・エピローグ
<キョンSIDE>
あるお墓の前に、俺とミヨキチは揃って立っていた。
墓標に刻まれているのは、俺の妹の名前。
そう、そこは俺の妹のお墓だった。
と言っても、そこには左手薬指の骨しかない。何故なら妹は殆ど見つからなかったからだ。
ただ、見つかったのは左手の薬指一本だけ。死んだという決定的な証明になるものはない。
現状から言って死亡していることには間違いないだろうと判断された。それだけだった。
「………」
ミヨキチが俺の手をぎゅっと握る。
「………」
俺もぎゅっと握り返す。
あの後、俺は事務室に行ってミヨキチを助け出した、らしい。
らしいというのは覚えてないからだ。あの後の記憶は交錯してろくなものがない。
気付いたときには病院のベッドの上だった。
右足骨折を初めとする様々な怪我のおかげで3ヶ月程の入院を余儀なくされた。
あの状態で痛みを感じずに動き回った結果として、かなり治るまでに時間を要するのだそうだ。
今日は外出許可を得て、こうしてミヨキチと二人でここに立っている。
「お前の言った通り…俺は、ミヨキチを大事にするよ。…お前の遺言は確かに受け取ったぞ」
…あいつが朝になれば起こしに来るんじゃないかな。
今でもそんな気がしている。
だけど、毎朝起きてもそこにあるのは白い病室。
あれから、事実の真相を知った古泉達はすぐに動いた。
まず事件の犯人をでっちあげた。そして、妹を行方不明者として仕立て上げた。
それは間違いなく苦渋の選択だっただろう。報告をする古泉はいつも苦々しそうな顔をしていたからな。
…このお墓を知っているのは、俺とミヨキチと、古泉達ぐらいだ。
妹の友達は勿論、俺の両親さえも知らない。
妹は、夜に好奇心で外に出た。
俺とミヨキチはそれを追いかけた。
妹が連れ去られようとしていた。
俺達は、その時に怪我をした。
そういう設定になっている。つまりは、あの爆発は俺達とは無縁のところで発生したという事になっている。
そう。
妹は消えた。死んだのではなく消えた。この世界では。
発生してもいない事件によって、消えた。
「………」
ミヨキチは、ただ無言で手を合わせている。
一体、何を思って手を合わせているんだろう。
ミヨキチは、こう言っていた。
―――妹に脅されていた。そしてあの日、殺されようとしていた。そこを俺が助けたのだ、と。
もしそれが本当だとしたら、今はかなり複雑な気分だろう。
それこそ俺の比ではないかもしれない。
しかし、ここにこうしているという事は、それでも、俺の妹を少なからず思ってくれているからだろう。
友達として。
妹とミヨキチは一緒に遊べば俺もうらやましいと思うぐらいの仲良しだった。
「そろそろ戻ろうか、ミヨキチ」
「えっと…私は、もう少し此処に居たいのですが…ダメですか?」
「…いや、別にいいぞ」
ミヨキチは俺の答えを聞いて、満足そうに再び手を合わせ始めた。
―――キョンくん、ミヨちゃん、大好き!
ふと風が吹いて、そんな声が聞こえてきた気がした。
<ミヨキチSIDE>
…妹ちゃん。あの日以来、やっと会えたね。
あのね、私、妹ちゃんの事全然恨んでないよ?
妹ちゃんには感謝してるよ。
私にとって、一番大切な友達。今でも、一番大好きな友達だもん。
お兄さんと同じぐらい大切な、大切な、友達。
それはずっと変わらないよ。
私が年を取って、いつか死んでも変わらない。
だからね、安心して良いよ?
あとね、お兄さんの事は任せて。
いつも学校で言ってたよね。キョンくんだらしがない、って。
確かにこうなってみて、お兄さんは結構ずぼらだと私も思うの。
だけどね、だからと言って嫌いにはならないし、むしろ好きになっていくの。
知らないお兄さんを知れば知るほど。
凄く素敵な人。
お兄さんのダメな部分は私がちゃんと支えてあげる。
だから安心して良いよ?
妹ちゃん、安心して良いよ?
あの日、私をナイフで刺した事も許してあげる。
何も言わずに一人で終わらせようとした事も許してあげる。
もしかして、驚いているかな。それぐらいは許せるよ。
だってお友達でしょう?
私と妹ちゃんはずっとずっと最愛のお友達。
妹ちゃんの意思は私が受け継ぐから。
お兄さんを妹ちゃんの分も愛してるよ。
だからね、安心して良いよ?
良いよ。
良いよ…。
…。
………。
うん、大丈夫…。
これからは、私がお兄さんを支えるんだから。
お兄さんに近づく邪魔者は、私が始末するから。
「…すいません、長々と手を合わせてて」
私は目を開いて横に立っている私の大切な、大好きな人を見上げる。
「いや、良いさ。妹も満足だろうよ」
お兄さんが私に手を伸ばしてくる。私はその手を掴んで立ち上がる。
優しい人。
せっかく妹ちゃんが、私に託してくれたんだもん。
誰にも渡さないよ。
だから、安心して良いよ?
私が全部やるから。
「…ふふっ」
私が、全部やるから。
「ん? どうした、ミヨキチ」
私が、全部、殺るから。
「ううん、何でもないですよ」
お兄さんの腕に抱きついて、私達はその場を後にする。
…このお兄さんと同じぐらい愛しい私の友達は、ひっそりと佇んでいる。
遠ざかっていくその姿に、私は微笑を浮かべた。
またくるから、ね?
―――ある青年と少女の物語はこれにて閉幕。
―――しかしながら、まだまだ続いていくだろう。
―――青年を、狂おしく愛する者が居る限り。
―――それは一人とは限らないのだから。
―――さや、と風が吹く。
「…ふふっ、キョンくん、ミヨちゃん、大好き」
―――どこからともなく、微笑む声が聞こえる。
My little Yandere Sister THE END