無題・2
 
 やがて私は意味を見つけた。存在の証明。
 物質と物質は引きつけ合う。それは正しいこと。私が引き寄せられたのも、それがカタチを持っていたからだ。
 
 光と闇と矛盾と常識。私は出会い、それぞれ交わった。私の楽器にその機能はないが、そうしてもよいかもしれないことだった。
 
 仮に許されるなら、私はそうするだろう。信じて、再び楽器を手にする。
 待ち続ける私に、奇蹟は降りかかるだろうか。ほんのちっぽけな奇蹟。
 
 
 
12月1日。フランス、パリ
 
ピアノ、フルート。喫茶店の内、凍てつくような街。私の前で二人の紳士が笑いあっている。
ジョン・スミス氏から受け取った交換日記は彼に返せていない。クリスマスには日本に戻る。
 
クラリネットに手が着かない。放っておくと乾燥して割れてしまうだろう。
理屈っぽい私も、そろそろ割れてしまう頃だ。
 
月・火・水・木・金・土・日
 
喫茶店に置いてあるピアノの上に置いてある七曜のカレンダー。羅ごう星と計都星が足りない。
九曜のうち、この二つの曜は暗黒のものとして取り払われたけど、暗闇が無ければ輝きは存在しない。
 
曲目:「管弦楽組曲第2番 BWV1067」 作曲者:バッハ
 
目の前から聞こえる、フルートと、ピアノのデュエット。
ピアノを弾く、いけ好かない男と、フルートの黒い影と言うべき誰か。今日の演奏は日本人らしい。
 
『眼鏡をつけた』長門さんをちょっと思い出す。私が眼鏡を壊してしまってから、彼女は変わってしまったと思う。
 
伴奏は世界、旋律はその世界の登場人物によく例えられる。音楽は、だから演劇に近いのだと。
 
私は彼女が作曲した譜面をピアノで弾いた。例えどおりなら、私が作った世界は灰色の寂しい世界。
彼女はフルートでその世界を漂っていたが、私には意味不明な行動をする青い巨人のように見えた。
 
ブラックな世界と、ブルーな旋律。足りない楽器のせいではないはず。少なくとも、私には理解ができなかった。
まるで彼女の音楽が、呪文になってしまったようだった。
 
「まあ、なすようになりなさい」
 
そして、私はコーヒー代を払い、歩き出す。コーヒーの香りが良い余韻を与える。
今日が良い日になりますように。
 
12月3日。フランス、パリ近郊
 
ピアノを叩く。もう何を弾いているかも分からないけど。
はき出すために叩いてるだけ。わたしは何をしてるのだろうか。
 
曲名を付けるとしたら、こんなのがお似合い。
 
    曲目:ホンキー・トンク(騒々しくてけばけばしい安キャバクラ)
 
クリエーティブじゃない。私の音楽は何を創造しているのだろうか。
否定的に壊れている、この音楽。自分でも理解はできないけど…
 
音楽を壊そう。空虚な音楽をサボタージュ(破壊)しよう。
 
明日、日記を長門さんに送る。彼に知られて恥ずかしい部分は全部フランス語で書いた。彼には分かるまい。
 
私は椅子から立ち、赤いボールを空に投げる。
確率学が私に味方をして、このボールが波動として地球をくぐり抜け、彼に届くことを祈りながら。
 
今日が良い日になりますように。
 
12月4日。フランス、パリ。Montaigne(モンテーニュ通り)
 
ピアノを叩く。そして気づく。調律をしていなかったピアノ線がとうとうブチ切れたらしい。
奇妙な音が周りを回す。自分の絶対音感と、自分の叩いている音が喧嘩をする。
 
私は席を立つ。ピアノを貸してもらえるか、喫茶店へ急ぐ。
 
椅子の調整をすませると、ピアノを叩く。気分的にワン・ステップ(ダンスジャズ。ユーロビートをパラパラと呼ぶようなもの)を弾きたかった。
激しい即興のフレーズが始まる。喫茶店がざわめく。曲目は、そうね、出来も悪いし…
 
    曲目:クラムベーク(とりあえず賑やかなパーティ)
 
黒い影が私に棒を向けた。銀色の鈍い光を放つピッコロ(ソプラノが出るフルート)が目の前に現れる。
 
「あなたの――――」
 
吸い込まれるような、黒い瞳。蒼白な肌。日本人というよりは、日本人形。
 
「―――瞳は…とても――…きれいね」
 
ピッコロが入る。主旋律明け渡し。すぐに曲調が変わる。これは…聖歌?
 
