『朝比奈みくるのブラックコーヒー』


――こぽこぽこぽ。
 あたしはいつも通り、部室のお茶くみ係としてがんばっています。皆さんこんにちわ。朝比奈みくるです。
 ところで最近、あたしには気付いたことがあります。

 アタシオワッテマス?

 あたしだって、未来から来たって以外は花の女子高生です!だから恋の一つや二つ体験したいんです!
 でも皆さん、考えてみてください。……みくキョン小説ってありますか?
 みくキョンじゃなくてもいいです。古みくでも国みくでも、この際谷みくでもかまいません。……あたしの恋愛小説って読んだことありますか?
 ええ、ハルキョンならたくさんあります。長キョンだって次いでおおいですよね?他にも古長、キョンオリ、この世界の創造主(作者)にいたっては佐々キョンまで執筆してるんですよ!?
 しかしです。


 なんであたしだけ恋愛ヒロインになれないんじゃー!!


 だから朝比奈みくるは決心しました!この世界だけは、あたしがヒロインになって見せます!!


「………………」
 長門さんがジーッとこちらを眺めています。しまった、今は部室で長門さんと二人っきりだった。どうやらテンションが上がった余り、ついトリップしちゃったみたいです。恥ずかしい!恥ずかしいです!あたし!
「大丈夫」
 ふぇ?
「春の陽気のせい。私は気にしない」
 ああそうですか。どうやら宇宙人に気を使われちゃったみたいです。チックショー!
 ある意味、裸になるより恥ずかしい言動を見られてしまったので、ダメ元で時間遡行を申請しようとした頃、涼宮さんがキョンくんのネクタイを引っ張ってやってきました。
「いい加減マジ離せ!阪中の犬のリードだって、もうちょっと緩いぜ!」
「犬ならもっと聞き分けがいいわ!」
 うふふーなんだかラブラブですねー……死ね!!
「え?みくるちゃん、なんか言った?」
 危ない危ない。今のセリフはあたしのキャラに合わないですね。せいぜい「ふふふ、バカップルさんですねー」が適切でしたね。反省です。
「今お茶いれますからね」
 これで舌を火傷しちまえ!でもそうしたら「キョン熱いわ!何とかしなさい!」とか何とか言って「やれやれ、見せてみろ」ってなって、フラグが立っちゃいます!……やっぱりいつも通りぬるめにします。


「みなさんお集まりでしたか。遅れてしまって申し訳ございません」
 古泉くんが人当たりのよい――と言えば聞こえが良いですが、要はうさんくさいスマイルで部室に入ってきました。
 それにしても、いつも笑顔で筋肉痛にならないのかな?あ、筋肉痛で固まっちゃったから、いつもあのスマイルなのかな。謎です。
「すぐにお茶をいれますからね」
「いつもありがとうございます」

 

 皆さんにお茶が行き渡ったのを確認してから、パイプいすにお尻を乗せました。はい、手の届く範囲にちゃんとポットときゅうすがあります。これで急なおかわりにも対応できます。
 それでは本題に戻りますね。どうやったらあたしがヒロインになれるのでしょうか?
 その前にヒロインの定義って何ですか?「陰謀」の一回しかヒロインになったことないからわかりませぇ~ん……今頷いた人たちは刑事ドラマで殉職して、エレベーターに挟まれちまえ!
 う~ん、まずはそこから考えてみますね。
「あ、長門さん。おかわりいかがですか?」
「飲む」
 とっとっと、これを注いだらすぐに戻りますから、ちょっと待ってくださいね。


 ヒロインの定義その一。『主人公との恋愛関係』
 これはもはやヒロインのお約束ですね。鉄板です。「る○○に剣心」の薫しかり「GT○」の冬月先生しかりです。……例に挙げた物が少年漫画なのは、創造主の趣味であり、あたしはマンガは「り○ん」とか「花と○め」しか読みませんからね。
 主人公ですが、この場合はキョンくんですね。そりゃあキョンくんと付き合えたら、出番も増えるし一石二鳥ですよ。
 でも、キョンくんには世界最強、無敵のファイヤーウォールが存在します。それも二枚も。
 そうです、涼宮さんと佐々木さんです。
 まず涼宮さんですが、これは語る必要はありませんね。下手にキョンくんに手を出したら消されます。冗談抜きで。
 佐々木さんは佐々木さんで恐ろしいです。だってあの人って少しヤンデレ入ってるじゃないですか。
「主人公との恋愛関係」。これは保留ですね。これ以外に手が無かったとき限定のヤケクソ行為です。
 ヒロインの定義その2。『囚われたお姫様』
 悪の組織に連れ去られたヒロイン。まさに絶対絶命の大ピンチ!ジャァ――――ック!ヘルプミー――!
 そこへヒーローが颯爽と登場!ヘイ、ローズ?です!
 ……ジャックさんとローズさんって誰なのかは聞かないでください。適当です。
 そして二人は燃え上がるような熱いベーゼをして……スタッフロール!映画によってはR―18指定の禁則事項な展開へ……はぅぅぅ!ダメです!危険すぎます!

