「ねえ、キョン。第二次世界大戦って何のために始まったの」
 知らん。目の前にあるパソコンに訊いてくれ。
「当時の兵隊とかって生きてる意味あったのかしら」
 さあな。
「上官の思うがままに動くなんて、まっぴらごめんだわ」
 そうかい。
「ちょっとキョン! 真面目に聞きなさい!」
 
 サンタクロースをいつまで信じていたか、なんてことを話題に挙げる奴は即刻米英の密偵と看做される世の中である。
 
 それはともかく、そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨も無く実業学校を卒業し――、
赤紙を受け取った。
 
 厳密に言うと、俺は志願兵だ。それゆえ、こんな物騒な紙切れが届いても驚く理由はどこにも無い。
 どうして志願なんてしたのかって? それはすぐにわかるさ。
 ともあれ、俺は手紙に書かれた内容に従って軍医の診察やらなんやらを受け、晴れて大日本帝国陸軍に
なっちまったのである。
 
 支給された軍服を身に着けて、俺は広島へと向かう機関車に乗っていた。
 定期的な振動が体全体に伝わる。
 俺にこんな服を着るときが来るなんて、数ヶ月前までは考えもしなかった。
 ふと、車窓に目をやる。いつの間にか紅葉もまばらになっちまったなあ。
 
 ところで、出発前に村が総出で俺の出征を祝ってくれたのだが、あまり嬉しくなかった。
 死して国のためになる、それが大日本帝国の軍隊だ。すでに未練は断ち切った。
 ただ、あの妹を残して戦地に赴くのはちょっと心残りがあるな。
 わがまま放題しないだろうか。贅沢は敵だぞ。
 
 時間の経過というものは、当事者の感覚との間で大きなズレが生じるものである。
 あれこれ考えていると、あっという間に広島入りしてしまった。
 薄茶色の地図とにらめっこをしつつ、俺は福山の陸軍基地へと足を向ける。
 大抵の人間は、この間に何かしらの感情を抱くという話をよく聞いた。戦意高揚するもの、
表には出さなくても恐怖を感じるもの、実に多種多様らしい。
 だが、俺はそういった心情の変化を微塵も感じなかった。
 自身の性格が影響しているからかもしれないが、何より問題視すべきなのは志願した動機にある。
俺はそう断言する。
 そんなことを頭に浮かべつつ足を動かしている間に、他の志願兵と異質である俺は、
他の志願兵と同じ集合場所に到着した。
 
 まず、お偉いさんらしき人物からの話があった。司令官と呼ぶのが適切だろうか。
 この話を聞きたいやつはいるか? 満場一致で省略させてもらう。
 その後もいろいろとあり、ようやく全員の配属が発表される段階へ移行した。
 辺りの空気が一瞬よどむが、声を出す者は誰もいなかった。当然か。
 各小隊長が順に前へ出て、名前を読み上げていく。そして返事をする。まるで卒業式じゃないか。
 
 発表も終盤を迎え、あとは最後の1小隊を残すのみとなった。まだ俺の名前は呼ばれない。
 そして、最後の小隊長がカツカツと壇上に上がった。
 できることなら、そこに立つ人物を見たくなかったさ。だが悲しいかな、思わず目を向けてしまう。
 懐かしい顔がそこにあった。
 
「陸軍士官学校出身、第〇七〇七小隊SOS団団長、涼宮ハルヒ。
 ただの兵卒には興味ありません。この中に、百発百中の狙撃手、白衣の天使、異界の戦士、
一騎当千の豪傑がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
 隊員発表はどうした。
 
 
◆第〇七〇七小隊SOS団◆
 
 ~序章 月月火水木金金~
 
 とまあこんな流れで、俺はSOS団に再び入団、いや入隊したのである。
 SOS団なんて小学校以来か。あの頃は宇宙人を捜すとかで大変だったなあ。
 それより、このご時世に鬼畜と称される米英の文字を使って大丈夫なのか。
 
 おっと、俺が陸軍に志願するまでの経緯をまだ言っていなかったな。
 簡潔に説明するなら、俺はハルヒに招集された。それだけだ。
「ニュウタイシナサイ」なんて、わざわざ電報まで使いやがって。
 
