お前昼間からおかしいぞ?なんか体の調子でもおかしいのか?
俺はハルヒに尋ねた。だがこれからが問題になってしまったのだ。
「えっ、だっ、大丈夫よ!なんでもないわよ!そんな心配そうにしないでよ…」
『そんなこと言ったって私…いろいろ考え過ぎて胸が苦しくて何も喉が受け付けないぐらいなのに…
昼間だって、これからが不安で何も受け付けなかったのに…』
そんなこと言ったってだな。お前がなにか食べないなんておかしいじゃないか?あんなに食欲旺盛なお前が?
「なんでもないって言ってるでしょう!!」
『…またやっちゃった。なんで私ってこう素直になれないんだろう…出来ることなら~を伝えたい。だけど素直になれない…なんで?』
『相手がキョンだから?…違う。それは私の弱さ。今まで絶対に他人に見せなかった自分の弱さ。見せなかったからこそ、もう後戻りは出来ない。』
『でもキョンはいつも付いてきてくれた。私が無茶いってもどんなときでも。あの夢でも、いてくれたのはキョンだった。』
『この人になら私は…』
『それなのに、また私は彼を突き放した。心配してくれたキョンを突き放した。自分が素直になればいいだけなのに…』
『私はこの自分の情けなさに苛立ちを覚える。自分の素直な気持ちを伝えられなくてモヤモヤとしたものが心を覆い被さっている。』
『今日こそは、せめて今日だけは素直になろうと決意したつもりなのに…なんで私という人間は…』
『私は普通になるのが嫌で、ちっぽけなのが嫌で今まで色々してきた。全ての人を突き飛ばして。だけど…今は彼という人間も、さらには他のSOS団の人間も突き放したくなんかない!絶対に遠くに消えていってしまうのはもう嫌だ!』
『今私は、自分の弱さに抗うだけの強さが欲しい。そして彼に想いを素直に言えるだけの強さが…』
ハルヒ…お前は…っ…………
気づいたらそこには長門が正座してぽつんと座ってこっちを見ていた。
そうか…ここは長門の部屋か。ハルヒの心の中から帰って来たのか…。
「今あなたが涼宮ハルヒの心の中に入ってきてから二十分が経過した。」
俺にはそれ以上に感じられたのだが…
そうか…長門、ありがとう。お前がいなければ、一生わからなかっただろう。
「…そう。」
長門はそれを理解したように、顔を約5ミリぐらい縦に動かして言った。
俺にはもう少し考える時間が必要みたいだ。
「そう…。私はあなたを信じる。」
長門に信じてもらえるのはよかった。少なくとも古泉よりは。
俺は長門宅を後にした。
ハルヒ…か。最初の自己紹介、みんなが違う生き物を見るように驚いた光景が思い浮かぶ。かくいう俺もその一人。
その後俺の何気ない一言からSOS団設立し、俺が無理やり団員にされた。
ハルヒの傲慢、自己中、そしてポジティブ思考の前に俺は振り回されっぱなしだった。だがその日常は最初はやれやれといった感じだったか、それなりに充実し、とても楽しいと呼べるものだった
あの夢。なぜ俺なのかという疑問もあった。俺のことを望んだからだそうだが、あの頃俺には全く理解出来ずにいた。
そして今日もそうだ。奇妙にしか思えなかった俺は理解しなかった。
そしてハルヒの心で知った。ハルヒがどんなに悩んでいたか。俺への想い。
だがそのことを知っても俺はどうすべきかわからない。ハルヒの存在は俺にとってなんなのかまだわからない。
だが…これだけは言える。他の人達、家族とか兄妹とか友達とかそういったものと違う意味で、ハルヒはかけがえのないものだ。
今日長門によって気づかせてくれた、俺にとってのハルヒの存在。
だがそれは『好き=LOVE』といった意味でのかけがえのないものなのか、『好き=LIKE』といった意味なのか、また『BESTFRIEND』という意味なのか曖昧だ。
確かにこれは、人に流されて決めるべきではない、自分自身で決めるべき問題だ。誰に言われたからそうするのでは、俺自身の個体が納得しない。
