機械知性体たちの狂騒曲 メニュー

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 ごおごおと風の音が止みません。
 そして叩きつけてくるような雨の音も。
 七〇八号室の窓辺でキミドリさんとふたり並んで座り込み、そんな荒れ模様の暗いお空をぼーっと眺めています。

 

「これからもっと風が強くなりそうですね」
 それはまだ十月の頃のお話でした。 
 この弓状列島に台風が接近しつつあるという気象情報を、居間のテレビが継続して流していました。
 相当に勢力が強く、このままいくと列島西部、四国地方と呼ばれる地域に上陸する恐れがあるらしいのです。
 人間にとって、自然災害というのはとても恐ろしいものなのでしょう。
 警戒するように、テレビのアナウンサーがさかんに視聴者に呼びかけているのが印象的でした。

 

 わたしもまた、その情報に不安を感じているひとりだったりするのです。
 なにが、というと長門さんが帰って来ないのです。

 

「どうしたんでしょう。長門さん」
「今日はずいぶん遅いですねぇ」
 ぼそりとつぶやいたわたしの言葉に、キミドリさんが心配そうに同意してくれました。
「例の文化祭というものの準備で忙しいのかもしれません」
「でも、もう七時ですよ」
 時計を振り返って時刻を確かめて言いました。
 キミドリさんとふたりで用意していたご飯はすっかり冷めてしまってます。
 家主の帰りを待って、三人で食卓を囲むのがこの長門家の決まりなので、連絡がない以上は先に済ませたりはしません。
 長門さんもそれを承知してくれているので、いつもだったら電話で連絡してくれるのですが、今日に限ってなにも言ってきてくれない。
 どうしたんでしょうかねー。

 

「朝倉さん。先にお風呂に入ったらいかがでしょうか。わたしがいますし、電話を取るくらいならできますから」
「……そうですね。そうさせていただきますか」
 よっこらしょっと。
 立ち上がったわたしは、着替えを用意するために寝室に向かいます。
 その時でした。
「電話ですよ、朝倉さん」
 強い風の音と、テレビの気象ニュースの音声。そして今は電話のコール音。
 三つの音が重なることで、妙な不安がわたしの中に過ぎります。
 なにか、あったのでしょうか。

 

「……長門さんですか?」
 キミドリさんに手伝ってもらい、電話機のところまで這い上がったわたしは、おそるおそる受話器を取りました。
 ナンバーディスプレイには、確かに長門さんのケータイ番号が表示されていました。
『連絡が遅くなって済まない』
 確かに、彼女です。
「いえ、こちらは別に……なにかあったんですか?」
『涼宮ハルヒの、例の映画の製作がいろいろと難航している』
 ああ、例のあのトンデモ映画ですか。
 その内容に併せていろいろと事象改変が続いているので、思念体も頭を悩ませているという。
 するとこの嵐もそうなんでしょうか。
『これは、既定事項にはなかったもの。想定外』

 

 へえ。
 ……あれ。それって……。

 

「……なんか、別な意味で大変なことになってませんか」
『問題ない。特に大きな変数要素ではないと、思索派が言っているらしい。無視していいレベル』
 そうなんですか。

 ならいいんですけど……。
『それはともかく、いろいろとこちらで処理するべき事項ができたので、今夜は泊り込むことになった』
「だいじょうぶですか?」
『むしろ、今の気象状況で帰宅する方が危険性が高いと涼宮ハルヒが判断している。わたしはともかく、ほかのメンバーは確かにその危険はある。妥当な判断』
「まぁ、確かに」
 窓を振り返ると、さきほどよりさらに風雨の勢いは強くなっているようでした。
 長門さんはともかく、ほかの人たちには確かに辛い状況なのです。
「超能力者や未来人とはいえ、人間は人間ですしね」
『その通り。そのようなわけで、このまま泊り込むが、明日の夕方には一度帰宅する。それまでキミドリさんと七〇八号室の保守にいそしんで欲しい』
 ……ちょっとだけ、不安な気持ちになったり。
 でもそんなことで、長門さんを煩わせてはいけません。
「了解しました。もちろんだいじょうぶです。では、そちらも気をつけて」
『――おやすみ』
 それだけ言うと、あっさり電話は切れてしまいました。
 クールというのか、淡白というのか……。
 長門さんらしいといえば、らしいのですけど。

 

