プロローグ
 

 

 空から白いものが落ちてきた。たくさんの、小さな、不安定な、水の結晶。それらは地表に落ちて消えゆく。
 時空に溢れている奇蹟の一つだった。この世界には奇蹟がありふれている。私はずっと立ち止まっていた。時間の経過は意味をなさなくなっていた。
 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。
 これを私の名前としよう。
 そう思い、思ったことで私は幽霊でなくなった。


 
 ここまで書いたところでキーボードを叩く手を止めた。小刻みに震える手のひらを頬にあてたら、じんわりとした冷たさが浸みていった。大きく息を吸い込むと透き通った空気が鼻腔を刺激する。冬はすぐ目の前にあった。
 部屋の大きな窓から見渡す街には、薄く灰色の靄がかかっている。ドラマか何かの演出みたいに、嘘のように街を覆い尽くす靄。その靄は、やがてかすかな光を飲み込み、またその光に照らされて、街全体を無数のきらめきで覆った。

 プリズム。

 光の三原色が靄に溶け、無限の色をつくり出してそこかしこで輝いていた。

 まるで海を眼下に見下ろしているようだ。もしそんなものを相手にしたら、ここでその様子を眺めているわたしという個体なんか、この街のどこかにあっという間にさらわれて消えてしまうだろう。
 弱々しい太陽の明かりはだんだんと街の姿を浮かび上がらせ、同時にわたしの部屋にも満ちてきた。わたしが窓辺に歩み寄ると太陽はわたしの輪郭を縁取り、おぼろな灰色の影を部屋に落とした。
 早起きしてしまった朝は何となく居心地が悪い。

 寝ようとしても寝付けず、けれど起きあがって朝食にするには早すぎて億劫だったから、わたしはついさっき暇を潰すために散歩に行ってきた。

 別に何か意味のある散歩ではない。暇を潰すという目的が本当だったかどうかも解らない。そのうえ、どこをどう歩いたかさえ覚えていなかった。かすかに北高の近くを歩いていたような記憶はある。どうしてそんなことをしようという気になったのかも解らなかった。ただ、そんな気分だったのだ、としか。
 帰ってきてもその変な気分はわたしにまとわりついていた。

 まだ朝食には早い時間だったから、わたしは冷蔵庫からコンビニ弁当を出す代わりに、コードをついないでパソコンを立ち上げた。散歩の次に無性に文章を書きたい気分になったのだ。
 こんな朝早く書きかけのSFに手を加える気にはならなかったので新しい文章を綴ることにした。といっても、迫り来るような斬新なアイデアがあるわけではない。これといって思い浮かぶプロットもない。ただ、早起きした朝、ちょうどそこにあった感覚を文章にしようと思っただけだ。朝起きて枕元に置いてある服を何も考えず身につけるように。今日はその服がいつもと少し違っていたから気になったのだ。このいつもと少し違う感覚を文章にして書き留めておきたかった。
 その作業にプロットは必要ない。

 この画面に表示されるのはわたしの中から生まれてくる文章だからだ。そんなものがなくても行き着くところは必ず『わたし』なのだ。それ以外のものは生まれ得ないはずだった。
 ところが、いざ書き始めてみると何を書いているのか自分でも解らなかった。何を表現しようとしているのか、そしてそのためにどんな形をとろうとしているのか、それすらも解らない。こんな異種なものがはたしてわたしにあっただろうか。

