—―機関って一体何なんだ

 彼の質問は余りにも意外で、しかも漠然とし過ぎていて彼が何を意図しているのかがわからない。今は旅行先の話だったはずだ。
 
「お前等の機関はハルヒのご機嫌取りの為に島を丸ごと用意できる。そこにほぼ新築のお屋敷も用意できる。海外旅行の為の費用を全員分捻出して、現地で身に危険が及ばないよう色々手配もできる。必要となる費用は直接的なものだけじゃない。根回しにはかなりの時間と労力と費用を必要とするはずだ」

 僕の戸惑いを他所に、彼は先ほどの状態から堰を切ったように話始めた。僕は、彼が何を訊きたいのか探るべく耳を傾ける。

「余計な人が入らないように交通規制をかける。口止めをする為に口止め料を払う。安全を確保するために警備体制も確保する。現地の有力者に根回しをする。他にも色々やることはあるだろう。一体どれくらいの費用を使うのか、俺には検討も付かない」

「そういえば、生徒会長を擁立してその地位に就けるには国会議員の選挙活動に必要なくらいの費用、つまるところ数千万から億単位の金を使ったんだったか」

 彼の質問が具体性を帯びてくる。

「我らが公立の北高にはお前以外にも機関の人間が多数いるなら、教師にも間違いなくいるだろう。機関が結成された時から何年もかけて根回しをしてきたわけではないだろ?ということは公的なところにもかなりの影響力を持っているってことだよな。生徒会選挙のときも、学校や生徒会を傀儡にすることを黙認してもらうために、県議や市議、教育委員会等に秘密裏に働きかけていたからこそ、数千万からの費用が使われたんだろ?」

 これは・・・できれば訊かれたくない、知られたくないことだ。今まで触れてくることはなかったのに、何故今頃になって・・・

「どうなんだ?公権力にも影響力を持っているんだろ?警察を含めた行政機関、政治家を含めてだ」

 途切れた。どうやら僕に回答を求めているようだ。

「・・・ええ。そうでなければあれくらいの活動はできませんからね」

 今更否定できることではない。

「なら、億単位の金を簡単に動かせる資金源は一体どこにあるんだ?まさか、お前の同士の超能力者や機関の中にどっかの王族や石油王がいるわけじゃないんだろ」

 明らかにレールを敷かれたやりとりだ。

「貴方もご存知のように、鶴屋家のような資産家から投資を受けていますよ」

 そうか、と言わんばかりの相槌を目でしてくる。

「そうだったな。だが鶴屋さんの家はほんの一部なんだろ。他にも似たようなところから援助をしてもらっているわけだな。億単位の金を動かせるくらいだ、かなり大規模な援助活動なされてるんだろうな」

「そしてその資金を元に、あちこちに根回しができるってわけか。いや違うな。金だけじゃ限界もあるし、時間もかかるはずだ。資金力で影響力を行使できだけではなくて、公的な力を持った人達からも資金ではない形で多くの協力を得ているんだな」

 彼のボードゲームの強さを見れば、こういうやりとりは彼の本領と言えるのだろうか。

「僕は末端の人間なので、あまり詳しくは分かりませんよ」

 釘を刺すも、

「お前の性格で5年余りも全く何も知らない身を良しとしてきてるはずはないだろ。しかも、俺が思うにお前は機関の中でもかなり重要な存在だ。何せ超能力者で、しかもハルヒの身辺に近づいている上にハルヒの信頼も厚いわけだからな。他の能力者の中でもオンリーワンだろ。何も知らないなんてことはあり得ない」