 小学校卒業後、ハルヒは男子の出世街道である第一中学校に特例で入学し、
平凡な俺は地元の平凡な実業学校に進学した。
 他のSOS団の奴らも全員バラバラになったんだっけな。
 ハルヒが俺を呼んだ理由がピンと来なかったのだが、たかが小隊にわざわざ付いた名前でようやくわかったよ。
 だがなあハルヒ、小隊は五人では運営できねえんだよなあ。
 その点だけは、翌日に顔合わせをするまで謎のままだった。
 
 今日も朝日がまぶしいねえ。ハルヒにとっちゃあこの上無い吉日だろうな、全く。
 新兵は、午前7時に各小隊が指定する場所に集合とのこと。
 
「遅い、罰金!」
 5年ぶりの再会で、最初に発した言葉がそれか。
「お久しぶりです」
「キョンくん、会いたかった」
「……」
 集合場所である女学校前には、久しぶりにSOS団の面々が揃っていた。
 随分と成長した面持ちだが、あの頃と何も変わっていない。
 その光景を懐かしむと同時に、変に安心してしまったのは内緒だ。
 
「さて、じゃあ早速メンバー紹介を始めるわ」
 お前ほど英語を躊躇無く使う人間に、俺は会ったことが無いね。
 というか、今更何を紹介するって言うんだ。
「私たち5人で全員じゃないでしょ。後ろを向きなさい」
 お、初の上官命令ですか。俺はわざとらしく回れ右をする。
 そこには、俺がよく知るやつらが佇んでいた。
「キョン、俺たちを置いて勝手に出発するなんてずるいぜ」
「そうだよ。僕だって呼ばれたんだからね」
 この2人は俺と同じ実業学校を卒業した、谷口と国木田である。
 そして、最後に1人。
「久しぶりね」
 小学校卒業と同時に加奈陀へ引っ越したはずの、朝倉がいた。
「SOS団は、これより8人で構成します!」
 5人から8人に増やしたことは褒めるが、それでも規格外の人数だということを忘れるなハルヒ。
 
 俺たちは、暫くの間再会のときめきを純粋に噛み締めた。
「じゃあ、これからの活動予定を伝えるわ」
 ああ、ここは本当にSOS団のようだ。
 
 ここまでのハルヒの行動は突飛なものが続いたものの、ここから先の活動については予想に反して
現実的なものだった。
 一語で表すなら、訓練。ついに俺のような人間も訓練を受けるときが来たのだ。
 但し、これは後から聞かされた話だが、訓練の内容は他の部隊とは似て非なるものだったらしい。
 最も基本的な行軍演習一つ取っても、一番成績の悪いやつは飲み物奢れなどと言い始める。
 以前のSOS団なら、それは俺が専任の職務だった。だが、今は谷口が加入してくれたおかげで、
専らやつとの最下位争いだ。
 その他、射撃訓練や陣地構築、柔道剣道など訓練したことは山ほどあったが、そのいずれにも
何かしらの催しを付け加えようとするのが我らが団長様だ。
 まあ、そのおかげか訓練が嫌になったことは一度も無かったがな。
 
 訓練が始まって一ヶ月が過ぎた頃、雪が重く圧し掛かる夜のことだった。
「夕食後、部屋に来てもらえますか」
 その引き金は、あまりに唐突に引かれてしまったのである。
 
「何のマネだ、気色悪い」
 俺は、古泉の部屋に来て開口一番そう告げた。こんなことを言うのもいつ以来だろうか。
 それにしても、結構片付いているな。
「まあそうおっしゃらずに。もう少しお待ちください」
 何だ、芸でも披露してくれるのか。
 ところで、お前の部屋には何で洋式の寝具があるんだ?
 突然、軋む音と共にドアが開く。
 その先には、宝塚の主演女優にも引けをとらない美貌を持つ朝比奈さんと、
コーデル・ハルも真っ青で逃げ出すような冷徹の仮面を被る長門がいた。
 
