さすがのハルヒもめまぐるしい出来事に疲れを見せていたが
俺にはもう1つだけやる事があった
通りがかったタクシーを呼び止め、鶴屋さんの家に向かった
車の中で初めて知ったのだが、もう夜の11時を回っていた

ハルヒがうとうとしかけた頃、タクシーは鶴屋邸の前に止まった
俺は代金を払ってハルヒを車から降ろし、悪代官の象徴のような玄関に立った
チャイムを鳴らしてしばらく待つと、着物姿の鶴屋さんが出てくれた

「やっほーハルにゃんにキョンくん、ずいぶん遅かったにょろね」

はい、遅くなってしまいました
これ何とか見つけましたのでお返しします
俺はハルヒが握っていたオーパーツを鶴屋さんに返した

「ほーっ、探してくれたんだーありがとうねキョンくんっ!」

いえあの、探してたって言うか偶然見つかったって言うか

「まあいいさっ!無事に見つかったんだし、これで一件落着だねっ」

あの鶴屋さん

「なんだい?」

このオーパーツですが、その・・・本当の持ち主が見つかったって言うか
どう説明すりゃいいんだろ
鶴屋さんの理解力に賭けるしかないか

「いいさっ、こんなのうっとこに置いといても何の意味もないしね
 ちゃんと使い道の分かってる人が使ってくれた方がいいからさっ
 でもこのまま預かっててもいいのかな?」

はいもちろんです
そのうち本当の持ち主が取りに来ると思いますから

「委細承知っ!さっ早く上がりなよ!」

いやもう遅いですから、ハルヒも眠そうだし

「おんやーハルにゃん?何だか世界を救ってきたみたいな顔してるねー
 いい顔だよっ!キョンくんも」

「え?あ、ああ・・・そうね」

「いいから気にせず泊まっていきなよ!部屋も布団もあるし」

本当にいいんですか?

「もっちろんだよっ、ただし部屋は別々なのさ!まだ高校生だからねっ!」

俺も疲れ果てて朦朧としていたので、考える暇もなく鶴屋さんに部屋に案内された

「キョンくんはこっちでハルにゃんはその隣、すぐに布団敷くから
 それからお風呂は男女別で後で夜食持ってくるからねっ
 でもその前にちゃんと家に電話しなさいっ
 あたしは自分の部屋にいるからさ、何かあったら内線の2番に電話するがいいにょろ」

部屋に通された俺はとりあえず家に電話をかけた
突然の俺の外泊に母は怒り狂い、妹は電話の向こうで誰と一緒なのかを必死で叫んでいる
俺は正直に鶴屋邸に泊まる事を申告した
すると突然母の態度が変わり、丁寧な口調に変わった
ちゃんと敬語で話しなさいとか鶴屋さんに迷惑かけないようにとか

やはり鶴屋さん、さすがと言うか何と言うのか
いったいどれほどの悪事を働けばこんな名士になれるのか

電話を切ってから風呂に入り、戻るともう布団が敷かれていた
ボロ雑巾のようにぐったりと眠りこもうとすると、部屋の襖が開いた

「ちょっとキョン、こっちに夜食が届いてるわよ」

ハルヒの部屋に呼ばれて入り、おにぎりと漬物の軽食をいただいた
風呂上がりのハルヒは鶴屋家の浴衣に着替えており
ほんのりピンクに上気したほっぺたが以外とかわいい

2人とも疲れきっているのでほとんど会話もなく、食い終わった俺はおやすみを言って立ち上がった

するといきなり浴衣の帯を引っ張られた
ハルヒの馬鹿力に引き倒され、俺は布団に崩れ落ちた
何するんだよハルヒ

「・・・・・・」

布団の上に転がされた俺をハルヒの目がじっと見下ろしている
それは、俺が初めて見る優しい目だった

「キョン」

ハルヒ・・・・・・

「・・・・・・しょに・・・て」

はい?

「いっしょに・・・て」

はぁ?

「もう!バカキョン!」

ハルヒは俺の頭に腕を巻きつけ、ヘッドロックで締め上げてくる
これだけ疲れてるのにまだ暴れたいのかこのアホゥは
素早くハルヒを振りほどいて抜け出す
身構えているとハルヒがまた優しい目に変わった
小さい頃の母を思い出すような優しい目を俺は見つめ
ハルヒが言いたい事をすぐに理解した

ハルヒ・・・

「キョン・・・」

結局用意された俺の布団は使われずしまいだった
翌朝になって飛び込んできた鶴屋さんはすぐに状況を察知して

「うんうん・・・・それでいい、それでいいのさ。世界平和が一番だよっ」

と悟りを開いた僧侶のようにありもしない顎鬚をなで
ニコニコしながら朝食を用意してくれた
白いご飯に豆腐の味噌汁、アジの干物にだし巻き、海苔と梅干という
素晴らしきかな和風の朝食を平らげた俺とハルヒは、鶴屋家差し回しの車でそれぞれの自宅に送ってもらった
ハルヒは朝からほとんど口を利かかなった