 釘を刺し返される。初めの戸惑いがちに話始めた彼の雰囲気はもう無い。完全に追求の構えだ。

「続けるぞ。ここからが本題なんだが」

 もう予想は付いている。

「機関の本当の目的はなんだ?」

 予想が付いていただけに次の応えるべきことも用意している。できるだけ自然に、迷うこと無く応える。

「以前にお話しましたように、世界の安寧と平和のため、我々は努力しているのですよ」

「違うな」

 彼も予想済みと言わんばかりの即座の強い口調での否定。ここまでくれば、彼に否定されることも予想済みだ。

「お前も小さい頃は世界を救うとか悲劇のヒーローとか英雄とか、そういったものに憧れを持っていたことがあるはずだ。・・・まあ、お前はある意味実現しているが」

 これは予想外だった。何を言い出すんだ彼は・・・

「普通の人間はそれを実現することはないし、歳を取ればその憧れは消え、現実に沿った夢へと変わる。地位とか名誉とか金と言ったものだ。俺は人より賢くないから、そんなことは他人から見た知人の夢という程度にしか思えないが、そう志向する人間が大勢居ることは理解できる。俺だって頭が良かったら野心の一つも持ったかもしれない」

 こういう切り口で来るわけか・・・

「そういうことでしたら心外ですね。貴方は既に世界の命運を握る鍵としての生を送っているではありませんか」

 彼はお得意の仕草を取ってみせた。

「でだ、潤沢な資産を所有して俺の色眼鏡ではお歯黒をしてそうな連中や、雲の上に鎮座まします権力を持った先生方がスポンサーとして集まって、やっていることが世界平和への慈善事業に対しての無償協力なんてことはないだろう?」

 ・・・本当に嫌な切り口だ。誤魔化し切ることができるだろうか。

「映画撮影の時だったかな、お前が言ったことがある。ハルヒを巡る組織の駆け引きは機関や朝比奈さんの一派だけではないと。水面下では多くの組織が謀略とか暴力とか面倒な事の総力を挙げての生き残り合戦をしているとな」

「そんなこと言いましたっけ」

 それに類することは確かに言ったが、一字一句同じではないわけだから、しらばっくれても別に嘘をついているわけではない。

「その他の組織にもスポンサーが付いているんだろうな。じゃないとお前等の機関と張り合うなんて不可能だからな」

 しかし、彼は僕が否定してもそれでも構わないと言わんばかりに話し続ける。

「機関は、お前が言うには超能力者の全員を擁しているって話だ。ハルヒの近辺に一番近づいている組織でもある。一番条件的には美味しいはずだ。それなのに他の組織を援助するってのはおかしな話だよな」

「まあ理由は簡単だ。スポンサー同士の何かを巡った対立関係があるからだろ。慈善事業とは関係の無いな。そして、組織にとって、活動資金を提供してくれるスポンサーの意志は絶対だ。援助を打ち切られたらどうにもならないからな」

「待って下さい。我々の目的はあくまで世界の安寧です。それはスポンサーも同じです。ですから大義名分のある我々の機関には多くの協力者や資金が集まるし、勢力も強くなるのは自然の道理です」

 自分たちは潔白だと言い張りたい。しかし、この流れからして、それはもう無駄だということは自分でも分かっている。

「野心を持った人間には非常に魅力的な話だよな」

 …今の彼には程度の低い言い訳などは何の効果もない。

「願望を実現する能力、世界を如何様にも変容せしめる能力、そんな能力を持った少女の存在を知って、世界平和に対しての無償投資で済むはずが無い。そんなことで財界人や権力者が動くなら世の中もっと良い形で変わっててもいいよな。投資ってのは何らかの対価あっての投資だ。第一、スポンサーの意志が純然たる慈善事業ならスポンサー同士の争いがそうも起こるはずがないだろ」

 僕が言い張ればただの水掛け論に終わらせることができるかもしれないが、明らかに追いつめられているのは僕の方。変に虚勢を張っても暗に肯定するのと同じだ。僕達の関係は壊れ、SOS団の関係も壊れてしまい、日々の安寧も壊れてしまうかもれしない。

「もう一度訊く。機関の目的はなんだ?」

 しかし、彼がこんなことに首を突っ込んでくるのは一体何故だ。下手をすれば身に危険を及ぼす可能性があることくらいわかっているだろう。自分は彼女にとっての鍵で、絶対手を出してこないという確信があるからか。何よりこんな話をして、僕と、SOS団での関係が崩れる可能性は考えていないのか。それとも、僕に対しての信頼故か?

