SOS団に平和な空気が広がり
長門と古泉は膝を突き合わせてヒソヒソ話し合っている
今日はハルヒも来ないし
つまらないので帰ろうかなと思っていた

するとドアに小さなノックがあった
長門も古泉も立ち上がろうとしないので、仕方なく俺が立ってドアを開けた
そこには俺の精神安定剤的頭痛不安イライラ解消お人形さんが立っていた

「あの…あのぅ…わわわわたし…」

どうしたんですか朝比奈さん?
ご無事で何よりです
とても大活躍だったそうで、まあいろいろありました
こんな所に立ってないで、さあ中にどうぞ

「あのっ、わたし、ここに入ってもいいんでしょうか?」

朝比奈さん?
どうしたんですか?
朝比奈さんはカバンを胸に抱え、内股に閉じたかわいい膝小僧をカクカクさせている
この姿はまさに、最初にハルヒに拉致されてきた時と同じだ

「何か全然覚えてないんですぅ…学校に来て授業を受けて、その後何をしたらいいのか全然分からないんです
 でも何となくここに来なくちゃいけないような気がして、それで…」

まあどうぞ朝比奈さん、とにかく入りましょう
俺は小さな朝比奈さんの肩を抱くようにしてとりあえず中に案内した
フワリとした巻き毛から爽やかな香りが立ち昇る
ああこれは気持ちがいい

「え、ええとあの、わたしはここで何をしたらいいんでしょうか?」

えっと、まずはメイド服に着替えて、それからお茶を入れて、それはいいですからまずはどうぞ座って下さい

「あの…キョンくんってあなたですか?」

はい?
まさか朝比奈さん
本当に覚えてないんですか?
俺の事もハルヒの事も?

「ななななんとなくは記憶があるんですけど、禁則事項で禁則事項してから後の事とか、禁則事項に行って転んで泥だらけになって禁則事項に会って、そして禁則事項の事がちょっと気になって禁則事項で調べたたら今度はは禁則……」

ああもういいです朝比奈さん
とりあえず座って落ちつきましょう

「あの…今朝学校に来てから気がついたんですけど、私のカバンにこんな物が入っていて、それでキョンくんに…」

そう言って朝比奈さんはカバンから封筒を取り出した
かわいい花柄のファンシーな封筒の送り主はもちろんすぐに分かった
表書きにはきれいな大人文字で『これをキョンくんに渡して下さい』と書かれ、裏面には小さく『朝比奈みくる』と書いてある
俺の頭に?が点滅した
はて?

朝比奈さん(大)の存在は俺にも分かっている
何せつい今朝死ぬほど厳しいお説教を食らった直後だ
でも朝比奈さん(小)には禁則のはず
朝比奈さん(小)に手紙をことづけるのにわざわざ自分の名前を書くとは?
おっちょこちょいの朝比奈さん(大)が慌てる所を想像したがすぐに気付いた
朝比奈さんは俺に手紙を出すとも言っていた
早朝に現れたのはイレギュラーだから予定にない行動だったのだろう
あの時はもう現在の朝比奈さんに手紙を持たせた後だったのかもしれない
なのに朝比奈さんは何も言わなかったって事はこれは規定事項なのか?

考えるより行動した方が早い
俺は封筒を開けて中から1枚の便箋を取り出した
今の朝比奈さん(小)よりもかなり達筆になった筆跡で書かれていた

「キョンくんへ
 あなたのおかげで未来は正常な姿に戻りました
 本当に感謝しています
 いつまでも自分に正直に生きて下さい
 そうすれば、あなたの想いは必ず実を結びます
 涼宮さんを大切にしてあげて下さいね

                    朝比奈みくる

 P,S,
 そこにいる私はかなり混乱しているはずです
 めまぐるしい時間移動でTPDDのキャパシティがオーバーロードしちゃいました。あの異世界空間の影響と涼宮さんの力が合わさって、通常では考えられない動作をしちゃったので、しばらくその状態が続くと思います
 もしかしたら長門さんが修理してくれるかもしれないけど、数日経てば元に戻りますから心配はいりません
 それでも若干記憶が欠損してる部分もあると思いますので
 すみませんけどいろいろ教えてやって下さい
 あなたには禁則事項はありませんから
 これからもそこにいる私をよろしくお願いします」

俺は3回読み返してから手紙を朝比奈さんに渡した
もうこの手紙を見せてもいいだろうと思った
どうやら今回の事で、朝比奈さんは出世の階段を1つ上がったようだ
少なくとも朝比奈さん(大)の存在を明らかにしてもいいという事が