ありがたい事に昨日は金曜日、つまり今日と明日は休みだ
俺はこの2日間は全力で眠ることにした
さっそくのように妹が昨夜の俺の行動について詳細な報告を求めてくるが
悪いが妹よ、お前が大人になるまでは倫理上話す事はできない
すでに妹と変わらないぐらいに大きく成長したシャミセンを抱かせ、俺は部屋のドアを閉めた
階下では母親が大騒ぎしながら鶴屋家に出すお礼状の書体について頭を悩ませている

まだ朝の時間帯だし、体は疲れているのに眠気は訪れない
俺は昨日の事をぼんやりと考えていた
あの誘拐未遂事件から始まって、空から降ってきたハルヒを助け
あの異世界で古泉と朝比奈さんのすさまじい戦いをこの目で見た
復活した長門の超高速攻撃を目の当たりにし、最後に長門の涙も見た

そして鶴屋家でのハルヒとの一夜
目を閉じたハルヒの美しい顔
無防備な姿で俺の全てを受け入れてくれたハルヒ
俺の背中にしがみついて爪を立てたハルヒ

くそっ
なぜここで長門の涙が浮かんでくるんだ
あの時長門は二度、涙を見せた
初めはハルヒに頬を叩かれた時
そして二度目は長門の部屋でだ

長門・・・・・・
お前の涙は
この俺に向けたものなのか?
肉体再生にエラーが頻発すると言ったのは、俺がハルヒとこうなってしまったからなのか?

だとすると長門・・・
もしかしたらお前はやっぱり
俺の事を?

・・・・・・・・・・・・

「キョンくーん!ごはんだよー!ごっはん!ごっはん!」

うるさい妹に飛び乗られて目が覚めた
まさしく世界で一番悪い目覚めだ
もし長門ならどんな起こし方をしてくれるだろうか
ハルヒだったら・・・・・・いややめておこう

結局土日をずっと眠ったままで過ごした
飯を食う時とトイレ以外、俺はほとんど布団を離れなかった
そして日曜の深夜になり、突然携帯が鳴りだした

「やあどうも古泉です
 ちょっと今から出られませんか?」

俺は深夜の街を自転車で飛ばしていた
古泉からの電話はそう複雑な用件ではなかった

「いろいろ整理するためにお話ししましょう」

ずっと寝ていたので眠気もほとんどなく、あいつらから話も聞きたかったし、朝比奈さんにも会いたかった
そしてもちろん、長門の様子も気になっていた

いつもの公園、SOS団御用達の変人の集合場所についた
すでに古泉と長門が待っていた
長門の傷はもう回復したのか、いつもの水色のセーラー服がなぜか哀愁を感じる

「どうも、お呼び立ていたしまして」

相変わらずニヒルな古泉のスマイルだが、あの時のすさまじい戦闘を目の当たりにしているだけにやけに頼もしく感じてしまうのはなぜだろう?

「お疲れは取れましたか?」

ああおかげさんでな。ずっと寝てたから目が冴えてきたんでちょうど良かった

「実は僕もなんですよ。涼宮さんに帰れと言われてから、ずっと気にはなっていたのですが
 さすがにもう起き上がる体力はありませんでした
 ベッドにひっくり返って、さっきまで眠っていました」

お前もすごい活躍だったな。かなり見直したぞ

「それはどうも。まさかあなたからお褒めの言葉をいただけるとはね、恐縮です」

ふん
長門はもういいのか?傷の具合は

「……」

長門はいつものようにゆるゆると首を持ち上げ、またゆるゆると元の状態に戻った
この当たり前の反応がとても嬉しくもあり、そして悲しくもある
ん?朝比奈さんは?

「朝比奈さんも無事です。さっき電話で確認しました
 ただちょっと混乱しておられるようなので、この場はご遠慮いただきました」

そうか、無事なら何も言うことはない

「前半戦でもっとも活躍したのは朝比奈さんですからね
 彼女には本当に助けられました」

本当か古泉?

「ええ
 序盤は防戦一方でしたからね。朝比奈さんの力がなければ僕一人で防ぎきれたかどうか」

どんな風だったんだ?

「まあ初めからゆっくりおさらいしましょう
 今回は初めて、SOS団が分断された状態で始まった出来事でしたから
 あなたと涼宮さんが2人の時の状況と、残された我々の様子を確認していきたいんですよ」

長門がピクリと体を震わせた
相変わらず理論派だなお前は
まあいいか俺も知りたい事がたくさんあるしな

それから長いお互いの話をした
俺は鶴屋邸に行ってからの話をし、古泉からは長門のマンションから始まる長い話を聞いた
時折り長門に話が振られ、その都度長門は首だけを動かして有音無音の返答をした

「まさか戦う前から分断工作が始まっていたとは思いませんでしたね
 あなたが単独行動した時点で気付くべきでした
 森さんたちがよく反応してくれたものだと思います」

そうだ
森さんの具合はどうなんだ?

「大丈夫ですよ。少々の打撲と転んだ時の擦り傷、そして着弾のショックで肋骨にヒビが入った程度です。彼女は一応独身女性ですから、お嫁に行けなくなるような最悪の事態は免れたと思います」

お前、自分の上司にそんな言い方してもいいのか?