「素晴らしい想像力です。ですが、空想の域を出ることはできないですね」

 言い始めてしまったと思った。こんな返答は雰囲気が悪くなるだけじゃないか。

「その空想が的を射ているものかどうかは別として、そこまで考察しているなら貴方には貴方自身の見当というものがあるでしょう。先に拝聴したいものです」

 僕は明らかに自分の首を絞める流れを作ってしまったのではないか。しかし、追求を逃れる為にどう返答すればいいか、そう即座に良い案も浮かぶはずもない。

 彼は少し間を置いて、不機嫌そうに話始める。

「別にここまで来て改めて説明することでもない気がするが、いずれはハルヒの能力を手に入れたい、利用したいと考えているだけだろう。今は未確認のことが多いし、他の協力関係にある組織との兼ね合いからできるだけの平穏と現状維持を目標にして、その間にせっせとハルヒの観察と能力の研究に勤しんで、いずれハルヒの能力を利用するための算段をする」

「そして、一方では協力関係に無い組織からの介入を一切許さず、ハルヒとお前等の言う鍵である俺を独占するために抗争を繰り返す。こんなところか」

 僕がここで応えるべき模範解答は何なのか、それは分からない。しかし、過程は別として、僕のやるべき選択肢は多くはない。話を反らすか、何とか煙に巻いてしまうこと、しらを切ること。それもできるだけ奇麗な終わり方に持っていく必要がある。後に彼に疑義を抱かれることになり、信頼関係が壊れることがあれば、それこそ最低の失策だ。

「そう言えば貴方には『機関』と呼称される組織の、正式な名称や生い立ちを教えていませんでしたね」

 まずは会話の主導権を握らなくてはならない。これはいつものボードゲームではない。僕の得意とする言葉の駆け引きだ。

「・・・『機関』じゃないのか?」

 食い付いてくれた。

「ええ。正式な名称は『新機関』と言います。」

「からかってるのか?」

 我ながら自分らしい思いつきだが、まずは時間を稼がなくてはならない。
 僕はゆっくりと、話しながら反らしどころを思案する。

「そんなつもりはありません。『ノヴム・オルガヌム(新機関)』というベーコンが出した本の題名が由来です。フランシス・ベーコンはイギリス経験論の祖と言われる哲学者で・・・」

「古泉」

彼に遮られる。

「はいなんでしょう?」

「そういう話は苦手だ。回りくどくない、手短な説明を頼む」

「・・・承知しました」

 彼がこういう話が苦手なのは百も承知のことだ。だからこそ、こういった話を長引かせて煙に巻こうという気持ちもあっただけに、出鼻を挫かれた。

「ベーコンは、4種のイドラ…偏見とでも言えるものの存在があるせいで、人間は本当の知性を得られていないと考えていました。その4種は、自分の種族・属性と言った自分に当てはめてしまう枠組み、自分の育った環境という視野を狭くする箱、概念が先攻して存在しているために起こる錯覚、知識人の言を正しいと思い込んでしまう権威主義的・依存的な人間的弱さの四つを指します」

「涼宮さんの能力は、人間としての能力を遥かに越えるものですし、一般常識が通じないものであるし、社会的に許容されるものでも、どんな科学理論が通じるものでもありません。そして、分けも分からず突然その事実を知ってしまった我々は、とにかく驚きを持って彼女の能力を受け入れることを余儀なくされました。」

「まああの奇想天外摩訶不思議アドベンチャーな言動も含めてな」

 それはそうだと強く納得した様子で彼が苦笑しながら頷く。彼はどこまで行っても彼でしかない。これは当たり前のことだが、少し気が楽になる。

「全くですね」

 僕は得意の表情で返す。

「ベーコンは、それら4つの偏見を完全に排除し、ありのままの自然に服従しなければ人類はより高い・真の知性へと到達することができないと考えました。機関の設立も同様のものです」

「つまり、涼宮さんのことをありのまま受け入れ、涼宮さんの世界に服従するというものです。集まった我々は ―といっても僕は途中参加ですけどね― 少しずつ組織としての体裁を作っていきました。そして、誰がいつ付けたのかは知りません。トップ層のちょっとした洒落っ気だったのか、名付けられていた名称が『新機関』。それをいつの間にか誰もが『機関』と呼ぶようになりました。もっとも、この理由は後付けによるものではないかと僕は思っていますが」