「正規SOS団の構成員を集めたようだが、何をするつもりだ」
 ふと感づいた。雰囲気がいつもと違う。
 俺は、広がる恐怖心を外に出さないようにしつつ、ゆっくりと話しかけた。
「我々が何をするのではありませんよ。あなたが始めるのです」
「何のことだ、古泉」
 全くわけがわからない。冗談はニヤケ顔だけにしてくれ。
 古泉は、少しも表情を崩すことなく会話を続ける。
 窓を叩く風の音がやけに目立つ。
「では、率直に質問します。あなたは以前のことを覚えていますか?」
 一筋の矢が空気を切り裂いた。
「以前のことって何だ? 入隊する前のことか。ハルヒから電報を受け取って……、」
「やはり、あなただけが覚えていないようですね」
 さっきから何の話をしているんだ。小学校の話か?
「そうですね、『北高』という単語に聞き覚えはありませんか?」
 『北高』? 妙に聞き慣れた単語だな。北海道の女学校?
「おや、まだ思い出せないですか。これは困りましたね」
 両手を、皿を抱えているみたいに広げるな。困惑しているのはどう考えても俺なんだが。
 
「致し方ありません。長門さん、お願いします」
 古泉がそういうと、長門が無表情をこちらに向けて近づいてきた。
「どうした、長門」
 俺は、この質問に対して答えが返ってくるなんてこれっぽっちも期待していなかった。
 だが、今日は違ったんだよなあ。何もかもが。
「あなたの脳内に、わたしが保有する過去の記憶情報を大量に投影させて、記憶の復元を行う。
 直接的な情報操作に対しては何らかの妨害情報による影響を受けるため、止む無くこの手段を採ることにする」
 すまんが、何を言っているのかさっぱりわからない。
「簡単に説明するなら、衝撃に注意してください、ということです」
 古泉、お前には聞いとらん。それに答えになってない。
 もう一度長門の方を見ると、俺の視界には長門の手のひらだけが映った。
「始め」
 わっ、ちょっ待ってくれなが
 
 一瞬の間を置いて、即座に俺の視界は閉ざされた。
 いや、閉ざされたわけではなく、突然ぱっと違う景色が見えたんだ。
 県立北高等学校に入学、SOS団結成、ハルヒと俺しかいない空間、…………。
 とにかく、膨大すぎる情報が一気に俺の脳になだれ込んだわけだ。無理やり頭ん中に
何かを押し込められているような、そんな感覚だった。
 ああ、思い出した。全部思い出したよ。
 俺はSOS団の雑用係だ。って、それだとこれまでの記憶と何ら変わりないか。
 とにかく、俺はなぜだかこの世界に飛ばされたわけだ。
 確か、コンピ研が作ったゲームを久しぶりにした、その翌日のことだっただろうか。
 待てよ。この格好、この訓練。ここは第二次世界大戦の真っ最中かよ!
「その、ここが現実の戦時中と同じ時間平面だとは言えないのです」
 そう話を切り出したのは、他ならぬ未来人によるものだった。
「涼宮さんが起こした時空震、それによってできた時間断層の影響で、本来ならそれ以前の過去には
時間移動ができないはずなんです」
「確証は得られていないが、この世界は全て乃至部分的に涼宮ハルヒが創り出した世界である可能性が高い」
 長門が、朝比奈さんに追従するようにして補足を加える。今日の長門さんは饒舌だねえ。
 
「今、我々がいるのは本来存在しているべき世界とは全く違います。僕自身、創造された世界に
来るのは初めてなので詳しいことはわかりませんが」
 古泉、お前が随分楽しそうに見えるのはどういうことだ。
「問題は、なぜ涼宮さんがこの世界を作り出したか。この一点に集約されます」
 確かに、単なる暇つぶしにしてはやりすぎだ。
「残念ながら、これに関して明確な回答は見つかっていません。
 ですが、これまでの経験則から一つだけ断言できます。涼宮さんが何かを望んでいる、ということです」
 まあ、当然っちゃあ当然だな。ハルヒのことだ、俺たちが想像もつかないようなとんでもないことを
企んでいるに違いない。
「この世界は、元の世界と根本的な構造が違う。情報統合思念体との通信が途絶え、
情報操作が殆ど制限されたことがその一つ。
 ほか、多方面での影響が確認された」
 何の前触れも無く長門が口を開く。
 長門にしてはなかなかわかりやすい説明だな。
「そして、我々はある重大な異変に気づきました」
 異変? 宇宙人的なことか?
「いえ、もっと身近なできごとです」
 そして、古泉は一呼吸置いてから、
「さて、あなたは第二次世界大戦のことをどれだけ覚えているでしょうか?」
 