「まあいいでしょう。今回僕はかなり株を上げましたからね
 僕がもたらせた情報は今後の大いに参考になると思います」

そう言って古泉は俺の耳元に口を寄せてきた

「実はあの夜、森さんも鶴屋邸に泊まっていました。ひと晩安静にするために。これは秘密にしておきますが」

うへっ
って事は
俺とハルヒの一夜が機関には筒抜けになっているのか?

「機関はこれをいい傾向だと考えています
 と言うよりも機関の全員がとても喜んでいるのですよ」

古泉はそこでチラリと長門を見た

「一部の人たちを除いて、ね」

それ以上言うな古泉
お前を殺さなくてはいけなくなる

「分かりました」

それはいいから、今回の総括をしてくれ
古泉はおもむろに前髪をさらりとかき上げ

「では最初から行きましょう
 事件の発端はあの転校生とオーパーツです
 オーパーツには不思議な力があるようです
 何かのエネルギーを貯め込む機能のようなものです
 電気エネルギーとか核エネルギーなどというものではなく
 目に見えない何かのエネルギーです」

「生体エネルギー…に近いもの。でも少し異なる」

「生体エネルギーですか?」

「そう。言語では概念を説明できない
 また統合情報思念体にも説明できない不可思議なもの」

「例えて言うと、怒りとかそんなものですか?」

「可能性はある」

なんて物騒なエネルギーだよそれは
ハルヒの所にに来なくて本当に良かったな

「なるほどね
 とにかくそれが鶴屋山に埋まっていました
 はたして本当に3百年前のものなのか、それは分かりませんが
 それにあの新入生が引き寄せられてきたのです」

「あの女子は、新入生ではない」

「新入生ではない?」

「そう。彼女は私たちだけにしか見えない存在」

「私たちと言うと?」

「涼宮ハルヒ以下、SOS団のメンバー、及び佐々木率いるチームSOS」

おい長門、その名前はやめようぜ
あいつらにSOSの名前はふさわしくない

「……そう」

「まあとにかく、あの新入生がオーパーツを使って、自分の世界の再生に利用しようとしたようです
 ところがなぜか彼女はSOS団ではなく、佐々木さんの方に話を持ちかけたようです
 向こうでどんな話になったのかは分かりませんが、乗り気になったのは周防さんのようですね」

周防ね
あの壊れた小さいダンプカーか

「ええ。考えてみればその時からすでに彼女の暴走は始まっていたのかもしれませんね。自ら進んで戦いのエネルギーを放出しようだなんて。これがSOS団に来ていたら、涼宮さんが絶対に阻止していたことでしょうけど」

古泉、お前本気でそう思うのか?

「当然ですよ。まさかあなたからそんな質問が来るとは思えません
 あなたは涼宮さんがオーパーツを手にしたら、ここぞとばかりに大激怒エネルギーを異世界中にまき散らすとでもお思いですか?」

……

「とてもあなたとは思えない発言ですね。悲しい事です
 涼宮さんを一番よく知るあなたが、冗談でもそんな事を仰るとはね」

分かった分かった
そんなに本気で怒るなよ古泉
訂正いたします

「失礼しました。別に本気で怒るつもりもありません
 オーパーツが先に向こうの手に渡ってしまったことが大きかったですね
 それと結果論ですが、あなたが鶴屋邸に行く事もなかったのではないかと」

ああ
あれは軽率でした

「橘京子の組織はそこまで予想していたのでしょうね
 オーパーツが紛失すれば鶴屋さんはまずあなたに連絡をとる
 責任感の強いあなたは絶対に鶴屋邸に来る
 長門さんが動けない状況であなたも閉じ込めてしまえば、戦わずしてもう負けが決まっているようなものです
 ここはただひたすら、森さんの機転に感謝すべきです」

確かにそれは言えるな
まさか銃まで出てくるとは

「銃はあくまで脅しのつもりだったのでしょう
 あの住宅街で発砲すればそれこそ大騒ぎです
 鶴屋家まで巻き込むことになってしまいますから
 それは重大な規則違反ですからね」

おい古泉
鶴屋さんは橘京子の組織にも絡んでるのか?

「そこは限りなくグレーゾーンです。我々にもはっきりしたことは分からないのです。ただ、鶴屋さんの様子を見る限りはその可能性は高いですね」

俺はひそかに鶴屋さんとの会話を思い出していた
鶴屋さんは面白ければそれでいいと言っていた
どっちの味方をするわけでもなく、ただ面白い事をしている人間に金を出して傍観する、そんなのが楽しいんだよとか言ってたっけ
罪な事をしますね、鶴屋さんも

「結局鶴屋家も巻き込む騒動になってしまったのですけどね
 怪我の功名というか、事件の後始末は極めてスムーズでした
 鶴屋家からも相当な圧力がかかったのでしょう
 暴力団同士の小規模な縄張り争いということで、マスコミにもほとんど漏れていません

 そうしてあなたが脱出していた頃、長門さんのマンションに佐々木さんたちが乗り込んで来ました
 藤原氏の時間操作なのか、周防さんの能力か、世界一セキュリティの高い長門さん宅に無断侵入してくるとはね
 まだその時点では僕もそう焦ってはいませんでした
 長門さんが寝ていても、そしてあなたがいなくても
 こちらにはまだ涼宮さんがいます
 涼宮さんがいる限り、本当のピンチにはならないと確信していましたから