…帰路の途中で考え過ぎたのが悪かったと思う。気づいた時には眩いライトが俺の目の前まで迫ってきた。
…ドンッ
鈍い音と共に体に激痛が走った。その車の運転手か、はたまたその他の通行人かが救急車をよんだのだろう。
救急車のウルサいぐらいのその音が俺の薄れる意識の中で聞いた最後の音であった。
…夢を見ていた。真っ白な部屋に俺が寝ていて。そこにはハルヒがいた。何故かハルヒが泣きわめいている。
俺も寝ていたのでさすがにそれじゃ眠れる訳もなく起きたのだ。
ハルヒは俺が起きたのにまだ泣いている。俺が仕方なしに頭を撫でてあやしてやろうとしたのだが…俺の手がハルヒの頭を透けていった。
今更こんなことに驚くか。そう思い何度も頭に手を乗せようとしたが無駄だった。
ここで俺が全てを悟った。意外と最後はあっけないものだな。ハルヒの想いに気づいても俺の考えがまとまってなかったのに…
後悔しても仕方がないな。ハルヒには悪いが俺は先にいくわ。
後…そうだな。七十年生きたら十分か?早くしてくれないと俺が退屈だからな。人生八十年ってよく言うだろ?そんなもんだろ。
それまで絶対生きろ。その前に死んだら俺はハルヒを地上へ蹴っ飛ばして返すぞ。
とりあえず古泉。
スマン。
多分お前ら機関だけじゃ片付けられないほどの閉鎖空間が出来るかもしれないな。
本当に死んだらどうのって本人が言ってたからな。俺は死んでも古泉の疫病神でしかないかもな。
もう一度謝ろう。スマンな、古泉。
俺以外の男性とお幸せに…下手するとゲイじゃないかもしれんが。なるべく幸せに暮らしてくれ。
下手すると神人を倒すだけで終わるかも知れない。その時は俺に神人倒しは任せとけ。そして幸せになれ。少しぐらいは恩返ししてやるよ。
そして長門。
お前には助けられっぱなしで終わっちまったな。朝倉の時とか今回のとか。
…今回のはまだ解決してなかったか。それでもお前の助言は本当に助かった。凄く感謝している。
おかげでハルヒの想いに気づけた。それだけでも俺はよかったってもんだ。
長門は寡黙な少女じゃなく、少しは明るく振る舞ってみろよ。その方が絶対に可愛いぞ。
その明るく振る舞う長門の姿も見てみたかったな。本当に可愛いってもんだろう。それも気がかりだったが…仕方がない。
間違ってもロリコン親父どもに会うんじゃないぞ。その時は俺が憑いてやるよ。
まぁお前だけでも十分な気もするが。今度は俺が守る番だな。幸せに、な。
朝比奈さん。
今のあなたは心配するとキリがありません。
だけどしばらくするとしっかりしてきますよ。俺が確証をもって断言します。
なんでだかは禁則事項ってことで。確かに禁則事項なんだから仕方がない。
最後まですいませんね。
朝比奈さんのコスプレ姿、好きでしたよ。
バニーは俺には刺激が強すぎましたが。
他の男性もそうでしょう。
他のコスプレも見たかったな…
最後にリクエストするなら…そうだな。純白ナースか?デカい注射器もって。
だけどあんまりハルヒに振り回されすぎないでくださいね。大変なのはアナタです。たまには俺が止めますから。
妹よ。
お兄ちゃんバカだからな。神様に呼び出し受けているんだわ。だから行かなくちゃいけないんだ。
だけどしばらくしたら帰ってくるよ。
約束する。
それまでちゃんといい子にしてるんだぞ?
あんまりハルヒとか朝比奈さんに迷惑かけるような真似すんじゃないぞ?
ちゃんと歯磨けよ?宿題しろよ?朝ご飯は毎日食べるんだぞ?
でもお前はお兄ちゃんよりしっかりしてるから大丈夫だろ。
シャミセンを頼むな。
ちょっとお前は構いすぎだから少しは猫の自由な時間も与えてやるんだぞ?
…よし。わかったら頑張れよ。応援してるからさ。
最後に…またハルヒ。
お前には振り回されてばっかりだったよ。
最初の自己紹介、そこではどんだけ変人が来たんだ?と思ったよ。
最初髪型を毎日変えるのは面白かったよ。あれで今日が何曜日か判断してたんだぜ、俺?