 第二次世界大戦について? そんなことは小学生でも知っているだろう。
 確か、ええと、そういえば、その、いや、あれ?
 どういうことだ。ここだけ記憶がごっそり抜け落ちたような感覚だ。
「気づきましたか? そう、我々は第二次世界大戦のことを何も知らない、否、忘れている。
 残っている記憶は、第二次世界大戦という固有名詞。それと、この世界で既に起こったことぐらいでしょうか」
 どうでもいいが、喋りにいちいち勿体つけるのはやめろ。
 しかし、日本が勝ったか負けたかすらわからなくなるとは驚きだ。
「残念ですが、これらの現象が発生した原因については、未だ結論が出ていません。今は無視しておきましょう。
 何よりの問題は、我々が無事に元の世界に帰ることができるかどうか。そのためには、ある条件を
満たさなければならないはずです」
 で、その条件を絶賛捜索中というわけか。
「これは私の持論ですが、この一連のできごとはあなたが鍵になっているでしょう。
 今までがそうであったように、今回もそうであると断定せざるを得ません」
 わかった。俺も協力しろってことだな。
 そう言うと、古泉は口を結んで頷いた。
 
「ちょっと待った。気になることがある。
 谷口と国木田、それに朝倉は何でこの場にいるんだ?」
 この世界でSOS団を再構成するなら、俺たちだけで十分なはずだ。
 それに、例え人数合わせだとしても、この三人が選ばれた理由にはならない。
「ああ、そのことはまだ説明していませんでしたね。
 仮定に過ぎませんが、我々の持論を三人についての解説と共に伝えておきましょう。
 まず、谷口くんと国木田くんですが、彼らは以前の記憶を保有していないようです。
 なぜ彼らがこの世界にいるのかは、元の世界で行った活動から納得できるかと」
 文芸部の機関紙作りとかがあったな。まあ、この二人に関してはSOS団にいても不自然ではない。
「だが、朝倉はどうなんだ? あいつがSOS団に関わったことなんて無いだろうに」
 俺が本当に訊きたいのはこれだった。
「そうですね。朝倉さんの復活は、我々にとって最大の疑問です。
 まずはっきりと申し上げておきますが、彼女は以前の記憶を保有しています」
 これを聞いた瞬間、俺の体が少し震えた。
 
「ということは、あの教室でのできごとも覚えているのか」
「ええ。あなたにとっては少々不都合かもしれませんが、仕方ありません。
 ですが、彼女も自分の意思でこの世界に来たわけではないようです。
 なぜこの世界で復活を果たしたのか、現時点では原因不明です」
 そうなると、ハルヒの能力に因るものと考えるのが自然だな。呼びつけた理由はさっぱりわからんが。
 しかし、そんなことは既にどうでもよくなっていた。古泉が話した内容の、ある部分が納得いかなかったからだ。
「ちょっと待て古泉。
 お前は、朝倉が以前の記憶を持っていることで俺が苦労するだろうと言ったが、それは間違いだ。
 そりゃあ、再会したばかりのときは抵抗があったさ。
 だがな、これまで一ヶ月間共に訓練を続けてきたんだ。今では大切な仲間だろ?」
 俺は、勢いに任せて台詞を吐いた。少々きつく当たりすぎたかな。
 だが、その不安は古泉の笑い声に掻き消される。
「そうですか。いやいや、僕の思い過ごしだったようですね。
 その言葉が聞けたことを感謝します」
 やけに恭しい態度だな。いつものことか。
 
「まだ警戒すべき点がある」
 そう言い出したのは長門だった。
「何らかの影響によって、元の世界の記憶と現在の世界の記憶、両者の境界が曖昧になりつつある」
 淡々と言葉を羅列する長門。
 なんとなく意味はわかるが、それでどうなるんだ?
「この状態を打破しない限り、解決の糸口を探すことは困難と判断した。
 帰還には長い期間を要する」
 なんてこったい。
 
