二月ともなればただの風でさえ俺の体力を根こそぎ奪っていくものだな。いっくし!
 寒波のせいで鼻水がマフラーに着いちまった。うわ、だっせぇな。湿り気が気持ち悪いし取るか。
「お……。はよ。キョン」
 光陽園学院の女子ブレザーに萌えていた頃、坂の中腹でキョンに出会った。
「おう。谷口か」
 やる気無い返事はいつもの事だが、今日のキョンはどこか上機嫌だ。あまり信用が薄い俺の勘だが。
「ん?キョン、お前マフラー変えたか?」
 キョンが今装備しているマフラーは、キョンの嗜好には合いそうもないライトイエローのマフラーだった。あれ?俺この色に見覚えがあんぞ。
 その時万年低血圧な友の顔が、道路にくたばっているカエルを見た風に歪んだ。
「……昨日、ハルヒが俺のマフラーを強奪しやがってな。返せつったら自分のを渡してきたんだ。勘違いすんなよ。別に深い意味はないからな」
 深い意味しか感じねぇよ。こいつはどんだけひねくれてるんだ?
「お前な、もう少し素直になれよ。呆れられるぞ」
「……やっぱり勘違いしやがったか。だから言いたくなかったんだよ」
 同時に漏れた溜息が、冬空に白い色を乗せた。

 

 

 

 冬の校舎を色で現せばなんと答えればいいんだ?多分「青白い」とか寒そうな色になりそうだな。
 下駄箱で運動靴を上履きに履き替えていた時だ。キョンの携帯が歌を歌った。
「もしもし。あぁ、お袋か。どうした?」
 キョンは携帯を肩で挟みながら器用に靴を履き替えている。
「わかったよ。それじゃ」
「かあちゃんか?」
「あぁ。帰りにみりんを買ってきてくれだとよ」
 特になんでもないお使いか。
「ところでなんかイイ歌を着メロにしてんな。なんて歌だ?」
 キョンの携帯の着うたを聞いた瞬間、なんと言うか胸を打たれた気がした。
 もっと聴いてみたい。続きが気になるじゃないか。
「こいつか?悪いな、ネットで聞いて衝動的に落としちまったから曲名は知らないんだ」
「ちょっと聴かせてくれよ」
 キョンから携帯を受け取り、イヤフォンを耳元に装着する。

 

「おい、谷口」
「……んあ?」
 しんみりと心を打つ歌詞が、俺の耳を支配していたため、キョンの問いかけには反応が遅れてしまった。
「あぁ、悪りぃ悪りぃ。返すよ」
 あまり電池を使うのも悪いしな。返してやんないと。
「そんなに気に入ったか?この曲名アーティースト共に不明な曲が」
 名曲は名曲だ。少なくとも俺はそう思う。
「それなら後でメールで送ってやるよ」
「マジでか!サンキュー!」

 

 

 ねぇ君は知っている?友達から恋が始まることを 
 信じてなかったよ 君のことを好きになるまでは 

 


 昼休み。いつもならキョン国木田達の三人で弁当のつつき合いをしてるが、何故か今日だけはそんな気分にはなれず、屋上でさっきの歌を聴いていた。
「はぁ……いい歌だねぇ」
 俺は今まで歌と言えば、ナンパでひっかけた女の子のウケ狙い用としか思ってなかった。ぶっちゃけその中にはよくわかんねえ歌もあって、それほど興味があったわけでもない。
 しかしこの歌は違う。何回もヘビーローテーションで聴いているため、もう歌詞も暗記しちまった。
でも君はアイツをすごく好きなんだよね。僕よりもずっと。臆病な僕は、君に好きと言えないまま
 ほらね。こうやって勝手に歌詞が漏れやがる。ちょっと恥ずかしいじゃねぇか。誰か聞いてたらどうしよ。ダッセ。
「ってぇ!?涼宮!」
 気持ちよく自分の世界にトリップしていた俺をデカイ目で睨みつけている涼宮が、屋上の扉に背を預けていた。
「……勘弁してよ。なんであんたがあたしのお気に入りの場所にいんのよ。しっしっ。とっとと消えなさい」
 勘弁してほしいのはこっちだ。俺だって好き好んで変人の住処には足を踏み入れたくなかったわ。
「心の狭い女だな。可愛くねーぞ。お前が消えろ」
 外したイヤフォンを耳に戻し、珍獣涼宮目ハルヒ科を発見しなかったことにした。俺はこうやっていい気分で熱唱してただけ。見てない見てない。俺は何にも見てない。


 アイツの隣に座って、嬉しそうに笑う君 僕の見たことのない笑顔

 遠回せずに伝えればよかったよ

 