 ですから涼宮さんがどこかに飛ばされたのには心底驚きましたよ
 しかも我々も異世界に移動している
 眠っている長門さんと、慌てる朝比奈さんをどうしようか、かなり焦りましたね」

まさに分断工作だな
実にややこしい事をしてくれたもんだ

「ええ
 あなたから話を聞くまでは、どうしてこうも複雑な過程なのかと頭を悩ませました
 序盤は全く厳しい戦いでした
 朝比奈さんは泣きそうになっているし、長門さんは起きないし
 正直僕一人でどこまで防げるのか、全く自信がありませんでした」

「……ひたすら申し訳ない」

「長門さんを責めるつもりはありませんよ
 予想しても防げるものではありませんから
 まさかこれほど複雑な作戦になっているとは
 誰も予想できませんでしたからね」

おいちょっと待て古泉
だからと言って何で戦闘になったんだ?
ハルヒも言ってただろう?
クールなお前が率先して戦い出すなんて
俺にも信じられないぞ

「これは言い訳にまってしまいますが、どうしようもありませんでした
 問答無用で周防九曜が攻撃を仕掛けてきたからです
 朝比奈さんの裏技がなかったら、朝倉涼子の登場まで持ちこたえられたかどうか」

その朝比奈さんの裏技も解説してくれ

「あの異世界に呼び寄せられてから、僕の能力が発揮できるようになりました
 つまりあそこも閉鎖空間に近いものがあったのでしょう
 朝比奈さんも同様です
 TPDDの使用制限が解除され、彼女は自由に行動できるようになりました
 あなたはきっと喜ぶと思いますが、朝比奈さんの活躍は素晴らしいものでした
 周防九曜の攻撃が当たる寸前に時間移動を発動して、光線が通過した後にまた元に戻します。それを1秒間に何度も繰り返すのですから、もう奇跡としか思えませんね。藤原氏が漏らしていたのですが、TPDDをあのような戦闘に使用したのはおそらく朝比奈さんが世界で初めてではないかと
 かくいう僕も何度も時間移動しました
 160回目ぐらいまでは数えていたのですが、それからはもう」

お前も余裕があるというのか暇だというのか、ご丁寧なヤツだ

「それを朝比奈さんは長門さんにも自分自身にも発動していたのですから
 おそらくあの時間だけで千回以上は繰り返していたのではないかと」

俺は朝比奈さんが活躍するシーンを思い浮かべてニヤついていた
「ふぇっ!」とか「わたたっ!」とか叫びながら、必死でこいつらを守っていたのか
SOS団専属、いや俺専用の癒しマスコットがそんな活躍をしていたとは

「顔が蒸しすぎた蒸しパンみたいになってますよ」

古泉に言われて慌てて顔を引き締める
何だかこいつもハルヒ流の比喩が使えるようになってきたな
気のせいか、長門の視線までもが冷たく感じるのはなぜだ

ん?ちょっと待てよ古泉
朝比奈さんは最後に7億年前に遡ってきたと言わなかったか?
確か4年前より昔には行けないって言ってなかったか?

「僕はそんなものは初めから信用いてはいませんよ
 誰が朝比奈みくるの仮説を証明できますか?」

そうか、お前らは一応敵同士でもあるんだな

「別に敵というわけではありませんよ。ただその件に関しては意見を異にしているというだけで
 彼女は最初からもっと過去に遡行できたのかもしれませんし、涼宮さんの力が働いたのかもしれません
 それに出発したのがあの異世界ですから、もしかしたら次元断層を通らずに遡行できたのかもしれません」

ふん、どうとでも都合よく解釈できるってわけか。まさにハルヒさまさまだな

「その件に関しては同行した藤原氏も認めているのですから
 間違いなく7億年前に行ったのだと解釈してよろしいんじゃないでしょうか」

まあいいけど、ちゃんと戻って来れたんだからな

「では話を元に戻しましょう
 その頃あなたは涼宮さんと合流した
 これが敵の最初の大誤算でしたね」

ああびっくりしたよ全く
ハルヒが空から降ってきたんだからな

「あなたを戦闘圏外に拉致し、涼宮さんをあの場から放り出せば向こうは一気に有利になります。まさに森さんに感謝すべきですね」

はいはい
くれぐれも森さんや新川さん、多丸兄弟によろしく

「そこでついにジョン・スミス発動ですね」

いや本当はもう少し先延ばしにしたかったんだけどな
佐々木まで出てきたんで仕方がなかった
ハルヒにはできないとか脳なしだとか言われて
さすがのハルヒが凹んじまったからな
元気を出させるために仕方なくそうした

「すんなり言えたのですか?涼宮さんはすぐに納得したのですか?」

そこはちょっと禁則にしてくれ古泉
いろいろあったからな
突然物が言えなくなったりした

「したんですか?あの時のあれを?」

古泉、頼む
今は言いたくない

「長門さんの前では、でしょう?」

……禁則だ

「分かりました。それは置いておきましょう
 朝倉涼子を呼び出したのは涼宮さんですね?」

それは間違いないと思う
朝倉が自分でそう言ったんだろう?

