「邪魔する気?」

 

 

 それが私の役割だから。

 


『消滅の始まり』

 


「おはよう。長門さん」
 北高入学式の朝。思念体から居住を命令された部屋を出ると、朝倉涼子が笑顔を向けた。
 笑顔。私には備わっていないモーションだ。今後のアップデートで実装されるかもしれないが、現在はその予定はない。必要もないが。
「ちょっとぐらい反応してもいいんじゃない?あなたはあたしの」
 バックアップ。
「そうよ。だからこうやって親睦を深めるべきよ」
 必要ない。私に言葉は不要だ。そんなことは理解しているし、納得もしている。なぜなら朝倉涼子は私よりコミュニケーション能力が高く設定されているからだ。
 私のような性質を持つ人間がいたとして、私と親密な関係になれる存在などいるわけがない。

 


いるわけがなかった。

 


 私は三年前の七夕の日、物語を理解してしまった。
 今日から一ヶ月後、私は朝倉涼子を削除する。
「ちょっと待ってよ長門さん。一緒に行こうよ。ね?」
 これは変わることのない私の未来だ。

 

 

 入学式を終え、一年六組にあてがわれた私の席に着座する。
 ……読書がしたい。未来の長門有希と同期をしたことで、私には読書への欲求が生まれてしまった。
 だが、同期した記憶に矛盾を起こすわけにはいかない。よって、私が文芸部に所属するまでの辛抱である。……だが、したいのも事実である。
「ねぇ、あなたはどこ中?」
 髪の色素が薄い女生徒が私に話しかけてきた。おそらく私の出身中学を尋ねていると推測する。
 私に過去はない。だが、こういった質問はシュミレーション済みである。 よってあらかじめ設定されていた返答を彼女に返した。
「思いっきり学区外じゃん」
 もちろん私がそこに存在した事実などない。だが記録はある。
「ふーん。……ところで、あたしってウザい?いや、なんか迷惑そうにされてる気がして」
 否定の仕草を取った。私は会話が不得意なだけ。あなたが気に病むことではない。
「そうそう。あなたって本当にうるさい時あるからね」
 彼女の背後から、私より頭二つほど高い女生徒が接近する。言葉の調子から高い確率で彼女と親しい間柄だと推測できる。
「初めまして長門さん。こいつがうるさかったらいつでも言ってね」
 関係の悪化を防ぐため、ここは肯定すべきだと解釈した。
「うわ!ヒドイ!長門さんまで!」
 え?私の行動に間違いがあった?

 


 ホームルームを終えて、私は即座に職員室へ足を向けた。すでに最短距離は構築済みである。三分と十一秒で到着する。
「なに?文芸部に入部したい?」
 私の応答を受けたのは一年五組担任の岡部教諭であった。
「しっかしなー。まだ入学式当日だぞ。もっと他に考えたらどうだ?ハンドボールとかハンドボールとかハンドボールもあるぞ」
 興味がない。
「……断るならもっと言葉を選べよ。先生泣くぞ」
 興味がない。
「……しかし文芸部か。生憎、部員がいないから今年から休部が決まっているんだ。悪いが人数が集まるまで鍵を渡すわけにはいかないんだ。すまんな長門」
 涼宮ハルヒたちを集めるためには、私が文芸部に入部しなければならない。しかし、そのためには人数を集める必要がある。これでは本末転倒だ。
 私は解答を発見するため、同期データベースを閲覧した。…………閲覧完了。
「何?仮入部期間中だけで良いだって?」
 仮入部ならば部活の選択は自由である。だから私が文芸部室にいても、矛盾など存在しない。
「うーん。文芸部室の鍵を渡してやりたいのヤマヤマだが、空いてある教室を一人に明け渡すわけには……」
 データベース再閲覧。完了。
「ああ、長門が言うように仮入部員を集めたら鍵を渡してやるぞ」
 重要項目は私が文芸部室にいることであり、入部することではない。部屋にいれば、涼宮ハルヒが私と接触してくるはずだ。
「よし。わかった。お前が仮入部員をあと一人、いや二人集めてきたら文芸部の鍵を渡そう。約束だ」
 感謝する。
「ただし、部員が集まらなかったらハンドボー」
 興味がない。
「……ただし、俺もたまに見に行くからな。それが絶対条件だ。……しかし、何で誰もハンドボールの魅力がわからないんだ。計算された攻守と練り上げられた作戦。鍛えられた筋肉と汗のぶつかり合いがある最高のスポーツなのに。バスケやサッカーなんかとは比べられないほどに熱中できるわけで、そういえば昔、少年誌でハンドボールの漫画が連載されていたな。何ですぐに終わってしまったんだ!あれを読んでハンドボールにハマったわけで……おい長門。待ちなさい。俺の話はまだ終わって、ゲ!もうこんな時間かよ!」

 

