涼宮ハルヒの共学


何か胸騒ぎがする
それもものすごくイヤなヤツが
ゆっくりと窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら
俺は安易に単独行動をしてしまった
相変わらず行き当たりばったりの自分の行動力を悔んでいた

俺は今、鶴屋家差し回しの車の助手席に乗っていた
運転しているのはあまりよく顔を知らない、鶴屋家の使用人だった
これが新川さんならば
ものの1分もかからずに到着できるぐらいの近距離なのだが
鶴屋家の運転手さんはひたすらゆっくりと
まるでリムジンでも運転するような丁寧さで車を走らせていた

鶴屋邸から長門のマンションまでは車ならそう遠い距離ではない
なだらかな下り坂を下りていると、見慣れたレンガ造りのマンションが見えてきた

もうすぐだぞ長門
ハルヒに古泉、朝比奈さん
早くみんなの顔が見たくて焦る
横道に逸れてしばらく走れば長門のマンションの入り口だ

少し安心してシートに座り直すと突然
全体にフィルターでもかけたように、長門のマンションがぼやけだした

?????

これはいったい?

運転手さんもその状況に気付いたようで
「あれ?」とつぶやいてブレーキを踏んだ
その直後だった

バアーン!

激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた
思わず自分の顔を両手で覆ってしまう
狭い道なのでそんなにスピードが出ていなかったこと
既にブレーキを踏んでいたこともあって
ボンネットに叩きつけられてそのままゴロンと転がり落ちたその物体を車は跳ね飛ばさずに済んだ

慌ててドアを開けて外に飛び出した俺の前で倒れていたのは
北高のセーラー服を着て髪に黄色いリボンを巻いている女子
短いスカートがまくれ上がり、死んだようにピクリとも動かないそれは・・・

涼宮ハルヒだった

ハルヒ?

何でお前がこんな所にいるんだ?

どこから落ちてきたんだお前???



話は少しだけ過去にさかのぼる

俺たちが無事に2年生に進級し
我がSOS団は無謀にも新入部員募集などという不届きなイベントを繰り広げていた

ハルヒの豪放磊落というのか、それとも傍若無人というのか
相変わらずコイツを現す四字熟語には不自由しないある日
部室にいつもいるはずのメンバーが一人足りないことに気付いたのもやっぱりハルヒだった

SOS団の初期メンバーでもあり、唯一のまともな文芸部員で
元眼鏡っ子で無口で色白の薄幸の美少女、しかしその実態は
この銀河を統括する統合情報思念体が調査のために派遣した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスである(ちょっと一息)
要するに宇宙人が作ったアンドロイドの長門有希が欠席していた

慌てて長門に電話をかけるハルヒ
古泉も朝比奈さんも不安な表情で俺の顔を見ていた

「キョン!行くわよ!」

ああもちろんだとも
言われなくてもそうするさ
あの長門が発熱して寝込むなんてあり得ない
いや、あるとしたら理由ははっきりしている
例の天蓋領域とやらの侵略がまた始まったのだ

メイド姿の朝比奈さんを大急ぎで着替えさせ
長門を除くSOS団一行は、足音も激しく北高を後にした

先頭をずんずん歩く団長の後を、俺たちが一団になって追いかける
かわいそうな朝比奈さんはなかなか追いつけずにフゥフゥと息を荒げているが
それでも泣き事などは全く言わない
朝比奈さんにもこの異常事態は十分分かっているはず

そんな朝比奈さんの携帯がプルルルと鳴った
走りながら携帯を開いた朝比奈さんは小声でボソボソと話していたが
すぐに電話を俺に渡してきた

「キョン君、電話です・・・」

ん?俺にですか?
いぶかしく思いながらも携帯を受け取って何ですかと聞く

「ああキョンくん?ごめんだよっ忙しい所を!
 キョンくんの番号を知らないんでみくるにかけたわけさっ
 手短に用件だけ言うね
 あのさ、例の超合金があったろう?うっとこの山に埋まってたヤツさ
 あれが今日なくなってるんだよっ!使用人が見つけたんだけど
 どうしようかなって思ってたんだけどさっ
 キョンくんにまずは連絡した方がいいと思って」

例の超合金?まさかオーパーツの事ですか?