まるでルーブル美術館から強奪されたフランス人形のように、かわいそうにぶるぶる震えている朝比奈さんはおっかなびっくりその手紙を読んでいたが、当然事情は全く把握できていない

「ななな何で私の名前が書いてあるんですかぁー?
 何で記憶がなくなってるんですかぁ?
 TPDDって何なんですかー?
 禁則事項って、もしかしたら禁則事項の事かなぁー?」

朝比奈さん
ちょっと落ち着きましょう
とりあえず心配はいりませんから
ここはあなたの部室です
手紙に書いてある通り、すぐに記憶は戻りますから
何でしたら長門がすぐに

「禁則」

ああそうだった
とにかく心配する事はありませんから

「これは面白いですね
 TPDDにも副作用があったとは
 やはり長門さんのおっしゃる通り、まだまだ開発途中だという事ですか」

「通常はあのような条件でTPDDを多用する事はないと想定されていた
 あれはあくまでイレギュラーなイベント
 でも開発者は今後十分認識しておく必要がある
 あの時の朝比奈みくるのTPDDの使用方法はまさに画期的
 これからの改良に多大な経験値を与える事になる、はず」

気がつくと古泉と長門も朝比奈さんの背後に立って一緒に手紙を読んでいた
古泉の手がさりげなく長門の腰にまわされている
ムカつく

「何も心配いりませんよ朝比奈さん
 僕たちがついてますから
 この手紙に書いてある通り、あなたはすごい事を成し遂げた
 これは自慢すべき事です」

「そっそっそっそうなんですかぁー?」

ようやく朝比奈さんが落ち着いたので
本来ならここで俺にとってのルイ13世である、朝比奈ブランドの最高級日本茶などを味わいたい気分なのだが、メイド姿に着替える事も忘れている今の朝比奈さんにそれを要求するのは酷だろう

古泉と長門はヒソヒソ何かを話しているし、仕方ないか
俺は立ち上がってお茶の用意をした
ヤカンでお湯を沸かしながら急須にお茶っ葉を投げ入れる
お湯が湧くのを待っている間に胸ポケットに入れた携帯がブルブル震えた
ハルヒからだった
しかもメールじゃないか

いつものハルヒはメールを送るようなまどろっこしい事は絶対にしない
こちらの都合も考えずに名前も名乗らず用件だけを告げ、返事も聞かずに切ってしまうようなヤツが何でわざわざメールなんかするのだろう
そもそもあいつがメールの打ち方を知っていたとは初耳だ

「駅前にバイキングのお店が新しくできたみたいよ
 本日17時オープンしかも初日に限って半額だって!」

時間を見るとまだ4時10分過ぎだ
お茶を飲んでからでも間に合うだろう
お湯が沸騰したので急須に注ぎ、全員に配ってやる
古泉の前に置く時だけは憎しみを込めてドンと叩きつけた
自分の席に座ってさしてうまくもないお茶をズルズルすすり
呼吸を整えてからハルヒに返信した

「お茶飲んだらみんなで行くからそこで待っててくれ」

携帯を閉じて胸ポケットにしまい、再び湯呑みを手にするとまた電話だ
今度はハルヒからの普通の電話だった
また携帯を取り出して開き、耳に当てた

「バカキョン!!!!!!!!!!」

携帯の小さなスピーカーから聞こえてきたほとんど原音のままの大音響は、俺の右耳から入って脳内を7周半ほど高速で駆け巡り、左の耳から抜けて部室中に轟音をとどろかせた
おそらく部屋の全員が聞いていたのだろう
古泉も長門も、そして朝比奈さんまでもが口をポカンと開けていた

「な…な…何だったんですか今のは?」

俺はすでに切れていた携帯を閉じて、5秒で状況を説明した
まだ鼓膜がジンジンしていて右耳がおかしい
鼓膜が破れたらハルヒに治療費全額負担させてやる

「やれやれ……」

おい古泉
それは俺のセリフだ

「長門さんと話していたのですが、今回の事で涼宮さんの精神に重大な変化があったようです。これは機関も同意見です
 近々我々の任務にも大きな変革が訪れるかと期待していたのですが、長門さんによるとあくまで暫定的なものらしいですね
 朝比奈さんからの手紙がどういう意味を持つのか、それは今から考える事ですが、長門さんの暫定的という意味が今分かったような気がします」

