機械知性体たちの狂騒曲 メニュー

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 あのままだったら、今頃どうなっていただろう。
 そして今の姿は、それほどに惨めで残酷なもの?

 

 それが案外そうでもない。
 満足していると知られるのは癪に障るけど。

 

 ―ある情報端末が過去を振り返りつつ―

 


 玄関前での迎撃準備は完了しています。
 この七〇八号室の主が帰宅する時刻になろうとしていました。
 いつもどおりなら、あの超絶怪しげ集団、SOS団の団活を終えて学校からの帰途に着いているはず。
 ここのところ涼宮ハルヒを巡る大きな事件があるわけでもなく、ということは彼女はまっすぐここへ直帰するはずなのです。

 

「キミドリさん――いえ、ブラボー1。準備はよいですか?」
 プラスチック製のボウルを頭に被り、槍代わりに携帯していたパソコンクリーナーの箒(ほうき)をびしっと我がパートナーにさし向けます。
 その箒の先には、いささかやる気のない表情(そもそも顔がない)の風船犬のキミドリさん。
「朝倉さん。ほんとうにやるんですか?」
「当然です。もう今度という今度は絶対に許しません」

 わたしは怒りに燃えていました。

 この七〇八号室は現在、暴虐の君主がごとき家主・長門さんを迎え撃つべく、要塞に変貌していたのです。 
 玄関の廊下には、積み上げたゲーム攻略本による土塁が防壁として陣地を形成。
 手元には投擲用に用意したピンポン玉。
 今のわたしの筋力ですと毎分二〇発ほどの投擲速度を誇ります。これで玄関先に彼女を釘付けにするつもりでした。

 ドアを開けたらすぐ開戦! ここが第一次迎撃地点となります。
 そして今、ゲーム攻略本の防壁の陰に潜みつつ、わたしとキミドリさんは作戦直前の入念な打ち合わせをしているところ。
 気分は、連合軍を迎え撃つべくブラッディ・オマハのバンカーに篭るドイツ軍なのです(よく知りませんが)。
 
 今度こそ我々に勝利を。
 倒せ、傲岸不遜の支配者を。
 許すまじ、残虐なる抑圧者の長門有希を!

 

「……と、まぁ、そういう大層なプロパガンダを掲げたところで、聞いてるのはわたしだけなのですが」
「こういうことは形が大事なのです」
 鼻息も荒く、こぶしを握り締め天を睨みつけます。
「確かに。我々の戦力は劣勢です。あの強大な戦力(本物のインターフェイス)を相手にするには、いろいろ不足しているのかもしれません」
「……そりゃあ、まぁ。なんといっても、わたしたちだけですし」
 改めて指摘されると、現実の辛さが突然実感できたり。
 端末としての能力をすべて失ったちび人形のごときわたしと、怪しい飛行能力(浮遊能力?)しか持っていない風船わんこのキミドリさん。

 現在総戦力、何度数えても一体と一匹。
 端末どころか、人間すら数に入っていないこの現状。

 キミドリさんは周辺に配置された土塁や、すでに廊下に仕掛けた地雷(バナナの皮)に目を向けながらつぶやきました。
「そのへんのご近所の子供さんが気軽に遊びにきても、秒単位で壊滅しそうな防衛線ですが」
「……心もとないのは認めます。でも、だからこそ士気だけは高く保つ必要があると思うのです」
 今度こそ、長門さんにやり返さないと気がすまないのはほんとうでした。
 絶対に、あんなことを承諾するわけにはいかないのです。

 

 それは昨日のことでした。
 わたしはいつものように、七〇八号室の家主のための家事にいそしんでいました。
 なにしろこの家の主、長門さんははっきり言ってしまうとずぼらです。
 ゲームばかりに夢中になって、肝心かなめな本来の任務、涼宮ハルヒの観測はおろそかになりがちですし、そもそもの日常行動も頼りない。
 食事に洗濯、掃除に買い物(外出が必要なので、これはさすがにわたしだけでは無理なのですが)と、そのほとんどは今現在、わたしひとりで担当しているようなものです。

 それも仕方ありません。
 再生に失敗したものの、長門さんのバックアップという役割は植え込まれたままのようなのです。
 当初は派閥の意向の相違による反発もありましたが、今では積極的に彼女の足りない部分、主にこの駐留拠点のメンテナンスを地道にこなしていたりするのです。

 いつのまにか、キミドリさんという新しい住人も増えたりして。
 まぁ、こんな状態も悪くはないかな。
 そう、思うようになっていた頃でした。

 

「……話がある」
 台所で、キミドリさんとふたりで夕食の後片付けをしていると、
 居間で休んでいたはずの長門さんが声をかけてきました。
「はい。なんでしょう?」
「朝倉涼子。あなたにだけ、話がある」
「……? はい」

 妙な雰囲気でした。
 そこでわたしは、またもや長門さんがなにかを企んでるのではないかと考えます。
 いつもいつもそうでした。
 油断すると退屈しのぎなのか、わたしをおもちゃのようにいじり倒す。それが長門さんです
 どういうつもりなのかはわかりませんが、警戒はしておくべきです。
「……じゃあ、あとを頼みますね、キミドリさん」
「了解です」
 わたしはひょい、と台所から飛び降り、てくてくと長門さんのいる居間に向かいました。

 