 こうして、俺の異世界ドンパチライフは幕を開けたのだった。
 おっと、敵性言語は慎まなければ。
 
 訓練が始まってから三ヶ月が過ぎ、我がSOS団はなんとか一小隊としての機能を確立させつつあった。
 広島の木々は、僅かだった雪化粧をすっかり落としている。
 そして今日、俺たちは長崎県の佐世保へ集合していた。
「みんな、今日は初めての大規模演習よ! SOS団の威光を知らしめてやるんだから!」
 我らが小隊長様は、太陽に負けず劣らずの輝きを放っている。
 そういえば、結局のところハルヒに以前の記憶はあるのだろうか?
古泉曰くほぼ無いだろうとのことだが、どうだろうね。
 
 それにしても、まだ時間でもないのに辺りが妙に騒がしいな。
「ふん、あれが軟弱で非国民の小隊か」
「女が前線に立つなんてどうかしてるな」
 なっ! なんなんだあいつらは!
 
 第〇七〇七小隊、つまりこの世界でのSOS団が設立された当初から、疑問に思っていたことがあった。
 それは、構成員の半分が女性であるということだ。
 衛生兵の朝比奈さんや狙撃手の長門は大目に見るとしよう。
 だが、朝倉は躊躇無く先陣に立ち銃をぶっ放す。さらに、隊長が女であるという始末だ。
 挙句の果てに、部隊名が英字である。
 周囲の人間がバカにする要素は有り余るほどあった。
 
「ハルヒ、あんまり気にするなよ」
 俺はそっと言ったつもりだった。だが、焼け石に水だったんだろうね。
「うるさいバカキョン! 頭に来たわ。みんな、思う存分見返してやりましょう!」
 ハルヒは、腕を組んだまま怒鳴り散らしやがった。
 俺、生きて帰れるだろうか。
 
 俺達が所属するのは第五師団、その中の歩兵第四十一連隊である。
 まあ、そんな細かいことは気にしなくてもいい。とにかく、今日は第五師団を構成する部隊全てが
集まったということだ。
 師団長の話によれば、今日はここで上陸を中心とした作戦を演習するとのこと。
 各部隊が、砂浜に並んだ上陸用舟艇に乗り始めている。大発動艇ってやつか。
 特大の板切れが大量に打ち上げられているかのような光景だ。
 さて、俺も急がなければ。寒空の下で海に放り出されるのだけは勘弁して欲しいね。
 
 場所は変わって舟の中、すっかり陸が遠くなっちまった。
「では、これより作戦内容を発表します!」
 これから地獄の演習が待っているというのに、始まる前からエンジン全開とは全く素晴らしいやつだ。
「まず、接岸したらキョンと谷口で上陸ね。その際、ええと、涼子は機関銃で制圧射撃を頼むわ」
「おう、任せとけって!」
 お前もやけに威勢がいいな、谷口。
 それと朝倉、頼むから間違えて俺たちを撃つなよ。いや、上陸演習では弾薬無しだったな。
「次に、古泉くんと国木田くんが続いて上陸。国木田くんはキョンたちのところに、古泉くんは涼子の上陸を
援護しつつ、一緒に上陸してもらうわ。
 あとは、他の小隊と合流するまで継続躍進よ!」
 あー、ここで説明しておこう。
 継続躍進とは、部隊を二つの班に分け、片方が前進しつつ片方が援護射撃をする戦い方だ。
それをひたすら交互に行う。
「有希は、キョンたちが陣地構築を終えたら前進して、そこで構えててね。
 みくるちゃんはここでケガ人の手当てをよろしく!」
「はぁい」
 誰が負傷するっていうんだ、誰が。
「連絡は通信機器を持った国木田くんと取るから。
 陣地構築後、国木田くんはその場に残って、他のみんなは中隊長の言うことを聞いてね。
 以上!」
 早い話、上陸して陣地を作れってことだな。了解。
 ところで、会話の最後に出た中隊長だが、この方はSOS団に味方する数少ない人間である。
 それに加えて人をまとめる能力に長けていることから、ハルヒもそれなりに信頼しているようだ。
 一応上官なんだから、信頼じゃなくて尊敬しろよ。
 
