「…ん………朝か」

太陽の光が降り注ぐ朝方僕は目が覚めた。
時刻は六時半、この時間に僕が起きることもまた規定事項だ。
ここは僕の部屋、と言ってもただ借りてるだけで本当の家ではない。
僕は今母でもある上司の命令でこの時代にいる。同じくこの時代にいるまだ幼い母の敵対組織として。
何も知らされていない幼い母の代わりに確実に規定事項をまもるためだ。
毎日毎日、ちまちまと規定事項をまもるために動く…そんな生活にうんざりしながらも僕が従っている理由。
それはこの時間には幼い母がいるからだ。
僕は母が幸せになれるように…ただそれだけを願っている。


―母―

 

 

規定事項通りに朝の準備を済ませ、朝食を食べてから家を出た。
規定事項をまもる、言葉にするのは簡単だがその実なかなかに神経を使う。
どの時間どのタイミングでなにをするか、誰と出会い誰と関わるか、それら全てを意識して忠実に動かなければならない。
例えば今俺の目の前にいる男、ピチッとしたスーツをきて真面目そうな印象を受ける。
この男は今会社へと向かっているが、規定事項通りならば遅刻しなければならない。
僕は男に荒々しくぶつかり、鞄の中身をぶちまけた。

「あっ!」

男は鞄の中身がぶちまけられたのに驚き、慌てて拾い始めた。

「…悪いな。少々急いでたんだ。」

僕も屈みこんで一緒に拾い始める。男は全く怒ってない様子で、笑顔でこう言った。

 

「いや、私のほうこそゆっくり歩いて邪魔だった。
急いでいるんだろう?早くいきなさい」

本当に人柄がいい男だ、偶然ではなく意図的におこした必然だというのに、全く疑っていない。

男の言葉に従い、僕は立ち上がり男を放ってまた歩き出す。

あの男は今日の遅刻が原因で会社を首になるだろう。
しかし、その後別の会社に入りその会社で幹部になり、ある女性と出逢う。
そして自分で会社を立ち上げ、大成功し幸せになるだろう。
例えそうだとしても男を一度どん底に叩き落とすことにかわりはない。
いくら頭の中で言い訳を考えようとも、罪悪感が消えることはなかった。

 

 

男から離れた後、僕は駅前を歩いていた。
ここをぶらぶらしていれば、橘京子が現れ偶然見つけた僕を喫茶店に連れ込む。そういうシナリオだ。
そして規定事項通り、九時10分僕は後ろから声をかけられた。

「あっ!藤原さん!」

「ふんっ君か」

狙ってやったのにも関わらず僕は愛想悪く返事する。
そんな僕に彼女はいつものように怒る。

「んん…もうっ!相変わらずノリ悪すぎですよ!。
ちょうど暇だったんです、少しお話しましょう」

そして僕は半ば無理やり喫茶店に連れ込まれた。
全く、彼女は頼んでもいないのに規定事項通りに動いてくれる。
彼女は気付いていないだろうが、僕は彼女に感謝していた。

 

喫茶店に入ってから、彼女は溜め込んだ何かを吐き出すように喋りまくる。僕が聞いているかどうかなんてお構いなしに。
話すことも、組織のことなんかではない。
所謂世間話、くだらないことをとても楽しそうに話す。
そんな彼女は、少し魅力的でもあった。

「それでですね…もうっ!ちゃんと聞いていますか?」

「ふんっ…ちゃんと聞いている。近くに穴場のケーキ屋をみつけたんだろ」

「そうです!それで…」

急に話すのをやめて、彼女は僕の方をじーっとみる。

「…なんだ」

「藤原さん、最近お疲れじゃないんですか?」

確かに、僕は最近あまり寝ていない。しかしそれもまた規定事項だった。

「…ふんっ君には関係ないだろ」

そういうと、また彼女は怒ったような顔をした。

「そうかもしれないですけど、心配くらいさせてください。藤原さんのことですからまた規定事項がどうとか言って動き回ってるんでしょ?
もうちょっと自分のことを労ってください」

彼女はよく僕のことを心配する、彼女は世話焼きで優しいのだ。
未来人組織は好きではないと言いながら、僕のことをやれ仲間だの、やれ友達だのと好意的に接してくれる。
何も知らないまま、彼女と出逢っていれば、僕はおそらく彼女に恋をしていただろう。あの男を好きになった幼い母のように…。
しかしそれは許されない。僕が彼女を好きになることも、またその逆も、規定事項にはないのだから。

 

十時を過ぎたあたりで彼女は席を立つ。

「そろそろいきます、お話聞いてくれてありがとうございました。
自分の体にもう少し優しくしてくださいね」
そういうと、律儀に自分の代金を置いて喫茶店を出て行った。
全て規定事項通りだった。あまりにも狂わない規定事項に、全てが嘘っぱちに見えるほどに。

僕も会計を済ませ喫茶店を出る、向かうのは近くの大型量販店だ。
今日は日曜日、幼い母はあの男を連れて買い物にいっているだろう。
下手な輩に狙われないよう影から幼い母を守る。それがこの時間の僕の規定事項だ。
今から向かえばちょうど二人がつく。僕は足早に向かった。

 

 

規定事項通り、量販店につくと入り口に入っていく幼い母とあの男の姿があった。
怪しまれないよう、そして絶対に見つからないよう二人を追いかける。
二人はお茶の葉を買ったり、服を見たり、フードコートで休憩したりと、この時代のカップルらしいことをしていた。
そんな母の表情はとても幸せそうで、とても悲しそうだった。
どれだけ願ってもかなわない恋、既に幼い母はそれを理解していた。
なぜならあの男は…キョンは、涼宮ハルヒと結ばれるからだ。
僕はあの男が憎くて憎くて仕方がなかった。
あれだけ無駄に母に期待をさせながら、最終的には涼宮ハルヒと結ばれ幸せになったあの男が。
しかしそれでも母は、あの男を愛していた。
いや、母は一生…死ぬまであの男を愛し続けるだろう。

父を愛していることに偽りはないだろうが、それでもあの男が母の頭から消えることはない。
父もまたそれを理解し、それでも母を愛している。
それは父もまた、母と同じ境遇だったからだ。失恋したもの同士、傷をなめあって僕は生まれた。
それを理解するたび、僕は悲しかった。
母も、父も、少しでも違えば最愛の人と結ばれただろう。
規定事項なんてもの、知らなければ幸せになれただろう。
だから本当は僕は、規定事項なんて大嫌いだ。
それでも僕は、毎日規定事項をまもり続けていく。

 

 

夕方になり、二人はわかれお互い帰っていった。
今日は疲れた、もうそろそろ帰って寝よう。
そう思い家につくと、母がいた。

「お疲れ様」

「…ただいま」

「………」

母はそっと、僕を抱きしめた。僕は抵抗せず、母に体を預ける

「ごめんね、あなたにはつらい任務でしょう」

母は理解している、僕がどれだけ母を愛しているか、どれだけあの男を憎んでいるか。

「でも…私は大丈夫。あなたがいてくれるから。今とっても幸せよ」

そして、母はもうなにも言わず。静かに泣きながら僕を抱きしめ続けた。




僕は願い続ける、この優しくも悲しい女性に、誰か幸せを届けてくださいと。

 

 

 

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最終更新:2009年08月12日 02:24