一時期のポニーテール、スゲー似合ってた。かなり可愛いって思ったね。
髪をばっさり切ったとき、少し残念でもあったね。また見れたときは嬉しかったが。
SOS団をたてたときにお前が目を輝かせてたのが昨日のように思い出せるよ。
そのおかげで色々な人に出逢えて面白かった。
市内不思議発見パトロール。何も発見できなかったな。当たり前だろ?
だがな、お前の知らない所では不思議が山ほどあふれてたんだぞ?
お前の事だからそれは悔しいだろ?まぁ大丈夫さ。
お前の夢は、意外と知らないようで叶ってるぜ?それも毎日のように遊んでな。
そして今日…お前に誘われてお前のいつもと違う感じに戸惑ったんだがな…でもお前が目を輝かせてたので俺は安心したよ。
実は映画のとき泣いてたの気づいてたんだよ。その時のお前は…とても綺麗だった。ずっと見とれてたよ。お前は気づいてないと思ってたみたいだがな。
そして、俺は今日お前の想いに気づいた。
お前の苦悩、そして…俺への想い。
俺はやっぱり鈍感なのかもな。お前が苦しんでるのに気づいてやれなかった。ゴメンな?
夢のとき…ってあれ実は夢じゃないんだぜ?
全て現実。
あの時俺とお前だけだったのはお前がそう心の中でそう望んでたから。
そして俺がした行為…恥ずかしくて言えんが。それは俺が元の世界に戻りたくてやった。
…だがな。誰でも俺はそんな行為するわけじゃないさ。
そして…今まで悩んでいたが、俺は今ハッキリとした。
俺は涼宮ハルヒが好きです。
俺はお前の想いに気づいた時、正直どうするべきか悩んだ。だけど、今までを思い出して考えたんだ。
ハルヒは間違えなくかけがえのない存在。
そして、今俺にとって一番大切で愛おしい存在だって気づいたんだ。
…もう少し決断が早かったらな。こんな最後の最後でしか自分に素直にならなくてゴメンな。
そして俺が死んだら悲しむかも知れない。
だが悲しむな。お前に涙流している姿なんて似合わない。笑っている姿が一番お前らしくて可愛いんだからな。
俺はいつでもお前の中にいる。ちょっと臭いセリフかもしれないけど、これは本当だから。
だから悲しむんじゃないぞ!
最後に…ハルヒ。
俺はお前を愛している。
この先どんな姿になっても、ずっと愛し続ける。
だから幸せになれ!俺はお前の幸せが一番なんだ。それで、大体七十年後に俺の所へ来てまた振り回してくれよ!
その前じゃ絶対に許さん!
…じゃあな。たまには思い出せよ?
…元気でな…。
…急に目の前が眩しくなった。
目を開けると…って目が開けられる?何故?俺は死んだ筈なんだがな。神様は俺の死をまだ認めてくれてないのか?生きていけることに越したことはないが。
目を開けた先、そこには周りが灰色の世界。俺はここに見覚えがある。ここで青白いバカでかい物体を見た。それに非常に似ている。
…閉鎖空間…
ここは間違えない。全てが灰色だけど、妙にリアルな世界。そんなのは閉鎖空間以外のなにものでもない。
だが神人らしきものはまだ見当たらない。あとから湧いて出てくるのか?それは嫌だな…。
俺は周りの風景を見渡した。この場所は嫌ってほどハッキリ覚えている。俺の通っている…通っていた、という表現が今は正しいのかもしれない。その学校である。
なにせ俺は死んだ筈だ。過去形になるのが正当というものだ。
この学校も見納めか…灰色なのが心残りだ。
そう思い、俺はいた場所から歩き始めた。
意外と歩けるんだな。足がなくて浮いてるもんかと思ったのだが。
昇降口でちゃんと自分の名前が書いてある下駄箱に靴を入れ、上履きを履いた。
校舎内を歩いて行くと、そこは俺の教室。ここはハルヒの教室でもある。
そこの中に入り、自分の席、窓側後方二番目という好ポジションに座った。
ここはいい。憂鬱なときには窓を通して風景を見ることができる。それに風が直接あって気持ちがいい。
そしてこの席の一つ後ろの席、いくら席替えをしてもしつこいぐらいに俺の席の後ろを死守する、ハルヒの席だ。
なぜいつもこうも後ろに陣取るのかと不思議に思ってたもんだが、今なら理解が出来る。
それはハルヒ自身が望んだからこうなったんだろう。ハルヒが望めば世界が変えられるんだ。こんな事、造作にもない。
俺はいつものように横に体を動かして後ろを見てみた。ハルヒは当然ながらいない。いたらハルヒまで死んでる事になる。