 そんなこんなで、演習が始まってしまった!
 まず、舟が岸に辿り着く。その瞬間、俺と谷口が地面を蹴り出す。
 全力で走り適当な岩場を見つけ、その辺りに両膝をつけて一気に倒れこむ。
 一気に砂が舞い上がった。痛くない分、砂浜で助かったよ。
 国木田が来るのを待ち、合流した後は予定通り継続躍進だ。
 その途中、国木田の持つ機器に電波が入る。
「他の部隊より遅れてるわ! もっと速く進みなさい!」
 言いたい放題だなハルヒよ。死んだら元も子も無いんだぞ。
 俺は半ば呆れつつ、少し急いで歩を進めた。これでも上官命令だからな。
 
 何とか目標地点に辿り着き、他の小隊と共にせっせと陣地構築を始めた。
 先にも書いたが、俺たちが所属する中隊の隊長はSOS団に好意的だ。
 その影響もあってか、ここの中隊以下に所属する人たちとの作戦行動で不快な思いをしたことは
一度も無かった。
 ああ、言い忘れていたが中隊というのは数個の小隊で構成されているんだ。
 他の部隊に関しても、いくつかの下部組織が集まったものだと考えてもらって構わない。
 
 陣地構築を終えた後は、弾薬を装填した演習に切り替わった。
 俺、谷口、古泉、朝倉の四人で固まり、他の小隊と足並みを揃えつつ前進。
 この地区では、戦車を中心とした部隊と戦うことを想定しているとのことだ。
 俺と谷口が小銃で戦車の周りにいる歩兵もどきを狙い、独逸製の無反動砲を持つ古泉が戦車を狙う。
機関銃手の朝倉は俺達の援護射撃だ。
 時折、後方の長門が持つ狙撃銃から放たれる弾が飛んでくる。一発撃てば、確実に一つの的が潰れる。
 後方部隊の合流を待つときは、俺と谷口は他の小隊が用意した軽迫撃砲を使って対象を狙う。
八九式重擲弾筒だっけ。
 これの繰り返しだった。しかし、弾薬があると無いとでは緊張感がまるで違う。少なくとも俺たちはそうだった。
 谷口なんかチャック開きっぱなしだったしな。
 緊張感もそうだが、恐怖感も味わった。
 破裂音と同時に人一人を殺せる弾が簡単に飛んでいくのである。特に、全身を襲う
迫撃砲の衝撃には身震いしたね。
 だがな、俺はまだ何にもわかっちゃいなかった。これは訓練であり、これから俺たちが向かうのは
戦場なのだから。
 
 こうして、SOS団初の軍事演習は終わった。
 肝心の成績はというと、所属する中隊では最優秀で、連隊内でもなかなかのものだった。
 これも、SOS団の独特な訓練あってのものなのかねえ。
 俺たち前線組は、夕陽の下でしばしの間達成感に酔いしれていた。
 
 ただ、その訓練を推した張本人は不満たらたらなようで、開口一番、
「あんたたち! 他の部隊に負けちゃったじゃないの!」
と言い出す始末である。
「ハルヒ、まずは俺たちを労うべきだろう」
「ん、それもそうね。みんなご苦労様! 明日からもがんばるわよ!」
 もう明日のことを考えているのか。その体力を少し俺に分けてほしいものだ。
 事実、この演習でハルヒを除くSOS団全員が疲弊しているはずだ。
 いくら毎日訓練しているからといって、実戦に関しては何もかもが初めてのことである。
 誰もが、体力的にも精神的にも限界を感じているだろう。このまま倒れたい気分だ。
 