 

 あれ?……ちょっと待ってください。あたし誘拐されたことあります!あの貧乳百合百合ツインテールとツンデレパンジーに!眠らせられててよく覚えてないですけどね。
 なーんだ、すでにフラグ立ってるじゃないですか。もう、キョンくんったら。キスぐらいなら許してあげましたよ?……つーかむしろしてくださいよ。
 これは既に達成してるのでレ点を点けときますね。チェック1です。ふふふ~♪
 ヒロインの定義その3。『弱点』
 一見、マイナス要素にも思えますが、これは重要です。例のごとく例をあげるとすれば「ハヤテ○ごとく」のナ○は天才だけど引きこもりの運動音痴ちゃんですし、「ワン○ース」の○ミはお金に汚く、ネーミングセンスがありません。
 そうなんです!愛されるヒロインほど、マイナスな要素も強いんです!
 いわゆる「ギャップ」という高等テクニックさんです。弱点が強ければ強いほど比護欲を掻き立てられて、主人公とあんなことやこんなことやそんなことをコンチクショー!!
 だから朝比奈みくるは自分の弱点を考えました!聞いてください!
 泣き虫。ドジッ娘。鈍くさい。運痴。デフォで役立た……あれ?何だかお茶がしょっぱいです。変ですねー、まるで塩水でお茶をいれたみたいです。
 ええ!泣いてますよ!いけないですか!?せめて泣くぐらいさせてくださいよ!ふぇーん!どうせあたしなんかお茶くみぐらいしか満足にできないエセ【《『爆乳』》】メイドですよ!だいたい「囚われのお姫様」と「弱点」という重要な二つのヒロイン要素を持っているあたしなのに、なんでモテないんじゃー!
 やっぱり未来人だからか!未来人だからなのか!それなら普通人として生まれたかったですよ!管理局のバッキャロー!!


 そんなこんなであっという間に下校時間です。あたしは一人、北高の坂道を歩いています。
 え?なんで一人かって?涼宮さんは罰ゲームと言ってキョンくんを連れて駅前の商店街へ。古泉くんは上司さんへ連絡。長門さんは気付いたらいなくなってました。
 つまりハブられたからですよ。みんなズルズルのタイヤで峠を攻めちまえ!

 

――どっしぃ~~ん!
「うきゅう!」
 あたしの背中に何かが落ちてきました!痛いですぅ!?ドッキリですか!ドッキリなんですか!?
「いたたたたたた……あ、みくるちゃん」
「す、涼宮さん!?」
 あたしの背中に降ってきたのは金ダライではなく、青いワンピースを来た涼宮さんでした。
「なんでここにいるんですか?今はキョンくんとデートですよね?」
「ハッ!?あたしがなんでキョンとデートしなきゃならないのよ!」
 どういうことでしょう?この涼宮さんが、涼宮さんの偽物とは思えないんですけど……。
「……ああ、ひょっとしてこっちのあたしのことか」
「こ、こっちってどっちです?」
「うーん。まあ、あれよあれ。情報伝達に齟齬が発生するって奴ね。簡単に言うと、あたしはあたしの異世界同位体ってとこかしら」
「ふぇ、ふぇ、ふぇぇぇぇ!?」
 涼宮さんの異世界同位体……つまり異世界人ですか!?
「そ。よろしくね。そっちのみくるちゃん♪」
 異世界涼宮さんは、ドッキリが大成功で終わった仕掛け人みたいな笑顔で言いました。驚きです!まさに驚きなんです!

 


「ふぅーん、みくるちゃんもやっぱり女の子だったんだ」
 涼宮さんがニヤニヤとあたしを舐め回すように眺めてます。
 ちなみにこちらの涼宮さんですが、なんと私たちの創造主が別世界(某ハルヒSS投稿サイト)にて創造している「ハルヒ×FF8」の世界からやって来たようです。
 あ、ちなみにここの世界(涼宮ハルヒのSS inVIP@Wiki)には、その物語をサルべ-ジする予定は無いので、あまり期待はしないでくださいね。あ、してない?そうですよね。こんなぺーぺー三流SS作者の物語なんか小指の毛細血管程も期待してないですよ。
 そんな世界からやって来た涼宮さんですが、最近知った自分の力を使うのにはまだ慣れてないらしく、どうやら失敗しちゃったようです。あたしを差し置いてドジっこ属性ですか?!ヒロイン要素プラスですか?!
「あたしだって恋の一つや二つ体験したいんです。なんで私は独り身フラグが多いんでしょうか?」
「……フラグって言うのがあたしにはよくわかんないだけど、多分みくるちゃんは経験値が低いんじゃないの?」
「け、経験値ですか?」
 恋愛経験値を上げてくれるはぐれメタルさんがいれば良いんですけど、そんなのいるわけありませんし……いたとしてもどうせ倒せないですし。最初のターンで逃げられちゃいますよ。絶対。
「そこであたしからプレゼントよ!うぬぬぬぬぬ……」
 涼宮さんが何だか力み始めました。進化するんでしょうか?
 しばらく力み続けると、涼宮さんの両手に光が集まって来ました。あれれ?何かに変化してきました?
「じゃーん!その名も異世界トラベラー!」
 あまり似てないドラえもんのモノマネと一緒に出てきたもの、それは自転車でした。
「な、何ですかこれ?」
「異世界トラベラーよ」
「いえ、名前じゃなくて、自転車ですよね」
 どこからどう見ても何の変哲もないママチャリです。これをいっぱいこいでダイエットに使うんでしょうか?
「使い方は簡単。この自転車に乗って、時速二十キロまでスピードを出すだけよ」
「出すとどうなるんですか?」
「何と異世界に行けるという優れものよ!これをみくるちゃんにあげるわ!これで異世界に行って、恋愛バカップルたちを観察すればいいのよ!」
 すごいです涼宮さん!これで恋愛にいそしんでる人たちの観察と取材ができれば、あたしの恋愛経験値が上がるってわけですね!
「そうよ。気に入ってくれた?」
「はい!何だかお礼をしたいくらいです!」
 その瞬間、涼宮さんの目が危険に煌めいた気がします。……なんだかやな予感です。
「お礼なら身体で払ってもらうわよ!それ!」
「キャァ!しゅ、しゅ、しゅじゅみやしゃん!やめてくらはい!」
「うふふー♪やっぱりみくるちゃんはフッカフカ♪」
 ここは屋外ですから!おっぱいを触るのはやめてください!アア!そこは禁則事項です!