でも閉鎖空間だから違うのか?わからんね。死んでるかも曖昧な俺は考えまで曖昧になってきた。
このポジションでの思い出を思い出してみる。
ハルヒが首根っこ掴んで引っ張って呼び出し、急にろくでもないことを考えつき、授業中にも関わらずやたらとデカい叫んでるハルヒの姿が今にも想像できる。
クラスのみんながこっちを向き、やっぱり涼宮か程度に理解すると前を向き、俺がハルヒを黙らせ、先生に授業を続けるよう促すとようやく授業が再開する。
ほんと、今あったことのように思い出せるよ。それももう終わりか…
俺は席から立ち上がり、教室を後にすると、次に部室…正確には文芸部室兼団の溜まり場といった所へ向かった。
教室からいつも歩き慣れているため勝手に足が前に出る。
これが学校生活の日常。授業が終わると、すぐ帰ればいいものを、勝手に足が部室の方へ向かっている。
よくも飽きずに行けるもんだ。だが、今まで飽きるなんて感じたことが一切なかった。なにもしてないようで、充実してたんだな。と実感した。
部室に着き、俺は簡単にドアを開けて入ろうとしたが、危ない危ないと、ドアをノックしてから少し間を置いて部室に入った。
危うく朝比奈さんの着替えを目撃するところだったな。だがこの空間には俺しかいないんだったな。だが一応しとかないとな。
そこにはなにも変わらないいつもの部室の光景。湯のみに団員一人一人の名前。コンピ研から強奪したパソコン。中心に配置された長机。なにも変わらない。
俺はいつものポジションに身を置いてみた。いつもならパタパタとメイド服の朝比奈さんが来てお茶を汲んで置いてくれる。
朝比奈さんのお茶、あれは絶品だった。本当のメイドでも活動出来るぐらいの忠実さ。そして、働きのよさ。将来メイドなんてどうだろ?うむ。よさそうだ。
もう一度朝比奈さんのお茶が飲みたかった…
次に長机端にあるパイプ椅子に目がいった。あそこは長門専用の読書ポイントだ。やたら毎回小難しい本ばっかり読んで。
たまに面白いか聞くと、ユニークだとか興味深いだとかばっかり。たまには違うジャンルの本を読ませてみたいな。少女マンガとか。
活字でも、絵付きだとまた違うだろう。
どんな反応するのだろう…気になるな。もう知る由はないが…
そして、無造作に置いてあるボードゲームを見る。古泉が持ってきたものだ。
今の時代、よくもボードゲームなんてやってたもんだ。だが持ってきた古泉は弱くて話にならなかった。とうの持ち主なら勝ってみせなきゃな。
そうだ。今度やるときはわざと負けてやろう。アイツ、ボードゲームで勝つことなんて知らないだろう。きっと結構喜ぶかもしれないな。
だがそれがもう出来ないのか…心残りだな…
そして…コンピ研から強奪した最新鋭のデスクトップパソコンが置いてある、素敵団長様専用の席に目がいく。
机には団長と書かれた置物が置いてある。
世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団、か。よくそんな名前を思いついたものだ。
あそこで団長様がパソコンを駆使し、不思議なことをネットで調べたり、訳わからんエンブレムを書いてみたりと自由にやってたもんだな。
そういえば、サイトも作らされたな。あれ、作ったのはいいが全く更新してないな。
そういえばパソコンのメモリーの中には朝比奈さん専用フォルダが残っているではないか。朝比奈さんが気づいて卒倒しなければいいが。
サイトの更新でもしとけばよかったな…あと朝比奈さん専用フォルダに鍵をかけとけばよかった…
…ダメだ…ここは思い出が強すぎる…
早く出よう。せっかく決意したところなのに心が揺らいじまう…
俺は走って学校から出た。
俺は走って校門からでた。
いつもの急な坂道を駆けていく。
俺の足が向かった先は俺の家だった。玄関から一つ一つ部屋に入っていく。
家族で過ごしたリビング。俺の汗を流すリラックスルームとして重宝していた風呂場。
ほとんどシャミセンと妹によって占領されていた俺の部屋…どれもこれも今にもその風景が繰り返されそうだ。
…ダメだ。やめてくれ。俺は家を飛び出した。
クソっ!もう俺はなにも未練なんてないはずだ!仲間、家族にきちんと別れのあいさつもした!もうなにも悔やむべき事はない!
