・・・・・
・・・



 月日は流れ、彼女と出会ってから僕の年輪は2つの輪を重ねている。中学卒業は間近だ。

 僕は一度落ち着きを取り戻してからは、当初の臆病さの質が変わり、年齢に見合わない思慮深さと慎重さを備えた超能力者として、その立ち位置を明確にしていた。

 周囲はこれを成長と言うが、これを成長と言うなら世の中には新しい辞書が必要だ。成長と妥協という語彙を再定義する必要がある。
 理由も無いのにいつの間にか気にならなくなっていた自分の境遇や『彼女』への憎しみ、それに伴って変わった自分・・・これらは成長と言うよりただの妥協と言った方が的確だ。
 自分は何も成長してなどいない。ただ考えるのを投げ出しただけだ。妥協を繰り返しただけだ。

 一方で彼女はと言うと、こう言うと失礼かもしれないが、何も変わらない。
 純粋に真直ぐで、許容性と弾力性に富んでいて剛胆、それらは出会った頃と変わらない。変わらない上で磨きを掛けている。
 さらに言うと、彼女はあまり妥協を良しとしない。自分の芯はしっかり通す。悪い言い方をするとただの我侭だが、彼女がそれで自分も周囲の人も納得させる力を持っていることを考えるなら、そんな簡単な非難の言葉には集約することはできないだろう。
 彼女を見ていると、年月を経て芯がいつまでも変わらないことこそ、本当の成長と言えるのではないかと考えてしまう。

 こんなくだらないことを考えている僕に対して、彼女は、

「一樹は中学3年でその身長でしょ?あと10年も経てば3mくらいまで成長してるかもしれないね。大きな一樹、見てみたいなあ」

 なんて僕のそれのさらに上を行くくだらないことをくすくすと笑いながら返してくれた。 確かにそれなら成長と言って間違いない。

 彼女はおそらく無意識に僕の思考を心地よく転換してくれる。

 そんな僕らの相性はとてもいいらしい。
 各能力者とも経験を重ね、個々の戦術・連携がしっかり身に付き神人倒しも手慣れたものになっていたが、殊に僕と彼女の連携は高い戦果を挙げており、僕と彼女はエース的な存在になっていた。
 超能力者は、感応力というか感受性というか、『彼女』に年齢が近い程その影響を受け易いらしく、その超能力が高く身に付く傾向にあることから当然の帰結とも言える。
 それでも彼女は、少年少女が中心に世界を救うというシチュエーションに興奮を禁じ得ないらしく、『益々創作の世界みたいね』なんて言いながら喜んでいた。

 ちなみに、機関は組織としての体裁がすっかり落ち着き、組織的な活動が十全に機能するようになっていた。
 活動に余裕を持った組織が、新たな事業に手を出すのは自然な流れなのだろうか。
閉鎖空間を余裕を持って消滅せしめることができるようになってきたことから、活動の範囲を拡大し、『彼女』自身の身の回りにも積極干渉することを決めていた。
 『彼女』が高校に上がり、『彼』と接触をする時を皮切りに、様々なプロジェクトが開始される予定だ。

・・


この頃の彼女との会話は、殆どが高校についてだ。

「ところで、一樹は北高でよかったの?一樹はもっとレベルの高いところに行くべきだと思うけど」

 僕達は『彼女』が北高受験を決めた時に合わせて、北高へ入学することが既に決定していた。
 しかし、それは使命だし、そんなことを言い始めたら彼女にも言えることだ。

「あたしがもっと上にいけたっていうのと一樹じゃ全く意味もレベルも違うでしょ。上も気が利かないわね」

 別に僕自身としては、どこの高校か何てことはどうでもいい。何処でも良いとまでは言わないが、勉学について言うなら、学舎に最低限の設備とモラルさえあればあとは信念次第でどこに居ても同じことだ。どこに居たところで、僕の知識欲が無くなるわけではない。僕の学業への姿勢が変わるわけでもない。むしろ必要以上に強制させられるより、北高くらいに居た方が本来の自分を見失わずに成長が望める。