「ええ、確かに彼女がそう言いました
 あの時まだ長門さんは封印されていました
 そして涼宮さんは、朝倉さんとあなたの間にあった事は知らないはずです
 かくいう僕や朝比奈さんも、朝倉涼子の事はほとんど知りませんからね
 涼宮さんはなぜ朝倉さんを呼び出せたのでしょうか?」

おい古泉
お前の誘導尋問にはほとほと飽きた
いいからさっさと続けろ

「つまり涼宮さんはあなたの思考を読み取ったのだと思いますよ
 手の届かない異世界で、情報統合御思念体すら存在しない世界で
 長門さんが動けない状態で周防九曜と互角に戦える存在
 あなたの潜在意識のどこかに朝倉涼子の存在を感じたのでしょう
 涼宮さんは絶体絶命のピンチの時にあなたを頼っていたのです
 まさに僕の分析通りでしょう?」」

俺は無意識に古泉の胸ぐらを掴んでいた
やめろ古泉
ここでその話をするな
少なくとも、長門の前ではやめろ

「本当にそれでいいのですか?」

古泉が俺の手首を掴んでいた
振りほどこうとしたが無理だった
古泉は盤石の力で、俺を押さえていた

「あなたは少し、自分中心に物事を考え過ぎです
 それでは悪い状態の時の涼宮さんと同じではないのですか?
 全ての人間が、全ての女性が自分を中心に行動しているとでも?」

初めて見る古泉の剣幕に、俺はちょっとひるんでしまった
古泉の目は本気だった
ケンカならいつでも受けて立ちますよ
そう訴えかける古泉に無謀にも戦いを挑むほど、俺の戦闘経験値は高くはない
いや、人生円満が信条だった俺にケンカの経験などあるはずがない
俺が手を放すと、古泉はニヤリと微笑して胸元を整えた

「まあいいでしょう。話を続けます
 朝倉涼子の出現で再び戦局が変わりました
 実はこの時もかなりのピンチでした
 朝比奈さんの裏技を藤原氏が察知してからはね
 彼は先を読んで時間移動し、朝比奈さんを混乱させました
 藤原氏と周防九曜の間にコミュニケーションがとれていれば、かなりの難敵だったでしょう。つまり、あらかじめ攻撃する相手を決めてから藤原氏が時間移動させる。そして元に戻った直後、朝比奈さんが反応する前に攻撃をかけたら、こっちはお手上げです。守ろうにも相手がいないのですから

 僕の能力もあの世界ではかなりパワーアップしていました
 周防さんの矢が何本か刺さりましたが、不思議とダメージはありませんでした
 朝比奈さんにも何度か命中したように見えたのですが、不思議ですね。彼女が傷ついていたようには思えませんでしかたら」

それはあれだよ古泉くん
朝比奈さんのあの癒しオーラはどんな攻撃も受け付けないって事だ

「ほらまた
 長門さんに言いつけますよ」

ぐっ
すまん古泉
長門がむっくりと首をもたげ、宙の一点を見つめていた

「朝倉涼子は長門さんを守りながら攻撃もしていました
 1年前のあなたの気持が少し分かったような気がしますね
 同じTFEI端末でも長門さんとはまるで違っていました
 やはり彼女は戦う事を楽しんでいるようにも見えましたから
 今回の敵でなくて良かったと思いますよ

 しかし敵もさるものです
 周防九曜は第2形態に移行しました
 それまでは指先から小さな光線を放つだけだったのですが
 ここに来て髪の毛で槍を作るという攻撃に切り替えてきました
 その槍が何本も同時に飛んでくるのですから
 朝倉涼子の登場で数の上では同等になりましたが、それでも攻勢に転じることはできませんでした
 僕は橘京子の相手に精一杯で、朝比奈さんは相変わらず朝比奈さんでした
 その時あなたは何をしていたのですか?」

ああその頃はたぶん
パズルを解いてた

「パズル?」

パズルっていうかクイズだな
算数クイズ
そうそう長門さん
俺に問題出す時はこれからは文系問題でお願いしたいのだが
おかげで俺はハルヒに説教される始末だったんだぞ
相変わらず宙の一点を見つめていた長門は、UFOキャッチャーのクレーンのようにゆっくりと首を回転させ、ゆっくりと視線を上げた

「……検討する」

「それはもしかして、長門さんが作った鍵だったのですか?」

そうだろ長門?
お前が残してくれた抜け道なんだよな

「そう。あなたの知能に合わせてレベルを考慮したつもり」

やれやれ
それはどうも痛み入ります
ハルヒはすぐに分かって嬉しそうにしてたけどな
俺がなかなか分からないからイライラしてた
何度も頭ペチペチ叩かれて、まだ分からないのかこのバカってな

「こちらが大変な時に、仲むつまじくて結構ですね」

すまん古泉
言い訳のしようがない

「問題を教えてもらえませんか?」

額縁の枠に数字がずらずら書いてあった
その数字を読んで、額縁を正しい向きに直すって問題だ
俺は一応あの問題は自力で解けたので、胸を張って古泉に報告した

「それだけですか?」

ああそうだよ古泉くん

「そんな簡単な問題ですか?」

えっ?