なのに…なんだこの気持ちは…クソ!
行く宛など俺にあるはずがなかった。ただひたすら走った。そして気づいたら…休日はいつもといっていいほど集まった駅前に着いていた。実際、今日も駅前に訪れた。
いつもの展開が目に浮かぶ。
集合時間前だというのに、いつも俺は一番最後。そこでハルヒが「遅い!罰金!」とちゃちを入れる。その言葉を受け流し、ハルヒ以外の面々一人一人を確認しながら挨拶をする。
古泉はいつもの嫌みったらしい爽やか笑顔。朝比奈さんは陽気なかつ、天使的な笑顔。長門は…当たり前に無表情。
そしてハルヒを見ると…目を見るのが辛いくらいの眩しく輝く目。そして、遊園地に訪れた子供のようなそのあどけない笑顔。
これから訪れることを楽しみに楽しみ尽くすというような笑顔だ。この顔を見ると、罰金、つまり喫茶店の料金を奢るぐらい安いもんだと感じたもんだ。
それから喫茶店に行き、ハルヒが俺の財布の中身を亡きものにしようと、注文を取る。俺はいつもコーヒーのみ。
ハルヒは食べ物をなにか注文する。その他の面々は遠慮がちになにか頼む。
そして注文が届くと飲み物などをすすりながらくじ引きを始める。
おっ、今回のくじは俺とハルヒのようだな。そう思うと早速外に引っ張り出されハルヒと一緒に走った。
楽しかった。ハルヒと組になってつまらなかったことは一度もなかったな。やたら疲労感はあったが。
連れ回されて、走って、いっぱい話をして。些細なこと、今さっき見かけたこと、俺に対する質問…
ハルヒが話してるのを俺は相づちをうっていたのだが、聞き流す訳ではなく、ちゃんと聞いて、たまには話を返す。
それでハルヒが笑う。バカにしたように、嬉しそうに。笑っているハルヒが一番輝いている。
…俺は前からハルヒのことが好きだったのかもしれない。無意識に。だけどそれを表面に出せなかった。それで今、後悔している…
その後悔をもうずっと引きずることになる。その事が…いいや。ハルヒを残した事が一番後悔している。
ハルヒの泣き顔なんて一度も見たことなかった。今、アイツは泣いているだろう。俺のために。
アイツが俺を思っている、大切にしているなんて今日初めて知った。もしかしたら違うかもしれない。
…それはない。断定できる。俺への想いは本物だ。嬉しかった。わかった瞬間、悩んだが、それと同時に嬉しかったんだな。
俺も自分の気持ちは素直に表せられない人間だ。だから今表面に出す。嬉しい。
今だしても手遅れだ。…本当に悔しい。
胸が締め付けられるように痛い。死んでいるはずだから痛みなんて感じるはずがない。だけど、はっきりと胸の痛みが伝わってくる。
それと同時に視界が滲んできた。それがわかると同時に冷たいのか熱いのかわからない感覚が俺の頬を伝った。
…泣いているのか、俺は?いつ振りだろう?しばらく泣いた事がなかったな。あまりに痛くても泣いた事なんてなかった。
だけど…今涙が頬を伝ってポタポタと流れ落ちる。
この涙はなんだ…?なぜ泣いているんだろう?