「そうだよっ!あれあれ
 でも様子が変なんだよねっ
 土蔵の鍵は開いてたけど別に壊された形跡もないし
 他の物には一切手も触れてないみたいだしさっ
 最初からあれだけを狙ってたような感じなのさっ
 だから警察に届ける前にキョンくんに知らせたってわけだ」

分かりました、俺がすぐ行きます
その・・・警察に届けるのは少し待ってもらえますか?

「うん!いいよっ!最初からそのつもりだったからさっ」

俺は電話を切って朝比奈さんに返し
古泉に話しかけた
ちょっと気になるんで鶴屋さんの家に行くから長門の事を頼む

「緊急事態ですか?」

いやまだ分からん
それを確かめてくる

「僕もご一緒しましょうか?」

いやお前はハルヒと一緒にいてくれ
まだ何が起こるか分からんし
起こるとしたらまずは長門の所だ

「分かりました。何かあったらすぐに連絡を下さい」

もちろんさ
おいハルヒ

「あ?」

ちょっと俺は後から行くから

「どうしたの?」

ちょっと野暮用だよ
すぐに合流するから

「あんた!有希よりも大事な急用なの?」

そんなことはない
長門も心配だけど、もしかしたら関係があることかもしれないから

「1人で大丈夫なの?」

ああ
ちょっと見てくるだけだ
鶴屋さんの所だから1時間で往復できる
それまで長門をよろしく頼む

「ふーん。よし分かったわ、早く行ってきなさい」

おいハルヒ

「何よ?」

SOS団を頼んだぞ

「あったりまえじゃないの!バカじゃないの?」

頼むぞ

「キョン!早く戻ってきてね」

思い返せば、このハルヒの一言もまた、何かの予感をしていたのだろうか
珍しく眉を伏せて、今駆け下りてきた道をまた走り出した俺の背中を見つめていた

アップダウンの多いこの街の地形にもずいぶん慣れたつもりだったが
イレギュラーな出来事にはすぐには対応できない
北高までの登り道を半分ほど登り、途中で折れてまっすぐ行った所にある
相変わらず犯罪的なお屋敷の長い塀を回り込み
ようやく鶴屋邸の玄関に着いた時には俺の息は上がり、びっしょりと汗をかいていた

「ごめんねーこんな時に電話しちゃってさ、長門っちが熱出してるんだって?大 丈夫かなー」

俺はハアハアと荒い息をつきながら、とりあえず状況を聞いた

「さっき話したとおりなんだけどさっ、犯人はまるで最初からそれだけを狙って たみたいなんだよねっ。他の物には手も触れてないし、何であんなものに興味 があったのかなー」

鶴屋さんに案内されて、鶴屋家先祖代々の貴重な品が眠っている大きな土蔵の前に立った。

「何も動かしてないよっ、全部そのままにしてあるからっ」

確かに鶴屋さんの言うとおり、一見しただけでは泥棒が入った後とは思えない
乱雑に積み上げられた木箱やつづらなどがこじ開けられた形跡はなかった
しかし入口付近にある小さな木箱だけが開けられていた
目撃者とかいなかったんですか?

「うん、使用人に聞いてみたんだけど、このあたりはあんまり誰もうろうろしな いからさ、鍵はおやっさんの金庫の中だし、おやっさんは夜まで帰って来ない から、誰かが鍵を持ち出す事もないと思うのさっ」

俺はしばらく考えたのちに鶴屋さんに頼んだ
心当たりはない事もないんですが、今はまだ話せないです
でももしかしたら、何かの手がかりが見つかるかもしれないんで
俺が戻るまでは警察には知らせないでもらえますか?

「うん、分かったよっ!」

じゃあ後で電話します
必ず今日中に連絡入れますから

「うん。キョンくん」

はい?

「ハルにゃんをよろしくねっ!」

は?