 


 涼宮さんの指に散々弄ばれ、危うくハルみくエンドに目覚める寸前で解放されました。あぁぁぁぁ~……あと少しで別の世界に行っちゃうところでした……
「あ、そろそろ本気で行かないと。それじゃみくるちゃんまったね~♪」
 異世界の涼宮さんは嬉しそうに手を振りながら光の中へと消えちゃいました。……また会うことは構いませんけど、今度はおっぱいを触らないでくださいよ……

 


 涼宮さんにもみくちゃにされながら、あたしはあることを思いつきました。
「なんで自転車なんですか?」
「……本当はデロリアンにしたかったんだけど、みくるちゃんなら絶対事故るでしょ?」
 納得です。その前に免許証を持ってません。

 

 

 

 さて、所変わって北高の坂の一番上まで戻って来ちゃいました。ここから一直線に下まで漕げば、いくらあたしでも時速二十キロ出せるはずです。
「えと……液晶パネルに対象のカップリングを選択するんでしたよね」
 ハルキョン、長キョン……うわ、朝キョンまであります。
 あたしはとりあえずあたしとキョンくん、つまり「キョン×みくる」を選択しました。ポチポチっと。
『該当するデータが存在しないわ!別のカップリングを選んでね』
 ……そ、そうですよね。キョンくんはほぼ間違いなく涼宮さんを選んじゃいますよね!あたしなんか目に写りませんよね!……あのマゾ野郎!
 無いものは仕方がないので、今度は「古泉×みくる」を選択しました。
『該当するデータが存在しないわ!別のカップリングを選んでね』
 ……あの同性愛者が!
 その後、思いつく限りの男性キャラとあたしのカップリングを選択してみたんですが、全て『該当するデータが存在しないわ!』でした。
 て、あたしの何がいけないんですか!?おっぱいだって全キャラ最強の質量ですよ!?これじゃあ宝の持ち腐れです!世の男性はこれを自由にしたくないって言うんですか?!……恋人になら触らしてあげますよ?思う存分。……って!ダメですみくる!品性だけは高く持たないといけないですよ! ガッついちゃダメです!

 どうやらあたしの知り合いの男性キャラはみんな貧相なおっぱいが趣味らしいので、あたしは身近な所で「古泉×長門」を選択しました。
 え?身近ならハルキョンじゃないかって?何言ってるんですか。それは幼稚園児が遠足で動物園に行くくらい当たり前のことです。ありきたりすぎて面白くないですよ?その世界でのあたしの役割だって想像できますし。だからハルキョンは維持でも選んでやりません!フンだ!
「それじゃあ古長世界に異世界遡行を開始します!えぇい!」
 ペダルを力一杯踏みしめ、発進させました。ふぇぇぇぇ!ちょっと怖いですぅ!
 坂を半分ほど降ったあたりで、流れていた風景の彩度が段々落ちてきました。
「うわぁぁぁぁぁぁ……」
 世界が灰色の光に包まれ、同時に体が浮かび上がった気がしました。

 

「ひぇぇぇぇ~!」
 きっとミキサーの中のお野菜の気持ちってこんな気分だったんでしょうね。灰色の世界が段々と色を取り戻してきました。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
 世界に色が戻ると同時に、たっぷりの沈黙が三つもできました。
 あたしは気がつくと、長門さんのマンションにあがりこんでいました。自転車ごと。ええ、思いっ切り土足です。長門さん、ごめんなさい。
 さて、されでは私が置かれている状況を説明しましょう。とっても簡単です。ワンセンテンスですんじゃいます。聞いてください。

『長門さんが古泉君の膝の上で読書していた』
 もしくは
『古泉君が読書中の長門さんを膝に乗せてた』

 はい。みなさんご一緒に、
「ふぇぇぇぇぇ!?」
 どどどうなってるんですかっ!?そりゃ確かに二人が交際してる世界を選びましたよ?!でも、何もいきなり幸せを満喫している場所に乱入させなくてもいいじゃないですか!水泳だって準備体操しなきゃ心臓麻痺を起こしちゃうんですよ!?今のこの状況は夏場のプールなんかより、よっぽど心臓麻痺の恐れが生まれますよ!あたしにとって!

 

「つまり、異世界から恋愛について学びにきた。というわけですね?」
 こんな時にも古泉君の解説スキルが全開しています。ま、おかげで長門さんの瞳から止むことなく降り注いでいる絶対零度の炭酸ガスレーザーを気にしないフリができてますけど。はいそうです。
「そうですか。また涼宮さんの情報フレアのせいかと思ってしまい、すごく緊張しましたよ」
 ここに来た方法は涼宮さんの情報創造能力なんですけどね。
「うーん。案外ネタバラシをしても何ともなさそうですね」
 それだったら、あたし達が今までしてきたことはなんだったんですか。あ、そうだ。
「あの……お二人はいつから交際してるんですか?あたし、とっても気になります!」
 危うく当初の目的を忘れるところでした。眼前に迫った死への恐怖で。……眼前って言っても背後ですけど。だって長門さんがすっごく怖いんですもん。邪魔しちゃったからかな?
「……そうですね。もう、半年以上になりますかね」
「一樹。半年ではなく六ヶ月と三週間と二日」
「半年以上でくくれるからよろしいじゃないですか」
「ダメ。重要」
「……わかりましたよ。そうでしたね」
「……その言い方では、わかっていないのは明白。心がこもってない」
「……有希。僕が記念日を忘れたことがありましたか?ちゃんと大事にしていますから。機嫌を直してくださいよ」
「……なら態度で示して」
「ハイハイ」
「はいは一回が理想的」
 ………………………………………………………………………死ね!
 どうやらとんでもないバカップル世界に来てしまったようです。殆ど乱入とはいえ、お茶を出されたことからあたしも一応はお客さんですよ?なのになのに……目の前で見せつけないでくださいよ!?あたしって空気ですか?!お二人の目にはあたしが映ってますか?!
 つーか背後にいたはずの長門さんが、いつの間に古泉君の膝の上にテレポートしたんですか!!いや、長門さんならできそうですけど!
 もういいです!あたしはバカップルになる方法を知りたいだけであり、けっしてなった人たちを見に来たわけではありません!帰らせていただきます!
 あたしは先ほどから局地的に人口密度を二倍にしているバカップル二人を見限り、異世界トラベラー涼宮モデルを引きずって居間を後にしました。サヨウナラ!もう二度と来ません!
「………………」
 …………あたしが出ていったすぐ後に始めちゃうのかな?へ?何を始めるかって?もう!そんなこと察してくださいよ!
 あたしは忍者になった気分で居間のふすまに耳を当てました。エエエエエッチなのはいけないんです!
『やっと帰還した』
『有希、お客さんにそういうことを言わないでくださいよ』
『……私より朝比奈みくるの方が大事?』
『……本気でブチますよ?』
『ごめんなさい。だから怒らないで』
『あなたより大事な存在なんていませんよ』
『私も』
『即答ですか』
『当然。愛してるから』
『フフフ。ありがとうございます』
『だから……』
『ちょっ!?まだ日が昇ってますよ!』
『関係無い』
『あります!』
『この行為に時間帯は関係無いはず』
『……やれやれですね』
『連れてって』
『かしこまりました』
 えっえっえっえぇぇぇぇ~!こんなにあっさりあれをしちゃうんですか!?
『パーソナルネーム朝比奈みくるの情報連結解除を申』
「帰ります帰ります!すぐに帰ります!」
 異世界トラベラー起動!限界を越えろみくる!