そうか…我慢するのはよそう。
俺は、まだ死にたくない。
やり残した事があり過ぎる。
宿題をまだ終わらせてないし…もとから終わらせる気などさらさらないが。
シャミセンの餌も今日はまだあげていない。腹空かしてるだろう。アイツはよく食うからな。
長門に借りた本もまだ途中だったしな。難し過ぎてあんまり読んでなかっただけだが。
ヤバい。エロ本を分かりづらい所に隠すのを忘れた。いつか妹が見つけて発狂するかもしれない。
妹に飯の世話をするのを忘れていた。アイツはシャミセンと同じでよく食べるからな。腹を空かせ過ぎて喚いてるかもしれない。
だけど…一番重要な事。
ハルヒに直接、目の前で、姿が見える状態でしっかりと俺の想いを告げること。
それがやり残した事。悔やみ。
俺はまだ死にたくない。本当にさっきまで何ともなかったが、本当に死の恐怖というものが体の内から湧いて出てきて、俺の体を揺らし、目からは大量の涙が滴り落ちた。
ハルヒ…いやハルヒだけじゃない。高校という舞台で、SOS団の面々、谷口とか国木田とか鶴屋さんとかに出会ってなかったら、俺はこんな事を感じることなく死をあっさり受け入れた。
だが…今はどうだ?こんなにも体が震えて声を荒げて俺は泣いている。怖い…嫌だ…認めたくないんだ…今は。
俺はやっとのおもいで立ち上がり、また、走った。
俺にも行き先はわからない。ただひたすら…俺の足が向かう方へ向かった。
止まらぬ涙を拭いながら…
気が付くと、そこはまた学校だった。さらに俺は走り続けた。
昇降口を駆け抜け、さらに階段を駆け上がり…
たどり着いたのは部室。さっきも来たじゃないか。そこには何一つ変わらない風景があっただけだ。
見てるとまたさらに辛くなるだけだ。俺は心で入るのを拒絶したが、勝手にドアノブに手をかけ、そして…ドアを開いた。
そこには…俺がこの世界で一番望んでいた人…そして…どの世界でもかけがえのなく、一番大切で愛おしい存在。
…涼宮ハルヒがそこにいた。
俺はドア前で立ちすくんだ…足が動かない…でも見れただけでも嬉しい。
そして声をあげようとした。でも…声は出なかった。
ハルヒは俺に気づくと、
「キョン…嬉しい…。」
そう言ってこちらに駆けて来た。
…受け止めてやるから思いっきり飛びかかってこい…そう思った。
ハルヒが目の前まで近づいた瞬間………
目を瞑っていても解る眩い光。それがなんだか俺には解らなくて…俺は…目を開けた。
…そこに広がるのは見慣れた風景。
だが訳が分からない。さっきまで全てが灰色の世界、閉鎖空間にいたはずだ。だが、この目に広がる情報は確かに色がしっかりとついている。
…夢?…なんだそうか…
俺は自分がバカバカしく思えるほどに笑い飛ばした。
そうか…全て夢だったのか…あのデートも。あの事故も。あの空間も。
なんだよ!脅かしやがって!…まぁ俺自身が勝手に想像した夢なんだがな。これは誰に攻めるものではないだろう。
…少し目が腫れてやがるな。寝てまでも俺は泣いていたのか…ええい忌々しい。
もう夢のことなぞ思い出したくない…。これからは今の自分を大切に、悔いがないように生きよう!大切な人を失う前に…。
俺は電話をかけた。誰かは言うまでもないが、ハルヒだ。
まだ朝八時だというのにハルヒは案の定起きていて、勢いよく電話を受けた。
「もしもしっ!?キョン?!」
あぁ…お前は朝から騒々しいな…
「う、うるさいわね!それにしてもこんな朝早い時間にアナタが起きているなんて奇跡ね…何かにでも当たったの?」
違う!そんなものはちゃんと確認して食うさ!食いしん坊なお前と違ってな!
なんでこんな早く起きたかだって?…そんな夢の話なんて言えるかっ。恥ずかしい。
「私だってちゃんと確認するわよ!!失礼ね!で、あんたはなんでこんな早くに電話をかけてきたの?あんたからかけるなんて珍しいじゃない?」
まぁちょっとな…ハルヒ?今日時間あるか?ちょっとばかしデートに付き合ってくれよ。
「っ!!!?デェっ、デゥェィトですって?!!!!」
なんだその変な驚きかた?なんか面白いぞ?お前?
「ううう、うるさいわよっっ!!!!な、なんであんたなんかとデェっ、デェイトなんか!?」
まぁそのだな…お前に話があるんだ。今から…そうだな…一時間後ぐらいに駅前集合な。一番最後に来たやつ、罰金だからな?