「ハルにゃんはああ見えてもすっごく心配性なんだよっ
 みんなが元気でいられるように、ハルにゃんは必死なんだ
 そんなハルにゃんを元気にさせてあげられるのはキョンくんだけなんだからさっ」

はい

「頼んだにょろっ!」

いきなりの鶴屋さんの不思議発言だが
この人にはある程度の予知能力のようなものが備わっているみたいだ
顔は明るく笑っているが、口調は真剣だった
それが分かるので、俺も正直に答えた

しばらく現場の状況をざっと確認してから、俺は鶴屋邸を後にした
だんだん悪い胸騒ぎがしてくる

犯人は明らかにオーパーツだけを狙っている
そしてオーパーツを狙うってことは、それがどんな機能を持っているかが分かっているはず
そんな犯人の心当たりと言えば・・・

長門が危ない
俺は直感的にそう思った
長門を寝込ませて力を封じ、その隙にオーパーツを使ってとんでもない事をやらかそうとしている
そんな事をしそうな輩は地球上にそんなに多くはいない

俺はあの奇妙な長い髪をした不気味な少女
周防九曜の事を思い出していた

さっき駆け上ってきた道を再び走り出してしばらく
ようやく鶴屋邸の長い塀を抜けて住宅地を走っていると
人気の少ない交差点に止まっていたシルバーのワンボックスカーが静かに俺に近寄ってきた
ただ長門のマンションに急ぐことだけを考えて他に頭脳が回らなかった俺は
そのワンボックスカーが目の前に停まってスライドドアが開くまで、まさか自分の身に危険が迫っているとはよもや考えてもいなかった



(同時刻、別の場所で)

「有希!有希!起きてるの?ねえ有希!開けてってば!」

涼宮ハルヒは鉄製のドアをガンガン叩き、近所迷惑な大声でわめいていた
玄関のオートロックの暗唱番号はあらかじめ聞いておいたものの、ドアを開けるには鍵が必要だ
ドアを叩きながらわめくハルヒと、その横でオロオロする朝比奈さん
そして少し遅れて古泉がエレベーターから出てきた

「今日は本当の緊急事態です、事情を説明して管理人から鍵を借りて来ました」

「古泉くん、早く開けて!」

古泉が長門の部屋の鍵を開け、ハルヒを先頭にドッとなだれ込んだ

「有希!有希!いるの?」

いつもの居間には長門の姿はなく、ハルヒは迷わずに奥の和室の襖を開けた
そこには長門がいた
ちゃんと布団を敷いて、静かに眠っている

「有希!大丈夫?熱はどうなの?ちゃんと薬飲んだ?」

「・・・・・・・問題ない、一過性のもの。寝てれば治る」

「みくるちゃん」

「ハイっ!」

「氷枕とか何でもいいから探して来て。それと古泉くん、もっとたくさん布団出 して」

「承知しました」

「有希、どうなの?つらくない?」

「・・・・・・・」

長門は力なく横たわったまま、布団の胸の部分だけが静かに上下している
すぐに古泉が何枚かの布団を引っ張り出し、小さな長門に積み上げた
朝比奈さんはビニール袋に冷蔵庫の氷を詰め、濡らしたタオルも持ってきた

「有希、しっかりしなさいね。みんなここにいるから」

長門は薄く目を開き、ゆっくりと左右を見た

「・・・・・・」

その仕草でハルヒはすぐに、長門が探しているものを理解したようだ

「キョンならすぐに来るわ。ちょっと寄り道してるだけだから」

「・・・危険・・・彼が危険・・・」

「有希?」

「・・・・・・行かないと」

「有希!ダメよ動いちゃ!キョンはすぐに来るから
 もうしばらく寝てなさい!」

「・・・・・・」

長門は無理やり体を起こそうとしたが、すぐに力なく崩れ落ち
ハルヒの手で再び寝かされた

「古泉くん、どう思う?」

「かなりの高熱ですね、救急車を呼んでもいいのじゃないでしょうか?」

「そうね、みくるちゃん、119番して」

朝比奈さんが居間にとって返し、受話器を持ち上げてプッシュボタンを押した



(再びキョンの時間に)

俺のすぐ脇に停車したワンボックスカーのスライドドアが開き
声を上げる暇もなく、何本かの腕が俺を車内に引きずり込んだ
何事かをわめこうとしたがすぐに口をタオルのようなもので抑えられた
精一杯の抵抗のつもりで肘を張って暴れてみるが、その腕は誰にも当たらなかった

「じっとしてな。危害は加えん。ただちょっとおとなしくしてくれたらいいんだ」

俺の足がまだ空中にあるうちに車は再び走り始め、その後でスライドドアが閉められた

何だ?この展開は?
誘拐?この俺が誘拐だと?

今年の冬に朝比奈さんが誘拐されかけた、あのおぞましい経験がよみがえっていた
まさかこの俺が誘拐されるとは?