「そう言う辺り、一樹らしいのかもね。まああたしとしても一樹と同じ高校行けるわけだから文句なんて無いけどね」

自分だってそうだ。彼女と同じ学舎に通えるというのに、これ以上望むことは多くは無い。

・・・
・・


 中でも一番話題で多かったのは、彼女の高校生活への期待についてだ。

「それにしても高校生活が楽しみね! まさか神と同じ高校で、しかもクラスメートになるのよ!?」

 プロジェクトの一貫として、彼女は『彼女』と同じクラスで接触と監視、僕は別のクラスからの後方支援を任されることになっていた。
 もっとも、彼女は仕事として以上に、『彼女』と接触できることに喜びを持っていたが・・・

「多分気が合うと思うのよね。絶対良い友達になれるわ」

 腕を組みながら自信満々に言う。
 『彼女』のことは資料の上でしか知らないけれど、確かに似ているかもしれない。彼女は変な剛胆さを持ち、日常や平穏より変化やリスクを好む。それはまさしく僕が資料の上で知る『彼女』の性格に近いものがある。

 以前、この指令の内示を受けてはしゃいでいた彼女に対して、『もう少し高校生らしい日々を夢見ても・・・』という類のことを言ったことがあった。
 それに対しては、まあ予想通りと言うべきか『そんなのつまらない』という一言で終わってしまった。『彼女』に訊いても同じことを言ってきそうだ。

「しかもしかも、『彼』も同じクラスになる予定なんでしょ!?」

 『彼』とは、『彼女』の力の鍵となる存在。詳細は一切不明。機関でも『彼』の存在意義については様々な議論がされ、調査もされたが、結局は生物学的にも能力的にも系譜的にもただの一般人という結論しか出ていない。
 しかし、『彼女』の能力の要であるということだけは分かってしまう『彼女』並みに謎の存在。
 まったく・・・『彼女』だけでなくそんな『彼』まで同じクラスに居るであろうというのに、それでも楽しそうだなんて、僕には一生かかっても持ち得ない感覚だろう。

・・・
・・


「ちょっと一樹!見た!?」

 彼女が言いたいことはよく分かっている。先日渡されたTFEIや未来人達等の資料についてだろう。

「そうそう!何であの子達あんなに可愛いのかしら!」

 確かに、資料に載っている女性達はどれも美形と言って言い過ぎではない容姿を備えている。

「特にこの未来人の子!実際の年齢は分からないけど、是非友達になりたいわ!」

 TFEIと友達に—— というよりはましだが、どっちにしろ自重してもらいたい・・・

「超能力者代表の女性として気を引き締めて行かないとね! 恥を晒すことになってはいけないわ!」

 一体何の心配をしているんだ・・・

「『彼女』と『彼』だけでなくて、こんな宇宙人や未来人がいるんじゃ、考えるだけで楽しみが増すわよね!」

 その異常なまでに光輝燦々とした目の輝きは何なんだろう・・・頼むから少し自重してくれよ。思わず苦笑してしまう。
 まあ『彼女』とは違って常識的な行動規範を有していることが救いだ。少しは慎重な行動を心がけてほしいものだが。

「何も心配いらないわよ。いざって時は一樹がバックアップしてくれるんでしょ?」

 でも、だからこそ、自分のような人間の後方支援が必要なんだ。
 彼女もそれを信頼してくれている。

・・・
・・


 そしてやってきたあの日。

 この日は天気もよく、風も無い上に、異常なほどの静けさも揃えた日だった。実際に周りが静かなのか、自分が落ち着き過ぎているだけなのかは分からない。
 『何かを予感させる日だった』そんなことは後になれば誰もが口を揃えて言いそうなものだが、事前に今日という日に朝から違和感を持ってしまうことは超能力者としては看過できない。今までは無くても、今日になって何かを予見する能力が身に付いても不思議ではない環境で生きているのだから。