「と、そういうことらしいです」
「まぁ、一安心ですね。よかったよかった」
 電話機の台から飛び降り、簡単に事情を説明すると、キミドリさんも安堵したようでした。
「じゃあ、お風呂に入る前にごはんにしてしまいましょう。キミドリさんもお腹がすいたでしょう?」
 といっても、彼の場合は砂糖水とか、そんなものでしたが。
「ええ。でも、ちょっと寂しい気がします」
「仕方ないです。これも彼女のお仕事ですから」
 それをサポートするのが、わたしたちの役目です。
 寂しいとか、そんな理由で長門さんに迷惑をかけてはいけないのです。
「それはそうなのですが」
「?」
 なんとなくいつものキミドリさんと様子が違うような。

 

「どうしたのですか?」
「いえ、今まで長門さんが帰ってこなかった日がなかったもので。どうにも、落ち着かないというか」
「……ふーん」
 彼は、長門さんに創造された擬似生命体です。
 キミドリさんにとって、長門さんはいわば親、とも言える存在。
 そういう根源的なものが彼にも宿っているのかもしれません。
「な、なんですか。わたしの顔になにか?」
「いえいえ。ささ、食べてしまいましょう」
 にっこりと微笑んでキミドリさんを食卓に連れていきます。
 ……案外、こう見えても寂しがり屋さんなんでしょうかね、この風船わんこは。

 

 

 食事が済んで、お風呂に入ってしまうと、あとはもう寝るだけです。
 一応、窓がしっかり閉まっているかどうか、保守点検だけは忘れずに。
 キミドリさんを彼専用のペット小屋に連れて行き、タオルケットをかぶせてあげます。
「おやすみなさい、キミドリさん」
「……はい」
 どことなく落ち着かない雰囲気です。
 そんなキミドリさんを見ていると、ちょっとだけお姉さん気分を味わってみようかと、いたずら心が芽生えてしまいました。
 むかーし、むかし。
 長門さんに対してそうであった時のように。
「キミドリさん」
「はい?」
 わたしは笑顔のまま、そっとキミドリさんのほっぺたにキスをしました。
「――あ、朝倉さん?」
 驚いたキミドリさんが狼狽の声をあげましたが、わたしはその様子にさらに微笑んでしまいました。
「これで、だいじょうぶ」
 キミドリさんの頭を優しく撫でてあげます。
「おまじないです」
「……ありがとうございます。もう、落ち着きました」
 少しだけ照れたようにキミドリさん。
「おやすみなさい、キミドリさん。いい夢を」

 

 見れたらいいですね。
 作られたわたしたちでも、見られたらの話ですけども。

 

 

 まっくらな部屋で。
 普通のサイズのベッドに、たったひとりで横になるというのも初めてのこと。
 わたしひとりには、広すぎるのです。

「……長門さん、だいじょうぶかなぁ」
 さらに雨の降り方が強さを増してきていました。
 時刻はすでに十時を回っていました。
 まぁ、学校にいる限りはだいじょうぶでしょう。
 それに彼女は人間ではないわけですし。万が一のことすら気にすることもないのでしょうけど。

 唯一気になるのは、規定事項にすら存在していなかったという、この台風。
 つまり、超自然の現象の可能性が高いということです。
 いつもであれば、それは涼宮ハルヒの力が影響しているのに間違いない、ということになるのですが、今回はそれでもないという。

 ということは、ちょっと妙な話ではあります。規定事項から外れたことが、彼女の力の外で発生しているということですから。

 とはいったものの、今の自分ではどうにもしようがありませんから、仲間の端末たちに任せるよりありません。

 

 それにしても――。
 涼宮ハルヒ。彼女の現実に介入する能力は計り知れないのです。迷惑なことも往々にしてあるのですけども。
 そういった変化に、推測推論でうまく把握し対応できればいいのですが、なにぶん人間の未知の部分、精神性やそういうものを完全に理解していないわたしたちですので、対応が遅れたりするのも確かなのです。

 ほんとうに不思議な人なのです。彼女は。
 もっとも彼女だけに限った話ではなく、人類という種そのものがわたしたちには不思議だったりするのですけど。
 だから、いつまでもこの星にこだわるのでしょうか。情報統合思念体は。
 ……めずらしく、まともなことを考えてるなぁ……わたし。