俺に押し付けられたタオルはただの猿轡で
麻酔薬がしみこませられたりはしていない
走っている車の外の景色がすさまじい速さで流れていく
その時、ドバーンと大きな音がして、俺は前方に投げ出された
前の座席のシートに叩きつけられ、肺じゅうの空気が一気に絞り出された
車の足元にゴロゴロと力なく転がっていると、2回目の衝撃が来た
今度は後ろから何かが追突し、俺を襲った誰かの足に体当たりした

「村上だけ残れ、後は出て応戦しろ」

誰かのそんな声が聞こえ、再びスライドドアが開いた
俺は座席の足元にうずくまり、外の様子が全く理解できない
苦労して起き上がろうとすると、誰かに頭を押さえつけられた

「いいからじっとしてろ」

ドスのきいた声でそう言われ、固い靴の底で頭をグリグリと転がされる
いったいどうなってるんだ?
この状況は?
アドレナリンが強烈に噴出する頭の中で必死で考える

俺は誘拐されかけていた
その車に何かが衝突した
そして何人かが飛び出して行った

ようやく自体が飲み込めてくる
俺を誘拐するグループと言えば心当たりは少ない
いつぞや朝比奈さんを誘拐してカーチェイスをした時の連中だ
と言うことは、衝突した車に乗っているのは俺を助けようとしてくれている連中

まさか?
混乱する状況を必死でまとめようとしていると、突然外から声が聞こえた

「彼を放しなさい!」

この声は・・・やっぱり・・・

俺を見張るように言われていた村上と名乗る男がすかさず反応した
固い金属の棒のようなものを俺の後頭部に押し当て

「動くとこのガキを撃つぞ」

撃つってまさかおい
俺の頭に突きつけられているのは・・・銃?

外からの声はさらに続く

「撃ちたいのならお好きにどうぞ。でもその後どうなるかを理解していますか ?こちらも武装はしています。彼を守るためなら発砲は辞しません」

「くそっ」

村上という男は俺の頭を引きずり上げ、おかげで俺は外の情景を見ることができた
開け放たれたドアの前に立っているのは
予想通り古泉の所属する機関のグループ
そのリーダー格と思われるスーツ姿の美しい女性
森園生さんだった

やはりあの時の艶然とした微笑でひたと村上に視線を据え
その手に持っているのは拳銃だった

「撃たないのですか?」

俺の頭を鷲づかみにしている村上の手はぶるぶると面白いように震えている
やはりこんなチンピラと森さんでは全く格が違う

森さんは無造作に車内に踏み込んで来て村上の銃を奪い取った
最後の抵抗とばかりに村上は手を振り上げるが
すさまじい笑みを浮かべたままの森さんは軽くその手を捻り
グギッという鈍い音とともに村上を車の外に投げ飛ばした
合気道か何かの奥義なのか、右手で拳銃を構えたままで
森さんは村上を一瞬で気絶させてしまった

「さあ早く、まずは脱出です」

森さんに手を取られて俺は必死で車から降りた
車3台による壮絶な衝突事故の現場で、数人が取っ組み合いをしていた
おそらくこいつらは機関のメンバーと、そして俺を誘拐しようとした橘京子の所属する集団だろう
多丸兄弟とおぼしき2人もいた

「ひとまず鶴屋邸へ」

そう言って森さんは俺の手を取ったままで走り出す
俺より速い森さんの俊足に必死でついて行ったが、すぐに俺の背後でダアーンと鋭い銃声が響いた
俺の耳元を熱い空気がかすめ、1発の銃弾が森さんの背中に命中した
もんどりうって森さんは倒れ、俺も釣られてゴロゴロと地面を転がった

も、森さん!

倒れ込んだ2人の後ろからタタタタと駆けてくる足音が聞こえる
俺は起き上がろうと必死でもがく
森さんは倒れたままピクリとも動かない
迫る足音が目前に迫った時、頭上から鋭い声がした

「ちょい待ち!そこまでなのさっ!」

それは鶴屋さんの声だった
事故の音を聞きつけたのか、それとも銃声を聞いたのか
まだ北高の制服を着たままの鶴屋さんが走って来る賊をにらみつけていた
追いかけてきた2人は鶴屋さんを見てピタリと足を止めた

