは国木田と一緒に猛勉強している。

息抜きにオルガン。新しい、いつもの風景。 


「こら、だから指揮棒使うな!」
幸せな愛、それは本当に確かなことなのか。

理性的で、肯定的なことなのか。

「べ、別に殴りたくて殴ってるんじゃないんだからねっ!」
この世界が二人だけのものになり、他のものは存在しないのも同然、なんてことは。
とても理性的で、肯定的なこと。

「って、最初ッから殴ってるつもりなのかよ!」
幸せな愛など知らないという人には、幸せな愛などないと言わせておけばいいわ。

「まあ、これもアベックの水の掛け合いよ。練習再開!」
一時の気の迷いなんて言うなら、今のキョンのピアノの腕を見ればいい。一度身に付いた技能は、すぐには消えないはず。

「そこでド叩いて…って、どこ叩いてるのっ!そこはレっ!ちゃんとやりなさいっバカキョン!」


例え、あたしがキョンの元を去っても、このピアノの腕は、死ぬまでこいつの腕に刻みつけられる。

「ほらここよここ。何やってるのよ!あぁ、もう、いらいらするわね…もっかい!次間違えたら鞭打ちの上死刑なんだからっ!」

あたしの全てを、こいつに注ぎ込む。
刻みつけるのは、永遠の気の迷い。

「♪~」

 


そして『ジョン・スミス』が、『ブルグミュラー25の練習曲・アラベスク』をノーミスで弾き終わる。
あたしの望むあの、弱っちい、希望の音で。

終止。それを合図に、あたしは後ろから抱きつく。
そして、少し迷惑そうなキョンの、その耳元でささやく。

 


「おつかれさま、キョン」

 

常識・終


 

Fine

 


 


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