 胸の奥あふれ出す気持ち

 

「意外ね。あんたってこんなに歌上手かったんだ」
 どうやらまだ消えてくれないようだ。やれやれ。と、これはキョンの口癖か。なんであんな眠そうな男がモテるんだか。
「日々の鍛錬の賜物だよ。お前らが不思議なんてありそうも無いもんを探してる間に、俺はこうやって」
 ……何のためにだ?必死に歌唱力上げたって、俺みたいなアホが歌手になれるなんて思ってない。そこまでバカじゃねーさ。
「こうやって何?途中で話やめないでよ。気になるじゃない」
 つかつかと俺との距離を詰めてくる。
「しらねーよ。自分でもよくわかんねぇ」
 モテたい。それで間違いない。間違いないはずだ。
「なに黙ってんのよ。いい加減ゲロりなさいよ」
 上目使いで顔を覗き込んでくる姿が、妙にキレイに見えたのは気のせいだ
 そう、何を今さら言ってやがる。俺にモテること以外に興味があるわけないだろ。
「……変な顔」
 ヘ?
「変な顔。やめてよ。ちょっとだけ笑っちゃったじゃない」
 一瞬、それは本当に一瞬だった。
 涼宮がいつもキョンに見せているような柔らかい笑顔を拝んでしまった。
「うわ、寒い!とっとと教室もどろ」
 それだけで涼宮は何事もなく帰ってしまった。
 だが、こっちはそれどころではない。

 

 

 もっと素直に君に好きと言えたなら 僕らの距離は変わっていたのかな
 いくつもの「もしも」繰り返し願っても 僕の隣に君はいないよ

 

 

「ハハハ……マジかよ」
 この冬空にはぴったりの乾いた笑い声が、白い息と一緒に漏れた。

 


 俺は……涼宮が好きなんだ。

 

 

 中学で最初の春。俺は涼宮ハルヒを見つけた。
 その時からずっと好きだった。でも、その時の俺はガキだった。
 ガキだから、大人のフリして涼宮ハルヒを嫌いだと思い込んだ。
 どうせ実らない恋だ。そうすれば「あいつが俺を嫌いになったんじゃなく、俺があいつを嫌いになった」とカッコつけられたからだ。
 なんでカッコつけた。惚れた女を全力で好きになれなくて、他の女、愛せるわけないだろ。

 ダッセェ。マジでダッセェ。俺は間違いなく宇宙一のヘタレだ。
 もしも俺があの時涼宮の孤独に気付いてやれたら、アイツの隣には俺が居たのかもしれない。

 


 なにもかも遅すぎだ。今さらどうにもならない。

 


 ずっと誰より早く君に好きと伝えたなら 二人の未来は違っていたのかな
 届けられない「好きだよ」の一言を そっと眠らせる 鍵をかけて

 

 

「君が好きだよ……ずっと……ずっと……」
 でもな。俺だって「あの時」の俺じゃない。
 俺がお前を思う以上に、お前はアイツが好きなんだろ?
 この曲に触れたおかげで、俺はお前を好きだってわかったんだ。

 


 惚れた女の幸せを願うのが、本当の男じゃないのか?

 


「ありがとう涼宮、それとごめんな……大好きだよ」

 

 


 あの日から俺はナンパを止めた。と言うよりやってる暇が無くなった。
 俺、バイトを始めたんだ。……だからナンパ目的じゃねーってば!
 そしてこの前、貯めた金で中古のギターを買った。
『意外ね。あんたってこんなに歌上手かったんだ』
 この一言がきっかけだった。
 アイツにかけられた言葉の中で、これが唯一の褒め言葉なんだ。
 やってみりゃいいじゃねえか。ガムシャラに頑張って、男見せろよ!俺!

 それからは学校から帰ったら毎日深夜までギターに触れて、必死に弾き方を覚えた。
 最初は騒音以外の何物でもなかったが、最近、やっと弾き語りまでできるようになった。
「……よっしゃ!」
 そんでもって今日は高校最後の文化祭。
 体育館に組まれているステージ裏で頬を叩き、気合を入れる。
『次はただ一人卒業生からのバンド参加者。三年五組、谷口くんです』
 視界進行役の後輩に紹介され、震える足で壇上にあがる。ヤッベー、緊張する。
 マイクの前に立ち、スイッチを入れる。
「あー、卒業生が何してるんだって思うだろうけど……今日、ここで俺の歌を聴けたことを、死ぬまで自慢できるような演奏を聴かせてやる!」
 ピックを天高く上げ、
「いっっっくぅぜェェェェ!」
 爆音が狭い体育館を暴れまわる。

 

 


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