「ここで騒ぎを起こすとはいい度胸だね、それなりの覚悟はしてるのかなっ?
 それとも私を知らないにょろか?」

「・・・・・・」

「車は放っといていいからさっさと失せた方が身のためだよっ
 すぐに警察がやってくるのさっ」

男2人は顔を見合わせていたが、やがて来た方に走って逃げた
ようやく起き上がった俺の目に、新たに近づく人影が見えた

「あなたも早く逃げるがいいさっ」

その人は機関の人間、新川さんだった

「すでに全員撤退の指示は出しました
 森の様子を見たいのですが」

「じゃああんただけ許そうっか
 ここに置いとくわけにもいかないしね
 うちまで運ぶの手伝って」

鶴屋さんと俺、そして新川さんの3人で、動かない森さんを担いで運んだ
ようやく鶴屋邸に入り、新川さんがすぐに処置を始めた
すでにパトカーのサイレンが狂ったように走り回っている

新川さんは森さんのスーツの上着を脱がせ、無造作にブラウスも引きちぎった
森さんの真っ白な柔肌がむき出しになり、
おびただしい出血とともにむごたらしい傷跡が・・・・・・残っていない

森さんは防弾チョッキを身に着けていた
上着とブラウスを簡単に突き破った銃弾だが、防弾チョッキにはかなわなかった
平べったく潰れた銃弾は紺色の繊維質に阻まれて
森さんの素肌は青いアザができているだけだった

「ただの打撲ですね、もしくは骨にヒビが入った程度でしょう」

すぐに森さんが大きく息を吐き、意識を取り戻した

「無事・・・でしたか」

すみません森さん
俺のせいでこんなことに
新川さんに助け起こされた森さんは
透き通るような微笑を浮かべたままで言った

「大丈夫です。万一に備えてありますから
 私たちはあなたと涼宮さんを守るためならいつでも覚悟はできています
 さあ、もうここには用はないはずです
 涼宮さんを守ってあげて下さい
 古泉とともに・・・」

分かりました
俺が立ち上がると森さんは最後にこう言った

「涼宮さんはあんな性格だからあなたにはまだ理解できないでしょうけど、
 あなたをとても頼りにしているはずです
 今あなたと離れて一番心細いのは涼宮さんです
 早く行ってあげて下さい
 そして、大事にしてあげて下さい」

ちょっとドキッとする森さんの言葉だったが
今はその意味について深く考えている場合ではない

鶴屋さんと森さん、そして新川さんに頭を下げると、俺は走り出そうとした

「ちょい待ちキョンくん!うっとこの車に乗っていくといい
 さっきみたいなことはもうないと思うけどね、でもその方が早いからさっ」

鶴屋さんはてきぱきと使用人に指示を出し
森さんを部屋に運ぶことと車を用意すること
そしてさっきの銃撃戦についてきつく緘口令を言い渡した

玄関の前に現れた高級車に乗せられた俺はもう一度鶴屋さんに頭を下げた

「キョンくん、ハルにゃんをよろしくねっ!
 それと・・・言っていいのかどうか分からないけどね・・・
 ハルにゃん、結構いろんな事知ってるよっ」

えっ?

「みんなの事だよ
 何か不思議な事がめがっさ起こってるって
 ハルにゃんの知らない所で
 みんなが何かしてるんだろうなって」

本当ですか?鶴屋さん?

「後は直接確かめたらいいさっ!ハルにゃんにねっ!」

鶴屋さんはそう言ってドアを閉め、車は走り出した



(再び同時刻、別の場所で)

「涼宮さんっ」

「どうしたのみくるちゃん?」

「電話が・・・電話が通じません・・・」

「ん?それはどういうことでしょう?」

古泉が素早く立ち上がり、朝比奈さんから受話器を受け取った
通話ボタンを押しても発信音がしない

「これは・・・?」

その時、部屋の中が一瞬真っ黒になり、まるで夜の闇のようになった
部屋の内外で聞こえていた雑音も消え、長門の部屋は沈黙に閉ざされた

「ふわぁぁぁっ」

「ななな何よこれは?古泉くん?どういう事?」

古泉が口を開くよりも早く、暗闇に何かが浮かび上がった
ぼんやりとした影はすぐに凝集し始め、やがて4つの人間の形を作った

素早く古泉が前に出て、ハルヒと朝比奈さん、そして眠っている長門をかばうように立った
いつものニヒルな笑顔の面影は全くない
古泉のこめかみからタラリと汗が流れ落ちた