 彼は黙って耳を傾けている。だんだん僕のペースになってきている。僕はゆっくりと喋りながら反らしどころを思案する。

「新機関の目的は二つ。かくして一同に会した超能力者たちは、その与えられた能力を使い、彼女の能力の一部分としての理性の行使者として働きました。世界の平和を守るためという共通認識は多くの構成員が持ち、彼女を神のように崇拝する者達も数多くいました」

 僕の経験上、人を欺く場合は、真実をできる限り織り交ぜるのが肝要だ。直感的に人は嘘を見抜く本能のようなものを備えているからだ。特に今の彼のように内に据えた一本の芯がある場合に、殊にその力が発揮される。

「そしてもう一つの目的は、彼女の能力の解明です。真の知を求めて彼女の能力を研究する。本当にそれだけのものでした。たったそれだけの、真っ当な目的を持って機関の活動が開始されました」

 それを少しでも誤摩化す為には真実を織り交ぜ、彼が予想し、求めている答えを織り交ぜながら話す事で納得させることが一番いい。なるべく長く話をすることで会話の主導権を握り、彼が僕の話を納得し易い会話の流れを作り上げ、その上で話を反らし彼を丸め込む。  

「しかし、平穏を保つ為には、ただ閉鎖空間を消滅させるだけでは意味がありません。お分かりと思いますが、もっと根源的なところでメスを入れる必要があります。その帰結として、我々は彼女自身の生活に干渉することで平穏を保つという形で活動範囲を拡大することに踏み切ることになったのです。しかし、その為には機関が社会的に力を持たなくてはならなくなりました」

 ここからが勝負だ。僕ならできるはずだ。

「古泉、もういいぞ。後は大体想像が付く」

 …は?

「もういいぞ。そこから新機関がどう変容していったのかというのは、想像に難くない」

 面食らっている僕に対して彼が繰り返した。

「・・・そうですか」

 完全に向こうのペースに戻された。まったく、その手腕はもっと別のところで使うべきじゃないのか。

「あー、えっと、今更呼び方は変えんぞ。大した違いもないしな・・・それで、機関が変容してきたことは分かったが、結論はどうなんだ。今の機関の目的はなんだ」

 だめだ・・・

「貴方の仰る通り、現状維持です。現状は、それぞれが涼宮さんの近くに切り札を持ち、互いに牽制することで均衡は保たれています。まあ均衡と言ってもTFEI端末達を交えて均衡も何もないですよね。力に差があり過ぎますから」

 こうまで硬い決意で向いてきている今の彼から言い逃れる事はできない。

「言ってしまうと彼らの中で主流になる派閥が変わらない限りは大丈夫と言った方が正確かもしれませんね。彼らが現状維持を望む限り、他の勢力が何をしようと無駄と言えますからね。重要な事はTFEIの目的がなんなのかですね」

 TFEIに話を流そうとしても—―

「そうかもしれないが、当然、それを良しとする機関や未来じゃないんだろ。いつ出し抜こうかと人間なりの知恵を絞って機会を窺っているはずだ。しかし、人間の知恵で長門の親玉に勝てるはずが無い。結局そこはハルヒの力を利用するしかないんだろうな」

 ——すぐ振り出しに戻される。
 いつも彼としている手詰まりボードゲーム状態だ。

「それで、機関の本当の目的はなんだ?現状維持の先に何を求めているんだ?」

 それにしても彼も人が悪い。自分の中で既に答えが出ているのに、敢えて僕の口から言わせようとするのは、どうしてどうして人が悪いと言わざるを得ないじゃないか。もう終わりでいいじゃないか、僕はもう投了しているのだから。

 …せっかくならここまでもいつものボードゲームならよかったのに。

 僕のそんな甘い願望を余所に、彼の追求は止まらない。

「どうなんだ?」

 いやだ。口に出したくない・・・

「・・・僕の願いは世界とSOS団の平穏です」

 しばしの間を置いた後、僕が重い唇を動かしてようやく口の端に上せる事ができた言葉はこれだけだった。答えにもなっていないばかりか、なんの誤摩化しにもならない・・・
 こんなくだらない返答しかできない自分が情けない。