「えっ、ちょ、ちょっと!!?」
待ってるからな!遅れんなよ?
そういって電話を切った。うむ。今回の電話の主導権は俺が握ってたな。
アイツのあからさまに驚いた声は面白かった。たまにはいいねぇ…強制的に意見述べて電話を切るの。ハルヒが毎回やる理由もわかる気がする。
…………笑っていますね…。…………
…………なんだか楽しそう…。…………
…………不思議…。……………
…………そうね…。……………
なんだ?どこからか声が聞こえたような…気のせいか?
まぁ急がなければな。早く行かないと、自分で言っといて罰金を払う羽目になりそうだ。
さて…そうと決まれば、善は急げだ。今から行けば、四五分前ぐらいに着くな。
早く着いて、ハルヒが唖然としながらこっちに近づいてくる顔を見るのもいいだろう。
そのあと、喫茶店では俺が奢ってやるのさ…ジェントルマンとして当然の行動だろ?
なぁ谷口?お前もそういうところに気を配ればモテるかもしれないぜ?
さて…今日は何をしよう…ハルヒと遊ぶだけ遊ぼう。遊園地でも行くか?アイツが子供のように走り回る姿も見たいな。元気に遊んでるアイツが一番輝いていて、可愛いんだ。
俺はそんなところに惚れている。それだけじゃない。
素直じゃないところ、必死になるところ、そして…いつも笑顔なところ。
さぁ…今日はいろいろな意味で暑くなりそうだぜ?
なぁ…?
ハルヒ様…?
…ピッ…ピッ…ピッ…
無秩序な機会音が音程を合わせて、ゆっくり、そして…弱々しく聞こえてくる…
もうこの音も慣れたものだ。約二年。この音を毎日聞いている。
…もう二年…時っていうのは流れるのが早いものだ…
周りを見渡せばそこには…いつもと変わらないメンバー。
そして、いつもと変わらぬ部室…っていう訳じゃない。真っ白な壁で覆われていて、だがそこには必要最低限なものは揃っている。
そして…大きな窓がある。そこから見渡せば…二年前と変わらない。ただクソ暑いだけの夏の風景。
空が青い…いや、青いっていうよりも「蒼い」…そんな表現かしらね?そこには雲が一つもなくて…セミがウルサいくらいに鳴いている。
ミーンミーンミーン…
よくも飽きずに毎日毎日…聞いてて腹たってくるわ!
ねえ、そう思わない!?
キョン……
ここは…真っ白壁、床、天井に覆われたこの世界…この真っ白な世界の中心に、大きな白いベッド…
そして…まだ私達に希望があることを知らせてくれる機械が、ベッドの上で笑顔でしっかり…だけどなんか弱々しい…
キョンの眠っている姿に繋がれている…。
私が問いかけてもなにも返事はない…
返事の代わりに、ピッピッピッ…という不愉快な電子機械音。
不愉快なんだけど…これがあるから安心出来る…私はここにいることが出来る…
「セミってさっ!生まれてからずっと土の中で生きていくの!眠っているように…」
「だけどね!それは本当に眠っているだけ!十分眠って蓄えたエネルギーを土からでて、自分の固い殻を破って、夏の暑い日、ずっと鳴いて使うの!」
「だからさっ!アンタも十分眠ってエネルギー蓄えたでしょ?だから…そろそろさ…目覚ましてSOS団でそのエネルギーを使ってみたらどうなのよ…」
そこにはキョンの返事がない、無機質な機械音…
「ねぇ!?起きなさいよ!!アンタどんだけ人を待たせて気持ちよさそうに寝てんのよ!!起きろってば!!このバカキョン!!」
「涼宮さん!落ち着いて!」
「だって!コイツいつまでたっても起きないのよ!?そろそろ起きないと宿題終わんないじゃない!?」
「涼宮さんっ!!」
……古泉君が怒声をあげて私を抑えあげて私は我に帰った…
そうだ…キョンは起きない…二年前のあの日以来…ずっと…私がいくら泣きわめこうが聞く耳を持たずに起きようとしない…
コイツなら私が泣こうものなら、焦りながらもあやしてくれるものなのに…
それも叶わなくなったのは今から二年前のあの日…
そう…二年前のあの日から………
最終更新:2020年03月12日 14:38