現れた4人はもちろん
あの時突然出現した集団だった

「・・・・・・・・・ここは・・・・・・暗い・・・・・・気持ちが悪い」

いち早く口を開いたのは周防九曜だった
実体化するが早いか、長門が寝ている和室に踏み込み、ひたと視線を長門に据えた

「かわいそうな寝顔・・・・・・こんな世に生まれなければ、1人の姫として暮らせたものを・・・・・」

「それ以上近づかないで下さい」

古泉が素早く割って入る

「周防さん、まずは話し会いましょう」

そう声をかけたのは4人組のリーダー、勝手に神に祭り上げられてしまった佐々木だった

「・・・・・・かわいそう・・・食べてあげたい・・・・・・」

周防九曜は長門から視線を放さずにそうつぶやき
他のメンバーの横に戻った

「ちょ、ちょ、ちょっと何なのよあんたら
 どうやってここに入って来たのよ?」

「お久しぶりです涼宮さん、いつぞやは突然現れてすみませんでした
 あれ?キョンは?」

「まずは私の質問に答えなさいよ
 無礼でしょう?」

「ごめんなさい。実は私たちにもよく分からないんです
 周防さんが突然ここに行かないとって言って
 何かに運ばれてきたみたいなの」

「全然説明になってないわよ
 あんたたちいったい何者なの?」

ハルヒが鋭い視線で闖入者たちを睨みつける
穴でも開けてしまいそうなぐらいの激しい視線だった

「私が代わりに説明するわ」

そう言ったのは古泉と敵対する組織の一員、橘京子だった

「周防さんはね、時が満ちたと言っているの
 つまり我々と佐々木さんの力があなたたちのものを上回る
 今日のいま、この場所で何かが起こると」

「あわわわ・・・・・・」

あたふたする朝比奈さんをかばいながら、ハルヒは口から泡を飛ばして叫んだ

「ふざけんじゃないわよっ!ここはあんたたちがいる場所じゃないの!
 見て分かるでしょう、病人がいるのよ!
 さっさと出ていきなさいっ!!」

「ふん・・・まるでボス猿みたいだな」

そう口を尖らせてうそぶくこの男は
朝比奈さんの組織と対立している未来人組織から派遣されてきた
自称藤原という男だった

「ボ、ボ・・・・・・」

古泉がハルヒの横に立った

「涼宮さん、今怒ってしまえば向こうの思い通りになります
 ここはひとまず冷静に、まずは話を聞きましょう」

「古泉くん、悪いけどね
 あたしは人の家に土足で踏み込んでくる野蛮人の話なんか聞く耳持ってないの」

ハルヒは両の拳を握りしめている
最初は誰に殴りかかろうかと品定めしているようだ

「・・・・・・あなたは・・・汚ない・・・」

「何ですって?」

「その顔、その声、全てが汚らしい・・・・・・」

「ハァ???」

ハルヒは最初にぶちのめす相手を決めたようだ
握り拳を振り上げて周防九曜に突進しようとした
慌てて古泉が止めに入る

「古泉くん!放しなさい!」

「涼宮さん、ひとまず落ち着きましょう」

古泉はハルヒを無理やり引きずって闖入者から少し遠ざけ
声を潜めて囁いた

「・・・僕たちの戦力はいささか不足しています
 全員揃うまではとにかく様子を見ましょう
 今のところは、何が目的でやって来たのかも分かりませんので」

「古泉くん」

「はい」

「あんた、何か知ってるのね」

「何かと申しますと?」

「私の知らない事よ
 こいつらが何者で、何が目的なのかをね」

「それを説明してくれる方が現れるまで、ここは1つ、穏便に」

「キョンの事ね」

「はい」

「・・・・・・分かったわ」

ハルヒはようやく拳を緩め、闖入者たちと対峙した

「んで、話を聞こうじゃないの」

「ようやく落ち付いてくれましたか
 やはり調査通りの人ですね、あなたは」

橘京子が楽しそうに言った

「実は私たちにもまだここに来た理由は分からないのです
 こちらの周防さんが言った通り、まもなくここで何かが始まります
 それを確かめるために来たのです」

「それでは全然説明になっていませんね
 皆さんのやっている事は明らかな住居不法侵入です
 警察を呼ばれたくなかったら、今すぐ退散すべきです
 ここには病人がいます、わきまえて下さい」