 しかし、再度追求してくるかと思われた彼の対応は、意外にも「そうか」の一言だった。僕が言い辛くしていることで察してくれたのだろうか。口に出さなくて済むようにしてくれたのは彼なりの優しさなのか。

「・・・それで、その平穏は守られそうなのか?」

 力なく閉口している僕に対して、彼は穏やかな口調で問いかけてきた。一変した空気に僕は戸惑いを禁じ得ない。

「いや、いいんだ。済まない」

 ますますもって戸惑いを禁じ得ない。

「俺が一番訊きたかったことは機関の動向じゃあないんだ」

 またしても発せられたのは意外な言葉。

「一番訊きたかったのは、機関ではなく、お前自身がどう考えているかどうか・・・機関の目的なんてものは想像すれば何となく分かる。機関やその周りの勢力図については・・・知りたくもあるがどうでもいい」

 ——まあ、珍しく狼狽するお前を見れたのは僥倖だったがな。
 多少無理のある笑みを乗せながら彼はそう付け加えた。気づけば彼自身も俯き加減で酷く力ない表情をしている。もし誰かが端から見ていたなら、追い詰められていたのはどっちなのか判断に迷うところだろう。

「もし機関や、未来、宇宙人どもが今の方針を変えるなりして今の平穏がぶっ壊されて巻き添えを喰らうことになったとしても、俺は別にそうなってしまった自分の境遇を呪う気もないし、後悔もないと思う。それだけSOS団ってのは俺にとって大きいし、何よりただの一般人の俺にはどうにも抗いようがないからな。まあ悪あがきは当然するが」

 僕が何も言わないのを確認して彼が続ける。

「もしそうなったとしても、お前等に文句を言ってもそれぞれ任務を背負った組織の一員という立場である以上、まあ悔しいし複雑な気分だが仕方がないことなんだと思う。それは分かってる。だが、だからこそ確認したい。お前がSOS団をどう思っているのか」

 これまでの話は、彼なりに遠まわしに訊きだそうとした結果だったのだろうか。
 確かにこんな話を単刀直入に訊くのは勇気がいる。恥じらいもあるだろうが、何より返ってくる応えが期待通りのものではなかった場合を考えるなら、気軽に訊けたものではないだろう。

「確認するが、お前の機関から与えられた任務は、ハルヒの観察と報告だったな」

 僕が短く「ええ」と返すのを確認すると、穏やかになったと思った彼の姿勢はまた追求の構えを見せた。
 こういう事を訊いてくる以上、彼には彼の決意があるのだろう。

「さっきも言ったが、お前が機関の中で占める位置は絶対的なものだと俺は思ってる。超能力持ちで、ハルヒの隣にその身を置いて、ハルヒからの信頼も厚い。いかに機関が根回しを得意としても、その位置にお前以外の人間をこれから据えるのは困難だろう。機関にとっては、お前の役割は、もうただの観察なんて程度のものじゃない。お前は他の対立組織との間で機関の優位性を差別化する上で絶対必要なものになっているはずだ」

「機関の組織体制がどうなってるかなんて俺には知ったこっちゃないが、機関内でのお前の将来は約束されているようなもんなんじゃないか?最重要な役割を担って、超能力も持ってる。頭だっていい。後々の組織内での発言力が低いままであるわけがない」

 少し間が空く。
 雰囲気で分かる。彼の問いの核心はここからなのだろう。

「そんなお前に訊きたい。世界中の権力者にコネクションを持ち、潤沢な資金力を持ち、超常の力で世界を如何様にもできるようになるかもしれない組織内で、将来の地位を約束されているお前はどんな夢を描いているんだ?…やはり他人から見た知人の夢を描いてるのか」

「…お前が閉鎖空間でいつも共に戦っている戦友達には及ばないだろうが、俺とお前との間にもそれなりの友誼はあると感じている」

「…でも正直俺は怖い。今感じる平穏が、水面下・雲の上での争いの中で意図的に作られているばかりではなく、身近な存在によってまで意図的に作られているものなのかどうか。日常の全てのやりとりもその調整のためにされていることなのか…」

