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合宿

…がたんごとん…

周りは山となり、やがて静かで幻想的な風景が広がっていった。

志賀高原。地形は凹凸に富み、多数の湖沼が散在し、温泉も各所にある。
空気が涼しい。

 

ここに来るまでにはざっと5時間以上かかった。団長が手に持っている青春18きっぷ…1枚の乗車券で利用可能期間中、5回まで利用できる。つまり、一枚の乗車券で5人で1回乗れると言うわけだ…がローカル線しか使えないからである。 とても長いように感じるが、予算を考えると文句は言えない…何しろ、三泊四日で1万円だからな。

 

そういうわけで、ここに来ているのは五人である。

団長・涼宮先輩、音楽部の練習があるのに無理矢理つれてこられたイケメン・古泉と、管弦楽部の練習をさぼって来たダメン・俺、朝比奈さんとかいう…ええと、よく知らない人と、そして…


「C(ド)~♪」

 

我らが誇る最高のフルート奏者、長門だった。

 

 


…っておい、お前管弦の練習有るんじゃなかったのか?

 

「あなたも」

 

そりゃ、俺はいてもいなくても変わらないが、お前がいるといないとでは大違いだ。 下手をするとオケが崩壊する。

 

「どちらでもいい」

 

そう一言いうと、長門はまたフルートをとり治し、吹いた。
きれいで澄んだ音が志賀高原の山々に広がっていく。

幸せだった。限りなく、幸せだった。


宿にて

 

三泊四日で1万円、つまり、これには宿賃が入っていない。
それというのも、古泉の奴が…

「僕の親戚に志賀高原に別荘を持っている人がいましてね」

なんて言い出すからである。

タダで別荘を貸してくれる理由はその親戚のおっさん曰く、こんな感じである。
「いや、ずっと使ってなかったものでね。使ってくれたほうがこちらとしてもこの家としても嬉しいだろう。大いに盛り上がってくれたまえ」

 

…ものすごい親戚もいたものである。

 

実際別荘はものすごかった。こんな一等地で、何という豪邸…というしかない。
ウッドハウス二階建て。このあたりの森もその親戚の人のものであるらしく、周りは見渡す限りの森林で、人の気配は無い…

 

バーベキューにはうってつけの広場まで付いている。

 

最高だ。本当に最高だ。


 

長門・1
 

一つ気になったのは長門である。

長門はあたふたせず、しっかりと荷物を整理していた。その後ろ姿が俺の手を介すこともなく、あまりにも手慣れている。


まさか友人との合宿がお前の日常なのか?

長門は手を休めず

「小学時代は存在しない。中学時代、親しい友人は居なかった。今も存在しない」

 

  

絶句。

 

こいつなら結構友達多そうだと思っていたのだが…友達が欲しいとか、思ったことはないのか?

長門はメガネに手を当て、こちらを見据えた。冷え切った、冷たい声で
「友人は欲しいとは思わない。他人といるとかえって孤独を感じてしまう。人との関係はない方がよい」

 

こう言い放った。その冷たい声に人間味を感じず、どうも絶句するしかなかった。


 

長門の違和感は涼宮先輩主催(ちなみに、KKK団の行事は絶対にこの人提案・主催である)のバーベキューの際に最高潮に達した。
…長門が何も食べないのである。さっきから焼かれている肉を、野菜をじーっと見ているだけだ。

 

おい、どうした、長門?

 

「自分の中に、栄養物が入ってくるのが嫌。それが血となり肉となるのを想像すると吐き気がする。肉体はまがまがしく、業が深く、罪深い存在で、食べると体中が汚れていく…」

 

その発言に皆のはしが止まる。フクロウだろうか、何かの鳥が泣く声以外に何も聞こえなくなる。

肉はぱちぱちと焼けていく。血がしたたり落ちていく、

長門はその肉を指さし、言う。

「肉でない存在…」

 

フルートの練習のしすぎで荒れた手を眺めて、言う。
「感覚そのもの…」

 

そして、俺たちに視線を戻して、言う。
「霊的なもの…」

 

火に照らされ、長門の顔が人間でないように輝く。

「…になりたい。欲望と性のない無色透明なものになりたい。肉体が死んで、いっそ石化するのが理想……」

そこまで言うと、長門は自分のか細い足を引きずるようにして、ウッドハウスに戻っていった。

 


事故

 

次の日、妙に朝早く目が覚めた。ウッドハウスの居心地はすばらしくよく、実際よく眠れたのだが、どうも起きなければならないような気がした。

外では長門が超絶技法を使ったフルートを演奏していた。

 

「pi~♪」

 

タングラム(金管楽器で言うペダルトーン。音が低めに出る)、ハーモニクス(倍音上げ)その他、超絶技法を使いまくっている。

 

長門の楽器のウォームアップってこんなのだったのか…?