 


 人間は死ぬ気になれば何でもできることを、ももの痛みと潰れかけの肺胞を引き換えに理解しました。……ハァハァ……膝がもう上がりません……。
 今度は北高の屋上に出てきました。ところでここはなに世界でしょうか?急いで選んだからパネルを見ずに来ちゃったんですよね。
「ふぇ!?」
 パネルにはこう記されてました。
『朝×キョン』
 まさか『朝×キョン』が本当に存在するとは。……あ、ちなみに『朝×キョン』と言いましたが、『朝』比奈みくるの『朝』じゃなくて『朝』倉涼子の『朝』ですから。勘違いしないでくださいね。え?そんなことわかってるって?ミクルビームブッ放しますよ?
『さ、キョンくん。早く食べようよ』
『んな急かすな。弁当箱は逃げん』
『だってあたしの手作りなのよ?早くキョンくんの喜ぶ顔が見たいもん』
『いつも見てるだろうが』
『いつでも見たいの』
 来やがりましたねバカップル!さあキョンくん!二度も自分を殺しに来た人と付き合うような図太い神経を解明させてもらいますからね!
 屋上と階段室を繋ぐドアから、朝倉さんとキョンくんが手を繋いで現れてきました。う、羨ましくなんかないんだからね!
「あれ?朝比奈さんも屋上で昼食ですか?」
 キョンくんが開口一番、あたしに気づいて声をかけてくれましたが、その後ろで朝倉さんが一瞬だけ迷惑そうな顔を作った気がします。これが有名なサブリミナル効果ですね。殺人鬼の分際で!全裸でケチャップとマヨネーズを塗りたくってサファリツアーに行っちまえ!
「私はこの世界の人間ではありません。別世界からやってきました」
 前にキョンくんに言った言葉と似てる気しますが、あたしの数少ない名言なのでリサイクルしちゃいました。だってあたしは地球に優しい女の子だから!……ごめんなさい。言ってみただけです。

 

 

「なんだ。そんなことですか」
「簡単にそうに言ってますけど、あたしにとっては死活問題なんです」
「でも嬉しいわ。まさかわざわざ異世界から私たちのラブラブっぷりを観察してきてくれたなんて、ねーキョンくん」
「なー。涼子」
 朝倉さんとキョンくんが、顔を見合わせて「ねー」の部分をユニゾンさせました。チクショウチクショウコンチクショウめぇっ!
「えっとじゃあ質問させてもらいますね?」
「質問されましょう」
 あ、今朝倉さんの目が刃物みたいに一瞬だけ煌めいちゃいました。なんでキョンくんは気付かないんでしょうか?鈍感は無敵ってことかな?
「それじゃあまずはお二人が交際始めちゃったキッカケなんか聞かせてくださいよ」
「うーん、そうですね」

 

 


 ええ、ただののろけ話にしかなりませんでしたよ。予想通りです。
「だってキョンくん、いきなり「お前がポニーテールにしたら信じてやる」だもん。それも真顔で。あ、でもあの時のキョンくんはかっこよかったわ」
「おいおい、世辞は止してくれ。こそばゆい」
「あーあ、私には愛の概念がわからないと思ってたのになー」
「わかってよかっただろ?」
「……うん」
 ホラね。またカカシさんですよ。今なら田んぼの中のカカシさんよりカカシさんらしく、害鳥さんを追い払えそうです。いっそのこと『朝比奈=K(akashi)=みくる』って改名しちゃいましょうか!お前ら二人とも戦場に向かうトラックの中で、自分の恋人のことを自慢しちまえ!
「……つまり朝倉さんが再構成されて、気がついたらSOS団に入団してて、いつの間にか付き合ってたってことですか」
「違いますよ朝比奈さん。まだ色々と」
 もう結構です。お腹一杯胸一杯、ついでに甘すぎていっぱいいっぱいです。今すぐハバネロを丸かじりしたい気分ですから。

 