「――もう一度、言ってください」
 自分の声が震えていることに驚きを感じませんでした。
 今、なんと言ったんです?
 それに対する、テーブルの向かいに座る長門さんの目は普段よりもシリアスで、おちゃらけた雰囲気はみじんもありませんでした。
「もう一度説明する。あなたは明日、ここから出て行くことになった」
「どうして!」
 両手で思い切りテーブルを叩きました。体重が軽いので大した音も響きませんが、それでも痛みは感じました。
 でも、まったくそんなことが気にならないほど、強いショックを受けている自分です。
「理由を教えてください」
「教えられない」
 声のトーンも、いつもとほとんど変わりがありません。
 もともと感情表現の苦手な端末の彼女ではあったのですが。
「明日。夕刻には別派閥の情報端末があなたを引き取りに来る」
「そんな……キミドリさんはどうなるんです?」
「この部屋に残る。異動は、あなただけ」
 信じられません。
 いったい、なにが起こったというのでしょう。
「ですから、理由を……!」
「残念だが、あなたには説明できない」
 長門さんは音もなく立ち上がると、わたしに背を向けました。
「明日の朝食の支度はしなくていい。出立の支度をして待機するように」

 

 そんな説明で納得できるわけがありません。
 なにが起こったのかすら、わたしにはまったく理解できないのです。
 彼女の気分を害するようなことを、知らないうちにしてしまったのでしょうか?

 もしかしたら、以前彼女のノートPCを破壊してしまったことが原因なのでしょうか。
 だとしたら、それは確かにやりすぎだったのかもしれません。
 ……でも、ほんとうにそんな理由?

 まんじりともせずに一晩が経ち、そして今朝、長門さんは朝食も取らずに学校に行ってしまいました。
 わたしとは一言も口をきこうとはせずに。

 

 

「なんでですか。もとはといえば自分が無理やりここに連れてきたくせに!」
 昨夜のその様子を思い出しながら、ぶんぶんとほうきを振り回しました。
「絶対に納得のいく説明をしてくれるまで、わたしは戦います。今更、ここを出ていくことなんて考えられません!」
 それもほかの派閥の端末に引き取られるだなんて。
 主流派の長門さんにさえ、この姿を見られるのは屈辱的だったというのに……!

「ほんとに、もう、なんでこんな……むきーっ!」
「落ち着いて、朝倉さん。血管が切れそうですよ」
「……はぁ、はぁ」
 あまりにも力を入れすぎたのでしょうか。なんともいえない疲れを感じ、パソコンクリーナーのほうきの先をイジイジいじくりながら、フローリングの床に座り込んでしまいます。少々惨めったらしい気もするのですが。
「……そうですよ。絶対出ていくもんですか」
「朝倉さん」
 キミドリさんの声も沈んでいました。
「とにかく。もう一度、長門さんときちんとお話ししましょう。こんな戦争まがいのことをしなくても……」
 理屈は、わかります。
 ですが今のわたしは、そのような理性的な思考ができなくなってしまっているのです。
 自分でも、それがわかります。以前の、完全だった頃の自分ではぜったいにこんなことはなかった。
 "感情"という、人類擬態のための表層的プログラムの発現ではなく、今のこの怒りの表現は、真実、体のどこか内側から発生しているのがわかるのです。

 どうしても、それが抑えられない。
 自分でも怖いくらいに、怒りとか悲しみとか、悔しさがあふれて止まらないのです。
 わたしは下唇をかんだまま、キミドリさんに返答はしませんでした。

 

「そろそろ時間ですね、朝倉さん」
 長門さんの帰宅時刻予定まであと数分というところ。
 キミドリさんの声も緊張してきました。
「……ではキミドリさん。打ち合わせどおりに」
 わたしたちは、最初に決めたとおりに雑誌を積み上げた土嚢の影に隠れ、玄関のドアを注視します。
 このドアが開いたら、ふたりでいっせいにピンポン玉の投擲を開始するのです。

「……ふふ……さすがの長門さんも、よもやこんな逆襲を受けるとは思いもよらないはずです」
「まぁ、思いもしないのは確かでしょうね」
 器用にピンポン玉を、お手玉のように操りながらキミドリさんが言います。
「ともあれ、そこまで腹を決めたのでしたら、最後までお付き合いしますよ。なにしろわたしも朝倉さんとはずっと一緒にいたいと願っていますから」

 

 ガチャリ。
 玄関のドアノブが音を立てます。
「来ましたよ、キミドリさん」
「了解」
 静かに重い鉄製のドア開き、空気が動きます。
 その向こうには、北高のセーラー服が。
 それを認めた瞬間、ありったけの大声でわたしは叫びました。
「撃ち方、始め!」
「申し訳ありません長門さん! 覚悟!」 
 ふたりがいっせいにピンポン玉を投射。声かけの勇ましさとは裏腹に弾道はヘロヘロでしたが――。
 でも狙いは悪くありません。投げた玉がセーラー服に当たる、と思ったその時でした。
 ブウン……という、セミの羽音にも似た空気の振動音と共に、次々と小さな白い玉が空中でかき消えていくのです。 
 まるで、見えないやすりで削り取られたように……!
 これは――情報操作。それもすさまじく高度な、常態物理障壁。
 長門さんがそんなものを常時展開しているはずが……。

 

「ふふ……ずいぶん楽しそうですね」
 わたしたちの驚きに対して声が続きました。
 緩やかなウェーブのかかった長い髪。
 その下にはいつも絶やさない穏やかな微笑み。
「……あ……あなたは」
「お久しぶりですね。朝倉さん」

 悠然とした態度のまま、彼女は首をわずかにかしげました。
 そこにいたのは、長門さんではなく――情報統合思念体、穏健派情報端末。
 もっとも力あるインターフェイスのひとり。喜緑江美里でした。

 

 

 ―第三話へつづく―

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最終更新:2009年11月15日 16:52