 

横でトランペットでリップスラー(唇だけで音を変える基本的な練習の一つ)をやろうとしたが、長門が気になって音の移動が全くできない。

金管では、ウォーアップにペダルトーンはともかく、ハイB(管楽器で音域の高いほうのドのこと。これ以上はかなり難しい音である)以上の音は普通出さない。
これは他の管楽器でも言えた事じゃなかったのか? 超絶技法でウォームアップとは、管楽器ではむしろ禁止されている事であるはずだ。

 

 

 

 

 

焦っている。長門は…焦っている。

そんな必要もないのに、焦っている。


その超絶技法のウォームアップが臨界点に来たとき…

「キョン~有希~朝ご飯できたわよ」
という、涼宮先輩の声が聞こえた。

長門は歩き出す。銀の棒を持ったまま、森の中へ。


  

実際、その飯はうまかったのではあるが、頭はどうも食べる気が失せていた。
我らが羨望してやまない1stフルート、その意外な一面を見てしまったからだ。

思春期にありがちな拒食症、といえば正しいのだろうか。
無口な少女にありがちな。

 

…音楽は人を苦しめるモノなのかも知れない。悲しい事に。

 

音楽に自由はない。音楽は決して人を救わない。
人を勝手に巨大なモノの流れの一部にしてしまったり、あざけりの対象にしたり、人を焦らせたり病ませたりする。

 

食後、トランペットを吹こうとしたが、唇が疲れたのか、マウスピースが口に付かなかった。

 

 


事故が起きたのは、そのすぐ後だった。

団長の提案で山道を自転車で下った最中、当たり前のように自転車がひっくり返り、そのまま俺は意識を失った。

俺の大事なトランペットが、崖の向こうに飛んでいったのが記憶の片隅に残っていた。


音楽からの自由・1


「C~A~~CAGA~CAGA~GAGGF♯~♪」(ピアノ音階で『ド~ラ~~ドラソラ~ドラソラ~ソラソソファ♯~』)

耳に涼しい音が届いている。

闇の中、浮上しつつある意識の端で、俺はぼんやり考えていた。

 

音楽は麻薬のような絶対悪なのかもしれない。

 

最初はなんだかものすごく面白い夢を見ていられて、初めて二年ちょっとぐらいは何も知らずスゲーとか思ってるのだが、楽器の腕が上達するあたりで徐々に面白いディテールが消えて霧散していき、気が付けばそれはただ人を苦しめるバケモノと化し、音楽を始めた頃の「楽しかった」っていう心は輪郭しか残ってない。

そしてただただ苦しいのに、慣性の法則と過去にこびりついた「楽しかった」っていう記憶に従ってただひたすら続けてしまう。

 

そうやって音楽は人を苦しめ、悲しめ、貶める。


音楽は人間を自由にしない。


俺が目を開けたとき、最初に思ったのはそんなことだった。
青い空が見える。あの大豪邸ではない。明らかに昼で、透明な空気がどこまでもどこまでも続いている。


「ビーっ」

突如として響いていた音が割れた。音の方向に振り向く。
長門はフルートを構えたまま、古泉は弓を引いたまま、こちらを見て…固まっていた。

 

長門のフルートに息が吹き込まれすぎ、ビッっと異常な音をたて続ける。
「…無事で良かった」

 

古泉のバイオリンの弓が変に引かれて、ギィっと不快な音をたて続ける。
「このまま永眠したら僕は承知しませんでしたよ」

その音は、不快な音のはずなのに、いままで出会ったどんなに美しい曲よりも美しかった。


俺を心配してくれてた。俺なんかに。その異常で不快な音がそれを証明してくれていた。

 

俺はゆっくりと立ち上がる。そして二人を見る。見たこともないぐらい、二人は笑顔だった。

 

「本当に…良かった」
「良かった…」

 