 そして、それは的中する。閉鎖空間の発生である。
 しかし、昔はあんなに恐れた日常の中に隠れた非日常の閉鎖空間の発生、最早それも日常の中に組み込まれてしまっていたため、何だこんなことだったのかと胸を撫で下ろしてしまう自分がいた。
 こんなことかと考えてしまう辺り、また成長というか妥協が一つ増えたのかなと思えてしまう。彼女ならこの問にどう返してくれるのだろう・・・
 そんなことを考えながらいつぞや僕を機関に案内してくれたものと同じ黒塗に乗り、現地に赴く。

 別に僕がもたもたしていたというわけではないが、他の能力者は既に集結し、開始しているとのことだった。
 彼女もいつも通りあたかも狩猟でも楽しむかのように縦横無尽にその力を発揮しているのだろう。

 閉鎖空間に侵入する前、僕は一つ、そしてまた一つ深呼吸をする。
 別に緊張しているわけではなく、頭を空っぽにした方が能力が強まるような気がする…そんな単なる願掛け。深呼吸を済ませ、喧噪が遠くに感じるようになってから喧噪を置き去りに閉鎖空間に入る。

 ここに来たとき、僕は決まって彼女を確認することから始める。
 ・・・しかし何故か見つからない。
 いつもは視認するより早く認識することができるのに、視認もできない。

 いつもより赤玉の数が少ないような感じがする。いや、少ない。
 何かおかしい。
 僕は角度を変えてみようと少しずつ歩き始めた。

「古泉来るなっ!」

 なんだ?
 叫び声が聞こえた。
 上の方ばかり見ていて気づかなかった。声の方向に目線を落とすと、誰かが倒れていて、声の主が傍で傷の手当をしているように見えた。
 再び沸き出した悪い予感と悪寒が一気に全身を駆け巡る。


 僕は駆け出した。

「来ないでくれっ!!」

 だから少しは慎重な行動をしろと言ったんだ。

「来てはだめだっ・・・!!」

 だから僕のような後方支援が必要なんだ。


「何だよこれ・・・」

 駆けつけた僕の口から思わず漏れる。
 そこに居たのは最早人間の態をしていない彼女だった。

「古泉済まない、俺の・・・」

 嗚咽混じりに言っている。
 別にそんなことはどうでもいい。

 変だな、周りの瓦礫の崩れる音もしっかりはっきり聞き分けられる。音がスローに聞こえる。
 非日常の生活のせいで慣れてしまっているのか、状況にそぐわない程に静かな自分がそこに居た。

「バックアップ・・・遅いぞ」

 消えそうな声で彼女が言う。
 人間ってこんなになっても喋れるんだなと考えながら僕はただ黙って彼女を見ていた。

 ——もう助からない
 それは素人が見ても明らかなことだった。

「一樹の分析は・・・いつも正確だね」

 思考を読み取られる。
 この期に及んで取り乱さずにいる彼女の自制心に関心してしまう。
 ここだけ見れば普段と何も変わらない遣り取りなのに、一方はもう人間としての活動が停止しつつある。

「一樹と、彼女たちとの高校生活、楽しみだったのにな・・・」

 抱き起こしたくてもどこをどう触れていいのかわからなかった。

 一体なんでこんなことになったのだろう。
 彼女自身のミスか?それとも仲間の?違う。
 そもそも遅参した自分?違う。
 じゃあ一体この帰結は何から得られたものだ?

「『彼女』を…恨まないでね」

 僕が最終的に至るであろう答えを彼女は導き出した。また僕が何を考えているのかを読み取ったのだろうか。いや、そういうわけでは無いだろう。
 おそらくこれは事実上の遺言に近いもの…しかし悪いがそれには承服しかねる。

「あいつは、お前をこんなにしたやつだろ」

 そうだ
 そうだった
 全ての元凶はあの女

「違うよ 神様・・・でしょ」

 何が神だ。神様ってやつはよっぽど無能で醜悪な存在なんだな。・・・だがそんなものを神様とは言わない。

「私たち・・出会…せてくれ・・たじゃ・・・」

 彼女の声は消え行く。
 表情を構成している筋肉は笑顔らしきものを主張しているが、目はただのプラスチック玉のように光り無く、それでいて下半身が無い異様な物体だけがそこに残った。