 キョンくんはまだ言いたりないのか、少し拗ね気味にブーたれてしまいました。うぅ!お姉さんハートが貫かれました!ライフルで!かわいいです!いいなー朝倉さん。キョンくんのこんな顔が独占できて。……ん?
「……涼宮さんにはなんて言ったんですか?」
 これは超重要です。SOS団が発足してすぐの五月、平たく言えば「憂鬱」のクライマックスでもある、キョンくんと涼宮さんが閉鎖空間に閉じこめられた事件です。
 あの時はついキョンくんとじゃれてしまい、あたしには全然そのつもりは無かったんですけど、涼宮さんにはそれがイチャついてるように見え、そのせいで世界に絶望し、新世界を創造しようとしたのがあたしたちの見解です。
 ……思い出してもゾッとします。キョンくん、あの時はありがとうございました。それとごめんなさい。
 そんな涼宮さんが、キョンくんが自分以外の誰かと付き合うなんて、そう簡単に認めるとは思えません。どうやって丸め……説得したんでしょうか。
「涼宮さんには悪いと思ったわ。でも、特になにもしなかったわ」
「……ふぇ?」
「ええ、私とキョンくんが真剣だと言うことを示したら、渋々だけど了承してくれたわ。キョンくんは罰ゲーム受けたけどね」
「ハルヒはあれでいて常識的な部分がありますからね。SOS団の日々で成長した部分もあると思いますが」
 キョンくんが今でも「ハルヒ」と親しげに呼んでるあたり、この世界の二人の関係は良好なようです。それが例え恋人同士じゃなくても。
「勇気を出して言った分、ちょっと拍子抜けしちゃったくらいかな」
 勇気。朝倉さんの言った言葉に、あたしは一種の尊敬を感じました。恋愛には勇気が必要なんですね。これは重要事項です。
「色々お話が聞けて嬉しいです。それじゃああたしはそろそろ帰りますね」
 フフフ、これ以上いると本当に邪魔になっちゃうだろうし。
「あ、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんですか朝比奈さん。あなたの問なら俺に拒む権利など……脇腹が痛むから睨むな。怖すぎる」
「涼宮さんから受けた罰ゲームって何だったんですか?」
「……禁則事項です」
 キョンくんは恐怖で顔をひきつらせながら答えました。……どうやら地雷だったようですね。

 


「さて、次はどこの世界に行きましょうか」
 できるだけありえない組み合わせの方がいいんですよね。そうだ、ここでお題を募集しましょうか!?しちゃいましょうか!?
 ……なんて、そんな臨機応変で斬新なスタイルでSSを書けるほど、うちの創造主は構成力をもってないです。
 ……あ、いきなり未来から最優先強制コードが届きました。……へ?これを言うのですか?

 


「あーあ!構成力と執筆力の上がるはぐれメタルがいればなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 


 失礼しました。未来からの指令をキャッチしてしまいましたので。ところでこれが一体何の規定事項につながるのでしょうか?むむむ……謎です。
 朝倉さんたちの後も色々見てきました。佐々木×キョン。長門×国木田。森×古泉……なんで森さんってどこの物語でもSキャラで書かれるんでしょうか?あたしが見た世界なんかSえ……禁則事項でした。よくしなる皮の布とロウがいっぱい垂れそうなロウソクを持ってましたから。うーん、謎です。オーラがいじめっ子なのかな?
 結構なペースで色々回りましたから、そろそろ普通な組み合わせはコンプリートしたのかな?もうネタ切れです。
 こうなったらランダム機能をオンにして、適当に行ってやりますか!もしかしたら『新川×橘』だとか『ミヨキチ×谷口』もしくは『コンピ部長×妹』なんて犯罪者的で馬鹿みたいにありえないカップリングに遭遇できるかもしれませんし!はぐれメタルタイムです!
 右親指近くにあるベルを鳴らして北高前の坂道を下ります。いっけ~異世界トラベラー涼宮モデル!
「ふぇ!?」
 世界移動を完了し、次がどこの異世界かな。と怖がりながらも期待して目を開いたあたしですが、様子がおかしいです。
「ここどこですか~?あたしどこにつれてこられたんですか~?」
 あたりは見渡す限りの暗闇です。床があるのは間違いないのですが、真っ暗で何も見えません。ふぇ~ん、怖いです~。
――ビー!ビー!ビー!ビー!ビー!ビー!ビー!
「へぐぅ!」
 いきなり、異世界トラベラー涼宮モデルのカップリング選択パネルから怖い音が流れてきました。ど、どうしたんですか?まさか壊れちゃったりしないですよね?
『大変!燃料切れだわ!最寄の異世界に着陸するから、今すぐ雁音の茶葉と1.21ジゴワットの電力を流しなさい!』
 ま、待ってください!せめて元の世界に帰へぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!
 コインランドリーの洗濯物気分を無理矢理味わうかのような浮遊感でした。いやぁぁぁぁ漏らしちゃいますぅぅぅぅぅ~……。


 誰かの腿の感触を感じ、重いまぶたを開けてみると……、
「……大丈夫ですか?朝比奈みくるさん」
 そこにいたのは一部では鬼ワカメの愛称で親しまれている喜緑さんです。……女の子に膝枕されても嬉しくないです。どうせなら男の子にしてくださいよ。チェンジってできますか?
「みくるさん。今、とっても失礼なこと考えていますよね?」
 ナンデバレタノデショウカ?今のは完全なモノローグなのに。
「あの、あたしどうしちゃったのですか?」
 あたりを見回すと、細部は違えど長門さんの部屋とよく似た高級マンションの一室みたいです。もしや元の世界に帰ってこれたのでしょうか?
「本題に入りましょう。あなたはどうやってこの現行世界に侵入できたのでしょうか?」
 あ、やっぱり異世界ですか。なんであたしがこんな目にあわなければならないんですか。一体誰のせいですか。フンだ!
「私はこの世界の人間ではありません。別世界からやってきました」
「いえ、ですからどうやって現行世界に侵入したのですか」
 鬼ワカメの無駄に上手い溜息が、何だか妙にムッときました。まぁそうれもそうですね。言ってみただけです。


