悪意? そんな物欠片も無かったさ。本当だぜ? 嘘発見機だろうが心電図だろうが、それ
で事態が収束するってんなら好きなだけ検査してもらって一向に構わない。
 だがここで、例えどれだけの数の専門家が集まって俺の潔白を科学的に立証してくれようと
もそれには何の意味もないだろう。
 ああ、話が横道にそれてる上に訳が分からなくなってるな……。
 それもそのはずで、俺はこの危機的状況に打開策を見つけられないまま、ただ頭を抱えてる
ってのが現状だ。
 いったいどうすればいいんだよ……なあ?
 ――それは、ほんの些細な勘違いから始まったんだ。
 
 
「時限爆弾」
 
 
 昼休み、俺はたまには静かに弁当でも食べようと思い部室へとやってきていた。
 当り前の様にそこには長門がいて、俺は置物の様に動かない宇宙人を眺めながら弁当を胃に
詰め込んでい……あれ?
 ふと見ると、椅子に座っている長門の膝の上には今日は本以外の物が乗っていた。
 それは小さな四角い紙箱で、長門は時折その箱の中へ指を入れて何かを取り出し口に運んで
いる様だった。
 ふむ、長門が何かを食べながら読書をしているってのは珍しいじゃないか。
 テーブルに何かあれば無くなるまで食べ続け、何も無ければ無いで不満は言わない。
 それが俺の長門に対するイメージだったんだが、こうしてのんびりとお菓子を食べる事もで
きるんだな。
 じっと見過ぎていたせいだろうか、
「……」
 読書の手を止め、長門は俺の方へと顔を向けた。
 あっと。すまん、俺の事は気にしないでくれ。
「……」
 俺にそう言われて、一度は読書に戻った長門だったが……やはり俺の視線が気になるらしく
再び本を閉じてしまう。
 そして長門は、俺の視線の理由に気がついたらしい。
「食べる」
 小さな声と共に差し出されたのは、箱の中に入っていたのは小さなクッキーだった。
 見たところクッキーの形は微妙に不揃いで、どうやら既製品ではないらしい。
「これ、お前が焼いたのか?」
「違う」
 じゃあ誰が?
 もしかして朝比奈さんだろうか? メイド服のせいでお菓子作りも上手に見えてしまうが、
実は苦手にしているってのもありかもしれない。
 ほわほわした天使様がベーキングパウダーまみれになって奮闘する姿を脳内で思い描いて
いると、
「焼いたのは涼宮ハルヒ」
 脳内のエプロン少女が、突然我らが暴君に早変わりをして見せた。
「ハ、ハルヒだと?!」
「そう」
 あいつがクッキーを焼くだと? ……だめだ、想像できない。
 額に皺を作ってクッキーを見つめる俺を見て何を思ったのだろうか、長門は一つクッキー
を手に取ると、それを俺の口先へと運んでくるのだった。
 な、長門?
 今更手で受け取るのもどうかと思う様な距離まで差し出されたクッキーは甘い香りを発し
ていて、その姿勢のまま動かない長門の指先から俺はクッキーを口で受け取った。
 ……ん……あれ?
 口の中に入ったクッキーは、カカオ99%の某チョコの様に甘い匂いからは想像もつかな
いような苦味を発する事もなく……っていうか、美味いじゃないか、これ。
「美味しい?」
 ああ、驚いたよ。
 あいつお菓子なんて作れたんだな……。
 頷く俺に、長門は部室の冷蔵庫を指さして
「まだ残ってるはず」
 そう教えてくれた時の事だった――俺と長門しか居ない部室に、控え目なノックの音が数
回響く。
 ハルヒ? と、クッキーのせいで思わず連想しちまったがそれはないか。
「どうぞ」
 そう声をかけると、
「失礼する。――ああ、君も居たのか」
 扉を開けて部室に入ってきたのは、コンピ研の部長氏だった。
 部長氏は俺とその隣に居る長門を見て、
「すまない、お邪魔だったかな」
 何故か早々と部屋を出ていこうとしている。ハルヒが居る訳じゃないんだから、そんなに
怯えなくていいと思うんだが……。
「あの、何か御用ですか?」
 呼び止めた俺に、部長氏は申し訳なさそうな顔で
「……その、長門さんに少し助けて欲しい事があって……」
 万能有機アンドロイドは自分が指名された事に対して、小さく瞬きをしている。
「急ぎの作業中にパソコンがフリーズしてしまって困ってるんだ。君なら多分、2分くらい
で処理できる内容だと思うんだが……」
 寡黙な一年生にお伺いを立てる部長氏だったが、長門の視線は何故か俺へと向けられたま
まになっている。
 ……なんだ? 俺にも一緒にコンピ研に行って欲しいのか?
 暫くの沈黙の後、小さく首を横に振ってから長門は部長氏と共に部室を出て行った。
 