 あっけない幕引きだった。彼女の笑顔を見るのもこれで見納めだ。残骸もここで消える。
 閉鎖空間は崩壊する時、現実世界からの携行品以外の非生物は排出してくれない。


・・・・・
・・・



 気づくと、僕は自分の部屋で横たわっており、謹慎処分を命じられていた。あれから数日経っている。

「貴方が取ったという言動は、間違っても誉められるものではないけど、気持ちもわかるわ」

 そうですか・・・

「だから機関も貴方に対してそれほど厳罰は処置は考えていないわ」

 どうでもいい

「月並みだけど、あの子が貴方に何を期待するかを考えてみなさい・・・」


・・・
・・



 時々・・・というよりほぼ毎日、森さんが様子を見に来てくれる

「貴方が入学する予定だった北高だけどね、光陽園学院に変更されたわ」

 機関なりの配慮ですか

「涼宮ハルヒの監視と接近は別のメンバーに任されることになったわ」

 ああ、用済みってことでしたか

「今日はそれだけ伝えにきたわ。それじゃまた・・・」


・・・
・・



 時々森さんだけでなく医者も診に来る。とは言っても僕には外傷はない。

 医者はただ僕と雑談だけして帰って行く。この雑談で僕を診療しているのだから不愉快極まりない。
 僕にこういう医者を付けるのは、まあ周りから見たら仕方のないことだったのかもしれない。

 でも、それももう必要ない。
 時間が経つ程、普通逆な気もするが、自分の中の彼女が大きくなるにつれて気持ちが落ち着いていく。


・・・
・・



 現実世界からの携行品以外は排出されない?
 ああ、何を言っているんだ僕は。そうだよ、だったら僕が携行していれば持って帰れるじゃないか。

「古泉・・・何を・・・」

 思ってたより軽いんだな・・・
 まあ身体が半分無いんだし、これだけ血と内蔵が出てれば軽くなるか。
 それにどっかの誰かの実験によると、死んだ者は魂が抜けた分だけ軽くなるらしいし。

 あれ、まだ中身が出てくるのか。どうせならたくさん出した方が軽くなっていいな。 いつまでもびちゃびちゃ音立てて煩いし、全部出し切っておくべきか。
 とりあえず振ってみるか。

 ——色んな物が出てくるな。

「こ・・いずみ・・?」

 それにしても表情が笑ってても目が笑ってないぞ?今度鏡でも入れてやるか。首も横に垂れてて表情と合ってない。落胆してるように見える。
 でもそんなことはどうでもいいか。使命が終わればまた一緒に笑って明日を迎えられる。

「古泉!!気は確かか!」

 いつの間にか聞こえて来る声が増えている。
 だがそんなことはどうでもいい。

 じゃあ行こうか。

「古泉!どこへ行く気だ!」

 どこへ?どこへ行くんだろう・・・
 いや違う、決まっている、あいつのとこだ。
 そうだ、アレは神なんかじゃない。アレはただの社会の害虫だ。ゴミだ。
 そんなものは早めに駆除するに限る。
 社会にはたくさん害虫と呼ばれるに相応しい者達がたくさんいる。
 しかしそいつらは必要悪という意味も為しているし、アレに比べれば可愛い害悪だ。
 そんなものより世界の平穏の為に即刻駆除されるべき害虫が身近にいる。
 だがその害虫の存在に気づいている者は多くは無い。
 駆除されるべきなのに誰も気づかない。
 誰も気づいていないなら気づいてる者に与えられた使命があるはず。
 駆除することで世界が負うリスク?そんなの関係ない。
 外科手術を施す以上、リスクが付くのは当たり前だ。
 これがアレから異能の力を与えられた者の本来の使命。
 二人でなら倒せる。相手が神であろうと一緒なら戦える。
 いつも通り、お前が遺憾なく力を発揮出来るように陽動・後方撹乱・防御は僕に任せてくれればいい。
 そうすれば一緒に笑って明日を迎えられるんだ。

「待てと言ってるだろ!」

 他のメンバーが後ろから抑え付けてくる。

「古泉・・・!落ち着け!」

 止めろよ落ちたじゃないか。
 これ以上傷んじゃ戦えなくなるだろ。

 僕が再度抱き上げようと抵抗すると、僕の身体から血が飛び散り、仲間の顔が、服が赤黒く染まって行く。
 当然それは僕の血でも抑え付けている仲間の血でもない・・・
 
 ——じゃあいったい誰の血?