    曲目:ボランティリィ(礼拝序曲)
 
ピッコロの音のベクトルは、観客でなく、私に向いていた。
最初は私の音を確認しているものだと思う。しかし、音節を一つ弾き終わって違うと感じた。
私を確認しているのではなく、常に後ろで影になるように計算して吹いている。
 
…まさか、私を礼拝するための曲?まさか、まさかね…
まったく、どちらが伴奏か分かったものではない。
 
表情のない顔。淡々と吹き続ける暗い平たい音。理解できない演奏の理論。
 
二十伴奏の体を見せるデュエットは、バィオリン、チェロの参加でカルテットとなる。
 
バイオリンの構えに自信を感じる可愛らしいツインテール。金髪、北欧人だろうか。
チェロをしっかりと構える、昨日ピアノを引いていたあのいけ好かない男。なかなか様になっている。
 
二人の弦弾きは目を閉じると、まわりに風を起こすように、強く弓を引いた。
私も目をつぶる。二つの弦が、私たちの世界に入ってくる。暗い暗い世界の中に。
 
力強い音。今度こそ主旋律が定まる。私たちは歌い出す。
 
    曲目:サルバティオ(救い)
 
今、世界は私たちのもの。
壊してしまえ、この非道に満ちた世界を。
 
弦楽器から聞こえる、光の精霊。
ピアノから聞こえる、暗い世界。
 
明るい光は、暗い闇を切り裂く。
輝光、暗闇が対立する。揺れる。
  
二つはやがて和解し、調和する。
光り輝く世界。淡いクリーム色。
 
さあ、復活のときが来た。
歌え、喜びのコラールを。
 
全てを受け入る、優しい伴奏。
暖かい舞を踊る、強い主旋律。
 
しかし、この世界は終わらなければならない。
だから、その前に伝わってほしい。
 
たたきつけるコルレーニョ。※
強く、強く。響孔から響く、街に伝えるおと。
 
この揺れよ、伝われ。伝われ…
 
(※弓の木の部分で弦をたたくこと)
 
 
即興の曲を終わらせるあの定番のコードは無かったが、演奏は自然に終わった。
 
「bravo(最高だ)!」
 
大きなクリスマスツリー。凍てつくような寒さ。パリの街。美しく光り輝くシャンゼリゼー。
見慣れたパリの街。いつもよりも輝いている。星のように、限りなく美しく瞬き、輝いてる。
 
『瞳がきれい』なのは、黒と白が調和しているから。街の光と、空の暗黒。この二つが調和し、輝いているのだと気づく。
 
観客の小さいながら、精一杯大きな拍手が周りを揺らし、私はその拍手に礼をする。
顔を上げると、皆の青く輝く瞳が見える。とても、きれい。
 
今が、幸せ。
 
最後、小包に入れる前に、これだけは書いておこうと思う。
今日は良い日になりました。
 
(即興演奏時の譜面を添付。あなたの曲にぜひ使ってほしい)
 
12月10日。日本、西宮市。
 
楽しそうだな佐々木。
俺もピアノが弾けたら楽しそうだが、残念ながら、俺はピアノはできない。がんばって初めてみることにする。
 
さて、長門にも朝比奈さんにも、お前と同じように怒られたが、いや、まさか…まさかな。
眼鏡については、ハルヒに出くわした時に聞かれた。ハルヒの目にも、眼鏡の有る無しで、かなり変わったように見えたらしい。
お前と喧嘩して割れたとは言いたくなかったわけで、黙っていたら上目遣いで思いっきしにらまれた挙げ句、精神が不安定になってきたところで『まあいいわ』とそっぽを向かれた。
ま、いくらあいつだからとはいい、これ以上はつっこまないだろう。ちなみに俺としては、長門は眼鏡無しのほうが可愛いと思う。俺には眼鏡属性はないからな。
 
まあ、そういうわけで今日から鍵盤の練習を始める。
 
………
 
……
 
 
皆にはメールで欠席を連絡、音楽室のオルガンで、バイエル(ピアノ初心者用練習曲)をゆっくりと進める。
お約束の如く、泣きたくなるほどできない。音を読む以前に、どこが『ド』か、どこが『レ』かがどうにも…。
 
ハルヒがあきれ顔でやってきて、悪態を付く。
 
「下手ね」
けっ。ピアノなんか、全く弾いたことはない。下手で当然、あたりまえだ。
 
「言い訳無用。あんたほんとに楽器やったことあるの?楽譜、読めるんでしょ?」
夕日に照らされて、ハルヒの顔が赤く見える。言葉の鋭さとは裏腹に、ハルヒの顔は優しかった。
 
 
 
「なら、大丈夫。クリスマスまでに結婚行進曲ぐらい弾けるようにしたげる」
そんな張り切らんでいい。だいたい、まだ『ドレミファ』の位置だって分からないんだ。鍵盤をじっと見つめても弾けない。もはやこれはバニエルとか以前の問題かもしれん。
 
「だいじょうぶよ。もっかい、ゆっくり、やってみて」
ハルヒの指が自分の指と重なる。指と指が、音と音が絡み合う。
 
「ここが、ド」
 
ド…
 
「ここが、レ」
 
レー…
 
「ミ」
 
ミー…
 
「ハルヒ、赤いな」
日が傾く。
 
ド・レ・ミ
 
「え、あ、ええと、『あなた』が…次はファ…」
全てが赤く染まっていく。
 
ド・レ・ミ・ファ…
 

第十一章 〆 


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