「それは小学校低学年レベルでしょう
 誰だって3141529の数字を見ればすぐに理解しますよ」

そっそうか?
俺は長門の顔を見た
思いついた時ぐらいしか瞬きをしない長門の目が、俺を蔑んでるような気がした

「………」

まあいいや古泉
話を続けよう

「はいはい
 我々は防戦一方でした
 あなたと涼宮さんが時空の壁を越えてきた事にも気付きませんでした
 いつあの世界にきたのですか?」

たぶんそれぐらいの時だと思うぞ
俺たちが行った時はもう朝倉がいた
お前は赤い光になっていて、朝比奈さんはチカチカ点滅していた

「それは、激しすぎるタイムトラベルのせいでそう見えたのでしょう」

長門はまだ寝ていた

「……」

ハルヒが突入しようとしてバリヤーに体当たりして鼻を思いっきり打った
それで手でこじ開けようとしてる時にまた佐々木が現れた

「手で開けたんですか?」

ああハルヒのバカ力だ
封印されてた長門のマンションのバリヤーもハルヒが手でこじ開けた

「実に涼宮さんらしい問題の解決方法ですね」

だけどあっちのバリヤーはそうはいかなかった
佐々木はハルヒに変な霧みたいなのを吹きかけて、ハルヒを無力にさせた

「佐々木さんにそんな能力があったのですか?」

それを俺に聞くな古泉
こっちが聞きたいぐらいなんだからな

「最初に飛び込んできたのはあなた1人でしたね
 どうやって入ってきたのですか?」

えっと…確か……
閉じ込められたハルヒがふにゃふにゃ言い出してどうしようもなかったから
とりあえず俺が突入した

「全然説明になってませんね。また何かあったのでしょう?」

やれやれ全く
霧みたいなのに包まれて動けなくなったハルヒは、自分の力の無さに悲しんでいた。今まで何も気付かずにごめんとか、助けに行けなくてごめんねとか
ぶつぶつ言ってたから俺が突っ込んだ

「もう少し詳しくお願いします」

うるさいな古泉

「僕の詮索好きはとうにご存じのはずです
 話せる範囲で構いませんから、お願いします」

ハルヒがそう言って泣き出したんだよ
長門の事も、朝比奈さんの事も、そして古泉、お前たちを助けに行けなくてごめんって、そう言って涙を流していた

「涼宮さんがですか?僕たちのためにそこまで?」

ああそうだよ
鶴屋さんにも森さんにも言われた
ハルヒはああ見えてもそんな女なんだ
自分で全ての責任引っかぶってメソメソ泣いてる
あんなハルヒは正直見たくなかったね

「そうだったんですか…涼宮さんが…」

古泉はそうつぶやいてそっと目頭を押さえた
塑像のように動かなかった長門すら、前髪を直すふりをして目元に手を当てた

「それであなたは逆上してしまったんですね」

逆上とか言うな古泉

「その先は十分すぎるほど想像できますね
 めったに見れない涼宮さんの涙を見たあなたは逆上して、佐々木さんに襲いかかった。しかしあっさりとかわされて勢い余ってこちらに突入した」

くっ
言いたくないけどその通りだ

「それだけで通り抜けられるほど弱いバリアーだったとも思えませんけどね
 涼宮さんにはできなくてあなたにはできた
 それももしかすると涼宮さんの力かもしれませんね
 自分はできないけど、あなたにならできる。そんな涼宮さんの思いがあなたにバリヤーを通過させた」

ふん
何でも適当に言ってくれ

「後は僕たちも見た世界ですから、飛ばして行きましょう
 突入してきたあなたにすぐに周防九曜が反応した
 襲いかかる槍にあなたは対処できない」

ああ
悪い事をしちまったぜ
まさかあそこで朝倉に助けられるとは思わなかったよ

「朝倉涼子と何か話はしましたか?」

えっと、ごめんねとか、自分の事を悪い思い出にしないでほしいとか言ってた

「あなたはそれを許したのですか?」

許すも許さないも、もう1年も前の話だ
それに俺の命を救ってくれたのだから、もうそれでいいだろう

「長門さん?」

「…?」

「朝倉さんとは今も連絡は取れるのですか?」

「……取れていない。あれ以来」

「あれ以来と言うのは1年前からと言うことですか?」

「違う。金曜日の夜以来」

「ほう…これは非常に興味深い」

何が興味深いんだよ古泉
また何かたくらんでるのか?

「いえ、そんな事はありませんよ」

その時突然、ぼんやりした目を宙にさまよわせていた長門が
バネ仕掛けのおもちゃのように急に俺に視線を向けた

「……忘れないで」

ああもちろんだとも長門
あいつに助けてもらった恩はずっと忘れない
そして・・・お前に助けてもらった事も

「違う。そういう意味ではない」

え?
じゃあどういう意味だ長門?

「それは……禁則事項です」

長門が実に珍しく、ボディアクションまでした
まさに朝比奈さんの真似をするような動きで、軽く自分の唇に触れ、そして不器用に片目をつぶった
長門?それはいったい?