 それを認識したとき、僕は一切の逃避も許してくれない、傲慢な現実に気づいた。

「落ち着け古泉!」

 放せ…放せよ・・・

「アレは・・・!あの女は・・・・・・!!」

「殺されるだけのことをしたんだああぁぁあああぁああぁああ!!!!」

 叫び声でひびが入ったかのような錯覚を起こす程のタイミングで、閉鎖空間が崩壊を始め、ひび割れた天頂の一点から明るい光が一瞬にして円形に広がっていった・・・

・・・・・
・・・



 機関では、僕達を参加させるのはやはり早過ぎたという意見が大半を占めているという。そんな話が出たら責任を感じるのは当然森さんだ。

「貴方達を機関に入れたのは私・・・」

 それは違う、精神的に未発達な僕を気遣う配慮を無視したのは僕だ。森さんは悪くない。

「謝って済む問題じゃないけど、本当に申し訳ないと思ってるわ」

 違う、僕達は自分の意志で機関に入ったんだ。強制されたわけじゃない。この期に及んで自分を言い訳に現実を拒否したくない。彼女だって…彼女が入った経緯は知らないが、自らの意志であったであろうことは容易に想像できることだ。

「貴方の意志かどうかは問題じゃないの。それを静止するのが年長者の役目・・・」

 散々僕を気遣ってきてくれた森さんが気にかけることではない。

「森さん、僕は聊かの後悔もしていません。本当に気にしないで下さい」

 一片の曇りも無い事実だ。彼女も最後まで後悔はしてなかった。僕が後悔してどうする。

「そう・・」


・・・
・・



 あれからどれくらい経ったか、もう暦は5月になっている。謹慎はとっくに解けていたが、僕は相変わらず部屋から出られずにいる。
 ただ、理由も無く億劫なだけだった。

「古泉・・・話があるわ」

 いつも通り顔を出した森さんが神妙な面持ちで言う。また学校へ行けって話ですかね、ちょっとうんざりだ。

「今日は・・・いつも以上に嫌な話よ・・・」

 ・・・

「貴方達の代わりに涼宮ハルヒの身辺に近づく役目を帯びた者がいるのは伝えたわね」

 僕は表情だけで返す。

「でも、接近に失敗したようで、ただのクラスメートとしても認識されていないわ。普通に話しかけたら見限られたなんて馬鹿にしてるわ。何でそんな行動を取ったのか・・・」

 森さんは苛立ちを見せたが、それは明らかに作られた演出だった。間が空き、森さんが本題に入るタイミングを窺っているように見える。僕は平坦な冷めた表情でそれを見つめる。

 そんな僕を見て、諦めたように溜め息混じりに続けた。

「報告によると、彼女は今同好会のようなものを立ち上げて、メンバーを捜しているわ」

「その捜しているメンバーの条件は・・・『謎の転校生』」

 そういうことか。

「貴方ならここまで言えばわかるでしょう」

「今の時期に転校してくる学生は確かに謎でしょうね」

 模範解答を言い当てたというのに、森さんの表情は曇りっぱなしだ。まあ森さんの心情を考えれば当然のことか。

「酷な指令であることは十分に理解しているわ・・・でも、色んな組織が主導権を巡って争っているというのに、機関には貴方以外に能力的にも年齢的にも他に適格者が居ない状況・・・」

 森さんは痛哭を無理矢理押しつぶしたような表情を下に向けている。

「本当にごめんなさい・・・でも、今回に限り拒否権を与えるわ。私が責任を持って上に・・・」

 森さんは言い淀みながらも何かを言い続けているが、もう僕の耳には届いてはいなかった。
 この時僕は、奇妙な感覚に見舞われていたからだ。
 まるで、3年前のあの時のような——

「森さん」

 機関の指令に憤慨する自分を冷静に予想していたのに・・・

「・・・何?」

 それなのに、むしろ、自分に芽生えたこれは、この感覚はなんだろう。

「その同好会は何をするところなんですか?」

 僕は一体何を訊いているんだ。
 何故こんなことを?