 それからというものの、日々の訓練にも一層の気合が入ったものとなった。主にハルヒが。
 十代にして鬼教官とは賞賛に値するね。
 一方それを受ける俺たちは、日の出と共に走り出し、日の入りと同時に倒れこむような生活が続いていた。
 けれど、これはこれで楽しかったんだよな。
 苦楽を共にする仲間の存在、これほど心強いものは無かった。
 みんな生き生きしていた。
 それだけではない。連日厳しい訓練を受け、演習ではいつも上位の成績を修めるようになった俺たちに対して、
周囲の目が次第に変わってきたのだ。
 いつの日からか、誰も俺たちをバカにしなくなった。わざわざ妬んでくるようなやつまでいる。
 SOS団は、ハルヒの望み通り名実共に最強の部隊になったのかもしれないな。それは自惚れか。
 
 新生SOS団に入ってから十ヶ月が経ち、俺たちは全員一緒に昇進できた。
 辺りの見慣れた紅葉も、今日ばかりは俺たちを祝っているような気がしてならない。
 まあ、俺と谷口と国木田に関してはただの一等兵だがな。
 そして、俺たちSOS団に転機が訪れた。
「みんな聞いて! 我がSOS団の配属先が決まったわ」
 俺たちが戦地へと赴くときが来てしまったのである。
「まず今月中に上海に行き、そこで第五師団隷下の歩兵第四十一連隊と合流します。そこからは
師団長の指示に従いましょう」
 前にも説明したが、第五師団及び歩兵第四十一連隊は俺たちが所属する部隊だ。
 ちょっと待て、大事なことを忘れていた。
「おい、上海に向かう船が無いのにどうするんだ」
「それなら心配ないわ。今回も鶴屋さんに協力してもらうつもりよ」
 笑顔たっぷりに答えてくれた。
 そうか。だがな、あんまり迷惑かけるんじゃありません。
 
 十月二十八日、いよいよ出発のときだ。
 俺たちSOS団は広島の呉港に集まっていた。
 海は、穏やかな水しぶきを立てている。潮の香りがいつもより際立っている気がした。
 空を見上げると、門出の日にも関わらず白い雲を全面に広げていた。
「なあ、キョン。いよいよ俺たちも戦うんだよな」
 谷口が口を開く。
「ああ、そうだ。恐いか?」
 そう言うと、谷口は突然高らかに笑った。
「まさか。武者震いが止まらねえぜ!」
 何様を気取っているんだこいつは。
 
 くだらない会話をしていると、前方から一人の長髪がやってきた。
 SOS団最大の出資者、鶴屋さんである。
「や、みんな。毎日がんばってるかい?」
 満面の笑顔で口を開く。
 鶴屋さんは、茶色のコオトに身を包んでいる。軍服の俺たちに混ざると不自然極まりない格好だ。
「もちろん! SOS団は天下無敵よ!」
 真っ先にハルヒが答えた。天下無敵の小隊って何だよ。
「上海までさね。早速乗るにょろ」
 俺たちは、「鶴屋丸」と書かれた、少し黒ずんだ大型の漁船に乗り込んだ。
 
「ここから上海まで、一週間もあれば着くっさ。それまで、ゆっくり疲れを癒しておくれ」
 船を出してくれた上に気を遣ってくれて、これほど泣ける話は無いね。
 まあ、俺たちは疲れを取ることよりも遊ぶ方を優先してしまったわけだが。
 まだ十八歳だぞ。あっちの世界じゃ高校生だ。
 ん、あっちの世界ってどんなところだっけ?
 
 出航して数日は、訓練もほどほどにして自由な時間を大いに楽しんだ。
 しかし、上海到着が近づくにつれて、徐々に船内の空気が張り詰めていくのが手に取るようにわかる。
 特に、ハルヒが熱心に陸軍士官学校時代の教科書を読んでいるのが印象的だった。
 普段は表に出さないが、お前にもある種の責任を感じるところがあるのだろうか。
 
 月が替わり十一月、灰色の海の先にうっすらと黒い物が見え始めた。
 あれが大陸か。地平線の端から端まで陸地じゃないか。
 谷口が無駄に騒いでいないな。SOS団のメンバーは何とか落ち着きを取り戻しているようだ。
 そして数時間後、俺たちは異国の地に初めて足を踏み入れた。
「みんながんばるんだよ! 辛くなったらいつでも戻っておいで!」
 さようなら、また会える日まで。
 鶴屋さんは最後まで笑顔だった。
 

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年08月11日 03:08