「え?文芸部に入ってほしい」
 岡部教諭から文芸部室の鍵を手に入れるため、昼休みに先ほどの女生徒達へ協力を要請することにした。
「ごめんね長門さん。あたし剣道部に入るつもりだから」
「私は吹奏楽。ごめん」
 仮入部期間だけで良い。それに毎日入室しなくてもかまわない。たまに覗きに来るだけでも良い。
「う~ん。それならいいかな」
 茶髪の彼女は剣道部入部希望のようだ。そう言って菓子パンの袋を開封した。
「私もそれくらいなら協力するわ。あ、長門さん。イチゴ食べる?」
 長身の女性が手掴みで苺の果実を渡してきた。感謝する。
 音が漏れない様に小さく咀嚼をする私を、なぜか二人は黙って眺めている。……何?
「ちょっと何?この可愛い生き物は」
「あれよね。生まれたての雛鳥に食事を食べさせてあげた気分だわ。こっちも食べる?むしろ食べて」
「あ!今度はあたしにやらせてよ!変わりばんこだからね!」
 ……静かに食事がしたい。

 


 彼女達が私に友好的な態度を取って来ることは予想外だった。
 確かに同期データベースを閲覧すれば事前に理解できた事態である。
 しかし、私のデータベース閲覧優先度はあまり高く設定していない。
 これは「彼」を見て学習したことだ。
 自身の責任は自身で取るべきであり、それは未来の固体と言えど例外ではない。
 だから私は常時データベースへの接続を拒否し、不足の事態にのみ、閲覧することに設定した。
「あら、長門さん?」
 昼食を終えて彼女達と職員室へ移動していた時、朝倉涼子が声をかけてきた。
「長門さん。友達?」
 長身の同級生に肯定の仕草を取る。
 厳密に言えば友人ではないが、私の正体を二人に説明しても意味が無い。ここは友人と言うことにしておくのが最も安全な選択肢である。
「そう。長門さん、もうクラスに溶け込んでるんだ。正直、ちょっと心配だったけど、杞憂に済んでよかったわ。じゃあね」
 笑顔で私の横を通過した彼女だが、一瞬、耳元に有機生命体では感知不可能な振動音でメッセージを送信してきた。

 


『今夜、あなたの部屋に行くわ』

 


「おまたせ。長門さん」
 待ってない。私が帰宅する時間に合わせて部屋に来たことは理解している。
 時刻は十八時0秒。私たちでなければまず不可能な芸当である。
「それじゃぁご飯にするわ。コンビニで買ってきたからお手軽だしね」
 正座を解いて、お茶を用意する私を尻目に、朝倉涼子はコンビニ弁当と惣菜をちゃぶ台にセットしていく。
 朝比奈みくるの模倣ではあるが、正確に彼女の動きをトレースして緑茶をきゅうすに淹れた。
「ありがとう。じゃ、いただきまーす」
 無機質な部屋の中で食物を摂取する咀嚼音が響く。
「ところで、こういうのを見てると人間の能力って凄いわね」
 キレイに揚げられたエビフライを箸でつまみ、朝倉涼子は目を輝かせた。
 同意する。私たちには「調理する」という概念は理解しがたい。栄養を摂取すれば形など意味を為さないと思うのだが、そうではないようだ。
「そうね。自立進化の可能性が、こんな辺境の惑星にあるのも、わかる気がするわ」
 エビフライを一口でくわえ、朝倉涼子は微笑む。
「それじゃ本題に入るわ。涼宮ハルヒと接触を試みたんだけど……全くダメね。話すら聞いてくれないわ」
 やはりその話か。
「何か良い方法無い?」
 無い。
「長門さんが冷た~い。一緒に考えていこうって思わないわけ?」
 それを考えるのはあなたの役目。私はバックアップ。
 咀嚼に戻る朝倉涼子を見ながら、私は思考した。
 彼女は自身に訪れる事項を知らないはずだ。一ヵ月後には私と任務が入れ替わり、更に数日後には私に削除される。
 この事項を認識しているのは、私以外には一部の主流派インターフェイスと上層部のみである。
 当然、朝倉涼子が彼を襲うことは主流派には周知の事実であり、私が彼を救出することも決定している。
 あの事件は彼自身が私を信頼するきっかけとなるため、最重要機密だ。主流派以外に漏れるわけがない。
「ご馳走様。じゃ、何か変化があったら報告するわ」


 朝倉涼子が微笑んだ瞬間、小さなエラーが発生した。


 岡部教諭より文芸部室の鍵を預かった日から三週間が経過した。
 茶髪の同級生と長身の同級生も希望するクラブ活動へ本入部が決定したため、部室には訪れなくなった。それでも教室では友好的な態度を取ってくれている。感謝。
 本棚からハードカバーのファンタジー小説を手に取り、開く。
「えーと、ここは文芸部室よね」
 声を発したのは、いつもとは違い丁寧にドアを開いた涼宮ハルヒだった。
 私の姿を目視すると、均整の取れた細い足を素早く動かしながら入室した。
「岡部から聞いたわ。今、文芸部はあなた一人だけなんでしょ?」
 肯定する。
「だったらあたしにこの部屋貸してくれない?大丈夫よ。本なら読んでていいから」
 同じく肯定すると、涼宮ハルヒは名前を名乗ってから部室から退場していった。
 これで全て揃った。本日の放課後には涼宮ハルヒが彼と共に部室にやってくる。SOS団の結成まであと少しだ。


 瞬間、主流派上層部より、朝倉涼子と任務交代の指令を受信した。
 それは私が朝倉涼子を削除する日が近い事を物語っている。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 このエラーが私の暴走を促進する最初の物だとは、この時点ではまだ認識できなかった。

 

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最終更新:2009年09月29日 23:41