「はぁ……くだらない」
 喜緑さんは心の底からくだらないらしく、ゾウさんのする溜息よりも大きな溜息を吐きました。あなたにとってくだらなくても、あたしにとっては死活問題なのです!ま、恋愛感情がわからないワカメちゃんにはわからないでしょうけど!
「やれやれですね。あら、携帯電話がなってますね」
 いきなり立ち上がったせいで、あたしのこめかみは硬いフローリングにぶつかってしまいました。いたいですぅ!
「は~い!エミリで~す!もう会長ったら!いきなり電話してこないでくださいよー!心の準備ができないじゃないですかー!」
 そうですかそうですか。『会長×喜緑』ですか。某真っ白チビ宇宙人に超大技放って安心しやがれ!そして爆発されちまえ!
「愛してますよ。か・い・ち・ょ・う!……確かその自転車の燃料が切れたせいで帰れないって言ってましたね」
 取り繕っても全然羨ましくなんかないんだからね!
「そうなんですよ。雁音の茶葉ならあたしのカバンの中にあるんですけど……」
「他にも何かございますのでしょうか?異分子であるあなたにこの世界に滞在されると困りますので、できる限りは協力いたします」
 どうせあたしは厄介ごとしか持ってこない未来人ですよ~だ。
「あの……でしたら電気を貸してほしいんですけど」
 喜緑さんの足元にあるコンセントを指差しました。
「え?電気ですか?そんなのでよろしければいくらでも使ってください」
「じゃあ、1.21ジゴワットお借りますね。あれ?でもこの自転車にはコンセントの差し込む方が無いですね。う~ん、どうしましょう……喜緑さん?」
 あたしが自転車を隅々まで調べていく時間に比例し、喜緑さんの顔がドンドン蒼白になっていきます。拾い食いでもしてお腹を壊したのかな?
「あ、朝比奈さん?今、なんとおっしょいましたか?」
「いえ、ですから1.21ジゴワットと」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 いきなりあたしの鼓膜を破ったかと思うと、喜緑さんは叫びながらマンションを飛び出して行きました。喜緑さーん。どこまで行くんですか~?
「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ……ゼェゼェ……そんなバカな!」
「一体どうしちゃったんですか。こんなの喜緑さんのキャラに合いませんよ?インターフェースさん達なら何でもできるんじゃ……」
 それに1.21ジゴワットって何ですか?
「何言っているんですか!そんな膨大な電力、いくら私たちでも無理です!逆立ちしたってできません!」
「ええ!?そんなぁ!このまま元の世界に帰れないなんて、あたし困ります!」
 一体誰のせいでこんなことになったとおもってるんですか!
「いい?朝比奈さん。あなたの時代ならともかく、1.21ジゴワットなんて電力、この時代の科学力では作り出すのは不可能。それこそ、あるとしたら雷くらいしかございません」
 雷ですか!?うわぁ、この自転車って、すごい無駄に電気を食うんですね。仕方ないからもう帰りましょう。
「今、帰還は不可能といいましたよね?それとも聞いてなかったのですか?」
「聞いてましたけど……喜緑さんなら、天気予報くらいできるんじゃないですか?それで雷は落ちる時間を見つけて、その電力を引っ張ってくれば……」
 その瞬間、喜緑さんの目が点になりました。またこうやってドジっこが生まれますか!あたしを差し置いてメインキャラになる気ですか!このイスだけは渡しませんからね!
「……い、今のはあなたを試しただけなんですからね!勘違いしないでください!」
 ドジっこ×ツンデレなんて、今さらベタですよ。喜緑さん。

 


 その後、あたしは夢の国のアトラクションを全て制覇したような疲労感に見まわれてから、元の世界の自宅へ帰還を果たしました。
 そう言えば、あの帰還不可能かも事件の最後に喜緑さんが言った言葉ってどういう意味ですか?
「I love BTTF」
 なにかの頭文字ですか?TPDDみたいな。あとでグーグル検索してみましょうか。


 さていろんなバカップルたちを見て経験値を上げた朝比奈みくるは、ある結論に達しました!
「恋愛には勇気が必要なんです!」
 そうです!あきらめたらそこで試合終了です!だから最初っから無理だと思っちゃいけないんです!
 あたしは心の師匠である安西先生の名言を反芻しながら、携帯電話を開きました。ピポピポっと。
「もしもし。キョンくんですか?」
『どうかしましたか朝比奈さん?』
「あの……今度の日曜日なんですけど、時間空いてますか?」
『へ?……ええ。多分何にも無いと思いますけど』
「よ、よ、よ、よ、よろしければ一緒に買い物なんかに行きませんか?」
『…………わかりました。どこかで待ち合わせしませんか?』
「そうですね……いつもの喫茶店にしませんか?わかりやすいですし」
『了解しました。それではいつもの喫茶店ですね』
「十時までに来ないと罰金取っちゃいますからねー……フフフ、これ一度言ってみたかったんですよ」
『朝比奈さんの頼みなら、前日から野宿してでも達成させますよ』
「キョンくんったら。ありがとうございます。それじゃあお休みなさい」
『はい。朝比奈さんも』
 あたしが「キョンみくエンド」の先駆けになってみせます!異世界のあたしもあたしを応援してくださいね!

 

 時間は時間遡行をしたかのようにあっという間に過ぎて、本日は日曜日です。
 ああ、道行くカップルたちも、今日だけはあたしの神経を逆撫でする存在ではなく、あたしの同士……戦友と言っても良いでしょう。
「お待たせしました朝比奈さん」
 背中から投げかけられた声。キョンくんが少しだけ眠たそうに声をかけて来ました。
「全然待ってないですよ。今来た所ですから」
 ホントは生まれて初めてのデートなので緊張しちゃって一時間も早く来ちゃったんですけど、こういうのがセオリーですからね。嘘ついちゃいました。
「ま、とりあえず座っちゃってください」
 向かいの席の椅子を引き、キョンくんの着席を促しました。
「ありがとうございます」
 キョンくんはいつもあたしに向けてくれる優しげな笑みを浮かべながら着席しました。ああ、今、お姉さんキュン死にしかけました。この人殺しめ、この笑顔で何人殺したのでしょうか。涼宮さんに長門さんに佐々木さんに……この十倍はいるでしょうね。絶対。
「それで今日は何の用事ですか?未来からの指令ですよね?」
 へ?あたしがおめかししてここにいるのに気が……つくわけないですよ。それで気がつくキョンくんなんかキョンくんのわけがありません。朝倉さんあたりがキョンくんに変装してるとしか思えませんから。
「えーとですね。今回は別に未来は……」
 待ってください。もし今ここで「未来は関係ありません」って言っちゃった場合、「それならハルヒたちも呼んでみんなで楽しみましょう」とか何とか言って、キョンくんと2人っきりでのデートができなくなるかもしれません。疑心暗鬼?いえいえ、長門さんの図書館での待ち合わせフラグをでこぴんで軽々とへし折った人ですよ?キョンくんって。
 でもですね、「未来からの指令」と言えば、少なくとも2人っきりにはなれます。それに最後の告白イベント時に、