長門はフルートを投げ捨て、古泉はバイオリンをゆっくりと床に置くと、俺に向かい、抱きついてきた。先ほどまで音楽だった、異常で、不快で、そして美しい音が山をこだましていく。

 

まるで、"音楽からの自由"を祝福するように。


科学からの自由 ・1

 

涼宮先輩はすぐ近くにあった民家に飛び込んでいた。

民家に住んでいた家族はとても親切で、女の人はすぐに車を出してくれ、俺を病院に連れて行ってくれた。男の人は仕事でレンタサイクル屋をやっていたようで、借り物である自転車を新品同様に治してくれた。

 

地元の病院にて、涼宮先輩は俺につきっきりだった。 どうも物静かでおとなしくなってしまった感じがしたが、外科の検査、簡単な検査などでただのかすり傷だと分かるや否や、テンションがあの強引な元の感じに戻ってしまった。

 

元に戻らなくなったものもあった。俺のトランペットはどうしようもないほどに凹み、使えなくなってしまった。 

いや、音が鳴らなくなったわけではない。ただ、こもってしまう感じで音が狂ってしまい、これでは管弦でソロなどできやしない。

 

その日は病院イベントが起っただけで、豪邸ウッドハウスへと戻ってきた。
皆は思い思いの格好でくつろいでいる。俺はといえば、ベランダで自分の楽器を眺めている。


でこぼこになったトランペットを見て、俺はかえってすがすがしかった。

 

音楽なんて、やめてやる。それはそれでものすごく辛いだろうが。

帰ったらあの学生指揮にやめるって大声で言ってやる。そして、威風堂々と部室を出て行くんだ。 俺の換え?知らん。トランペットはそも人気の楽器で、俺の換えぐらいいくらでもいるだろ。

 

失うであろう居場所、だけどここKKK団なら、皆が俺を受け入れてくれる。


 
涼宮先輩と朝比奈さん…朝比奈さんも二年生でどうやら先輩らしい…は二人で熱い議論を交わしていた。
キノコを手に、涼宮先輩が

 

「これはカヤタケよっ!」

と言えば、朝比奈さんが

「ちがいます!これは絶対にドクササゴです!」

とか言っている。

 

二人の激論は長らく続いた。結論としては、このキノコはドクササゴだったらしい。朝比奈さんが正しかった訳だ。

ところでドクと付いてるが、ドクダミと同じような名付けなのか?
見た目、結構うまそうだが、このキノコは食えるのか?

長門はちょっと首をかしげると、

 

「口に入れることは可能」

という。なら早速焼いて食ってみよう。うまいかどうか試してみるぜ。

 

「口に入れることはできるんだけどね。でもね、食べた後、手足の関節に焼け火

箸を突き刺すような痛みが1ヶ月以上も続くのよ!その痛みたるや、朝昼晩ずっと転げ回らなきゃやってられないほどみたい。 そうねぇ…キョンがそうなってるところ見てみたいわね、こうぐるぐるっと」

 

みんなが笑う。それにつられて、俺も笑う。俺の科学に対するイメージに、毒が回っていく。


 

科学は絶対悪だ。

科学、それはただ勉強するだけの不自由なものであるはずだ。
科学の世界にいる天才ってのは、逆に頭が悪い奴がいるから天才なんだ。
科学者は頭が悪い奴を底辺に押しつけてるだけで、不浄極まりない連中ばかりさ。

 

でも、音楽の世界も、考えてみればそうなんじゃないか。

 

長門のように音楽は人を不自由にさせるし。
コンクールなんてあるから、高校の管弦学部の世界は単なる競技場と化す。
勝ち上がって上に上がっていけば、下の奴らを踏みつぶしているのと同然だ。

 

目の前の奴らと、俺のイメージの科学者。何が違うのだろうか。

 

俺が求める答えは絶対にそこにある。

 

ふと我を取り戻せば、俺はつぶれてぼろぼろのトランペットを、強すぎる力で握りしめていたようだ。だが、楽器は金属でできていて、答えは何も言わない。

 

俺はただ、トランペットをじっと見つめたまま、ゆっくりと頷いた。


入部の条件

 

その日の夜、俺はこっそり涼宮先輩の部屋へ行くことにした。
いやいや、決して狼藉を働こうと思った訳じゃない。それもしたいというのも…正直本心だが、俺にはもっと重要な事項があった。