 ……と眠りにつこうとした時。
 誰かが、玄関の扉を開けたような、そんな気配を感じます。
 え?
 思わず起き上がり時計を見ると、もう十二時を回ろうとする頃。
 
 ――まさか、泥棒?
 でも玄関のドアは確かにカギをかけたはず。

 その気配は、そろそろと足音を消して部屋の中に入ってきています。確実に。
 ど、どうしよう。
 もしも人間が、窃盗目的で侵入してきたとしたら、どうやって対応したらいいのでしょう。
 今のわたしの体では――いや、情報操作はやってできないわけではないのですが。
 自身の身体構成情報そのものをリソースにしなければならないという、最悪のデメリットを感受すれば……
 つまり、さらに体が小さくなってしまう危険を冒せば、ということなのですが、
 しかし、それでほんとうに撃退できるのか――。

 

 怖い。
 どうしたら……。

 そう躊躇していた時、寝室の扉がゆっくりと開かれました。
「な、長門さん――!」
 思わず、彼女の名を叫んでしまっていました。

 

「……そう」
 拍子抜けする声でした。
「へ?」
 ベッドの上で怯えていたわたしは、その現実が把握しきれませんでした。
「……ほんとに、長門さん、なんですか?」
「ただいま」
 そこには、確かに制服姿の長門さんがいたのです。
「起こしてしまった?」
「な、なんで、ここに」
 今日は帰らないって、言ったのに。
 あわてて彼女のそばに駆け寄りました。
「それも、こんな時間に。どうしたんです!」
「……別に」
 彼女の足元にまでたどり着くと、その姿に驚きました。
 全身、雨に濡れてぐっしょりじゃないですか。
「なんてひどい。風邪ひいちゃいますよ!」
「落ち着いて。わたしたちは、そのような状態にはなりえない」
 ――あ、そうか。
 人間では、なかったのです。確かに。
「でも、どうしてこんな」
「……作業が一段落したので、帰っただけ。別に、なにも」
 そう言いながら、ぽたぽた髪から雫が落ちるのも気にせず寝室の扉のところで立っています。
 いくら風邪をひかないといっても、こんな暴風の夜に歩いて帰ってくるなんて、無茶すぎです。
「と、とにかくお風呂に入ってください。急いで。有機生命体の体を保持しているのは違いがないんですから!」
「――どうしたんですか?」
 寝ぼけまなこのキミドリさんが、ようやく気づいたのか起きてきました。
「あれ……長門さん!?」
 ああ、ややこしい。
「とにかく、長門さんはお風呂に。キミドリさんは、落ち着いて。それから暖かい飲み物を入れる準備を手伝ってください」


「どうしたんですかね、長門さん」
 台所でお湯を沸かし、インスタントのココアを作るを支度しながらキミドリさんがつぶやきました。
「こんな台風の中、歩いて帰ってくるなんて」
「…………」
 なんとなく、その理由がわかるような気がしました。
 彼女がわたしたちを心配して帰ってきてくれたのだ、というのが、その理由。

 あの電話の時、一瞬だけ返答に躊躇したわたしの不安を、感じ取ってくれたに違いないのです。
 彼女はなにも言いませんが。たぶん、きっとそうなのです。

 実際キミドリさんからは、先ほどまでの落ち着きのなさは感じることができません。
 やっぱり、このお家は長門さんのお家。三人いてあたりまえの状態なのだということを、あらためて実感させてくれました。

 

「……お腹すいた」
 ほかほかに温まった長門さんが、バスタオル一枚でふらふらと台所にやってきました。
 ああ、もう。
「早く服を着てください。ただでさえ寒いんですから」
「……先ほども言ったが、我々は風邪など――」
「体によくないのは確かなんですから。言うことを聞いてください。お夜食なら今作りますから」
「……わかった」
 少ししょぼんとした様子で、すごすごと引き下がります。
 最近、このお家での発言力が増しているのは、気のせいではないのです。
 長門さんの生活を支えているのはわたしなのだという自負が芽生えて久しいこの頃。

 彼女を大切にしなければ。
 こうやって長門さん支えることが、今のわたしにできる唯一のこと。

 そして思うのです。
 彼女もまた、わたしたちのことを大切に思っていてくれているのだと。

 こんな嵐の夜に、無理をしてまで帰ってきてくれたのは、きっとそうだからに違いないのです。
 お互いを大切に感じている、このお家が今のわたしのいる場所なのです。
 だからこの先なにがあろうとも、ここに三人で一緒にいたいと強く思うのです。

 

 どんな困難が待ち受けているのだとしても――。

 

 

 ―第七話に続く―

 現在製作中

 


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