 
 ここまではまあ、どうでもいい日常だよな。
 長門の挙動が不可思議なのはいつもの事だし、取り立てて何かがあったって訳じゃない。
 ただ、長門が部長氏の予想より早い1分半程経ってから部室に戻って来た時、それは発覚
した。
「違う」
 扉を開けた長門の第一声。
 それは、冷蔵庫の中にあった小箱の中身を食べている俺へと向けて発せられたものだった。
 おお、珍しいな。気のせいかもしれないが長門が目を丸くしてるように見えるぞ。
 自分の置かれた現状に気づかず、ただのんびりとクッキーを頬張る俺を見て長門は続ける。
「それは違う」
 違う?
 冷蔵庫の一番手前に入ってた奴を選んだんだが、もしかして色んな味があるとかなのか?
「その箱は、涼宮ハルヒがプレゼント用に用意した物。食べてはいけない」
 …………えっ……と。
 思わず硬直した俺の手元には、殆ど空と言って過言ではない紙箱がある。
 長門は冷蔵庫の奥にあった箱を指さし、
「食べていいのは下の段の箱だった。これはわたしのミス」
 軽く視線を下げながら俺に謝るのだった。
 いや、いいんだ長門。俺の食い意地が張ってただけだから気にするなって? な?
 弁当を食い終わった後だってのに、美味いからって食いまくった俺がどう考えても悪いん
だ……が。
 問題は、だ。
 この空になった箱を、どうやってハルヒに言い訳すればいいのか?
 俺はそれが知りたい。
 
 
「ねえ、あんた今日はもちろん暇よね?」
 わざと午後の授業ぎりぎりに戻った時、ハルヒはやけに嬉しそうな顔でそう聞いてきた。
 えっと、そうだな。
「さあ……どうだったっけな。シャミセンの予防注射があったような」
「なによそれ? まあいいわ、それでもいいから今日は少しだけでもいいから絶対に部室に
寄ってから帰りなさい。い~い? 解った?」
 あ、あのな? ハルヒ。
 ここで謝ってしまおうか? そう考えた俺だったが……
「何? どうかしたの?」
 ……いや、何でもない。
「? 変なキョン」
 やけに楽しそうな顔のハルヒに、結局俺は何も言えなかった。
 悪戯をして言い出せない子供の気持ちが良く解るぜ、隠したってどうしようもないっての
になぁ。
 ――その後の授業は生きた心地がしなかった、マジで。鼻歌混じりに授業を受けるハルヒ
が、もしもあの箱の事に気づいたりしたら……?
 考えるだけでも恐ろしいが、考えないのも不安で仕方がない。
 教室の時計は時限爆弾の爆破時間でも示しているかの様に俺には見え、そして――ついに
その時はやってきてしまった。
 
 
 放課後――
 ハルヒより先に部室に行くべきか? それとも後に行くべきか?
 悩みに悩んだあげく、俺が選んだのは後から行くという選択肢だった。
 先に行ってハルヒがいつ来るのかと怯えるよりは、まだ自分で扉を開けた方が幾分気が楽
だろう。
 ああ……こんなに部室棟って近かったっけ? もっと遠く、そう登校路にある坂道の下に
でもあったらよかったのによ。
 重い脚を引きずり、ゆっくりと階段を一段一段踏みしめていく。
 まあ別に死ぬわけじゃないさ、多分。
 ハルヒの罰ゲームがどんな内容かを考えるのはもう止めた、どうせ三次元方向で想像の斜
め上を突っ切った内容がくるんだから考えても無駄だ。
 どう考えても短すぎる廊下を歩き、ついにたどり着いた部室の前。
 ……よし、謝ろう。扉を開けたら速攻で謝ろう。
 そう心に決めた俺がドアをノックすると――あれ? 返事が
「――ど、どうぞ」
 中から聞こえてきたのは、意外にも朝比奈さんの声だった。
 あれ……確かハルヒは先に行ったと思ったんだが……まあいい。
 ドアノブを握り、色々な意味で覚悟をしながら俺はドアを開いた。
 部室の中には定位置に座る長門、オセロの準備を終えて待ちわびていたらしい超能力者、
そして何故か少し嬉しそうに慌てている朝比奈さんと――
「お、遅かったじゃない」
 パソコンのある団長椅子に座り、何故か俺に背を向けたまま喋るハルヒが居た。
 やっぱり居たか……まあ、あれだけ部室に寄れって言ってたんだから当たり前だよな。
 ……それにしても、意外にもハルヒの声は怒ってはいない様だった。
 あ、もしかしてまだあの箱の事には気づいていないのか? ……とも期待してみたのだが、
机の上に置かれた幾つもの空箱を見る限りそれは無いらしい。
「キョン。あんた、あたしに何か言う事があるんじゃない?」
 ぐ……えっとだな。
 どうする? って謝るしかないんだが……ええいままよ!
「すまん! つい食っちまったんだ!」
「……それだけ?」
 それだけ? って……あれ、何で朝比奈さん笑ってるんですか? まあそれはいいとして、
「勝手に食っておいてなんだが、美味かったぞ。お前の焼いたクッキー」
「ほ、他には?」
 まだ何か言えっていうのかよ?
「……正直見た目はどうかと思ったが、味は最高だった。弁当を食った後なのに、殆ど一箱
食べきっちまったくらいだからな」
 そこまで聞いたハルヒは相変わらず俺に背を向けたままで、こいつは何が言いたいんだ?
と俺が思い始めた頃になって、
「……えっと。きょ、今日は急ぐんでしょ? もう帰っていいわよ」
 ハルヒは背中を向けたまま俺に手を振るのだった。
 爆発しない、だと? いやまあこれは嬉しい事だが。
 ……なあおい、これはどこの部族の怒りの表現なんだ?
 小声でそう古泉に聞いてみても、無駄なスマイルしか返ってこない。
 まあいい、とりあえず帰ってもいいらしいんだから帰るか。
 長居して下手な事を言うと危険な気もする。
「じ、じゃあまたな」
 そう言い残して部室を出る時、窓に写ったハルヒの顔が真っ赤だった様な気がしたんだが
……気のせいだよな、きっと。
 
 
 「時限爆弾」 ~終わり~
 
 

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