「・・・・・・来る」

「何が?」

「・・・・・・終わりの世界が来る・・・・・・それは私たちを待っている・・・・・・もうすぐ」

ハルヒがまたブチ切れそうになった

「もう我慢できないわ!今すぐここを出ていきなさい!さもないと」

「お待たせしましたー」

突然部屋につむじ風が巻き起こり、目を開けてられないほどになった
激しい旋風はあたりをなぎ払い、全てを持ち上げてぐるぐると回転した

「あひゃぁあああーっ!」

朝比奈さんのか弱い悲鳴とともに、全てが吸い込まれていった



(再びキョンの世界)

俺を乗せた鶴屋家の車は静々と走り、やがて長門のマンションが見えてきた頃
視界が急にぼやけてきた

長門の高級マンションがぼんやりかすみ、俺は目をごしごしこすった

「おかしいですね」

運転していた鶴屋家の男性がそう言ってブレーキを踏んだ直後、激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた

見慣れた水色のセーラー服、そんな気がした
セーラー服はボンネットの上を弾んで転がり落ち、急ブレーキをかけた車の前方に倒れた

ハルヒ!

俺はドアをもぎ取るように開け、車から飛び出した
予想した通り、空から降って来たのは涼宮ハルヒだった
いったいどこから落ちてきたのか、まさか長門の部屋のある7階から落ちたのか?

急いでハルヒを助け起こし、その顔を覗き込んだ

「ったあぁーっ」

見ると車のボンネットは大きく凹んでいる
7階かどうかは分からないが、かなりの高さから落ちてきたようだ
運転していた男性も、車から降りてハルヒを見ていた

おいハルヒしっかりしろ
何が起こったんだ?

ハルヒはしばらく目を白黒させていたが、ようやく焦点が定まってきたのか、俺に気付いて大声を上げた

「キョン!キョンじゃないの!どうやってここに来たの?」

えらい元気そうだなハルヒ
車をこれだけ凹ませるほどの高さから落下したのに
何かのフォースでも働かせたのかそれともただ尻が異常に固いのか
どうやって来たのかは俺が聞きたいぞハルヒ
いったい何で空から降ってきたんだ?

「空から?え?あれ?ここはどこなのよ?有希の部屋じゃないの?」

おいハルヒ
長門の部屋でいったい何が起こったんだ?
長門はどうなんだ?体の具合は?
それに朝比奈さんと古泉は?

「そうだ!キョン!大変よ!有希が・・・変な4人組が入ってきて
 それからあの、あの子が入ってきて」

もういいぞハルヒ
とにかく長門の部屋に行こう
長門が心配だ
他のみんなもな

俺はハルヒを抱き起こして立ち上がった
鶴屋家の運転手にとりあえず帰ってもらう事にして、ボンネットの件は後で謝りに行くからと伝えた

そして振り向くと・・・

???

空から降ってきたハルヒを抱き起こし、とにかく長門の部屋に入ろうと、玄関があるはずの場所に駆け込むんだ俺だが
マンションの入り口には何もなかった
玄関もなければオートロックの操作盤もない
というかマンション自体が消えてなくなっていた
レンガ造りの高級マンションがそっくりそのまま消えてなくなっていた

「ちょっとキョン、これどうなってるの?」

どうって、俺にも分からん
落ちつけ俺、よく考えろ
マンションがあったはずの平面には全く何もなく、むき出しの地面だけが広がっていた
向こう側にあるはずの、シャミセンを拾った空き地がここからそのまま見えた

どうなってるんだこれは
ハルヒの手を掴んだまま、強引にマンションがあったはずの空間に踏み込んでみた
やっぱりか
予想通りだ
俺とハルヒの前にはぐんにゃりした白い壁が立ちはだかった
マンションが消えてなくなったわけじゃないんだ
誰かがここにバリヤーを張っているんだ
それはお前かハルヒ?

「はあ?私が何でこんなことするのよ?」

すまんハルヒ
ちょっと考え中だ

俺はハルヒの手を放し、ダッシュで突入を試みた
チリチリと小さな火花のようなものが散り、俺の体は押し戻された
痛みも衝撃もなく、ただやんわり跳ね返された

「キョン、これって・・・前のあれかしら?」

ああ
あれに近いものだ
お前の仕業じゃないとしたら
こんな事ができるのは他には・・・
けっこうたくさんいるな

「ちょっとキョン」

何だよもう
今考え事してるんだから

「キョン!」

ああ?