「・・・世界を多いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの為の団、略してSOS団」

 破天荒な名称だ。思わず笑いがこみ上げそうになる。
 何でこんなに好意的に感じているんだろう。

「具体的な活動内容はまだ決まっていないようだけど、彼女のことだから外交的な超常現象研究会といったところと考えられているわ。」

 そうだった・・・

「そこには当然『彼』もいるんですよね?」

 彼女は、『彼女』とは良い友達になれると、楽しみにしていたんだった。
 彼女は『彼女』と『彼』が一緒の、使命は関係無い非日常の生活を夢見ていたんだった。・・・でも、それは彼女であって、僕ではない。

「ええ。『彼』が『彼女』に働きかけて作ったみたいよ」

 こんな状況に楽しみを覚えるのは彼女くらいのもののはずだ。それなのに・・・

「しかも、『彼』だけでなく未来人朝比奈みくるや、TFEI端末の長門有希もいるわ。機関は完全に出遅れているし、状況は芳しくないわ」

 それなのに、今自分の中では確かに高揚感が貫いている・・・
 不安や『彼女』対して抱いていたはずの憎しみを越える程の、明らかに心地よい鼓動が込み上げている・・・

「でもね・・・」

 こんな状況で楽しみを覚えるなんて・・・

「無理はしなくていいわ」

 早く北高へ行きたいと思うなんて・・・

「古泉?」

 まるで彼女が…僕の中にいるみたいじゃないか・・・

「どうしたの?」

「森さん」

「どうしたの?」

「行きます。北高へ・・・」


 ——謎の転校生として。



———————
—————
——



 本人は居なく、僅かな遺品が入っているだけでも墓は墓。仏教の教義とは無縁の機関に、墓という形式美が必要だったのかもわからない。生者のただの自己満足で生み出された墓。そしてただの自己満足で足を運ぶ僕達。

 彼女ならどんな心境でこの光景を見るだろうか。
 若くして世界を救う戦いで消えた、死して尚も惜しまれるヒロイン・・・なんて気分でいたら堪ったものじゃないな。

 —— ・・・

 不意に彼女の含み笑いが聞こえたような気がして、釣られて思わず笑みがこみ上げる。まあ悪い気分では居ないだろう。こうして僕や森さんが会いに来るわけだから。

 それにしても森さんはどうしてこんなところに来たのだろう。

「懺悔、かしらね・・・」

 懺悔?

「いつ暴れてもおかしくない貴方を、何故涼宮ハルヒの傍に置いたかわかる?」

 そういうことですか。ええ。分かっていますよ。
 でも、わざわざ言うことでもないでしょう?

「どうしてそんなことを訊くんですか?」

 おそらく、主な理由は二つ。それだけ機関が切羽詰まっていたということは言うまでも無い。しかし、何より機関には確信があったのだろう。
 僕が、彼女と涼宮さん、共通した面を持つ二人を重ね合わせ、涼宮さんに手を出すようなことはしないであろうことを・・・

 それは道徳的に極めて歪んだ狙い。

「貴方には本当に酷なことを強いていると思っているわ」

 森さんのことだ、僕が気づいていないわけが無いことくらい気づいているのだろう。

「何のことですか?僕は今の境遇に満足しています。それでいいじゃないですか」

 だが、そのことを言葉にしたところで誰も得などしない。
 これが僕なりの謝意の表明。

「そう・・・」

 実際に、初めのうちは少なからずそういう事情が関与していたかもしれない。しかし、今は全く関係のないことだ。傍に居ればわかる。涼宮さんは実はとても優しく、豪快なようで実は繊細な女性だ。
 もし自分の力が間接的にでも作用する事で誰かを傷つけ、命を奪っていたことを知ったら、それは当然自己嫌悪・・・というレベルでは済まないだろう。

