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いつだって僕らは

 

 「キョン、何してるのよ。こんな数式も解けないようじゃ失格よ!」

 

 二次方程式も解けないような俺に、こんな難しい問題は解けないね。数字が並んでいる意味もさっぱりだ。
 これだったら、さっきからばりばりやってる長門に任せればいいだろ。

 

 「有希が特殊解見つけてくれたんだから、あんたももう少し役に立ったらどうなの」

 

 トクシュカイって何だ。特集番組かい?おお寒っ…ってか、長門と俺を比べてくれるな。レベルが違いすぎるだろう。
 だいたい、全教科満点で学年成績ぶっちぎり一位の長門と、赤点ちょっと上を低空飛行中の俺を同じ舞台に乗せること自体が間違っているんだよ。
 
 「あたしとならいいの?あたしも解の一つが量子力学の基礎方程式を満たすことは証明したんだけど」
 
 無茶苦茶いうな。そもそも、普通の高校生がリーマンだかアンパンマンだか幾何学をいじること自体異常なんだよ!
 …そういえばお前も学年一位だったな。長門のように全教科満点とまではいかないが。
 
 「ふぅ…あともう少しで方程式の全貌が見えるのに…」

 ハルヒは盛大な溜息をつく。
 
 横を見ると、長門はΣとか∀とか∃とか⇒とかよく分からない記号を紙面にずらずらと書き連ねている。
 これが同じ人間とは思えないね。超人的な頭脳を見る限り、まさか宇宙人かなにかじゃないだろうな。

 

 向かいを見ると…

 「これは困りましたね…全く理解できません」

 古泉が頭をひねっていた。全く同情せざるを得ない………あたりまえだ!こんなもん、できなくて当たり前だ!

 

 斜めでは朝比奈さんが…
 「ふえぇぇ」

 首を振って紙を見まいとする。確かに、こんなもん見たって理解は絶対に不可能でしょう。
 そろそろピアノ部に戻ったらどうでしょうか。俺は管弦学部には戻りたくないですが。

 

 科学研究会の活動は、普段はまあ、こんな調子である。
 『明日に向かう方程式』と名付けられた特別な時空理論を研究しているわけだ。

 『これサークル違う』って絶対に言うなよ。言うならハルヒに言ってくれ。
 


 カタン
 
 長門がペンを置き、それを合図として、皆は下校の支度を始める。

 

 


誰にもじゃまされず

 

 

 「でさでさぁ、有希ぃ~」
 「…」
 


 ハルヒは笑いながら長門にからみつき、長門に思いっきり無視されている。朝比奈さん、苦笑。
 本当に親友かどうか見た目からは分からないが、本人たちがそういうんだからそれは正しく、まあこれも普段の日常の一つであるわけさ。
 
 俺は姦しい女性陣を見つつ、古泉と次期深夜枠に放送されるであろうアニメの話を開始する。
 至福の時間。スマイルゼロ円の古泉を眺めつつ、俺は長門のとある言葉を思い返していた。
 
 『両方が親友と見ているのは確かにわたしだけ』
 
 さあ、ハルヒは実際そうなのだろうか。親しいと見ているのは俺だけだったのだろうか。
 ハルヒは俺の事をどう思っているのだろうか。
 
 俺はハルヒの肩を叩くと、
 「なあ、ハルヒ、俺のことは好きか?」
 
 ハルヒはこちらを見上げ、
 「へ…?」
 見たこともない表情へと変わっていった。

 「ええと…すごく答えづらい質問ね…」
 立ち止まり、下を向き、考え込むような。
 数分の沈黙の後、俺を見上げ、こういった。

 「わかんない…」

 俺は愕然とする。集団を抜け、駆け出す。
 何故だ。なぜ答えをぼかす。ハルヒ、お前は普段はもう少しはきはきした人間だったはずだ。

 おれは…この団のリーダーから…
  『答えづらい』
 …嫌われていると考えていいのだろうか。

 話したっけな。俺は管弦学部の時のような、あんな目にはもう遭いたくないんだ。
 佐々木、久しぶりの『交換日記』だな。お前なら俺の気持ちも分かるだろう。もし良かったらでいいから、答えて欲しい。
 

 


 

本当のあなたを
 
 「嫌ぁ…」

 夕方。曇り。周りは赤い。
 
 涼宮ハルヒはまっすぐ前だけを向く。黙々と歩く。
 わたしと涼宮ハルヒの間に会話はない。ただ、つぶやいていた。
 
 「嫌われるなんて…嫌ぁ」
 彼は元々彼女の近い位置にいて、言わなくても、分かってくれるものだと思っていたから。
 今回の彼の行動は、少なくとも彼女にはそう写ってしまった。
 
 「…今回の彼の行動は、彼の本心ではない」
 わたしの眼鏡が、佐々木さんによって割られたときも、その行動は彼女の本意ではなかった。
 本当の心は、いつもどこかに隠れている。本心に正直で在ることはいつも難しい。

 「…わたしを、信じてほしい」
 鞄の中のフルートが揺れる。わたしは楽器を愛するが故に、楽器を憎んできたのである。
 ずっと昔から。おそらく、今でさえそうなのだ。
 

 

 


 

本当の言葉を
 
 「何でこんなにきれいなんだろ」

 

 

 
 夜。闇、光。星のようにちらちらと光る周囲。
 横には涼宮ハルヒ。わたしのマンションの屋上。

 

 街を彩る、光と闇。

わたしは静かに肯定する。


 風に流されて、ポニーテールの長い髪が、さやさやとたなびく。

 


 「有希」


 彼女は振り返り、わたしに微笑む。

 