「ちゃんと説明しなさい!
 あんたが何か知ってることぐらい、あたしにはお見通しなんですからね!
 あんたはこんなに不思議な物が目の前に現れても、顔色ひとつ変えないじゃないの!
 何か知ってるんでしょう?包み隠さず全て話しなさい」

さっきの鶴屋さんの声が耳によみがえる
ハルヒはいろいろ知ってるっていうのか
今ここで説明するしかないのか
ついに切り札を出すしかないのか

今ほどここに古泉がいてほしいと思ったことはなかった
あいつのアドバイスが聞きたい
しかしハルヒ、説明してる暇はないぞ
早く長門の部屋に行かないと

「だから説明しなさいって言ってるのよ!
 有希がおかしくなったことにも関係あるんでしょう?
 あの4人組の事だって」

4人組だと?
あいつらに会ったのか?
あいつらが来てるのか?

「そうよ
 あの4人組が来て
 髪の長い女が私に汚いとか言い出して
 ブン殴ってやろうと思ったら急に空に放り投げられたのよ!
 ああムカつくわーあいつったら」

待て待てハルヒ
ちょっと整理させてくれ

俺と別れた後であいつらに会ったのか?
それとも長門のマンションに入った後か?

「入ってからよ
 有希がひどい熱だったから氷枕と布団たくさん用意して
 救急車を呼ぼうとしたら電話が通じなくて
 どうしたんだろうと思った時に入ってきたのよ
 ドアも開けずに土足で入ってきて
 ねえキョン、あいつらいったい何なのよ?」

おいハルヒ
あいつらの目的とか何か聞かなかったのか?

「聞いたけど全然意味分からないわよあんなの」

思い出せハルヒ
あいつらは何と言ってたんだ?

「どうでもいい事ばっかりよ」

いいから思い出せハルヒ!

「何よもうキョンってば・・・ちょっと待って
 周防とかいう女が他のヤツらを連れてきたとか言ってたわ
 時が満ちたとか、今から何かが始まるとか
 終わりの世界がどうとか言って、そしたら・・・
 そうだ!あの子が来たのよ!」

あの子って誰だ?
また他の人間が来たのか?

「そうよ!思い出したわ。あの新入生よ!
 新入部員候補の1年女子よ」

はあ?
何だと?

「新入部員候補の中に小柄な女の子がいたでしょう?あの巻き毛の子」

ああそんなのがいたな確かに
何となく不思議な印象だったな
覚えてるぞ
しかし何でその子が来たんだ
あいつらの仲間なのか?
まさかスパイだとか?

「分からないけどたぶん違うと思う
 来たのは別々だったし、あいつらも驚いた顔してたから」

その時突然
俺の背中に鳥肌が立った
ものすごく嫌な予感がした

おいハルヒ
良く聞け
その1年女子は何か持っていなかったか?

「何かって?」

金属の細長い棒みたいなものだ
ピカピカ光ってるヤツだ

「そこまで覚えてないわよ!
 その子が出てきた途端に部屋に嵐が起こって、気がついたら外に放り出されてたんだから」

待て待て待て待て
くっそう古泉に会いたい
俺はどうもこういう複雑な事態には対処できない
あいつの的確な状況分析がとても恋しい

「そうだ」

何だハルヒ
何か思い出したのか?

「お2人にはまだ登場してほしくないからって聞こえたような気がする」

お2人?そう言ったのか?その新入生は?

「違うかもしれないけどそう聞こえた」

お2人って事はもしかして・・・
俺はハルヒの肩を抱いたままで後ろを振り返った

目の前にあるマンションはすでに消滅していたが
後ろの景色も違うものに変わっていた
いやちょっと違うぞ
景色はさっきと一緒だが何か空気の匂いが違う
それにこの不思議な色はいったい何だ・・・?
何だか安心感を与えてくれるような落ち着いたベージュの空
そよとの風も吹かず、じっとりとしているが不快ではない
この空は覚えているぞ

ハルヒといっしょにあいつが飛ばされたとしたら
この空を作り出したのは
この閉鎖空間を作ったのは
やっぱりお前か
佐々木・・・・・・

「申し訳ないキョン
 今はまだ君たちをあそこに入れるわけにはいかないようだ」

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その2に続く

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