 そして、自分のその自己嫌悪でさらに力が作用し、誰かが傷つき、命を落とす可能性があることを自覚したら、何にも向けられない感情に自暴自棄になって自ら死を選ぶかもしれない。誰もが持っている人間の負の一面、ただそれを持っているだけで人を傷つけてしまうのは不幸以外の何物でもない。だからと言っと結果として誰かを傷つけてしまっていることを容認することは本末転倒と言えるだろうが・・・
 言葉にしてしまうと、いわゆるエラーの説明としては違和感を拭えないものに成り下がってしまうが、別に彼女の最後の言葉を自分に言い聞かせようとしているわけでも同情しているわけでもない。涼宮さんを憎んでいるわけではないという、自分にとって至極当たり前のことに無理矢理に理由付けしているだけのことだ。

 何より、日常の中に隠れた非日常を、不謹慎ながら僕は楽しんでいるところがある。
 日々を涼宮さんや彼達と楽しく過ごす一方で、綱渡りのような対応を迫られる、まさしく彼女が望んでいたような生活そのものに楽しみを覚えている。

 僕は相変わらず不安と怖さが残っているために彼女のような剛胆な行動はできずにはいるが、何かが起こった時に皆で解決の糸口を探す、そんな彼らとの非日常を楽しんでいる。
 涼宮さんと、それを取り巻く劇場は、今になっては僕に取って掛替えの無いものだ。今更感謝こそあっても、不満などあろうはずがない。

「おっと?」

 不意に二人分のバイブ振動が鳴り響く。流石にこのタイミングで鳴るのは驚いてしまう。

「また『彼』ね。もう少し自重するように促すことはできないの?」

 森さんの表情が呆れ顔だ。思わず吹き出しそうになるのを堪えて僕は応える。

「一応試みてはいるのですが・・・」

 僕が肩を竦めてみせるのを見た森さんは一度溜め息を付いた後、身を翻す。

「今日に限ってサボリを許可するわ」

 後ろ向きのまま森さんは言い放ち、そのまま歩き始めた。


 SOS団での日常を楽しみながら、その裏に隠れた非日常をも楽しむ。
 その一瞬一瞬は怖い想いもたくさんするが、振り返ると笑って思い出せる。

 元々は彼女のものだったこの感受性は、二年間の彼女との触合いを通して感化されたもの。
 彼女は僕を通して、彼女が望んでいた生活を楽しんでいる。そんな気がする。

 僕はこれからSOS団の皆と日々を過ごし、これから数年間、場合によっては十数年、それ以上の付き合いになるかもしれない。
 そしてそのうち僕は誰かと恋をして、彼女を思い出すことも少なくなり、いつかは無くなってしまうかもしれない。
 それでも彼女が生きた証は、僕の人格の要素としていつまでも世界に生き続ける。

 これが成長なのか妥協なのかなんてことはもうどうでもいい。
 樹が妥協で大きくなっていくはずがない。
 僕の過去の経験は絶えず増え続け、僕の行動規範は過去の経験に依存して常に未来を選択するだけで、過去を選択したりはしない。

 過去の経験というやつは、僕が生きている限りは無限に増える。だったら僕が成長していたかどうかなんて言うことは、経験が尽きる時に考えればいい。
 僕はそれまで前を見ていればいい。

「行くに決まってるじゃないですか」

 僕はそう呟き、彼女と、彼女の横に立つ、未成熟ながら去年見たときよりも大きくなっている一本の樹を一瞥した後、森さんの後を追いかける。

・・


「古泉」

 追い付いて横に並んだ僕に森さんが声をかけてきた。

「なんでしょう?」

「また、背が伸びたわね」


 fin



□ 『一本の樹』

  一本の樹 前編  


  一本の樹 後編  


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