何だ古泉
もうちょっと分かりやすく言え

「つまり涼宮さんの精神は今は安定していますが、それはあくまで一時的なもののようですね
 再び爆発する可能性が非常に高いという事です
 そして次に爆発するとしたら、その原因を作るのは間違いなくあなた
 あなたの今後の行動次第では、すでに力を自覚してしまった涼宮さんが何を始めてしまうか、予想するだに恐ろしいとはまさにこの事です」

すまん古泉
俺の取った行動のどこがおかしいのか、箇条書きにして説明してくれ

「あっあの・・・キョンくん
 すっすっ涼宮さんは、キョンくんと2人で行きたかったんじゃないかしら?」

うっ

「だから内緒でメールにしたんだと思いますぅ」

「ふふふ、お分かりでしょう。もう涼宮さんは大きく変わり始めています
 早起きして弁当を作ったり、あなたが居眠りなどしないように気を配ったり
 そこまで献身的にあなたの事を考えてくれている涼宮さんなのに
 当のあなたがこの調子ではね」

分かったよ
じゃあこのお茶飲んだら行くから
みんなも気をつけて帰れよ

その時長門が突然立ち上がった
何年か前にどこかのアニメでやっていたような舌足らずのゆっくりした声で
俺は長門が物真似までできる事を初めて知った

「まったくお前はどこまで他人に迷惑ばっかりかけて生きているんだ
 そろそろ他人の気持ちを考えられるように努力できないのかよ
 いつになったらお前は学習能力というものを身につけるんだ
 いいからさっさと出て行きやがれ、この大バカ野郎」

俺は長門のすさまじい殺気を感じた
急いでカバンを引っつかみ、部室を出ようとした
追い打ちをかけるように、長門の詠唱が響く
まさかこの俺が、長門の呪文の餌食になってしまうとは…

「………」

間一髪、有機情報連結の解除から逃れた俺は校門に急いだ
昇降口で靴を履きかえるのももどかしく、転がるように学校の外に出た
その瞬間だった
背中を見えない手で押され、俺は時速100km近い速度で坂を駆け下りた
途中で何人もの通行人とすれ違うが、そのたびに鋭い横移動に体を揺さぶられ、襲いかかる横Gに気分が悪くなってくる
赤信号は全て俺の手前で青に変わり、2分もかからずに駅前の広場に着いた
腕組みをして待ち構えるハルヒの目の前数cmの所で、俺は急停止した

「わ……」

すさまじい加速と激しい横G,それに恐怖と緊張感で、俺は汗びっしょりだった
吐き気が喉元に突き上げてくる
トイレはどこだ?

「あんた、えらい早かったじゃないの。ってか早すぎ」

ちょっと待っててくれハルヒちゃん
俺は公園のトイレに急ぎ、汚物を処理した
何度もうがいをして顔を洗い、ようやく一息ついてからハルヒの元に戻った

「1人なの?キョン」

ああ1人だ

「みんな連れて来るって言ったじゃないの」

いやそれは訂正します
訂正させられた

「何でこんなすごい勢いで走ってきたの?」

それは禁則で
ああもう禁則じゃないのか
長門が怒り狂って俺に呪文をかけた

「有希が?呪文?」

そうだよお前ももう見ただろ

「あたしにもかけてくれるかしらね?」

長門に聞いてみろ

「面白そうねそれ!ちょっと学校に戻りましょうよ、今すぐに!」

ハルヒ、それは明日でいいだろ
今から学校に帰ったら俺は間違いなく長門に殺される

「何よもうキョン!」

ハルヒ
俺は学校で長門に呪文かけられて喜んでるお前よりも
俺と2人でメシ食ってるお前を見てる方が今は楽しいんだ

「キョン?」

本当だ。だから今日はメシ食いに行こう。半額なら俺がおごってやれるから
お願いですから俺と一緒にバイキング食べに行って下さい
ハルヒはやっと笑顔に戻ってくれた
両目と口が同じ大きさの正三角形になった

「ふっふーん!いいわ!あんたがそう言うんならね!
 でもまだ早いからちょっと歩きましょう!」

そう言ってハルヒは俺の腕を取り、さっそうと歩き出した
ハルヒの髪からは甘いいい匂いが漂い、柔らかな胸のふくらみが俺の腕に伝わってくる

ありがとう長門、俺を分かってくれて
お前のジョークにはこれからさんざん振り回されそうな予感がするけど
いいんだよなこれで
SOS団は全員がハッピーエンドを迎えるんだよ

そう

全員だぞ絶対に


涼宮ハルヒの共学      完

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最終更新:2009年09月16日 14:38