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プロローグ


うすらぼんやりとしているうちに学区内の県立高校へと無難に進学した俺が最初に後悔したのは管弦楽部に入ってしまったことで、春だってのに周りがリア充だらけで、オタク的コアな話ができるヤツがただの一人もいないことだった。これから三年間も毎日こんな事になるのかと思うと暗澹たる気分になるのだが、ひょっとしたら俺も…だが、『タダイケ』がどれほど確固たる法則かを思えば、そんなことは不可能で、つまり結局は独り身を継続しなければならないだろうと確信し暗澹たる想いが倍加する。

そんなわけで、俺は新入生特有の希望と不安に満ちたイケメン達とは関係なく、ただ暗い顔をしていた。友人のあてもなかったしな。

ただ一つ言えることは、俺は管弦楽部一ヶ月目で明らかに浮き始めた…ということぐらいか。
ゲイ無能(ゲーム脳ではない)とか、将来的犯罪者とかいうあだ名が付くぐらいだったからな。まあ、どうでもいい。俺にとって音楽さえできれば、本当にどうでもいい。そんなことは気にもとめる事がない、本当に些細なことさ。

 


 

『最初』の出会い

 

まあだから、別にアホの谷口がこんな事を言い出しても、俺は気にもとめなかった。

 

「なあ、このKKK団とやら、女のほうが多いらしいぞ。行こうぜっ」


その次の休み時間、谷口は俺の手を強引に引いて歩き出した。部活連の謎の部室の前で止まる。

「科学研究会・KKK団」

KKK団。クークラックスクーラン。ああ、白人マンセーなあれか。イエローモンキーが入ったら殺されそうだな。

ってか、こんな所に連れ込んで俺をどうしようっていうんだ。俺は理系科目が得意だってワケじゃないぞ!

 

前で騒いでいたせいか、突如として扉が開いた。

 

ポニーテールにまとめられた、ロングな髪、端正な顔。

それがドアから顔を出した。

 

忘れもしない。

 

これがその、奇妙な先輩…否、涼宮ハルヒに出会った、その瞬間だった。

 

 

 

 

「あ、新入生?入部希望?」

いや、全く違います。こんな題目からして怪しげな断固として入りたくはありません。

 

まあありがちな展開だし、心づもりもしていたから驚くことでもない。
しかし、どうもかなり強引な部長さんだった。よほど部員に困っているんだろう。って谷口、谷口ぃ!…逃げたか。

「入部しなさい。しなきゃ死刑!」

 

だがとりあえず…死刑になってもこの部活にだけは入ってやらん!

 

「うっぎゃぁ~」

無論、俺も逃げた。このときはこれで終わりにしたかったのだが…

 


 

変化
 
変化は管弦楽部から訪れた。

それはとある管弦楽部の定期演奏会の時だった。順調に進んだリズム、快調な音楽。練習の成果である、すばらしい音楽がホールを満たしていた。

 

そして、次こそが俺の本命の曲であり、俺の最高の舞台。曲名「茶色の小瓶」。ビッグバンドジャズでは定番の、だらしない酒飲みのための、あの曲である。

 

曲目:『茶色の小瓶』  作曲者:イーストバーン


俺は2ndトランペットで、初めてのソロパート担当。

 

ちゃらっちゃら、ちゃちゃちゃら、ちゃ~らちゃ~ちゃ。

 

そして、俺はソロマイクの前に立つと、ソロ部分のコードを吹き始めた。

 

 

何かがおかしい。

 

バックのコードが打ち合わせとは全然違う。

俺がCを吹くと、バックはBを吹く。俺がFを吹くと、ベースはGを引く。
分かる人でなくても分かると思うが、こんな事がずっと続くと不協和音だらけになる。
というか、全部不協和音だった。

 

待て待て、この状況は何だ?何でみんな打ち合わせと違うコードを引いているんだ?ホワイ、何故?

 

俺がソロを弾く間、黒板をひっかいたような嫌な音がホールを満たしていた。

 

俺が演奏をストップしなかったのはほとんど僥倖だ。その証拠に俺は恐くて観客のほうをまともに見ることができなかった。

 


 

「冗談はやめろ」

こういうときには常套句しか言えない。

「マジ無いって。それが打ち合わせどおりだったとしてもびびるって。だから、よせよな…」

普通に間違えたときでもさすがに黒板をひっかいたような音にはならない。そうだよな、な?
もう全く訳が分からない。分かるヤツがいたらここに来い。そして俺に説明しろ!