「いずれ分かる」

古泉がコホンと空咳をした

「さ、さて、話を続けましょうか。そろそろ終盤です
 朝倉涼子は消滅しましたが、あなたは無事です
 オーパーツを持ったあなたに再び周防さんの槍が襲いかかります
 そして…」

「……」

そこで長門が背筋をピンと伸ばした
胸を張るように、その薄い胸板を突き出している

「……お待たせして申し訳なかった」

「不謹慎ですが、団長がいないので思い切って告白します
 長門さんが眠りから覚めた時点で、我々は勝ったと思いましたね。僕らしくない事ですが
 まだあの時は涼宮さんは登場していませんでしたが、明らかに涼宮さんの力の影響は感じていました。すぐ近くまで来ているのだと確信しました
 ここからは攻勢だと思ったら、長門さんはバリヤーを強引に突き破って涼宮さんをこちらに引きずり込みました。まさに涼宮さん流です
 長門さん?」

「…?」

「眠っていた時の記憶はありますか?」

「ほとんどない」

「少しは?」

「ある」

「目覚めた時に何かを感じましたか?」

「いろいろ」

「それはもしかして、怒りという感情だったのではないですか?
 長い時間眠らされていた相手に対する怒りとか?」

「……」

おい古泉
もうやめてやれ
長門の感情を操作しようとするな
とにかく目覚めてくれて、助けてくれたんだからそれでいいじゃないか

「もちろんですよ
 長門さん、失礼な発言をしてしまいました。お詫びします
 ただあの強引な涼宮さんの引っ張り方がちょっと不思議だったもので」

「…別にいい」

「これでついにSOS団全員が登場したというわけです
 それまでは実に厳しい戦いでした
 モンスターからの先制攻撃でいきなりマホトーンとバシルーラを同時にかけられたようなものですからね」

その例えは実にナイスだぜ古泉
ついでに甘い息と馬車の扉閉めと
しかもパーティーに残ったのは盗賊と遊び人だけだ。いやせめて踊り子にしておこうか

「まあいいじゃないですか
 それにしても最後の涼宮さんの行動には意表を突かれましたね
 まさか叩かれるとは思いませんでした
 あなたは涼宮さんが力を自覚して、最初に何をすると思いましたか?」

そうだよそれそれ
まさかハルヒが全員を叩くとはな
俺なんか2回もグーで殴られたぞ

ハルヒが登場した時、あいつは間違いなく怒りのオーラに満ち溢れていた
俺が今まで見たことないぐらい、怒髪天を衝くってやつだったからな
それがいきなり『やめなさい』だったからな

「ええ
 僕も一番それを恐れていました
 その時はもうあなたがジョン・スミスをもう発動していると思っていましたので
 開口一番世界を作り直すのではないかと、まさかそこまではしないとも思いましたが
 あんな結末になるとはね」

ああ
あの時は確かに思った
さすがは俺たちのSOS団団長だってな

「全くその通りですね
 団長の面目躍如です
 結局周防九曜と朝倉涼子は除いて、誰1人欠けることなく全員が戻って来れたのですから」

あの新入生もな

「…あの子は帰ってくる」

そうか、そう言ってたな長門

「……」

その時の長門の沈黙の理由は、後で知ることになるのだが
それはまた別の話

「長門さん?」

「…?」

「周防九曜の事についてもう少し説明していただけませんか?」

「周防九曜は限りなく異質な存在。我々にも理解できない
 天蓋領域がなぜあのようなインターフェイスを送ってきたのかさえ不明
 ただし、周防九曜には致命的なエラーがあった」

「エラーですか?」

「そう。周防九曜と天蓋領域の間には永続的な接触手段が存在していない
 私や朝倉涼子は常に情報統合思念体と接続している
 何らかのアクシデントで仮に接続が断たれた場合のみ
 私たちは自分の判断で行動する。でもこれは極めて例外
 可及的速やかに情報統合思念体との再コンタクトが要求される

 でも周防九曜は別
 初めに存在条件だけを入力された周防九曜は
 全て自分の判断で行動していたものと思われる
 その間に蓄積された知的経験値やエラーの概要などは天蓋領域には全く伝わっておらず
 分析もできなければ修正を施す事もできない
 周防九曜はそうして暴走を始めたものと思われる」

すまん長門
覚悟はしていたんだけどやっぱり理解できん

「つまり言いかえるとこういうことですね
 現代のGPSと昔の慣性航法の違いのようなものですね?」

おい古泉
お前分かって言ってんのか?

「あなた用に分かりやすく言い換えてるんですよ
 こういう事です
 現在の航空機や船舶その他の交通機関はほとんど全てGPSを使用しています
 この地球上で自分の位置を知るために衛星からの信号を受信します
 その位置情報は常に更新されており、誰でも最新の現在位置を知ることができます
 それが発明されるまではどのような仕組みだったかご存知ですか?」

ああそれは
確か星を見て角度を測って

「それは天測航法ですよ
 いつの時代の話をしているのですか?
 それまではジャイロ原理を利用した慣性航法を使用していました
 出発前に現在位置を掌握してその情報を入力し、後は移動するたびにジャイロが加速度を検出して現在位置を予想していきます
 しかしこれはあくまで予想ですから、実際の現在位置とはある程度のずれが出ます
 陸上を移動する交通手段とは違って船や航空機ではそれは大きな問題になりました
 目的地と実際に到着する場所が数百kmも離れていたなんて、初期の頃にはしょっちゅうあった出来事です