 「恋愛って、精神病の一種だって言葉、どう思う?」


 肯定。
 
 恋愛だけではない。人間の感情自体が病気である、とわたしは思う。
 今の彼らのすれ違いも、彼らを知らない人間には理解できないはず。

 


 それらは時に論理的に考えることを不可能にする。
 客観的に見ると、意味不明な行動を人に取らせる。
 
 「だから…」

 だが、それが人である、ということだと、今では思う。
 
 エッラーレ・フマウム・エスト。※
 古代ローマの哲学者曰く、間違いは人である、のだ。

 

 「…認めて」

 

(※原文:Errare humanum est/英訳:Error is human)


 


知りたいんです
 
 朝。屋上。恒例になっているデュエット。
 古泉と俺。今日のご意見番はハルヒではなく、長門だった。

 

 「やあ、調子はどうですか?」


 譜面台に音叉を置いてアニソン譜面集を片手に弓をいじっていた古泉が顔を向けて会釈をした。

 


 「俺の調子は高校入学以来、狂いっぱなしさ」


 ほんと、テストも近いのに、アニソンを屋上で演奏なぞ、余裕ぶっこえていて良いことだ。
 
 「余裕と言うほどでもないんですけどね。これは勉強の合間の頭の体操ですよ。一曲弾くたびに脳の血行がよくなります」


 お前だけな。俺は音を鳴らすとそのぶん覚えておかなければならない英単語が脳からまろび出るような気がする。
 
 「今回は何がいいと思います?」


 何だっていいし、本来、何だってよくない。ここは防音室ではなく、垣根のない、皆に丸聞こえの屋上なのだ。

 


 「音楽に垣根は在りません。ある、と思いこむことで見えなくなることも多いんですよ」


 ごめん、それ多分、意味が違うと思う。
 
 「行きます」
 古泉が弓を引く。それに併せて、俺も凹んだトランペットに息を吹き込む。

 


 
 「バィオリン、連続スタッカート、手首を使用することを推奨。弓の傾斜過多」
 「トランペット、アンブシュア(唇の位置)不正。ピッチ(音程)低。音量過多。構えを上に」
 「バイオリン、カンターピレ(歌うように)、スラー(切れ目の無い音階変化)に気をつけて」
 「トランペット、感傷的すぎる。バランスを考えて、クルーン(ささやけ)」

 


 
 饒舌的確に問題点を列挙していくご意見番。長門有希という音楽家に妥協という文字はない。
 例え、演奏している音楽がアニソンだったとしても、である。万一、ここでクラシックとしゃれ込んで似非室内楽をやろうものなら、こてんぱんにされそうなものだ。

 

 旋律を吹きながら思う。

 


 始まりはここだった。世界を盛り上げるという団長様。

 そして、あきらめてしまったものが輝きを取り戻した。

 

輝きを失った星が再び輝く、まるで空に突如として現れた超新星のように。

 


 だから、俺を照らして欲しい。照らし続けて欲しい。
 この輝きがいつ終わってしまうのか、俺は知りたい。

 


 


カチューシャ(ロシアの女性名エカチュリーナに対して使われる愛称)
 

 朝、屋上。フェンスに寄りかかる二人。太陽がまぶしい。
 肌で、心なしか寒くなった風を感じる。
 


 「あなたに教えておく」
 長門は表情を変えず、こちらを向く。風が心地よく吹く。
 
 「涼宮ハルヒが何故、わたしを入団させたのか」
 水のように当たり前の存在。長門は最初から当然のようにこの団に存在していた。
 
 「全ての音に意味があるように、全てのことには必ず理由がある。当たり前など、この世界に存在しない」
 長門は無表情に街を眺める。遠くに見える、動く自動車。一つ一つに目的があって動いている。
 
 「涼宮ハルヒはピアニストを望んだ。人々に希望を与えたかった」
 ハルヒの夢も、その一つ。限りなくある、生きる意味の一つ。

 


 「しかし、運は彼女に味方しなかった」
 実力のある人は多く在る。まるで、あの車の列のように。

 


 「彼女は音楽の道をあきらめ、一方で希望を『神童』に託した」
 人にもっと希望を与えて欲しい。その音なら可能だと思った。

 


 すっと差し出される一枚の写真。
 佐々木がピアノ、俺はポケットトランペットを持っている。フルートを構えているのは、長門有希。

 


 そして、観客席に座る、カチューシャ。どう見ても『涼宮ハルヒ』にしか見えない後ろ姿。
 そんな馬鹿な。衝撃で、俺は二の句が継げない。

 

 「それが、わたしがここにいる理由、あなたがここにいる理由」
 長門有希、ジョン・スミスはその場で、同じ夢を託された。
 
 「待ってくれ」
 混乱したまま俺は言う。
 それを無視するように、長門は短い言葉を続ける。
 
 「人と人は引きつけ合う。それは正しいこと」
 
 長門は見たこともないほど真摯な顔で
 「彼女を、信じて」

 

長門有希という人間は多くを語らない。
 朝の日が俺たちを見つめる。チャイムが俺たちをせかす。
 

 

 


 

 

迷ってるふりして
 


 さて、確かに『交換日記』は久しぶりだね。さて、キミの日記についての批評だが…
 
 …キミがまさかそこまでひどい人間だったとは思っていなかった。キミはもっと観察力と心理学を勉強するべきだね。
 キミは迷っているふりをしているだけだ。とっくに気づいているのではないかい。僕からキミに与えられるアドバイスは以上だ。
 
 ちなみに、特殊解が分かれば、解かんとしている数式の解の仮の形が分かるんだ。本当に、あと一歩みたいだね。キミも、彼女も、たぶん僕も、あと一歩だ。

 

Memo

Faites glisser n'est pas efficace.

 

(薬が効かない)


 

 

 
第十章・〆

 

 

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