俺の手には、ボールペンで公式のものをまねして書いた入部届が握られている。
単に俺は合宿に申し込んだだけ。この"4人"からなる部活に、まだ俺は入部してなかったのだ。

そっとドアをあける。涼宮先輩は何か難しい数式を解いていて、俺に気づいていない。
赤いパジャマを着た涼宮先輩は、手を忙しく動かし

「だめ、計算間違え」
「だめ、ここはベクトル積で…」
「う~ん、次元が保存しないわね」
「…」
「やっぱだめ」

こんな調子である。

飛んできた紙を広げて見てみる。何々…「明日に向かう方程式」?なんだこりゃ。

 

とりあえず、俺は涼宮先輩の目の前に手をかざす。

「……ぉが?」
何やらうめきながら薄目を開いた涼宮先輩は、俺が誰だか気づいた瞬間

 

パァ~ン

 

強力なビンタを食らわしてきた。
「キョンこらぁ!入るなら入るっていってから来なさいよ!こっちだってそれなりの準備があるんだからね!」

…多分、あなたに声をかけても返事は帰ってこなかったと思います。

「あたしが鉛筆噛んでるところ見られた…ぶつぶつ」
唇とまゆをぴくぴくさせながら涼宮先輩は机にうつぶけてしまった。


こんな状態がずっと続くのも気持ち悪い。俺は涼宮先輩の顔を手で無理矢理こちらに向けた。
涼宮先輩はまるで敵のように俺をにらめ付ける。

 

「ふん。言うことは何なの?あんたさあ、」

恐いです…先輩。
俺は内心凍り付きつつ、駄作の入部届を机に置いた。

それを見て、涼宮先輩の顔が急に明るくなる。

 

「え、入ってくれるの?あ、え、良いわよ!そりゃそうよ!団員が増えるのが嬉しいのは当たり前よ」

その返事を聞いて、にらまれた後だけに内心ほっとした。実際、ほっとするような笑顔を、涼宮先輩は浮かべていたからだ。

 

内心とは裏腹に、口は勝手に動く。

 

「でも、俺数学も化学も物理も苦手ですよ」
「別に良いわよ」
「でも、俺実験道具をいつもぶっ壊すような奴ですよ」
「科学研究会のフラスコはガラスじゃないから安心して」
「でも、俺オタクですよ」
「あたしもよ。萌え要素の議論じゃあんたに負ける気がしないわ」
「でも…」

 

ずっと話し続ける俺の言葉は、突如として遮られた。

唇に柔らかいものが押しつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは涼宮先輩の指だった。そのままウインク、指をゆっくり話すと、笑って
「でも、ちょっと約束して」

で、渡された紙がこれである。

 

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・科学研究会規約

☆敬語禁止
みんなが親友です!
☆勉強禁止
楽しまなきゃだめじゃない!

上記事項に同意します

名前 _______________

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ええと、敬語禁止ってなんですか?

「みんなが仲良くできなきゃだめなの!親しい人は下の名前で呼べっ!あたしのことはハルヒってよんでね、ね?」
ハルヒさん…ですか?
「だめっ!さんずけ禁止!ですかもなし!」
ええと、こんなかんじ…か?ハルヒ…さん?
「さんずけ禁止っ!」
ハルヒっ!
「よろしい」

で、…ハルヒ……勉強禁止ってなんで……ええと…か?
「その紙の通り」 」
科学で楽しめるとは…おもって…ない…で…ええと…ぞ。
「はあ?あんたばかじゃない?」

涼宮…ハルヒは溜息をついた。

「この世の中がどうなってるか知りたくない?全部分かったら盛り上げる方法だって見つかるかも知れないわよ! たとえば、UFOを召還する方法とか、猫をしゃべらせる方法とか、あんたをのたうち回す方法とかっ!」
最後がよけい…で…だ!
でも、知っても何にもならないと思い…だ。UFOは召還できないし、猫は話しませ…ぜ。
「夢が無いわね…」

うるさいっ!どうせ俺には夢なんてないですよ~だ!
だいたい、夢ってあったほうがいいんですか?

す…ハルヒは立ち上がると、俺のパジャマを強くつかんで言い放った。

「だって、そっちの方が断然面白いじゃないのっ!」

 

 

その涼宮せ…ハルヒの、大輪の花を咲かせるような笑顔が、まぶしかった。

 

第2章 〆



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