「あんたがコード間違えてるんじゃない?何言ってるの」

朝倉…学生指揮者…はあくまで晴れやかに問いかける。全く、本気には見えない。

その瞬間に見えた。

コードが書き換わった楽譜が朝倉のクリアフォルダの中に入っていた。
「キョンには内緒に」
と、書いてあった。

 

 

俺はそろそろと立ち上がる。冗談、シャレだよな。茶色の小瓶だけに、"酒"落だよな、これ。本気だったらシャレですまされんが。だいたい信じられるわけがないだろ?

なんだ、みんなで不協和音になるように、俺に恥をかかせるように策略してたってワケか。

 

ありえない。嘘だろ。

 

それから、何を話したのか、どうやって家まで帰ったのか、俺は覚えていない。
覚えていたのは…その夜は男泣きに泣いたことぐらいだった。


 

予感

 

翌日放課後、トランペットを芝生に置いて中庭に寝ていた。

音楽。リア充の特権のような、俺のようなオタクには許されない、音楽。

 

分かっている。『タダイケ』だけが真理の、当たり前の世界だ。

あまりの不条理さに物足りなさを感じつつも、「なぁに、楽しければいいんだ」と自分に言い聞かせてごまかしてまた漫然とマウスピースを口に押し当てる繰り返し。
それでも俺は十分楽しかった。小学生からアニメと同じぐらいに音楽が好きで、演奏会は非日常の香りがして、それが俺にとって妙に満足感を与えてくれる学校生活の一部だった。

 

そうさ、俺はこんな時間がずっと続けばいいと思ってたんだ。


全然普通じゃないよな、これ。
だが、そう思わなかった奴らがいた。


 
フルートの音が聞こえ、不意に横を見る。
短髪の少女、メガネ付き。名前はファースト…じゃなくて長門。確かこいつは管弦楽のフルートでは1stを任された、一番吹けた奴だったはずだ。
実際、かなりうまかった。その演奏は俺のすさんだ心に少しの和らぎを与えてくれるものだった。

突然、曲調が変わり…俺の聞き間違いでなければ『バレバレユカイ』となった。
驚いてそちらを見ると…長門は微笑んだ。

 

めまいがした。

 

ふと向かいの窓を見ると…KKK団団長が、俺とフルートを見ていた。


 

そのまた次の日の朝のことである。

「吹いて」

そういったのはKKK団団長様である。その横に誰か知らんイケメンが伴われていた。
朝っぱらから購買からパン数種類とメロンサワーを買ってきていた谷口が「キョン、お前のツレが来てるぞ」とか言うから出て行ったらこの二人が立っていた。

 

「吹け、とは」
どう考えてもいい予感は一ミクロンもせず、睡眠作業を中断して廊下までやってきた俺だったが、早くも自分の机に戻りたくなった。

 

「説明してくれません?」
「もちろん、そのつもりよ」
「さて、これを楽しいと思うかは人それぞれですが」
「いいから、早く言ってください」
「毎朝、古泉君と知ってるアニソンを弾きなさい。そのトランペットで!」

 

へぇっ?何を言っているんだこの人は


「いいから、弾きなさい!これは団長命令よ!」

 

古泉は深刻そうな顔をする。その割には楽しそうだな、お前。

「僕も実はアニソン大好きなので」

 

え?ああ、もちろん弾かされたさ。かなり無理矢理だが。
そもそもアニソンなぞデュエットでやるのはかなり無理があるだろう。

 

こうして、団長…涼宮ハルヒの監視下のもと、古泉と屋上で毎朝一曲ずつデュエットする日常が訪れた。古泉のバィオリンは超能力と思えるほど俺と通じ合っていて、ささやかなデュエットは下手な演奏会よりもずっと充実していた。
低音無し音の大きさも違う無茶苦茶な編成で、無茶苦茶な曲をやってるって事を感じられないぐらい、古泉のバィオリンは俺と通じ合っていた。

 

この新しい音楽は俺を救ってくれた。毎日に輝きが戻ってきた。

 

そういうわけで気がついたら、[KKK団、夏・調査合宿申し込み]なんて紙を持っていた。
なんとなくだ。この団長様に振り回されても良いような気がしたのさ。

 

第一部 〆


 


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