 信頼されているのかどうなのか少し残念な気もするが・・・

「夢とか馬鹿みたいなこと言ってて恥ずかしいんだからさっさと応えてくれないか」

 彼の気持ちもよくわかる。実は周囲の人間関係が全て操作されての結果だとしたら、僕だったらどう考えるだろうか。
 彼は、僕自身が機関の行動原理に従って動いているのか、SOS団の一員として帰属意識を持って行動しているのかを聞いている。だとしたら、僕の回答に迷いはない。彼は真摯に自分の不安を、想いを、打ち明けてくれている。僕は友人として、それに応えなければならない。

「雪山で言ったことがありますよね。もし長門さんが危機に陥るようなことがあれば、機関の意志に反してでも貴方に協力する、と」

「ああ、覚えてる。一度だけっていう制限付きだったがな」

 いつもと変わらない皮肉のようで、彼の一言一言から彼の気持ちが滲み出ているのが分かる。

「あれが僕の心からの本心です。制限については、状況によっては一度に限ったものとは思っていません。それでも敢えて制限を付けたのは・・・僕にも優先順位があるからです」

 ——優先順位がある
 その僕の言葉に対して、彼の表情は明らかな変化を見せた。さっきまで会話の主導権がどうとか考えていたのが馬鹿らしくなるほどに彼の心境の動きが手に取るように分かる。しかし、そんなことは僕にとってももうどうでもいい。

「誤解を恐れず言えば、僕にも野心はあります。でもそれは、貴方が言うところの能力のある人の夢というようなものとは形を異にします。そんなものは僕の予定表にはありません。基本的に貴方の意に反するものではありませんし、SOS団の意に反するものでもありません。誓います」

「そうか・・・」

 彼は力なく短く応える。

「僕が望むのは世界の平穏、SOS団の平穏、これは間違いのないことです。未だに小さい頃の世界を救うヒーローに憧れているわけではありませんが、毎度命の危険のある閉鎖空間に赴くのには、容易ならざる決意があるからです」

 肝心なところを誤魔化したこんな言葉で僕の気持ちが伝わるかどうかはわからない。しかし、かと言って多くを語るわけにはいかない。

「同様に、僕が機関に所属し続けることも、SOS団に所属し続けることも、容易ならざる決意があるからです。そしてその決意の所在は、繰り返しになりますが決して貴方の意に反するものではありません」

 だからこそ、僕は精一杯の気持ちを込めて応えなければならない。

「僕はSOS団の副団長ですから」

 しばしの間が空き、やがて彼は、僕の真意を探るように、真直ぐと僕の眼に視線を合わせてきた。しかし、その目は言葉通り真直ぐだ。いつもの彼なら、気色悪いと一言吐き捨てるような状況だ。
 ・・・通じたのだろうか。

「・・・『容易な決意』なんてものがこの世に存在するのか、俺は知りたいね」

 彼はお得意の仕草と溜息とともに皮肉めいた言い方をした。こうやってお得意の仕草をとりつつ小さな揶揄を込めながら相手の意思を肯定するのはいつもの彼だ。

 いつもの調子に戻った彼が時計を見ながら言う。

「そろそろ姫様がお待ちかねの時間だ。戻ろうぜ。合宿先については宿題ということにしといてくれ」

 待ち合わせ時間にはまだあるが、確かに彼女なら既に彼を待ちこがれている時間だ。それにこの上ない話の切り方だ。こういう長けたものがあるなら、それを他のところで使ってくれれば僕も楽ができるのに。

「分かりました。貴方の貯金も底を突きそうですし、遅刻はよろしくありませんからね」

 それなら僕も流れに合わせるだけだ。

「なっ!?まさか俺の預金残額まで把握してるのか!?」

「さて、どうでしょう」

 僕はいつも以上にわざとらしいまでの得意の表情を使う。

「冗談じゃないぞ!最低限のプライバシーは守ってくれ!」

「少しくらいは我慢してください」

 僕のスマイルと彼のやれやれが交錯する、何のことはない平穏・・・


・・・・・
・・・




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