「ごめんなさいキョンくん。実は指令ってのは嘘で、キョンくんと一緒にいたかったの」
「朝比奈さん?どういうことですか?」
 ここでちょっと涙目プラス上目使いのコンボ発動!
「あたしはあなたが好きだから……」
「朝比奈さん!」
「キョンくん!」
 そこでこう、ムチューと、ムチューっと!モミモミもプラスです!
「朝比奈さん?」
 ちょっとまってください。今は手を繋いで大人の遊園地の愛の部屋を選んでますから。
「あの……もしもし?」
 じゃ電気を消して……とかなんとか言っちゃってキャー!ダメです!これ以上は禁則事項です!
「朝比奈さん!」
「……ヒェッ!ななななな何でしょうか?」
「朝比奈さんこそどうしたんですか?さっきから口をたこさんウィンナーみたくつきだしたり、禁則事項がどうとか」
 ああ、全部聞かれちゃってましたか。でもさすがキョンくんです。内容を理解してません。だからこの前の現代文の小テストが悪かったって嘆いていたんですね。
「……ごめんなさい。禁則事項なんです。でも、とにかくあたしと一緒についてきてくれませんか?」
「ハハハハハ。朝比奈さんのお誘いを断れる男性なんてこの世にはいませんよ。何でも言ってください。馬車馬よりも立派に働いてみせますよ」
 ニコッと軽く微笑んでくれたキョンくんに、あたしはまたキュン死にしちゃいました。

 

 ここが最後の選択ポイントでした。みなさん、ゲームではセーブはこまめにしましょうね。そうしないとあたしみたいにヒドい目にあっちゃいますからねー。


 それでは朝比奈みくるの恋愛ヒロイン作戦スタートです!
「それじゃそろそろ行きましょう」
「お供します」
 キョンくんはブラックコーヒーを一気飲みして席を立ちました。
 あぁ!今日の空は一段と輝いている気がします!きっとお日様もあたしの運命を祝福してるんですね!

 

 あたしがお日様に挨拶をしちゃいそうなくらいウキウキ気分で喫茶店をでた瞬間でした。
「み、く、る、ちゃーん。そこでなにやってるのかなー?」
 …………いけませんね。きっとデートコースを入念に構築していたから、疲れで幻聴が聞こえたのでしょう。きっと!
「くっくっ、今日はよく友人たちと邂逅を果たす日のようだ。この巡り合わせ、一種の作為的な物を感じるよ」
 あーあー聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない。
「おう、ハルヒと佐々木じゃねえか。珍しいな。おまえらが一緒にグエ!」
 言い終わる直前に涼宮さんのネックハンキングツリーが炸裂しました。あ、ちなみに冷静にあたりの状況を解説してるように見えるでしょうが、これはただの現実逃避ですからね。どうやらバッドエンドにすすむのは既定事項のようです。
「そうだね。ただ今涼宮さんは明智光秀の謀叛を察知した第六天魔王のように激昂しているようなので、先ほどの質問には僕が答えよう。そのままでいいから聞いてくれたまえ」
 そのままって!そのままって!キョンくんは吊り上げられてるんですよ!あ、そっか。佐々木さんは織田信長に度々折檻を受けた日向上が、いざ謀叛を決意したときってくらいに怒ってるんでしょうね。
「まず、なぜ僕が涼宮さんと一緒に休日を謳歌しているかと言うと、大したことじゃないさ。僕と涼宮さんは友人関係を形成しているからだよ」
 まさかの佐々木×ハルヒですか!?
「そういうことよ!さあキョン!全部マルッと吐きなさい!なんであんたがみくるちゃんとデートしてんのよ!」
「涼宮さん。そろそろつっこんでおくけど、いい加減はなしてあげたらどうかしら?弁解しようにもそれでは無理だと思うわ」
 佐々木さんの提案に涼宮さんは渋々ながらも受け入れ、キョンくんの下あごから手を離しました。
「ゲッホゲホ!殺す気か!?」
「いや、大丈夫だよ。ネックハンキングツリーというプロレス技は、首ではなく下あごをつるし上げる技だからね。地獄の苦しみを味わうけど、死にはしないよ。くっくっくっくっくっ」
 こっからでは佐々木さんの顔は判別できませんが、千人が見たら千人が恐怖で発狂するくらいに恐ろしい顔だと思います。
 今まで空気や湯沸かしポットぐらいにしか存在感が無いことが悩みの種でしたが、今ほど空気に溶け込みたいと思ったことはありません。ごめんなさいキョンくん。あたし、逃げます!
「佐々木!」
「涼宮さん!」
 人外の瞬発力であたしの前に立ちふさがる涼宮さんと佐々木さん。どうやら友人というのは本当らしいですね。じゃなきゃこんな抜群のコンビネーションを発揮できませんよ。
「いつもならキョンひとりをつるし上げるけど」
「その気合い入りすぎのメイクとファッションをみる限り、他人事には思えないわね」
「ここここここ……」
 言葉になりません!目の前に明王ですら土下座で許しを嘆願しそうな女神が二人もいるんですよ!?怖いです!
――ドサッ!
 恐怖のあまり肩の力が抜け、あたしの肩からポシェットが滑り落ち、豪快に中身が地面に散らばりました……って!!
「これ、デート雑誌じゃない!」
「しかも所々にふせんやマーカーでチェックをいれて……」
 ぐあ!抜かりました!
「これで証拠物件は全て出揃ったわね!」
 涼宮さんが逆転を勝ち取った弁護士のように笑いました。もちろん覇王を背負いながら。
「いいかい朝比奈さん?私たちは別に咎めるつもりはないんだよ?ただね、何、を、す、る、つもりだったの?」
 佐々木さん。それを咎めると言うんですよ。