 いや、あるはずなのだ。

 そうでなければわたしは文章を書くことなどできるわけがない。

 文章を書けるということは、わたしが、あるいは何かの形をしたわたしが、確かにそこにいるという証明なのだ。
 目に見えないけれど存在するものを目に見える形にするという作業。文章を書くというのはそういうことだ。それは不変の事実だった。いつ、どこで、誰が、どんなものを書こうとしても究極的な作業の実体は同じはずだった。
 しかし今日は、その目に見えないものがどこに存在しているか解らないのだ。
 わたしたちが文章を書くとき、目に見えないけれど存在するものは往々にしてわたしたちの意識の、それも相当浅いところにある。わたしたちはそれを自分の姿だと思いこんで文章にしている。わたしは今まで、そのことも了解したうえで文章を書くことが自分の存在を証明することだと思っていた。
 しかし今日は違う。
 目に見えないものは確かに存在しているくせに、どこにあるのか解らない。こんなものが本当にわたしの存在証明になるのかも疑わしかった。
 いや、もしかしたらこの文章はわたしの本能というべきところに存在しているのかもしれない、と思った。無意識よりももっと深いところでつくり出されたダイヤモンドの原石のような文章の塊。そんな深いところにあったらわたしの自覚意識は混乱して当然だ。
 わたしはその不可思議な目に見えない塊を細かく砕き、小さな可能性を見つけては洗練し、画面に映し出していった。本能から湧き出る文章を細かくちぎり、つないでは切り離し、秩序ある形にしてパソコンの白い部分をだんだんと埋めていく。
 いつもはそれでひとつの物語ができあがるはずだった。
 テーマがあり、プロットがあり、人間がいれば、間違いなく正しい段階を踏んで書かれたわたしの文章は必ず物語になる。

 なるはずだったのに。
 気がつくと、画面に表示されているのはカオスでしかなかった。
 洗練はされている。文章が稚拙というわけでもない。けれど、そこに書かれているものは何度読み直しても謎な内容の文章だったのだ。
 しかしやがて、それでも構わないから続きを書いてみようと思った。わたしにも解らないものを書くのはひょっとすると滅多にない貴重な経験かもしれない。
 その作業に区切りがついたところでわたしは文章を保存してパソコンを閉じた。
 まだ物語は終わっていない。でも不思議と惜しくはなかった。こんな奇妙な感覚は、今日の朝わたしが早起きして散歩に行ったことによる一過性のものに決まっているのに。しかし、そう解っているのになぜか、いつでもこの文章の続きが書けそうな気がした。
 わたしは立ち上がった。まだ早い。あと一時間くらいは本を読んでいよう。
 何だか身体が重たい気がした。身体というよりも頭というべきか。深く長い眠りからようやく醒めたような気怠さや倦怠感があった。さっきまでは文章を書くことに没頭していたのに、なぜだか今はぼうっとする。
 眠った方がいいかもしれない。
 睡眠不足ということもある。なにしろまだ朝は早いのだ。今、横になればきっと寝られるだろう。
 わたしは眼鏡を外して机に置き、市立図書館から借りてきたハードカバーを手にとって布団に横たわった。ページをぱらぱらめくっていると急に目蓋が重くなった。
 うとうと微睡んでいるうちに、わたしは眠りについた。

  



 その日。午前四時。
  わたしは起床する。一秒も誤差はない。今日は午前四時に起きるよう、わたしの内部データが仕組まれている。仕組まれてしまっていた、というほうがいいかもしれない。
 今日も規定された未来のうちの一日だが、その中でも特に重要な意味を持つ日だった。
 起きたとき、わたしの身体はすでにわたしの意思によるコントロールをほとんど受け付けなくなっていた。いよいよ限界点が近い。
 起きてリビングに行くと、少しだけ寒かった。身体は人間のはずなのに、どうして非人間的な精神と能力はわたしのいうことをきかずに暴走してしまうのだろう。
 窓の外に浮かぶ街はまだ薄暗かった。すべての建物が静寂に沈み、凍り付いている。動きを感じられるのはわたしの中の時計だけだった。それは一秒も狂わずに、今日のあの時間に突き進んでいる。刻々と時は過ぎていっているようだった。
 太陽はまだ昇っていない。わたしの意識が完全に消失し、それが行われるときまではあと二十分ほど残っていた。
 わたしはふと思ってキッチンに向かった。食器棚を歩み寄って何かちょうどいいものを探す。この食器棚に収まっている食器は数が少ないが、その中にひとつだけわたしの探しているものがあった。プラスチックの製品。それはコップだった。
 わたしはそれに手をかざした。分子の結合情報の解除。そして再構成。渦巻き状だったそれはあっという間に眼鏡の形をなす。手慣れた作業だった。
 わたしはその眼鏡をかけて、現時点の記憶を保存した。午前四時三分。あれが起こる前の記憶の保存はこれが最後になる。これからあれが行われる前までの記憶は、たとえわたしが蘇ったとしても二度と復活しない。
 そうしたうえで、わたしは意識を飛ばした。別の世界へと。わたしにはまだやっておくことが残っているのだ。
 そう、この意識が消えてしまわないうちに。

 


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