 つまり周防九曜にインプットされた情報は最初に入力されていたもののみで、長門さんや朝倉さんのように常時アップデートができない環境に置かれていた彼女は、実際のデータと照合してくれる対象がなく、その結果エラーを誘発してしまい、当初の目的の行動にたどり着けなくなってしまったと、こんな感じですか?」

「…かなり近い…補足説明に感謝する」

このあたりで気付くべきだったのかもしれない
俺に対する長門の反応と古泉に対するものが
若干の変化の兆しを見せ始めている事に

「となると天蓋領域もそのままで終わるとは思えませんね長門さん
 今回の失敗で学習して、次からはアップデート可能なインターフェイスを用意してくるとか」

「可能性はある」

「対処はできますか?」

「できる。必ずする」

長門
もうちょっと教えてくれ
周防九曜とあの新入生はどうなったんだ?
ついでに朝倉涼子も
それからあの世界はいったい何だったんだ?

「あの異世界はこちらからは観測不能。実際に存在するものなのかも確認できない
 情報統合思念体も困惑している
 わたしからの誤情報ではないかと懸念している」

だけど朝倉も実際あそこにいたんだし

「あの異世界にいた朝倉涼子と情報統合思念体にいた朝倉涼子は別物
 混同はできない」

でも俺を襲った記憶はちゃんと持っていたぞ

「それに関しては涼宮ハルヒの行動を解析するしか方法はない
 つまり不可能
 朝倉涼子がどうなったのかは現在でも不明
 この時間平面にも存在していない」

ということはハルヒに呼び出されるまでは存在していたのか?
情報統合思念体の中で?

「そう」

つまり故郷に帰ってたってことだな?

「そう……でもあなたの気分を害すると思ったので報告しなかった」

俺に気を使ってくれたのか
小さな頭がコクリとうなずく

「朝倉涼子は消滅してはいない。私はそう信じる」

またひょっこり情報統合思念体に帰ってくると

「…………」

長門の沈黙はいつもより長く続いた
俺は話題を変えた方がいいと思った

じゃ、じゃああの新入生と周防九曜は?

「新入生はまだあの世界にいる。しかし彼女は困惑している
 涼宮ハルヒはオーパーツを彼女に渡すべきだった
 しかし涼宮ハルヒがそれを持って帰ってきてしまったので
 彼女は自分の世界を再生する事ができず
 また自力ではこの世界に来ることができない
 あの時の涼宮ハルヒの行動は全く意味不明
 分かりやすく言うと、ただの新入生いじめ」

長門にしては分かりやすい比喩表現だが
ということは向こうで周防と一緒に暮らしている可能性もあるっていう事か?

「その可能性はない。周防九曜は消滅した」

消滅?

「そう。暴走した周防九曜は非常に危険な存在。だから私が殺した」

長門さん、良い子も見てる可能性がありますから
あまり暴力的な表現は自粛しましょうね

「私が息の根を止めた」

おい長門

「首をへし折って殺した」

……

「いかなる高度な生命体でも、たとえ人工生命体であっても、情報の処理器官である脳との伝達器官を遮断されると生命維持機能は停止する。それはわたしも同じ。
周防九曜を生かしたまま、あの場所に放置するわけにはいかなかった
 だから首をへし折って息の根を止めた
 あの場所では天蓋領域が情報を回収することもできない
 よって、周防九曜は完全に消滅した」

俺はその時、長門がとてもダークな存在に見えた
古泉までもが口をパクパクさせている

長門・・・
お前もしかして…やっぱり怒ってたのか?

「……私にも……少しぐらいのプライドはある」

分かったぞ長門
何か言われたんだなあいつに

「………そう」

それは…やっぱり禁則なんだろうな

「その通り」

分かりました
長門が怒ったシーンは今までに何度か見たことはある
しかし、普段面倒がって言葉にする事の少ない長門がこれほどまでに口汚く罵るとは、周防九曜はいったい何を言って長門をここまで怒らせたのだろうか
いつか長門さんのご機嫌が最高にいい時があれば、後学のためにぜひご教授願いたいものだ

かなり長い間話しているうちにもう空がうっすら明るくなっていた
やばいなこれは
せっかくたっぷり眠ったのにこれじゃまた寝不足だ
少しでも寝ておかないと

話も終わりが見えてきたので俺は立ち上がった
じゃあな古泉

「ご苦労様でした 
 長々とお引き止めして申し訳ないです」

いいってことよ
いろいろ聞けてよかった

「こちらこそ。涼宮さんがどれだけ僕たちの事を真剣に考えていて下さっていたのかが分かりましたから。ちょっと涙ぐんでしまいました」

それはよかった
長門・・・いろいろありがとう
また命を助けてもらったな

「こちらこそ面倒をかけた」

えっと、その……
済まなかった

「……さようなら」

長門…

「…わたしは大丈夫」

そうか
じゃあまた明日、っていうか今日か
また部室でな

俺は古泉と長門に別れを告げ、自転車にまたがった
ひんやりした夜の空気が顔の前を流れて過ぎていく
自分の取った行動に後悔なんかはしていないけど
長門の寂しそうな表情をこれ以上見ていられなかった
でももう一言だけ、言いたい言葉があった
さようならの意味が知りたかった

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その5に続く

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最終更新:2009年09月16日 18:13