 何度も何度もTPDDの起動をダメ元で申請していたときです。
――ぴりりりりりり。
 遥かかなたで小さく空気になっていたキョンくんの携帯電話から呼び出し音がなりました!このコールは天の助けですか!?
「もしもし、っておふくろか。……ハ!?」
 キョンくんの顔が一気に蒼白になりました。
「わかった!すぐ戻る!」
――ぶちっ!
「ハルヒ!佐々木!うちの妹が風邪をひいた!それもかなりの高熱らしい!」
「ちょっとキョン!それ本気!?逃げようとして口から出任せ言ったんじゃないわよね!!」
「妹だしにしてまで逃げるか!マジだ!」
「キョン。確かキミの妹君はプリンが大好きだったよね。買っててあげるとよい」
「た、た、た、た大変です!あたしも行きます!」
――がしっ!
 ふぇ?
「みくるちゃんはいいのよ。妹ちゃんの看病なら平のキョンだけで間に合うでしょ?」
「本来なら私たちがいってあげたいところだが、あまり大勢でいっても迷惑にしかならないだろうからね」
 あたしの左腕には涼宮さん。あたしの右腕には佐々木さん。二人ががっちりと腕を絡めてきたので、動けそうにありません。
「キョン!あんたの罰ゲームは後日改めて言い渡すわ!」
「だから早くいってあげてくれたまえ」
「恩に切るぜ!」
 キョンくんはそう叫んでから、光の速さで見えなくなりました。


「さてみくるちゃん。罰ゲームは何にしよっか?」
「涼宮さん。私の提案を聞いてくれないか?」
 ものすごくいい笑顔で優しく語りかける涼宮さんを、佐々木さんが制止させました。良かった、佐々木さんならそこまでキツいのは……
「キョンから聞いたんだけど、あなたたちは去年の文化祭で映画を撮影したらしいね。それと実は私はまだあなたたちのハレ晴れユカイを見たことがないのよ」
 ま、まさか……
「バニーガールでハレ晴れユカイをフルコーラスで踊っていただけないかな。駅前で」
 やっぱし!
「佐々木!あんた罰ゲームメイクの才能あるわ!それにしましょ!」
 ヒェェェェェ……


「ひ、ひどい目に会いました……」
 あたしは今、いつかのキョンくんに未来人宣告をした桜の並木道をよれよれのバニー姿で歩いてます。
 その後ですか?あの後、お二人に北高まで連行されて、部室でひんむかれましたよ。もちろんお二人に。
 そのまま駅前まで舞い戻ってからは……ご想像にお任せします。ただ一言、お二人が揃えば無敵です。
「はあ……いったいどこがいけなかったのかな?」
「おんや?!そこのバニーガールはみくるではないかいっ!」
「鶴屋さん!?」
 振り返ると、手を振りながら鶴屋さんが走ってきました。
「どうしたんだいみくるっ?そんなにヨレヨレになって」
「実はですね……」

 

「なるほど。そうわけかい」
 今日の出来事を一通りはなすと、鶴屋さんは珍しく思案顔を作りました。
「あたしだって女の子で」
「めがっさぁぁぁ!」
――ごっちん!
 いきなり鶴屋さんはあたしの額めがけてヘッドバットを繰り出しました。
「ふぇ?!」
「いいかいみくる?今のみくるは彼氏が欲しいんじゃない。ただ誰でもいいから恋をしたいだけだろう?」
 愕然としました。よく考えたら別にキョンくんじゃなくても良かったです。冒頭で言った通り、恋をしたいだけでした。そりゃバッドエンドにもなりますよ。最初っから間違ってたんですね。
「つ、鶴屋さぁん!」
 あたしは残りの力を全て出し切り、号泣しながら鶴屋さんの胸に顔を埋めました。
「にゃはははは!なんだかいつもならあたしがみくるのメロンに抱きつくのに、今日は逆だねっ!」
「いいかいみくる?みくるはめがっさ素敵な子さっ!今はいなくても、いずれ必ずめがっさかっこよくてめがっさ優しい男性が迎えにきてくれるにょろ」
 朝比奈みくるは目が覚めました!あたしは今はまだ恋なんかしなくてもいいです!鶴屋さんという掛け替えのない友人がい……
――ぴりりりりりり。
「みくる、ちょろんと離しておくれ」
「はい」
「もしもーし!国ちゃんかいっ!」
 く、国ちゃん!?ま、まさか!
「いやーちょうどめがっさキミの声が聴きたいなーって思っててねっ!…………へ?僕も?う、嬉しいこと言ってくれるじゃないかい……か、彼氏だからなんて……や、やめとくれ、照れるさっ!……バカ」
 つ、鶴屋さんから標準語が漏れた!?
「それじゃ夜にもイブニングコールするからね……愛してるよ国ちゃん……ちゅ」
「おっとごめんよっ。いきなり」


「隕石爆発作戦で義理の息子にくじ引きで勝っちまえ!!」


 涙は止まることを知らず、あたしは涙が横に流れさせながら、その場を走り去りました。鶴屋さんのバカァァァァァァ!


 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 あの日から色々ありました。長かったような短かったような。でも大変だったのは間違いないです。
 でも今は違います!皆が羨むスタイル、明晰な頭脳、そして無敵のお姉さん属性!
 この姿を見れば、一人や二人や三人、それこそ世界中の男性を虜にすることができるでしょう。
 さあ!朝比奈みくるの第二ラウンドの幕開けです!

 

 

「キョンくん、久しぶり」

 


『涼宮ハルヒの憂朝比奈みくるのゴーヤチャンプルーへ続く

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最終更新:2020年06月15日 12:31